七夜城の一室バトラとロウは密談していた。
「おい、雫を捕えられてねえとはどういう事だ。ちと手筈と違わねえか?」
彼は高慢な仕草で酒をあおった。もうすでに十本以上の酒瓶が転がっているが、一向に酔う様子はない。
「護衛の忍びが火遁使いでナ、分が悪かったそうダ」
ロウが部下からの情報を述べた。その報告に、バトラは肩眉を上げる。土の暗部の構成が例年とは違ったからだ。
「雫の護衛は凄腕の土遁使いじゃなかったか?」
「今年の土の編成は雫と火遁使い一人、それと少年が一人いるラシイ」
バトラは飲みかけの酒瓶を握りつぶした。たかだか、少年一人に自分の計画が乱されたことが気に入らず、殺気が漏れ出す。
「護衛がガキだと?なおさらお前の失敗は見過ごせねえな」
下忍なら失神するだろう殺気にもどこ吹く風なのか、彼女は淡々と返事した。
「奴らの居場所は把握している」
「なら、何で殺らねえ」
「私の部下達では荷が重いと判断しタ」
声こそは色っぽい女のそれであったが、余りにも他人事の様に事務的な話しぶりのロウにいよいよバトラの堪忍袋の緒がブチブチと音を立てて切れ始める。
「てめえ、俺を怒らせたいのか?」
「私が行ってもいいガ、私が返り討ちで死んだら過半数では無くなるゾ」
「ならどうするんだよ」
「私とお前二人で行ク。部下の逆口寄せでナ」
バトラはロウの提案はガキ一人に慎重すぎるとは思ったが、自分もひと暴れしておきたいところであったので認めた。
「なるほどな。良いだろう。だが、お前に寝首をかかれるといけねえ、スケアを連れていくぜ」
「良いダロウ」
*
追手に位置を悟られないため、焚き火を焚くことも出来ず肌寒そうにしている雫を横目に、僕は追手の数を推測していた。やはり、こちらの居場所は気づかれてるな。こちらの目的地は敵に割れているんだ。人海戦術で探されれば当然見つかるか。ここで仕留めるしかない。
「そろそろ、行こう」
雫は僕の表情が険しいものになっていることに気づいたのか口を開こうとする。けど、その前に僕の声を響かせた。
『後ろに付かれている』
『え⁉』
予想以上の敵の速さに彼女の声が上ずる。だが、彼女を落ち着かせている時間はない。一刻も早く対策を練って、先手を打たなければ。
『雫は何遁が使えるの』
『水遁が得意だけど。その、私は・・・』
雫は病気の為に、術の行使にチャクラを練りすぎることを気にしているのか歯切れの悪い返事をする。だが、雫が術の行使により一日のチャクラを限界まで全て使ってしまうようなことになっても、ここで使わなければ二人とも死ぬかもしれない。僕は無理を承知で頼んだ。
『分かってる。一日に一度しか術は使えないんだよね。隠密系の術は持ってる?』
『霧隠れの術とか』
『分かった。合図したら霧隠れの術で身を隠して、敵は僕が殺る』
彼女も決心したのか瞳から不安が消え、火が灯る。
『ええ』
『三・二・一・今だ‼』
合図と同時に雫は印を組んだ。
「水遁・霧隠れの術‼」
一瞬だった。雫を中心に噴火でも起こったのかという勢いと規模で霧が飛び散り、夜の森林は隠され、あたりの視界は限りなく閉ざされた。
霧のくせになんて風圧だ。いくらチャクラの籠めすぎとは言え、やっぱり暗部は化け物ぞろいだ。ありがたくこの霧は利用させてもらおう。
「爆遁・韋駄天の術」
リオンの足元が文字通り爆発した。その爆発エネルギーを機動力に変え、リオンの姿が掻き消える。
*
砂漠の暗殺集団の首領ロウの部下である忍達はターゲットを仕留める機会を伺っていた。
「おい、いつまでこうしているつもりだ」
一人が、こらえ切れなくなり不平を漏らす。
「ロウ様は待機せよとのご命令だった。時が来ればロウ様を口寄せする算段だろう」
と隣の忍びが答える。
「しかし、相手は二人だけだぞ。対して俺たちは十人。確実に殺せるぞ」
「女の方は生きて捕らえろとの命令だっただろう」
「くそ、ロウ様は慎重すぎるんだ」
少女の方は生け捕りにしなければならないため少しは難易度が上がるかもしれないが、少年の方は殺してもいい。にもかかわらず、大の大人たちがただ囲んでいることしかできないという状況に忍は歯噛みをしていた。
「おい、お前。殺気をあまり漏らすな、感づかれるぞ」
隊長が諌める。確かに、十中八九自分たちで事足りるとは思うものの、ロウ様の命令は絶対である。やはり、大人しくしておこうと思った。その時、部下の一人が叫んだ。
「隊長‼女の方が印を組んでます」
「何?くそっ、霧隠れの術か。感知タイプは⁉」
「捕らえました。両方さっきの位置から動いていません」
「そうか、勘づかれた以上作戦を実行する。かかれっ!」
忍達がクナイを構え、印を組みだす。二人の子供たちの命を狩るために。だが、刹那の間に狩猟関係は逆転した。蒼天色の髪の少女を中心に爆風が巻き起こったからだ。
「なっ⁉」
「おい、霧隠れの術ってほざいたのはどいつだっ。風遁の攻撃忍術じゃねえか」
そこに、感知タイプの忍びが驚愕の声を上げる。
「ちがう、これは霧隠れの術だ。規模が違うだけでっ。もう何も感知できない」
「ガキの方が消えた?」
「どういう事だおい!」
忍が不満を上げ叫んだ須臾の間、二人の忍の間に赤髪の少年が現れた。芸術品の様に端正な顔立ちの少年だと思ったが、少年の背後を見た時、戦慄の余り全身から汗が噴き出る。
彼が目の当たりにしたのは、ゆらゆら波打つサソリの如き鋼鉄の尾が、同僚の二名を串刺しにしてうねっている様。思わず吐き気が込み上げる。
「あ、悪魔ぁめぇ」
今から印を組んでいては間に合わないと判断したのか、忍は腰のホルダーからクナイを引き抜く。しかし、それすら遅かった。
「ゴフッ」
判断を誤った忍の腹部を、少年の手から伸びた黒杭が貫く。ちらりと、少年を挟んで向こう側にいる仲間の忍を見るが、彼もまた杭に刺されていた。
「棒の二本や三本、」
「喝」
二人の忍達の体はきらりと輝いた後、爆散した。
「何だ、今の爆発は⁉」
爆風に煽られ五人目の忍は地面を転がる。直ぐに手や足を突き、状況把握の為に顔を上げた。だが、視界に映っていたのは霧に包まれた光景ではなく、眼前に迫りくる足。
「くそっ」
首をひねって躱そうとする。ことは出来なかった。強制的にせっかくずらした頭が何かに引っ張られて、元の位置に戻されたからだ。
「何で?」
疑問符しか浮かばない忍にちらついたのは、赤髪の少年の指から迸る青いチャクラ糸。赤髪の少年が、彼の頭を操作して、丁度蹴りが入る位置に配置し直したのだ。
「いつの間―」
忍が何かを言い切る前に蹴り上げられる顎。後方にのけ反る背中。間髪入れずに腹をサソリの尾が突き破る。
暗殺部隊の隊長は状況の把握に迫られていた。
「何が起きている!何人やられたっ」
「恐らく五人です‼」
何とか生き残った忍が生存者の確認をする。
「五人もだと⁉」
他の三人も隊長のもとへ集結した。ここにいる誰しもの顔が引きつっていた。
「はい生き残っているのは私たち五人のみです」
「どういう事だ、この霧の中だぞどうやって」
「このままだと、後手に回っちまう。感知タイプは!」
自分たちは敵の位置が分からない。敵はこちらの位置が分かる。絶望的な状況下に感知タイプの仲間に指示を出す。だが、帰ってきた返事は最悪の物であった。
「彼がさっき爆発する所を見ました」
「おいおい、どうするんだ!」
生き残った忍達は懸命に霧の中で周囲を見渡す。そして、ついに一人が見つけた。
「おい!ガキがいたぞ」
「待て早まるな」
隊長の制止も空しく、血の気が盛んな忍が霧の向こうへ消える。
一時の静寂が訪れた。
「どうなったんだ」
「死んじゃったんじゃ」
「馬鹿を言うな」
部下の気弱な発言に隊長が声を荒げたとき、霧を突き破って先ほどの忍が帰ってきた。
「よかった、無事だったんですね」
一人が無事の確認に駆け寄る。周囲にやっとほっとした空気が流れる。
「待て様子が変だ」
隊長の警告と同時に、帰還してきた忍の姿が粘土人形に変わった。
「え?」
忍達の前で煌く粘土人形。爆炎が森林の木々を吹き飛ばし、黒煙が霧を濁した。
「馬鹿な・・・・・・」
片腕から血をだらだら流しながら、茫然とした様子で隊長は立ち尽くす。ふと、腿に違和感があり確認すると針が刺さっていた。
「針?」
引き抜くと針の先が紫色に光っている。その紫が何なのか理解する前に、全身が痺れ始め地面に倒れ伏す。隊長は震える手で、腕の血を掬った。
*
「ふ~。少しチャクラを使いすぎたか・・・・・・」
スタっとリオンは雫のもとに霧を突き破って着地した。
「終わったの?」
「うん」
雫は頭を押さえてしゃがんでいた状態から恐る恐る立ち上がった。
「なんか、怒号やら悲鳴やら、爆発音やらで阿鼻叫喚の世界と化してなかった?というか、よく敵の場所が分かったわね。その、私の術は欠陥品だから」
雫はもにょもにょと後半を濁しながら、僕に尋ねる。
「そんなことないよ。感知タイプの感知が全く不可能になるくらい完璧な術だったよ。熱探知が出来る僕にとって、あの術のおかげで戦闘を自分のペースに持ち込めたんだから」
霧が晴れた。
「霧隠れの術って本当に便利だね。僕も覚えようかな」
「おかしい」
ポツリと雫が呟く。
「そんなにおかしいかな?僕が水遁を使ったら。確かに僕は赤髪だけど、もしかしたら使えるかもしれないじゃん」
「私まだ霧隠れの術を解除していないのに」
「え?」
僕は直観的にのけぞった。何かが跳ね飛んだ。腕?誰の?僕の?どういう事だ、熱センサーも光センサーも反応しなかった。完全に不可視の一撃だとでもいうのか?
「ほう。今だ、首が付いているとハ。私の初撃が躱されるのは久しぶりダ。やはり、バトラを連れてきて正解だったカ」
「なんだこのざまは、てめえの部下はザコばっかだな。おっと、そこにいるのは俺の雫じゃねえか」
一枚の巨大な風魔手裏剣を背負い、緑の外套に包帯。それ以外は無色透明の忍と赤いマントを羽織り、腕を組み野生的な笑みを浮かべる巨漢。そしてもう一人、顔に紫の模様が目立つ忍が立っていた。
リオンは異常な殺気を放つ
今までの敵とは雰囲気が違う。凄い殺気だ。霧を晴らしたのは恐らく二人のうちどちらか、ということは、そいつは恐らく火遁か風遁使い。だが、熱センサーが反応しなかったことと、昼間に襲ってきた忍び達が風遁使いだったことを見ると、風遁使い。
問題はどちらが風遁使いかという事だが、巨漢の男の口ぶりから察するに、左の透明人間が風遁使いの長だろう。ということは、こいつが風遁使い。
風遁も奴が背負っている風魔手裏剣も遠距離でこそ効果を発揮する物。なら、近接戦で一気に決める!
「爆遁・韋駄天」
僕の足に爆遁チャクラが溢れ出す。まるで瞬間移動したかのようにロウの背後に回り込んだ。左手から杭を出す。
すり抜けた?
「安心しナ。直ぐにお前の首もその腕と同じにしてヤル」
二枚の巨大な風魔手裏剣を背負ったロウは妖艶に不気味に言った。