V's If-Story:ScalePowder of WhiteMoth   作:よしおか

18 / 23
※今回の内容について感想欄で、八号機と重機の力関係がおかしいと言うご指摘がありました。
 現在該当箇所を修正したものを書いておりますので、今回の話は近日中に内容を変更します。
 申し訳ありません。


第十七話 二度目の奪還劇

(このタイミングで私の機体を持ってくるか。いよいよグスタフ閣下は謀られたと見るべき……なのか?)

 バァールキート級機動戦艦『ランメルスベルグ』の艦載機ハンガー。そこの小窓から見える外壁部に係留されたものを見て、リヒャルトは溜息を吐いた。

 整備兵達が急ピッチで最終チェックを行っている巨大な代物は、対霊長第零小隊の指揮官機―――即ち、リヒャルトの専用機としてチューンが施された、イデアール級機動殲滅機だ。

 オーバーホール中であったそれを、本来グスタフの後詰としてやってきたカインが支援物資と共にわざわざ運搬してきたということなのだが、些かタイミングが良過ぎるように感じてしまうのは流石に自分の考え過ぎだろうか。

 ドルシアが保有するモジュールの一つで起きた小規模戦闘。旧王党派の残存勢力とやりあった際に、モジュール外縁部に据え付けられた電磁投射砲で不覚にも持って行かれた右腕は、新品の複合武器腕が取り付けられている。技術局に押し付けられた癖のあるイロモノ装備だが、そのイロモノに慣れ親しんだリヒャルトにとっては無くてはならない物だった。

「隊長。第零小隊、総員出撃準備できました」

 リヒャルトの背中に声を掛けて来たのは、新たに副官となった男性軍人、マリオ・クロコップだ。

 振り返ったリヒャルトに、まだ若いマリオが向ける視線は険しい。

(無理も無いか)

 先程ブリーフィングルームで、初となる部隊の顔合わせを終えた時にも向けられた視線だ。そこに込められた感情は、不信。新たにリヒャルトの部下となった彼らは、戦場でヴァルヴレイヴの性能を目の当たりにしている。マリオが元々いた部隊の隊長も、あの忌々しい紅白の人型に撃墜され、戦死したのだ。

 そんな中、只一人あの戦場に居なかったリヒャルトが彼らの新しい上司となったのだ。参戦できない理由があったとはいえ、自分ならば理解できても納得はしないだろう。

 対ヴァルヴレイヴの特殊部隊とは言いつつも、その出だしは、確実に足並みが揃っているとは言い難かった。

(いや、だからと言ってへこたれている場合じゃない。ミスは戦功で帳消しに。不信は働きで以て拭う。今までもそうして来た筈だ)

 彼らが自分を信じないと言うのなら、信じたくなる働きをしてみせよう。嘗ての自分とて、己が持つ暴力を以てストリートで生き延びたのだ。

 実力無き指揮官に、ついて行く者は居ない。それは自分が良く知っている。ならばこの部隊を纏めるためには、まずは実力を示そう。

「第一陣の艦隊強襲が成功次第、我々も出るぞ。隊の総力を以て奴らの首を獲る。各員遅れるなと伝えろ」

 強く断言するリヒャルトの眼力に呑まれてか否か。マリオが多少、後ずさったように見えた。

 

 

 

 

 目を覚ましてからしばらくの間、自分が拘束されたと悟ったアキラは狂ったように暴れていた。

 年頃の少女が恥も外聞も無く、後ろ手に縛られているにも拘らず悲鳴を上げてばたばたと暴れるその姿はお世辞にも見ていて気分の良い物とは言い難く―――そんな事を本気で言う奴が居たらそいつは重度の変態だ―――彼女を監視していた兵士たちは途方に暮れてその姿を黙殺していたが、やがてアキラは不規則な音を立てながら苦しそうな息遣いを始める。ひっ、ひっ、と不安を掻き立てるその音が極度のストレスから起こる過呼吸だと悟った兵士たちは、慌てて一人の人物を呼んだ。

「はいはい一体どうし……オゥ、ノー。なんてこった」

 現れたのは、工兵部隊の第六班を纏める女性工兵。監視の兵士達から連絡を受けて持って来たビニール袋をアキラの口に押し当てて身体を起こすと、がたがたと震えるその背中を強めに擦る。本来過呼吸に対して紙やビニールの袋を用いた応急処置と言うのは窒息のリスクもあり決して正しくはないのだが、女性工兵はこの時に注意すべき『隙間を作って急激な二酸化炭素の吸引を防ぐ』というポイントをしっかり押さえていた。口だけを袋で覆われたアキラはぜーはーぜーはーと荒い息を繰り返すと同時に、鼻から新鮮な空気を吸い込む。

 五分ばかりそうしていただろうか。十数秒おきに袋を口から離し、ゆっくりゆっくりと呼吸を和らげて行ったアキラは、それまで見えていなかった周囲の様子に目を向け始めた。

 狭く、窓も小さい室内。学園の監視カメラをほぼ全て掌握するアキラですら見たことが無い場所……いや、足元にあるのは体育の授業で使うマットだ。ならばここは、体育館の用具室か更衣室あたりだろう。アキラがネットワークに精通していたとて、WIREDやデジタルなものと遮断された場所まで彼女の目が届くことは無い。

(し、知らない場所……知らない大人……やだ、やだよぅ……)

 きゅ、と目を瞑って恐怖に耐えるアキラ。不意に、震える背に手が添えられて、びくりと肩を強張らせる。驚いて視線を向けると、先程アキラの口に袋を当てていた女性工兵の笑顔があった。

「落ち着いたかい?」

 努めて優しい表情を浮かべる女性工兵だが、アキラはその問いに応えず、背中に当てられていた手を振り払う。

 つい今しがたARUSの工兵―――自分たちに拘束されたのだから当たり前だが、それにしたってこの怯えようは何だ、と工兵は未だに震える赤毛の少女に目を向ける。

 小柄で猫背。肌も白く、全体的に線の細い女の子だ。

 先程一緒に居た茶髪の女子とは全然違った印象だし、その前に少し話をした草蔵ミツルともまた違う。ここまで頼りなさげな少女に怯えの目を向けられると、不思議とこちらが悪者に思えてくるから不思議なものだ。

(こんな子が、うちの通信回線にハッキングだなんてね)

 果たしてこんな肝の小さな少女が、敵国と内通など出来るのだろうかと疑問を抱く。しかし、現在自分たちの指揮を執るフィガロと、その意を受けた艦隊司令が、彼女をスパイだと判断し、捕えるように命令を出した。この少女の正体を決めるのは自分では無い。

 女性工兵はそうしてアキラから視線を逸らし、室内には沈黙が降りる。そうこうしているうちに、扉の向こうからがやがやと喧しさが近付いて来た。

 何事か、と二人は歩哨が立つドアの方を見つめる。アキラは怯えた顔で、工兵は怪訝な顔で。

「ほらっ、大人しくしてろ!……おい、追加だ!」

 そう言って開いたドアから放り込まれたのは、監視カメラの映像やWIREDに流出した写真で、二人が既に何度か目にした少年。赤いロボットを駆るスーパー高校生、時縞ハルトだった。

 自分と同じ咲森学園の生徒がやってきたことに、普段の自分の人見知り具合も忘れてアキラは一瞬だけ安堵する。が、その両手が自分と同じく後ろに回っているのを見て安堵はそのまま落胆へと転じた。

 乱暴に突き飛ばされたハルトは受け身を取ることも出来ずに顔から床に突っ込み、うごふ、と不細工な悲鳴を上げる。敷きっぱなしになっていたマットに助けられて負傷はしなかったが、マットはちょっとかび臭かった。

「あいっててて……って、君は?」

 しばしの間痛みに顔をしかめていたハルトだったが、何とか態勢を立て直すと、その視界の隅にアキラの姿を捉える。

「あ、もしかして君が、ショーコが言ってた?」

 赤毛の小柄な女の子。ショーコから聞いていた特徴と合致するその姿に、彼女こそがARUSの通信にハッキングを仕掛け、さらわれてしまった女生徒なのだと察するハルト。

 問いを向けられたアキラはこくこくと小さく頷き、ハルトの声に答える。見たところ外傷も無く、特に乱暴に扱われていたわけでは無いことにハルトはほっとするが……

「はい、なーに普通に話してるのかなっと」

「んむっ!?」

 アキラの傍に居た女性工兵によって手早く猿轡を噛まされ、それ以上の会話は出来なくなる。

 むーむーとくぐもった声を上げながら抵抗するハルトであったが、噛まされた猿轡が外れる気配は無い。

「あの、曹長。そっちの女の子は口塞いでおかなくて良いんですか?」

 腕と足だけを縛られたアキラを見て歩兵の一人が訪ねる。先程金切声と共にばたばたと暴れられたばかりなので、せめて大声は出さないで欲しいなという気持ちからの質問だったのだが、女性工兵は歩兵に白い目を向けると、げんなりとした溜息を吐きながら答える。

「……猿轡つけて、また暴れて過呼吸起こさせろってか? あたしゃ御免だよ」

 そう言われると歩兵たちは何とも言えず、ドアの近くに戻るのだった。

(にしても、あのロボットのパイロットもこうなっちゃただの子どもか)

 拘束から逃れようと動き回っているうちにすっ転んだのだろうか。マットの上で芋虫のようにもぞもぞともがくハルトの姿はどう見ても年頃の少年そのもので、とてもあの超兵器の担い手だとは思えない。なんというかこう、覇気とか貫禄というものが決定的に欠けている。

 天才的なハッカー少女と、天才的なパイロットの少年。

 身の丈に合わぬスキルを持つ二人の姿に、女性工兵は先ほどミツルとの会話の中で抱いた疑念が大きく膨らむのを感じていた。

(ジオールの国防軍は、いや、ジオール政府は、何を考えてこの子たちに戦う力を与えたんだ?)

 彼女のその疑念に答えが示されるのは、もう半年ほど先の事である。

 

 

 

 

 学生たちに知られぬまま、ARUSの手に渡った二機のヴァルヴレイヴ。一号機はヘリによって体育館裏へと運ばれ、八号機は第一校舎の付近に吹き曝しのまま放置されている。もっとも吹き曝しと言っても、直径十キロメートルの巨大な天蓋に覆われたモジュールで、その言葉が正しく機能するのかは甚だ疑問ではあったが。

 八号機を監視するべく歩哨として立っていたARUSの兵士たちは、体育館側から聞こえてきた歌を聞いておや、と宙を仰いだ。

 古めかしい言葉遣いの詞と、伴奏を伴わないア・カペラで奏でられるそれは、咲森学園の校歌だ。

 一つ一つの声は小さくとも、そこに集まる学園の生徒数は、優に二千人を超えている。元々この学校は、嘗ての日本からオセアニアという広い地域の学生たちが厳しい試験をパスして進学してくる学校。襲撃で少なくない死者が出たとはいえ、本来ここに居た学生は三千人以上だ。故に、数百メートル離れた場所まで流れてきたその歌声は、十人や二十人が歌うような弱々しい物などでは無かった。

「校歌斉唱ねぇ。ハイスクールの卒業式以来だな。軍に入ってから地元にも戻ってないけど」

「お前、マイアミの出身だって言ってたっけか」

「ああ。エバーグレーズなんか夏場に行くと涼しいもんだよ。そういうお前はサルバドールだっけ?」

「おうよ、これでもガキの頃は未来のワールドカップ選手なんて言われてたんだぜ」

 若々しい歌声に感化されたのか、二人の兵士は自分の幼い頃と、短い休暇にも帰っていない故郷に想いを馳せる。

 軍人になってからというもの、来る日も来る日も訓練と任務の繰り返しでロクな休暇も無かったが、この辺鄙な場所で緊張感の無い任務に着いたのは休暇の代わりと考えても良いのだろう。

 これで美女とビールがあれば言う事無しなんだがな、とぼやいていた彼らに、校舎の方から現れた人影が声を掛けた。

「すいませ~ん、一緒に写真撮ってイイですかぁ?」

 育ち切っていない甲高い声で声を掛けられて、二人は年甲斐も無くどきりと胸を高鳴らせる。

 そこに居たのは、咲森学園に通う女子高生が四人。ARUSのハイスクールではほとんど見かけない『学生服』に身を包む彼女たちは、屈強な二人の兵士にも物怖じせずに近付いて来る。

「あっちで他の子たちが、ARUSの皆さんにありがとうの気持ちを伝えようって言って歌をプレゼントしてるんです」

「そんでぇ、私達もお兄さんたちに何かできないかなーって思って!」

 先頭を切って話しかけたのは、髪を派手な色に染めた二人の女子生徒。多少遊び慣れている彼女たちは、週末に街中でイケメンを漁る時のテクを駆使して二人の兵士にモーションを掛ける。

 本来であれば、こういった色仕掛けと言うのは危険が付き物だ。まして彼女たちは単なる学生。もしも相手の男が所謂オオカミさんだったりしたら、そのまま貞操の危機に繋がるのだが―――

 

「あ、ああ、そりゃ有り難いなぁ!」

「い、いやぁ~こんな可愛いお嬢さん達に労って貰えるんなら何でも出来ちまうぜ!」

 幸いなことに。

 夏場は人混みよりも静かな湿地の自然公園に足が向かう草食系フロリダ人と、三度の飯よりもサッカーが好きなスポ根少年だったブラジル人の二人は、『今時のギャル』にすっかり呑みこまれてしまっていた。

 プラス、軍に志願してからこっち事務方や参謀といった知的な部署とは縁が無かった為に、職場の異性と言えば息をするように罵詈雑言が口から飛び出す屈強な女性である彼らにとって、年齢よりも幼く見える傾向のあるジオール人の、それも成人していない少女たちというのは、アングラで出回っている下品で違法な雑誌でしか見た事の無い人種……下心と言うのは、持つなという方が厳しいもので、尚且つ休暇だなんだと気が緩んだ時にこそ、ついつい外に出てしまうものであった。

 

「何でもってそんな大げさな~!」

「えーでも包容力ある大人ってイイよねぇ」

「ふふん、サッカーで鍛えたからな。体力仕事なら任せておきたまえよ」

「きゃー! 素敵ー!」

「いやいやお嬢さん方、最近の男は体力だけじゃ駄目だぜ? やっぱ顔がよくないと」

「ってそこは知性じゃないのかよ!」

「あははは、お兄さんたちマジウケるー!」

 そして、でれでれと鼻の下を伸ばす年上の兵士を前に、きゃいきゃいと姦しく騒ぎ立てる少女たちが内心冷めた気持ちで『うわコイツラちょろ過ぎ』とか思っているうちに。

 

 

「第一関門クリア。何とか最初の監視は抜けた」

『そこからもう百メートルぐらいのところで見回りの人が歩いてるから、しばらく隠れてやり過ごして』

 

 四階の窓から外の様子を窺うアイナと小声で連絡を取りつつ、彼らの背後をミツルが忍び足でこっそりと通り抜けたのであった。

 

 

 作戦としては、至極単純である。

 タカヒと、彼女が率いるゼロGバレエ部のメンバーが先導して、ARUS軍の前で出し物を披露。バレエを演じるのも良いが、それよりは学園の校歌か応援歌でも歌った方が、周囲も乗って来るだろう。歳の頃も相まってノリの良い咲森学園の生徒達の事である。歌っているうちに次々と飛び入りで参加してくるだろう。

 そして、数百人を超える合唱でARUS軍の目を引き付けているうちに、ハルトとアキラの救出チームは体育館へ。ヴァルヴレイヴ八号機の奪還チームは第一校舎へと急ぐ。

 職業軍人を相手に高校生たちが駆け引きやスニーキングを挑むなど無謀も良い処ではあったが、失敗すれば明日は無い。作戦に参加した生徒達には自然と気合が入っていた。

「つっても、上手く行くのかな……」

『草蔵くん?』

「ああいや、なんでもない」

 ついついこぼれた胸中の不安を受話器の向こうのアイナに聞きとがめられ、ミツルは慌てて口を噤んだ。

 もとより八号機奪還の成否は自分にかかっている。それぐらいはミツルも弁えているつもりだ。

 しかし、ヴァルヴレイヴの操縦以外はただの高校生である自分にどこまで出来るか、と問われたならば、やはりミツルは首を傾げる他無かった。

(相手はマジモンの軍隊、対して俺達はどこにでもいる高校生……いや、勝てる要因があるとすれば)

 それは、ミツルの不死の身体だろう。

 万が一銃撃を受けたとしても、ミツルだけならば死ぬことは無い。先程撃ち抜かれた首元には、既に傷一つ残っていなかった。

 しかしそれは同時に、不死身の身体を仲間たちに晒すことに他ならない。色々な葛藤がまだ整理できていないミツルとしては、何としても避けたいところだった。

 嫌な事を思い出して眉を顰めるミツルだが、そこから一つの可能性を思いつく。

 少し前に自分の首を拳銃で撃ち抜いた張本人―――エルエルフ。

(あいつは、俺達に『自分に従え』って言ってきた。もしかして、あいつならこの状況を―――)

 不意に脳裏を過った答えを、慌てて打ち消すミツル。冗談ではない。自分を一度殺し、仲間に手を上げたドルシア人を、どうして信じることが出来る。

(確かにすごい奴かもしれないけど、それでもやっぱりあいつは敵だ、敵!)

 頭を振って思考を切り替えたミツルは物陰に身を隠しながら、ようやく見えてきた愛機に目を凝らす。

 八号機は軍用トレーラーに固定された状態から、荷台ごとリフトアップされて垂直に立った状態になっていた。これが横向きになって地上からの距離もなければまだ楽だったのだが、無い物ねだりもしていられない。ミツルは手早く足場になりそうなものを探すが、あいにくと周囲は作業中のクレーン車と、その隙間を縫って歩く工員たちしか見当たらない。

(ああもうっ、どうしろっていうんだよ!)

 身を隠しているコンテナを殴りつけたい衝動に駆られながら、打開策を探る。

 せめてそのクレーン車のアームを八号機に直付けすることさえできれば良いのだが―――と、そこまで考えたところで、ミツルはあることに気付く。

(あの“乗っ取り”を使えば、兵隊に紛れ込むことは……!)

 怪しまれずにクレーン車を操る方法を、自分は持っていたのだ。

 サキによって図らずも体験する羽目になった、怪物の力。それを行使すれば良い。

……とはいったものの、思いついた手段をすぐ実行するには抵抗があった。

 だが、他に方法はない。

(……もし上手く行かなかったら、俺が怪物だってバレるかもしれない。おまけにヴァルヴレイヴを取り返せなきゃ、俺もハル先輩も実験動物扱いだ)

 それは、とてつもなく怖い。だが、どんなに可能性が低くとも、やらなければ全員助からないのだ。

(しっかりしろ、草蔵ミツル!)

 握った拳を、自分の頭に打ちつける。余計な考えを追い出せば、上手く行くような気がした。

(そうと決まれば……!)

 アイナに連絡を取って一年三組の生徒達を校舎から遠ざけさせてから一人で歩いている工員を見つけると、その後を追った。

 

 

 

 

 ハルトとアキラのところから戻った女性工兵は、現場の風景に違和感を抱いた。ほどなくしてその正体に気付いた彼女は、手近なところにいた若い部下を呼びつける。

「ちょっと、三番クレーンの位置がおかしいよ!」

「えっ? あ、ほんとだ!?」

 彼女が三番クレーンと呼んだのは、白いヴァルヴレイヴのすぐ脇で展開しているクレーン車だ。伸びたアームがちょうどヴァルヴレイヴの目の前を斜め四十五度に横切っており、とてもバランスの悪い状態になっていた。

「動かしてるバカはどいつだ、すぐにやめさせろ!」

 女性工兵が怒鳴ると同時に、若い工兵がそのクレーンへ近付く。つられて目を遣れば、そのクレーン車の運転席に座る人間は、スマートフォンを手にしている。

(話しながら作業をしてたってのかい!? 何年あたしの班に居るんだ、グズめ!)

 走って駆け寄ろうとしたその時―――

 

 ブォ、と勢いよくクレーン車が倒れ、アームの先端が学園の校舎へと突き刺さる。

 のみならず、ヴァルヴレイヴを乗せていたトレーラーを巻き込んで、白の巨兵ごと学園の校舎へもたれかかるように突っ込んだ!

 

「なああっ!?」

「い、言わんこっちゃない!!」

 作業の現場で起きた大事故に、工兵たちから驚きの声が上がる。女性工兵もまた、しばし呆然としていたが、一瞬の後に顔を怒りで真っ赤に染めて怒鳴り散らす。

「負傷者の確認急げ! あんたは破損個所のチェック! ついでにバカ野郎を引きずり出せ!」

「あ、アイ・マム!」

 烈火の如き上司の剣幕に、若い工兵は顔を青くしながら倒れたクレーン車に近寄る。だが彼らが呆然としていたその一瞬のうちに、クレーン車の運転席に座っていた工兵は何処かへと駈け出していた。

 事故を起こして、やばくなったら逃げようってのか! 女性工兵は軍人に、いや、常識ある大人にあるまじきその姿に絶句しながらその後を追う。やがて学園の校舎に入ったところで倒れている工兵を見つけた。

「あんた、どういうつもりだい!?」

 胸倉掴んで引き起こした工兵に向かって怒鳴りつけるが、部下の工兵はぱちくりと目を瞬かせる。

「あれ……は、班長? 俺、いままで何を……」

「何を、ってのはこっちの台詞だ! 寝ぼけてないで説明しろ!」

 女性工兵からすれば白々しくすっとぼける部下に、思わず拳を振り上げたその瞬間。

 

「あっ、お、おいお前!?」

「返してもらうぞ!」

 

 背後で挙がった声に、女性工兵は思わず目を遣り、そして見た。

 学園の四階の窓から飛び出したミツルが、校舎にもたれかかるようにして倒れ込むヴァルヴレイヴに飛び移ったのを。

 

 

 

 

 ハッチを閉じたコックピットの中で、ミツルはガッツポーズを取った。

「よっし、上手く行った!」

 ヴァルヴレイヴに速やかに乗り込むためには、どうにかして足場を確保すれば良い。しかも、出来るだけ自分が目立たない方法でだ。

 作業を行う工兵に紛れてトレーラーの荷台を下げることができればよかったのだが、物陰でミツルがジャックした身体の持ち主は生憎とクレーン車の担当だった。担当が違う以上、怪しまれずにと言うのはこの時点で無理だ。

 クレーンのアームを上手いこと操作して橋を作り、それを駆け上ってコックピットに乗り込むことも考えたが、それには抜け殻となった自分の身体をクレーン車にまで運び込む必要がある。なによりそんな剥き出しの不安定な足場を丸腰で駆け上がるなど無茶も良い処だ。不死身の身体が露呈する危険の面でも、リヒャルトの時のように背後から撃たれるのはもう御免である。

 よってミツルが、ジャックした工兵の身体を用いてとれた手段は―――クレーン車を使って別の足場にヴァルヴレイヴを近づけることだった。

 幸い、狭い場所で作業していた為か別の足場はすぐに見つかった。

 五階建ての第一校舎。そこに何とかしてヴァルヴレイヴを近づけてやれば良い。その為にクレーン車で出来ることはと言えば。

 

 ミツルはクレーン車でヴァルヴレイヴを殴り倒し、直立するその機体を斜めに転倒させたのだ。

 

 事前に連絡を取り、アイナやケイシロウを始めとした他の生徒達は第一校舎から遠ざけてある。だからこそ、ミツルは校舎を破損するような方法に少しだけ迷ったものの、仲間の被害を気にすることなく遠慮なしにやらかすことができたのだ。

 クレーン車を操作してすぐにミツルは工兵の身体のままで校舎へと走り、あらかじめ玄関付近へ寝かせておいた自分の身体へ戻る。

 そして、陸上部で鍛えた健脚で以て校舎の階段を駆け上がり、ちょうど八号機の頭部がめり込んだ四階の窓から機体の方へ飛び移ったのだ。

「コックピットにさえ入っちまえばこっちのもんだ! 後は先輩達を……」

 二度目となる起動シークエンスの操作を、慣れた手つきで手早く終わらせる。トレーラーに固定された四肢を、桁違いの馬力に任せて引きちぎろうとしたその時。

「そこ動くな、クソガキっ!」

 スピーカーから拾った音声に一瞬気を取られた瞬間、八号機のコックピットを大きな揺れが襲う。

「うごぁっ!?」

 座席ごと揺らされ頭を大きくシェイクされたミツルが何事かと辺りを見回すと、コックピット内の全天周モニターに影が差しているのが見えた。

 黄色と黒の縞模様の入った巨大な鉄柱が、ヴァルヴレイヴのコックピットに押し付けられている。その根本に目を遣れば、鉄柱は工事用車両から一直線に伸びていた。

 先程ミツルがそうしたように、ARUS軍の工兵たちはクレーン車のアームで八号機を校舎に押し付け、その動きを封じようとしているのだ。

「んの、野郎っ……うぉあっ!?」

 力任せにそれらを押し退けようと操縦桿を握ったミツルであったが、そうは問屋が卸さない。

 ARUS軍の二台の工作車からワイヤーが放たれ、狙い過たず八号機の手首と足首を絡め取ると、急激に巻き取られるウィンチに引きずられた八号機は体勢を崩す。只の工作車と侮るなかれ、大破した戦車や戦闘機を牽引するためのワイヤーウィンチはヴァルヴレイヴを縛り上げることこそできないが、歩行、離陸、どちらの動きも厭らしいまでに阻害している。

「一番二番、全力で引っ張れ! あのロボットの推進器は両足についてる、そこさえ封じればただの馬鹿力の人型ロボットだ!」

 メガホンを持って工作車に指示を出すのは、先程ミツルと少しだけ会話した女性工兵。

「こっの……! あんた達、やっぱりヴァルヴレイヴだけ盗む気だったな!?」

 マイクへ怒鳴りつけるミツルの言葉は、外部スピーカーを通じてARUSの工兵たちに届く。しかし女性工兵がそれに応じることは無い。下手にメガホンを使って余計なことを言う気は無いのだ。

(これじゃあどうにもならないっ!? 畜生、動くことさえできれば……!)

 せめて動くことさえできれば、と歯噛みするミツル。

 すると―――クレーン車の根本が爆音と共に弾け飛ぶ。

「なっ!?」

 何が起きた、と思ったその時、硬い物がぶつかる音がコックピットに響く。

 そこに居たのは、ARUS軍の装備品であるロケット砲を肩に担いだ銀髪の少年―――エルエルフ。

「エルエルフ!? お前っ、何時の間に!」

「拘束は俺が壊す。時縞ハルトは体育館だ、さっさと行け」

 言うが早いかエルエルフはロケット砲を八号機の手足へと向けて引き金を引く。煙を引いて撃ち出された弾頭は右手首を戒めていた金属板を正確に吹き飛ばした。

「すっげー……」

 鮮やかな手並みに感嘆の声を漏らすミツル。張り出したコックピットの陰で爆風をやり過ごしたエルエルフは、接触通信を使って事も無さ気に言い放つ。

「この型のランチャーなら使ったことがある。それよりも、もう動けるだろう。後は自分でどうにかしろ」

「あ、ああ、わかった!」

 自由になった右手首で左手の拘束を殴り壊した八号機は、そのまま機体を起こす。胸部にエルエルフが乗ったままであったが、彼は言うだけ言った後、さっさと背後の校舎に飛び退っていた。

 上体の自由を手に入れた八号機は両手を地面に向けると、手甲部に装備されたヴァルヴレイヴの標準装備の一つ『ハンド・レイ』から熱線を放つ。

 破裂するかのように雑草交じりの土が弾け飛び、ARUSの工兵たちは驚きに動きを止めた。

「次は当てるぞ! 死にたくなかったらそのワイヤーを解け!」

 外部スピーカーから流れてきたミツルの怒鳴り声に、工兵たちは暫し動きを止め―――数瞬の後、班長である女性工兵は、二台の工作車両にワイヤーを解くよう指示を出した。

「よしっ、これで!」

 今度こそ自由になった八号機は、一足で地面を蹴ると校舎を超える高さまで跳び上がり、ハルトが囚われている体育館に向かう。

 途中、自分を援護してくれたエルエルフの事が気になったが……それよりもハルト達のもとへ急がねば、とフットペダルを踏み込んだ。

 

 

 

 五階建ての校舎の向こうへと消えた八号機を見送り、エルエルフは笑みを浮かべる。

 周囲にはまだARUSの工兵たちが居たが、残った相手がエルエルフであると悟ると蜘蛛の子を散らすように逃げ出していた。八号機を奪還された今、下手に自分の相手をして無駄死にするよりは、と考えたのだろう。

 

―――これで良い。

 

 胸中で呟いた言葉は、いつの間にか音を伴い、唇から滑り出ていた。

 逃げて行った工兵たちから、自分が白いヴァルヴレイヴの奪還に手を貸したことはほどなく知られるだろう。

 そう、ARUSの目の前でミツルは自分と―――“ジオールのパイロットは、ドルシアの軍人と協力した”のだ。

 どんな理由があろうとも、残る事実はその一言。それ故に、エルエルフは笑う。

 同盟国であるARUSに対し、ジオールの学生たちはドルシアの軍人と共に攻撃を加えたのだ。

 ARUSは学生たちを警戒し、難民として助けを求める彼らへの締め付けを厳しくする。

 これを知った学生たちが、ARUSに靡くのは抵抗があるだろう。或いは何故そんなことをしたのかとミツルを責め、仲間割れになるか。

 どちらに転んでも、エルエルフには学生たちをコントロールする術がある。

 程なくこの学園と、二機のヴァルヴレイヴは、エルエルフの手駒となる。

 

 

 

 慢心、と言ってしまえばそれまでであるが。少なくともこの時、彼は自分の計画が破綻するとは微塵も疑っていなかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。