止むことのない雨。雨隠れに住む人々にとって、それは比喩的表現ではない。むしろ自分たちが一生拝む事の無いだろう、燦々と輝く太陽の方が空想の産物であった。しかし、それほどの長雨でも流れる血を洗い流すことは出来なかった。
「どうしてこんな惨いことが出来るんだ」
僕は積み上げられ放置された人の山を見上げながら呻く。周囲では炭化した家や畑が無残な姿で雨に打たれている。屍の山を一つ一つ見ていくと、明らかに忍ではない者のもあった。
「僕もそう変わらないか・・・」
蠍の尾を振り払う。尾で串刺しにされていた岩の忍が空を舞った。赤く染まる大地がその色をより一層濃くする。
「どうしてこんなことが出来る」
目の前で恐怖に打ち震えている岩の忍に問う。ちらりと横に目を向けると母親らしき女性が子供を抱きかかえながら死んでいた。
「ダ、ダンゾウ様の命令だ。子供だろうが殺せと、大人になったら反逆してくるからって言ったんだ。俺が思ったわけじゃない!それに、俺の親父は雨の奴らに殺されているんだ。俺には権利がある」
狂ったように喚き散らすその忍は心の底からそう思っているようだった。木ノ葉を出てダンゾウを探した。忍界大戦がはじまる前に、大軍と大軍がぶつかり大勢の人々が死ぬ前に、彼を倒せばいいと思っていた。
でも、それは間違いだった。
既に現実は僕の想定を遥かに超えていて、もう既に多くの憎しみの連鎖が回り始めている。
家を追われて逃げて、冷たい雨に打たれて死んだ人を見た。大切な何かを守ろうとして死んだ人を見た。戦って死んだ人を見た。怯えながら死んだ人を見た。
ボルト、火影、ドントさん達が命を懸けて守ろうとしているもの、守ろうとしてきたものに価値があるのかと思わずにはいられない。そんなものは仮初めで虚構にすぎず、人間の本性はこうなのだと思わずにいられない。
「ダンゾウは、本軍はどこだ」
「俺は忍だ。死んでも情報は渡さない」
そんなものは忍じゃない。懐から毒針を出す。紫色に鈍く光るそれが忍の首に差し込まれていく。
「あがあああああ、ぁぁ、あが」
「毒だ。今すぐ吐くなら解毒しよう」
平和な世界が存在しないのなら、僕がそれを創ろう。
*
雨隠れの本拠地である雨隠れの里から、数里離れた場所で、ダンゾウは自らの軍を見渡していた。
大雨に負けない数の忍達がずらりと立ち並ぶ光景はまさに壮観。雨雲から差し込むぼやけた光に照らされて、際限なく広がる硬い地面が薄紫に見える。
もはや雨隠れは落ちたも同然。ここを制すことが出来れば、砂が落ちる。砂が落ちれば火が落ちる。そうして帝国が五大国を征すれば、ようやく、ようやく、秩序と安寧が訪れる。
今度こそ失敗するまい。ダンゾウは瞳をつむった。思い出されるのは遠い昔。
あれは第二次忍界大戦の時だったか。雲との和平に向かった二代目様とわしら護衛の忍は、悪名高い金銀兄弟による突然のクーデターに合い生死の最中にいた。
刃と爆炎の飛び交う森での逃避行。あの時もヒルゼンには助けられたが、それを認めてしまうと、自分が奴より劣っていると認めてしまうようで下らぬ意地を張ったんだった。
『大丈夫か、ダンゾウ!』
『余計な真似だ。ヒルゼンッ』
『まあ、そういうな。この状況で仲間を失う訳にはいかないだろう』
『カガミ、トリフ生きていたか』
うちはカガミと秋道トリフと合流したわしら二人は、何とか二代目様とホムラ、コハルとも再会できた。正直を言うとわしはこれで助かったと思った。それほど、二代目様は偉大なお方だったのだ。じゃが、
『囲まれたな。敵は・・・二十。この追跡力からして雲隠れ。手練れの金閣部隊か』
『こちらは二代目様を含めて七人』
『ホムラ!そんな弱腰でどうする。敵はまだこちらの位置をまだはっきりとは把握できていない。ここは待ち伏せして不意を突き、逃げ道の突破口を』
ホムラやコハルは気づいておらんかったが、わしらは完全に二代目様の足手纏いになっていた。そう、二代目様お一人だったら確実に逃げられたはず。
最善の策は、わしらが命を捨ててでも二代目様を逃がすこと。必死に打開策を考える奴らを見ながら、そう思っていた。思っていただけだった。
言い出せず。認められず。だが、確かにあの時のわしは自分の命を惜しく感じていたのだ。
『無理だ、コハル。この場合、誰か一人が陽動で気を引くしかない』
『囮役か・・・まず命は無い。誰が・・・』
うちは一族の中でも飛びぬけて優秀であったカガミが現実を突きつけた。そして、トリフが誰も口にしなかったことを口にしたのだ。
暗い森の中。セミの鳴き声だけが聞こえる沈黙の中で、わしが出来たことはただ一つ。膝を握りしめ肩を震わすことだけだった。
俺は忍だ。忍らしく戦場で死ぬと決めていた。猿飛・・・お前は何を考えている。お前にはその覚悟があるのか?
こう思ってしまったのだ。自分自身で覚悟を決められず、ヒルゼンに依存しようと。奴が命を捨てられるなら、わしも捨てられる。奴が命を捨てられないなら、わしも捨てられない。
言うんだ。言えッ。俺はッ。・・・どうした?俺がやるって、何でッ!
だが、言えなかった。囮は俺がやると言えなかったのだ。
『俺がやります』
『猿飛!』
『ヒルゼン・・・」
『お前』
『心配するな。こう見えて、お前らの中じゃ一番できると自負している。死にやしないよ』
ヒルゼンは言った。みなが奴の勇気に驚き、称え、納得する中わしは―
震えが・・・止まった。
ちくしょうッ。弱腰だ。心のどこかで・・・今・・・ほっとしている。
ただ惨めに、震えの止まった膝を握りしめているだけ。そんなわしをヒルゼンは気遣った。
肩を叩かれ、
『これからみんなを頼むぞ、お前なら―』
『黙れッ!俺が手を上げようと思っていた。一人で良い恰好するなッ。囮役は俺がやる』
『ダンゾウ・・・』
耐えられなかった。自分が気遣われてしまったという事実に。自分が劣っているという・・・事実に。
『俺の父も祖父も、戦場で忍として死んだ。自己犠牲は忍の本分』
苦し紛れに己の忍道を唱え、その事実を上書きしようとした。二代目様は見抜いておったが。
『囮役は勿論俺が行く。貴様たちはこれからの里を守っていく若き火の意思達だ』
『駄目です!あなた火影なんですよ!里にあなた以上の忍はいない』
見苦しい。口では二代目様を気遣いながら、腹の中では自尊心を満たそうと、傷つけられまいとする醜い性根。そんなわしを、二代目様は最後まで諌めてくれた。
『ダンゾウよ。貴様、サルといつも何かあるごとに張り合ってきたな。だが、この場で必要なのは仲間同士の結束だ。私的な争いを持ち込むな』
わしは目を見開いて呆然とすることしかできない。どこまでも認めたくなかったのだ。
『決断が遅かったのは事実。まずは己を見つめ、冷静さを欠くことなく己を知ることだ。今のままでは仲間を危機に陥れる。とにかく、ダンゾウ、サル。その年で焦ることは無い。いずれその時が来る。その時までその命取って置け』
そして、二代目様は、扉間様は、おっしゃった。わしにではない。ヒルゼンに。
『サルよ。里を慕い、貴様を信じる者を守れ。そして、育てるのだ。次の時代を託すことの出来るものを・・・明日からは貴様が火影だ』
『ハッ』
笑って言ったのだ。
『サル。木ノ葉を頼むぞ』
俺は結局・・・火影にはなれなかった。お前はいつも俺の先を歩きやがる。どこまで行っても、追い付けない。
それでも、お前が命を懸けて木の葉を守ったように。今度は俺が・・・俺が世界を守る。
お前は光を浴びる木ノ葉。俺は闇の中の根。
こんな俺をお前はどう思う?なあヒルゼン・・・お前にとって俺は―
「皇帝陛下。赤髪の少年が現れました」
「・・・そうか。皆の者。戦じゃ」
ダンゾウは瞳を開いた。
*
赤雲が靡く。数千の忍に対するのは、たった一人の忍。多くの者は侮った。たかが一人で何が出来ると。だが、戦争を知る者は違った。
“うちはマダラ”
第四次忍界大戦における絶望だ。その忍は忍連合軍にたった一人で戦いを挑み、蹴散らした。それを記憶している、いや刻み込まれた忍達はどうしてもその時の光景が重なってしまう。
彼らは唾を呑みこみ、汗を流す。
上の世代の怖じ気づいた様子に、余裕の笑みを浮かべる者達も次第に表情が固まっていく。結果として、数千もの忍がただ一人によって足止めされた。
そこに皇帝の声が響く。ダンゾウだ。
「皆の者、聞け。そなた達はよく耐えてきた。自国が弱体化していく現状に、忍が軟弱になっていく現状に、親の仇と平然と肩を組まねばならぬ現状に。だが、もうその必要は無い。最強になれ、残忍になれ、仇を取れ。その命、帝国に捧げてみろ。今こそ、忍となる時!」
ダンゾウの声に皆が鼓舞される。一人、また一人と叫びだす。そしてそれは大軍勢の全てに伝播し、山をも揺るがす雄叫びとなった。
一斉に駆け出す。地響きを立てながら岩の猛者達が一人の少年に向かって殺到する。そして、今にも呑み込まんとした時。
「お前たちは一つ勘違いをしている。忍とは強者でも、残忍な者でも、復讐者でもない。耐え忍ぶ者だ」
尾が走った。一振りで数十人もの忍が両断される。舞い散る血が地面に到達する頃にはもうリオンは消えていた。
「消えた!?」
「どこにっ」
「感知タイプは」
忍が感知の為に印を組みだす。その四方を護衛の忍達が固める。万全の防備。
「お前が、感知タイプか」
護衛が後ろを向いた時にはもう遅い。四方の護衛をすり抜けた少年が感知タイプを貫いていた。
しかし、護衛もただでは逃がさない。腕を岩で巨大化し振り下ろす。印の要らない岩化の術は発動までの時間が他と比べ圧倒的に短い。忍は何人もこの術で敵を仕留めてきた。
「早いっ」
だが、忍が腕を岩にしようと思った頃には少年は既にいなかった。
「どういうことだ!?」
「とにかく、治療をっ」
護衛の忍が感知タイプに突き刺さっている杭を引き抜こうと手をかける。
「喝」
大爆発。ちょうど落雷の光と音がずれるかのように、戦場の一点が明るくなったかと思うと、轟音が鳴り響いた。炎と猛煙が忍達をなめ尽くし、黒煙が辺りを覆い隠してゆく。
視界が零の中、岩の忍達は思い思いの警戒をする。刀を構える者、岩の壁を作る者、地に身を潜める者。
全て無駄だった。
「そこか!」
赤髪がちらりと見えた岩の忍は、刀を大上段に振りかぶる。黒煙を切り払いながらの一太刀は少年を捉えるはずだった。
「土矛」
「ば、かな」
忍が目を見開く。全力の一撃が受け止められたからだ。正確には、人差し指と中指によって。パキンと音を立てて刀が折れる。クナイを引き抜き、追撃を選択。
「クソッ」
「吹き飛べ」
クナイが引き抜かれる前に少年の拳が突き刺さる。くの字に宙を飛ぶ忍。別の忍の作った土壁にぶち当たった。
「喝」
刀を振るった忍は炸裂。土壁も巻き込まれる。リオンは目もくれない。代わりにしたのは、地面へのチャクラ糸。十本の指が躍る。糸によって地面から吊り上げられたのは十名の忍。
「なんで、ばれた!」
逃げ出そうにもチャクラ糸に体の自由を奪われた彼らは何もできない。それどころか、意図しない方向に体が動き出す。
「なんで、勝手に!?」
彼らにはどうすることもできない。自分の体が勝手に走り出すことも、仲間も切りつけていくことも。
「喝」
青いチャクラ糸がオレンジ色に輝く。一瞬の閃光の後に散っていくのは十名の儚い命と巻き込まれた大勢の命。
「煙の中はあらかたかき乱したか」
リオンは黒煙を突っ切って飛び出す。
「煙から出てきたぞ!」
「敵は上空だ。身動きは取れまい」
眼下に広がる忍の群れが、雨あられと岩石を飛ばしてくる。もはや点では無く面のそれは回避不能。
「溶遁・溶怪の術」
強酸性の粘液が膜状に広がったそれは、血継淘汰の盾。物の溶ける嫌な音が立ちのぼる。少年は岩石を突破し地に降りた。
しかし、地上に居るからと言ってどうにかなるものではない。軍と個だ。数が違う。果てしなく降り注ぐ、岩石に少年は前に進めない。岩の忍達は一気に活気づいた。
「押してるぞ!」
「たった一人のくせに調子乗りやがって。なめんなっ」
拳大から、顔岩にも及ぶ巨石まで重力に乗って少年を圧殺しようと迫りくる。
「流石に数が多いな・・・少しギアを上げるか」
リオンは印を組み地面に手を突く。莫大なチャクラが一気に練り上げられ、髪と暁の外套が吹き上がった。
「木遁秘術・樹海降誕」
大樹という言葉でもまだ足りない。巨大樹が大地を削りながらうねり狂う。雨に打たれながら、どんどん巨大になっていく大森林。あまりに規模の違う術の前に一人、また一人と武器を捨てていく。
木遁。それは、かつて初代火影・千手柱間だけが操ったとされる超常の術。水遁と土遁によって構成される最強の血継限界とされるそれには、もうひとつ構成要素がある。
それは陽遁。より詳細に述べるなら大筒木アシュラの陽の力。それは木遁の鍵であり、輪廻眼開眼の鍵である。
そして、輪廻の瞳を持つ長門から陰陽のチャクラを受け継ぎ、血継網羅の使い手となったリオンにとっては血継限界など造作もないことであった。
傘を貫ける雨など存在しないように、木遁を突破できる土遁など存在しない。
「諦めるなっ。全員で土流壁を張ればきっと止められる!」
元土影である黒ツチの鼓舞に誰もが勇気づけられる。一斉に地面に手を突いた。
「「「多重・土流壁の術!」」」
二重三重に土流壁が立ちふさがる。塵も積もれば山。まさに山の如く聳え立つ土壁は岩隠れの全てと言っても過言ではない。
「いくら操られているとはいえ、腐っても土影か。でも、」
リオンの忍足が火を噴く。これだけでもかなりの速さだが、軽重岩で体を軽くし、風遁で加速した彼は神出鬼没の速さ。
一気に土壁の上へ上昇。少年の手のひらで輝くのは白い立方体。
「塵遁・限界剥離の術」
土流壁のど真ん中が貫かれる。流石の鉄壁も要の部分が消失すれば、脆い物。木遁に立ち塞がる事などできやしない。
阿鼻叫喚。
どこまでも巨大で暴力的な大樹は逃げ惑う忍達を、薙ぎ払い押しつぶし引き殺していく。
「これ以上好きにさせないダニ!」
黄ツチは地面を切り取り馬鹿でかい土の塊を持ち上げた。軽重岩で軽くし、投げ飛ばす直前で加重岩で重くする。これが彼の持つ最強のコンボ。
だが、リオンの方が一手早かった。
「磁遁・砂鉄界法」
黄ツチの持ち上げた土の塊から砂鉄の槍が連続射出。当然、それを持ち上げていた彼は避けようも無く串刺しにされた。が、彼の役目は陽動。本命は―
「溶遁・石灰凝の術!」
リオンの背後を取った黒ツチの渾身の一撃。少年と彼女の間には何もない。直撃以外ありえない。
「菌遁・限界融合の術」
黒ツチが口を膨らませ術を発射しようとした、その瞬間。彼女の目の前に突然、土流壁が出現した。正体は、先ほど塵遁で塵にされた土流壁。菌遁によって、再構成されたのだ。
「何で!?」
「喝」
そして、再融合の際に爆遁チャクラが練りこまれた土壁は、起爆土壁と変貌していた。そんなことなど露知らない彼女はなすすべも無い。土影は雨空の星と散る。
岩隠れの忍も、土影の側近も、土影も突破されたなら残るは皇帝しかいない。木遁がダンゾウを叩き潰さんと拳を振り上げる。
極光が走った。先ほどまで全てを呑みこもうとしていた木遁は両断され、さらには山まで真っ二つに切り裂かれる。
「これが須佐能乎」
極限まで瞳力が増大した万華鏡の成す奇跡の力。見上げるほどの大巨人が、その四腕に波打つ刃を持ち天狗の面を着け、鎧武者となっている姿は絶望の象徴と言っても言い足りない。
実際、その巨体と迫力通りの圧倒的な破壊力が木遁を断ち、山を断ったのだから、見掛け倒しではないことは明白。緑がかった青色のチャクラ体から繰り出される、一撃はまさに森羅万象。
「ということは額の五角形のパーツに居るのがダンゾウか」
巨人がゆっくりとチャクラの鞘から刀を抜いていく。山をも両断できる刀がぬらりと光った。蟻と象。絶対にひっくり返すことのできない力関係が、ついに猛威を振るった。
剣圧で大地が引き裂かれる。岩の忍達はゴミの様に遥か上空まで舞い上がり、どこまでも深い大地の切れ目に落ちていった。
「そろそろチャクラの補給が欲しかった所だったんですよ」
赤髪が靡き、真上に伸ばした手のひらに虹色の渦が煌く。巨大な須佐能乎の刃が渦の中心に吸い込まれていき、掻き消えた。
「渦遁・天津禍津」
目に染みるほどの強烈な光が雨雲を貫く。天まで届く虹色の煌きは水平線が垂直になったよう。
リオンが腕を振り下ろした。決して消える事の無い雨隠れの雨雲が切り裂かれていく。その高熱は射線上の雲が対流するほど。
大地も天も叩き切られた。あれ程威厳に満ち溢れていた須佐能乎は見るも無残な姿で縦に真っ二つ。
だが、ボロボロと崩れ落ちていくそれを見ながらも少年が気を緩めることは無い。
「やはりイザナギを使っていたか」
先ほどの切り飛ばしたはずの須佐能乎が再び姿を現し、土影も彼女が率いる岩の大軍も全てが復活していた。
今回、割とリオンの容赦がなかったのは、イザナギで復活されることが織り込み済みだからです。第一、手加減をしながらどうにかなる相手ではないですしね・・・