平均数nmの物体を使役する男 作:入倒 淵座
この二人、本当は一話以降出す予定はなかったんですけどね…
「さてと、あとはこいつを警察に引き渡すだけか」
さっきまでの激闘が今は鳴りを潜め、辺りは夜の闇に飲まれるよう閑散としていた。地面に転がっていたチンピラどもはいつの間にか消えており、いるのは初留と地面に伏せ動かない男の二人のみとなっていた。男は低い声で唸っているが動けそうな様子はなく、時たま体を震わせているのが伺える。
(【ウイルス】は町や学校で絶対に使うなって研究所の奴らに言われていたが、早速使っちまったな…)
初留は基本的に体の中に2種類のウイルスを潜ませている。一つは人に感染すると15分程度で筋肉の麻痺などの症状が出る麻痺性ウイルス、もう一つは遅効性であり症状が出始めるのは2週間後程だが致死率9割のウイルス。前者をファスタ、後者をレイトと初留は呼んでいる。
今回の戦闘で初留は男にファスタを感染させていた。症状が出るまでの15分間は逃げ回り今に至ると言うわけだ。
ウー!ウー! ※パトカーのサイレンの音
(警察も来たみたいだし適当に渡して家に帰るか)
などと考えていると先ほどまで聞いていた風切り音が背後から迫ってきた。とっさにかがむと頭上を刃物が通り過ぎていった。
後ろを向くと先刻まで横たわっていた男が自身の口から出ている刃のみで地面を移動しているではないか。
(おいおいまじか、口内の麻痺が治癒したのか!?にしても刃のみで移動なんて普通考えるかよ!)
男は自身の個性で逃げつつ此方にも刃を伸ばしているという状態であった。
男と初留の距離はどんどん離れていく。初留の個性【動体視力】を持ってしても近づけない程、男の刃は激しかった。
(捕まりたくないが故の火事場の馬鹿力ってやつか)
そんな時現場に到着した警察官が此方に近づいてきた。警察官に気づいた男はあろうことかそちらに刃を伸ばしてきた。
その光景を見た初留の体は考えるよりも先に動いていた。ウイルスで強化した脚力で地面を蹴り刃の正面に立つ。両手と腹で刃を抑え込むと、刃は腹を貫通して勢いは止まった。刃は警察官には届いておらず、その事に安堵した後に激痛が襲ってきた。
(やばい、次の一撃が来たら……躱せない)
しかし、初留の考えは杞憂に終わった。現場に到着した警察官が拳銃で男を包囲すると、男は自身の個性で一目散に逃げていった。男を逃がしたものの死人が出なかったのが不幸中の幸いか。
(にしても入学式前にえらい目にあったぜ。これ無事に入学できるのか…、って血?あ、そっか。俺腹に二つ穴あけられたのか。はは…まじか)
次の瞬間、初留は警察官に支えられながら眠るように意識を手放していった。
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「はい、はい、そうです。彼は今高校の近くで一人暮らししています。はい、監視は常につけているので問題はありません。はい。え?良いのですか?はい、わかりました」
がちゃ
ふー、政府との電話はいつしても疲れるな…。にしても監視を外せ、か…。
「なにか政府から指示がありましたか?」
「あぁ、奴の…、初留の監視を外せとのことだ」
「え、それって…」
「初留には一般人として人並みの生活を送ってほしいだとよ。ま、俺達には関係のないことだがな」
「ふふっ、良かったですね。新城さん、ずいぶん初留君のこと気にかけてたじゃないですか」
「い、いや。俺は奴が個性を悪用しないか目を光らせていただけだ!断じて気にしてなどないぞ!」
「はいはい、そういうことにしておきますね」
まったく、俺がいつ奴の事を気にかけたってんだ。はー、でもあいつ結構無鉄砲な所があるからな。心配っちゃ心配だが。
じりじりじりじりじりじり ※電話の鳴っている音
「はい、こちら個性研究所の新城です。はい、え?ケガ?腹にですか?わかりました、すぐに向かいます!」
「どうかしたんですか?」
「初留の奴がまた病院に運ばれた。命に別状はないらしいが一応様子見に行ってくる」
「私も行きます。新城さんだけじゃなくて私だって初留君の事心配なんですよ」
なんだかんだお前も気にかけてんじゃないか。
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病室のベットを囲うように二人の人間が座り、当のベットの上には腹に包帯を巻いた男が鎮座していた。ベットの脇の男、新城は不機嫌そうに口を開いた。
「で、なにか弁解はあるか?」
「いや、ないね。俺が弱かったからこんなケガしちまったんだ。しっかし一か月の入院とはまいったな。入学式でれねえや、はっはっはっは」
痛々しい姿とは裏腹に初留は豪快に笑うと顔を伏せた。
「毎度すまねえな。迷惑かけちまって。でもあそこで動かなっかたらヒーローじゃないぜ。俺は正しいことをしたと思ってる」
「ふ、分かってるよ。別に叱りに来たわけじゃないさ。ただもう少しマシなやり方はなかったのか?」
初留が今回負ったケガは命に別状はないが、重症であることに変わりはない。自分の身を挺して誰かを守る、それは間違ってることではない。しかし、初留はそのやり方で目覚めてから既に二回病院送りになっている。今はまだ無事だが長く続けば命に係わるケガをする可能性もある。
「私たち凄い心配だったんですよ!初留君、無鉄砲なところがあるから事件に関わって大ケガしたんじゃないかって思って…」
病室に泣き声がこぼれる。初留は居た堪れなくなり窓の外に目を落とした。どうしたもんかと考えていると新城が口を開いた。
「なぁ、初留。お前、なんで人を助けるんだ?」
「え、そりゃヒーローなら人を助けて当然だかr」
初留の返答にかぶせ気味に新城がさらに口を開く。
「質問を間違えた。なんでお前は人を助けたいんだ?」
「……」
「確かに俺はお前にヒーローになれと言った。ヒーローは人を助けるもの、それが世間の一般常識だ。でも大概のヒーローは初留、お前ほど自己を犠牲にして人助けはしないよ。それこそ自分の命を投げうってまで人助けをする奴なんて一握りだろう」
新城は一息つくと初留の目を覗き込んだ。その目は何かを思案しているかのような、不安の灯った目であった。
「何かお前にそうさせている理由があるんじゃないか?」
無言の間が病室に訪れる。三人の息遣いが鮮明に聞こえる程の静寂の中、初留が思いつめたように口を開く。
「俺さ、たまに夢見るんだ」
「夢?」
「ああ、夢だ。寝てる時に見るあれな」
そう言うと初留は虚空を数秒間見つめた後、滔々と語りだした。
「なんかさ、皆苦しんで倒れてるんだ。血吐いてる人もいるし、体中真っ黒になって倒れてる奴もいた。夢の中で無事なのは夢を見ている俺だけ。で、なんとなくだけど皆を苦しめてんのって俺なのかなって思うんだ。本当になんとなくだけどな。それで、考えたんだ。もしかしたらこれは記憶を失う前の俺の記憶なんじゃないかって」
「すまんが、お前の以前の記憶について教えるわけには…」
「わかってるさ。ただもし万が一俺が皆を苦しめていたんだとするならよ、俺には人を助ける義務がある。いや、違うな。そうしないと気が狂っちまう、そんな気がするんだ」
「自分の罪から逃れるため、人を助けていると?」
「ああ、とんだ自己満足野郎だろ?」
言いたいことを全て言い終わったのか初留は息を吐きだし自嘲気味に新城を見た。
「確かに、お前の人助けは自己満足であって到底容認できるものではないのかもしれないな」
「新城さん!」
自答の発言を手で制し、新城は更に続ける。
「ただ、
理由はどうあれ、お前が助けた人たちはお前に感謝してるだろうぜ。
確かに今はまだ未熟かもしれないが、お前はまだ子供だ。
先があるだろ。
あがいてもがけ、そして苦しめ!
そんで見つけろよ、雄英で。お前が胸張って語れる自分のヒーロー像を」
言い終わると新城達は立ち上がり、帰り支度を始めた。自答は「じゃあがんばってね」と初留に声かけた後、新城に続いて支度を始めた。
しばし呆然としていた初留だったが、正気に戻ったのは新城達が帰った後でだった。
「はっ、言ってくれんじゃねえか」
窓を開けると、門付近で歩いている新城達に向かって叫んだ。
「俺はぁぁぁ!ぜってぇヒーローになるからぁ、見てろよなぁぁ!」
夜の闇に轟く咆哮が辺りを震撼させる。初留の叫びは新城達に聞こえたかどうかはわからない。しかし、彼の眼には以前よりもいっそう決意の炎がうかんでいた。
余談だが、初留はこの後めちゃくちゃナースさんに怒られたらしい。
擬音が難しい