V's If-Story:ScalePowder of WhiteMoth 作:よしおか
来年からもよろしくお願いします。
「人が折角助けに来たのに何してんの!? っていうかこんな時にそんな余裕あるんなら自分でどうにかしてよ!」
「いや、誤解だから!?」
所変わって、体育館の器具倉庫。眉を吊り上げて非難の叫びを上げるショーコに、猿轡を外されたハルトはどうしたものかと困ったような表情を浮かべている。あまりといえばあまりにも通常運転な二人のやりとりに、ARUSの兵士をふん縛りながらキューマは内心で腹を抱えていた。その後ろでは、立て続けに起こったドタバタに理解の追い付いていないアキラがぱちくりと目を瞬かせ、本物の突撃銃に触れたユウスケが感動に肩を震わせていた。
ショーコとキューマ、そして霊屋ユウスケの三人がハルトとアキラのもとへと辿り着いたのは、つい今しがたの事であった。
良い侵入経路を知っていると言うユウスケの先導で体育館の裏手へ案内されたショーコとキューマは、通気口から体育館に潜入することに成功した―――どうやらユウスケは、昨年の文化祭で開かれたミスコンテストの折に文化部の先輩から『女子更衣室を除く絶好のポイント』を伝授されていたらしい。
そうして、勘を頼りに通気口から倉庫へと近づいた三人だったが……倉庫の近くで、通気口が直角に曲がっており、足を滑らせて三人揃って落下したのである。
もともと人間が通る事など考慮されていない通気口は、落下の衝撃で破損し―――運の良いことに、器具室に立っていた兵士の脳天を激しく殴打してその意識を刈り取った。
そして、足場を失くして落下してきた三人は、自分たちが辿り付いた先でハルトが倒れているのを見つけたのだが……
『あ、ハルトっ! 良かっ……な、なにしてんのーっ!?』
落下の衝撃から立ち直ったショーコが見たのは、アキラの上に―――彼女を守るような格好で―――覆い被さるように重なるハルトの姿だった。
「どんな目に遭わされてるのかって心配してたのにぃぃっ! あーもう、心配して損した!」
「ショーコが天井から降ってくるからだろ!? 危ないって思って咄嗟に……っていうか、そっちこそ僕やこの子の真上に落ちて来てたらどうするつもりだったんだよ!」
「よーし二人ともそこまでだ。積もる話は後にしろ」
見張りの兵士を簀巻きにし終えたキューマが、がるるるる、と額を突き合わせる二人の頭を掴んで離す。喧嘩するほど仲が良いのは結構だが、これ以上の漫才は脱出してからにしてもらいたい。ひとまず二人を落ち着かせたキューマは、未だに混乱するアキラに声を掛けるが―――
「大丈夫か?」
「ぅやあっ!?」
びくりと身を震わせたアキラは、後ろ手に縛られたまま器用に壁際まで飛び退ってしまう。そのまま壁を背にしたアキラは、ふーっと荒い息を吐きながら周囲に視線を巡らせる。
助けに来たというのにあからさまにこちらを拒絶するその態度にキューマは戸惑い、ユウスケやハルトと顔を見合わせる。
「……俺、今なんか不味いことしたか」
「さ、さあ……」
人見知り、というには少し過敏に過ぎるアキラをどうしたものかと頭を捻る男子三人。そんな彼らを尻目に、ショーコが一歩歩み出る。
同性とはいえよく知らない他人に接近されたアキラは再度、身を強張らせる。そんなアキラの心中を知ってか、ショーコはアキラの前にしゃがみ込むと、くりくりしたその目を同じ高さから覗き込んだ。
ひ、と息を詰まらせるアキラ。無言のままにじーっと見つめるショーコ。やがて……
「やっぱり、私より細い……!」
謎の台詞と共に、がくっと膝から崩れ落ちた。
「……あの、ショーコ? 今けっこう事態が逼迫してるっていうか、僕ら地味に命の危機でそんなこと気にしてる場合じゃないんだけど……」
「だってだってぇ! この子の部屋、明らかに不健康な生活態度モロ出しだったのにそれでこのスタイルだよ!? 肩幅は仕方ないとして腕も足もこんな細いとか反則!」
頬を引き攣らせるハルトに構わず、座り込んだショーコは身振り手振りを交えてアキラの体形を褒めそやす。健康的な印象から男子に人気の高いショーコだが、運動部の練習で筋肉が付いたことは地味に気にしていたらしい。
当のアキラは外見を人から褒められた経験なぞロクになかった為か、ショーコの熱弁を前に呆然とするばかり。ポテトチップスの食べ過ぎで頬に浮いたそばかすの分を差し引いても、その仕草は確かに小動物のような愛らしさがあった。
偶然にも、というかなんというか。この一連の馬鹿らしい遣り取りが一同の間にあった緊張感やらを和らげていた。
(変な、ひと)
それは、いきなり小物入れを顔面にぶつけてしまったにも拘らずに助けに来てくれたショーコに呆気にとられていたアキラも同じだった。
未だ、過去のトラウマによる他者への不信は拭えない。けれども、この謎の少女とその仲間について行けば、自分は助かるのだと。そう思えてしまう、理解できない雰囲気があった。
こうしてアキラは学園に入学して初めて、久しく忘れていた他人への興味を思い出したのだった。
「くぅうっ、ま、まだ腰のくびれ具合まで負けた訳ではっ……そうだ、ちょっとシャツの裾めくっておなか見せ―――」
「いい加減にしろってーの」
そろそろイラついて来たキューマに遠慮なく頭をはたかれ、ようやくショーコは沈黙した。
「―――道を開けろぉ! さもないと撃ち殺すぞ!」
おっかなびっくりのアキラを伴ってギャラリーの非常口から体育館を出たハルト達が目にしたのは、装甲車の上でアサルトライフルを構え、声高に叫ぶフィガロの姿。そして、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う生徒達だった。
おそらくフィガロは、既にその手に握る銃の引き金を引いたのだろう。遠目に見える装甲車の近くには、点々と零れ落ちた赤い水たまり。少し離れたところでは、肩を押さえたライゾウを支えながら歩を進めるマリエの姿があった。
「あいつ、本性表しやがった!」
フィガロがライゾウを撃ち、生徒達の恐慌を引き起こした。サキが危惧した事態そのものになってしまったことを瞬時に察したキューマが吐き捨てるように言う。
「ショーコ、その子をお願い!」
「ハルトっ!?」
「ヴァルヴレイヴを取り戻す!」
アキラの身をショーコに預け、ハルトは非常階段の欄干を飛び越えて眼下に表れたトレーラーへと飛び移る。
「動くな!」
「うっ!?」
しかし、それは悪手だった。彼らにとって最も優先されるのは、ヴァルヴレイヴ一号機の強奪。そのヴァルヴレイヴに、警備の兵をを配していない筈が無かったのだ。
トレーラーに飛び移ったハルトの鼻先に、ライフルの銃口が突き付けられる。
ヘッドショットはマズイ。周囲の目がこれ以上無く集中している場所で頭を撃たれて蘇生なんてしてみれば、あっという間に身体の事を知られてしまう。
服で隠れた身体なら誤魔化せるか―――いや、防弾チョッキと言い張るには無理がある。そんなものがどこにあったと聞かれても、ハルトは答えられないのだから。
逡巡するハルトの内心を知ってか知らずか、ARUSの兵士たちはアサルトライフルのレバーを引き、セーフティを外す。万事休すか、と諦めかけた次の瞬間―――待ち望んでいたそれが現れた。
「てめえらこそ、全員動くなぁああーーーーーっ!!」
スピーカー越しに、ごう、とハウリングを伴って大気を震わすその叫びは、上から降ってきた。
思わず上空へ目を向ける者たちの目に映ったのは、落下してくる巨大な蝶。
硬質残光の反重力作用を活かして減速しながらそれでも速度を殺し切れずに、八号機は轟音と共に着陸した。
どごん、と大きく揺れた地面に足を取られて学生たちはその場でたたらを踏んだり転んだり。フィガロを含むARUSの面々も、乗り込んでいた車両を大きく揺さぶられて動きを止めていた。
「くそぉっ、な、なんだ……!?」
揺れが治まり体勢を立て直したフィガロが憎々しげに上空を睨め上げた時にはもう、ミツルが乗り込んだ八号機が目の前にいた。
「ミツル!」
「お待たせしましたぁ!」
装甲車の動きを止めるように直立するヴァルヴレイヴ八号機。その手には、先程ARUSの工作兵達によって発見され、移送の為に八号機とセットで保管されていた長大な銃が構えられていた。
「銃を捨てろ! 神妙にしやがれ、この嘘吐き野郎!」
ヴァルヴレイヴ専用長距離狙撃銃『ピアサー・ロビン』。現ドルシアに当たる国でかつて生産されていた分隊支援火器『ドラグノフ』に酷似した巨大な銃の先端には、一号機の刀と同じ、クリア・フォッシル製の銃剣が取り付けられている。バッフェを易々と切り裂く鋭利な切っ先を向けられたフィガロは、手にしたライフルを置かざるを得なかった。
「トレーラーに張り付いてる兵隊もだ! 妙なコトすれば、今度はマジで撃つぞ!」
周囲に散らばるARUSの兵士たちに向けて放たれた怒声。既にARUSを敵と断定したミツルは、もしも次に彼らが牙を剥いたならば手加減してやるつもりなど毛頭無かった。
ミツルの宣告に従い、銃から手を離してホールドアップする兵士達。彼らは銃を捨てた後、フィガロと共に一箇所に固まる。
地面に放られたライフルをキューマとユウスケが拾ったことで、学生たちはようやく事態が自分たちの有利になったのだと安堵する。
「よかった、これで……」
「なんとかなりましたわね」
「―――本当にそうかな」
何も知らなかった他の学生たちと共に喜びの声を上げていた生徒会のメンバーに水を差したのは、低さの割に良く通る男性の声。自然と、その場に居た学生たちは声の主へと目を向ける。
そこに立っていたのは、怜悧な表情を浮かべる銀髪の男子生徒―――エルエルフだった。
安堵に沸き立つ学生たちの中で一人、冷たささえ感じさせる視線を周囲に向けるその姿は冷静そのもの。同じ地面に立っている筈なのに、彼の視線にはどこか学生達を睥睨するかのような圧力があった。
「なんとかなった、と言うが。果たして何がなんとかなったんだ? 相変わらずモジュール77は孤立したまま、外にはドルシアの大艦隊、内にはモジュールを見捨ててヴァルヴレイヴを盗もうと画策したARUS。ここは逃げ場のない宇宙の人工惑星で、お前達は国を失くした難民のまま。もう一度聞こう。この状況から、一体全体、なにがどう“なんとかなった”んだ?」
問いを向けられた学生たちの答えは沈黙―――即ち、これ以上ない正論への、無言の肯定。
彼の言う通り、咲森学園を取り巻く状況はただの一ミリも好転などしていない。否、フィガロの企みを暴いたことでARUSとの溝も浮き彫りとなり、むしろ悪化したと見るべきだろう。
(あいつっ……! 俺を助けたのは、この状況を作る為か!?)
コックピットの中で一人臍を噛むミツル。その余裕綽々の態度が気に入らなかったのか、モニター越しに見える中庭では、一人の女生徒が彼を指さし、厳しい視線を向けていた。
「騙されないで! あいつ、ドルシアの工作員よ。適当なコト言って私達を混乱させる気だわ!」
アイナやケイシロウ達、一年三組と共に第一校舎から避難した後、つい今しがたこの場に合流したサキが声を上げる。エルエルフに一斉に険しい視線を向ける学生達だが、当の本人はどこ吹く風と堂々としている。
「だが、事実だ。加えてジオール本国は既にドルシアに占拠され、お前らの家族は全員人質にとられている。これからどうするつもりだ」
「それは……」
家族の安否。真っ当な感覚を持つ者ならば、それがどれだけ重要な事か理解できない筈も無い。途端に、学生たちの間には不安と悲嘆が広がっていく。母の安否を気にしていたミツルも、例外では無かった。
「どうすれば……」
「降伏しよう、俺達もう十分頑張ったよ……」
「けど、今からそんなこと言ったって」
「お母さん……」
誰知らず、家族の名を呼んで涙を流す。しかし、果たして今から降伏したとして彼らはドルシアに受け入れられるのか。突然の強襲、そしてARUSの裏切りを目にした今、理屈よりも余所者への不信感が学生たちの心を大きく占めていた。
―――そんな時だった。
「ハルト。私のこと、あのロボットの手に乗せて」
きっ、と前を見据えるショーコが、傍らのハルトに強い口調で声を掛けたのは。
ごう、と音を立てて、赤の巨人が立ち上がる。巨大な掌に、一人の少女を乗せて。
それに気付いたミツルは、少女の姿を見た途端、あ、と気の抜けた声を漏らしてしまう。
指南ショーコの姿を認めた瞬間に、事態がどうにかなると経験則で気付いてしまったからだった。
「みんな、大丈夫だよ!」
仲間たちを鼓舞するように、日の光を背負うショーコは大きな声で告げる。強い意志と、必殺の奇策を秘める翠色の瞳は、地上十数メートルの高みからでも見る者の心を捉えていた。
「私達の家族に手出しはさせない、ドルシアにも、ARUSにも!」
ショーコのその言葉は、学生たちに戸惑いを持って迎えられる。いくら年若い彼らでも、彼女の言っていることが無理難題だと解るからだ。
「んなこと言ったって……」
「家族を人質にされてるんだぞ!」
「脅されたりなんかしたら―――」
「だったら私達も脅しちゃえば良い! 家族に何かしたら、“このロボットをARUSに渡す”って!」
は、と素っ頓狂な声を上げたのは、それまで学生たちの視線を集めていたエルエルフと、今の今まで蚊帳の外に立たされていたフィガロだった。
どよめく学生たちがその意味を咀嚼しようとする間に、ショーコはフィガロへと向き直る。
「というわけで、上院議員さん。今はARUSにロボットを渡すことはできません。その代わり、一緒に戦ってくれるんならもしも私達の家族に何かあった時には真っ先に貴方がたにこのロボットを渡します! これからも友好国として変わらぬ支援をよろしくお願いします!」
「な、そ、そんな話が通るかぁっ!?」
流麗な所作で一礼するショーコに向かって思わず吼えるフィガロの怒りは、至極もっともなものだった。ショーコはフィガロに、ARUSに対して、『大した見返りは用意できないけど安全保障条約に則って自分達を助けてね』と超絶に図々しい要求をしているのだから。
「だったらこのロボットを、ドルシアに渡しちゃいます!」
「なぁあっ!?」
あっさりと前言を翻したショーコに、今度こそフィガロは絶句した。
一見すると、ショーコの言っていることは筋のまったく通らない暴論だ。味方をしてくれる方に靡くとこうも簡単に宣言したところで、靡かれる側にすれば信用も無ければ“うま味”も無い―――彼らが持っているものが、ただの人型ロボットであったなら。
既存の光学兵器の概念を完全に破壊する、「硬化する光」。
バッフェを容易く両断する、透き通った剣。
イデアールのビーム砲を受けてもびくともしない堅牢な装甲。
そしてそれらをフルに運用する、未知のエンジン「レイヴ」。
二機態勢で運用されているとはいえ、やろうと思えばたった一機でも艦隊戦力と渡り合えるであろう超兵器、ヴァルヴレイヴ。それはただの一機であっても、戦局を十分に左右しうる要因となる。
もしもドルシアにこれらが渡ってしまった場合、最悪のケースを考えるならばフィガロはARUS崩壊のきっかけを作った愚者として歴史に名を刻むだろう。
いや、二機が一度にドルシアへ譲渡されるならまだ良い方だ。
「もしも片方だけドルシアに渡しちゃえば、ARUSはドルシアがこのロボットを量産するまでの間、私達と戦うことになりますよ!? それに―――」
そして、ショーコが刻めるカードはこれだけでは無い。
「貴方がジオールの、友好国の難民に銃を向けた事実だって、私たちは握ってます!」
「で、でたらめを言うな! 第一そんなこと、映像が無ければ―――」
先程の自分の行い―――裏切りを疑われて、どうせ学生たちは助からないと高を括ったフィガロが、学生たちを銃で排除しようとしライゾウを負傷させた事実を槍玉に挙げられて、目に見えて狼狽する。焦ったフィガロはついつい推理小説の真犯人のような言い訳を口走る……それこそが、ショーコの狙いだった。
「こっちには、ARUSの軍事回線にハッキングできるハッカーが居ます。その子が、“今この場にある監視カメラ”になんの細工もしていないと思ってるんですか?」
「―――!?」
仄めかされた「RAINBOW」の見えざる手。それを嘘だと断じることが出来ないのは、誰よりもフィガロが知っていた。
「指南先輩……」
ミツルは、熱に浮かされたようにショーコの名を呼ぶ。いや、ミツルだけでは無い。一瞬のうちにこの場を掌握し、解決の為の奇策―――実現できるかどうかはさておいて―――を示して見せたショーコ。その様は、超兵器に乗り込んだハルトとミツルをさしおき、誰よりもいっそう鮮烈に輝いていた。
「あのロボットは、たったの一機でも戦争の行先を決めかねない」
「それをちらつかせれば、俺達は中立地帯につくまで人質に手出しさせないで―――」
「―――ARUSにも、助けてもらえるってこと?」
ショーコの言いたいことを理解した学生たちが、一瞬のうちに沸き立つ。
「ちょ、ちょっと待て! 手出しさせない、助けてもらえる、それは良い! けど、その後どうするんだ!?」
堪らず叫んだのは、同級生や後輩たちのテンションについて行けずに一人蚊帳の外で絶句していたサトミだ。
「いつまでも状況を引き延ばす事なんてできない、いずれ我々は孤立するぞ! 第一我々は国を失った難民で、戦闘行為は国連条約で禁止されて―――」
「だったら、私達で国を作れば良い」
力の限り放たれたショーコの叫びに、今度こそサトミは言葉を失った。
「もう誰かに頼って、助けられるのを待つのはやめよう。相手が一国の軍隊でこっちは難民? だったらたった今から、このモジュールが私達の国だよ!」
否、サトミだけではない。
キューマも、アキラも、ライゾウも、アイナも、サキやマリエですらも。
ショーコの言葉に声を失い―――自分たちの前にもたらされた選択肢、その重さに、大きさに愕然とする。
けれどショーコは揺らがない。
「く、国って言ったって、何をするんだよ!?」
「領土と憲法、それと国防を整えよう。政治コースの人達はその勉強をしてたでしょ? みんなで意見を出し合えば、きっと出来る」
「食べ物は!? ここ、宇宙なんだよ!?」
「モジュールの食糧生産設備を使おう。月に辿り付くまでもたせれば、あとは輸入でどうにかなる! なんなら、ドルシアの艦隊から迷惑料代わりに巻き上げちゃおう!」
学生達から挙がる懐疑の声に一つ一つ答えながら、大袈裟な身振り手振りで心を引き付ける。その様は、平時であれば詐欺師のそれであっただろう。だがこの時、学生たちは確信していた。彼女の示す道こそが、唯一、自分たちの意志を押し通す道なのだと。
「皆で出来ることをやろう。戦って、交渉して、家族を、皆の国を取り戻そう!」
高校生たちの、直径十キロメートルの独立国家。夢物語のような計画が、今動き出した。
「いけるぞ、やってやろうぜ!」
「で、でも本当に大丈夫なの……?」
「大丈夫だって、こっちにはあんな強いロボットが二つもあるんだから!」
「ぼく達の、国……」
「面白そうじゃん!」
自分たちが選んだとてつもなく険しい道を前に、浮かれたように学生たちははしゃぐ。それは、無知ゆえの明るさ。誰もが皆、否が応にも上がったテンションに呑みこまれ、冷静な判断が出来なくなっていた。
それは、自身の計画の破綻を知って愕然としていたエルエルフも同じことだった。
「なんだ……なんなんだ、あの女は」
ショーコの登場によって、エルエルフが思い描いていたプラン―――モジュール77の住民たちを自身の駒として用いる作戦は、瞬く間に崩壊した。他ならぬ彼らがショーコの扇動によって、他者の手を取る道をつっぱねてしまったからだ。ドルシアの工作員であることを明かされたエルエルフの指示に従う可能性は、これで無くなっただろう。
絶望に沈む学生たちに希望を示し、この熱狂の渦を巻き起こした未知にして未知数の少女、指南ショーコ。恐ろしいことに彼女は弱冠十七歳にして、扇動家としての才を開花させていた。
「く……くく」
己のうちから込み上げる不可思議な熱に、エルエルフは笑いを漏らす。
この、自身の理解を完全に超えた一般人たちを統御する術を再び考えなくてはと思い至った時、彼は一種の遣り甲斐を自覚した。
「久しぶりだ、笑ったのは」
エルエルフはぽつりと呟くと、一号機の掌で凛然と前を見据えるショーコを睨み、胸中で嗤った―――
―――精々足掻け、みんな纏めて俺の革命の礎にしてやる―――!
モジュール77外周に展開するARUS月周回軌道艦隊は、ドルシア連邦艦隊の猛攻を受けていた。
ヴァルヴレイヴの攻撃によってほぼ壊滅した突撃軌道大隊を再編し、指揮下に置いた中央宇宙艦隊。カイン・ドレッセル大佐とその副官クリムヒルト・ツェルター少佐の指揮の基次々と展開する彼らは、順繰りに、そして正確に、ARUSの宇宙戦闘機部隊を追い詰めていた。
砲火の間隙を縫って肉薄した爆撃機仕様のスプライサー部隊が、旗艦『ランメルスベルグ』にむかって対艦ミサイルを放つ。放たれた弾頭は、数秒後には旗艦を轟沈せしめるはずだった。
その両者を分断するように、巨大な影が表れなければ。
「ぉおらぁあっ!!」
裂帛の気合いと共に、リヒャルトが操縦桿をいっぱいに押し込む。その瞬間、彼の駆る『イデアール級機動殲滅機』の両腕に取り付けられた複合武器碗が唸りを上げ、四つの砲身を束ねたガトリング砲から、重さ3キログラム超の大口径ケースレス弾が続けざまに吐き出される。
その勢いは凄まじく、真空の宇宙の中で伝わる筈の無い銃撃音が、火薬の爆発で放たれる衝撃を伝ってコックピットを揺らすほどだった。
放たれたミサイルを全て迎撃したリヒャルト機はARUS艦隊へとその機体を向けると、イデアール級ご自慢の大推力で以て目標との距離を詰める。
「さっさと出て来い、ヴァルヴレイヴ……第零小隊、遅れるな!」
部下たちに檄を飛ばし、リヒャルトは戦闘宙域に視線を巡らせる。未だその視界に、忌まわしい紅白の姿は見えない。
現在、リヒャルト率いる対霊長第零小隊は、リヒャルトと副官マリオ・クロコップ中尉が駆る2機のイデアールと無人型バッフェ9機をアルファチーム、その護衛を務める3機のバッフェと、彼らが操る無人型バッフェ6機をベータチームとして、同じ隊をその場で二つに分けての運用を試みていた。
『各員に通達。特務隊が敵の最終防衛ラインを突破、モジュール77に接近。第零小隊は続いて進軍せよ』
「あァ!? ……ちっ、先を越されたか。第零小隊了解、これより特務隊に続く」
クリムヒルトからの指令に、眦を吊り上げてリヒャルトは吼える。今度こそ戦う為に戦場に出ているという昂揚が、普段の飄々とした彼の態度を“狂犬”と呼ばれるそれに塗り替えていた。
「クロコップ、聞いての通りだ」
『了解、アルファチーム、ベータチーム共に、特務隊に―――』
『ねえ、グレーデン大尉』
クロコップの声を遮って無線に割り込んできたのは、部下の一人だった。スピーカーから聞こえてきたのは、妙齢の女性の、艶やかなアルト。新たに部下になったジーナ・カリャキナ中尉のものだ。
『アルファチームとベータチームで競争しないかい』
「どっちが先に、奴らを仕留めるか、か?」
『どっちが先にくたばるか、サ!』
悪趣味な台詞を吐いて、ジーナは自機であるバッフェを先行させる。彼女に続いて、ベータチームの隊員たちも我先にとスラスターを噴かした。
長距離航行用に装備されたプロペラントタンクに充填された燃料を余計に燃やして、ベータチームのバッフェはイデアールを置き去りにする勢いで突撃する。
『おい、カリャキナ中尉!? 戻れ! 作戦行動から逸脱する気か!』
「放っておけ、クロコップ中尉。距離もまだ離れていないし、急げと言うのは上からのオーダーだ。チキンレースがしたいなら付き合ってやるさ」
『ですが』
「無論、無視する気は無い。たとえば―――」
言いさして、リヒャルトのイデアールはその銃口を前方―――ジーナのバッフェに向ける!
ガトリング砲の軸に当たる中央バレルから大振りの砲身がスライド展開し、そこからは放たれたグレネード弾はジーナの背へとまっすぐに伸びて……
「ジャック・ポット、ってな」
ジーナの背後に割り込んできたスプライサー部隊を、三機まとめて火達磨に変えた。
『あ……い、今』
「後方注意だ、カリャキナ中尉。俺も若い頃には暴れたんで、作戦に絶対従えとは言わんが」
通信越しに呆然とするジーナに向かって、リヒャルトは犬歯を剥き出しにしてニィと笑う。
「俺の邪魔をするのなら、奴らごと食い殺すまでだ。覚えておけ」
『……りょーかい』
高速移動から一点に集中した正確な砲撃。比較的近い距離だったとはいえ高速で飛び交う敵に“予測狙撃”と言って良いほど精密な一撃を、グレネード弾で叩き込んで見せたリヒャルトの実力を、ジーナは同じエース故の感覚で思い知ったのだ。
ましてリヒャルトのイデアールに装備されているのは、取り回しの極悪さから制式採用が見送られた試験兵装。厚さ4メートルのクロム・カーボン合金で作られたトンファーと、
面制圧に特化した、超重量級の実弾兵装。力押しをもっとも得意とするリヒャルトの戦闘スタイルに合致した複合武器碗は、競合コンペで不採用の烙印を押された後、奇しくも最高の担い手と巡り合っていたのだ。
『前方で戦闘の光! 特務隊の無人バッフェがやられました!』
「そぅら、おいでなすったぞぉ!」
ベータチームからの報告に、リヒャルトは雄叫びを上げる。
モジュール77が繋がれたダイソンスフィアの宙域に辿り付いてみれば、そこには異様な光景があった。
「なんだ!? あいつは何をしている!」
『解りません! 自分のモジュールを攻撃しているようにしか……』
見覚えのある、赤の人型―――ヴァルヴレイヴ一号機が、手にした巨大な銃剣―――大型拳銃を中心に数種類の武器を合体させた特能兵装『ヴルトガ』で、モジュール77をスフィアに繋ぎ止めるアームを攻撃している。
「不気味な真似を――ーむっ!?」
熱源レーダーから発せられた警告音に従って、リヒャルトは機体を小刻みに揺らし、そのまま勘を頼りに腕部のトンファーを打ち下ろす。
イデアールの頭部と腰部を硬質残光のエネルギー弾が掠め、トンファーには透明な刃が食い込んだ。
「ここから先は行かせねーぞっ!」
高速でモジュール77から飛び出し、そのまま第零小隊まで肉薄したのは―――白い、蝶の羽。
「白いヴァルヴレイヴ……クサクラミツル、貴様かああっ!!」
身体を流れる血が全てニトロに置き換わったような怒りの感覚を覚えた刹那、イデアールの肩部アクチュエーターが唸りを上げてトンファーを振りかぶる。
当たれば装甲がひしゃげるどころでは済まないであろうそれを寸でのところで避けると、八号機は手にした長物を槍のように振り回す。
「おりゃああっ!!」
「ぐうっ!?」
逆袈裟に掬い上げるような一閃を、リヒャルトは何とか避ける。胴体への直撃は免れたものの、左のトンファーに噛み付いた刃がそのまま先端を食いちぎった。
(馬鹿な!? 端の方とはいえ、厚さ4メートルの合金を大した摩擦もなく溶断しただと!?)
驚愕しつつも、リヒャルトは至近距離からガトリング砲の弾をばらまき、距離を取る。
後方に一瞬だけ目を遣れば、相も変わらず赤いヴァルヴレイヴはモジュール77を攻撃していた。
(なんだ……奴らはいったい、何を企んでいる!?)
狙いが読み取れない、戦術行動としての意味をなさない行動。もとより頭が働く方で無いリヒャルトは作戦の想定が外れるのを恐れる事は滅多にない。しかしこの時ばかりは、何やら胸騒ぎを感じていた。
『見つけた! 隊長の仇ぃいっ!!』
「!? カリャキナ、よせっ!」
随伴する無人型バッフェと共に、ジーナが気勢を上げて突貫する。前の部隊の気の良いリーダー、その仇であるヴァルヴレイヴを砲撃圏内に捉えたことで、彼女もリヒャルト同様に頭に血が上っていたのだ。
しかし八号機は『ピアサー・ロビン』を構えてそちらに向かうと、向かってくる二機の無人機を正確に射抜く。
『わあああっ!』
先行していた無人機の爆発に巻き込まれ、ジーナのバッフェが体勢を崩す。すかさず、ミツルが操る八号機が肉薄する!
「させるかあああっ!!」
その背を、イデアールがさらに追う。突貫の勢いのままに八号機の背を殴りつけるリヒャルトだが、またしてもそれは回避された。
そのまま八号機は踵を返し―――第零小隊を置き去りに、モジュール77へと取って返す。
「畜生、また逃がしたかっ!!」
毒づいたリヒャルトは、コックピットでその背を目で追いながらコントロールパネルを殴りつける。
幸いにも、撃墜された者はいない。だが、結局こちらは良いようにあしらわれただけだった。彼らの狙いが見えなかったことも不気味だ。
『た、大尉、奴らは……』
「ああ、奴らいったい何考えてやがる。これじゃまるで、ただ出てきてこっちを引っ掻き回しただけ―――」
まるで、時間を稼ぐように。そう言いさして、リヒャルトは口を噤んだ。
時間を稼いでどうする気だ? 彼らが脱出の為の陽動だったとしたら、それらしき艦船がモジュールを出港していないにもかかわらずなぜ引き上げた?
否、そもそも奴らに、モジュールを脱出する気はあったのか? ARUSの戦艦が攻撃を受けている中、モジュールに乗り入れることのできる船など高が知れている。いくら戦争を知らない学生たちとはいえ、そんな中にわざわざ飛び出してくる意味があるのか?
そもそも赤いヴァルヴレイヴは、なぜ自分のモジュールを攻撃していた? あのアームは、モジュールをダイソンスフィアに係留するために必要な―――
「……まさか、あいつら!?」
とんでもない発想にたどり着いたリヒャルトの目の前で。
モジュール77が、ゆっくりと動き出した。
「ミツル、行ける!?」
「まっかせて! こういう力押しこそ八号機の十八番ッスよ!」
モジュール77を覆う天蓋モニター。その中央部に、二機のヴァルヴレイヴが手を添える。
そのままダイソンスフィアの内側に向けた脚部から、硬質残光の光が噴き出す。
『行っけえええええええええええっ!!』
たった二機の機動兵器で、直径十キロメートルの宇宙コロニーを牽引する。その発想の馬鹿馬鹿しさは、二人だって承知の上だった。
だが、それでも二人はできると信じていた。それ以外に方法がないことも。
宇宙船を使ってモジュールから脱出することはできない。
だったら“モジュールごと”逃げてしまおう。
発案は、やはりというかなんというかショーコだ。だからこそ、ハルトは彼女の意志に応えたいと思ったし、ミツルもやってみせようと誓った。
そんな二人に呼応するかのごとく、赤と白の硬質残光がその量を増す。両手両足のクリア・フォッシルからまばゆい光を放つ二機の巨人の推力に―――やがて、モジュールがスフィアの外側へと動き出す。
六角形の箱舟は、三千人弱の学生たちを乗せて、宇宙の海へ漕ぎ出した。
何とか年内に第二部終わらせることが出来ました。しかし駆け足でやったせいか粗が目立つ…ううむ、年空けたら修正が必要だ……