V's If-Story:ScalePowder of WhiteMoth   作:よしおか

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※昨日、前話の後半を追加しました。よろしければご覧ください。


第二話 崩れる日常

「咲森ーーーっ! ファイっ!」

『おーっ!』

「ファイっ!」

『おーっ!』

「ファイっ!」

『おーっ!』

 学園の外周をランニングしながら、陸上部に所属する男子生徒達は声を張り上げる。運動しつつ大声を出すと言うのは古来から用いられてきたトレーニングの方法であり、主に腹筋へのダメージが大きい。普段鍛えていない方がこれを突然やると次の日に腹部の筋肉痛で笑う事すら出来なくなるのでご注意されたし。

 また、そうなってしまった場合は無暗にそのことを喋らない方が良いだろう。こういう時に限って何人かがスマートフォンの面白画像やコントの映像で笑わせに来るものだ。

「ラスト一周! 腹から声出せーっ!」

『押ーー忍っ!』

「咲森ーーーっ! ファイっ!」

『おーっ!』

「ファイっ!」

『おーっ!』

「ファイっ!」

『おーっ!』

 先頭を走る部長の後に続いて、ミツルを始めとする部員達はそれまで以上の大声で叫ぶ。こんなに叫んで周辺住民に迷惑ではないのか、と普通なら考えるところだが、その心配は不要だ。ジオールの国立高校である咲森学園は、無駄に広い敷地と緩い校則が特徴でもあるのだ。

 二周もすれば3キロは走ったことになるだろうという広い外周を走る陸上部の部員達。その姿を、プールサイドから眺める者達が居た。

「おぉー」

「頑張れ頑張れー」

 体を冷やさないようバスタオルに包まりつつ、身を寄せ合っている水着姿の女子生徒達。病欠などで体育の授業を欠席した為に、水泳の補習授業に参加している生徒達だ。今も泳いでいる生徒は居るが、彼女たちは自分の番が終わって一休みしているところであった。

「あれ? 時縞君が居ないね」

「あ、ほんとだ。休みかな?」

「ハルトならショーコと二人で罰掃除中だよ」

 女子生徒の一人が漏らした疑問に答えたのは、補修に参加している生徒の中でもひときわ小柄な、瞼が半分しか開いていない少女―――ハルト達のクラスメートであり、ショーコの親友でもある野火マリエだった。

「ほら、午後の物理の時間に」

「あーそうだった。貴生川先生に二人で怒られてたね」

「罰掃除かぁ……全校のトイレとか?」

「うわっ、それマジ最悪じゃん」

 もとより交友関係が異常に広いショーコだ。この場に居る女子生徒のほとんどはショーコと一度は話をしたことがあったし、そのショーコと親しいハルトとも面識が無いわけではなかった。

「んにゃ、裏山って言ってたかな」

『え?』

 マリエがそれとなく漏らした言葉に女子生徒達は一瞬静まり返り、次いできゃあきゃあと騒ぎだす。

「えー!? 裏山って、あの伝説の祠の!?」

「もしかしてショーコ、今頃時縞君にコクってたりしてー!」

「絶対うまく行くっていうもんねー」

「ふーん……でも“あの”ハルトだよ?」

「甘いわ野火さん! 普段は頼りなくてもこういう時こそ女の決断を受け止められるのが男ってもんなのよ!」

「普段頼りない男の子が突如見せる『漢』の顔・・・そんなところに女の子はくらくらしちゃう!」

「野性が目覚めてビースト・ハイなのよね!」

「……なにそれ」

「あれ? マリエこのネタ知らない?」

 どうやら咲森学園の女子生徒達の中では、「時縞ハルト=ヘタレ」は共通認識となっているらしい。どうでも良いが「ビースト・ハイ」というのは現在世界中で広く販売されている炭酸飲料である。キャッチコピーは『君の中の野性が目覚める! 覚醒系飲料ビースト・ハイ!』。考えた人間はひょっとして徹夜明けか何かだったのではなかろうか。

 

 閑話休題。

 

 まあ、お約束というかなんというか。年頃の少女たちにとって、知り合いの恋愛話と言うのは三度の飯よりも優先すべきものなのだ。

 しかし少女たちは大事なことを忘れている。今は部活動の時間でも、まして自由なプール遊びの時間でもない。

「ほら皆っ! 私語してないで次々! 今は補習中!」

 ピーチクパーチクと盛り上がる女子生徒達であったが、彼女たちの補習授業を受け持つことになった女性教員―――実際には、未だ大学に籍を置く教育実習生なのだが―――が黙っていない。耐水仕様のタブレットコンピュータで生徒達の成績の管理をしつつ、女性教員こと七海リオンは、どうにも威厳や迫力の足りない体躯を怒らせて女子生徒達を注意する・・・が、しかし。

「あ、七海ちゃん」

「ねえねえ七海ちゃんさあ、ビースト・ハイってジュース知ってる?」

「っていうか七海ちゃんスタイルやばくない? なに食べたらそんなんなるのよ」

 女子生徒達は誰一人として、彼女に“先生”という敬称を付けることは無い。完全に舐められていた。

「も、もーっ! 今は授業中! 補習授業中だってばーっ!! っていうかちゃんと先生って呼んでよぉーっ!」

 上半身を突き出しながら握り拳を上下に振り、精一杯怒っていますアピールをするリオン。だがその無邪気にも見える仕草は、別方向へと影響を与えた。

 

「うぉっ!? お、おい、見ろアレ!」

「うっわ、七海先生すっげえ……ばいんばいんとか音しそー……」

「ちょ、ミツル!? 鼻血、鼻血出てるって!」

「誰か霊屋の奴呼んで来い! この学校で一番いいカメラ持ってるのはあいつだ!」

「あ、俺霊屋先輩の番号知ってます!」

「よっしゃあでかした!」

 

 視界に入ったなんとも眼福な光景に、丁度プールの近くを走っていた男子陸上部員達の動きが目に見えて鈍る。真面目に走ってこの場を離れれば見えなくなってしまうからだ。何がと聞いてはいけない。

 当然ながらこの阿呆な騒ぎはすぐに、プールに居た女子生徒達の知るところとなる。あちらが見えるという事はこちらも見えているのだから当然であろう。

「くぉら、陸上部っ! 前かがみになってんじゃなーーーいっ!!」

「やだもうサイッテー! やらしい目で見てんじゃないわよーーっ!」

「ミーツルー、鼻血は拭いとけよこのおっぱい小僧ー」

「野火先輩ぃぃいいいいっ!? 何で俺だけ名指しーーーーっ!?」

 結局、水泳の補習に参加していた三年生女子の陸上部員の命令で男子の外周ランニングが六周増やされ、ミツル達はウォームアップだけで都合15キロメートル走る羽目になったのであった。

 

 

 

 

 所変わって、学園敷地内にある裏山。「裏山の祠の前で告白すると必ず両想いになれる」というまことしやかな噂が流れる場所だが、その色めいた噂の割に、周囲には落ち葉やごみがちらほらと散らばっている。気候管理によって生まれた常緑林の弊害だろう。一年中木に葉っぱが付いているという事は、一年中落ち葉が落ちるということでもあるのだから。ハルトとショーコは本日、物理教師の貴生川教諭によってこの祠前の広場の掃除を命ぜられたのだが、真面目に掃除をしているのは手伝いに来たアイナだけであった。

「あぁ~~っもう、ホンットムカつく! だいたい私ハムエッグは完熟派だし、そもそも大事なのはハムじゃん!」

 ツッコむポイントのズレている文句をぶちぶちと言いながら乱雑に箒を動かすショーコと。

「うん、そうだね。ハムは大事だ」

 そこじゃねえよ、とこれまたツッコみどころに事欠かないことを言いながらも、どこか上の空で作業の手を止めているハルト。

 すでに箒を肩に担いで気怠そうに立っているキューマと、一人真面目に地面のごみを掃いていたアイナはその様子に顔を見合わせる。

「……なあ、押し倒されたのはハルトなんだよな?」

「そう聞いてますけど……ショーコさんの方が怒ってますね」

「だよなぁ……うぉ!?」

 視界の隅で動いた何かの気配に、反射的にキューマは身を捩らせる。直後、ちょうどキューマの頭があった位置をショーコが苛立ち任せに振りかぶった箒が薙ぎ払う。もう少し回避が遅ければキューマの横っ面に古めかしい竹箒がぶすりと突き刺さっていただろう。

「ハルトは良いこと言ったのにー! なんにも間違って無ーいーのーにー!!」

 ばっさばっさと両手を振り回し、既にこの場に居ない銀髪の少年を想像の中でしこたま箒で殴りつけるショーコ。当然、現実に被害を被りそうになっているのはすぐ傍に居たキューマなのだが。

「だぁあ、落ち着け! 俺達に言っても仕方ないだろっ!」

「でも!」

 憤懣やるかたない、といった風に、ショーコは地面と箒に八つ当たりを続ける。キューマがそれを宥めようと声を掛けるが、今の彼女に何を言おうと火に油を注ぐだけである。彼女がこんな風になったら、止められるのは一人しかいない。

「……ありがとう、ショーコ」

「え」

 そう、ハルトにしか出来ないことだ。

「僕のこと心配して、怒ってくれたんだよね。だから、ありがとう」

 どこまでも穏やかに、自分を肯定してくれるハルトの言葉に、ショーコは急激に落ち着きを取り戻す。出処を失くした熱はベクトルを変えて、代わりに彼女の頬を赤く染めた。

「そ、そりゃあ、ハルトが怒んないから私が代わりに怒ってるんだよ。だって、友達があんなことされたら黙ってらんないもん……」

「あはは、そっか……そうだよね」

 照れ隠しに放った言葉にも、ハルトはにこやかに笑うばかり。この分では、照れているのも見抜かれているのだろう。そう思うとますます照れくさくなって、余計に顔を赤くしてしまうショーコであった。

(何か、良い雰囲気だな)

(そうですね……私達、ちょっと向こうに行ってましょうか?)

(だな)

 そんな二人の微笑ましい様子に、にやにやと面白そうな笑みを浮かべたキューマはさりげなく祠の裏手に回って二人の視界からフェードアウトし、アイナがそれに続く。

 抜き足差し足忍び足。枯れた落ち葉を踏むことも無く、アイナとキューマは祠の裏へと回り込む。

 と、そこには先客の姿があった。黒いストレートヘアのその女生徒はそこらの大きな石に腰かけて、右手に持ったスマートフォンを弄っていた。

「……あれっ、流木野さん?」

 祠の裏手でピコピコとスマートフォンを弄っていたのは、アイナのクラスメートである女生徒だった。

 流木野サキ。ジオールのテレビ番組ではそこそこ名の知れていたアイドルタレントで、現在はアイドル活動を休止して、普通の高校生として咲森学園に通っていた。

……因みに彼女がここに居る理由については、人気の少ない場所で体育の補習をサボっているだけであり、先ほどプールで哀れな教育実習生が「補習対象の子が全員揃わない~……」と涙目になっていたことを追記しておく。

 サキはアイナの姿を認めると一瞬そちらに視線を向けるが、すぐに自身のスマートフォンに視線を戻してしまう。

 あまりと言えばあまりにも素っ気ない彼女の態度だが、それが芸能人という色眼鏡でちやほやされるのを好まない彼女の癖なのだと、アイナは知っていた。

 アイナが遠慮なくサキの手元を覗き込むと、スマートフォンには最近流行りのソーシャルゲームの戦闘画面が表示されている。

「あ、『パズル&ティアマット』……流木野さんもやってるんだね。私も一回やってみたよ」

「ふーん……櫻井さんもパズティアやってたんだ」

「うん、でもいつも2面でやられちゃって……結構難しいよね」

「そう? 私もう4面まで進んだけど」

「えぇー?」

「やり方が悪いのよ、やり方が」

 素っ気ない物言いとは裏腹に、サキの表情は柔らかい。恐らくこれもアイナの人格と人望の賜物なんだろうな、とキューマは一人納得しながら、うんうんと頷いていた。

 

 

 さて、置いて行かれたハルトとショーコはといえば。

「そ、それよりもさ。ハルトこそさっきからぼーっとしてるけど、どうしたの」

 どこかむず痒い雰囲気に耐えられなくなったショーコが強引に話題を変える。するとハルトの表情からは微笑みが抜け、先ほどまでの何かを考える顔つきに戻る。

「考えてたんだよ。あいつに言われたこと」

「……譲れないなら、ってやつ? 別に気にしなくてもいいと思うけどなぁ……」

「でもさ、ほら。なんていうか、どうにも気になるっていうか……あいつの目、怒った時のミツルに似てた気がしたんだよな」

 ハルトは、直感で思い当たったことを率直に口にする。しかしその言葉に、ショーコは疑問符を頭上に飛ばす。

「えぇー? ミツル君とあのハムエッグ男がぁ? ミツル君はあんなムッツリした顔してないって、もっと可愛いよー」

「いや、そういうことじゃなくて……」

 苦笑するハルトは、再びあの銀髪の少年……エルエルフの瞳の光を思い出す。

『譲れないのなら……戦うしかない』

 どこか冷めたような目でこちらを見ているような奴だったが、その言葉を放った時の彼は、何か、胸の裡に炎を燃やしているような印象を受けた。

 同時に、ハルトはその瞳に光に見覚えがあった。

 数か月前のこと。自分の不注意な一言で、同じ部活の後輩を―――ミツルを激怒させてしまった時のことだ。

『ヘラヘラ笑って走ってる時縞先輩に、何が解るってんですか!?』

 自分と違い、ミツルは陸上部の活動に明確な目的を持っている。そんな彼からすれば、誰かと競う事が苦手だ、などというハルトは、さぞ不愉快に見えたことだろう。

 今でこそショーコのおかげで親しくなったが、ミツルも嘗てはエルエルフのような目で自分を睨んでいたことがあったのだろうか。

「ハルトがそういうの得意じゃないって、みんな知ってるよ。それに、そもそも誰かと何かを取り合うなんて、ハルトはしないじゃない」

 ショーコの声に思考を遮られて、ハルトは現実に復帰する。けれど、決めつけるようなその言い方が、ハルトには面白くなかった。

「あのなぁ……僕にだって、譲れないものは……あっ」

 誤魔化すように両手で持った箒を動かし、掃除を再開するハルトだったが、箒の先が祠の近くの絵馬掛けを掠めて、そこに下がっていた絵馬の一つを弾いてしまう。

 慌ててそれを拾ったハルトは、絵馬が割れたりしていないかを確認し……その裏に書かれた願い事が目に入る。

 

『この恋が叶いますように!』

 

「っ……」

 それはつい今しがた脳裏をよぎった、ハルトにとって何よりも守りたい、譲れない想いだった。

「あー、それ? みんなやってるよね」

 ハルトの手元を覗き込んだショーコの何気なさに、う、とハルトは胸中で呻く。

(近いってば、ショーコ……)

 鼻先が触れるような距離に、ショーコは易々と入り込んでくる。鼻先を掠めた正体不明のいい匂いにハルトがどぎまぎしていると、ショーコはくるりと踵を返してハルトから体を離してしまう。

「この祠の前で好きな人に告白するとゼッタイに上手くいく、伝説の祠って話。出来て三年の新設校で“伝説”は無いよねぇ」

 なんの他意も無い、自然体の仕草。今までは、幼馴染の自分だけに向けられているものなのだと心のどこかで甘えていた。

 

『その女を、俺によこせ』

 

 けれど、そんなものは子どもの理屈だ。魅力的な彼女に好意を持っているのは、決して自分だけではない。

 もしもショーコが無防備に身を寄せるほど気を許しているのが、自分だけでは無かったら。

 いつか彼女とキスをするのが、自分以外の誰かだとしたら。

 

(……それは、すごく嫌だ)

 

「……僕にだって、譲れないものはあるよ」

 決心してからは早い。ハルトは一度、心を落ち着かせてショーコに視線を向ける。気を利かせてくれたのか偶然なのか、キューマとアイナは視界には居なかった。

―――夕暮れの、人気の少ない場所。掃除中という微妙な経緯ではあるが、想い人と二人で縁結びで有名なスポットに立って居る。

 今しかない。そう思うのは、自然な事だった。

「ショーコ」

「ん、なに?」

「君に、言いたいことがあるんだ」

 その時ハルトは、これまでになく真面目な顔をしていた。名を呼ばれて振り返ったショーコも、そのハルトにしては“らしくない”表情に、ついつい笑ってしまう。

「な、なになに。どうしたの急に改まっ……て……え?」

 シチュエーションがあまりにもコテコテだから、だろうか。ショーコは然して時間も置かずに、先程自分が言ったこの祠の噂を思い出す。

「僕は―――」

「わあーーーーっ!? ちょ、ちょっとタンマっ!!」

「え!? あ、う、うん……?」

「ちょ、待って。ほんと待って、そんな急に……わ、私にだってその、心の準備とか……あー、うー……」

 想定よりも若干出端をくじかれる形になったが、それでも台無しになった訳ではない。

 これは、自分が初めて仕掛ける“勝負”だ。絶対に“負け”られない、負けたくない勝負。ハルトは自分に言い聞かせて、努めて冷静に心を落ち着かせる。

 そして、ショーコもそれを察していた。人と競ったり、争ったりするのが嫌いなハルトが、大きな勝負に挑もうとしている。それは喜ばしいことだし、何よりも誇らしい。そして……きっと、自分にとっても、とても素敵なことだ。誤魔化したり、はぐらかしたりしてはいけない。

 呼吸を落ち着かせたショーコは、ハルトに向き直る。その視線が続きを促しているものだと判断したハルトは、震えそうな声を必死に落ち着かせて言葉を紡ぐ。

「ショーコ……僕は、君のことが―――」

 

 

 

 

 刹那。

 轟音と共に、大地が揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんだぁ!?」

 走り幅跳びのジャンプの態勢から盛大につんのめり、顔から砂場に突っ込んだミツル。口に入った砂をぺっ、と吐き出すと、彼は暗くなった周囲を見渡し……“周囲が暗くなっていること”に驚きの声を上げる。午後四時台の夕焼け空を映している筈の天蓋モニターは機能を停止して、学園は夜のような暗がりの中に在った。

「停電してる……地震か?」

「馬鹿言え、ここは宇宙だぞ」

「デブリにでもぶつかったんじゃ……」

 グラウンドで部活動に励んでいた学生たちが、一斉にざわめきだす。どうやら誰も、今の状況を把握できていないらしい。これじゃ埒が明かないと判断したミツルは、グラウンド脇のプールに走り寄るとその中に居るであろう人物に声を掛ける。

「七海先生ーっ! 七海先生居ますかー!」

「あ、えーっと……一年の草蔵君?」

 名前を呼ぶ前に若干空いた間に、名前だけでも覚えてもらいたいな、と考えながらもミツルは思考を切り替え、この非常時の指示を仰ぐ。

「これ、どうなってんですかね……」

「う、うーん……先生にも何が何だか」

「停電の放送とかは有りませんでしたよね? なんだろう、事故でも起きたのかな」

「どうなんだろう……まあ良いや、他の先生にも連絡取ってみるから、草蔵くん、陸上部の部長さん呼んできてくれない?」

「うぃーっす」

 リオンに返事をするや否や、ミツルは陸上部の部員達が集まっているグラウンドの方へ――ー

 

「きゃああああっ!? なにアレ!?」

 

 戻る前に、その悲鳴は響いた。

「アレ?……うわっ!?」

 何とはなしに上空を見上げたミツルは、視線の先で飛翔する物体を見て驚きの声を上げる。

 赤いマシンアイを持つ巨大な機械が、学園に向かって猛スピードで向かってきている。

 バーニアから炎を噴き出しながら空を飛ぶ、丸々とした巨体。足の無いゴリラのようなそのシルエットは、両腕に当たる部分から凶悪なガトリング砲をぶら下げている。

「なっ、なんだ!? なんだアレ!? せ、先生アレって……!」

「お、落ち着いて草蔵君! 皆、急いで校舎に入って!」

 パニックを起こすミツルに声を掛けて、リオンは集まっていた女子生徒達を避難させる。

 そこから、咲森学園の長い夜が始まった。

 

 

「おいユウスケ!あれって……!」

「ああ、間違いない!」

 正門の方から学校の校舎に向かって同じ部活の仲間と一緒に走りながら、霊屋ユウスケは手持ちのビデオカメラでその光景を撮影する。望遠レンズの先では、テレビや本で見覚えのあった機動兵器が縦横無尽にモジュールの空を飛び回っている。

「ドルシア軍の正式採用戦闘ポッド、バッフェ有人が、たはぁあっ!?」

 上空を目で追いながら走っていたユウスケと仲間たちは、突然傾いた地面に足を取られ、そのまま三人揃ってすっ転ぶ。彼らを押し退けるように地面を割って現れたのは、モジュールの構造ブロック内に設置された自動制御の対空機銃だ。

 凄まじい音を立てて打ち出される弾丸。鼓膜を破りかねないその音に頭を抱えながらも、ユウスケ達はその場を離れる。熱の籠もった機関銃の排莢に押しつぶされるなんて御免だし、この機銃は真っ先にあの戦闘ポッドに攻撃されるだろう。ミリタリーオタクの知識から割り出した答えから身を守るべく、彼らは撮影を断念して校舎に向かった。

 

 

「慌てないで! 順番に体育館に入りなさい! ほら、何をしているの!」

 逃げ惑う生徒達を誘導しつつ、二ノ宮タカヒはやや高圧的な口調で指示を飛ばす。パニックを起こす生徒達に対する口調が荒くなってしまうのは、彼女もまたこの状況に戸惑っているからか……いや、彼女は明確に目上の人間を相手にしない限り、普段から誰に対してもこの口調である。

 部活も無い日に学校に残っていたのは偶然だった。生徒会の仕事で忙しい友人を待って、彼の仕事が終わったら買い物に付き合わせてやろうと思っていたその時、学校を大きな揺れが襲った。

「タカヒ様!タカヒ様も早く避難してください!」

 自身の取り巻きである二人の女生徒がタカヒに向かって叫ぶ。しかし、今この場で逃げることはタカヒの流儀に反する。

「いいえ、まだ避難し終えていない生徒がいる筈だわ。わたくしが逃げるのはその後でしてよ」

 ジオールでも有数の名家である二ノ宮家の息女として、そしてこの学園の生徒会副会長として。他の生徒達よりも早く避難するわけには行かない。そんなことをすれば、自分は二ノ宮タカヒで居られなくなる。

 しかし、タカヒは自分が思っている以上には、二人の女生徒から慕われていた。

「だったら私達も、私達もお手伝いしますから……!」

「リリイ、エリ……解ったわ」

 涙目で懇願する学友に促され、タカヒはもう一度周囲を見回す。自分と一緒に逃げてきた生徒の、半数以上はもう避難できたであろうか。ここまでやれば、後は教員に任せて―――

「っ!? 二人とも伏せなさい!!」

 窓の外で校舎に向かって放たれた光を視界の端に認めると、タカヒは取り巻きの二人を抱きかかえるようにして廊下に倒れ込む。

 直後。轟音と爆風が、彼女たちの視界を覆い尽くした。

 

 

「げっほ、がはっ……何だってんだ畜生がっ!」

 背中に降り注いだ細かい瓦礫を腕で払いのけて、山田ライゾウは苛立ち任せに叫んだ。仲間と共に校舎に避難して、隙あらば有事に備えようと思っていた矢先。学校のあちこちに隠していた木刀・鉄パイプコレクションを回収しようと駆けずり回っていた彼らは、運悪く校舎に撃ち込まれたミサイルの着弾地点近くに居た。

 砂埃を含む風に煽られて痛む目を袖で擦り、ライゾウは仲間たちの安否を確認する。不良仲間の生徒達がそこかしこで呻いていたが、幸いにも皆、意識はあった。

「ノブ! 生きてっか!?」

 先ほど、窓の外から聞こえた飛翔音で危険を察してライゾウの背中を押した親友の名を呼ぶ。こんな時まで自分の命を救ってくれるとは、まったく出来た舎弟である。ライゾウはいつも通りに親友に礼を述べようとして……

「……おい、ノブ?」

 自身の隣に倒れ伏す、ぴくりとも動かない親友の姿を見た。

 まさか、と思ってその肩を掴んで上体を起こすと、大声で彼の名前を呼ぶ。

「ノブ。おいノブ! しっかりしろ、てめぇ何ノンキに寝てやがる!! おいっ、目ぇ開けろコラ! 起きろ! 起きろって言ってんだろーがぁっ!!」

 幾ら呼びかけても、親友は目を覚まさない。口元や胸に手を当てても、呼吸も鼓動も既になかった。

「……ん、だよ……!」

 中学校からずっと共にバカをやってきた、かけがえのない親友。その男が死んだ事実が理解できず、ライゾウは天に向かって力の限りに吼える。

「何なんだよ、畜生おおおおおおっ!!!」

 

 

 学園の体育館では、グラウンドに出ていた生徒達が続々と避難して来ていた。多くは部活動中に今回のパニックに巻き込まれた者達で、幸いにも各部の顧問や、校舎に残っていた教師たちの先導で何とか避難をしてきていた。

「先生、三組の点呼終わりました!」

 ミツルは一年三組の生徒達の中でこの場に居る者の確認を取ると、水着姿のまま一年生の担任教師たちの代理として点呼を受け持っていたリオンに声を掛けた。

「お疲れ様、草蔵君。それで、クラスの子たちは……」

「……やっぱ、何人か居ないです。連絡取ろうにも混乱してて電話が繋がりにくいとかで……」

 言いよどむミツルの表情は暗い。もしかしたら連絡の取れない数人は、もう避難が間に合わず、手遅れになってしまったのではないかと考えてしまったのだ。

 俯くミツルの頭を、リオンは優しく撫でる。

「大丈夫、大丈夫よ。きっと何とかなるって……ほらほら、シャキッとしなさい男の子!」

 ミツルを励まそうと笑顔を浮かべるリオンに、思わずドキリと胸を高鳴らせるミツル。場違いな、と思っても、リオンの笑顔はミツルの元気を取り戻すには一番効果があった。

「……はい。しばらくしたら俺、もう一回校舎の中見に行ってきます」

「あー、それは止めておいた方が良いかも。先生たちが行ってくるから、草蔵くんも着替えて休んだりしとかないと駄目だよ」

「え、でも先生たちも人手が……」

「あはは、まあ確かに。貴生川先生辺りが居ればいいんだけど、まだ連絡が取れてないのよ」

「そうっすか……ん、貴生川……?」

 貴生川。

 物理。

 午後の授業。

 罰掃除。

「あ……そ、そうだ七海先生! ハル先輩……二年の時縞ハルト先輩と、指南ショーコ先輩がどこにいるか知りませんか!?うちのクラスの櫻井と、三年の犬塚先輩も一緒にいる筈なんです!」

 

 

 

 

 

 混乱に飲み込まれる学園。裏山から急いで降りたハルト達は、戦闘ポッドにたかられて攻撃を受け、少しずつ崩れていく校舎を見た。

「どーなってんだよコレぇ!?」

 キューマの叫びに答える者は居ない。

 今も視線の先では、謎の戦闘ポッドとジオール国防軍の戦闘機「スプライサー」が空中でドッグファイトを繰り広げている。速力ではスプライサーに利があるが、戦闘ポッドの火力と、それを操るパイロットの腕前にジオール軍は足元にも及んでいなかった。

「戦争……」

 呟いたハルトの言葉に、全員が体を強張らせる。ハルトも、ショーコも、キューマとアイナも。そして、アイナに連れられて一行と共に逃げてきた、サキも。

「ともかく、校舎に急ごう。学校に残ってた連中はそこにいる筈だ」

 キューマの言葉に従い、第一校舎に向かって走り出すハルト達。戦闘の衝撃で地面が揺れ、プールの水が飛沫となって彼らに降りかかる。

「っ、待って!」

 その飛沫の奥に見えた物のシルエットに、ハルトは思わず声を上げる。

 プールの水を盛大に跳ね上げたのは、戦闘の衝撃などではなく、そこから現れた巨大な物体だった。

「これって……」

「ロボット……なのか?」

 まさか学校を襲っている連中の仲間か、と一瞬身構えるハルト達。しかしよく見ればそのロボットはケージで拘束されており、背中から何本ものケーブルを伸ばしている。

 何故、学校のプールからこんなものが出て来た? 逃げている最中だという事も忘れて、ハルトはそんなことを考える。

「ショーコさん!」

 呆けたようにロボットを眺めていたハルトは、アイナの悲鳴染みた声にはっと振り向く。視線の先ではショーコが、校舎前の道路に向かって走り出していた。見ると戦闘であちこち抉れた道路には一台の車がタイヤを取られて取り残されており、中では乗っていた人間が蹲っていた。

「あの車、まだ人が乗ってる!」

「ショーコっ、危ない! 戻るんだ!」

「だいじょぶっ、先に行って!」

 ハルトの制止の声にショーコは振り向かず、ドアの半分開いた車へと向かう。

 どうしたもんかと混乱するハルトの視界で、戦闘ポッドとスプライサーのドッグファイトに変化が起こる。急制動をかけてスプライサーをやり過ごす戦闘ポッド。後ろを取る形で位置の利を得た戦闘ポッドは離れていくスプライサーに向けて腹部に格納されていたミサイルを撃つが、スプライサーは間一髪のところでそれをかわす。

「あ……」

 獲物を仕留め損ねたミサイルは、そのまま地面に向かって進み―――ハルトとショーコの間に割り込むように、まっすぐに落ちてくる。

 

「だっ―――駄目だショーコっ、行くなあああああっ!!」

 

 ハルトの悲痛な叫びも空しく。

 道路に炸裂したミサイルの爆風が、ハルトの視界からショーコの姿を掻き消した。

 

 

 




 白ヴレイヴの登場までオリ主が空気なのは仕様です。
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