「安心しナ。直ぐにお前の首もその腕と同じにしてヤル」
杭がロウの体をすり抜ける。と同時に、奴が背負う風魔手裏剣が地面に落下し、突き刺さった。それだけじゃない、緑の外套や包帯までパサリと地面に落ちたのだ。
ぐっ、どういう事だ?さっき僕の腕を切った不可視の一撃は実体があった。なのに、敵の体は透明かつ実体がない・・・・・・まさか、こいつは迷彩化と実体化を別々に操作しているのか!?
「風遁・飛廉」
どこからともなく、ロウの声が聞こえる。直後に落下した二枚の風魔手裏剣の内、一枚が掻き消えた。僕は嫌な予感をして後ろに飛びのく。ほんの一瞬だけ、ブンと目の前から風切り音が鳴った。
クソッ。恐らく今目の前を通り過ぎたのは奴が迷彩化した風魔手裏剣。しかし、風遁で操作しているにしては、音が一切しない。多分、風魔手裏剣の実体を無くすことで、光・熱・音、全てにおいて察知させず、僕に命中する寸前で実体化させているのか。
光センサーが僕の横合いに反応する。ハッとしながら、首を振ると名状しがたい何かが押し迫っていた。敵の術について考え込んでいた僕に避ける暇は無い。
強烈な衝撃。地面を叩き割りながら、バウンドする僕の体。
「ぐはっ」
激痛に思わず意識を手放しかける。さっきのは一体?巨漢の男の仕業か?
「敵を目前にして考え事とは舐めているのカ?」
バトラがねっとりとした声色でリオンをなじる。だが、リオンが気にしたのは彼の挑発の言葉ではなく、その外見の変化であった。青いチャクラがバトラの体を泡立つようにブクブクと覆い、九本の触手を創り上げていたからだ。
巨漢の様子がおかしい。ここはいったん、距離をとって―
「さっき俺を忘れてただろ?なら、しっかり記憶に焼き付けろ。踊れ俺のクラァーケン‼」
突如、バトラの触手の一本が、青いチャクラ体から肉体を持った触手へと変貌した。見かけの印象より数十倍の速さで、僕の足を掴み鬼の様な力で地面へ叩きつける。
一方的な暴力を見て、雫は思わず叫んだ。
「リオンッ‼クッ、水遁・水鉄砲!」
だが、雫の手から何も生み出されなかった。彼女はただクレーターの様になった地面で倒れ伏すリオンを見つめることのみ。
「どうしてっ。どうして、私はこんなっ」
「雫の護衛がこの程度の屑だとはな。スケア、てめえの分は無さそうだぜ」
バトラがつまらなさそうに、ぼやいた。
「バトラを連れてきて不正解だったカ。俺一人で対処可能だったカナ」
ふわっと包帯が浮かび上がり、ぐるぐると何かを巻いていく。出来上がったのは透明人間のミイラ。そいつが最後に外套を羽織った。
点滅するようにチカチカする思考で、僕はなおも考えていた。
どうする?Ⅽ4を使うか?いや、相手は風遁使いだ。ナノサイズの爆弾では風で飛ばされてしまう。何よりここには雫がいるんだ。使うならⅭ3以下だが、そもそも透明人間の居場所が把握できないのに使ってどうするんだ。
奴は任意のタイミングで、攻撃できる。僕は奴が実体化している時しか攻撃できない。この関係を崩さなければ勝機は無い。
だが、あの透明人間の術には間違いなく限界がある。まず、あいつは自身の服を迷彩化出来ず置き去りにして潜伏している。風魔手裏剣だって、一枚は放置されたまま。
問題はでかぶつの方。全く分からない。第一、あの異常な濃さのチャクラと量は何なんだ?とても、人間一人の物だとは思えない。各個撃破したいところだが、片腕が無くて大部分の術が使えない。なら―
「韋駄天」
リオンは一気にロウへ突貫する。
「また、同じ術カ。風遁・飛廉」
再び一枚の風魔手裏剣が高速回転し消え、ロウの姿も掻き消えた。宙を舞う包帯。それにかまわず、僕は巨漢の方へ無理やり軌道修正する。
一息でバトラに肉薄する。
「こいつ早え!」
「喰らえっ‼」
残された左腕から黒杭が伸びた。後、一歩。
しかし、紙一重の所でリオンの渾身の一撃は届くことは無かった。実体化した手裏剣に腕の軌道を反らされたからだからだ。二度も後手に回った一撃であったが、今回は土矛での防御が間に合う。甲高い金属音が走る。
間に合わなかったか。全力の一撃がずらされた僕には態勢を崩す以外に選択肢はなかった。
その瞬間を見逃さず、バトラは触手でリオンの顎にアッパーを喰らわし、腹部を蹴りつけた。落雷の様な速さで、吹っ飛び地を這う僕を見て、バトラは高笑いした。
「ガハハハッ。ガキが調子に乗るからだ。海の王に敵うはずはねえんだ。雫はもらってくぜ」
「黙れ」
「あ?」
バトラが顔を歪める。リオンは肩で息をしながら、立ち上がった。
「雫は渡さない」
「何ほざいてんだ。俺はなあ、たった一代で海賊の王にのし上がり、あの第四次忍界大戦すら生き残ったものだぞ?役者が違えんだ」
あざけるように話し、威圧するバトラにリオンは一向にひるむ様子はない。
「爆遁・韋駄天」
僕の忍足から火花が漏れる。手を振って黒杭を出す。
「いい加減、学ばねえな‼おい、ロウ」
「分かっていル。風遁・飛廉」
ロウの風魔手裏剣が一枚掻き消えた。
「ハアアアァァァ‼」
忍足から解放されたのは、今までにないほどに地面を砕く爆炎。
「無駄だ‼」
バトラのチャクラ体の触手が再び受肉し、リオンに襲い掛かる。
リオンも真正面から左腕を引き絞る。だが、一本しかない僕の腕と数、リーチどちらにおいても上回る触手。どちらに勝敗が付くかは自明の理であった。
触手が今度こそリオンに喰らいつく瞬間―
バトラの触手が千切れ飛んだ。
「なにぃ⁉」
ズン‼
巨漢の体に杭が深く突き刺さっていた。
「ゴハァッ、ど、どうしててめえじゃなく、俺の触手が・・・・・・」
リオンの指から伸びるのは一本のチャクラ糸。ロウが目を見開く。
「まさカ、さっき俺の風魔手裏剣がお前の腕を弾いた時ニ」
「マーキングさせてもらった」
ロウは思った。つまり、この赤髪の少年は風魔手裏剣が実体化した一瞬の間にマーキングし、さらにもう一度私が妨害してくるのを見越して、わざと二度も同じ状況を作り出した。自分の意思で攻撃していた筈が、いつの間にか相手に攻撃のタイミングを固定されていたのだ。
だが、いくら実体化するタイミングを計れても私から風魔手裏剣の主導権を奪えるはずが・・・
驚愕のあまり、ロウは後ざすりし、叫んだ。
「風遁使いでもないお前が、私の手裏剣を遠隔操作するだト!」
「傀儡使いでもないお前が、僕に遠隔操作で勝てるとでも思ったのか?」
何が起こっているのか理解できていない、バトラは憤怒した。
「てめぇ、ちゃちな棒きれで突いただけで、いい気にな―」
「喝」
しばしの煌きの後、バトラが爆散した。爆炎を逆光にして朧気に光る、赤髪と碧眼。
「あなたの風魔手裏剣は僕のものです。そして、安心して下さい。直ぐにあなたの首も僕の腕と同じにしてあげますよ」
「調子に乗るナ、飛廉‼」
ロウの二枚目の風魔手裏剣が、高速回転し消える。代わりに浮き出るのは、包帯の下の素肌。腰まで届く草色の艶やかな髪に黄色い瞳。褐色の肌を持つ女性こそがロウの正体であった。
だが、彼女の真の姿を目の当たりにすることが出来たのは、うたかたの間であった。ロウが姿を現した寸刻の間にリオンが呟いたからだ。
「喝」
彼女の足下が噴火した。木々の数倍の高さの火柱が立ち上る。黒煙はそのさらに数倍まで立ち昇った。やがて煙が晴れると、五体満足ではあったが、ボロボロになったロウが倒れ伏していた。
「馬鹿、ナ」
「あなたは自分も入れて、二つまでしか透明にしなかった。そして、慎重すぎるあなたは常に風魔手裏剣で遠距離攻撃をしていた」
ピクリとも体を動かせないロウはただ呻くことしかできない。
「だから、俺ガ二枚目を風化した瞬間、つまり俺が風化出来ない瞬間を狙ったのカ。だが、いつの間に地面に地雷ヲ・・・・・・」
「変な触手に叩きつけられた時に地面に仕込みました、あとは遠隔操作で適当な位置に設置してお終いです」
僕は手に毒針を握る。
「そろそろ、終わりにしよう」
「ああ、終わりにしようぜ」
僕の真上から全長30メートルはあろう、極太の触手が叩き落された。
「ガッ」
あまりの衝撃に地面が砕け、地割れが発生し、木々を吹き飛ばし、土煙が周囲を覆った。
よろよろと立ち上がったロウが煙を晴らす。今度、現れたのは倒れ伏したリオンだった。
「ふん。まだ意識があるのか」
バトラがぎゅるぎゅると触手をしならせながら僕に歩み寄る。そんな馬鹿な。確実に殺していた。体内から爆発した奴が全身バラバラになった所を確かに・・・
「な、ぜ」
「何故俺が生きているかって?それはな、俺は腹の中に怪物を飼っているからなあ」
「怪物?」
霞む視界に捉えたバトラは服こそ無残な状態だったが、体は無傷の状態になっていた。
「俺は欲しいものは全て手に入れてきた。全てだ。だが、唯一手に入れられない物があった・・・最強の力だ。かつて、俺は血霧の里で最強を自負していた。だが、第四次忍界大戦で、目の当たりにしたんだ。本当の最強を。分かるか。人柱力だよ。俺達ゴミがわらわらと群れている中。圧倒的な力で敵を蹴散らす八尾の九尾の、十尾の存在・・・認められるか‼」
バトラが濃密なチャクラを纏う。一本、二本と骨が生え肉を纏い始める触手。
「だから俺は契約したのさ。海の妖魔である、クラーケンとな。こいつをあの忌まわしい尾獣と同じくらい強力な悪魔にするのに、何百、何千と人間を食い散らかしてきたよ。そしてこいつが俺の中にいる限り、たとえ体がばらばらになっても再生し、欠損した部分ですら修復する」
触手が雫を絡めとる。
「いやっ、放してッ」
雫はもがくが触手はびくともしない。
「雫を、放せ」
僕は軋み半ば機能が停止した体を、ふらふらになりながらも持ち上げる。
僕は忍でなければならない。ドントさんの優秀な道具であらねばならない。任務の絶対遂行。忍において最も重大で大切な掟を守れなければ、僕は忍じゃない。優秀な道具ですらない。ただの、ガラクタだ。
「ガハハハッ。止めておけ、俺は人柱力だぞ?人知を超えた存在。たかが護衛のガキには荷が重すぎる。ガハハハッ。お前の様なゴミは殺す必要もない」
そう吐き捨て、バトラが雫を肩に担ぎ去ろうとする。が、ロウが男を諌めた。
「おイ、バトラこいつはここで確実に殺っておケ」
「あ?しょうがねえな。こいつにそんな価値ねえと思うがなあ。あばよ、屑がッ!」
バトラの触手の全てが必殺の凶器となり、森羅万象を打ち砕く。途轍もない衝撃がリオンをあたりを徹底的に破壊した。
「リ、オン・・・・・・」
「俺が死んだか確認スル」
慎重に巻き起こった砂塵の中を捜索し、バラバラになったリオンを発見した。
「確実に死んでイル」
「あっけなかったな。やっぱスケア、てめえの出番はなかったな」
「その様でしたね」
何の感傷も無くただ答えるスケア。
「さっさと帰るゾ、そろそろトトが俺たちの不在に気付ク」
ロウが印を組むと、四人の姿は掻き消えた。
*
間もなく夜明け。約束の刻限まで着実に時間は迫っていた。バトラは雫を七夜城の一室に監禁していた。
「ちょっと、出しなさいよ」
彼女は必死にドアを叩く。ドア越しにいるバトラに思いつくすべての罵詈雑言を投げつけてやったが、余程気分が良いのか一向に気を悪くする様子はない。
「ガハハハッ。出す訳ねえだろう、トトの爺に見つかれば面倒だからなあ。俺が七草の纏め役になったら、外に出して、好きなだけ遊ばしてもらうよ。まあ、俺も嬢ちゃんで遊ばせてもらうけどな」
ドアの向こうでバトラが下世話に笑った。
「あんたは碌な死に方しないわよ」
「俺はなあ、やりたくねえことは全部やらなかった。そして欲しいものは全部手に入れる。これまでもこれからもなあ」
バトラは高笑いしながら、ロウと別室から去った。
「おイ、あの女始末しておいた方が良いんじゃないカ」
ロウは七草の寄合において、一票を持つ少女を危険な存在だと見なしていた。
「てめえは、少し慎重すぎるな。仮に雫の存在が知られても、俺とお前と新入りの坊さんの三人で過半数は抑えているんだ。もう俺の覇道を止められるものは誰もいねえ」
彼女の懸念をぞんざいに扱うバトラ。女も諦めたのか、別の話題に切り替えた。
「お前が、纏め役になったあかつきには、約束は違えるなヨ」
「ああ、俺が裏の覇権を手に入れた後には、てめえらはもう砂漠に縛られることはねえ。どこでも自由に新天地を探せばいいさ」
「ならイイ」
*
ここは?
暗い。洞窟みたいな・・・・・・
「気づきましたか」
僕が目を覚ますと、顔に紫の模様のある男がいた。
「あなたは確か、あの触手男と一緒にいた」
「スケアとでも呼んで下さい」
自分から彼の名前を聞いておきながら、そんな名前なんてどうでもいいことだと思った。
・・・・・・僕は負けたのか。
「私を警戒しないのですか?」
「あの中で貴方からは殺気が感じられませんでしたし、それに今更抵抗したところで・・・・・・」
適当に笑って返そうとしたが、うまく笑えた気がしない。きっと、酷く自嘲的な笑みになっているだろう。
「どうして僕を助けたんですか?」
スケアは洞穴から見える夜空を眺めながら言った。
「何度も勝てない敵に向かって立ち上がる所が、なんとなく知り合いに似てましてね。つい助けちゃいました」
懐かしそうに微笑むスケアからは確かに敵意は微塵も感じれなかったが、むしろ僕に止めを刺してくれないことに苛立ちすら覚えた。つい口調も乱雑なものとなる。
「その、知り合いはきっと馬鹿なんでしょうね。勝てもしない相手に無謀にも挑み、敵を倒せず、何があっても守るという約束すら守れなかった」
スケアはリオンの方に振り返り言った。僕はなんて強い眼差しを持った人なんだろうと思った。
「私が似ていると言ったのは、敵を倒したかどうかではなく、絶望的な状況でも諦めようとしなかった所ですよ」
しかし、リオンは暗い顔のままスケアに背を向ける。
「これからどうするんですか?彼らは私が変化したバラバラのあなたの死体を見て、あなたのことを死んだと思っていますが」
―もう何もかもどうでもいい。
「どのみち、ドントさんからの任務には失敗したんです。彼は僕のたった一人の支えだったのに、期待に応えられなかった。僕は所詮ただの傀儡、ガラクタだったんですよ」
スケアは座って、宙を眺めた。もうずっと昔のことを振り返っているようであった。
「昔、ある忍びがいましてね。彼は一人の抜け忍の為に自身を徹底的に道具として扱い、最後にはその抜け忍をかばって死んだ。私はそんな風に自身に価値が無いように考えることは悲しいことだと思いますし、その忍もあなたの事も私はモノだとは思わない。立派な忍びだ」
僕には、その忍と僕が対等に価値があるとはどうしても思えなかった。むしろ、その人の方が僕よりはるかに価値があるように思えてならなかった。自身を犠牲にしてでも、大切な人の命を守れたのだから。それに引き換え僕は口先だけの無価値な存在だ。込み上げてくる感情に突き動かされ、つい本心をぶつける。
「大切な人を守れず、任務にも失敗するような奴に価値なんか有りますか?」
「でも、彼女は攫われただけでまだ生きています」
なおも、言い募るスケアに僕は声を荒げた。
「忍びにとって、任務の達成は絶対の掟。それが出来ない僕は、あの触手男に言わせてみればクズだ。僕には彼女を助ける力は無も無ければ資格も無い‼」
突然、背後のスケアの声が別人に変わった。
「確かに忍者の世界でルールや掟を破る奴はクズ呼ばわりされる・・・・・・けどな!仲間を大切にしない奴はそれ以上のクズだ!!!」
心臓がドクンと波打つ。誰でも吐けるような綺麗事に無性に腹が立った。でも、それ以上に腹が立ったのは自分に対してだ。本当のクズに落ちぶれる事を是とした己の不甲斐なさにだ。
痛む体を無理やり引き起こす。
「どうやら、やる気になったみたいですね」
振り返ると、先ほどと声も姿も同じスケアさんが微笑んでいた。
「一体あなたは何者ですか?」
「ただの、だらしない先生ですよ。もう一度聞きます、これからどうするんですか?」
暁が昇り、暗い洞穴に日がさした。
「雫を助ける。ついでにあの触手男をぶっ飛ばして来ます‼」
足に力を込め立ち上がる。彼は目を細めた。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
すぐさま一刻も早く、飛び出そうとする僕を彼が引き留めた。
「あ、そう言えば」
スケアさんが後ろをごそごそしだした。
「どうしました?」
「あなたの腕、拾っておきましたよ」
取り出したのは、切り飛ばされた僕の腕。そう言えば、片腕を無くしていたんだった。
「ありがとうございます」
早速、修理して取り付けようと腕を持つ。その時、凛とした音が僕の切り落とされた腕から響いた。握りこぶしを開いてみると、音の正体は赤いひもで結ばれた二凛の鈴であった。
「これは?」
彼に尋ねる。スケアさんは少し考えた後、答えた。
「敢えて言うならば、忍びの資格ってやつですかね」
・・・忍びの資格。僕は鈴をポケットに押し込み今度こそ飛び去った。
それを見送りながらスケアは眩しい朝日に目を細め、小さくため息をついた。
「あの傀儡の術、それに爆遁。間違いなく土影を襲った奴を見逃すとは、俺も大概クズだな・・・・・・なあ、オビト」
スケアの姿は煙となって消え去った。