V's If-Story:ScalePowder of WhiteMoth   作:よしおか

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第十四話 問題児の集い

 スマートフォンにプリセットされているアラーム音が鳴って、通信網の麻痺から配信が滞っていたメール―――モジュール77内部ならともかく、別のモジュールや地球からの通信は未だに復旧していなかったのだ―――に気付いたのは、ミツルが三階の教室の見回りを一通り終えた後だった。

「メール……あ」

 差出人の名前を見て、ミツルは階段を上ろうとしていた足を止める。

 メールの差出人は、草蔵ミホ。ミツルの実の母で、彼にとってはただ一人の肉親だった。

 

『ニュース見ました。母さんは大丈夫です。蕪辞だったら連絡してください。』

 

 その文面を見て、ミツルは思わずくすっと笑ってしまう。予測変換で現れた誤字を直す暇も無く、急いで送信したのだろう。

「普段どういう文章書いてるんだよ、母さん……」

 文字通りの蕪辞となったメールを見て、ミツルは今まで考えないようにしていた母の安否に考えを巡らせる。

 ミツルは、父親の顔を覚えていない。微かに記憶に残っている事柄といえば、物心つくか否かという時に両親が離婚し、母の故郷であるジオール東北部、旧日本領へ引っ越したことぐらいだ。

 物心ついた時には母の両親は鬼籍に入っており、長閑な田舎町で母と二人暮らし。片親という事で心無いことも言われたが、母はそれを気にするようなことは無かった。ただ一心に、一人息子であるミツルに愛情を注ぐ母の姿は、幼心にどこか危うげなものを感じさせた。

 己の全てを懸けてミツルを守るように生きる母に、息子として出来ることを何か一つでも探そうとしたミツルは、一刻も早く母に楽な暮らしをさせられないかと考え、やがて気付いた。

 

 

 おれが早起きして朝ご飯を作れば、母さんは仕事に行く前にゆっくりできる。

 おれが良い子で居れば、『片親の子は躾がなってない』なんて言った近所のババアが母さんに何も言えなくなる。

 おれがいっぱい勉強して学校に通うお金を浮かせられれば、母さんはもっと綺麗な服を買える。

―――早く、おれ一人で何でもできるようにならなくちゃ。

 

 

 その決意が、草蔵ミツルという少年のその後を決定づけた。

 幸い、身体を動かすのは得意だったし、成績だって悪い方では無かった。同年代の子ども達に比べて運動神経では頭一つ抜きん出ていたミツルは、中学への進学後、陸上部に入部。陸上記録会などで好成績を残し、地域のスポーツ協会で強化選手の枠を勝ち取った。このおかげで中学生の間、消耗品である陸上競技靴の購入費用に困ることは殆ど無かったのだ。

 そして、中学二年生の冬。受験を考え始めたミツルのもとへ、担任が持って来た話。

 新設の国営学校、咲森学園高校への奨学生推薦。

 スポーツ推薦枠と試験成績の奨学金制度を組み合わせれば、三年間の学費はほぼ無料。どころか、大学進学に於いても国の教育庁からお墨付きが貰えるかもしれないというその都合の良すぎる内容に、ミツルは一も二も無く飛び付いた。

 そして、三年生の引退試合となる全中総体で地区大会の記録を立て続けに塗り替えたミツルは、その成績と、十二月のペーパーテストを以て、学費七割カットでの推薦入学を見事成し遂げたのであった。

(あのときは母さん、盛大にお祝いしてくれたっけなぁ)

 思い出すのは七か月ほど前のこと。冬休みも開けた頃、結果を聞いて居ても立っても居られずに母の職場に電話をかけてしまったミツルが帰宅すると、生まれて初めて目にする特上のステーキが食卓に並んでいた。

 ミツルの母は涙を流して息子の快挙を喜び、母の職場である町工場に勤める人々も、それぞれ祝いの品を持ち寄ってくれた。

 努力は必ず報われるものなのだと達成感を噛み締めたミツルが、高校に進学してからもそれを怠ってはいけない、と再確認した日だった。

 

 

 話を戻すと、そんな環境で育ったミツルにとって、母親という存在は、それまでの行動原理のほぼ全てであった。

 故に、母に連絡が取れず、こちらの無事を知らせることが出来ないと思い至った時、リオンに頼られたことでそれまで好調だったミツルの気分は、急激にしぼんでしまったのだ。

……それだけなら、まだ良い。

(俺がこんな身体になっちゃったって知ったら……母さん、どんな顔するだろ)

 ヴァルヴレイヴに乗った時、打ち込まれた薬品。それによって、ミツルの身体は人間とは全く別のものに作り替えられてしまった。

 おかげで生き延びることが出来たと思う反面、親から貰った大切な身体を傷つけてしまった、という申し訳ない気持ちがあった。

 もしも、このことが母に露見したとして。

 誠心誠意話せば、自分は自分だと言ってくれるだろうか。それとも、お前のような怪物は息子じゃない、と言われるだろうか。

 優しい母が、自分を否定する。それは、想像するだけでミツルの全身を震えさせた。

(ハル先輩は、やっぱりそれが怖いんだ)

 あの時ショーコに想いを告げなかったハルトの気持ちが、今ならよく解る。

 大切な人に、変わってしまった自分を受け入れてもらえるか。そんな賭け、恐ろしくて到底する気にはなれない。

(とにかく、暫くは誰にも言わないで黙っておいた方が良い)

 実感が沸かないとはいえ、自身の身体が得体の知れないものになったのは紛れもない事実だ。まだ少し癪ではあるが、サキがいった通り、この状況を受け入れてどうするかを考えなければいけないのだろう。

「いろいろ考えたいことは有るけど、ちゃんと避難し終わってからだな……おーい! 誰か居るのかー!? 居ないよなー!?」

 手をメガホンの形にしながら、ミツルは人気のない廊下に向かって大声を上げる。確認をして、そろそろ自分も一階に下りてハルトとARUS軍の指示を待つか、と思っていると。

「あ、居た居たっ! 待てミツル、ちょっと!」

 名前を呼ばれたミツルは、声の聞こえた方向に振り返る。つい数時間前に簡易浴場でも話したアリヒトが、階段を駆け上ってきたところだった。

「アリヒト? お前、まだ逃げてなかったのか」

「ああ、ちょっとお前に話があってな」

「話?」

 はて、改まって彼と話さなければならない事とはなんだろうか、と首を傾げていると、アリヒトに遅れて見慣れない人影が階段から現れた。

 校章の色からして、二年生だろうか。未だ学校に在籍する生徒全員の名前を把握してなどいなかったミツルは、その人物の名前を咄嗟に思い浮かべることが出来なかった。

「草蔵ミツル、だな」

「えっと、そうッスけど……先輩、ですよね?」

 ミツルに誰何の声を向けられて、その人物―――オレンジ色のリーゼントが特徴的な大男は、鋭い目をミツルに向ける。

「俺ぁサンダーって(モン)だ。この学校シメてる番格よ」

 そう言って名乗ったのは、学園一の荒くれ者、サンダー。本名、山田ライゾウだった。

 

 

 

 

「ようこそ、グレーデン大尉。『ランメルスベルグ』は君達を歓迎しよう」

「は、恐縮であります」

 グスタフから辞令を手渡されて二時間後。元より少なかった私物を手早くまとめたリヒャルトは『デュッセルドルフ』から移動する兵士たちと共に連絡艇で『ランメルスベルグ』に乗り込み、艦長である隻眼の男―――カイン・ドレッセル大佐と面会していた。もっとも二人っきりという訳では無く、彼の秘書官である女性の佐官も一緒だが。

「対霊長第零小隊のことについては、先程ザッハ少将から連絡を頂いたよ。特務隊に加えて、軌道突撃大隊の精鋭たちがヴァルヴレイヴとの戦闘に参加してくれるのなら、これほど心強いことはそうそう無い。戦果に期待するよ」

「ドレッセル大佐ご自慢のパーフェクツォン・アミーと比べれば些か見劣りはしますが……ご期待に沿えるよう、全力を尽くします」

 毅然と言い切ったリヒャルトを、カイン大佐は興味深げに見遣る。値踏みするような視線ではあったが、その程度はリヒャルトにとって気にする程でもない。寧ろ、尊敬する上官を追い落とした総統派の先駆けである彼に相対し、その鋭い視線に呑まれてなるものかと気合を入れてさえいた。

「私は特務隊と艦全体の指揮を執らなければならない。よって第零小隊の戦闘オペレーターは、彼女が担当する。以降この艦に所属する間、大尉とその部隊への指示は全てクリムヒルトを通す。普段は私の秘書官などさせているが、指揮に於いても優秀だ、存分に期待してくれ」

 カインの紹介を受けた女性佐官―――クリムヒルトがリヒャルトの前に歩み出ると、リヒャルトに右手を差し出し、軽く微笑んだ。

「クリムヒルト・ツェルター少佐だ。宜しく頼む、グレーデン大尉」

「宜しくお願いします」

 差し出された手に握手で応じたリヒャルトは、その感触に驚いた。クリムヒルトの手から伝わる握力は喧嘩慣れしたリヒャルトから見ても強い方だ。親指の付け根の辺りに筋肉が付いたその手は銃やナイフを握り慣れた手で、自分よりも一回り程若いこの佐官が、決して座学の成績や“女の武器”だけで今の地位を手にしたわけでは無いことが解る。

(計算と教本の暗記だけが得意な頭でっかち、では無いな。立場や主張はともかく、背中を預ける分には心強い)

 戦闘に直接参加しないオペレーターとはいえ、実際の“殺し合い”を知っているのといないのでは部隊運用の柔軟性に雲泥の差が出る。ザッハに拾われてすぐの頃、士官学校を出たてで自信満々の新任CP(コマンドポスト)士官と組んだことがあるが、その結果は悪夢のような物だった。知識と経験を履き違えたオペレーターの指示で死ぬのは、本人ではなく前線の兵なのだ。その点リヒャルトから見て、クリムヒルトは信頼できそうな人物だった。

「さて、君の艦内での個人用スペース(コンパートメント)だが、三階の部屋を使ってくれ。必要ならクリムヒルトに案内をさせよう」

「いえ、艦内を散策がてら見て回ろうと思っておりましたので自力で向かいます。『デュッセルドルフ』と内装は似ているでしょうから、直に慣れます」

「む、そうか。それではいつまでもここに引き留めておく訳には行かないな……ご苦労だった、以降の指示は追って知らせよう。下がって良いぞ」

「では、失礼します。ブリッツゥンデーゲン」

 ドルシア軍の敬礼の口上を述べて、リヒャルトはその場を後にする。艦長室に残ったカインは、傍らに立っていたクリムヒルトに視線を向けた。

「どう思う?」

「戦闘に於いては、優秀なベテランと聞き及んでいます。特務隊との連携も問題なくこなすでしょう。ただ……」

「それ以外の部分に、不安要素があると」

 問いを向けられたクリムヒルトは、手に持っていたタブレット端末の画面に目を走らせる。総統派にも王党派にも属さない中立派から転属となったリヒャルトの為人について一通り調査せよとカインが指示を出していたのだ。

「リヒャルト・グレーデン。二十九歳。戸籍上はドルシアナ出身ですがストリートの出身で正確な血縁は不明、ファミリーネームも孤児院の名前です」

「グレーデン孤児院か。十二年前に事件になっていたな……確か当時の院長が、保護した子どもに犯罪を強要していたのだったか」

「ええ、ザッハ少将を襲撃したギャングに当時身を置いていたグレーデン大尉が拘束されて、孤児院の実情を軍にリークしたのが切欠だったと記憶しています」

 混乱期には珍しくもない話だったとはいえ、本来子どもを教え導く大人が、それも孤児院の院長が孤児たちに強盗や恐喝をさせて現金や高価な宝石をかき集めていたという事件。その醜悪さに、クリムヒルトは眉を顰める。祖国を守る軍人、という職業に誇りを持っている彼女からすれば、嘗ての王都で起こっていたその事件は、とても許しがたい物だった。

 同時にクリムヒルトは内心で、カインがこの事件のことを知っていたのを意外に思っていた。十二年前と言えば、この男は当時、現総統と共に革命運動の真っ只中に居た筈だ。王家が倒れた後ではあったが、各地で内戦の戦後処理に当たっていたカインが、別の管轄で起きた事件を気にする余裕があったのだろうか―――疑問に感じはしたが、その程度のこと。おおよそ新聞か何かで目にしたのが頭に残っていたのだろうと推測し、そこで考えを打ち切ってしまう。

「この後警官隊の捜査が入って孤児院は閉鎖、リヒャルト・グレーデンを始め、六人の孤児がザッハ少将に保護されています」

「では君は、嘗て一度軍に叛意を抱いたリヒャルト大尉が信用ならないと思うか」

「いえ、そこではありません。問題はその後です」

 クリムヒルトは溜息を吐くと、タブレットの画面をスクロールする。ついでに、先程までとは違う意味で眉を顰めた。

「……本人の志願での入隊後、訓練課程で様々な問題を起こしています。格闘訓練で同期の訓練生に重傷を負わせ、また教官との組手でも自身の怪我を無視して攻撃を仕掛け、倒れた教官を折れた腕で執拗に殴り続けるなど、“行き過ぎた戦闘への欲求と適性”があるようです。機動兵器の訓練課程でも、バッフェのシミュレーターの無断長時間使用などが。任官してからもそんな調子で、撤退命令の無視も幾度か見受けられます。上級尉官に昇格するまでに七度の重営倉入りを経験しており、付いた仇名が“流血主義者”……所謂、戦闘嗜好家(バトルジャンキー)ですね」

 そこに示されていたのは、今しがた顔を合わせたのと同一人物とは到底信じられないレベルの、問題児の個人情報だった。

 写真の中にあるリヒャルトの顔は今よりも若く、カメラを睨むような目は闘争への欲求でぎらりと光っている。

「中々やんちゃな子どもだったようだな、彼は」

「保護されて暫くの間、カウンセリングに当たったという療法士の見解が残っていました。体制や自身の現状への不満が他者への暴力という形で現れている、と。昇格してからは自制が効いているようですが、戦闘中には口が悪くなる、といった特徴があるようです。いつ何時、撤退命令や停戦信号を無視するか解りません」

 うんざりとしたようなクリムヒルトの説明を聞いて、くく、と笑うカイン。

「昇格してからはそういった事は一度も無いのだろう。なら、まずは使ってみよう。確かに警戒は必要だが、敢えて危険分子を使いこなして見せるのも戦術の一つだとは思わないか?……いや、部下から脱走兵を出した後に私が言っては、笑い話にもならんか」

「……そのことですが、大佐。お訪ねしても?」

 クリムヒルトはそう言って、笑えないジョークを飛ばす上官へ訝しげな視線を向ける。

「エルエルフのこと、大本営には報告しなくて良いのですか」

「今のところはな。ひょっとすると、あれに何かしらの意図があるかもしれん」

「味方を撃って、敵方に与したことにですか?」

 責めるような目で問いかけるクリムヒルト。実際のところエルエルフの離反はカインにとって、下手を打てば政治的な大ダメージになりかねない事件だ。

 現ドルシア連邦総統の肝入りとして有名な、カルルスタイン機関。そこで養成されたトップクラスのエリート兵士が、味方を負傷させて脱走、その上拘束した敵パイロットを奪還したなど、前代未聞のスキャンダルだ。現在はカインが各方面に圧力をかけて情報の統制を行っているが、もしもそれがカインと対立する将官達に知られれば、カルルスタイン機関そのものがその意義を問われることになる。ましてカインは、エルエルフが機関に居た頃の教官である。教え子可愛さに情報を閉ざしていたと判断されれば―――尤も、この男がそんな優しい人間でないのは秘書官であるクリムヒルトがよく知っているが―――総統の盟友として名を知られるカインと言えど、反逆罪の嫌疑は免れないだろう。

 だがカインは依然として、制圧作戦に参加した部隊に情報の統制を行っている。本来であればどこかでボロが出そうなものであるが、階級の上では上官に当たるザッハの部隊も、現在は政治部の干渉によってカインの影響下にあった。

「なにもエルエルフが裏切った訳じゃない、などと言う気は無いさ。ただ、奴の離反は完全にこちらにマイナスに働くわけでも無い」

「奴の動きを読み、利用することが大佐には可能だと?」

「エルエルフは私の教え子の中でも、最も優秀な生徒だった。逆に言えばそれは、最も私の教えたことに即して行動していると言っても良いだろう。故に、おおよその見当はついてしまうものさ」

「……解りました。ではエルエルフのことは、大佐のご指示通りに」

 結局、掴みどころのない上官に質問の答えをはぐらかされたクリムヒルトはそれ以上食い下がることも出来ず、飛び出していった問題児と新たに加入した元問題児の扱いを考えあぐねる。痛む頭で内と外の問題をどう片付けるかと考えながら、彼女は我知らず肩を落としていた。

 

 

 

 

 アリヒトとライゾウに呼びとめられたミツルは、そのまま手近な教室に案内された。

「アリヒト、おめぇはもう行け。後は俺からナシ付けとくからよ」

「え、でも俺も……!」

「数に物言わせるのは趣味じゃねえんだよ。良いからもう一人の方呼んで来いや」

「……うっす」

 何事かと首を傾げるミツルに構わずそんな話をして、アリヒトは教室の外に追い出されてしまった。

 もう一人、というのはハルトのことだろうか。すると彼は、“ヴァルヴレイヴのパイロット”に用があったのか?―――推測を重ねながら相手の出方を探ろうとするが、数秒後にミツルは、その必要が無かったことを悟る。

 ミツルに向き直ったライゾウは、二メートルに届くかという巨体で以て小柄なミツルを見下ろしながら言い放った。

「草蔵ミツル、あのロボットを俺によこせ」

「……はっ?」

 単刀直入に告げられた言葉の突飛さに、ミツルは素っ頓狂な声を上げてしまう。しかし、一瞬遅れてライゾウが何を言っているのか理解すると、そんな勝手な真似をさせるか、とばかりに反論する。

「で、できる訳ないっしょ、そんなの!?」

「なんでだよ、お前らはARUSにくっついて逃げるんだろ。だったら俺が使う。そんでドルシア野郎をぶっ飛ばす」

「俺たちはヴァルヴレイヴで、避難する船を守んなきゃいけないんスよ!」

「逃げたい奴は勝手に逃げさせておけば良いだろうが! そんなことより、俺ぁダチの仇を討たなきゃならねーんだよ!」

「何言ってんだアンタは!?」

 相手が土足で踏み込んできて、仲間を殴った。だから、殴り返す。逃げる他の者達を巻き込む気は無い。

 ライゾウとしては至極簡単かつ当たり前の、“ケジメ”の話。しかしそんなものと無縁の生活を送ってきたミツルにとっては、幾ら聞いても筋道の通っていない目茶苦茶な話にしか思えない。

 それに深くものを考えるのを好まないミツルとて、ヴァルヴレイヴが決してただの戦闘兵器では無いことを知ってしまった今、何も知らない人間を近づけてはいけない事ぐらいは理解していた。

「あ、あれは先輩みたいな人が、ほいほい乗れるモノじゃありませんよっ! それに相手は軍隊ッスよ!? 一人で勝てる訳が―――」

 とにかくライゾウをヴァルヴレイヴに乗せてはいけない、自分たちと同じく怪物になったりしたら、悩むのは彼自身だ。そう思って何とか説得を試みるミツルであったが、襲撃以来己の無力を噛み締めることしか出来ず、昏い怒りを胸の裡で燻らせ続けてきたライゾウにとって、怯懦に呑まれたともとれるその言葉は苛立ちしか生まない物であり。

「勝てる戦いしかしないような臆病モンはすっこんでやがれ! おめえらみたいにARUSの言いなりになって、有名になったらはいやめますなんて俺は御免なんだよ!」

 そして飛び出した言葉は、銃で撃たれると言う死の淵の恐怖を体験し、怪物へと変貌し、それを肉親にどう打ち明けるかで悩んでいたミツルにとっては聞き捨てならないもので。

「……ふ、ざっけんな、この野郎ぉおっ!!」

 激昂したミツルが次にとった行動は、全身を鞭のようにしならせてライゾウの顔面に拳を見舞う事だった。

「ぐっ!?……てめ、このクソガキぃっ!!」

「ぅがっ!」

 頬に突き刺さったミツルの拳にライゾウは数歩たたらを踏むが、鍛えていても所詮は喧嘩慣れしていない素人の拳。すぐにカウンターの一撃がミツルの小柄な身体を殴り飛ばす。相手はその拳と体格でこの学園のアウトロー達をまとめ上げるライゾウ。対してミツルは、不死の身体になったところで元は生真面目な運動部員。踏んだ場数というものが圧倒的に違っていた。

 学習机をいくつか巻き込みながら派手に倒れ込んだミツルの胸倉を、ライゾウが引っ張り上げる。余程頭に血を上らせているのか、力が込められたその手は自然とミツルの襟元を締め上げ、呼吸を妨げる。

「かっ、ぁ、このっ……!」

 しかし、頭に血が上っているのはミツルも同じ。掴み上げられて首元から吊るされたミツルは、自身を捕らえるその手を掴むと、そこから振り子の要領でライゾウの腹に蹴りを叩き込む!

「だぁあっ!!」

「げぶぉっ!?」

 拘束が緩んだその隙にライゾウの前髪を掴んだミツルは、そのまま滅多矢鱈に拳を振り下ろす。それはライゾウも同じで、自分に殴り掛かってくる後輩の顔面を鷲掴みにすると絞め殺す勢いで指に力を込める。

「ちょっ!? ふ、二人ともなにしてるんだよ!?」

「さ、サンダーさん!? ミツルっ!?」

 先程教室を出たアリヒトと、見回りの途中で彼に呼び止められたハルトが教室に現れ、二人の乱闘に絶句したのは、そんな時だった。

「この単細胞野郎、今なんつった!? あぁ!?」

「んの、上等だドチビがぁっ!」

「やめろってミツル! 今はこんなことしてる場合じゃないだろっ!」

「サンダーさんも落ち着けよっ! オイ時縞さん、あんたミツルの方押さえ……だあぁっ!?」

 ハルトに羽交い絞めにされ、強引にライゾウから引き剥がされるミツル。同じようにアリヒトもライゾウを背後から捕まえようとするが、如何せん体格の違いは顕著であった。

 腰のあたりにしがみついて来たアリヒトを力任せに払い除けたライゾウは、ハルトに抱えられる形になったミツルの襟首を再び捕まえると、怒りに歪んだその顔を覗き込む。下級生にいきなり殴られたことで完全に我を忘れたライゾウは、少し気の弱い人間ならそれだけで気絶しそうな恐ろしい形相を浮かべていたが、ミツルは一歩も引きさがることなく叫ぶ。

「俺達がどんな気持ちでアレに乗ったか知りもしないで、よくも言いやがるな! 仇討って自分さえスッキリすりゃ、他の連中は後回しでも良いってのか!?」

「てめえこそ、死んだ連中に同じこと言えんのか!? 戦う力があって、仲間の仇がすぐ傍に居て、それでも“危険だから何もしない”なんてそっちのが有り得ねえだろーが!? どんだけ悔しい思いしてもあいつらはもうやり返すことも出来ねえんだ! 生きてる俺達が……俺が、やるしかねえだろう!!」

「だからそれが単細胞だっつってんだよ!」

「んだとぉお!?」

 互いに自分の考えこそ正しいと信じる二人はもはや相手を説得する気など無く、ただただ思い違いをする相手を黙らせるために己の思いを叩き付ける。

 二人の間に割って入ろうとしながらも、そのどちらの言い分も理解できてしまうハルトは、力ずくで二人を押し留めるという事がどうしても出来なかった。フィガロの指示に従って、モジュールに残った学園の生徒達全員を避難させることこそが最善だと、理屈の上では理解している。けれどハルトが撤退の提案を受け入れることが出来たのは、結果として自身が大切な人を失っていなかったからだ。もしもあの時ショーコが本当に殺されていたら。今ミツルと殴り合いを演じていたのはライゾウでは無く自分だったかもしれないのだ。

 三者三様、それぞれの思いを持って繰り広げられる、不毛な仲間割れ。

 互いの主張が平行線のまま、いつまでも続くかと思われたそれを止めたのは―――有無を言わせぬ、物理的な衝撃。

 

 

 

 

 再び、轟音と共にモジュールが揺れた。

 

 

 

 

 咲森学園の廊下に立ったエルエルフは、足元を揺らした衝撃に満足気な表情を浮かべる。

 揺れの原因は、宙港に入港しようとしていたARUSの戦艦が座礁したこと。さらにその状況を作り出したのは、エルエルフが宙港エリアに仕掛けた爆弾。

 数十キログラムの火薬を三か所に分散して配置、咲森学園の制服に補強がてら仕込んでいた二百メートル分のリード線と、兵士の死体から拝借した三つの無線機から、簡易的な遠隔起爆装置を作ってそれぞれ繋ぐ。手元に残した四つ目の無線機から立て続けにコールすることで、宙港エリアの手作り爆弾に時間差で火花を走らせたのだ。

 一点に集中させて戦艦を沈める必要はない。爆弾の分量から見ても、大気の無い宇宙空間では不可能だ。

 戦艦の操舵主が爆発に驚いて舵を切る方向を間違え、港に突っ込んでしまえば良い。

(こうも簡単に引っかかるなど、普段から腑抜けた演習しかしてこなかった証拠だ。練度評価、判定E)

 憎き恩師の口癖を真似ながら、敵国の操舵主に辛口の判定を下す。普段通りの戦闘で、普段通りに圧勝し、普段通りに生存する。最早ルーチンワークとなりつつある戦闘のプロセスを踏むことで、冗談を言えるぐらいには心の余裕を取り戻したらしい。

 そう、ARUSの陸戦部隊から逃れてからここまでは、何もかもがいつも通りだ。自身の身体に不調は無いし、何時の間にか負っていた腕の傷も、すでに手当てを済ませて気になるような痛みは無い。

(唯一、あいつらだけがイレギュラーだ)

 思い浮かべるのは、赤と白の巨兵。そしてそれを操る、二人の男子生徒。時縞ハルトと、草蔵ミツル。

 未だに信じがたいが、時縞ハルトは心臓の損傷という致命傷から回復したのみならず、エルエルフの意識を奪って思うがままに操った。そして、草蔵ミツルも恐らく同レベルのことが出来ると見て良いだろう。

(だが、俺の前で弱みを見せた。感情がある以上、操るのは不可能ではない)

 エルエルフがこれまでの短い時間で見て来た二人の像は、ヴァルヴレイヴの操縦技能を除けばどこにでもいる民間人そのものだ。

 既に二人を“説得”する為の段取りは整った。後はそれを言葉にするのみ。

 意を決して、エルエルフは眼前の扉―――ハルトとミツル、そして見知らぬ二人の男子生徒が口論を繰り広げていた教室の扉を開ける。

 揺れに驚き動きを止めていた四人の視線が一斉にエルエルフに向けられ、そのうち二人が驚きに目を見開く。

 普通の人間となんら変わらないそのリアクションに、エルエルフは確信を強める―――こいつらは、決してただの化け物では無い。自分の“駒”に成り得る化け物だ、と。

 

(時縞ハルト。草蔵ミツル。何時の世も、怪物を利用し、打倒するのは人間だ。お前達が倒れるまでの間、その力、俺が存分に使ってやる)

 

 




リヒャルト「今日から高校デビュー! 中学までのやんちゃな俺とはオサラバして、理系の知的な男子として生きるんだ!」
カイン「ちょwww今日来たあいつ中学まで暴れ過ぎwwwwwブログに名前晒されてるwwww」
クリムヒルト「うわwwwツィッターでも厨二発言ばっかwwwwwww」
リヒャルト「おのれ情報化社会ィィィィィッ!!!」

 実は優秀だったミツルのスペックと、実は暴れん坊だったリヒャルトの恥ずかしい過去暴露回。
 こういうキャラの設定を煮詰めた部分は書くのがすごく楽しいです。おバカさんや俺TUEEE!なキャラだと特に。
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