好きな子と混合ダブルス組むために全国トップを要求された 作:小賢しいバドミントン
『ポイント。
パシュンとコニーのスマッシュが決まり、6点の差をつけた状態でインターバルに入った。
今このゲームを支配しているのは前衛に立ち続けるコニーだった。生半可なロブは男子顔負けのジャンプ力で叩き落とし、ネット前のラケットワークも完璧。更にドライブで抜こうにもタッチも早い。
シングルスを主体にするプレイヤーでありながらのその活躍に、コニーが点を入れるごとに歓声が起こる。
「羽咲、大丈夫……じゃなさそうだね」
もはや一対二に近い状況でここまで一方的にやられるとは夢にも思っていなかったのか、まるで魂が抜けたかのように口を開いている。
スポーツ飲料をゴクゴクと飲む彼女はまるでCMのワンシーンのように様になっており、実際にテレビで流したらさぞいい宣伝効果を発揮するだろう。
「強い…」
「ああ、あそこまで堅い前衛は男子でもそういない。すまん秦野、俺はミックスに詳しくない。考えるからもう少し待ってくれ」
健太郎の座っていた椅子にはこれまでのプレーの結果をメモしたノートが開いた状態であった。
「コーチ、それ見せてもらいますね」
「ああ、だがもう時間は無いぞ。羽咲、お前も水分補給しておけ」
呆然としている綾乃に冷えたスポーツ飲料の入ったペットボトルを押し付ける。ようやく我に返った綾乃だが、数口飲むのみであとはコニーの方をジッと見つめていた。
一方弦羽早はノートに記されたメモを見ながら、この11点失点のパターンを思い出す。決め球を打ったのはほとんどコニーで、あとは綾乃のミスが目立つ。だが今は綾乃のミスショットは除外視して、失点した時の自分たちのフォーメーションを思い出すと、ほとんどトップアンドバックであった事を思い出す。
『コートに入って下さい』
審判からの催促が入り、四人はラケットを手に持って先程と逆側のコートへと入る。
「羽咲。このゲームは捨ててもいいから、いくつかパターンを変えて流れを掴みやすいパターンを探そう」
「パターン?あの子の、弱点とか探さなくていいの?」
「彼女は少なくとも俺が一試合で見破れる選手じゃない。羽咲もまだ動きが硬い」
「…そんなこと言ったって、しばらくやってなかったし…」
「ああ、責めてるんじゃないんだ。ラケットワークは間違いなく俺なんかより上手い。ただ、ダブルスの動きとしては無駄が多いって言うか」
「…無駄?」
「うん、全部自分で拾おうとしないで、ちょっとでもいいから俺の事も頼ってよ。パートナーなんだから」
審判から早く試合を再開しろという視線を受け、弦羽早は審判とコニーと大磯に謝りながらラケットを構える。
綾乃は中腰になり、肘を腰の高さにしてラケットを立てて構えながらレシーバーである弦羽早の背中をジッと見る。
「(頼る? 私が、秦野を?)」
確かに守備範囲の広い綾乃は言われた通り後ろの球は弦羽早に任せているが、それ以外の前と左右の球の多くは取っていた。本来なら男子の運動量が増えるはずのミックスダブルスは、奇妙なことにお互い女子の方が動いている状態となっている。
コニーと大磯のペアは、少なくともこのゲームはほとんどの球をコニーが取ると、そういう取り決めをしていたのだろう。実際これまでの試合、多少無茶な体勢からでもコニーは後ろに任せようとはせずに打っている。
では綾乃と弦羽早のペアはどうなっているかと言うと、綾乃は気づいていないが、接触事故が起こらないように弦羽早はかなりパートナーの綾乃の立ち位置に気を使っている。その為咄嗟のワンテンポが遅れている状況になりがちだった。
ふと綾乃は思い出す。試合開始直後のラリーを。
綾乃が考えている間に、左サービスコートからのコニーからのサーブによってラリーが始まる。
レシーバーの弦羽早は右のサービスコートへプッシュを飛ばす。いくらコニーでもサーブした直後に逆のサービスコートへのプッシュは範囲外だ。彼女はトッププレイヤーではあるが化け物ではない。
大磯のクロスドロップに弦羽早はコニーから逃げるようにロブを上げる。
「(そういえば、最初のラリーで私のフォローに入ってくれたっけ)」
大磯のストレートのジャンピングスマッシュを、弦羽早は表情を崩さずにストレートのロブで返す。
二度、三度、ストレートと言えどフォア寄り、正面、バック寄りとあり大磯は使い分けているが、弦羽早はブレずにジッとストレートに返している。
「(なにやってるの?それくらい安定してるなら、クロスに返せる筈なのに…)」
やはり弦羽早相手にスマッシュだけで潰すのは厳しいかと四打目はドロップで前に落とすが、それもまたロブで返す。再びスマッシュ、クリアー、ドロップ、スマッシュ。
その全てを弦羽早はストレートのロブで返す。
「(あっ…違う、できないんじゃなくてやらないんだ。クロスに打っちゃうと、今度は私がレシーブに回るから)」
ダブルスに置いて後衛が打つスマッシュは、基本ストレートが一番安定していると言われている。理由は単純で、クロスに打つよりもストレートの方が距離が短いから。ミックスに置いては女子のいるクロスに打つこともあるが、それでも失速するという点でセオリーはストレート。
今の大磯は少しムキになって弦羽早を狙っているところもあるが、並みの選手ならここまでの連続攻撃で崩れるので、試合を放棄しての行動では無かった。
つまり弦羽早はクロスに返せる余裕がありながらも、あえてずっとストレートに返し続けているのだ。
「なにそれ」
「羽咲?」
「貰ったあッ!」
弦羽早が綾乃の声に気を取られて視線がブレたのを大磯は見逃さない。一際高く跳ねたジャンピングスマッシュは、バシュンと音を立てて弦羽早の手前に落ち、その威力は床を数回バウンドして弦羽早の股下を通り越すほどだった。
『ポイント、12‐5』
「よっしゃぁっ!」
コニーの力を借りず自ら得意とする強打で一点を取った大磯はガッツポーズを取るが、コニーから「うるさい」と吐き捨てるように言われ、露骨にラケットがしょんぼりと下がった。
一方反対のコート。
「羽咲、どうかした?」
「クロスにレシーブしなかったのって、私を守る為?」
「えっと…」
言い淀む弦羽早の姿に綾乃は自分の予想が正しい事に確信した。
「そういうの、私、好きじゃない」
「そ、そうだよね。ごめん、出すぎた事した」
弦羽早としてはコニーに触れさせないように徹底したロブを維持したかったのでなるべく自分に来るようにとストレートに返していたが、それは確かにどこか綾乃を守ろうとか、そんな下心はあったかもしれない。
勿論ミックスでは男子がなるべく自分にシャトルが来るようにするのは至極当然な戦術ではあるが、インターバルで”俺の事も頼ってよ”と言った直後にやるべきプレイではなかった。
どうして綾乃の事になるとこう上手くいかないのかと内心ため息を吐きながら、しかしと先ほどのラリーを見るに、やはりコニーは出来る限り自分一人でプレイしたがっている様に見えた。
ジッと前衛で弦羽早を睨むコニーは、もし弦羽早がクロスのロブを上げたらすぐに自分が下がって打ち込む準備をしていた。
「(この試合、や、やりにくい…)」
唯でさえミックスと通常のダブルスではセオリーは違うのに、相手は女子がワンマンゲームで、味方も怒っているのか落ち込んでいるのか見当もつかない。特に好意を寄せる相手ともなると、どうしても彼女の心境が気になってしまう。
『
結局一ゲーム目は色々なパターンを試すどころか、インターバル直後の一件が原因でローテーションは堅くなるばかりだった。
1ゲーム目が終わった事でコートチェンジとなり、互いのプレイヤーに再び僅かなインターバルが渡される。
一番エネルギーを消費していたのはジャンピングスマッシュを連発している大磯で、次いで前衛を維持し続けているコニー。守りに入ってもラリーの続かない弦羽早と綾乃は、さして疲れた様子もなく、綾乃にいたっては汗一つかいていない。
もっともシングルスと違いコートを走り回る訳ではないので、大磯もコニーも軽く肩で息をする程度で、インターバルを挟めばそれも収まるだろう。
綾乃はギュッとグリップを握りしめながら、遅い足取りでコートの上から離れる。
「(分からない…)」
何が?
ダブルスのローテーション?
ミックスのセオリー?
前衛のコニーをどうやって突破したらいいか?
いや、違う。そんなものじゃない。
だってこのミックスダブルスはただの人数合わせと、約束を忘れていたからせめて一回くらい、弦羽早への――
「はぁ…なんだ、こんなもんか」
「え?」
もう一つ、一番大きな原因があった。
抑揚のないアルトの声に振り向くと、自分を道端の雑草のように見下ろすコニーの冷たい青い瞳と目が合う。
「やっぱりアンタなんか…ママの娘じゃない」
チリッと脳内にフラッシュバックする。
長い黒髪を白いリボンで結んだあの大好きだった背中が、高熱でベッドから起き上がれない自分を置いて去っていった光景が。
「マ、ママって、私のお母さん、を…知ってるの?」
「綾乃!今インターバルでしょ!」
ハッとエレナの声で我に返ると、綾乃はズキズキと痛む頭を押さえながら健太郎の元へとゆっくりと歩み寄る。
「どうしたの羽咲、具合でも悪い?」
「…大丈夫」
弦羽早から渡されたスポーツドリンクに「ありがと…」と小さな声で呟きながらゴクゴクと入れていく。
バドミントンは元々かなり頭を使うスポーツだ。一回一回のラリーは他のスポーツより短い分、そのゲームスピードは速い。シャトルを見るのは大前提として、相手の動き、利き手、ラケットの向き、得意なショット。他にも沢山あるが、ダブルスはそれに加えて味方の位置も把握しないといけない。
「(やっぱり、ダブルスって苦手)」
ふとそう思った時、またコニーの言葉を思い出す。
小さい花は集まる事によって綺麗になるパワーを発揮すると。彼女は優しい顔でそう言ってくれた。
綾乃はチラリと弦羽早を横目で見上げる。全国一の団体チームの、ダブルスのレギュラーメンバー。そんな彼が、いくらデンマークの代表と大学生相手とは言えここまでボロ負けする訳がない。
つまりそれは、自分が上手くやれていないという証明にもなる。
「……」
「羽咲、秦野。聞け」
試合、弦羽早、コニー、そしてお母さん。
今綾乃の抱える悩みは多すぎて、それを頭の中でも心の中でも上手く整理できずに、頭痛の原因となっていた。
ただバドミントン選手としての本能か、幸いにも意図せずとも健太郎の話は綾乃の耳に入ってくる。
「まずこのワンセット見て思ったのは、お前達二人の守備範囲は広すぎる。お前達は人一倍レシーブが上手くフェイントに対しても取れてしまうから、自分で守ろうとしている。それに加え、完全にコニーのプレイに呑まれて前衛にハーフ球やドライブを躊躇している。だからな、ちょっとこれをよーく見て見ろ」
健太郎は二人の前に握った拳を差し出す。何か手の平の中に持っているのかと、二人が顔を近づけてた瞬間、パンと二人の目の前で勢いよく手を合わせた。所謂猫騙しという奴だった。
「うわっ!?」
「ゃい!?」
バクバクと激しく鼓動する心臓は間違いなく運動によるものが原因ではなかった。二人の反応に、健太郎は悪戯が成功した子供のように口元を上げる。
「どうだ?今ので少しは悩みも飛んだか?」
「え…?」
「二人とも色々と考えすぎだ。まったく試合に入り込めてない。バドミントンにおいて色々考えるのはいい事だが、今のお前達に言えるのは深く考えるな!」
「……って、まさか精神論だけですか!?」
「馬鹿言え、俺はやる気だーとか気持ちがーとか言うのは、お前達が全てを出し切った最後にしか言わねぇよ。ほれ」
健太郎はエレナから渡されたホワイトボードを二人に見せる。それぞれの名前の頭文字が書かれたマグネットと、コートが描かれている。
「お前達の勝ち筋としてはやはり羽咲が前、秦野が後ろ。ミックスだとか関係なく、二人のストロングポイントを的にもこれが理想だ。そしてそれは相手に置いても同じだ。コニーの前衛としての実力は嫌な程分かっただろう」
「はい。だから俺達も最初はトップアンドバックを維持してましたが、クリステンセンが抜けずに――」
「それがお前達が上手く言っていない原因その2だ。コニーのプレッシャーが強すぎてコニーを抜いて、大磯に決め球を打とうとしているが、そんなことしなくていい。相手がトップアンドバックを維持するのなら、前衛のコニーを集中して狙え。当然狙いは高身長のプレイヤーが苦手とする胴体だ。そして大事なのが、”一人で決めようとするな”」
トーンの下がった健太郎の言葉に、二人ともどこか心当たりがあったのか唇が動く。
「「ッ…」」
「秦野、お前はダブルスプレイヤーだから知っている筈だが、ダブルスってのは一人の決め球でそうポンポン決まるものじゃない。前衛と後衛の攻めの連携が重要になっている。だが今のお前達は自分が決めることにばかり意識してる。そうなる理由は……知らないが、自分が決めようって意識を無くせ」
少なくとも弦羽早の心境に心当たりはあったが、今は野暮だろうと誤魔化す。
相手がただのバドミントン仲間の異性ならともかく、それがわざわざ左利きの彼女と組むために右手に持ち替えるほどの憧れであり、好きな相手ともなれば、男としての欲が出てしまうのは同じ男として健太郎も分からなくはない。
もっとも弦羽早を正当化するつもりも健太郎にはない。
「俺が言えるのはこれくらいだ。細かい調整はやりながら行え」
「はい」
「うん…」
二人は使っていたタオルとドリンクを、それぞれエレナとのり子に手渡す。
「綾乃、あんた大丈夫?コーチの話聞く前は顔が青白かったし、いつもと様子が変だし…」
「色んなことが分かんないの…」
人との繋がりを大切にしろと言いながらも、自分が中心となるワンマンゲームをするコニー。花をくれた時の優しい彼女との豹変ぶりにも、彼女の強さにも、そしてママの娘じゃないという言葉にも惑わされる。
それだけでも今の綾乃にはいっぱいいっぱいなのに、初めてのミックスダブルスにパートナーは幼馴染の弦羽早。
普段の彼を見てもなんとも思わないが、バドミントンをしている弦羽早を見ると心が落ち着かない。
「(考えるのが辛い……もう試合とかいいから逃げたい。でも、あの子はお母さんのことを知っているみたいで。負けても教えてくれる? ううん、多分、ない。なら勝たなきゃ。勝つには秦野との協力が必要で、なんか…それが嫌で…)」
嫌?なんで嫌なのか。
駄目だ。健太郎の猫騙しの効果でせっかく抜け出していた思考の渦に、また入り込んでしまう。
「羽咲」
「…秦野?」
ハッと我に返ると、目の前に悩みの原因の一つである弦羽早が立っていた。その頬は少し赤くなっており、妙に落ち着かない様子でそわそわしている。
「なに?」
弦羽早はン゛ン゛と咳払いすると、すぅ~と息を呑む。
まさかこの場で告白するのではと、弦羽早の好意に気付いている面々は興味深そうに前のめりになる。先程まで綾乃に冷たく当たっていたコニーも、耳をピクピクと動かし横目でジーと二人を見ている。
だが弦羽早の取った行動は彼女らの予想とは違った。
弦羽早は突然綾乃の頬を引っ張りながら、ニヤリと口元を上げる。
「い、いふぁい、いふぁいよ秦野」
「さっきから何考えてやがる。ただでさえ少ない脳みそを無駄に使ってんじゃねぇよ」
「は、秦野?」
突然口調と雰囲気がガラリと変わった弦羽早に綾乃は困惑しながらも、不思議と懐かしさを感じた。
その口調は高校で再開する前の彼そのまま。喧嘩腰で悪ガキっぽくて可愛げが無くて、でもそんな彼が隣にいるのが気が付けば綾乃にとって普通の生活となっていた。
「お前はバドミントンと肉まんのこと考えるくらいが丁度いいんだよ。それ以外は脳のキャパオーバーだ」
「なっ!そんなことない!北小町だって勉強して入ったもん!」
「どうだか。藤沢の答案でも盗みみたんじゃないのかぁ?」
「秦野だって馬鹿だったじゃん!」
「これでも自己採点で全科目60点はあったぞ」
「な、なんですとッ?」
微妙過ぎる点数自慢に周りの視線がすっかり白くなる中、弦羽早はククッと喉を鳴らす様に笑って。
「おばさんの同門ペアとして、デンマークの代表とやらをいっちょ揉んでやろうぜ」
差し出されたあの時よりずっと大きくたくましくなった手の平に、綾乃の中に一瞬戸惑いが生まれる。
あの頃より男らしくなった顔立ち、低くなった声、性格は丸くなって口調も穏やかになって、そして何よりバドミントンが見違えるほどに上手くなった。
余りにも変わり過ぎた弦羽早を、綾乃はどこか苦手意識を持っていたのかもしれない。弦羽早が別の自分を作っているようで、それが綾乃にとってはどこか鏡を見ているようで。
でも違った。
弦羽早は確かに小学校の時と比べて、色んな事が変わったが、本質は全く変わらないあの頃のまま。
どんなに強い相手だろうと、楽しそうにしてバドミントンをする。
綾乃に限らず、男女、大人子供構わず強い相手に挑んで、負けたら悔しそうにしながらも、相手にアドバイスを貰って、また何度も挑んで。
彼の前向きな姿を見て、綾乃は時折自覚のない苛立ちを覚えていた。
その苛立ちがまた、無意識の内に蘇ってくる。でも不思議と頭の痛くなったりモヤモヤと内に抱えるような息苦しさは今は無くて。
だからそのイライラをぶつけるように、綾乃は笑顔で、差し出された手を叩く様にハイタッチした。
バドミントンほとんどしてないやん。
高校入試の配点とか覚えてない