V's If-Story:ScalePowder of WhiteMoth 作:よしおか
第十九話 無法地帯/ミツルの取引
咲森学園の正門から八時の方向、西南西に一キロメートルほど。店を管理・運営するべき店員が連れ去られ、長らく無人になっているコンビニエンスストア。
店内に残された食料、衣料、その他諸々の商品を学園に運ぶべく、ミツルとハルト、そしてショーコの三人は他の学生たちと共にそこを訪れていた。
「ミツル、どうだった?」
「駄目ッス、やっぱり冷凍食品は軒並み全滅してました。停電で一回解凍されたのが不味かったみたいで……」
店舗の奥に設置された業務用の大型冷凍庫から出たミツルは、本来であればがちがちに凍っている筈の冷凍食品の袋を振ってみせる。結露の水を滴らせながら、袋の中で容器からこぼれ落ちたグラタンがぐしゃりと揺れた。
「大丈夫そうなのは袋から出して早めに食べて、他はもう一回冷凍。もう傷んだ食べ物はあとでまとめてダストシュートに運ぼう。放っておいたらカビとかガスとか出て病気のもとになっちゃうから」
「でもショーコ、袋で密閉してるんなら脇に寄せておくだけでも大丈夫じゃない? 今はゴミ捨てよりも別の作業もあるし……」
「ううん、食べれないならさっさと捨ててモジュールを幾らか軽くした方が良いよ。ミツルくん、頼める?」
「うぃーっす。んじゃ、あとはパンとかカップ麺とか、日持ちするのを学園に運ぶんですよね」
「そっちは僕が。トラックのコンテナとかに詰めてヴァルヴレイヴで運べばすぐだから」
「了解です……うわ、この鮭マリネとか結構高級な奴なのに」
あーあもったいねぇ、と食べれた筈の物を食べずに捨てる罪悪感に多少胸を痛めつつも、ミツルは率先して作業を行っていた。
店内では三人の他にも、手伝いを申し出た学生たちが異臭を放ち始めた食品をつまんでゴミ箱に放り込む傍ら、それぞれ持参した段ボール箱やカバンに日用品を始めとした使えそうなものを詰め込んでいた。
本来であれば店員が、彼らの行為を万引きと言って咎めるのだろう。しかしそれを行う人間は既にモジュール内におらず、そもそも彼らにとっては戦時中だ。物資はなんだって使うべきだった。それでもミツルを始めとした数人が多少の申し訳なさを感じて、財布の中から取り出した小銭をレジに置く。経済が停止している以上は意味の無い行為だが、拭いきれない火事場泥棒の気分を押し込めるためには、どうしても欠かせない行動だった。
「あ、指南さん! ちょっとええか!?」
作業を進める彼らに声を掛けたのは、手伝いに来ていた他のクラスの生徒。名前を呼ばれたショーコが振り向くと、慌てふためく金髪の男子生徒が駆け寄ってくるところだった。どうやら店舗の外で別の作業に当たっていたようだが……
「
「どうもこうも、ジンの阿呆がふらーっとどっか行ってもうたんやっ! おかげでクラスの連中から『とっととサボり野郎捕まえて来い』って電凸メル凸の雨アラレやねーんっ!」
「あぁー……
るーっ、と目の幅の涙を流しながらショーコに泣き付く金髪の男子生徒……虹河、と呼ばれた彼は、どうやら人を探しているようだった。
耳元に掛けた多機能バイザーが先ほどからメールの着信をピコピコと告げ続けている辺り、彼の探し人は相当に迷惑なタイミングでエスケープしたらしい。
「この時間帯に人が居ない場所って言ったら……ここから南の商店街のあたりかなぁ。片付けは明日からの予定だったし、その辺りに逃げ込んでるかも」
「商店街やね!? さっそく探してふん捕まえてくるさかい、おおきにな!」
聞くや否や、虹河はコンビニエンスストアを飛び出し、外に止めていた自転車でいずこへと去って行った。
(やっぱり、みんな落ち着かないみたい)
作業を途中にして逃げたジンという生徒をはじめとして、学生たちがどこか足並みが揃っていないのを改めて痛感したショーコは店内を見渡す。
片付け中に手に取った化粧品に気を取られて、作業そっちのけで物色を始める者。
アルコールが並んだ棚をちらちらと気にする上級生。
こっそりアダルト雑誌をカバンに詰めようとした男子が、それを見咎めた女子と口論になって恥ずかしそうにしている光景もあった。
復興作業の陣頭指揮に忙しい生徒会副会長のタカヒでさえ、休憩時間になれば取り巻きの女生徒達と共に街のブティックから持ち出したドレスを着回して遊んでいるのである。
人海戦術で当たっていた瓦礫の撤去も、手作業ばかりでは遅々として進まない。一部が倒壊した学園の第二、第三校舎は、今も立ち入り禁止となっていた。
(国を作るなんて言ったのは私。皆を煽ったのも私……どうにかしなきゃいけない。お父さんみたいに、しっかり皆を取りまとめて……)
「ショーコ、大丈夫?」
「えっ、あ、ハルトっ」
不意に、聞き慣れた幼馴染の声を聞いたショーコはふと我に返る。紙コップや歯磨き粉を両手に抱えたハルトが、八の字に眉を曲げた顔を心配そうにショーコに向けていた。
「あーごめんね、ちょっとぼーっとしてた」
あははと笑って頬を掻くショーコだが、ハルトはそんな彼女に、心配の視線を向けたままだった。
「ぼーっとしてたんじゃなくて、何か考えてたでしょ。ほら左手」
「あっ」
言われて目を遣った左手は、スカートの裾をぎゅっと握り締めている。悪戯がばれた時や提出するプリントが見当たらない時、ハルトと過ごした幼少の頃から変わらない、ショーコが考え込んだ時の癖だった。
そのまま、うー、と唸って黙り込んでしまったショーコに、ハルトは優しく声を掛ける。
「とりあえず、好きなようにやってみようよ。まだ始めたばかりなんだし、ここは僕らの国なんだ。一人で考えるより、みんなに聞いてみよう」
あえて、ショーコの悩みを問い質すことはしない。ハルトとて、未だ彼女に不死となった己の身体の事を打ち明けられていないのだ。隠し事をしたまま、誰かの悩みに踏み込むのは躊躇われた。
ただそれでも、その一言がショーコの心を軽くする。いつだってハルトは、ショーコの傍で彼女の支えになっていた。
「そうだね。まずは私達の好きなように、か……よっし! 私もちょっと好きなことする!」
「あ、ちょ、ちょっとショーコ!?」
言って、ショーコはハルトの腕を取り、店内の中ほどの棚の前に連れてくる。そしてハルトの前に買い物用のカート―――コンビニのものでは無く、別のスーパーマーケットから荷物運び用に拝借してきた―――を持ってくる。
はいこれ持っててしっかり押さえててねー、と言ってカートのハンドルを無理矢理ハルトに握らせると、ショーコは足取りも軽く反対側の棚の端へと歩いて行き―――カップ麺の並ぶ棚に、ずぼっと腕を突っ込んだ。
え゛、と名状しがたい声を漏らすハルトに構わず、ショーコは走り出す。棚に腕を突っ込んだまま。
「どぉりゃああああああーーーーーーーっ!!」
雪国の除雪作業よろしくカップ麺が棚から押し出され、カートに注ぎ込まれて山を作る。棚とショーコの腕から零れ落ちた容器がいくつも床に散らばるが、腕を振り抜いたショーコはそれでも満足げに……いっそ、恍惚としたかのような笑みを浮かべる。
「一回やってみたかったの! 綺麗に棚に並んでるものをこう、がーって!」
「……ガサツな」
突如感じた頭痛に、思わず眉間を押さえるハルト。小さな頃は好奇心が強いだけのお嬢様だった幼馴染は、いつからこんなにワイルドな性格になってしまったのか。いやガサツなだけならまだしも幼稚な部分が残ってはいけない所に限ってどうして残っている。何だか無性に泣きたかった。
「ちょ、なんで呆れてるのよ!? 誰だって一回はそう思うでしょ!?」
「いやそれショーコだけだから!」
「ええー!?」
「当たり前だろっ! 大体ショーコ、綺麗に並んだ棚とか言っても子どもの頃は片付けなんて全然―――」
言いさしたハルトの声が段々と萎んでいき、見る間にその顔が蒼白に染まる。口元を引き攣らせ始めたハルトを訝しむショーコに、後ろからまた別の声がかけられる。
「……指南先輩、何してんですか」
「あ、ミツル君。もー聞いてよハルトって……ば……」
背後から聞こえてきた後輩の声に振り返ってようやく、さしものショーコもミツルの異変に気付く。
店内清掃用のモップを握りしめ、空いた手を腰に当てたミツルが文字通り仁王の如き形相で屹立していた。
「……俺としましては、外から食い物を仕入れることが出来なくなった今現在に於いて、何を考えて先輩がさっきの暴挙に及んだのかをじぃぃぃっくりと聞きたいんですがねぇ……?」
怒っている。めっちゃ怒っている。
「え、えーっとミツル君、これはね……」
「こんっっのクソ忙しい時に何してんですかっていうかそれ今の学園では貴重な加工食品なんですよ食い物を粗末にしたらナマハゲに頭からバリバリ喰われるって親から教わらなかったんですか俺は教えられましたよそこんとこどうなんですか先輩!?」
「ナマハゲって何!? 頭から喰われるって何!?」
「あー、あのミツル、ショーコは別に悪気があったわけじゃあ……」
「ハル先輩も何ぼへーっと見てんですか! すぐ近くに居たんだから止めて下さいよ!?」
「ひぃ!?」
「ああもう人が折角掃除用具持って来たってーのにアンタ達ときたらぁぁ! 本当にもうちょっと二人ともそこに正座してください正座!」
「えぇ!?」
「み、ミツル落ち着いて……」
「せーーーーーーーーーざっっっ!!」
『はいっ! すいませんでしたぁっ!!』
それから数分の後、無人コンビニの床に正座しながら下級生の説教を受ける、学園独立の立役者二人の姿が見られたとか何とか。
苦学生の身の上故か、それとも女手一つで彼を育てた母の薫陶か。草蔵ミツルは、食べ物の大切さを海よりも深く知る男であった。
……なお、ミツルの故郷で語り継がれる民間伝承に登場する怪異『ナマハゲ』は、怠惰な者に恐怖をもたらすがそもそもは規律と節制を重んじる山の神(諸説あり)で、決して食人鬼の類ではないことをここに記しておく。どんな伝承も、時代が過ぎれば解釈が変わる物である。
「ったく指南先輩はー。俺が子どもの頃なんて食器を箸で叩いただけでお説教から晩飯抜きのコースが定番だったってのに」
ぶちぶちと文句を言いながら、教室に戻ったミツルは持ち帰ったサンドイッチを頬張っていた。野菜の水分を吸ってふやけたパンはにちゃりと不快な食感であったが、普段から余り物のパンなどを購買から頂戴していたミツルがその程度の事をいちいち気にすることは無い。
「食べ物のことなんか然程気にしてないんじゃないの? お嬢様育ちの人って、『米は家の倉庫にあるもの』って考えの人が多いもの」
「さ、さすがにそれは偏見だよぅ」
それは、ミツルと向かい合ってもそもそとパンをかじるサキとアイナも同じことであった。両親のネグレクトをモロに受けていた為に味気ない食事に慣れきったサキはちょっとやそっとでは不味いとも思わないし、人並みに舌が肥えているアイナにしたってそもそも食べ物に文句を言うような性格ではない。ひょんなことから行動を共にするようになった一年三組所属の三人は、地味に賞味期限が過ぎたコンビニ食を無心で咀嚼しつつ、今後の事を話し合っていた。
「それより草蔵。あのロボット、本当に学校の地下にあったのよね」
「ああ」
サキが言及したのは、ミツルが駆る白の巨兵―――ヴァルヴレイヴ八号機のことだ。
「学園の地下かぁ……流木野さん、そんなの聞いたことある?」
「ないわね。時縞先輩の赤いロボットがプールから出て来なきゃ、誰も信じなかったでしょ」
「けどもしかしたらそこに、他にもヴァルヴレイヴがあるかもしれない」
“八号”と銘打たれているからには、一から七までのナンバリングが成された同型機が存在することを意味している。
ハルトの赤い機体が一号機であるとして、残る二から七まではどこにあるのか。そもそも、このモジュール77内に保管されているのか。済し崩し的にヴァルヴレイヴ運用チームとなったハルトとミツル、そしてアイナ、キューマ、サキの五人は、その全貌の多くが不明な超兵器をなんとか使いこなすべく、素人なりに考察を重ねていた。
「地下への入口は、あのエレベーターと裏山の大きな穴」
アイナが指折り数えながら挙げたのは、ミツルがリヒャルト隊に連行された際に目にした学園のエレベーターと、格納庫から八号機で飛び出した際に通り抜けた緊急射出用サイロだ。
ただ後述のサイロについては先日一度ヴァルヴレイヴで探索に向かってみたのだが、ミツルが正確な場所を覚えていなかったこともあってか発見できなかった。上空から目視で発見できない事を考えると、恐らくは既に自動で閉鎖してしまったのだろう。
「それと、ハル先輩の一号機が出て来たっていうプール……」
ミツルの言葉に釣られて、三人は窓から見えるプールに視線を向ける。つい一昨日までは一号機のケージが破壊されて散乱していたそこは、襲撃の際に資料を求めるドルシア軍とARUSによって綺麗に片付けられ、学園独立の次の日には既に水泳部の面々によって水が張られていた。
休憩時間に水着に着替えた生徒達が今も元気に泳いでおり、満員御礼である。
中には学校指定のものでは無く私物の水着に着替えた女生徒もおり、非常にけしからん光景だった。
いや、そうではなく。
「……誰だ、あのすげー重要そうな場所に普通に水張ったバカは」
「生徒会の縦ロールよ……夏なんだから涼む場所を作るべき、って」
おーっほっほっほ、と高笑いのような幻聴が聞こえて、ミツルとサキは机を殴る。やっぱりブルジョワなんて嫌いだ。
縦ロールことタカヒの名誉のために言っておくと、言いだしっぺは彼女であるが、他の生徒達が多数賛成したために多数決の原理で以て実行されただけである。あとタカヒはそんな高笑いをしない。
「ほんっとこれだから育ちの良い女なんてのはロクなのが居ないわ。“清楚なお嬢様”なんて居る訳ないじゃないの人間甘やかされれば増長するに決まってんでしょなによ取り巻き連れてぞろぞろと時代錯誤も良い処よバカじゃないの」
「……なあ櫻井、流木野の奴、副会長と何かあったのか?」
「えーっと、なんか顔合わせる度に服装とかサボりとか色々注意されるらしくて……」
日頃の小言の恨みと言うかなんというか、あの縦ロール今度会ったら中にチョコ詰めてやるとか怨嗟の声を上げ始めたサキに聞こえないよう、小声でひそひそと話し合うミツルとアイナ。学園祭ミスコンテストの覇者と元アイドルの新入生、その確執の一端を垣間見たミツルだった。
閑話休題。
「ともかくプールはダメ、裏山の大穴ももう塞がってる、となるとエレベーターか」
気を取り直して、ミツルは本題に戻る。学園裏手のエレベーターは特務隊が使用したハッキングツールが既に持ち去られており、通常の操作ではどうしても地下へ降りることが出来なかった。そもそも地下を示すボタンが無いのだから、何をしたって一階から四階までを行き来することしかできなかった。
「何か鍵があれば入れる、ってことなのかな……草蔵くん、連れて行かれた時に何か見なかった?」
「いや、ドルシアの奴らはあの端末みたいなので動かしてたから……っていうかあの時は緊張してて何が何やら」
「使えないわね」
「んだとぉ!?」
ぼそっと呟くサキ。キレるミツル。どうどう落ち着いて、とミツルを宥めてアイナは話を進める。
「と、とにかく地下に行くのは、今のところ難しいってことだよね」
「となると、次に考えるべきは一つね」
その自信ありげな台詞に、ミツルとアイナは揃ってサキの顔を覗き込む。一つって、なに? と言わんばかりにきょとんと首を傾げる二人に、サキは自信満々に言った。
「あのロボットに使わせる武器よ」
青みがかった髪をツンツンと尖らせた赤い目の少年が瓦礫を踏み締めて歩くたびに、彼の左耳で王冠を象ったピアスが揺れる。無言の歩みとは裏腹に、人造の日光に煌めきながら揺れるそれは、持ち主の苛立ちを如実に表していた。
人通りのない商店街を歩きながら、少年―――
ジオールの独立。それ自体は不満はない。モジュールが孤立した今、出来ることをやるべきだとは思うし、学生だけで国家を作るという途方も無い事をするのだって、内心では面白そうだと感じている。
では何が不満かと言うと……その先頭に立つのが、自分では無いということだ。
「どいつもこいつも、トキシマクサクラトキシマクサクラって……」
ち、と舌打ちを飛ばしながら、足元の小石を蹴っ飛ばす。かといって、脳裏で皆にちやほやされる気弱な同級生と煩い下級生が顔をしかめることも無く。飛んだ小石は電柱に当たって跳ね返り、ジンの頬を掠めて飛んでいく。
「うぉっ!?」
風切り音と共に耳元を通り過ぎた小石に、ついつい素っ頓狂な声を上げてしまう。一拍置いて、格好の付かない自分に苛立った。
「あああちくしょうっ! せめて俺だって、あのロボットに乗れさえすればっ!」
陽本ジンには、夢があった。
いつか、ビッグな男になる―――具体的に何をすればよいのか、何をしたいのかを明確に思い定めているわけでは無い。ただ年相応に誰もが持つ名声への欲。それが、ジンは少しだけ周囲よりも強かった。
学園に来てからも有名になりたいとは思ったが、既に学園ではサンダーこと山田ライゾウというアウトローの長が居た。幾度か喧嘩も挑んでみたが、二年生になってからは負け越しである。
というか、別にアウトローのトップになりたい訳でもないし、まして“サンダー組”とか呼ばれる彼らの呼称を“陽本組”とかに改めたい訳でもない。
だが授業の成績では生徒会長がトップを維持し続けており、そして生徒達の注目を集めるのは奇行を繰り返しつつも持ち前の明るさで人々に好かれるショーコが居た。
拳では山田ライゾウが。知では連坊小路サトミが。人の輪では指南ショーコが“トップ”に立つ咲森学園で、ジンは己の理想とする居場所を見出せずにいた。
そして今、ドルシア軍の襲撃という非常識な事態に学園全体が直面した時。ヒーローとなったのは、またしても彼では無かった。
陸上部所属の気弱な二年生、時縞ハルト。その後輩である生意気な一年生、草蔵ミツル。攻撃的なフォルムの二体のロボットで軍隊を打ち倒して見せたのは、ジンの中では印象の薄い、それまであまり目立っていない二人の男子生徒だった。
(時縞は、指南の腰巾着呼ばわりされてた。あんなナヨナヨした野郎が、自分から戦争に首突っ込むなんて変だ。草蔵にしたって、年の初めに時縞とトラブったとか聞くけどそれ以降は目立つような真似はしてない)
よくしゃべる友人から聞かされる学園の噂話の中に幾度か登場した彼らの姿は、ジンが想像するところのヒーローとは程遠い。二人がヒーローとなった契機。それは、間違いなくあの二体のロボットだろう。
(だったら、俺だってあのロボットに乗ればヒーローになれる)
未だヴァルヴレイヴを正確に知らぬ彼は、その考えの軽率さに終ぞ気付くことは無い。ただただ苛立ちと、憧れにも似た嫉妬を募らせるばかりだった。
「ん……?」
そんな風に考え込んでいた彼が、前方を歩く人影に気付いたのは全くの偶然だった。
男子生徒が数人と、女子生徒が一人。全員、見覚えがある。
連れ立って歩く数人の男子生徒は、自分と同じくライゾウに挑んで叩きのめされたヤンキーだ。自分とは違い、それ以降はライゾウに従っていたようだが、今彼らの付近にライゾウの姿は見られない。
女子生徒の方も知っている。桃色の髪を腰まで伸ばしたゼロG読書部の二年生。クラスメイト達の話題によく上る、物静かで見目麗しい少女だ。もっともジンとしては、常に少女が浮かべている伏し目がちの暗い表情は、あまり好ましく思っていなかったが……この際、問題なのはそこでは無い。
(あいつら、こんなところで何してる?)
クラスの作業割り当てを華麗にぶっちぎって逃走中である自分の事は棚に上げて、ジンは前方の集団に険しい目を向ける。
自分とは縁遠い大人しい少女と、自分の同類であろうアウトロー達。この組み合わせがおかしいことなど、一目瞭然だった。
ふと、良くしゃべる幼馴染がドルシア軍の襲撃の時に気にしていたことを思い出す。
『こういう時に一番気を付けなアカンのは、兵隊連中が女の子に手ェ上げたりせーへんかどうかや。なぁジン、僕らでなんとかクラスの女子だけでも守らなアカンよ』
弱っちいくせに意地だけは一人前な友人に、斜に構えた自分はついつい「映画の見過ぎだ、今時そんなことをしたら世界中から後ろ指だろ」と適当に聞き流してしまった。
だが、今目の前にある図は、まさしくその友人から聞いたそれだ。同じ学園の仲間が狼藉に及ぶとは考えたくないが、ライゾウに心酔する者達とは違い、彼らは放っておくと何をしでかすか分からない面もあった。
もっとも、件の女生徒が実はチンピラたちとの交流があった、というならば話は別だが……
(あいつ、泣きそうじゃねえか)
取り囲まれるようにして歩く女生徒は、常に伏せがちな瞳を弱々しくも周囲に向けていた―――まるで、誰かに助けを求めるように。
「……ちっ、ああもう胸糞悪いなぁ、オイ!」
放っておけない自分に面倒くささを感じながら、ジンは一行の後を追って飛び出した。
学園から叩き出されたARUS軍の兵士たちはその後どうなったかと言うと、少々ややこしいことになっていた。
大統領府の思惑とフィガロの暴走があったとはいえ、大多数の兵士たちはそもそも、同盟国の難民達を助けるためにこのモジュール77を訪れたのだ。
ところが艦隊司令部とフィガロ・エインズレイ上院議員は、末端の兵士達にも知らせぬままに難民達から兵器を取り上げ、あまつさえ見捨てようとした。命令に従っただけとはいえ、一般的な感性からすれば卑怯とも呼べるその作戦を実行しようとしたフィガロ、そして加担した部隊は、何も知らされていなかった兵達の不興を買った。
無論、戦争なのだから仕方ないことだ。旧ジオールの難民たちを助けるためにARUSが共倒れになっては意味が無い。それは正しく、国を守るための最善の手であっただろう。
しかし、それは可能性の一つに過ぎない。結果として、“ARUSの上院議員が同盟国の難民達の救助を放棄し、機動兵器だけを強奪しようとした”という事実だけが残ってしまった。
そうなればどちらの印象がより悪いかの問題である。助けに来た筈の者達から裏切り者と罵られた彼らの不満は、その原因を作った自国の者達に向けられる。しかし、その部隊に罰は与えられない。何度も言うが、彼らは上層部が下した命令に従ったのみ。そもそも罰が与えられるようなことそのものが無いのだ。
月周回軌道艦隊は、フィガロと艦隊司令部に従った者達、そして知らされていなかった者達の間で、軋轢が生じ始めていた。
「……というのが、あたし達がここに居る大きな理由だね」
自分たちの状況をかいつまんで説明しながら、工作班六班を束ねる班長の女性兵士はじとっと不機嫌さがにじみ出た視線をミツルに向ける。
要するに、自軍からの陰口に耐えかねた幾つかの部隊は、狭い戦艦の中に居るよりも生活環境の整ったモジュール内に居た方がまだマシだと考えて、『難民たちへの援助の一環として、復興に使用する重機の操作をレクチャーする』という名目の下学園の近くに逃げ込んできていたのだ。
学園の敷地から少し離れたところでテントを張って陣取る彼女達のもとを尋ねる、とサキから聞いて警戒していたミツルだったが、予想以上に悪くなっていた班長とその部下達の立場を聞いて、何やら段々と申し訳なくなってきていた。
「おまけに、どうやら命令そのものが無かったことにされたようでね。おかげで公的にはあたし達は、命令系統の混乱から現地住民に乱暴をしたダメ部隊、ってな扱いだよ畜生。大抵の連中はとっくに気にしてないけど、事情を知ってる奴らの一部からは卑怯者呼ばわり、事情を知らない奴らからはチンピラ部隊呼ばわりさね」
「た、大変だったんですね……」
「何かその、とりあえずすいませんでした……」
心なしか肩を縮ませるアイナとミツル。その隣では二人をここに連れて来たサキが、どこ吹く風で出された缶ジュースを飲んでいた。
「でも、軍人が戦艦を離れてこんなところにいつまで居座ってたら、余計に風当たりが強くなるんじゃない? 学園側だってまだあなた達を信用してないわよ」
「そう言う訳でも無いさ。実はそういった部隊の間で、ちょくちょくトラブルが起きててね。口喧嘩で済むうちはまだ良いけど、このままだと乱闘騒ぎにでもなりかねないから引き離しておこうって感じで、司令部も黙認状態なんだよ。あんた達学生からの反発にしたって、友軍からのよりはまだマシだからね」
班長は溜息をつきつつ、やれやれと首を振る。
実際のところ、班長が率いる工作隊は既に、復興への支援を申し出ていた。
戦闘によって荒らされてしまったモジュール77の市街地では、破壊されたビルや横転した車両が今も放置されている。
撤去するなり何なりして整えようにも、免許も運転経験も無い学生だけでは車も重機も動かせないしそれを教える人間が居ない。未だ溝こそあるが、彼らからの申し出が無ければ思うように作業が進まないのも事実であった。
「で、あんた達はその信用ならないあたし達に、何の用があってここまで来たんだ?」
肩をすくめて問いかける班長に、ミツル達は一度顔を見合わせると、まっすぐに彼女の目を見て言った。
「ヴァルヴレイヴの武器を掘り出すのを、手伝って欲しいんです」
その言葉に、班長は一拍の間を置き、ふーっと溜息をついた。
「嫌味としちゃあ一級品だよ。あたし達が今、自分の班に配備されていた工作車ひとつ持ち出すだけでも艦内警備隊がすっ飛んでくるって知ってて言ってるんなら尚更ね」
現在、モジュール内に“一時的に滞在”している彼らは先のゴタゴタもあってか、軍用機材の使用を艦隊司令部から厳重に監視されていた。
兵士と学生との衝突を危惧し、これ以上の失態を許せばいよいよ立場が危ういフィガロが―――原因の一端は間違いなく彼ではあるが―――厳命したもので、モジュール内に留まる部隊は学生達との衝突を回避するために、拳銃をはじめとする最低限の武装すら許されずにいたのだ。
そんな状況で、いち学生との取引だけで本来計画されていない作業を行うことはできない。万が一軍の車両で事故など起きれば、ARUS軍は今度こそモジュール77の敵と断定されるのだ。
「クレーン車やブルドーザーなんかはこのモジュールの中にもあります。あなたはそれの使い方を俺達に教える為に、みんなの前で手本を見せるだけだ。勿論、俺もあのロボットで一緒に作業をする。それなら誰も心配しないし、そっちの復興支援の範囲内だ」
「言っておくが、実質的にそれは既に復興の援助では無く軍事的な協力だ。あたし達が自軍に隠れてあんた達に協力して、何の得がある?」
「俺から掛け合って、協力してくれる人達にモジュール内のマンションや家を使えるように学校の皆を説得します。いつまでもテント暮らしは辛いんじゃないッスか?」
「そうでもないよ? あたし達は軍人だ、この程度は全員が新兵時代にサバイバル訓練で体験してる。自炊に野宿なんてへっちゃらさ」
「朝起きて俺達が炊き出した飯を食ってる横でレトルトの飯を食って、昼に俺達が休憩してシャワー浴びてる時に自前のボイラーで湯を沸かすところから初めて、夜に俺達がベッドで寝てるすぐ近くで寝袋と保温シートに包まって寝るのにいつまでも耐えれるんなら、ですよね」
「だとしてもあんた一人の言葉を信用できるわけがないだろう」
「俺はヴァルヴレイヴのパイロットです。俺の機嫌を損ねればマズイことは皆知ってる」
言葉を重ねるうちに、空気が鋭さを増していく。火花が散りそうなほどに圧力を高める両者の視線は互いに固定され、無言で事の成り行きを見守るサキや顔を青くするアイナは既に眼中に入っていなかった。
やがて、折れたのは班長の方だった。
「……良い性格してるよ、あんた。親の顔が見てみたいもんだ」
「自慢の母親ッス。父親は顔も知らないけど」
しれっとほざくミツルに、先程と同じく大きな溜息を一つ。
「まあ良いわ、こっちも一応準備はしておくけど、そっちのリーダーたちから要請が無いと正式には動けない。それだけは覚えときなさい」
「助かります」
こうして議論は、一応の決着を見た。
ミツル達は工作隊のテントを辞して、校舎に戻ろうと―――した辺りで、ミツルがふらっと崩れ落ちた。
「く、草蔵くん!?」
慌てて駆け寄るアイナを手で制して、ミツルは大きく深呼吸をする。地べたに座り込んだ彼は息を整えると、蚊の鳴くような声でぼそりと漏らす。
「き、緊張した……!!」
先程までの一連の交渉の中で、ミツルは精一杯虚勢を張っていた。
ミツルの人柄をよく知る者が居たならば、交渉の中で彼が“自分のパイロットとしての立場”を笠に着た発言をした辺りで違和感を抱いたことだろう。運動部根性の染み付いた彼は、基本的に学校の先輩に逆らうことが出来ない。確かにパイロットとしての彼は学園の中でもかなりの発言権を持っているが、無理矢理に言う事を聞かせる、というのは、本来彼が考え付くような事ではない―――先程のお説教に関しては、そんな彼の数少ない逆鱗に触れてしまったということで、ひとつ。
では誰が、彼にそんな入れ知恵をしたかと言うと。
「ほらしっかりしなさい、教えた通りに上手く行ったじゃないの」
「い、言うだけ言って全部俺に丸投げしやがって……」
三人の中では最も他者を信用しておらず、また駆け引きの術を心得るサキだった。
恨みがましげな眼を向けつつも、内心では彼女の見通しに目を瞠るミツル。実際、明確にメリットを示さない限り協力は得られないというのも、そのメリットが金品では無く衣食住といった生活的な面に偏っているのも、全てはサキの指示である。
衣食足りて礼節を知る。その言葉に従って、サキは班長が部隊の取りまとめをしやすくするための手段を示して見せたのだ。
「良い性格だってよ」
「親の顔なら見せないわよ。私だって早く忘れたいんだから」
「……お前どういう育ちしたんだよ」
「アイドルに決まってるじゃない」
この二日ほどで、随分ずけずけとものを言い合うようになった二人であった。
ミツル「食い物を粗末にするんじゃねえ―――殺すぞ」
一話で片づけるにはイベント盛りだくさんだったアニメ五話です。
オリ主が原作キャラにSEKKYOUする展開を書くことは少ないのですが、さすがにショーコのあれだけは物申そうと思いました。うちのオリ主のキャラ的にも見たら絶対怒ると思います。
今回から外伝「アンダー・テイカー」のキャラをちょっと出演させてみました。ただし彼らはこの章が終わったら二部まで出番ありません(無慈悲)。あんまりキャラ増やしてもただでさえ複雑なストーリーが余計に複雑になりますし。