葵ちゃんは果たしてどうなっちゃうんでしょうね。
十年間ぼろぼろの箱の中身を漁ることを繰り返していた、京兆と億泰の実の父親の、あさましく見える行動は、仗助のクレイジー・ダイヤモンドにより終わりを迎えた。多少欠けてはいるが、その紙は、いや家族写真には、在りし日の暖かな虹村家の姿があった。父親の嗚咽が室内に、家中に、京兆の頭の中に響いている。
京兆は、父親のことをただの肉の塊だと、あさましい人生の汚点だと、心から憎むべきものだと信じて疑わずに18年を生きてきた。だが、そこにヒビが入った。ヒビの向こうから、ほんの少しの希望と大きなショックが差し込んだ。胸の中はわけのわからない感情でいっぱいだった。
億泰も同じ。心の優しい彼は両目から大粒の涙の滝を流し、大声をあげまいと遠くを見つめて嗚咽を抑えている。ひきつった喉の音が廊下にこだましている。傍に立つ葵は、自分のポケットに生徒手帳とともに入れているハンカチを取り出して、握りこぶしを作る億泰の右手に無理やり握らせた。彼に今いちばん必要なものだろうから。
過呼吸気味になった息を必死に落ち着かせるように、億泰は乱雑に顔と鼻をぬぐった。
「…洗って返すぜ」
「いいよ、べつに」
彼が室内へと足を向けて言った。葵は気にしないとでもいうように、そっけなく返事をした。そうかよ、とそっけなく返すと億泰は、矢を持ち逃げようと足を引きずる兄に向か
っていった。
*
今、自分の兄は目の前でしりもちをついてマヌケ面をしている。でも、そんな兄よりずっとマヌケな顔をしているのは、自分の方だろう、と億泰は思った。
それは、おれの右手に、弓と矢が収まっているから。
億泰は、兄をどうにかして止めたいと、「こんなこと」はもうやめてほしいと思っていた。仗助は、おやじを治してくれるスタンド使いを一緒に探してくれると言った。協力してくれると言った。おやじの心には、まだしょんべんくせーガキだった俺たちとおふくろがいた。おやじは写真を見て泣いてたし、俺だって泣いた。
だから、兄貴を止めようと、弓と矢をつかんだんだ。兄貴がこれ以上逃げないように。兄貴がこれ以上傷つかないように。兄貴がこれ以上、泣かないように。おやじが治れば、治せるスタンド使いがいれば、兄貴は幸せになれる。
もちろんおれも。
仗助の幼馴染だとかいう葵ってやつは、そんなおれに「モノの引き合いに勝つやりかた」を教えてくれた。兄貴から弓矢を取り上げなくちゃいけないことをわかってくれていた。
そしてその方法は、頭の悪いおれだってできるくれー簡単なことだった。
「肉体は治んなくともよお〰、心と記憶は昔の父さんに戻るかもなあ〰」
「…………億泰
なにつかんでんだよ………?」
兄貴はもう戻れないと言った。俺のことをちゅうちょせず殺せるといった。さっきまで涙をドバドバ流していた兄貴は、顔に汗をいっぱいかいて、俺のことを弟と思っていないと言った。
形兆は焦っていた。自分の心の中に、ちょっとした希望が芽生えてしまったから。「後悔」がほんの少し現れたから。でも自分は、この町の人間を幾人も葬ってきた。戻れないところまできた。
そんな焦りが、形兆から俊敏な判断力を奪ったのだった。
億泰と形兆が互いに引き合っていた力が一瞬抜けた。
「…?!」
驚いたのは形兆だった。
形兆は強く弓と矢を引き寄せようとしていたために、いきなり軽くなった引力により後方にぐらついたのである。億泰はそんな一瞬に、また力を入れて弓と矢を奪い去ってしまったのだ。
「……億泰ゥ!てめぇッ…」
「ヘーイ億泰くーん!こっちにパス!」
どこでそんなマネを覚えてきたんだと形兆は焦った。それよりも焦ったのは、億泰のすぐ後ろのドアから顔をのぞかせる、仗助の幼馴染の女の存在だった。
さっきまで動揺していた明晰な頭脳はすぐに合点を打った。きっと、あの女が億泰にこんなことを教えたのだろうと。カッと苛立ちが顔に登り、形兆は彼女に対して怒りを抱いた。
「葵さん!?」
「あ、葵〰ッ!?てめぇ外で待ってろって…」
「億泰くん早く!」
「え!?あ、おう」
億泰は葵の声に導かれるようにして、奪った流れのママ弓と矢を投げ渡した。それをナイスパス!と葵はしっかり両の手で受け取る。
幾人もの命がかかった物体はいとも簡単に人の手に渡ってしまった。
ところで、この時点で電源コンセントに最も近い人物は誰であろうか。
まず、仗助と康一は違う。二人が入ってきたドアの位置は、葵・億泰・形兆より反対側である。
次に形兆。今さっきまで逃げさらばえようとしていたが現在は弓と矢を奪われ、無様なまでに怒りを露わにすることで手一杯である。
最後に億泰。原作では彼が一番コンセントに近く、それをかばった形兆が命を落としてしまうのだが、今回は違う。
一番近くて弓と矢を持っているのは葵である。
葵の足元からバチバチと膨れ上がった電源の熱は次第に形を持ち、鷹のような嘴を持つ像へと変貌していく。拳を振りかぶり、狙うはか細い腹。
葵は「なんでお腹ばっかり狙われるのかなあ」と疑問に抱きつつも、目線もくれないし逃げもしない。逃げれば犠牲になる人物は変わらないであろうし。
形兆や仗助が何やら叫んでいた様子だが、電流の流れる音がうるさくてよく聞こえない。ただ少しばかりの恐怖はあるので、両手の弓と矢を握りしめた。
葵の記憶は、肝心なところでいつもブラックアウトする。
「この弓と矢はおれがいただくぜ……利用させてもらうよ〰〰っ
虹村形兆ッ!あんたにこの『矢』でつらぬかれてスタンドの才能を引き出された
このオレがなーっ」
葵の意識はとうに無い。先ほどまで活発に動いていた両手はだらりと床を擦り、虚ろに力なく開いた口からは胃液と血液の混じった体液が床に水たまりを作った。足はとうに膝から折れている。
彼女の腹に穴が開くのを見るのはこれで二回目だ。
「き…きさまッ!きさまごときが「弓と矢」を…」
「あ、あ、葵さんのお腹に…穴が…」
ひどく困惑して怯えた康一が後ずさる。今の自分にできることはないと体を震わせ、仗助の電気に照らされた顔を見上げた。
見上げたが、見えなかった。
逆光で影ができているのではない。仗助の顔から真意を読み取れなかったのだ。
目が驚くほど平常に開いている。口を何事もないように結んでいる。それは何だろう、敵意と言うか、悔しさと言うか。
いや、そんな生易しいようなものではない。
殺意だ。
「虹村形兆…スタンドは精神力だといったな…
おれは成長したんだよ!それともわがスタンド「レッド・ホット・チリペッパー」が
こんなに成長すると思わなかったかい?」
ああそうか、仗助くんはあのスタンドを見ているんだ。顔を覚えているんだ。
次にあいまみえる時にこの気持ちを忘れないようにしているんだ。
康一はひそかに、心の中の仗助と葵の関係を塗り替えた。
「かしこい女だったな…顔はいいから殺すには惜しかったが、ま、仕方ねー。
弓と矢を手に入れるための必要犠牲だ。コラテラル・ダメージってヤツだ…」
「かしこいだと…?」
「ああそうだ…まあ今となっちゃあ、どうでもいい話だがなあ〰〰っ!」
圧倒的熱量を放出した電気のスタンド「レッド・ホット・チリペッパー」が一層光を増した。目を開けていられないほどの電光を放ち、葵だった肉塊と「弓と矢」を炙りながら電気へと変えて行く。
意識のない肉には抵抗しようもなく、コンセント内部へとやがて収束した。
Q.お腹に穴開けるの好きなんですか?
A.好きです///
Q.仗助君は葵ちゃんが好きなんですか?
A.もしそうだったとしたら幸せになれないね
すごい間を開けてしまいました。ひと月立ってる。
例のごとく駆け足になってしまった。