V's If-Story:ScalePowder of WhiteMoth   作:よしおか

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このままのペースだと伏線の回収が追い付かない

そうだ、説明回を捻じ込んで出したかった説明を一気にやってしまえ

以上、色々と最低な今回の執筆中の考え事です……


第二十一話 闖入者達/ドライヴの意味

「せんせ、ご飯食べれる?」

「いやーどうせならマリエがあーん、ってしてくれれば食べれ待て待てちょっと待て俺が悪かったそれ熱い絶対熱い」

「はいあーん(棒)」

「あづづぐふぉげふっ!?」

 性質の悪いセクハラ教師こと貴生川タクミの口に出来たてホカホカの雑炊を捻じ込みつつ、マリエは保健室の一角で溜息を吐いた。

 ハルトとミツル、そしてショーコの手伝いをしたいのは山々なのだが、残念ながらマリエには足の骨折で半ば寝たきりとなった物理教師の看病をするという仕事があった。飄々として何を考えているか分からない胡散臭い男ではあるが、こんなんでもマリエの身元引受人―――言ってしまえば保護者である。放っておくのも流石に躊躇われた。

(身体が弱いんだ、せんせは。怪我が治ったら煙草やめさせよう)

「……マリエ、なんかロクでもないこと考えてないだろうな」

「せんせの肉体改造計画?」

「保健室で言うな保健室で。洒落にならんわ……いてて」

 小柄な少女にからかわれつつ、タクミは時折身体に走る痛みに眉を顰める。

 ショーコと共に生き埋めになった時、タクミの足は車ごと吹き飛ばされた衝撃で綺麗に折れていた。その後、丸一日近く放置せざるを得なかったことで患部がうっ血していたのだ。

 救助に訪れたARUSによって緊急手術を受け、折れた骨は接ぎ合わされて内出血も縫合されたが、溜まった血を取り除かれたタクミは暫し昏倒し、三日が過ぎた今も自力での歩行が難しい状態だった。

 タクミがそんな状態である以上、本来彼に割り振られる仕事は他の者に振り分けられていたのだが……

「……ところでマリエ、七海ちゃんの様子はどうだ?」

 その大部分を「教師だから」という理由で担当する羽目になったリオンをタクミが案じるのは、当然の流れだった。

 嫌な予感を感じつつも敢えて言葉に音を伴わせるタクミに、マリエはぶんぶんと首を横に振る。

「頑張ってはいるみたい。けど生徒会からはどーにも」

「やっぱそーなるよなぁ」

 すまんね七海ちゃん、とぼやきながら、タクミは頭を抱える。言ってしまっては何だが、今自分が動けるならば彼女に押し付けた仕事だけでなく、他の仕事も取り上げた方が良いかとすら思える。なにせ、その方が明らかに早く片付くのが目に見えているからだ。

 リオンは決して無能ではない。ただ、有事に存在感を示すタイプの秀才でないのは確かだ。それは指導教員の一人として、三週間で中断した彼女の教育実習を監督してきたタクミがよく知っている。そんな彼女に“戦災からの復興計画”、ひいては“数千人での国家の運営”などという話を押し付ける方がどうかしているだろう。タクミだって、そんな立場になれば裸足で逃げ出したくなるに違いない。

「七海ちゃんと生徒会がそんな感じじゃ復興そのものはあんまり進んでなさそうだな……流石にロボットに任せてって訳にはいかないか」

「今は皆の注目がロボットに行ってるけど、一週間ぐらいでライフラインやらなにやら整えないとそのうち口喧嘩が殴り合いの乱闘になるってショーコが言ってた」

「指南か。あいつ意外に頭良かったんだな、もうちょい馬鹿だと思ってたぞ」

「それは同感」

 ショーコ本人が聞けば烈火のごとく抗議しそうなことをのたまうタクミであったが、ぶっちゃけマリエもここ数日のショーコの働きぶりには目を瞠っていた。

 バカにするつもりはないが、マリエの知る限り指南ショーコという少女は、奇抜な感性と回転の速すぎる頭脳以外は年相応の女子高生でしかない。そんなショーコが戦争という一大事に真っ向から立ち向かおうとしているのが、マリエにはどうにも危うい物を感じて仕方なかった。

 別にショーコは一人ではない。ハルトとミツル、信頼できる二人の友人が、全長20メートル近い無敵のロボットで以て彼女の掲げた理想を支えてはいる。けれどそれはあくまでロボットの力であって、二人が本来持ち得た力ではないだろう。武を以て『学生たちの国』を支える二人は、皮肉にも『ただの学生』の枠を既に大きく逸脱していた。

「あのロボットがもっとあればジオールは無敵なんじゃないかっていう話もあるけどさ、せんせは本当にあれのこと知らなかったの?」

「知ってたら慌てて車で外に出ようとなんかして無いっての。俺だってびっくりだぜ? プールががばっと割れてあんな男の浪漫詰め込んだようなロボットが出て来たんだから」

 がしがしと頭をかきつつ、マリエの問いを否定する。実際のところ学園で教師として働いていたタクミも、地下に巨大ロボットがあったことは本当に知らなかったのだ。関与を疑う教え子の視線にも、肩をすくめて手を上げるしかなかった。お手上げである。

 その様子に嘘はないと感じとってか、手にした丼をベッドサイドに置いたマリエは包帯で吊るされたタクミの足を一瞥する。どうやら古き良き熱々鍋コントでタクミをいじめるのは飽きたらしい。

「あーあ、さっさと保健室ともおさらばしたいところだ。口も熱いしギプスも布団も暑いし、干物になっちまう」

「我慢してよ、お医者さんの話だとギプスはあと三日かそこらで取れるってんだから。そんじゃ私、七海ちゃんの手伝いしてくるね」

「あいよー。無理すんなって伝えてくれー」

「どうだろ、ミツルも居るし二人して無茶してそう。ほどほどにって言っとくね」

 ベッドからひらひらと手を振るタクミに苦笑しながら応えると、マリエは保健室を辞した。

(七海ちゃんもだけど、そういえばミツルもミツルで無茶するんだよね)

 現在のリオンはやるべきことを見定められないが故に何をするにもいまいち、と言った感じだが、そういう人間が一度目的を思い定めると脇目もふらずにのめり込むことをマリエはなんとなく知っている。マリエの親友である少女が今まさにそんな感じだし、一歳年下の生意気な後輩もつい数ヶ月前に似たような状態に陥っていたからだ。

(ミツルが七海ちゃんのこと好きになったのってあのデカい胸が理由かと思ってたけど、ひょっとしたら似た者同士だって本能レベルで感じ取ったのかな)

 ただのおっぱい小僧じゃなかったんだねぇあのエロ一年、と、これまた本人(ミツル)が聞けば激怒しそうなことを胸中で呟きながら、マリエは暑苦しい廊下を歩く。本来であれば真夏とも呼べるジオール本国の気候を再現して居るせいか、それとも人工太陽を擁するダイソンスフィアから離脱した影響か、モジュール77はここ数日空調設備が自動でフル稼働し、人工の“真夏日”が続いていた。

(只でさえ暑苦しいのに、人間関係まで暑苦しくされちゃ溜まったもんじゃないや)

 次にミツルとリオンが一緒に居るところを見かけたら思いっきり冷かしてやろう、と理不尽なことを考えながら、マリエはリオンが居るであろう場所を探してみることにした。

 

 

 リオンがミツルに連れ出されたと聞いたマリエが、後輩をからかう絶好の機会を逃して舌打ちを飛ばすのはこの数分後である。

 

 

 

 

 

「へっ、くしゅん」

「草蔵くん、風邪?」

 なにやら急に鼻がむずむずとしたミツルは、ずーっと鼻を啜りながらリオンに応じる。夏風邪、と問わない辺りはリオンの優しさだろう。

「っかしーなぁ、今日は寧ろ体調は良い位なんだけど」

「噂でもされてるのかもね。草蔵くん、今じゃ学園のトップスターだもん」

「い、いやいやそれほどでも無いっすけど……あ、先生ここです、この駐車場の中」

 二機のヴァルヴレイヴは現在、学園の敷地から離れた場所―――半壊したエレベーター式立体駐車場の中に置くことになっていた。八号機が叩き落としたバッフェの墜落によって丁度建物の半分が潰れるように倒壊したために、内部のエレベーターを退かせば二機のロボットを収める空間が出来ていたのだ。

 最初のうちは復興作業にヴァルヴレイヴを使ってからそのまま帰って来るミツルが、寮の近くの開けた場所に自転車のように乗り付けるようになり、流れでハルトも真似をしたのだが……

『なーハルト頼むよー! 一度でいいから、俺達にも操縦桿だけでも握らせてくれよぉ!』

『時縞先輩ねえねえお願いエンジンのところ見せてっ、せめてコンソール周りだけでもっ……あああやっぱり出来ればちょっと装甲部とか見せてえっ!!』

『だっ、駄目だよ霊屋くん!? ほら、燦原さんも危ないから……って登らないでーーーっ!? 燦原さんほんとやめて!? バールでつなぎ目の隙間こじ開けようとしないでえええっ!!!』

……ユウスケ率いるオタク部、並びにオタク部と交流のあるロボコン部や自動車部が機体を調べようとした他、物見気分で見に来る生徒が後を絶たず、止む無くミツル達は生徒達の目につかない場所にヴァルヴレイヴを移したのであった。主にあのままでは暴走したナツキに解体されるという不安が一番大きかったのだが。

「うっひゃー、こんなところに置いてたんだねぇ」

「本当なら七海先生にも秘密なんですけど、特別っすよ」

 リオンと共に学園を抜け出したミツルは、周囲に人影のないことを念入りに確認しながら、立体駐車場に足を踏み入れる。

 モジュールの気候管理システムが年間スケジュールに従いオートで作り出す“夏の日差しと蒸し暑さ”にたっぷりと晒された中を歩いてきたせいか、大きな建物の陰に入った二人の身体はひんやりと冷たい風に触れてぶるりと震えた。

「んー涼しー……あっつい中歩いて来たから天国だよぅ」

「そーッスねぇ……ここ何日か暑くて、ぶっ!?」

 何の気なしにリオンの方を向いたミツルは、思わず吹き出した。

 程よく冷えた心地よい風を服の襟元から取り込もうと、リオンは半袖シャツの襟ぐりをぱたぱたと広げていた。真横に立っていたミツルからは当然、その隙間からレースの生地が使われた何かがちらちらと見えている訳で。

(み、見えっ……!?)

 こっそりキューマに譲ってもらったRで18な雑誌でしか異性の身体に慣れていないミツルが、超至近距離でのチラリズムに耐性など持っている筈も無い。ほどなく、炎天下で炙られた健康な少年の鼻孔から、つつー、と赤い液体が一筋垂れ落ちた。

「わっ!? く、草蔵くん!?鼻血、鼻血出てる!!」

「……はっ!? あ、い、いやそのこれはええっと」

 ひょっとして胸元をじろじろ眺めていたのを見咎められたかと慌てて明後日の方を向くミツルだが、頬を掴まれぐいっと引かれ、視線をリオンの方へと固定される。

「もう、暑いの苦手だったら最初から言いなさい! ほら鼻のところ拭いちゃうからこっち見せて!」

(ちょっ、ああああ見える見える!? 谷間が、たにまがっ!?)

 ポケットティッシュ片手に詰め寄るリオンだが、そんな彼女の顔から視線を落とせば桃源郷が視界いっぱいに広がるか広がらないかというミツルには聞こえていない。必死に顔を逸らそうとするも、手当てをしようとするリオンがそれを許さなかった。

「こーらっ! なんで逃げるの!」

「い、いやいや大丈夫ですってば!? こんなんちょっと叩けば止まりまへぶっ」

「って首筋(そこ)叩いたらもっとダメでしょおおおおおおおっ!?」

 結局、ミツルの超回復能力によって出血が収まるまで、二人はぎゃあぎゃあと騒ぎ続けた……人気のない場所で二人きりだというのに微塵も色っぽい話に発展しない辺り、この後長きに渡ってミツルが味わう恋愛方面での苦労を如実に予見していたと言えなくもないが。

「……お騒がせしました」

「ホントだよー。恥ずかしいかもしれないけど、のぼせて熱中症なんて誰にでも起きることなんだから手当てを嫌がったりしたら駄目よ?」

 真剣な顔で暑さ対策の重要性を説いてくるリオンに、まさか貴女のブラチラで興奮して鼻血出しましたなどと言えるはずも無く大人しく頷くミツル。

「と、とにかく、ここまで来たんですからさっさと乗りましょうよ。俺が操縦しますから、先生はシートに掴まっててくださいね」

 多少強引にリオンの手を取ったミツルは八号機の足元まで駆け寄ると、コックピットから伸びるワイヤーリフトのスイッチに手を懸けようとして―――

「?……先生、ちょっと待った」

 微かな異変に気付き、ぴた、と動きを止めた。

「草蔵くん、どうしたの?」

 ミツルはリオンの問いに答えず、八号機の足元からその巨体を見上げる。

(……誰か、ヴァルヴレイヴに勝手に触った!?)

 はっと気づいたその答えは、ミツルを凍りつかせるには十分だった。

 先程ミツルは、ヴァルヴレイヴに乗り込むためにワイヤーリフトを起動させようと、外部のスイッチ……足首フレームの内側に隠されたスイッチに手をかけようとした。

“昨日ミツルが降りてから、垂れ下がったままになっている筈のワイヤーリフト”のスイッチに、である。

(俺は昨日、ここから降りてそのまま帰った。なのに、ワイヤーがしまわれてる。誰か勝手にいじったか、八号機の中に乗り込んでる!?)

「先生、そこの陰に隠れてて!」

「え? えっ、ちょ、ちょっと草蔵くん!?」

「早くっ! 俺が良いって言うまでここにいて下さい!」

 物陰にリオンを屈ませたミツルは、周囲の瓦礫から手ごろな大きさの石を二つばかり手に取って右手に握り込むと、乱暴にスイッチを押す。

 何事も無いかのように胸部からワイヤーが降りてきて金属の足掛け棒(ステージ)が展開した瞬間、そこに飛び乗ったミツルは端の方を片足で蹴った。ペダルスイッチが押されたことで、ワイヤーはすぐさま巻き取られ、ミツルの身体を持ち上げる。

(くそっ! こんなことならARUSからガメたライフル、一つぐらい持って歩くんだった!)

 胸中で吐き捨てながら、段々と近づくコックピットハッチを睨む。銃もナイフも無い中、拾った石程度で侵入した何者かを倒せるかは分からない。しかしいざとなれば、不死の身体をフル活用してでも敵を倒さなければいけないだろう。自分がここで倒されれば、建物の隅に隠れるリオンを守ることが出来ないのだから。

 もしも悪意を持つ誰かがヴァルヴレイヴに乗り込んでいるとしたら、一大事だ。ドルシア軍の兵士―――特に、未だ行方の知れないエルエルフに奪われようものなら目も当てられない。

(よし、肚は括った!)

 すぅ、と息を吸い込み、ワイヤーが上昇しきった勢いで以て、コックピットに飛び移る。

「誰だ!!」

 大声と共にダン、とハッチを踏み締める。

 その応えは―――沈黙。

 周囲を見回すミツルの目には、自分以外の誰かの姿を捉えることは出来ず。しばしその場にとどまっていたミツルは、開いたままのコックピットハッチの中に誰も居ないことを確認すると慎重にその狭い入口をくぐる。アームレストに手を置くと、両腕の静脈と指先の指紋からミツルを検知したOSがオートで起動し、スタンバイ状態からアクティブへと移行した。

(……パイロットの認証が書き換えられてる、とかは無いな)

 そのままコックピットシートに身を降ろしたミツルは、OSを立ち上げると、コンソールパネルに目を走らせ―――

「……おい、お前らそこで何してる?」

 センサー類をフル動員して見つけたお邪魔虫に、外部スピーカーから声を掛けた。

「い、いやーこれには色々と訳があって……」

「お、俺はべつに何もしてねえぞ? ちょっとナツキに頼まれてこいつのエンジンをだな……」

「あ、アリヒトくんずるいっ!? アリヒトくんだってこのロボットを運転してみたいって言ってノリノリで―――」

「ちょっ、てめっ!?」

 お邪魔虫は、ここにいる筈の無いミツルのクラスメイト二人だった。

(そういやこの二人、俺が帰って来た時にも自分も乗せろとか中身見せろとか好き勝手言ってたっけなぁ……)

 ほとんど足場も崩れているというのに根性と好奇心でここまで登ってきた二人は、ヴァルヴレイヴのエンジンが良く見えるであろう場所―――即ち、八号機の背中側にこっそりしがみついていたのである。

「……ほら、取り敢えずそこ降りろ。ヴァルヴレイヴの手に乗って良いから」

 色々と言いたいことは有ったが、足場の不安定な場所にクラスメイトを拘束しておく趣味も無い。ミツルは背後のコンクリート壁を壊さないように慎重に、背後に回した八号機の掌を二人のもとに近付けた。

「ええー!? せっかく最新技術の塊を間近で見れるのにー!!」

「けちけちしないで俺にも動かし方教えてくれってばー。せっかくここまで来たんだからせめて一回だけでも」

「このままハタき落としてやろうか」

『すいません今すぐ降りますっ!!』

 少々ドスを利かせた声で問いかけると、二人はあっさりと八号機の掌に飛び移った。

 

 

 

 

「あのね二人とも、確かに私と草蔵くんは学校抜け出してここに来たけど、午前中にやることは全部終わってるよ?」

「はい……」

「うっす……」

「今の時間はお昼休みだし、休まず働けーなんて言ったりしないけどね、今の時間に私達より先にここに居たってことは二人とも、午前中の片づけは終わってないんだよね?」

「はい……」

「うっす……」

「それに、草蔵くんはこのロボットに触っちゃ駄目ってみんなに伝えてたんだよね? 確かに護堂くんと燦原さんが興味持ちそうな代物だけど、駄目って言われてるのに触っちゃうのはどうだろう」

「はいぃ……」

「すんませんっした……」

 ヴァルヴレイヴと建物の隙間から引きずり出された後、二人仲良くミツルにグーで脳天を殴られたアリヒトとナツキは、現在リオンから懇々と説教を受けていた。

 そんな姿を眼下に収めつつ、ミツルはコックピットの中でむっすー、と膨れっ面を作っていた。

(ちっくしょう、せっかく七海先生と二人だと思ったのにさ)

 年頃の少年らしくそんなことを考えるミツル。もっとも彼とリオンが二人っきりでいたとして、ミツルの夢見るような展開が訪れたかどうかは甚だ疑問ではあるが。

(それにしても、うまく隠してたつもりだったのにこんな早く見つかるなんて。またハル先輩と相談して、こいつの隠し場所変えなきゃなー……)

 思案に耽りながらミツルはコンソールパネルをチェックする。二人の様子を見るにコックピットであの質問に―――『ニンゲンヤメマスカ?』の問いに応じてはいないらしい。

 しかし興味津々でここまで来た二人の事だ。コックピットが空きっぱなしになっていた以上、そこに入っていないとは考え辛い。どこか適当に設定やら何やら変えられていて、いざ次の実戦で前と同じく動かせずに撃墜、なんて間抜けなやられ方は死んでも御免であった。

「……よし、こんなもんか。先生、チェック終わりましたよ」

「あ、わかったー」

 言いながらミツルはワイヤーリフトで再度機体の外に降りる。

「まあ、特にどっか動かしたわけでもないみたいだし、アリヒトも燦原ももう戻れよ」

「動かすも何も、俺じゃ動かせなかったんだって。中の浮き椅子みたいなシートにも座ったけどどこ弄ってもうんともすんとも言わねえんだぜ?」

「……は? ちょっ、アリヒトお前っ、まさか八号機のコックピットに座ったのか!?」

 悔しそうにつぶやいたアリヒトの言葉に、一度安心していたミツルは再び血相を変える。

 ヴァルヴレイヴのパイロットシートに仕込まれたギミックには、人間を人外の怪物に変える力がある。だからこそミツルは、リオンを誘った時にも“コックピットシートにさえ座らせなければ大丈夫”と考えていたのだ―――この点については、ミツルもミツルで浅慮極まりないのだが。

 だがアリヒトがコックピットに座ったのなら話は違う。

「な、なんだよ急に……」

「良いから答えろっ! 」

 急に眦を釣り上げたミツルに気圧されてか、アリヒトはしどろもどろになりながらも答えた。

 

「の、乗ったよ! 乗ったけど、『DRI-Ve(ドライヴ)登録要員外』とか表示が出て、それっきりだったんだよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おかしい」

 仏頂面から吐き出される、疑問を示す簡潔な四文字の言葉。

 頭脳明晰なエルエルフをして、今彼が直面している情報には戸惑いを感じずにはいられなかった。

 咲森学園の地下に保管されていたヴァルヴレイヴ。それを、何の因果かその存在を知らずにいた二人の学生が動かしてしまった。しかも、その二人は完全なただの学生とは到底言えない、不死の肉体を持つ怪物であった。

 それはまだ良い―――いや、この時点でも人型の不死性生命体とか色々突っ込むべき点はあるのだが、論点はそこでは無い。

 問題は、その学生のうち片方―――ミツルのことだ。

(職員室から持ち出した資料には、確かに草蔵ミツルの名前がある。出席簿、中間テストの答案用紙、健康診断の書類。どれをとっても、草蔵ミツルは“確かに居る”)

 手に持った紙束をぱらぱらと捲りながら、胸中で独りごちるエルエルフ。一年三組の担任が使っていた机には、彼の受け持つクラスの資料がそのままに残されていた。おそらく殺害される寸前―――奇襲のその時まで、大量の書類の整理に追われていたのだろう。

 ドルシア軍が結論付けたように、エルエルフは、この学園が本当にただのエリート高校などとは、まして学園の生徒達は研究所の隠れ蓑に使われていただけなどとは毛頭信じていない。

 恐らく開発研究所の研究者たちは始めからこの学園の生徒達をパイロットにするつもりだった。その為にこの学園に、ヴァルヴレイヴの操縦に必要だという“資質”を持つ少年少女を集めた。その一人がハルトであり、ミツルだったのだろう。手にした書類の一つ―――今年度の入学願書には『スポーツ推薦特別枠』の但し書きと共に、確かにあの妙に印象的な眉毛の少年の写真が貼付されていた。

(だが……)

 次いで、視線を別の方向に移す。地下に広がる研究施設、その一端と回線で繋がるコンピュータ端末。学校の敷地内に隠されたそれの空間投影ディスプレイには、今年度の咲森学園の入学者の名前が表示されている。その中から『一年三組男子』の文字を見つけ、その下に羅列された数十の人名をあいうえお順になぞっていくとどうしても一つ、エルエルフの知る名前が足りないのだ。

『緒川 ショウ』

『小野寺 タケヒロ』

『加賀 リョウヘイ』

『護堂 アリヒト』

『宍戸 ケイシロウ』

(加賀(かが)の次が、護堂(ごどう)。本来あるべき“く”の文字で始まる名前が登録されていない)

 

 

 即ち―――ヴァルヴレイヴ開発研究所が記録する咲森学園の一年生の中に『草蔵ミツル』という生徒は、存在しない。

 

 

(本来パイロットとして数に数えられていない、完全な一般人……もしくはあの男も、俺達と同じく不正に学園に潜入した人間だというのか……?)

 咄嗟に浮かんだ二つの推論。だが即座にエルエルフは、そのうち二つ目の可能性を消去する。

 ドルシアか、ARUSか、或いはどちらにも属さない国家の人間か。いずれにせよ、ミツルが本来ジオールの学生ではないとしたら今ここに居る意味が無いのだ。ヴァルヴレイヴを奪ったならば、即座に自国に戻れば良い。それをしない以上、ミツルは自分の意志で学園に居るのだ。

(だとすれば本来想定されていなかったにも拘らず、ヴァルヴレイヴに乗るための資質があったからこの学園に誘導されたのか?)

 この学園でも珍しい、スポーツ奨学生。なるほど彼のデータを見る限り、頭の出来はともかく(本来全額免除だった彼の学費は、スポーツの成績に反してペーパーテストの成績があまり宜しくないという事で七割免除に留められていた)身体的には申し分はない。相応の訓練を重ねれば、エルエルフには及ばないまでも一端の兵士となっていただろう。

 ヴァルヴレイヴを操縦するための“資質”とやらを持たないエルエルフには腹立たしい話だが、陸上競技で頭角を表していたミツルは兵士としての能力、或いはその身体の頑丈さから「不死の怪物になれる資質」を見出されて学園に招かれたのかもしれない。

 だが、それはそれでまた新たな疑問が浮上する。

(ヴァルヴレイヴの研究は違法行為と人権侵害の見本市とも呼べる内容で間違いない。いくら資質に恵まれていたとはいえ、本来予定に無かったイレギュラーを引き込んだとは思い難い)

 エルエルフは未だに、二人が受けた人体改造の全貌を知らない。しかし情報が足りない今でも、ヴァルヴレイヴのパイロットとして生まれ変わることが、倫理の枷を無視して行われることだと理解できる。軍属という自覚の無い人間を兵器のパイロットとすることはもちろん、そのために薬品で肉体を改造することが、『和』の国ジオールでなくても許されるはずがない。

 生まれた時からその為に養育されていたとでも考えれば話は通るが、それならデータが残っていないミツルはなんなのだ?

「解らんことだらけだな……」

 ハルトの後輩としか見ていなかったもうひとりのパイロット、草蔵ミツル。調べれば調べるほどに謎の深まる存在に、エルエルフは警戒を募らせる。自分が言えたことでないのは承知の上だが、それでもミツルという存在は怪し過ぎた。

(どちらにせよ、俺のやることは変わらん。邪魔になるのなら消し、そうでないのなら利用する。今までだってそうして―――)

 胸中で自身のやり方を再確認しするエルエルフは、不意に感じた画面の違和感に思考を中断する。

「これは……データの一部に抹消された形跡がある?」

 エルエルフが見ていたのは、学園のデータベースに残る資料の中でも最も古いものだった。

 入学前健診と書かれたそこには、先程まで見ていた一年生の名簿と違い、ミツルのクラスメイトこと加賀リョウヘイと、アリヒトの名前の間に、ちょうど一人分だけ空欄があった。

 位置的に見ればちょうどそれは、かきくけこ、の『く』の位置。これがミツルの名前に当たる部分だとすれば、ミツルのデータ自体は入学前の段階ではあった事になる。

 しかしその空欄を最後に、学園の『表』の資料を除けば、『裏』の資料にミツルの名前は無い。

(何者かが『草蔵ミツル』にすり替わっている、ということか……)

 エルエルフはそのデータをコピーし、接続していた個人用の端末にペーストする。

(不確定要素として、草蔵ミツルの存在は大きすぎる。早急にこいつの正体を見極めなければいけない)

 こうして、本人の知らぬまま―――草蔵ミツルは、モジュール77に潜り込んだドルシア最高の工作員の頭の中で、ブラックリストに名を連ねたのであった。

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