更新しないって言うてたやろ?まあ…うん…
ぱたぱたと鞄をもった腕を振りながら葵は帰路についている。
コンクリートで固められた地面を歩く足は一歩一歩が遅くやる気がない。もったりもったりとゆらゆら揺れながらマイペースに歩を進めていた。
結構衝撃的な出来事だった。正直今の葵の心境はあやふやだ。
琴葉葵の記憶を保持していた状態だったのなら、「まずい見破られたか」とでも思うかもしれないが、今の葵には今現在の「琴葉葵」が過ごしてきた時間の中の記憶しかない。自分の指針になっていたものを無くして、ふらふらとさまよっている最中なのだ。
そんな中、山岸由花子に「自分に興味がない」と教えてもらった。これは自分自身を鑑みる指針になりうることだった。
「私はじぶんに興味がないのか…そうか、予想外だな…」
思い返せば、自分が自分をどう思ってるかなんて考えたこともなかった。人の役に立とう、人の迷惑にならないようにしよう、いい子でいよう、人の言うことを聞こう。ただそれだけを生きる指針にしていた。「好きなようにしていい」という、あの夢の中に現れた琴葉葵の言葉などもう覚えちゃいない葵は、ただただ日常生活を過ごす以外に生きる意味を失っていたも同然だった。葵には普通がわからない。普通の女の子じゃないのだから。
とすれば、そんな普通じゃない人間が周りの役に立てるだろうか。人の言うことを正しく聞けるだろうか。誰かと一緒にいられるのだろうか。
仗助と一緒にいちゃいけないのではないか。
「背中を押すと啖呵を切っておいて、無様だなあこりゃ」
いつのまにか視線が下を向いている。足取りが重い。
なんだか力を入れられなくて、だらしなく持っていた鞄を取り落としてしまった。
あっと思った時には止まり切れなかった足がそれを蹴飛ばして、勢いよく道の先まですっとんで行ってしまった。もやもやした思考を振り切ってばたばたと追いかけていく。
鞄は人の足にぶつかって止まった。人の迷惑に、なんて考えていた矢先にこんなことだ。今日の私はダメかもしれないと内心苦汁を飲み、謝りながら鞄を拾った人影の方へ向かった。
「すみません、ご迷惑を…あ」
「あん?」
「どーしたんスか間田さん」
「じょ……」
葵にとって今一番合いたくない人の顔だった。その特徴的なシルエットに気付かないほど自分は参っていたらしい。冷汗がたらりと背首筋に伝うのを感じて、葵はサッと顔をそらし、鞄を拾ってくれた男子生徒の方を向いた。
「すみません、鞄蹴飛ばしちゃって…ありがとうございます、お怪我は?」
「んえッ!?い、いやあ、ない、ないよ全然平気!」
「そうですか、よかったです、えと、一応お名前を…」
「ハッ、間田、三年C組の間田敏和!」
「間田先輩ですか、私は一年の琴葉葵と申します。この度は本当にご迷惑を…」
「いや、いいっていいって。鞄くらい誰だって落とすし」
良かった、人相に似合わずけっこう優しい人のようだった。このあたりの学生にありがちな罵声や怒号を浴びせるタイプではなかったことに葵は一安心した。それもそうだ、仗助と一緒にいるんだから、過激な人ではないはずだった。
名前は覚えたので、今度改めてお詫びをしに行くことを心の中で決めた。とりあえず、今は家に帰ってひと眠りしたい気分だ。仗助には無視をするようで悪いが、鞄を受け取ると葵は駆け足で家路を急いだ。
「…間田さん知り合いですか?」
「いや、お前を見た時の反応からするに仗助の知り合いかダレかだろうな。
チクショ~ッあんなカワイイ子まさか彼女か~ッ!?許せねぇぜ東方仗助!
ぜってえとっちめて傷心したところを慰めて寝とってやる!ヒヒヒ・・・」
「あんたそーゆートコロだと思うっスよ~…」
扉を自分が入るだけの隙間を開けてすぐに滑り込む。鞄を投げ出し靴下を放り出し、ベッドの上に勢いよく飛び込んだ。
息を深く吸って吐くを繰り返し、手探りでいつも一緒に寝ている抱き枕のクマを手繰り寄せた。顔をうずめて目を閉じていたら、なんだか泣きたくなってきた。
何も考えないようにして、葵は数時間眠った。
「葵、葵」
体をやさしく揺すり起されて、けだるげに葵は声の方を向いた。
廊下から差し込む明かりを背に、そばにいたのはコウだった。
「せんせい」
「ご飯だよ。食べられる?今日は鮭だよ」
「しゃけ…………たべる」
「うん。降りておいで」
電気の消えた部屋から後ろ姿が出ていく姿を眺めたまま、しばらく葵はベッドの上で呆けていた。
悩みがあって強く当たっても怒らない。わがままを言っても「しかたないなあ」と笑って受け入れる。たまに怒るとすごく怖いけど、頭ごなしに否定したり、大声を上げたりしない。作ってくれるご飯はおいしい。心から葵が尊敬する大人で、親。血はつながっていなくとも、葵の母のような父のような人。葵はコウが大好きだった。
自室のある二階からリビングのある一階へと降りる。鮭の焼ける香ばしい香りが一階に充満していて、帰ってから間食もなにも取っていない葵のお腹がかわいらしく鳴った。
そういえば口を開けて寝ていたのか、喉もカラカラだ。食事の準備をする義父のいるキッチンへ向かい、冷蔵庫から作り置きのレモン水の入ったボトルを取り出し、二つのコップに注ぐ。一つは自分用、もう一つはコウ用に。
すでに味噌汁や白米のよそわれた椀が食卓の両サイドを挟むように置かれ、葵はその片側の椅子に座った。誕生日席に当たる場所には何も置かれておらず、今日の夕餉は葵とコウ、二人だけの様だった。
「兄さんは?」
「仕事だってさ。最近夜遅いこと多いけど…春先の年度初めだからかな」
「まあ、そうじゃない?そのうち落ち着くよ」
そうだねえと返事を返しながら、焼き立ての塩鮭が乗せられた皿が目の前に置かれた。そのほか、きゅうりの漬物の入った小鉢が鮭の器の傍に置かれる。
すべての料理を置き終わると、コウは葵の向かいの席につき、「食べようか」と手を合わせた。
ひとまず、口の中の渇きを癒すために水を呷る。よく冷えた水が柑橘系の香りをまとって胃に落ちていく。コップの半分ほどを一気に飲み干し、一息ついた。
「今日はどうしたの。何かあった?」
「え?」
鮭の小骨を取り除いていたコウが口を開いた。思いがけない問いかけだったのだろうが、優しいコウの心理とは裏腹に葵はギクリと顔をひきつらせた。まさか、自分の生きてる意味が分からなくなっって思い詰めていたなどと曖昧な悩みを言えるわけがない。生みの親ではないにしろ、子供の存在する責任を負う親にはさらにとても言えない。葵はコップを持ったまま、視線をあっちへこっちへさまよわせた。
コウはこちらの応答を待っているのか、口出しをすることはないようで、小骨を除き終わった鮭を口に運んで咀嚼している。
「そ、その、
ちょっと思い詰めてて」
「うん」
「あのー、大したことじゃあ……ないんだけど……」
「うん」
「あのー……」
何か口に出そうと思ってもうまくまとまらず、えっと、あの、など絞り出すような接続詞しか出てこない。急かさないコウの無言が逆に辛くなって、いたたまれないまま箸をもって味噌汁をすすった。下げていた視線を恐る恐る向かい側へ上げると、こちらを見つめているコウの視線とかち合った。
頬杖をつき、こちらの話を聞く姿勢に入っている。椀も箸もコップも持っていない。合ってしまった視線を逸らせずに、葵は味噌汁の腕を置くことしかできなかった。
しばらく無言のまま二人は向かい合っていた。
「……ごめんな、葵」
ふと、コウが呟いた。
眉を少し上下げて、口元をすこし緩ませて。苦々しいように笑って言った。
「ごめんねって、むしろわたしのほうがごめんって…」
「イヤ、ね?高校生になってから、しばらくゆっくり話す機会がなかったでしょう。
だからいろいろため込んでても聞いてあげられなかったからさあ。」
「……先生のせいじゃないよ、わたしも、うまく伝えられなくて…」
うまく伝えるとはなんだろう。
私は、何を伝えようと思ったのだろう。口に出してから葵は思った。
自分の人生をどうしたらいいのか、とか?それとも別のことを?言えば迷惑をかけてしまうから、吐き出せなくて悩んでいる?そんなのいいわけで、言えないのをコウや周りのせいにしているんじゃないのか?そう考えだすと、さらに何も言えなくなってしまう。
いつのまにかうつむいて、じんわり熱を帯び始めた目元を伏せた。
なんだかここのところ私はおかしくなっている。
仗助に変な質問をされる。前に泊まりに行ったとき?小学生のころじゃなかっただろうか。人の目が余計に気になる。身だしなみに気を使ったりするのではなく、自分の一挙一動が心配になる。自分の思想に疑問を持つ。急に生きる意味がわからなくなってしまって、生きていける自身がなくなって、おまけに自分に興味がないと言われてしまった。自分磨きをしないとか、そういう意味ではないのは明白だった。
そういうことを想い詰めているときは決まって頭が痛くなる。胸の奥がツキンと痛んで苦しくなる。なにもかもに無気力になって、そう、死にたいという気持ちが湯水のようにわいて、溢れそうになる。
「葵、明日は学校さぼって遊びに行こうか」
そういえば、コウの突飛的な発言に助けられたのは、最近のことだった気がする。
葵はだまって首を縦に振った。
葵ちゃんの思想は自分の思想に近かったりします。うつ病かなんかなんじゃねーのって?ヘヘヘ!!!
原稿ぜんぜん進みません。動画も進みません。しんど。
次回もあんまり本編にかかわりません。
―追伸―
新しい表紙?をかきました。C95にものってる1枚です。
【挿絵表示】
情報ページには今まで描いたのも併せて掲載しておきます。
―追伸の2―
お椀二回置いていたので後者の方を修正しました。
考えながら書くからこうなる。