V's If-Story:ScalePowder of WhiteMoth   作:よしおか

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 ショーコ&リヒャルト回。


第十話 変わり行くもの、変わり果てたもの

 帰還を果たした二人のパイロットを迎え、俄かに賑わう咲森学園正門。その正門から離れた第一校舎の階段を歩く人影があった。

「……ハルトのばか。へたれ。よわむし。こんじょなし。かいしょなし。ばーかばーか」

 エメラルドの瞳を足元に向けて、常ならば快活に笑う表情を曇らせた少女は子どものような恨み言をぶつぶつと呟き続けながら、一年以上歩き慣れた階段を屋上に向かって足を進める。普段であれば他の生徒がゆっくり歩く彼女を迷惑そうに追い越して行きそうなものだが、現在学園の中で傷を負っていない者達はハルトとミツルを一目見ようと正門に向かうか、医務室で怪我人の手当てに当たるかしているため、現在第一校舎の階段の周囲を歩く生徒は他に居なかった。

 だからだろうか。普段ならば人目に付く場所では滅多に口にしないような、所謂“愚痴”に分類される言葉が自然と口からこぼれてしまったのは。

「冗談って何よぉ……」

 だが、ついつい漏れ出した心の声は自分で思っていたよりも覇気に欠けていた。

(ほんっっっと最低! 大体昨日からなんかおかしいわよ、ハルトの奴。授業には集中しないしハムエッグ男の訳分かんない台詞は真面目に考えちゃうし、挙句の果てには変なロボットで軍隊と戦ったりしてるし。っていうかあの祠の前で、あんな真面目な顔で話したいことなんて言うから、私てっきり―――)

 そこまで一人ごちて、少女は……指南ショーコは何とはなしに歩みを止める。

 ショーコにとって時縞ハルトという少年は、幼い頃から兄妹同然に育った幼馴染だ。幼くして母親を亡くした二人は親同士の繋がりもあってか、ショーコの父と三人で指南家で暮らしていたようなものなのだ。ショーコの父はハルトの父をあまり良く思ってはいなかったらしいが、それでも父は忙しい仕事の合間を縫ってショーコとハルトの面倒を見ていた。小さい頃など三人で入浴したり、川の字になって眠ることだってあった。ここ数年はショーコの父の仕事も忙しくなり、指南家には家政婦が常駐するようになっていたのだが、それでもショーコとハルトの距離が離れたことは無い。

 それだけにショーコは、ハルトのことを誰よりも近くで見て来たという自信があった。例えば口下手なハルトが言いたくても言えないことがあれば、自分がそれを察して言葉にするなんてことだって、ショーコにとっては至極当たり前のことだったのだ。

 だからこそ憎からず想っている彼が、あの伝説の祠の前で真面目な顔をしてみせた時。嬉しく思い期待してしまう反面、大きな驚きを感じていたのだ。

(ハルトが、私に告白してくれるのかな、なんて思ったのに)

 自惚れるようだが、ショーコはハルトに想いを寄せられているという自覚がある。ショーコ自身がハルトに向ける感情と、全く同じものだからだ。

 だけどハルトがそれを口にしたことは無い。それでもショーコは、その丁度良い距離感が心地よかった―――ショーコの方からそれを告げなかったのかと言われてしまえば、彼女としては「自分はここぞというところで男性を立てる古き良き大和撫子だから」と言い訳する他無かったのだが―――要は、二人揃って奥手だったのである。

 ハルトがショーコに告白しようとしていたとして。それは、今までのハルトを見てきたショーコからすればあまりにも“らしくない”行動だった。

(それに、あの後のことだって)

 それだけではない。

 

『ごめんショーコ、一旦電話切るね』

『ハルト、大丈夫!? どうしたの、そっちで何が……』

『後で話す!』

 

 こちらの話も聞かずに会話をどんどん進めてしまうなんて、口下手なハルトらしくない。

 

『ハルトならさっきまでドルシア軍と戦ってたから、港の方に帰って来ると思うぞ』

『た、戦ってたぁ!? なにそれ、何でハルトが!?』

『あー、まずそこからか。何て説明したものやら……』

 

 ロボットに乗って軍隊相手に戦うなんて、勝負事を嫌うハルトらしくない。

 

『君のことが、心配なんだ』

『……え?』

『ずっと気になってたんだけどさ、ショーコ、もっとお淑やかにしないと恋人できないよ?』

『はああああああ!? わ、わざわざそんなこと言う為に、あんな顔して見せたの!?』

『だってショーコ、幾らなんでもお転婆すぎるよ。黙ってれば可愛いのに』

『お、大きなお世話よ馬鹿っ! 最っ低!』

 

 冗談混じりに人を貶すなんて、優しいハルトらしくない。

(少しは期待したのに……あんまりじゃない)

 止めようにも止められない思考が、ついつい思い出したくない事まで頭の隅から引っ張り出してきてしまう。

(あんなの、私の知ってるハルトじゃない。ほんと、どうしちゃったの。ハルト……)

 昨日まで誰よりも近いと思っていたハルトのことが、何もわからない。下手をすれば、自分が引っ叩いたのはハルトによく似た別人なのではないか、とすら考えてしまう。

(ああもう、考えてたらなんかイライラしてきたっ! 大体なによ、お淑やかにしてないと私には恋人出来ないって! 大きなお世話通り越してセクハラじゃんセクハラ! もうっ、ハルトの―――)

 先程の遣り取りを思い出し、再び苛立ちを募らせていくショーコ。止めていた足を忙しなく動かし始めた彼女は、勢いよく階段を駆け上がると屋上へ続く扉を視界に収め、限界まで溜め込んだ怒りのボルテージに任せて、床を蹴った。

「ハルトのばかーーーーーーーーーーっ!!」

「みぎゃっ!?」

 陸上部で鍛えた脚力で以て蹴破るように扉を開けた時。ごすっ、という鈍い音と奇妙な悲鳴で我に返った彼女の足元には、友人である小柄な女生徒が後頭部を抱えて悶絶していた。

「……あれ?」

「しょ、ショーコぉぉぉ……アンタねぇ……!」

 目に涙を浮かべて恨めしげにこちらを睨む野火マリエの顔―――普段よりも幾分か鋭さを増したジト目が、「馬鹿はてめえの方だ」と語っている気がする―――を認識した瞬間、ショーコの顔からさーっと血の気が引く。

 指南ショーコ、十七歳。言葉の真意はどうあれ幼馴染の少年が案じる通り、花も恥じらう年齢にしては少々落ち着きの無い少女であった。

 

 

 

 ヴァルヴレイヴのパイロット二人とそれに関わった三人の一般人。帰還した五人が何をしていたかと言えば、まずはゆっくりと身体を休めていた。

 と言っても、現在学園のどこに居ても注目を集め、興味本位に話を聞きにくる生徒が後を絶たない状態では、彼らがくつろげる場所は学生寮の自室だけだったのだが。

「やーっと戻って来れた」

 おおよそ一日ぶりに自室へ帰ることが出来たミツルは、砂埃で汚れた衣服を脱ぎ捨てると、Tシャツにジャージの下履きだけの楽な恰好でベッドへ寝転んだ。そのままごろりと寝返りを打つと、窓から差し込む日の光がちょうどミツルの顔面に走る。

 眩しい、と思った瞬間に目元を反射的に手で覆い―――脱力した自分の手が酷く重い物に思えて、ミツルは目を見開いた。

(人を殺した……ん、だよな。俺と先輩は)

 確認するように淡々と、ミツルは己に向かって問いかける。指のあちこちに付着した赤黒い点は、確かに人の血液だ。だがそれはミツル自身が流した血であって、決して彼が手にかけたドルシアの兵士たちの物ではない。彼らの命を奪った時、ミツルが握っていたのは銃でもなければナイフでもなく、ヴァルヴレイヴの操縦桿だ。殺した相手の血はおろか、硝煙の臭いすらミツルの手には付着していない。

 これで、ミツルが戦闘を行ったことに誰かが非難の声を向けていれば、結果はまた違っていたかもしれない。

 だが、“人型ロボットで侵略者をやっつけた”ハルトとミツルは、英雄を讃えるかのような喝采を以て学生たちに迎えられた。目の前でミツルに仲間を殺されたリヒャルトもまた、ベテランの兵士として取り乱すことなく次の行動に移った。その場でミツルの殺人を騒ぎ立てることに何の意味も無いと判断した故のことだ。

 結果、誰に咎められることも無く称賛ばかりを受け取ったミツルは、人を殺めたという実感を未だに持てずにいたのだ。

 ミツルとて、殺人が悪だと考える程度の良識は弁えている。だがそれは、一度周囲に知られれば途端に村八分にされるような、もっと忌避されるべきものだと思っていた。

(だってぇのに、皆して俺達のこと手放しで褒めてくるんだもんな)

 数時間前のミツルも似たような意識であったが、それでも一度自覚してしまうと、学生達から熱狂的に称賛される自身の現状に、ミツルは違和感を感じずにはいられなかった。

 こんな時ハルトならば、どう考えるだろうか。ミツルがよく懐いているあの穏やかな気性の先輩ならば。

(考えるまでも無いか)

 先ほど、ミツルは間近で見た筈だ。人を殺めた自分に人を愛する資格など無いと、手に入りかけた幸せを投げ捨てたハルトが嗚咽を堪える様を。

 ミツルの常識と照らし合わせても、彼の反応こそが“普通”だと思える。

―――では、未だに実感を持てない自分は何なのだ?

(……止めよう。考えても気分悪いだけだ)

 それ以上の思考を巡らせる気分には、到底なれなかった。

『――――♪』

「あン?」

 聞き慣れた“アラーム2”の電子音が聞こえてきて、ミツルはベッドに放り投げていたスマートフォン―――つい今しがた、一昨日のキューマからのメールが届いており、遅すぎる警告に多少エキサイトしてしまったところであった―――を手に取る。

 メールの差出人は、時縞ハルト。

(ハル先輩?)

 噂をすれば影、とは言うが、これは相手のことを考えただけでも有効なものなのだろうか。出来れば相手は男では無く、意中の異性であった方が余程嬉しかったのだが。

 それはさて置き、ミツルはスマートフォンのロックを解除してハルトからのメールを開封する。

『今ARUSの人たちがお風呂を用意してくれてるらしいよ

 一緒に食事も配ってるって聞いた

 終わったら話があるから犬塚先輩やアイナちゃんと一緒に医務室に集合して』

(話ってなんだ?)

 それならば電話かメールで済ませればいいのではないかと首を傾げるミツル。

 返信のメールでそのことに言及してみるが、返事はこうだった。

『まだ確証が持ててないから迂闊に言えない

 ともかく大事な話だから、食事と風呂が終わったら医務室に来てね』

『了解です』

 スマートフォンを待ち受け画面に戻したミツルは溜息を一つ吐くと、食事の前に風呂に入るべく、洋服箪笥の上に置いてある洗面器に愛用の洗面用具と着替えを放り込み、寮の廊下へ―――

 

『あれっ、新聞部の先輩?』

『おぅ一年坊主、ちょうど良い処に居た。三組の草蔵見なかったか』

『草蔵ですか? あいつなら自分の部屋に戻りましたけど……』

『よし、サンキュー!』

 

 廊下へ出る事無く、自室の窓を開けるとそのまま雨樋に掴まって寮の外へとダイレクトに脱出した。

 これ以上の質問攻めは御免である。

 

 

 ARUSが設営した簡易浴場に辿り付くと、ようやく汗を流せることに意識が向いているのか、ミツルがその場に姿を見せても大抵の生徒は湯気を立ち上らせるテントに目を向けていた。テントの中にはビニール張りの簡易浴槽とシャワー、そして軍用の大型給湯器が運び込まれているらしい。

「ミツルも来たか」

「よっ」

 しゅた、と右手を立てて掛けられた声に返事をする。相手は先程ミツルにヘッドロックをかけてきたクラスメイト、護堂アリヒトだった。

「で、これは全部風呂の順番待ちか」

 言って、ミツルは目の前でごった返す人混みを見遣る。彼と同じように洗面用具を持った生徒達が群れを成してテントの前に並んでいる。

 一応、銃を装備したARUSの兵士が警護として立ち会っているのだが、彼らはドルシアの兵士と違い適度に気を抜いて立っており、人道支援の為に来ている為か生徒たちに対する態度も比べようがないほどにフレンドリーであった。

 どれぐらいフレンドリーかと言うと。

 

「はいっ、チーズ! よぉーしよしよし、あ、じゃあもう一枚お願いしまーす!」

「あ、ああうん」

「次! 次僕とお願いしますっ!」

「くっはぁぁ~~、この重剛炭素サーメット装甲の抱き締められるような感触……感動っ!」

「ははは……い、一応それ軍用車両だし、危ないから変なところには触らないでね……?」

 

 風呂そっちのけで軍用車両に群がる約三名(ミリオタ共)に引き攣った笑みと共に生温い視線を向ける程度には、ARUS軍は咲森学園の生徒達に友好的だった。

「……おいミツル、あれお前とナツキの知り合いの二年生だよな」

「知らん、俺は何も知らん」

 空気読むとか知った事かとばかりの勢いでARUSの歩兵に突撃アポなしインタビューを敢行する、『真歴における文化思想研究ならびに討論部』―――通称オタク部の面々から目を逸らしたミツルとアリヒトは、背後で起きている一切の事態を黙殺した。暴走気味な顔見知りの先輩を諌めるべきかとは思うが、見ず知らずの軍人たちから軍用車両に興奮する性癖を持つ人間と一緒くたにされたくは無かった。

「ま、ナツキ辺りが風呂上がったらどうにかするだろ。あいつ、オタク部からはアイドル扱いだし」

 アリヒトはそう言って、後の対処を全て、クラスメイトであるポニーテールの女子に丸投げすることにした。

「燦原って霊屋先輩達からそんな扱いだったんか」

「あの二年生達からすれば『自分たちの趣味を聞いてもドン引かなかった数少ない女子』らしいぜ」

「あー……まあでも、霊屋先輩もいつも通りで良かったよ」

 結局ミツルとアリヒトが簡易浴場の順番待ちをしている間、霊屋ユウスケ以下オタク部の面々は、初めて間近に見る同盟国の軍備と本物の兵隊を前に、水を得た魚のようにはしゃいでいたのであった。

 

 

 

 そんなミツル達の姿を一望できる、第一校舎の屋上。腕を組み、普段よりも四割増しでジトッとした目を眼前の友人に向けるマリエの姿があった。彼女に冷たい視線を向けられているのは、先程から十分近く屋上の冷たい床に正座させられてそろそろ足の感覚が無くなってきたショーコだ。

「……で、ショーコ。なんか私に言う事あるよね」

「ごめんなさい全面的に私が悪かったです」

 子どもと大人ほどに体格差のあるマリエとショーコが片や腕を組んでの仁王立ち、片や膝に手を置いての正座で向き合う様は中々にシュールであった。

 マリエの許しが出てようやく正座を崩したショーコは、いたたた、と声を上げて痺れた脚をソックスの上から揉み解す。

 ドアに強打した後頭部の痛みも引いたマリエは、ショーコの前にしゃがみ込むと三角座りになっていた彼女の脚を突っついた。

「うぁいたぁっ!?」

「うんうん、生きてるって素晴らしい」

 突かれた脛からビリリと左足全体に走った鋭い痺れに、ショーコは尻餅をついて後ろに転ぶ。その様を見て満足げに頷くマリエに、ショーコは恨みがましい視線を向けた。

「うぅぅ、マリエの意地悪……」

「心配かけた罰。騒ぎが起きてから全然連絡寄越さないわ、おまけに貴生川先生助けようとして一緒に埋まるわ、私もミツルも皆心配してた」

「う。それは、その」

「無茶し過ぎ。困った時は誰か呼ぶ。報・連・相は忘れずに、でしょ」

 しゃがみ込んで視線を合わせたまま、人差し指を立てて一つ一つ言い聞かせるようなマリエの言葉を聞いて、ようやくショーコは気付いた。マリエはショーコが無茶をしたことを、心底から怒っていたのだ。

「……ごめん、無茶して」

「ん。解れば良し」

 言葉は少なかったが、二人はその短い遣り取りで、互いの言わんとすることを正確に受け取った。

「でも珍しいね、ショーコがハルトにあんなに怒ってるの。何かあった?」

 マリエは思い出したように、先程ショーコが叫んでいた言葉を思い返す。高校入学を機に出会った二人だがマリエの覚えている限り、この一年と数か月でショーコがあそこまでハルトに怒りを露わにしたことは無かった。喧嘩をすることは勿論あったし、マリエはショーコからその愚痴を聞かせられたことだってある。だがハルトとショーコの場合大抵はその場の口喧嘩で収まる程度の物だったし、一度マリエに愚痴をぶちまけてしまえばショーコが怒りを引き摺るようなことは滅多にない。初めて見るショーコの怒り様に、マリエも少しばかり驚いていた。

 そして当のショーコはハルトの名前を聞いた瞬間にぎくりと肩を震わせて……起き上がろうとしたところで変に力が入ったのか、しゃがみ立ちの態勢から再び尻餅をつくと、そのまま地面に倒れ込む。

「……どしたの」

「何も、無いよ」

 マリエの問いを遮るように、ショーコは空を眺めて呟く。

 常ならば聞いてくれるかとばかりにマシンガンのような愚痴を捲し立ててくるのだが、今日のショーコはどうにも歯切れが悪かった。

「なんにも無かった。ただ私が、一人で舞い上がってただけで……」

 どうやらショーコは今回の喧嘩を、マリエにさえも話すつもりは無いようだった。コレは重傷だな、と結論付けたマリエは溜息を吐くと、食事の配給が行われている一階の食堂へと移動を促し、ショーコと二人で屋上を後にするのだった。

 

 

 

 

 ラグランジュ3周辺宙域。ヴァルヴレイヴの攻撃で船体を大きく破損したドルシア軍の宇宙戦艦『デュッセルドルフ』は、同じ型式の戦艦『ランメルスベルグ』と落ち合い、互いの情報を交換すると共に、クルー達に暫しの休息を取らせていた。

「少将閣下、失礼します。リヒャルト・グレーデン大尉、出頭しました」

 艦長室を訪れたのは、オリーブ色の髪を七三分けに固めた伊達眼鏡の軍人、リヒャルトだった。

 入れ、とインターホンの向こうから声を掛けられると同時に、部屋の主であるグスタフ・ザッハ少将の方からドアが開けられ、リヒャルトは艦長室へと足を踏み入れる。部屋の中央に置かれた執務机に向かうグスタフが机に肘を着き、眉間の凝りを揉み解していた。

「閣下、私にお話とは一体?」

「ああ済まんな、お前も忙しいだろうに呼び立ててしまって」

「予め始末書の類は全て片付けておきました、お気になさらないで下さい」

 冗談めかしてリヒャルトが言うと、グスタフもふっと小さく笑う。

 実際にリヒャルトは二機目のヴァルヴレイヴが起動する場に居合わせただけでなく、別部隊から借用したバッフェを大破・喪失した事でえらい量の調書と始末書を書かされていたのだが、それでもあわや艦を失いかけたグスタフが書くことになった書類に比べれば微々たるものだろう。

「つくづく要領の良い奴だ。どうだ、私の代わりに将官をやってみんか」

「ご冗談を。未だ若輩の身です、まだまだ閣下の代わりなど務まりませんよ」

「そうも言ってられんぞ、場合によってはお前に大隊を任せるやもしれん」

 言って、グスタフは先ほど届いた辞令―――電子データで送信されてきたものだが、形式として一度印刷する必要がある―――を机の上に出す。手に取った書面に目を走らせたリヒャルトは、その内容にはっと息を呑んだ。

「これは」

「リヒャルト・グレーデン大尉。本日付で貴官を軌道突撃大隊第三小隊長から解任、次いで、対霊長第零小隊長に任ずる」

 グスタフが見せたのは、リヒャルトの異動辞令だった。

「対霊長第零小隊、とは」

 聞き覚えの無い部隊名に、疑問の声を上げるリヒャルト。少なくとも彼の記憶の中にそのような部隊はこれまで存在しなかった。対霊長、という言葉そのものが、彼が学んだ軍学には無い言葉であったのだ。

「ジオールの秘密兵器、ヴァルヴレイヴ。あれらは四肢を持つその形から、“霊長兵器”と呼ばれているらしい」

「では、対ヴァルヴレイヴを前提とした新設の部隊でしょうか」

「その通りだ」

 グスタフは次いで、新設の部隊についての概要が書かれた書面を、部屋の壁に据え付けられた多目的モニターに映し出す。

「副隊長に第七小隊副長のクロコップ中尉、隊員に第四小隊のエクマン少尉、第五小隊のカレーリン少尉、第八小隊のカリャキナ中尉を付ける。お前も含めて、我が突撃大隊のエース達だ」

 誇らしげなグスタフの言葉だが、しかし声色には自嘲のようなニュアンスが込められている。その意味は、何時の間にか拳を握り締めていたリヒャルトにも解っていた。

「……つまり、軌道突撃大隊は、事実上の解散という事ですか」

 グスタフが挙げた名前は全て、昨日のヴァルヴレイヴとの戦闘で生き残った幸運なパイロット達のものだ。

 昨日の対ヴァルヴレイヴ戦での戦死者は、七十六人。軌道突撃大隊に所属するパイロットの、約半数が死亡したことになる。

 残った人員の中から新たな部隊の隊員となるのはリヒャルトを含めて五人。そして彼ら五人が搭乗する機動兵器の整備と運用には、二百人を超えるスタッフが必要だ。

 それだけの数を異動させて、元の大隊が維持できるとは到底思えない。

 それは、グスタフから直接指揮を執れる部隊を取り上げるという事に他ならなかった。

「良いのですか、少将。この辞令を、是としたのですか」

 一語一語を噛み締めるように、否、噛み千切るようにリヒャルトは問う。

 問いを向けられたグスタフは、リヒャルトから目を逸らさずに言った。

「将官として、この命令は従うべきだと判断した。そも、軍人は命令に従うべきもの。打撃を受けた部隊を再編し、次の作戦を練る。至極真っ当な命令だ、異を唱えるべくもない」

「―――その打撃とやらが、あからさま過ぎるでしょう!」

 堪え切れず、リヒャルトは机に拳を叩き付けた。

 軍人にあるまじき暴挙ではあったが、グスタフは表情を変える事無く、穏やかにその怒りを受け止める。

「ヴァルヴレイヴの情報がもっと揃ってから攻撃を仕掛けていれば結果は変わっていた! それか、大隊の補給を待っていれば! 貴方に解らない筈が無いでしょう!?」

 あくまで特定の個人を名指しすることはしない。すれば、グスタフがリヒャルトを罰しなければいけないと知っているからだ。肝心な部分はぼかした言葉ではあったが、リヒャルトはグスタフが追い込まれた現状に憤っていた。

 しかしいくらなんでもここまであからさまな処分が続けば、リヒャルトにだって解る。モジュール77奇襲作戦に於ける軌道突撃大隊の扱いと、その後の見計らったかのような部隊再編案。これらは全て、政治的な思惑が絡んでのことだと。

「この命令で何人死んだのか、提案したバカ野郎は解っていない! 何の為の無人機動兵器(バッフェ)だ、何の為の機動殲滅機(イデアール)だ! 兵を一人でも多く生き残らせるための優れた技術を、むざむざ捨て駒にしやがった!」

「それならば、儂を責めろ。変わる為の機を逃し、お前の部下を……いや、大隊の皆を死に追いやったのは、儂だ」

 そう言って、グスタフは椅子から立ち上がって窓の外……傷付いた『デュッセルドルフ』の船体に目を向けた。

「覚えているか、リヒャルト。丁度、お前を拾った頃だ」

 グスタフの言葉に、リヒャルトは十二年前に思いを馳せる。祖国ドルシア王国が政変によって混乱期に入った頃だ。

 政変に当たって、当時准将だったグスタフは旧体制派にも新体制派にも協力せず、中立勢力として事態の収拾、各地の治安維持に全力を注いだ。軍人は命令に従い、市民を守るべしという考えに因ってのことだった。

 そして、彼は時代の波に乗り遅れた。新たに実権を握ったドルシア総統の覚えは良くなく、グスタフにその後与えられたのは当時既に骨董品と呼べる代物だったこのバァールキート級戦艦の四番艦だ。

 同じ時期に、旧王都のスラムでストリート・チルドレンや孤児院の義兄弟と共に恐喝と強盗を繰り返していたリヒャルトを拾った。

 グスタフが治安維持部隊の指揮官だと知って襲い掛かったギャングたちの頭目は……当時十七歳のリヒャルトは、グスタフにこう吐き捨てた。

『あんたら軍人は、お偉いさんが決めた“敵”を殺せば食うものも寝る場所も貰えるんだろう!? 俺達と何がどう違う! いいや、殺しはしてない分だけ俺達の方がまだマシだ!』

 兵士たちに拘束されて尚抵抗しようと暴れるリヒャルトの言葉は、グスタフを打ちのめした。同じ国の軍人が味方同士で争い、国の経済も政治も麻痺していた当時。グスタフはその言葉を、子どもの戯言と切って捨てることがどうしても出来なかった。

「あれ程堪えた言葉もそうそう無いぞ。何がどう堪えたって、言い返すことが出来ないのが一番辛かった」

「は、その、申し訳ありません。当時は自分も井の中に居りまして……」

 気恥ずかしそうに言うリヒャルトに、グスタフはくくく、と意地の悪い笑みを飛ばした。

「さっきの啖呵で確信した。学を付け、部下を持ち、確かにお前は落ち着いた。だがその本質は、あのスラムの狂犬のままだ。仲間に仇なす者があれば、容赦なく牙を剥く。相手が鉄砲を持っていようが戦車に乗っていようが、自分の縄張りで勝手をした者には必ず噛み付く」

 そこまで言うとグスタフは表情を引き締め、真正面からリヒャルトを見詰める。

「だが、その先には儂と同じ末路しかない」

「それは……」

「変われ、リヒャルト。国が、世界が変わるように、お前もまた変わっていくのだ。それがお前を生かすことになる」

 言いたいことを言い終えて、グスタフは再び書面を手にすると、両手に持ったそれを大きな声で読み上げる。

「本日付でリヒャルト・グレーデン大尉を対霊長第零小隊長に任ずる」

「ハッ! 謹んで拝命いたします!」

「以降、貴官はカイン・ドレッセル大佐の指揮下に編入せよ。この辞令を受け取り次第、『ランメルスベルグ』へ異動すべし」

「ブリッツゥンデーゲン!」

 敬礼と共に、リヒャルトは艦長室を辞し、艦内の私物を纏めるためにその場を後にした。

 

 

 数日後。モジュール77から発せられた驚くべき声明に世界が沸き立つ中、リヒャルトの元に『デュッセルドルフ』の解体と、奇襲作戦の失敗によるグスタフ・ザッハ少将の不名誉除隊処分の報せが届く。

 

 

 

 

 

 

 順番待ちの末、簡易浴場での入浴を済ませたミツルは、食事として配給されたレトルトのカレーライスとペースト状のポテトサラダを平らげると、その足で医務室に向かった。

「失礼しまーす」

「あ、草蔵くん」

「遅いわよ」

 医務室の扉を開けたミツルに、アイナの声とサキの文句が順番に飛ぶ。

「仕方ないだろ、風呂も食堂も混んでたんだから……っていうか、なんで流木野も居るんだよ」

 言い訳がましくサキに言い募るが、あっそう、と軽くあしらわれる。結局彼女が何故ここに居るのかも教えてもらえず釈然としないミツルであったが、彼女に突っかかるよりも大事な話があることを思い出して意識をハルトに向けた。

「大事な話って何なんスか、先輩」

「ん……今からさ、医務室の設備使って検査しようって話だったんだ。流木野さんは僕が呼んだ」

「ハル先輩が? なんでまた」

「昨日僕の身に何が起きたか、流木野さんが一番知ってるから」

「ハルト、こっちは準備できたぞ」

 ハルトとキューマが机の上で用意しているのは、学園に準備されている血液検査装置だった。

 先輩どうも、とキューマに礼を述べて、ハルトはミツルに向き直った。

「ヴァルヴレイヴに乗った時、ミツル、どんなことが起きたか覚えてる?」

「いや、俺もちょっと、夢中だったもんですからあんまりよく覚えてないッス」

「そっか……じゃ、よく見てて」

 ハルトは用意されていた医療用のメスを右手に持つと、その切っ先を左の人差し指に当てた。何時になく真剣な表情を浮かべる彼に、心配そうなキューマが声を掛ける。

「良いのか、ハルト」

「良いんです。遅かれ早かれミツルにも言わなきゃいけない事だったし、もしミツルが僕と“同じ”になってたら、ちゃんと一緒に考えなきゃいけないから」

 どこか思いつめたような表情のハルトの言葉に、何のことだろう、とミツルが首を傾げていると、ハルトは自身の指先をメスの刃でなぞる。

 鋭い刃で切られた皮膚に赤い直線が浮かび、やがてそこから溢れた血液が、ぼたぼたとプレパラートの上に落ちた。

(うわ、痛そう)

 二滴三滴と滴り落ちる血を見て、まるで自分の指が切られたかのように眉を顰めるミツル。だがハルトは一瞬の痛みに呻くと、真剣な目で装置の蓋を閉じ、スイッチを入れた。

 途端、医務室の壁のモニターに血液検査の結果が表示される。

 結果は正常。血中に含まれる赤血球や白血球の数、水分濃度や細菌類の有無。最後に遺伝子データから紛れも無く咲森学園二年生である時縞ハルトの血液であり、検査項目のどれも健康体を示す数値であると表示が出て、ハルト以外の一同は安堵の息を吐いた。

「良かった、何とも無いじゃん」

「でも」

 キューマの言葉に、ハルトは先ほど切った左手の人差し指を皆に見せながら言った。

「普通とは、言い難いです」

 言い切るや否や。ミツル達の目の前で、ハルトの指の傷が一瞬にして塞がった。

「先輩、今の……!?」

「落ち着いて聞いて、ミツル」

 驚きに目を瞠るミツルに、ハルトはゆっくりと―――或いは、自分に言い聞かせるように―――言った。

 

 

 

「僕は……僕達はきっともう、人間じゃない」

 

 

 




ユウスケ「はぁはぁはぁこんな間近で複合高速戦闘車両たんの雄姿が拝めるとかご褒美以外の何物でもないやprprhshs」
ARUS兵(もうやだこの国……)

 やはり政治的なニュアンスを持たせた話は書くのが難しいですね。今回は特にお叱りが怖いです。
 ハルトが随分テキパキしていますが、ミツルという弟分が居ることで精神的に少し成長しているということでお願いします。
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