V's If-Story:ScalePowder of WhiteMoth   作:よしおか

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第二十二話 遊覧飛行/ミツルの浅慮

 マリエの姿が見えなくなった後、タクミはベッドの下に手を伸ばすと、隠していた煙草の箱を手探りで引っ張り出した。

 リモコンで空調の空気清浄機能をフルパワーにして、ついでに消臭スプレーも枕元に手繰り寄せておく。これでいつマリエや他の誰かが戻って来ても、保健室での喫煙に気付かれることは無いだろう。人の気配に神経を使うのはしち面倒だが、ここらでそろそろニコチンを体に入れておきたかった。

「マリエも小うるさくなったもんだ、引き取って暫くは俺がなにしようと興味なしだったってのに」

 鬱陶しそうに言いつつも、タクミの表情は明るい。嘗ては物言わぬ人形のようだったマリエが、この一年半で人間らしさを取り戻しつつあることが、単純に嬉しかったのだ。

 他者への興味……否、それ以前に感情が著しく欠落した少女の身柄を引き取ったのは、タクミがこの学園で教職に就くのと同時だった。

 “前の職場”で上司とトラブルを起こしたタクミは、新たに設立される国立学園で物理教師が足りていないと声を掛けられ、渋々ながら移動の辞令を受け取った。もっとも、受け取らなかったところで、翌日には自分のデスクが何事も無かったかのように片づけられていたのだろう。上の方針に反発したタクミの居場所は、その時点で前の職場に残されていなかった。

 再就職の代わりとばかりに押し付けられたのは、今まで極力見ないようにしていた子ども達と間近に触れざるを得ない立場。それだけでも気が重いというのに、自分が何者であるかの記憶と、感情の大半を失った少女……野火マリエの保護責任者と言う役職を押し付けられた時は、上司を殴ってやろうかとついつい拳を握り締めた。

(……ま、今一番殴りたいのは、何もできない自分なんだがな)

 吐き出す紫煙に、自嘲を乗せて。皮肉気に笑うタクミは、自分の舌から滑り出た台詞を思い出す。

 学園の地下であんなものが作られていたことなど知りもしなかった―――マリエに答えたその言葉に、嘘はない。

 タクミが“学園の地下で『ヴァルヴレイヴ』と呼ばれるものが作られていたこと”を知っていた以外は。

(よくもしゃあしゃあと言ったもんだ。確かに俺は、“この学園の地下でロボットが作られている事”なんて知りもしなかった)

 実際問題としてタクミは、ヴァルヴレイヴを新しいエネルギーに対応したエンジンだと思っていた。開発者である上司から、「ヴァルヴレイヴこそ、人類を新たなステージへ導くための道具。言わば神殿のようなものだ」と、耳にタコができるほどに言われていたのだから。開発者から“神殿”と称されたそれが全長20メートル級の人型ロボット……しかも、単騎で宇宙艦隊を相手取る、現状冗談抜きで“宇宙最強”の名を冠する機動兵器だなんて、夢にも思っていなかった。

 本来それを、知っていて然るべき立場にいたのだ。前の職場に―――ジオール国防軍の次世代技術検証機関、通称『第四研究所』に所属する修士研究員(マスター・フェロー)であったタクミは。

「どんな悪魔と契約して、あれを作っちまったんですか……時縞(・・)先生」

 動力源のレイヴ・エンジン、主装甲のVLCポリマーとクリア・フォッシル、そして全身から放たれる硬質残光。ヴァルヴレイヴの特徴であるそれら全てが、数世代先の技術……現状、人類が実現可能なレベルを大きく上回っていた。

 そんな夢物語を現実のものとしたのが、『RUNE(ルーン)』。現代生化学の権威たる一人の科学者によって発見された、神代の魔術の名を冠する全く新しいエネルギーだった。

(だが先生は、それこそ魔術に魅入られたように何でもやった。死人の出かねない危険な実験も、パイロット候補達をモルモット扱いすることさえも平気な顔をして……)

 恩師のやり方について行けずに左遷された時点で、タクミは『ヴァルヴレイヴ開発計画』の一切の情報から切り離された。嘗て自分が手がけた技術が、上司である恩師の手によってどんな形で完成するのかという事すら、タクミは知ることが出来なかったのだ。

(先生、あんたの思い通りにはさせない……俺が必ずヴァルヴレイヴのカラクリを暴く)

 胸中で言葉を噛み締めると同時に、手にしたスマートフォンを握り締める。それが今自分に出来る、生徒達への罪滅ぼしの一つだろう。

 決意を固めると同時に、タクミは煙草の火を消した。今しがた吸い尽くした一本の後は、怪我が完治するまで吸うつもりはない。

「さーて、ギプスが外れたらいっちょ真面目にリハビリに……うぉ!?」

 タクミの言葉を遮って、ごぅ、と空気が揺れる。一瞬遅れて、窓から見える空に白い影が横切った。

 学校を解放した白の巨兵、ヴァルヴレイヴ八号機。鱗翅目を思わせる羽を持つロボットが大気を震わせながら、校舎の近くを通り過ぎたのだ。

 呆然としていると、保健室の扉が開き、先程よりも幾分か眉を顰めたマリエが姿を現し、すんすんと鼻を鳴らす。どうやら火を消すのが少しばかり遅かったらしい。空気清浄器が逃した煙の残滓を嗅ぎ取ったマリエは、その発生元をじとーっと睨む。

「……せんせ、ひょっとして煙草吸った? 駄目でしょもー」

 が、そんな視線を向けられたタクミはと言えば、つい先ほど窓の外を通過した八号機に呆気にとられるばかり。

「お、おいマリエ、今、外……」

 上手く状況を説明できず、窓の外を指さしたままぱくぱくと口を開け閉めしていると、マリエがなんでもなさそうに答えた。

「あー、ミツルの白いロボット? なんか気分転換とか言って七海ちゃんと一緒に飛び出していったらしいよ」

「へっ……七海ちゃんも、一緒、なのか?」

「ん、なんか七海ちゃんが落ち込んでたから、それでミツルが連れて行ったんじゃないかって。あいつのことだし、空飛ぶデートのつもりなんじゃ……せんせ? 頭抱えてどうしたの?」

 噂好きの友人達が見聞きした情報を交えて話すマリエは、タクミが頭を抱えてがっくりと肩を落としているのに気付き、少し遅れて右手で覆われたその目元から額にでっかい青筋が浮かんでいるのを確かに見た。

 マリエの問いに応じる事無く、タクミはスマートフォンから呼び出した教え子の電話番号にコールし―――喉も裂けよとばかりに絶叫した。

 

「時縞ぁああああああ!! お前ンとこの後輩(バカ)を今すぐ校舎に呼び戻せぇええええっっっ!!!」

 

 

 

 

 続いて八号機が通過したのは、遅々として片付けの進まない商店街。建物を壊さない程度に、そして同乗するリオンに負担がかからない程度に高度と速度を調整するミツルは、その真下にサボタージュ真っ只中の少年少女が居たことには気付かなかった。

「きゃ!」

「どわぁ!?」

 ぶお、と巻き起こった風に驚くジンとナオ。上空を見れば、巨大な蝶か蛾を思わせる翼を広げて、白いロボットが空を飛んでいる。

「やっぱり、あんな風にはなれないですよね」

 重力なぞ知った事かと宙に舞う姿は、ナオからすれば只々羨望の対象でしかない。

 否、ロボットだけではない。

 咲森学園の校章が示す、羽ばたく鶴。その姿を体現するかのように、学園の生徒達は思い思いに羽を伸ばし、共通の夢である『新生ジオール』の建国に向かって羽ばたいている……実態はともかく、自分一人が皆と同じように羽を広げられていないと思うナオには、統制の取れていない生徒達の自由な姿でさえ、そんな風に見えた。

 それでも―――ナオの弱気な言葉を、ジンが肯定することは無い。

「……諦めれば、それまでだぞ」

 ジンの穏やかな、それでいて腹の底から絞り出すような言葉に、え、と思わずナオは素っ頓狂な声を漏らす。

 言葉の主に目を向ければ、変わらず空を睨み付けるジンの姿があった。

「おい於保田、さっきお前、自分に自信が無いって言ったよな」

「う、うん」

「だったらお前は、普通だ。どこまでも普通で、俺と何も変わりゃしねえよ」

 そう言いながらも、ジンは視線を降ろすことは無い。ただひたすらに高みを見詰め、いっそ()め上げるかのように、既に小さくなった白い巨兵の背に視線を投げ続ける。

 やがて空に向かって突き出した拳は、固く握り締められていた。

「最初っから自信のある奴なんぞ居るもんかよ。俺は、俺達は、まだ何もしちゃいねえ……何かしてから初めて、自信ってのは身に付くもんだろ」

 あるいはそれは、ジン自身に聞かせるための言葉。それでもその言葉は、雷光のようにナオの胸を射抜いた。

 何かをしたから、自分を信じられる。考えてみれば、それはとても筋の通った話だ。

 けれど、今までの自分が、弱気な自分が心の中で鎌首をもたげる。

「でもっ、皆が皆そんな風に自信を付けられるわけじゃないよっ!」

 彼女にしては珍しい、荒げた声。ジンの言葉を認めてしまえば今の自分が、何もしていない臆病者のように思えるからだろうか。

「時縞くんと草蔵くんはあのロボットに乗って敵をやっつけた! 指南さんは皆をまとめて、国造りなんて言ってみせた! だから自信があるんでしょ!? そんなんついていけないよ、私に同じことしろって言うの!? こんな時に、私が出来ることなんて……」

「なら俺がやってやる!」

 それでもジンは、叫ぶ。己の夢を。野望とも呼べるその意思を。

「良いか於保田! よーっく聞け! 俺はいつか、時縞や草蔵と同じようにあのロボットのパイロットになる!」

 ジンが思い定めた新たな目標。それは、学園の誰もが名前を知る、ヒーローになること。

「お前は俺の真似をしろ! 出来ないってんなら俺を手伝え! そんで皆に自慢してやれ、『あの陽本ジンを助けたのは自分だぞ』って!」

 力強いその言葉は、一句ごとに衝撃を伴って、ナオの心を打つ。

「手伝、う? 私が?」

「そうだよ、俺一人とかお前一人じゃ出来ない事でも、二人掛かりなら出来るだろ。落ち込むのはそれが失敗した後でも遅くねえ」

「二人で、って。でも私、ロボットとか戦争とか、本当に何も知らない……」

「だから、俺だってそうだっつってんだろ。知らなきゃやっちゃいけないなんて決まりは無え」

 なんの問題があるとばかりに断言するジンに、今度こそナオは何も言い返せない。

 自分の野望のためにナオを巻き込もうというジンの言葉は無茶苦茶だが、それでも彼は心から、野望に挑むための仲間を求めている。

 それが必ずしもナオでなければいけなかった必要はない。けれど、弱々しいその思考に苛立った勢いのまま、己の心を洗いざらいぶちまけたジンは決めた。

 自分に何もできないなどという気に食わないことを延々言い募るこの少女が、あっと驚く顔が見たい。そのためには、そのネガティブな思考を自分がぶち壊してやるのだと。

「だからよ、於保田。良いからお前は俺を見てろ。そんで俺を見習いやがれ。“けど”とか“でも”とか、もう俺の近くで言わせねーぞ」

 どこまでも横暴な言葉は、けれど不思議とナオの胸にすとんと落ちる。或いは自信を持てず、自分など居ても居なくても、と思っていたナオは、ストレートに“ナオ自身”に掛けられる言葉を求めていたのかもしれない。

 偶然出会い、助けてくれた同級生の少年の手を、ナオがおずおずと握ろうとした瞬間―――

 

 

「な・に・が・“俺を見習え”やボケぇえええーーーーっ!!!」

「うぉおおおおおお!?」

 

 

 腹の底からのシャウトと共に現れた謎のママチャリが、背後からジンに襲い掛かった。

 がっしゃがっしゃとペダルを漕ぐ音に気付いたジンが咄嗟に身を捻らなければ、今頃彼は自転車前面の荷物カゴに背中を強打されて景気良く吹っ飛ばされていただろう。或いは漕いでいる人間が然程体力自慢でもない、というのもジンが暴走自転車を避けられた要因の一つか(自転車による人身事故は立派な重過失致死傷罪です。本気で危険ですので絶対に真似しないで下さい)。

 ざっしゃあああ、と派手な砂煙を巻き上げながらキレの良いドリフトターンをキメたのは、先程コンビニでショーコ達と別れてからジンを探して二時間ばかり市街地を自転車で全力疾走していた彼の幼馴染、虹河ゴウだった。

「おっ! おまっ、ゴウ!? いきなりなにしやがる、っつーか殺す気か!?」

「ちぃぃっ! 僕としたことが()り損ねた!」

「無駄に()る気がハツラツしとるっ!? そもそもてめえ何でこんなところにいるんだよ!?」

「ジンこそ仕事サボってどこほっつき歩いとんのやコラァッ! しかも於保田さんも一緒やてぇ!? ふらーっと居なくなった阿呆をA地点からB地点までくまなく探し回ったら二年のマドンナといちゃこらしとったとか僕じゃなくても跳ね飛ばしたぁなるわっ!!」

 ぎゃあぎゃあと怒鳴り合いつつも両者は足が生まれたての小鹿のように震えている。さりげに命の危機を体験したジンはもちろん、暑さと怒りで上がったテンションに任せて炎天下の中を大爆走していたゴウも実は足が限界に来ていた。

「い、いちゃこらなんてしてねえだろ! っつかA地点からB地点って何の話だ!?」

「おっま、何年僕の幼馴染やっとんねん!? 恋のぼ○ちシート知らないとかモグリやろ!」

「俺に解る言語で喋れ!? ちょっ、落ち着けゴウ!? おい止めっ、うおぁあああ!!」

 疲労と怒りと熱中症で頭が熱暴走しているゴウはそのまま笑いの魂の何たるやを叫びながらジンに詰め寄ると、掴んだ襟首をがっこんゆさゆさがっこんゆさゆさと全力で揺さぶる。ヴァルヴレイヴと違い、人の頭には熱暴走による強制停止機能などというものは実装されちゃいねえのである。

 そんな二人の大乱闘に呆然としているうちに蚊帳の外へと押しやられてしまったナオは、先程ジンの手を握りかけた自分の手を見詰める。

(……なんだったんだろう、今の)

 自分を見ろ、と言われた瞬間、ナオは不意に胸が高鳴るのを感じた。

 もしもゴウが乱入してこなかったら、彼女はそのままジンの手を握り締めていただろう。

(陽元くん、か。不思議な人)

 その名の如く、陽の光のように眩く熱い言葉に、胸の裡で灯った小さな火。

 彼女がその火の名を知るのは、この出会いから数か月の後、モジュール77を取り巻く状況に一応の決着がつく直前の事だ。

 

 

 どうでも良いがそんなナオのすぐ近くには、キレたジンのアッパーカットによって見事な車田飛びを披露するゴウの姿があった。

 

 

 

 

 咲森学園に数々の混乱(?)を巻き起こしていることなど毛頭自覚していないミツルは、コックピットではしゃぐリオンの姿に頬を緩ませながらも、まるで何年も乗り込んでいるかのような操縦桿捌きで八号機を飛翔させる。

 重力制御材質によって1G重力下の重みが再現されたモジュール77を、それがどうしたとばかりに白の蝶が空を舞い、その度リオンが歓声を上げた。

「わ、わ、すごいすごーい! 私こんな風に空飛んだの初めてだよ!」

 初めて飛行機に乗った子どもの様に声を上げるリオンは、モニターに映るモジュールの景色とミツルの顔とを交互に見比べながら声を上げる。

 年相応かと問われれば首を傾げるだろうが、少女のようなその姿を見るミツルは、この人はこんな風に笑うんだな、としみじみ思うばかりだった。

「まだまだ行きますよー! 先生、しっかり掴まっててくださいね!?」

「あ、うん!」

「よっしゃ行くぜ横回転!」

「わひゃあああああ!!」

 ぐるりと天地が入れ替わる感覚に、リオンは悲鳴を上げる。遊園地の絶叫マシンでもなかなか味わえないスリルは、彼女を興奮させるには充分だった。

「ちょ、草蔵くん今のびっくりしたよー!?」

「あっはははっ! 下手なアトラクションよりドキっとしたでしょ!?」

「も、もーっ! もーっ!!」

 怒ったように抗議の声を上げつつも、ミツルに釣られてリオンも笑う。二人の距離は恋人同士とは言えないまでも、教師と生徒、と呼ぶよりは親しいものになっていた。

 そんな調子で能天気にはしゃぐ二人を乗せて、八号機は直径十キロ程のモジュール77を縦横無尽に駆け回る。

 途中、臨海公園で涼む生徒達に頼まれて人工湾に小さな波を起こしたり、頼まれていた瓦礫の山の撤去をしたりと寄り道もあったが、その都度感心するリオンの視線に張り切るミツルは、ここ数日の中でも特に働いていた。

「よっし、そろそろどっかに止めますか。ぼちぼち晩飯の時間だし、少し休んだら戻りましょう」

「そうだね。ああー、それにしても面白かったなぁ。あっという間にこんな時間になっちゃった」

 全面に映る空の色が赤みを帯びてきたところで、ミツルは八号機を郊外の港湾区画に着陸させる。偶然にもそこは、八号機が初陣から帰投する際にも着陸した民間の宙港への出入り口だった。

 リオンを掌に乗せて地上へと降ろした後、ミツル自身もワイヤーリフトで港に降り立つ。ヴァルヴレイヴの巨体では狭苦しいモジュールの空で、二時間もの間飽きる事無く空中散歩に勤しんでいた二人は一息つくと、ぐっと背筋を伸ばした。

「っはー、楽しかったー!」

「気分転換になったようで何よりッスよ」

 半分ほどはミツルが操る八号機の作業を眺めている、という状態であったが、そもそも空中散歩も物珍しさと言う点では一緒である。多少のイレギュラーはあったが、リオンの気分転換、という当初の目的は果たせたのでミツルとしても不満は無かった。

「気分転換、って……あ、もしかして草蔵くん」

「ええ、まあ……七海先生、俺の目から見てもかなり参ってましたから」

 教え子の言葉に、リオンは目元を覆ってあちゃー、と空を仰ぐ。どうやら年下の少年にも心配されるほど追いつめられていた自分の様子を客観的に思い出したらしい。

 やべえ余計な事言ったか、と慌てるミツルはそんな彼女に慌てて声を掛ける。

「や、でも仕方ないですよ。俺だって八号機(こいつ)に乗ってからこっち訳分かんないことばっかりで」

「それはそうなんだけど……お昼に大声出したの、完全に八つ当たりだった気がする……」

 ごめんね草蔵くん、と言ってリオンはまたしても頭を下げようとするが、ミツルはそれを制した。

「だから、謝らないで下さいってば。そもそも先生が悩んでることって、俺らも無関係じゃないんですから」

 言って、ミツルは背後にそびえ立つ八号機を示す。

「俺と先輩は偶然こいつに乗って、学園を守れた。けど、この先ずっとそのまま戦えるかどうかわからない。だってヴァルヴレイヴは……こいつはあまりにも訳の分からない部分が多過ぎる。このまま使い続けるなんて出来ないかもしれない。そうなったら俺だって先生と同じ、自分に何ができるか解らない状態に逆戻りだ」

 ハルトとミツルがヴァルヴレイヴを奪還してから、ユウスケやナツキといった機械に明るい生徒達が質問してきた時のことだ。

 

 このロボットはどうやってエネルギーの補給をすれば良いのか。

 万全の状態で運用するために、一体どういった“手入れ”をすればよいのか。

 そもそもこのロボットは、一体何を動力として動いているのか。

 

 それらの質問に、ミツル達は一切答えることが出来なかった。

 当然だ。偶然にもその力を手にした彼らは、その成り立ちなど知りもしなかったのだから。

 それから彼らは素人なりの考察を重ねるが、結論が出ることは無く。そのままなあなあで使っていたのだ。

 人の作った機械である以上、いつか限界は訪れる。その時までに仕組みや修繕の仕方がわかればよいが、もしも間に合わなかったら一巻の終わりだ。

 それだけに、やるべきことを見出せない、と焦るリオンの姿は、ミツルにとっても他人事ではなかった。ヴァルヴレイヴで戦うという大きな使命、それを果たし続けるためには、まだまだ知らなければいけないこと、確かめなくてはいけないことが多く、その方法はまさしく“どうすればいいんだろう”という状態なのだから。

「だから、何か困ったり悩みとかあったら俺にも相談してください。年上とか年下とか今はそんなの関係ないし、俺が困ったら先生に相談しますから。どうせもう、俺も先生も、一人で悩んでられるような場合じゃ無いでしょ?」

 もはや学園の教師と生徒というそれだけの関係でいられる時期は終わった。今やミツルもリオンも、このモジュールに暮らす少年少女の全てが、建国戦争という大きな戦いへと共に挑む仲間なのだから。

「俺たちはもう、新しいジオールを作るっていう無茶に挑む仲間です。だから、一緒に頑張りましょうよ。出来ないことは役割分担すればいいし、一人でやるよりは何人かでやった方が楽ですよ」

 精一杯、頼れる男のように振る舞おうとするミツルの言葉に、リオンは少しだけ、胸の閊えが和らぐのを感じた。

 役割分担、誰かへの相談。大人としての振る舞いを機に掛けるあまりそんな当たり前のことを忘れていたリオンは、会議室で慣れない話題に必死に答えようとしていた自分が急に馬鹿馬鹿しくなっていた。

「……そう、だね。必死になるのも良いけど、出来ることを探して着実に……うん、今の私は、まずそこからかな」

 それまでとは違う晴れやかな笑みを浮かべたリオンは、目の前の教え子の目をまっすぐに見る。視線を合わせるというただそれだけで、ミツルはきょとんと眼を瞬かせる。

(あ、照れてる)

 こうして見ると、リオンの目から見てもやはりミツルは普通の少年だ。確かに咲森学園に入学するに当たって相応の努力はしてきただろうし、巡り合せもあったのだろう。

 ヴァルヴレイヴについてもそうだ。その場にいたことや、どういう訳か操縦できたことは、少なからず彼の才覚や運勢、そして今まで学んできたこと体験したことが関わっては居るのだろう。

 けれどそれは、即ちスペシャルな存在であることを示してはいない。他者と多少の差はあれど、彼は年相応の人生経験を持つだけの少年だ。

 ミツルは特別で、自分とは違うから、と勝手なレッテルを貼るのはお門違いだろう。

 ならば自分は―――七海リオンは、七海リオンにしかできない事をすれば良い。

「ありがとうね、草蔵くん」

 立ち止まる自分を、前に進ませてくれた感謝を込めて。リオンは柔らかく微笑んだ。

 

 

 因みにそんな微笑みを……“元気な教育実習生”とも“年上の大人”とも違う、心からの感謝を伴う笑みを向けられたミツルはと言えば、耳まで真っ赤になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、リオンの気分転換という当初の目的を達成し、ついでに好感度も上げたミツルであったが、ここに来て彼は一つ過ちを犯した。

 元々彼は、ヴァルヴレイヴとの契約を交わした時点で知っていたのだ。

 人を怪物に変える薬液の仕込まれたそのコックピットシートが、危険であるという事を。

 それを、「シートにさえ座らなければ大丈夫」という認識でリオンを招き入れたことについて、ミツルはあまりにも事態を楽観視していた。

 ヴァルヴレイヴを警戒しつつも、ミツルは大きな力を手に入れたことに心のどこかで酔っていたのだろう。

 何時か支払わなければならなかったであろうそのツケは―――

 

 

「何考えてるんだ、ミツルっ!!」

 

 

 

 

―――ひとまずは、ハルトの怒声と鉄拳というとても解りやすい形で、彼に襲い掛かった。


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