V's If-Story:ScalePowder of WhiteMoth 作:よしおか
「それでっ、その子、またパニック起こして気絶しちゃって……しかも入ってきたARUSの人達、『モジュール77の情報をドルシアに流したかもしれない』とか言って、連れて行っちゃったの!」
「そ、そんな目茶苦茶な話があるかぁっ!? 俺ら、そんなん一言も聞いてませんよ!」
話は再び現在に戻って。ショーコの話によると、どうやらその女子生徒は、モジュール77への奇襲を手引きしたスパイであるという疑惑を掛けられてしまったとの事。
ショーコも止めようとはしたのだが如何せん相手の言い分も百パーセントが嘘とは言えず、担がれるようにして連行される女子生徒を前に立ち尽くす事しか出来なかった。
「けど、こう……なんか、絶対に違う気がした。あの子、そんなことするような子じゃないよ!」
ショーコの主張に、ハルトは一度信じると決めたARUSへの信頼が揺らぐのを感じた。
そして、そこに追い打ちとなる情報が追加される。
「ホントに何考えてんだARUS軍は……あ、そうだハル先輩! ヴァルヴレイヴの武器の話、ARUSから何か聞いてましたか!?」
「武器?……いや、僕は何も……」
「それじゃあやっぱり、先輩にも俺にも内緒で―――!」
顔色を変えるミツルに、ハルトは訝しげに何があったのかと尋ねる。何事かを逡巡したミツルの目は、次の瞬間には、何時か見た厳しい眼差しになっていた。
「先輩、やっぱりARUSの連中、俺達に何か隠してますよ。俺がさっき教室に戻る時、あいつらヴァルヴレイヴの武器を持ち出すって言って、校庭で何か作業してました」
「そんな……!?」
モジュール77を捨てて逃げる以上、ヴァルヴレイヴの武器を持ち出すのは至極当然のことだ―――それが、パイロットであるハルトとミツルにしっかり伝わっているのならば。
そんな大事な情報が伝わっていない現状がおかしいことぐらい、軍隊のすることに疎いハルトにだって判る。
(エルエルフの言う通り、ARUSが僕らを助けるのには他の目的があったって言うのか……? ああもう、何がどうなってるんだ!)
思い返すのは、全員で生き残るために力を貸してくれと言って自分に握手を求めてきたフィガロの真摯な眼差し。この人なら信用できる、そう断じて手を取ったのはハルトだ。
「ショーコ、その無線、何て言ってたか覚えてる?」
「えっと……船が火事だ、誰か見失ったとか……あと、避難できないとか、ロボットだけでもとか……ねえハルト、もしかしてARUSの人達、私達を見捨ててあのロボットだけ持って行っちゃうのかな……」
「ロボットだけでも、って……!」
だがそのフィガロが指揮を執る同盟国の軍隊は、自分たちの与り知らぬところで蠢いている。不穏な内容が飛び交う無線を聞いたと言うショーコが、今この場で自分に嘘を吐く必要性などどこにもないのだから。
信じたいという思いと、疑うには十分な違和感だらけの行動。
考えた末に―――
「ミツル、ショーコと一緒に生徒会の人達集めて。僕は直接、フィガロさんのところに話をしに行く」
ハルトは、自分で直に確かめてから判断することに決める―――或いはそれは、問題を先送りにするための口実だったのかもしれないが。
ミツルのヴァルヴレイヴは後に回し、まずはハルトが一号機を確保。その間に、ショーコとミツルで生徒会のメンバーや各クラスの級長といった、現在の学園幹部たちを集めて現状を報告する。ひとまずそう決めて解散した三人は、その場で別れて行動に移った。
ショーコと共に生徒会室へ向かう途中で、ミツルはふと浮かんだ疑問を口にする。
「そういや指南先輩、何で電話とか使わないで、わざわざ直接俺達に話しに来たんスか?」
ショーコとばったり出くわした時、避難指示の連絡の為にミツルとハルトは互いのスマートフォンで連絡を取り合うように決めていた。どちらも電話を持っていたのだから、連絡しようと思えば何時でも出来たのだ。
「……最初は、ハルトにも連絡するつもりじゃなかったの」
少し間を置いて口を開いた時、ショーコは、ミツルが見たことも無いほど思いつめたような表情を浮かべていた。
「その女の子が連れて行かれちゃった時も、真っ先にハルトやミツル君に電話すれば良かったのに……怖かったんだ」
「怖い、って」
「もしかしたらハルト、電話に出てくれないんじゃないかなって。喧嘩して引っ叩くなんて、子どもの時以来だったから」
そこまで聞いてミツルは、目の前の少女がハルトと口論の末に手を上げてしまったことをようやく思い出した。避難の為のゴタゴタや、先程ショーコの方からハルトに声を掛けたことですっかり忘れていたが、思えばあれ以来二人はまともに話をしていない。少なくとも、ミツルの知る限りでは。
「ね、ミツル君。昨日からハルト、なんか言ってた? 私のこと怒ってたりとか……」
普段とは逆に、眉を八の字に曲げて不安げに問うショーコ。
いくら心の機微に疎いミツルと言えど、その表情が何なのかは容易に解った―――つい先程、自分だって同じことを考えていたのだから。
(相手に嫌われるかもって思ってたのは、俺やハル先輩だけじゃない。指南先輩だってそうだ)
ことハルトとショーコの仲について、親しいと言っても当事者でない以上、所詮自分は部外者だろう。けれど二人には仲良くしていて欲しい。思わずミツルは、ショーコの手を取っていた。
「指南先輩。ハル先輩のこと、信じてあげて下さい」
キューマの身体を乗っ取った状態で、フィガロとの会談から戻ったハルトを迎えた時。そのことに気を取られてはいたが、ハルトはその後、自分に対して身体を乗っ取ったことを詫びた。
サキから聞いた限りではハルト自身の意思はこれっぽっちも働いていなかったにも拘らず、ハルトは自身がやったことだと言ってミツルに頭を下げたのだ。
今回の事だって、ハルトの本心では無い。時縞ハルトという少年が面白半分に誰かを傷つけるような人間でないことは、ショーコ程ではないにせよミツルだってよく知っているのだ。
「ハル先輩は指南先輩に怒ってなんか無いッス。確かに昨日からハル先輩らしくないこと言ってるし、俺はその理由も知ってます。ただその、俺らも今何が起こってるのかよく解ってないんです。先輩だってきっと、訳分からなくてどうすれば良いか掴めてないだけに決まってる」
強く握り締められた手と、俯き気味な目から、ショーコはミツルが必死に言葉を探しているのだと察した。
そして、この直情気味な後輩がこうも頼み込んできているのなら、現在ハルトは本当に真剣に悩んでいるのだと。決して自分を嫌ってあんなことを言った訳では無いのだとも。
(単純だな、私……ハルトに嫌われてないって分かったら、なんかいきなり気が楽になっちゃった)
気付けばショーコの口元には常の笑みが戻っていた。一日下げていた口角が持ち上がると、どこか心も軽くなったような気がして、そんな単純な自分に呆れてしまう。
「だから、今の状態がどうにかなったら、ちゃんとハル先輩の話聞いてあげて下さい。お願いします……!」
「……うん、分かった」
その言葉に、ミツルは下げていた顔をぱっと上げる。視線を上げた時に見えたのは、普段目にしている勝気な少女の笑みだった。
「そうだよね! ハルトは昔っからうじうじ考えてばっかりだもん。私が引っ張らないと!」
そう言って握った拳を掲げるショーコの姿は、ミツルが四月から見て来た姿そのものだ。
ショーコの方から歩み寄ろうとするのならば、後は自分が口出しすることではない。きっとこれで、ショーコとハルトは大丈夫だ。
そう確信したミツルは、先程よりも幾分か前向きな心で、意気揚々と歩き出すショーコに続いた。
「いよぉーっし、待ってなさいよハルト! あのふざけた台詞の理由、包み隠さず吐かせてやるんだからっ!」
……きっと大丈夫である。うん、きっと。
体育館裏にたどり着いたハルトが目にしたのは、図らずも自身の愛機となった赤の巨兵、ヴァルヴレイヴ一号機『火人』。
そしてその周囲に立つ、フィガロを始めとしたARUSの大人たちだった。
「フィガロさんっ!」
「やあハルト君、ちょうど来たところだったか」
ハルトの姿を認めると、フィガロはあくまでにこやかな笑みを以て出迎えた。
しかし、頭上に見える一号機のコックピットに数人の人影があるのに気付いたハルトは、血相を変えてフィガロに詰め寄った。
「何をしてるんですか!? ヴァルヴレイヴはジオールの―――」
「だが、君をもう戦わせないと決めた以上は我々がやるのが筋というものだろう。大丈夫、彼はアンダマン戦役で七機撃墜のエースだ。腕前は折紙付きさ」
「やめさせてください、あれは危険なものなんです!」
「軍人なら、危険と隣り合わせなのは当然だよ」
「そうじゃなくてっ……!」
なおも食い下がろうとするハルトだが、顔面に笑みを張りつかせたフィガロはハルトの言葉に耳を貸さない。
そうこうしているうちに、パイロットスーツに身を包んだARUSの軍人―――数年前の戦争で敵を七機撃墜したというエースパイロットとやらが、一号機のコックピットへ身体を滑り込ませる。もう一人が検証用のカメラでその様子を撮影しており、その映像はフィガロの手元の通信端末にも表示されていた。
「これは……ガイドプログラムか? はは、ジオールらしいよ」
パイロットの男がそう言って指し示したのは、コンソールパネルに表示されたCGモデルの美少女。彼らの国でも、エースパイロットや精鋭の部隊が自分たちの戦車や戦闘機に美女と部隊章を図案化したマークを描き込むのは珍しいことではない。特にサブカルチャーや所謂“モエ”コンテンツの元祖とも言えるジオールなら、このぐらいの遊び心は不思議でもなんでも無い。
しかしハルトだけは知っている。
それは美女の誘惑などではなく、甘い匂いで引き寄せた獲物を捕らえて逃さない食虫植物。悪魔の囁きに乗ったが最後、体の構造を作り替えられて戦うための部品にされる、得体の知れない物体なのだと。
「マズイ……それに触らないで! 応じちゃダメだっ!」
ハルトの必死の叫びも空しく、画面の向こうの―――コックピットに陣取ったパイロットは、コンソールパネルの起動ボタンに手を掛ける。
次の瞬間―――
―――ア ナ タ マ チ ガ エ―――
馬鹿な男を嘲笑うように口角を釣り上げた画面の美少女が、パイロットを指さした。
「えっ?」
思わず間の抜けた声を上げたパイロットの首元に、背もたれのヘッドレストからアームが伸びる。ハルトやミツルが乗った時と同じように首元に押し当てられた先端のギミックから、パイロットスーツを貫通して針が撃ち込まれ―――
「がはっ!……あ、ぁぁぎゃぁああああああああっ!?」
ショックに仰け反るパイロットの身体が、グネグネとうねり始める。パイロットスーツ越しに身体が膨張と収縮を繰り返し、おおよそ人間の体の構造を無視して、粘土のように形を変えているのだ!
「ひいいっ!? お、おい……!?」
「ぐがぁぁぁぁ、ぁ、た、たずげ―――」
傍らでカメラを構えていた同僚に救いを求めるその言葉を最後まで言い切ることなく、ヘルメットのバイザーが真っ赤に染まる。彼の頭があった位置が、ヘルメットの内側で弾け飛んだのだ。
「バカな!? い、一体何が起きた!」
「僕の時と違う……!?」
凄惨、と言うにも生温い一部始終を画面越しに見て、驚愕の声を漏らすフィガロとハルト。
二人は知らなかったが、古来よりヴァンパイアの伝承には必ず、その不死の力を手にしようとする人間の逸話が付き物だ。
しかし彼らを待つのはいずれも破滅的な最期。力に選ばれなかった“成り損ない”は強大なヴァンパイアの力に体が耐え切れず、生きながらにして身体が崩れて朽ち果てるという、想像を絶する苦痛の中で心を毀され―――遂には、血と肉が詰まっただけの皮袋に成り果てる。
ハルトとミツルは選ばれ、ARUS軍のエースパイロットは選ばれなかった。物語や言い伝えを再現するようなその光景は、既に古い伝統から離れた現代の人々には残酷過ぎた。
(僕らの時は平気だったのに……いや、僕らは“殺されなかった”のに!?)
ハルトが視線を上げた先では、カメラや記録機器を持っていたARUS軍の兵士たちが混乱と恐怖に顔を歪ませながら、這う這うの体で一号機のコックピットから逃げ出してくるところだった。
そこに、幾度目かの衝撃が彼らを襲う。
「うわああっ!?」
先程までの小さな揺れとは明らかに性質の違う、一方向から横殴りにされるような大きな揺れ。その場にいた者達は、堪らず地面に膝をつく。
「おいっ、今の揺れは何だ! 敵が戻ってくるのはまだ先の筈だろう!?」
手近な兵士に詰め寄り、余裕を失くした表情で怒鳴り散らすフィガロ。その言葉からハルトは、今の揺れがドルシア軍が再度、攻撃を仕掛けてきたことで起きたものだと悟る。
(もう敵が戻ってきたのか!? くそっ、今からモジュールの外に出て間に合うのか……!)
今からでもヴァルヴレイヴで打って出るべきか。それとも避難に専念するべきか。どちらを選べばよいのか迷うハルトの耳に、信じがたい言葉が降りかかってきた。
「わかった、学生たちは置いて行こう」
は、と思わず間の抜けた声を上げてしまったハルトは、傍らに立つフィガロに緩慢な動作で視線を向ける。それほど、フィガロの声で放たれたその言葉は、今のハルトには理解しがたい物だった。
だがハルトの視線など構わず、フィガロは無線機でいずこかへと連絡を取り、早口で指示を出している。
「サブのゲートに高速艇を用意させろ。我々とロボットの分だけで……ああそうだ、学生たちの事は考えなくて良い」
「何を、言って……」
驚きに目を瞠って言い縋るも、フィガロは知らない顔だ。計算の狂いによって余裕を失った“
「あなたはっ、僕らを助けに来てくれたんじゃなかったんですか!? 皆で生き残ろうって―――」
「良いかいハルト君、物事には優先順位というものがある。今回は君らよりもこのロボットの方が順位が高かったというだけさ」
今度こそ、ハルトは言葉を失う。目の前に立つ男が何を言っているのか、理解できない。
そんなハルトにフィガロは憐れむような目を向けて、冷酷に言い放つ、
「親切やボランティアなんてものはね、所詮道楽なんだ。時間と金に余裕のある人間が、余裕の無い人間に分け与えて満足するためのゲームに過ぎない。助けるかどうかは、僕達が決めるんだ」
ようやく、ハルトは理解した。
目の前に立つ男は。ついさっき真摯な目で協力を請うてきたこの男は。自分が信じようと決めた、フィガロ・エインズレイは。
たった今、学園の仲間たちを裏切ったのだと。
「ふ……ふざけるなぁっ!!」
頭に血が上った勢いそのままに、フィガロに飛びかかろうとするハルト。だがその意図を即座に見て取った兵士たちによって取り押さえられ、地面に頭を押し付けられる。鍛えていても所詮は民間人。ハルトが手に入れた超人的な再生能力は身体の力そのものを底上げしたわけでは無いのだ。
「このっ、卑怯者! 大人が子供に嘘をついて、恥ずかしくないのか!?」
「全然。大人だからね」
ぎりぎりと押し付けられる痛みに耐えながら叫んだハルトの精一杯の罵倒の言葉は、涼しげな顔で流された。
「この―――ぐあっ!?」
なおも抵抗しようともがくハルトの後頭部を、兵士の一人が銃床で殴打する。
サンプルなんだから傷をつけるな、このまま本国へ移送しろ、といった聞きたくも無い会話が頭上で飛び交う中で、ハルトは幼馴染の少女と、戦友である後輩に胸中で詫びた。
(ごめんショーコにミツル、しくじった―――!)
「あのねぇ草蔵君に指南さん。貴方達、一体全体何を言ってるの?」
ため息交じりに放たれた二ノ宮タカヒの言葉に、その場に居合わせた生徒達の大半は、うんうんと頷き、ショーコとミツルに白い目を向けた。
咲森学園の生徒会室に集められた生徒会役員、各クラブの部長、各クラスの級長を待っていたのは、現状を簡潔にまとめたショーコの言葉。
『ARUS軍は自分たちの知らない所で何事かを企んでいる。最悪、自分たちは見捨てられる。無線でそう言っていた』
「はい、会議終了ー。各自避難の列に戻りたまえー」
「ええええっ!? ま、待って! 待って下さいっ!」
言い終わったと同時にこの場の議長であるサトミが解散を宣言したのも無理はなかった。
「軍の無線なんてどこから聞いたんだよ。軍隊の無線通信って、民間レベルじゃ太刀打ちできないレベルで暗号化されてて盗聴なんてどだい無理だぜ?」
頬杖をついて得意げに語るのは、文化部長としてこの会議に参加したユウスケだ。彼のミリタリーマニアとしての名は学園に広く知られている。そのユウスケがショーコとミツルの意見を出鱈目と言い切ったことで、参加者たちもそうだそうだと同調する。
元よりドルシア軍の暴力的な振る舞いを見た後にARUS軍の友好的な態度に触れて、生徒達はARUSを全面的に信用してしまっている。そんな状況で、傍から見れば唐突且つ突飛なその言葉は二人と特に親しいキューマですら、すぐさま信じるには難しかった。
「本当ですっ、現に生徒が一人、連中に連れて行かれてます!」
先程ショーコから聞いた女子生徒の話を持ち出して、ミツルが反論する。
「調べもしないで、ドルシアのスパイかもしれないとか何とか言って―――」
「それこそ本当に、スパイだったんじゃなくて?」
ミツルの言葉を遮って、再びタカヒが声を上げる。
ハルトがドルシア軍に拘束された後、学園を制圧したドルシアの歩兵部隊の中に、カルルスタイン機関の特務隊―――咲森学園の制服に身を包んだ少年たちが居たのは周知の事実だ。
自分たちと同じ制服を着ていた彼らが敵国の兵士たちの指揮を執り、自分たちに銃を向けたのは、体育館に拘留されていた全ての生徒達が目にしている。
大方その中から今まで逃げ延びていた者が居たのだろうと決めつけて、タカヒはミツルの反論をばっさりと切って捨てる。
実際、その特務隊に殴り倒されてこれまた捕まっていたミツルは、ぐっと言葉を詰まらせてしまう。考えてみれば十分にあり得ることだからだ。
「そんなことを言うのなら証拠を示したまえ、証拠を。まったくこの忙しい時に……」
呆れたようなサトミの言葉を合図に、キューマを除く参加者たちは席を立つ。親しい人間以外に誰も自分たちを信じてくれないその状況は、ショーコを焦らせた。
(どうしよう!? このままじゃあの子が……それに、議員さんと話しに行ったハルトだって……!)
自分がどうにかしなければという思いばかりが募り、ぎゅ、とスカートの裾を握り締める。
だが信じて欲しくとも、ショーコとミツルが示すことのできる証拠は彼らの見たもののみ。物的なものはどこにもない。
(早く二人を助けないといけないのに……どうすれば良いの?)
落ち着いて考えろ、と自身に言い聞かせながら、ショーコは急速に思考を巡らせる。
現在自分がミツルと共にしなければいけないことは、ARUS軍の現状をこの場のメンバーに伝え、名前も聞いていないあの赤毛の少女を救出するための協力を得ること。しかも下手をすれば、そのために動いているハルトさえも救出の対象になる。そして、そうしなければ自分たちは見捨てられかねない。
(ともかくどうにかして信じてもらって、そうでなくても協力だけでもしてもらわないと―――あれ?)
そこでふと、ショーコは気付く。
今の今まで自分は、赤毛の少女を助けるために、ARUS軍が何かをたくらんでいることを知らせようとしていた。
それがすぐには信じられないことだということは重々承知している。実際に耳にするまで、自分だってそんなことは露程も考えなかったのだから。
(だったら、私と同じものを見たり聞いたりすれば、信じてくれる)
決して自分は嘘を吐いているわけではない。なら、見せることさえできれば、皆も否応なく学園を取り巻く現状を知る。
自分が今しなければいけないことは、見聞きしたものを信じてもらうことではない。
この場の主導権を握り、行動をさせることだ!
(その為には―――!)
改めて目的を得たショーコの思考は、普段の彼女からは想像もできない速度で―――否、常の如く幾つかのプロセスをすっ飛ばし、“周囲からは逆に回っているようにも見える、誰にも追いつけない速度”で回転する。
今この部屋にいるのは、生徒会役員を始めとした学園の幹部たち。
そして議論を重ねる時間がない現在、ショーコが取れる手段は一つ。幹部の中でトップに立つ連坊小路サトミに、行動をとらせること。
瞬間、ショーコは参加者が向かおうとしていた扉の前まで駆け寄る。
そして出入り口を塞ぐと手近な棚にあったカッターナイフを手に取り―――迷うことなく自分に向ける!
「しょ、ショーコっ!?」
「指南さんっ!? いったい何を―――」
突然の凶行に、キューマとタカヒが悲鳴じみた声を上げる。
二人だけではない。傍から見れば、突然ショーコが凶器を手にして出入り口を塞いだのだ。一体何を、と驚きの視線を向ける参加者たち。
突き刺さる視線に構うことなく、ショーコは至極大真面目な顔で宣言する。
「信じて貰えないなら、今この場で髪を切りますっ!」
「……は?」
凍り付いたと思った室内の空気は、次の瞬間には緩んで霧散した。
そんなことがあったのが、数分前の事。
『……まさか、あれで話が通ってしまうとは』
「言うな。俺もびっくりしてんだから」
会議の場に呼ばれていた一年三組のクラス委員長、宍戸ケイシロウとスマートフォンで通話しながら第一校舎へこっそり入り込んだミツルは、人目に気を配りながら一階の廊下を小走りで進んでいた。
「いい加減慣れたと思ってたけど、俺が甘かった。ほんとあの人底が見えねえ」
『あ、あはは……』
遠い目をしつつ、ショーコの凶行―――に見せかけた奇行を思い返すミツルに受話器の向こうで苦笑するのは、先程までの会議をこっそり生徒会室の外で聞いていたアイナだ。
ショーコがキューマ達を集めたと聞いて内容が気になり、サキと一緒に聞き耳を立てていたのだが、しばらく立って聞こえてきたショーコの断髪宣言に思いっ切りズッコケた彼女は生徒会室のドアに頭からぶつかってしまった。
そこから済し崩しに、生徒会室へ入ってきたアイナがショーコを止めようとしたり、普段何かと反りの合わないサキとタカヒが全く同じタイミングで呆れの視線を向けたりと騒ぎがあったのだが……
『わ、わかった! 信じるからやめろ指南!』
悲鳴に近いサトミの声を聴いて、ショーコ以外の全員がぎょっと目を見開いた。
その言葉を聞いた瞬間、我が意を得たりとショーコはサトミに詰め寄る。
『本当ですね!? 言質とりましたよ!?』
『あ、ああわかったから、だから女性が軽々しく髪を切ろうとするんじゃない!』
サトミが大きく頷くのを見届けて、やったーと叫びながらミツルとアイナ、そしてキューマにハイタッチを仕掛けるショーコ。
何やら訳が分からないうちに話が進んでしまった事しか理解できずに呆然とするミツルは、ひどく緩慢な動作でハイタッチに応じたことしか覚えていない。
「女子を人質にとれば生徒会長は嫌でも頷く……字面だけ聞くと完全に悪党の考えだよな」
『ま、まあ、それでもこうして、ショーコさんと草蔵くんの言う事も信じて貰えたんだし』
「解ってる……解ってるけどなんかこう、納得行かねえ……」
初心な割に気障ったらしい側面を持つサトミに交渉を挑むとき、最も有効的な手立ては何か。
答えは「女の武器」である。
色仕掛けに泣き落とし、手段は様々あるのだが、今回ショーコはもっとも過激な行動をとった―――自分の命を質にかけての脅迫である。
ショーコとしては、サトミの責任感と潔癖さからすれば、少しでも体に傷をつけるような素振りを見せれば慌てるだろうと思っただけだ。
当然だがそんな意図は周囲には伝わらず、ミツルでさえしばし呆れて溜息を吐いてしまった程だった。
だが大方の予想に反して、サトミは顔を青くしてショーコの意見を認めた。
結果、生徒達のトップに立つサトミがショーコの告発を是としてしまったことで、その場に集められていた生徒一同は、赤毛の少女を救出し、ARUSの企みを白日の下に晒す為に働かざるを得ない状況になったのであった。
『しかし、本当なのか、草蔵? 未だに信じられないぞ』
「つったって、あいつらが俺達の知らない所でなんかこそこそしてるのは事実なんだ。俺だって信じたくないけどさ……」
グループ通話システムで数人の生徒と同時に話しながら、ミツルは苦虫を噛んだように口元を引き結ぶ。
未だハルトからの連絡はない。電話をかけても通じず、着信拒否になってしまうのだ。
(現に、あの議員と話しに行った先輩は連絡が付かない。絶対に何かあったんだ!)
心中で広がる不安を抑えながら、ミツルは愛機のもとへ急ぐ。確保されていれば、奪わなければならないのだから。
「一階の端に着いた。委員長、そこから見えるか?」
校舎の端に辿り付いたミツルは、そのままスマートフォンで数人の生徒―――第三校舎の上の階から、校舎を一つ挟んで向こうの第一校舎を双眼鏡で眺める者達に問う。
『ロボットは……あそこだ。ええっと、正門に近い方に、すこし頭のところが飛び出して見える』
『こちら第二校舎三階、ロボットの回り、やっぱり兵隊さんが居るよ』
「くそ、やるしかないか……!」
双眼鏡はオタク部からの提供。連絡網はスマートフォンの通話アプリ。
目指すは数時間前に第一校舎の裏へと移動させた、ヴァルヴレイヴ八号機。
そして、実働部隊は不死身の肉体を持つミツルただ一人。
有り合せの物と人員で、二度目のヴァルヴレイヴ奪還作戦が動き出した。
フィガロ「騙して悪いが、仕事なんでな」