V's If-Story:ScalePowder of WhiteMoth   作:よしおか

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第二章プロローグです。


第二章 あるきだす日
第九話 凱旋は暗い予兆と共に


 ドルシア軍の奇襲から一夜明けて、咲森学園の生徒達は一様にぐったりと疲れ果てていた。

 襲撃で負傷し、理不尽な痛みに歯を食い縛る者。自身は無事でも友人を亡くして悲嘆に暮れる者。先が見えないという不安に苛まれ、心を落ち着けることが出来ずにいる者。

 その姿に、昨日までの気楽さや健康的な印象は無く、じめじめと暗い空気が学園全体に蔓延している。しかし、若者が何を無気力な、と彼らを責めるのは酷な話だろう。

 もとよりジオールはその成立以来、戦争を経験した事の無い国家である。ドルシアのように軍事力を尊重する国とは違い、ジオールには一般人に軍事的な要素を持つ教育を行うことは無い。学力や運動の成績はともかく、精神的には何処にでもいる高校生である彼らがこの未曾有の事態を前に途方に暮れるのは、何もおかしくは無いのだ。

 

「……だから、生徒会は何してんだって聞いてんだよっ!」

 

 よって、咲森学園の生徒会長に向かって唾を飛ばしながら非難の声を上げるこの生徒の言葉は、心情は理解できるが些か的外れと言わざるを得なかった。

「我々も出来ることをやっている! 今は生徒同士でいがみ合っている時じゃない、教室に戻って先生方の指示を―――」

「その先生が軒並み殺されてたって聞いたぞ!? あの軍人たちも言ってただろ、ジオールはもう降伏したって! あんた、生徒会長だろ!? こういう時に率先して動くべきなんじゃないのか!」

「だからこそ、私は不用意な指示で君たちを危険に晒すわけには行かない! 良いから教室に戻りたまえ、情報と助けを待つんだ!」

 そう言って数人の生徒を生徒会室から追い出した金髪の少年……連坊小路サトミは、遣る方の無い思いで頭をガシガシと掻き毟る。普段ならば学園の“顔”として身だしなみには人一倍気を遣っているサトミだが、昨日から何度も冷や汗と脂汗に濡れた髪はお世辞にも清潔とは言い難い状態だった。

(私はまだ良いが、タカヒなんかは相当に堪えているだろうな)

 胸中で一人ごちて思い浮かべるのは、肩書の上では部下に当たる一人の女子生徒だ。

 学園生徒会の副会長である二ノ宮タカヒは、サトミにとっても良き友人である。襲撃の中、砂埃に塗れて気を失ったタカヒを見た時には肝が冷えたが、幸いにも彼女に目立った外傷は無かった。取り巻きである二人の女子生徒を身を挺して庇った際に爆風に煽られて、そのショックで意識を飛ばしただけだったらしく、数時間後には目を覚まして埃がどうの衛生面がどうのと元気に騒いでいた。どちらかといえばサトミはその間、タカヒに庇われたことで大いに取り乱す二人……亘理エリと山元リリイを宥める方が辛かったのだが。

(取っ付き辛い性格してる癖して、自分の仲間には甘いんだからなぁ。取り巻きの娘以外にも優しくなってくれれば、うちのメンバーとも仲良く出来るだろうに)

 タカヒ本人の前では口が裂けても言えないようなことを胸中でぼやきながら、サトミは生徒会室の議場でもある長机に目を向ける。

 二年生の生徒会役員である二人の女子生徒と、現生徒会では数少ない男子の役員。三人の部下が、事後対応に追われて精根尽き果てた後、仲良く机に突っ伏していた。

 疲弊しきった三人を起こすのも忍びなく、先程の生徒達にはご退場願ったわけだが、実際三人が起きていたとしても彼らの陳情にまともに取り合う余裕は無かった。

 自分たちに出来るのは、助けを信じて待ち続けることのみ―――結局、サトミは自分にそう言い聞かせながら、今のように不安に駆られた生徒達を追い返す事しかできないのであった。

(せめて、大人が居れば)

 先程の生徒が言っていたように、どういう訳だか学園の教員たちはその殆どが殺害、或いは連行されてしまった。現在咲森学園に残っている二十歳以上の成人は、教育実習生である七海リオンと物理教諭の貴生川タクミの二人のみ。そしてタクミは足を負傷して現在医務室で手当てを受けており、リオンも精神的な疲労から倒れてつい先ほど目を覚ましたばかりである。

(我々だけでドルシア軍に対抗するなど、どう考えても無理だ! 降伏するにしても、あの妙なロボットが派手に暴れ過ぎた……)

 サトミの実家である連坊小路家は、ジオール本国で代々に渡って国防に関わって来た名士の家だ。その後継者として期待されるサトミもまた、武と理、二つの方面から国を守ることを学んでいる。

 しかしそのジオールという国が地図上から消えた今、現状はサトミ一人の頭脳ではどうにもできないほどに悪化していた。

(恐らく降伏を申し出たとしても、ドルシアはあの二機のロボットとそのパイロットを差し出せと言ってくる。しかし、あれに乗っていたのは我が校の生徒だ……)

 襲撃の中で全校生徒を鼓舞した赤い鎧武者を、そして学校を解放させた四肢持つ白い蝶を、サトミもまたスマートフォンと肉眼で見ていた。ドルシア軍の機動兵器を相手に圧倒的な性能を見せつけ、あまつさえ撤退させるに至った謎のロボット。あれが自国の物であると言うのは俄かには信じがたいが、ひとまずそれは置いておいて―――問題は、それを操縦していたのが学園の生徒だという事だ。

 反抗の拠点と目される学園から降伏の申し出があったとして、自分がドルシア軍の将官ならどうするか。まず間違いなく、あのロボットとその操縦者の身柄を要求するだろう。現在この学園における最高権力者とも呼べる生徒会長―――即ち、連坊小路サトミに。

 

 

 つまりサトミは有事の際、全校生徒を守る為に二人の後輩を敵へと売り渡さなければいけないのだ。

 

 

(私は生徒会長として非常時には生徒達を守らなければいけない。ロボットのパイロット、ということはあの二人、実は荒事の経験なんかもあるのかもしれないし……いやでも、あの二人だって我が校の生徒だし、私が守らなければいけない対象には変わりないのであって……ぬああああああああ!!)

 交渉の為の人質。人道的な観点はさておき、この場合は最も有効かつ現実的な手段でもある。問題は、その為に背負う責任というものがサトミにとっては少々重すぎる、ということであった。

 どんな家に生まれてどんな肩書を持っていたとて、サトミもまた十八歳の少年である。人の生き死にに携わりたいなどとは思わないし、その判断の権利など頼まれたって持ちたくない。だいたいそれで平静を保っていられる図太い神経も、必要なことだと割り切れるだけの経験も、どちらも彼は持ち合わせていない。

(時縞ハルトと草蔵ミツル、あの二人を差し出せば、他の生徒達は助かるかもしれない。しかし二人を見捨てれば黙っていない生徒も居るだろうし―――)

 何より―――サトミにとって誰かを見捨てるということは、それはその誰かから恨まれるという事だ。その事実がどれだけの重さを持って自分に圧し掛かって来るのか、知らないわけでは無い。

 

 

『―――助けて……ねぇっ、お兄ちゃんお願い、助けてぇっ……!』

 あの(・・)、絶望の淵から懇願する瞳。

 そして正しい(・・・)判断の為に切り捨てた者から向けられる、失望の眼差し。

 サトミはそれが、たまらなく怖かった。

 

 

 不意に過去へと飛んだ意識を、頭を振って呼び戻す。サトミが今するべき事は、変えられない過去を悔いることではなくこれからの自分たちを守るために考えることだ。

 しかし一度悪いことを考えてしまった頭は、どうにも別の道を思い浮かべることが出来ない。ポジティブにものを考えるには、欠けたものが多過ぎたのだ。

(くそぅ……ジオール本国が既に降伏したという事は、本国の防衛隊が来てくれることは有り得ない。我々はこのモジュールに取り残されたと見て良いだろう。援軍だって……)

 有りもしないことを夢想する……というと聞こえが悪いが、サトミはついつい、あのロボットたちと同じく誰かが颯爽と助けに来てくれないか、と考えてしまう。

 

 

 果たして彼の読みは正確だった―――はたまた彼の祈りがどこかの誰かに通じたのか。

 

 

「ARUSだっ! ARUSのヘリが助けに来たぞっ!」

 誰かが校舎の窓から叫んだ言葉に続いて、やかましいローター音が窓ガラスを揺らし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 環大西洋合衆国、通称ARUS。北米を中心に発達した大企業の商業ネットワークが百年近い時を経て政治的権力を持つに至り、ついには国の形を成した『商』の国。

 GDP(国内総生産)世界一、経済的な面に於いてはドルシアすら凌ぐ国力を持つ、正しく現代の地球最大の国家。

 そしてジオールにとっては、旧世紀からの盟約によって力持たぬ自分達を庇護する、安全保障条約で結ばれた最強の同盟国でもあった。

『モジュール77の皆さん、こちらはARUS宇宙軍、月周回軌道艦隊です。繰り返します、こちらはARUS宇宙軍―――』

 スピーカーから所属を明らかにしつつ、実に十機もの物資輸送ヘリコプターが学園の正門付近に降り立つ。その後部からスロープが伸び、食料を積んだトラックや、瓦礫処理のための重機が姿を見せた。

 救援車両の展開から一拍遅れて、ヘリコプター本体のタラップから徒歩の人間も降りてくる。その中には、ARUS軍の保護を受けたハルトとミツル達の姿もあった。

「学校……すごいことになっちゃいましたね」

「だよなぁ。一日でよくもまあここまで……」

「なんか、俺達が知ってる学校じゃないみたいだな」

 半壊し、建物としては些か歪なシルエットへと変化した校舎を見上げて言葉を漏らすアイナに、ミツルとキューマが相槌を打つ。

 そしてその変化は校舎の破壊に止まるものではない。ドルシア軍の襲撃に、二機のヴァルヴレイヴがそれぞれ繰り広げた戦闘。遠目には判り辛い物ではあったが、焦げた道路やそこらに散らばる装甲車の残骸、グラウンドに出来たクレーターなど、戦いの痕跡は確かにあった。

『祠は……』

 ふと漏らした言葉が二重に聞こえた気がして、ハルトは思わずそちらに目を遣る。図らずも彼と同じ心配を口にしたのは、よりにもよってショーコだった。

「あ……」

「えっと……」

 ついつい視線を合わせてしまった二人だが、気まずさに耐え切れず、どちらともなく顔を背けた。

「祠がどうしたのよ?」

 そのどうにもぎこちない遣り取りが気になったサキが二人に声を掛けるも、二人は何でもないよと上の空で答えるばかり。

 結局サキがそれ以上突っ込んで話を聞き出そうとする前に、彼らは学園の校舎から姿を見せた生徒達に取り囲まれることになる。

「ハルトっ、ミツルーーーっ!」

 ヴァルヴレイヴのパイロット二人の名を叫びながら生徒達の先頭に立って走ってきたのは、霊屋ユウスケだった。その後ろから、学園の生徒達の中で比較的元気だった者達が次々と走り寄ってくる。

「ハルトだって!?」

「草蔵も居るぞっ!」

「良かった、二人とも生きてたんだぁ!」

「ありがとうな、時縞!」

「ミツルも、ありがとーっ!」

 口々に賛辞の声を挙げながら我先にとハルトとミツルに群がる生徒達。三年生の女子の一人がハルトに自分のスマートフォンのアドレスを書いたメモを渡したのをきっかけに、幾分か黄色い声が割合を増す。

「ミツルっ!」

「ごふぁ!?」

 苦笑を浮かべていたミツルの頭を背後からホールドしたのは、一年三組の仲間の一人である男子生徒だった。

「すっげえなお前! 何時の間にロボットなんて乗ってたんだ?」

「いてててっ、あ、アリヒトてめえ何しやがる!?」

 茶髪に金のメッシュを入れた目立つ髪型の少年が笑いながらヘッドロックを掛けると、がくがくと頭を揺さぶられたミツルが悲鳴染みた声を上げる。

「ねえねえミツル君ミツル君っ、あれどうやって動かしてるの!? 動力は? 馬力どのぐらい出るの? OSのフォーマットは!?」

 そこに続いて声を掛けるのは、同じく一年三組に所属するポニーテールの女子生徒。目をきらきらと輝かせてはいるものの、彼女の声に色気の類はない。自動車部に所属する彼女は、男よりも機械を愛するものづくり系女子であった。

 残念ながら彼女がミツルに聞きたいヴァルヴレイヴのスペック項目はミツルの頭に“焼き付け”られた情報の中には入っておらず、ミツルにとっては意味の解らない単語でしかなかったが。

「い、いや燦原、俺にも詳しいことは解んないんだって……」

「草蔵っ! 助けてくれたのはありがたいが、君はこの一大事になんで一人で行動したんだ!」

「うわあ一番面倒なのが来たっ!?」

 ポニーテールの女子に質問攻めされていると、生真面目そうな一年三組のクラス委員長が柳眉を逆立てて声を上げた。彼も同じクラスのミツルの安否を気にしていたのだが、如何せんクラス委員としての自負からくどくどと攻めるような口調になってしまっていた。鼻梁の上の何もない場所をぐい、と指で押すのは、つい最近まで着けていた眼鏡の弦を押し上げる癖か。

「なーミツル、あのロボット俺でも動かせるのか? ちょっと乗っけてくれよ! な?」

 がくがくがくがく。

「ああっアリヒト君ズルい、私も私も! これ本当にジオール製なの? どこのメーカーの?」

 きらきらきらきら。

「まったく、皆も七海先生も心配していたんだぞ! 団体行動から抜けるのなら委員長である僕にせめて一言ぐらい―――」

 くどくどくどくど。

「っだーーーーーー! お前らうるせぇええええええええっ!!」

 ノリの良すぎる友人に絞められ、機械好きの女子に呪文のような単語を羅列され、杓子定規な委員長に小言を頂戴し、混沌としてきたミツルの周囲。

 つい先ほどまで少し離れたところでクラスの女子と無事を喜び合っていたアイナは苦笑しながらそれを見ていた。

「人気者ね、草蔵」

「あはは……草蔵くんはちょっと困ってるみたいだけど」

 サキが漏らした言葉に苦笑を重ねながら言うアイナ。先程からミツルを取り囲んでいる三名は一年三組の中でも特に性格の“濃い”面子としてクラス内には名が知られており、一度に会話するとなるとアイナですら少々気疲れしてしまう相手であった。

 しかしサキはそんなことなど露知らず―――悲しいことに彼女はアイナ以外のクラスメイトと会話することがほとんど無い為、三人のことを本当に知らなかった―――素知らぬ顔で言い放つ。

「有名税って奴よ。人間騒がれてるうちが華なんだから、精々あたふたすれば良いんじゃないかしら」

「……そうかもね」

 多少のトゲを持つその言葉は、未だに元アイドルとして注目されるサキがこれを言うと皮肉以外の何物でもないのだが、転じて見ればサキだからこそ含蓄に富んだ言葉でもあった。

 そんな彼女の心を完全に理解は出来ずとも、何とはなしに分かるからこそ、アイナはその言葉に反感も持たず、サキの方が有名だろう、と言い返すことも無い。

 穏やかにその言葉に頷き、アイナはにこにこと微笑みながら普段通りに騒げるようになったクラスの仲間たちを見つめるのだった。

 

「草蔵くんっ!」

 

 その喧騒の中に割って入ったのは、一年三組が、いや全校の生徒達がこの三週間で聞き慣れた声だった。

「あ、七海先生……」

 そこに居たのは、ライトブルーのカーディガン姿に着替えた七海リオン。

 ARUSの代表者を迎えるため、負傷したタクミを除いて現在学園で一番の年長者である彼女が校舎から出てきたわけだが、しかし彼女にはこの場でそちらよりも優先すべきことがあった。

 先ほど自分を庇って連行されたミツルだ。

「良かった、先生も無事だったんスね」

「…………」

 首元にかかっていた友人の手を振り解いたミツルは努めてにこやかに笑ってみせるが、対するリオンは無言のままでミツルへと歩み寄り……

 

「―――よかった」

 誰に憚ることも無く、彼のことを抱き締めた。

 

 憎からず想っている相手からの突然の抱擁に、ミツルの頭は真っ白になる。

 周囲からは、おーとかきゃーとかあの野郎なんて羨ましい、といった冷やかしの声が上がり、誰かがひゅーひゅーと指笛を鳴らして囃し立てる。

「……せ、せせせせんせぇえ!? ぅあ、え、なになになに!?」

 周囲からの声が気つけになったのか、一瞬で頬を赤く染めたミツルが慌ててリオンに問う。が、リオンはミツルの肩に顔を埋めたまま何も語ろうとはしない。

「わ、七海ちゃんってばだいたーん」

「くっそぉ草蔵おまえ、何時の間に七海先生にフラグたててやがった!?」

「フラグって何の話!? いや俺にも何が何だか……」

「総員退避ーっ! 半径3メートルは爆風の範囲だぞーっ!」

「爆発か!? 爆発しろってかコラ!? ようやくロボットから降りれたのに何で生身で爆発しなきゃいけないんだよ!?」

「うるっせえ爆ぜろバーカ!!」

 クラスメイト達から飛んでくる好奇と嫉妬の入り混じる声に慌てるミツルはリオンの肩を軽く叩いて彼女を離れさせようとするが。

「よかった……草蔵くんが無事で、本当に良かった……!」

 ミツルの肩に顔を埋めたままのリオンから漏れ出した、くぐもった言葉を聴いて、ミツルの動きが止まる。

「先生すっごく心配したんだよ? あの時、生徒を守らなきゃいけないのは先生の方だったのに、草蔵くんに守られて、何も出来なくて……」

「それは……その、俺がやりたくてやったことで」

「うん……でもね、先生すごく悔しかったよ。私の方が大人なのに、子どもが命がけで私を守ってくれた時、ただビクビクしてただけで」

 実際には彼女はただ怯え続けていたわけではなく、銃を向けられたライゾウを庇い見事生徒たちを守り抜いたわけだが、それでミツルに庇われたことが帳消しになったとは露ほども思っていなかった。

 それを何とはなしに感じ取ったミツルは、自然とリオンの背に手を回して、まるで泣いている子どもをあやすように―――或いは、幼いころに彼が母にそうしてもらったように―――ぽんぽんと手を当てて、安堵に震える背を宥めるのだった。

「生きて帰って来てくれて、本当によかった……おかえりなさい、草蔵くん」

「……うっす」

 帰ってきてくれて嬉しかった。

 おかえりなさい、と言われたのが嬉しかった。

 今この時、ミツルとリオンは、互いが互いの無事を心から喜び、その感情を分かち合っていた。

 

 

 救助活動の陣頭指揮を執るARUSの上院議員との会談の為にリオンを呼び戻しに来た生徒会長が、一年三組の生徒たちから「空気読めよ」と批難の視線に晒されるまで、あと十秒。

 

 

 

 

 

 

 

「先程、軍司令部よりマスタープランが上がった」

 同時刻、地球。ARUS大統領府の大会議室。

 室内の壁一つを丸ごと埋めるような巨大なモニターに映し出された地図をレーザーポインターで指しながら、壇上に立つ男は現在最大の議題に触れた。

「開戦から半年間は我がARUSの国力と広い国土を活かしつつ、防御に徹する」

 レーザーの赤い光点がモニターをなぞると、地図上に映し出されたARUSの領土には機甲師団を示す“凸”の記号がずらりと並び始める。

 モニターに映し出されているのはただの地図では無く、国家間の戦争、その進め方をシミュレーションするために用いられる作戦展開マップだったのだ。

 続いてモニター上に映し出されたのは、インターネットに流出していたある映像。ドルシアが誇る戦闘ポッド、バッフェの部隊を一瞬のうちに鉄屑へと変えた赤い人型兵器、ヴァルヴレイヴ一号機『火人』。未だこの室内に居る面々はその超兵器の名を知ることは無いが、それでも彼らは、人型ロボットという時代遅れな代物が敵国の機動兵器を瞬く間に葬り去る映像に息を呑むばかりだった。

「その半年の間、ARUSの全勢力を以てこの兵器を調査、量産する」

 大会議室の檀上に立つ男―――ARUS大統領、ジェフリー・アンダーソンの言葉に、大会議室に居並ぶ各州の知事たちは俄かにざわめき始める。

「ジオールの兵器を?」

「ドルシアの艦隊を、僅か二機で倒したそうじゃないか」

「半年ならば……海岸線の守りを固めて、後は軌道上からの降下にさえ気を配れば」

「充分に持ちこたえられる。勝てるならば戦うべきだろう」

 知事たちの頭を占めているのは、兵士一人あたりの命では無く、戦闘機一機あたりを一の単位にしての算盤勘定。

 経済的な権力―――即ち金の力によって築かれた国を治める彼らは、政治家であると同時に、優れた商人たちの集団でもあった。

 現在『安全保障条約に則った同盟国への救援』の名目の元モジュール77へと赴いているのは、上院議員を陣頭に据えた二隻の宇宙戦艦からなる小規模艦隊。仮にそれらを全て犠牲にしたとしても、ドルシアの艦隊をたったの二機で撃滅せしめる機動兵器が入手できる、となれば。

 それぞれの机に設置されたYES/NOの二つのボタンのうち、彼らがどちらを押すのかなど、自明の理だった。

 モニターに表示される33-0の文字。この場に名を連ねる三十三人の知事たちが、全ての票を賛成へと投じたことを示すそれを見て、ジェフリー大統領は重々しく言葉を紡ぐ。

「ジオール機密兵器の奪取が確認され次第、我がARUSは対ドルシア全面戦争へと移行する」

 

 

 

 咲森学園の受難は、未だ始まったばかりであった。

 

 

 




 現在中盤以降のプロットを大幅に書き直しています。主に今月のアンダー・テイカーのせい。
 また、いくつかご要望を頂いていたサキのヒロイン化について活動報告の方に私の見解を載せておりますので、よろしければご一読ください。
 一年三組濃口三羽烏については、原作四話から五話の間に掘り下げようと思います。
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