V's If-Story:ScalePowder of WhiteMoth 作:よしおか
教室の入り口に立つその姿を見て、ミツルは今度こそ思考を止めた。
何故、お前がここに居る。捕まった筈ではなかったのか。
何から言えば良いのか解らずに固まるミツルに代わって、口を開いたのはハルトだった。
「エル、エルフ……!?」
そこに立って居たのは、紫の瞳に冷たい光を湛えた銀髪の少年、エルエルフ=カルルスタイン。
「お前っ……なんでここに、ARUSに捕まった筈だろ!?」
「あの程度、拘束にもならん」
そう言ってエルエルフが手頃な机に向かって放り投げたのは、武骨な無線通信機。最初、ミツルもハルトもそれが軍用の物であると思い至らなかったが、机に落ちて一度バウンドしたその本体に刻まれた英語の文字、そして漏れ聞こえてくる軍用回線から、それがARUSの兵士が本来持っているべきものだと気付く。
そこまで気付いたのならば、エルエルフの着用する制服、その袖口を赤く染める液体の正体に気付かない訳が無い。
―――この男は、自らを拘束していた兵士たちを殺害して、ここに辿り付いたのだ。
「てめえ……ドルシアの兵隊か!」
「な、こいつが!?」
ARUSに捕まっていた、というキーワードからエルエルフの正体を察したライゾウ―――短絡にも程があるこじつけだったが、今回ばかりは正解だった―――が、遅れて気付いたアリヒトと共に肩を怒らせてエルエルフに向かう。
「駄目だ二人とも! 待っ―――」
二人がエルエルフを捕まえる気なのだと察したハルトが、慌てて声を掛ける。彼の身体能力、何より殺人の技能がどれだけ優れているかは、ハルトが“身を以て”知っている。
しかし、制止の声は一瞬の差で間に合わず。
ごっ、と鈍い音を上げながら、二人は床に崩れ落ちた。
「あ―――アリヒトぉっ!?」
悲鳴染みたミツルの声。目の前で級友を手に掛けられて思考が固まったその一瞬の後、教室に乾いた銃声が響く。
その音にぎょっと身を竦ませたハルトが目を遣れば、エルエルフが構えた小さな拳銃から、硝煙が立ち上っている。
まさか、と思った次の瞬間、傍らに立っていたミツルが膝から崩れ落ちた。
「ミツルっ、どうし……うっ!?」
足を竦ませ動けないまま、ハルトはミツルを見遣り―――その光景に絶句した。
教室の床に倒れたミツルは、喉元を手で押さえようともがきながら不規則に身体を震わせていた。成長期を迎えてようやく形が出て来た喉仏を銃弾で割り砕かれ、気道と食道を纏めて貫通した風穴から止め処無く血が流れだす。出血と、呼吸が出来ないショックで全身を痙攣させながら、その瞳孔がゆっくりと開いて行く。やがて力尽きて痙攣が収まった頃―――怪物となった彼の身体が、その驚異的な治癒能力を発揮した。
「か、はっ! げっほ、ぇほっ!」
破損を訴える細胞から伝わる、焼けるような熱を伴う激痛。喉元でみちみちと肉が蠢く不快な感覚と共に細胞が癒着し、今しがた付けられた傷が瞬時に完治する。気管に溜まった血を咳と共に吐き捨てるミツルを見て、エルエルフは目を細めた。
「やはり、お前も不死身か」
「けほっ……お、お前……!」
鉄の味がする液体を口から追い出し、荒くなった呼吸を整えながら、目に涙を浮かべてエルエルフのふてぶてしい顔を
(こ、この野郎、息するついでみたいに人の首を撃ちやがった……!?)
常人の感性ならば考えられない行動。それ自体もだが、何よりそんなに簡単に人を殺しておきながら、動揺の一つも見せないエルエルフという人間に、ミツルははじめて恐怖した。
(ドルシア軍の兵士ってのは、こんなのばっかりなのか!? 俺達よりもよっぽど化け物じゃないか!)
先日彼と対峙した
そして、ようやく首の痛みが治まったミツルと、その流れるような殺しの
「時島ハルト、草蔵ミツル―――お前達のその力、俺に預けろ」
エルエルフは、そんな言葉を投げかけた。
「な……何を、言って……?」
その意味を理解できず、素っ頓狂な声で問い返すハルト。声こそ挙げていないが、膝をついて蹲ったままのミツルも似たような思いを抱いていた。
「俺の作戦に従って、ドルシアと戦えと言っている。そうすれば、お前達はARUSにも頼らずに生き延びることが出来る」
「ふ……ふざけんなぁっ! たった今、俺やアリヒトをっ……山田先輩を殺しておいて、どの口で言って―――」
「殺してはいない、そっちの二人は気絶させただけだ」
堪らず激昂しかけたミツルだったが、続けて放たれた言葉に慌てて床に転がるヤンキー二人に視線を向けると、微かにその口から呻き声が漏れ聞こえる。倒れ込んだライゾウとアリヒトがただ意識を刈り取られただけだと気付いて、ミツルは些かの落ち着きを取り戻した。
しかしミツルが落ち着くのも束の間、次の瞬間にエルエルフの口から飛び出したのは、突拍子も無ければ現実味も無い、とんでもない宣言だった。
「俺は、ドルシアを革命する。その為にはお前たちの力が必要だ」
訊ねても居ない事を聞かされて呆気にとられる二人。だがそんな勝手な言い分に黙っているわけには行かない。
「だっ、誰がお前なんかに協力するもんか! そんなの、僕達の知った事じゃない! 革命だか何だか知らないけど、余所で一人でやれば良いだろう!」
「だが、この状況ではお前たちにとっても好条件だ。断言しよう。お前達は俺と契約しなければ、いずれ一人残らず死ぬ」
「お前の言う事なんか信じるかよっ! 敵の癖にっ……俺を殺した癖に!」
理解できないエルエルフの言葉に反論を試みるハルトとミツル。特に、つい今しがた窒息と失血による死を体験したミツルが、それを齎した彼を信用できるはずがない。二人からすればエルエルフは、右手の銃口をこちらの頭に向けたまま、左の手で握手を求めて来ているようなものなのだ。応じたが最後、いつ
いや、不死である自分たち二人だけならまだマシだろう。しかしその銃口は、他の生徒や、このモジュール77全体にさえ向けられているのだ。ましてエルエルフは、その為人を知らないハルトとミツルにとって、敵国ドルシアの兵士でしかない。どうして彼の手を取ることが出来よう。
「信じる信じないは勝手だ。それは俺達の協力には何の関係も無い」
しかし、帰って来るのは氷のような声。
エルエルフにとって、『協力』という言葉は決して感情が絡む単語では無い。もしそうであれば、わざわざ二人を巻き込もうとさえ
いくら魅力的な戦力であっても、『こんな簡単な状況ですら感情で判断を鈍らせる無能』など、存在するだけで虫唾が走る。
エルエルフが差し出しているのは握手の手などという優しいものでは無く、あくまで頑丈な首輪。その手綱を握っているのは当然自分。そこにあるのは、埋めようも無い価値観の溝だ。相手の事を“信用”していないのは、エルエルフとて同じであった。
「第一、お前一人味方にしたところで、何が変わるっていうんだよ!」
「お前達二人がどう動くべきかを考えるのが俺の役割だ。まず俺にしたように、ARUSの議員の意識を乗っ取れ。そうすればARUSの軍隊を一部なりとも支配下に置くことが出来る」
ミツルの問いに、エルエルフは考案していた作戦の一部を語る。だがそれは、未だフィガロの目論みを知らないハルトからすれば信用を踏み躙る行為だ。
「そんなこと出来るわけないだろっ! あの人は、全員で生き残ろうって言ってくれた! そんな風に裏切るようなことをしなくても、フィガロさんは元々僕らを助けるために来てくれたんだ!お前なんかに頼らなくてもどうにかなる!」
「『商』の国の政治家が、打算も無しに人助けなどする訳が無いだろう。それに―――」
言いながら、エルエルフは窓際まで歩くと、嘲笑うように窓の外を指し示す。
つられて窓の外から校舎の正門を見遣ったハルトとミツルは、そこで起きている光景を見て言葉を失った。
「そんな甘いことを言っているうちに、お前達の協力とやらも立ち行かなくなるぞ。見ろ」
エルエルフが二人に見せたのは、先程までハルトの指示で動いていた避難の列。しかしそこには今、先程までの整然とした避難の様子はどこにもなかった。
「避難出来ないってホントですか!」
「救助艦が座礁したって聞いたぞ!?」
「おいっ、どうなってるんだよ!」
「ARUSは私達を助けに来てくれたんでしょう!?」
学年と出席番号順に並ばせていた筈の生徒達は散り散りになり、三々五々に非難の声を上げている。
「みんな、落ち着いてっ! 列に戻って、ちゃんと並んで!」
「先程の揺れの原因は現在調査中です! 皆さん、落ち着いてください!」
生徒達に取り囲まれるフィガロとリオンが一段高い所から皆を落ち着かせようと叫ぶが、その効果は薄い。先程学園内の全ての人間が感じた揺れは、正しく救助に当たる筈のARUSの戦艦が宙港で座礁したために起きたものだが、それがそもそも何故起こったのかを生徒達は知る術がない。結果、既にドルシアが態勢を整えて、再び攻撃を仕掛けて来たのではないかという疑念が広まっていた―――尤も、生徒達の中に紛れ込み、その疑念を最初に口にした“見慣れない銀髪の男子生徒”は、現在ハルトとミツルの目の前でいけしゃあしゃあと口上を述べているのだが。
「皆が……!」
「この学生たちの暴走。お前は、どう収める心算だ」
「それはっ、とにかくみんなを落ち着かせて―――」
「無駄だ。この状況で、確証も無くただ宥めすかすような言葉を誰が信じるものか」
ハルトが咄嗟に出した解決策は、ばっさりと切り捨てられる。実際にエルエルフの言う通り、もしもハルトが生徒達を落ち着かせようとしたところで、正確な原因も解っていないうちに不安に揺れる生徒達に「大丈夫だ」「敵はまだ攻めて来ていない」と言ったところで、それを信じる者はごく一部だ。そのうちにハルトが取れる手段は、ヴァルヴレイヴを使って「良いから落ち着け、黙って指示に従え」と生徒達を脅す事しか出来なくなる。
そうなれば最後だ。生徒達は自身を守護するハルトとミツルや、二人が協力するARUSを信じることも出来なくなるだろう。程なく内部から瓦解してしまうのがオチだ。
無論、この時のハルトがそこまで先を見通せていたわけでは無い。しかし、先日の戦闘でエルエルフが見せた驚異的な洞察力と、状況判断の能力。ハルトはそれを目にしている。結果、ひょっとしたらエルエルフの言う事が全て正しいのではないか―――そんな風に、自信を挫かれる寸前にまで追い詰められる。
しかし、それを信じない者も居た。エルエルフの予言染みた分析を見ていない、ミツルだ。
「船が座礁したんなら、ヴァルヴレイヴで引っ張れば良いだけだろっ!」
エルエルフを信用しておらず、また先の戦いで彼がハルトと共闘した―――一号機の“必殺技”の存在に気付き、それをハルトが使えるようにミツルを利用した―――ことを知らないミツルは、そう言って教室を飛び出す。生徒達が言っている救助艦の座礁が本当ならば、帰還後に第一校舎の裏へ運び込まれた八号機でどうにかできるかもしれない。一瞬遅れてそれに気付いたハルトも、ミツルの後に続こうと体育館へ向かう。
「待っ、ミツル! 僕も―――」
「時縞ハルト」
教室を出て行く二人を黙って見送るような素振りを見せていたエルエルフだが、不意にハルトに声を掛ける。
「お前の機体は第一校舎には無い。既にARUSの兵士が、体育館の方までヘリで移動させた」
「なっ!? な、なんでARUSがそんな事を……」
「決まっている。お前では無く、ARUSの兵士に使わせる為だ」
解りきったようなその言葉に、ハルトは愕然とする。
「止めないと……あれは普通の人が乗ったら―――!」
「もしも俺の力が必要なら、指を二本立ててサインを出せ。その瞬間から契約は成立だ」
ハルトが走り出す直前、エルエルフはそう言ってハルトにサインを示す。しかし、そのサイン―――人差し指と中指でブイの字を作った右手を見て、ハルトは馬鹿にされたような感覚を覚えた。
「何がピースだ、平和のサインなんて!」
怒鳴るように吐き捨てると、ハルトは後輩を追って教室から飛び出した。教室に一人―――気絶しているサンダー組はカウント外とする―――残ったエルエルフは、自分が差出し、ハルトを余計に怒らせた右手のサインを見つめる。
無論、指を二本立てたハンドサインが、ジオールという国で平和を示す“ピース”のしるしとして、或いは勝利を示す“ビクトリー”のしるしとして扱われることを知らなかったわけでは無い。だがエルエルフとしてはそういった意味を込めた覚えは無く、単に指一本では何かの拍子に間違えやすいので、目立つこのサインを選んだつもりだったのだ。
しかしそれを見て、ハルトは直感的に平和のサインだと判断し、平和とは縁遠いエルエルフがそれを示したことに怒った。自分と彼らの間には、想定していた以上に大きな意識の隔たりがあったらしい。
「平和のサイン、か。つくづく合わないものだな」
嘲笑するように、鼻で笑う。やはり、ジオール人は好きになれそうになかった。
「あっ! ハルトっ、ミツル君!」
合流した二人は校舎から出ようという寸前、聞き慣れた声で名前を呼ばれる。ミツルはおや、と何の気も無く振り返り、ハルトはぎくりと硬直した。
息せき切って二人のもとへ駆け寄ってきたのは、ショーコだった。
「指南先輩? あれ、さっき避難したはずじゃ……」
「大変、大変なのっ!」
ミツルの問いを遮って、ショーコは二人に向き直る。切羽詰ったその様子に驚いたミツルは取り敢えず、彼女を落ち着かせる。
はいしんこきゅー、すってー、はいてー、すってー。
ふざけたノリではあったが、ショーコの混乱を収めることは出来たらしい。ついでに、自分よりも慌てふためく人間を見た故か、ミツルもまた先ほどエルエルフとの会話で覚えた苛立ちや怒りが幾分か和らいでいた。
「っとと、えーっとね……二人とも、さっきこの辺り、ARUSの兵隊の人達が通らなかった!?」
「ARUSの兵隊が?」
ショーコの問いに、ミツルはハルトと共に頭上へと疑問符を飛ばす。
「俺達、今ここに来たばかりで……」
ミツルの言葉に、ショーコはそんな、と俯く。何かあったのかと問いかけるミツルに、ショーコは至って真剣な表情で知らせる。
「女の子が、ARUSに連れて行かれちゃって……しかもその子、軍の回線から通信か何かのやり取りを聞いてたみたいなの!」
本日何度目か解らない驚愕に、ミツルとハルトは揃って顔を見合わせた。
話は、十数分前に遡る。
正門から第二校舎の廊下に人の姿を認めたショーコは、それがハルトでは無いと正確に見抜いた。いつも見ていたハルトの姿は窓の上辺に届くほど背が高くは無かったし、ミツルならば逆にもっと小さい。故に、第二校舎の出入り口から反対へ進み、上の階へ歩を進めるその人影は、避難の誘導を任された二人以外の人物が、何か意図を持って校舎の奥へ向かっているのだと判断した。
しかしそれは、ハルトとミツルの邪魔をする行為だ。せめてハルトの邪魔にならぬように呼び止めねば、と探しに戻ったのだが……果たしてショーコが見つけたのは、その長身の生徒では無く、空き教室の一角に設けられた奇妙なダンボールハウスだった。
「な……なにこれ」
一見するとうず高く積まれた段ボール箱のお化けにも見えるその物体は、しかしよくよく見ればホームセンターなんかで売っているプラスチックのフレームに段ボール紙を張り付けた代物で、その隙間からはパソコンのディスプレイなどから発せられる青白い光が見えた。
(ひょっとして、誰かが隠れ家にでもしてる?)
先程自分が見かけた人影は、この中に居るかもしれない。そう思い至り、ショーコはおっかなびっくりダンボールハウスに近付き、その様子を窺う。すると、下方に四角く切り取られた窓が開いており、その隙間は布製のカーテンで塞がれている。銭湯の暖簾のようなそれがこの巨大な段ボールの入口だと察したショーコは、四つん這いになってその中を覗き込んだ。
(……え?)
その中に広がっていたのは、生活感溢れる―――健康的とは言い難いが―――雑然とした部屋だった。飲みかけのジュースが入ったペットボトル、空になったスナック菓子の袋、床に座るヌイグルミに、脱ぎ散らかされた下着。
そんな中、一際ショーコの目を引いたのは、“田”の字の形に四つ並んだ大型のスクリーンと、それに向かう赤毛の―――マリエ程ではないが小柄な少女。背中が猫のように曲がっているので判り辛いが、座高から目測すると大体ミツルと同じくらいの身長だろうか。一心にキーボードをタップし、視線をスクリーンに固定しているので表情や顔立ちは見えないが、丁度自分の目の前であひる座りに畳まれている足は人形と見紛うほどに細い……部活動のせいか徐々に筋肉が目立ち始めてきて、最近ハイソックスで隠すようになった自分の足と比べてしまい、内心で少し落ち込んだのは内緒である。
(なんでこんな子が、こんな部屋の中に?)
先程自分が見かけた長身の生徒とは別人だろう。そもそもこの少女は咲森学園の制服すら身に着けていない。
様子を窺おうとしたショーコの耳は、少女の口から洩れた呟きを拾った。
「行ける……通った!」
何を、と思った瞬間、少女が見詰めていたスクリーン上で、網の目のように張り巡らされた線の上を光が奔る。
少女がアクセスしたのは、現在モジュール77の内部を飛び交っている通信電波の制御装置。即ち、ARUS軍の軍艦の通信システム。
驚くことに少女は―――ネット上のアングラ界隈で“
しかし、未だアキラの名を知らないショーコは名も知らぬ少女が何をしようとしているのか皆目見当もつかない。
何をしているのか、と問おうとしたその瞬間、彼女たちが居る場所が大きく揺れた。ちょうどこの時、ARUSの宇宙戦艦が宙港で座礁したのだ。
「きゃ!?」
「ひぅ!?」
小さな悲鳴が、連続して二つ。ショーコは突然の揺れに、アキラは自分以外の誰かがすぐ後ろに居たことに。
そして二人は真正面から目を合わせる。息を呑むようなアキラの声に固まったショーコは、目を見開いてこちらを見ているアキラに話しかけようと口を開く。
「あのっ、あなた学園の生徒よね? ここで何して……」
対するアキラの返答は―――
「あ、ぅあ、ひっ……きゃあああああああああっ!!」
絹を裂くような絶叫と、全力投擲されたワイヤレスマウスだった。
突如悲鳴を上げたアキラに驚いて身を竦ませたことで命中はしなかったが、ショーコの頭のすぐ上をプラスチック製のマウスが通り過ぎ、段ボールに当たってバゴッと鈍い音を立てる。
それだけに留まらず、アキラはショーコに背を向けるとそこらにある物を手当たり次第にスローイングしてくる。
「やぁあっ、うわあああああん!!」
「ちょっ!? ま、待って待って落ち着いてっ! 話聞いて……あいったぁ!?」
火が付いたように癇癪を起こすアキラが投げた小物入れが、ショーコの額に命中する。薄い皮膚を
「
貴生川と共に生き埋めになったり、マリエに痺れた足をつつかれたりと、この二日間ロクな目に遭っていない(二つ目については自業自得だが)ショーコは、新たに額に追加されたタンコブを押さえながら涙目で呻く。
もんどりうって空き教室の床に倒れ込んだショーコが痛みに悶えている間にも、ダンボールハウスの中ではアキラがどたばたと暴れている。やがて投げられるものが無くなると、そこでようやくショーコがダンボールハウスの入口から強制的にイジェクトされた事に気付いたのか、叫び声は途絶え、代わりに聞こえて来るのは荒い息遣い。それを確認したショーコは、身元不明の少女にもう一度声を掛けてみる。もう一度物を投げられては堪らないので、念のためハウスの外から。
「えっと、うちの学校の生徒だよね? 皆もう避難してるんだけど、ここで何して……」
「言わないで!」
次にアキラから発せられたのは、意味を成さない叫び声でも拒絶の言葉でもなく、必死の懇願だった。
「だ、誰にも、言わないで……あたしが、ここにいるの……!」
泣きそうなその声に、ショーコはアキラが本気で怯えているのだと悟る。ショーコを、というよりは、人と接することを、だろう。どんな経験をすればここまで他人を恐れるようになるのか知らないが、だからといってこんなに弱々しい声で頼み込んでくる相手にずけずけと踏み込むのは流石のショーコも躊躇われた。
しばし二人の少女は沈黙し、空き教室の中にはアキラのコンピュータから流れてくる音声だけが響く。
そういえばアキラが何をしていたのか聞いていなかった、と気付いたショーコは、せめてその音声が何なのか解れば、と意識を耳に集中する。
『こちらA7小隊、目標のロストを確認』
『駄目だ、尋問官は全員殺されてる』
『艦体後方にて火災発生、消火急げ!』
『くそっ、せめてあのロボットだけでも―――』
『こりゃ学生の移送は難しいぞ』
そこから聞こえてきた単語の幾つかが、ショーコの耳に引っかかる。
尋問官? それは軍隊の仕事だ。しかし今このモジュールに居るのはジオールの国防部隊では無く同盟国であるARUSの宇宙艦隊だ。
艦体で火災? 学園に残った生徒達を移送するために訪れていた宇宙戦艦の事?
学生の移送は難しい? “せめてあのロボットだけでも”?
(これ、もしかしてARUSの―――)
ショーコが胸中でその問いに答えを出す寸前。
「……逆探に反応アリ、発信元はここだ!」
そう言って、ARUSの陸戦装備に身を包んだ数名の兵士たちが、空き教室の中に雪崩れ込んできた。
ハル「お前に頼らなくても僕らで何とかしてみせる!(ただし如何すれば良いのかは分かっていない)」
エル「お前らの頭では無理だ、大人しく俺に従え(最終的に得するのは俺だけだがな!)」
ミツ「あいつ怖いあいつ怖いあいつ怖い(パニック)」
誰かこいつらの間に言語療法士を挟んでください。