本当にありがとうございました!
降りしきる雨雲は未だ晴れず。地面にめり込むように重い鉛の体。一切のチャクラも残っていない体で、立ち上がる。
生身の部分が悲鳴を上げている。神経が削られるようなこの痛みも今はありがたかった。そうでないと、意識を失ってしまうから。
「わしの死を確認してから使うべきであったな」
そう言うダンゾウも見た目こそ満身創痍であったが、あまり疲労は見て取れなかった。チャクラを回復したのか。ということは、僕がイザナミで犠牲にした右目の瞳術は二つ。
別天神と奴が隠し持っていたはずの第三の瞳術・・・そういうことか。
「察したようだの。わしの最後の瞳術、猿田彦は過去の自分に幻術をかけ未来を知らせるもの。隕石の降り注ぐあの時に死を予感したわしは、そなたの術を防いだのだ。餓鬼道でな」
イザナミは本当の現実を導く術。そもそも、ダンゾウが輪廻眼の能力で僕の術を防いでいたのなら、奴は死ぬことは無い。
「イザナギを封じ、修羅道でも防ぎきれないとは血継網羅を使うとは大したものよ。だが、今度こそこれで終いだ」
いや、まだ終わりじゃない。終われない。どちらにせよ、別天神は潰した。幻術の解けた岩の忍が間もなく援護に来るはず。それまで―
ダンゾウが高速で印を結ぶ。
「六赤陽陣!」
僕と奴の周囲を直方体の結界が覆う。赤色の結界は触れると体が燃え尽る。特には術者を倒す以外道はない。
「邪魔をされると面倒だからな、これで誰も手出しできまい」
「僕を倒せたとしても、既に幻術は解かれた。岩の忍はもうあなたのものじゃない」
会話で時間稼ぎをしつつ打開策を巡らす。しかし、薄れていく意識と残りの無いチャクラが不可能を訴えていた。こんなチャクラじゃ、ただの分身の術すら出来ない。
「別天神でなくとも左目の万華鏡で十分だ。お前を始末した後、再び幻術に掛けるまで」
ダンゾウがクナイを取り出す。万事休すか。膝が折れ、両手が垂れる。結局、僕は何もできなかった。ドントさんを失い。雫を守れず。長門さんから託されたことを果たせず。
土の里に憎しみをばら撒き、七草の知識をダンゾウの物にさせ、木ノ葉の万華鏡が盗まれるのを見逃した。
ドントさん。僕もあなた同様、失敗ばかりの人生になりそうでしたよ。口から流れる血すら拭う力なく、曇天を見上げた。
「ヒルゼンも、奴の死に様もそうであった。枯れ木の様な体で血を流しながら死んだ。結界に阻まれ、誰の助けも無いままにな。忍の本質は孤独。自己犠牲だ。貴様の名付け親の元に送ってやろう」
名付け親?そう聞こうとしたが、かすれた吐息しか出てくれなかった。もう、声すら出ない。
「ドントが言っておった。子供の名は娘だったら母親が考えることに、息子だったら父親が考えることにと。奴が何を考えて、わしにリオンという名を提案したのかは、今はもう分からんがな」
雨で冷え切った体に火か灯る。小さく吹けば消えそうな、それでも確かに燃え盛っている火を握りしめる。
ドントさん。
そうだ。僕はここで終わるわけにはいかない。終われない。雫を助けるまで。世界を変えるまで!
雲間から太陽の光が一すじ伸びる。決して消えない雨隠れの雲がほんの少し、隙間を作った。誰も気付かない様な、細い光が僕の胸に触れる。
暁の外套の上から、光の当たる所に手を触れる。小さく丸い感触。今まで気づかなかったそれを取り出した。
取り出してみて思わず苦笑いがこぼれた。ぬめりとして、ねちょっとした感触。まったくいつの間に忍ばせたんだか。
父さんのお手製兵糧丸。
口に広がる懐かしい味。傀儡のくせに込み上げてくる涙をぬぐいながら、今度こそしっかりと立ち上がった。
「そろそろ終劇にしましょう」
僕とダンゾウの間に風が吹いた。一枚の木ノ葉が空に舞い流れていく。
地を蹴った。瞬く間に距離を詰める。韋駄天は使わない。そんなチャクラは無い。伸ばした黒杭を突く。
ダンゾウは見切った。だが、瞳に老いた体が付いてこない。クナイに風遁を吹き込み即席の刀を創る。
ぶつかり合う刃。風遁を纏ったクナイが競り勝つのは明々白々。すり抜けるように回転。地面にくっつくほど体勢を低く、蠍の尾を薙ぎ払う。
宙に舞うダンゾウ。彼は空中に逃れることは出来ない。なぜなら、いち早くリオンを始末して外の忍に幻術を掛けなおさなければならないから。
時間稼ぎが必要なのはこちらではなく、相手の方だと彼は把握していた。
着地地点を予測して、尾を走らせる。男は風遁を口から吐き位置をずらす。
再び向かい合った、リオンとダンゾウ。
少年は思った。血継淘汰は使えない。大技は使えて一度まで。それに全てを賭けるしかない。
老人は思った。相手の血継網羅はチャクラを吸い取れる。大技はむしろ相手に利する。小技で仕留める。
「風遁・真空玉!」
空気の球が飛ぶ。不可視のそれは空を削り、岩を削る。写輪眼や白眼のないリオンにはもちろん見えない。だが、
「土矛!」
体を硬化。全身はしない。できない。チャクラを節約し急所だけを守る。穴の開く脇腹や、二の腕。
「風遁・真空波」
真空の刃を放つ。少年にではない。足元にだ。砂塵が目くらましとして舞い散った。彼は気付いていた。あの赤髪の小僧はチャクラでの感知が出来ないと。
しかし、それは少年の思うつぼ。彼にチャクラ感知の才が無くとも、熱探知がある。自分の才の無さを逆に利用した。
砂埃の中を的確に射抜く。黒杭が砂の向こうに消えた。少年はチャクラを練りだす。杭が当たらなかった時の保険だ。
弾かれる金属音が反響。案の定、防がれたと悟った少年は砂塵から距離を取る。
風手裏剣、砂を断つ。突如、砂煙から飛び出したのは風遁を纏った手裏剣。切断範囲の拡大したそれらが、巧みな誘導で少年の首を狙う。
計八枚の手裏剣。
少年は曲芸師の様に舞う。僕は自身の探知能力をフルに使い狙いを定めた。前後から迫る手裏剣。絶対不可避。
練ったチャクラを細く細く伸ばす。糸状になったそれを伸ばさずに手に止め、全身を捻った。真下を通過する手裏剣に手を突き、マーキング施す。
もう一枚の手裏剣も手でつかみ取る。通常なら指が飛ぶ。だが、土矛で硬化した指なら問題ない。こっそり起爆粘土を付着させる。
風遁で暴れる手裏剣の力を利用しダンゾウに投げ返す。男は一枚の手裏剣を戻し迎撃。僕の指が躍った。マーキングを施した手裏剣が跳ねる。
迎撃のそれが弾かれ、起爆粘土の付いた手裏剣がダンゾウの元へ届く。彼が纏うのは青緑の骨の鎧。須佐能乎。
「喝」
手裏剣が爆ぜる。膨れ上がる黒煙。しかし、須佐能乎ある限り爆炎が届くことは無い。
ここしかない。
手のひらに全爆遁チャクラを、魂を籠める。黄金に輝く右手。溢れ出す爆遁エネルギーを土矛で球状に閉じ込める、圧縮、圧縮、圧縮。
黒煙が晴れた。ダンゾウは体がくっつく程に急接近したリオンに目を剥く。慌てて、吸収されないように須佐能乎を引っ込め、同時に餓鬼道を発動。
爆球を中心に二人の手がぶつかり合う。中心へ圧縮されていく爆遁チャクラを、餓鬼道が吸い取ろうとする。
激しいチャクラの放電が空間を切り裂く。お互いの衣と体が切り裂かれながらも、両者一歩も譲らない。譲れない。
二人は分かっていた。この瞬間を制した方が勝ち、制された方が死ぬと。
リオンとダンゾウの思いや心がチャクラの結びつきによって溶けだす。
だが、お互い顔色一つ変えない。ここで相手の気持ちに、信念に揺さぶられるようではそもそもここにいないから。
球状の爆遁チャクラが形を失っていく。修羅道は輪廻眼の力の一つ。人間のチャクラコントロールで太刀打ちできるものではない。
ダンゾウの顔が嗤った。このまま一気に吸い尽くそうと力を込める。
「お前は三つ勘違いをしている」
リオンの右手が虹色に輝いた。最初は朧気だった光が、どんどんと際限なく極まっていく。修羅道に吸引されていたチャクラが、少年の手に再び戻っていく。
「馬鹿な!いくら血継網羅とは言え、所詮こやつは何の瞳も持たぬ人間にすぎない。最強の道力である輪廻眼の吸引力を上回るなど、有り得ない!!」
赤髪が暁の外套が暴風になびく。少年の手のひらにみるみるチャクラが集約され極光を放ち始めた。
「確かに、輪廻眼は忍術の原点かもしれない。だが、原点が頂点だとだれが決めた?」
僕の脳裏に様々な人の顔が蘇る。ドントさん、雫、バオさん、ゲンナイさん、土影のおじいちゃん、スケアさん、ロウ、ボルト、ヒマワリちゃん、ナルトさん、ヒマワリさん、シカマルさん。敵対してきた忍の顔も僕が殺してきた忍の顔も、ただすれ違っただけの人の顔も。
「忍に頂点なんてない。ただ連綿と続く歴史があるだけだ。なら僕が今までの日々で到達できた場所から、到達点で原点を超える!」
黒い球体が虹色に輝く。溢れ出す記憶も、思いも、全て籠めて。
「二つ目の勘違いは、ヒルゼンだけじゃない。お前だって二代目に託されていたんだ。里の未来を、忍界を。だったら、自分自身の使命を果たす前に、先人から託されたことを果たすべきだった」
「お前にわしの何が分かる!!!」
ダンゾウは叫んだ。全力で。ありったけの力でリオンのチャクラを奪い取ろうとする。それなのに、どうしても吸い取ることが出来ない。球状に震えるチャクラは微動だにしない。
「分かるさ。あなたの歴史が僕に流れ込んでくる。あなただってそうでしょう。僕の全てを感じているはずだ。その上で、最後の勘違いを伝えましょう」
リオンは右手を引いた。縋り付こうとしてくる修羅道を切り捨てて。最後のチャクラを注ぐ。
「もうあなたは託された側じゃない。託す側だったんだ。とっくの昔から」
世界が煌いた。虹の爆発は結界なんて簡単に吹き飛ばし、厚い雨雲を吹き飛ばした。
*
あれから数か月の時が流れた。火影や風影の尽力のおかげで第五次忍界大戦は無事に終戦した。幸い岩隠れに人的被害はほとんどなかった。イザナギにより逐次復活していたからだ。
ただ、雨隠れや他里の人命は帰って来ず、岩は多額の賠償金や多くの慰霊の声明を余儀なくされる。土影である黒ツチは責任を取って、土影職を辞任。奇跡的に意識を取り戻した三代目土影オオノキが暫定でその任に着いた。今、彼女はオオノキの側近として一から修行し直しているらしい。
しかし、今回の最大の黒幕であるダンゾウの死体は終ぞ発見されず、別天神の洗脳もあって責任の所在があいまいになった。末端の忍達にとっては、何が何だかわからずある噂が流された。
暁が復活し糸を引いていたと。
事実、多くの忍が暁の外套を纏った少年の姿を確認しており、彼が事件の黒幕だということは既成事実になろうとしていた。第四次忍界大戦のマダラの恐怖が尾を引いていたというのもあるだろう。
最初は異なる事実を述べていた木ノ葉、砂隠れもついには彼がこの件の首謀者だと認めた。戦後にあふれた憎しみや疑心暗鬼を誰かに向けねば、人々は進めなかったのである。
洗脳されていた土の大名が自らの権威を守るために、他国の大名と共同して影達に圧力をかけて事実を隠蔽したという一説もあるが、審議は明らかでない。
結果として、うずまきリオンを始め、バオ、ゲンナイ、ロウの四名はS級犯罪組織“暁”としてビンゴブックに載り指名手配されることとなった。
*
どこかの草原。穏やかな日差しと風の吹く場所で、リオンは手を合わせていた。彼の目の前には小さな石と桔梗の花が添えられている。
「なあ、もうこうぜ。俺、腹が減ったわ」
「わたしは新しい科学忍具を一刻も早くですなあ」
「お前達はもう少し自制心をもテ」
オレンジアフロの男と白衣の男、そして包帯の透明人間が少年の周りでうろうろしている。一人は表情が分からないが、みなどこか清々しい表情をしていた。
「そうですね。そろそろ行きますか」
暁の外套をはためかせ少年は立ち上がった。彼だけではない、皆暁の外套を羽織っている。涼し気な風が彼らを優しくなでた。
「にしても、これからどうするんだ?」
バオがアフロをぼりぼり掻きながら、寝っ転がった。今度は食欲より睡眠欲が強くなったらしく呑気に目を閉じる。
「もちろん、研究設備を用意する事でしょうな」
ゲンナイは自分の理想の研究室の見取り図を木の枝で描き始めた。なかなか正確な所が研究者らしい。
「金ダ。なんにせよこれが無ければ始まらナイ。適当なビンゴブックの忍を狩ろウ」
元砂の暗殺集団の長であるだけに、慎重かつ現実的な意見を出すロウ。最初こそはバオが反対したものの、その手腕は確かなもので追っ手からの逃走には一躍優れていた。
そんなこんなで、役立つ上に僕の意見もあって彼女も暁の一員となった訳である。
「あ~あ。なんでうちには野郎どもしかいないのかな」
「私は女ダ」
「金の亡者の間違いじゃねえの?」
「殺されたいのカ」
相性が悪いのか直ぐにいがみ合いだす、火遁使いと風遁使いを諌めに僕は間に入る。まったく、これが最近の一番の悩みだ。
と言っても本当の悩みは消えた少女の安否なのだが、彼女は最初から必ず助けると決めている。悩む必要なんかない。
「まあまあ、二人とも。ここはやっぱり組織の目標を決めるのが第一です」
「確かに。で、なんだ?」
バオが一同を代表して尋ねた。僕は青空を見上げながら言った。
「暁の目的はいつだって世界平和ですよ」