V's If-Story:ScalePowder of WhiteMoth   作:よしおか

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今回で第一話分のストーリー終わりです。


第三話 火人 ―紅緋の鎧武者―

 ドン、という大きな音と共に地面が揺れて、体育館のそこかしこから悲鳴が上がる。

「うわっ!?……今の、結構近かったぞ……?」

「ミツル、やっぱりハルトとショーコは……」

「まだ判んないっす。さっきからケータイも通じなくて」

 水着の上にバスタオルを羽織った薄着のまま心配そうな顔で見上げてくるマリエに、ミツルは留守電に切り替わったスマートフォンの画面を見せながら言う。普段、感情を動かすところをあまり見せないマリエだが、二人の友人の安否が知れない事実に沈痛な面持ちを浮かべている。

 ツィッターのコメント欄を見てみればこの騒ぎに対する情報が出回っているが、そこにハルトやショーコの書き込みは無い。電波の繋がらない位置に居るのか、書き込む暇がないのか、或いは……

(えーいっ、考えるな! 暗いこと考えても気が滅入るだけだ!)

 脳裏を過る嫌な想像を振り払い、ミツルは再び情報システム「WIRED」に登録した自身のアカウントから、ハルトとショーコに関する情報を検索する。該当件数はやはりゼロ。

「少し、時間置いてみましょう。ハル先輩も指南先輩も、もしかしたら書き込んでるヒマが無いだけかもしれませんし」

「……だと、良いんだけど。ごめん、そろそろ戻る」

 言って、マリエはミツルから離れ、怪我をしている生徒達のもとへと向かう。リオンと手分けして、避難の途中で怪我をした生徒達の応急手当てに回っていたのだった。

 さて、何時までもスマートフォンと睨めっこばかりしては居られない。今も怪我人の手当てと生徒の点呼に奔走するリオンとマリエや保健委員会の手伝いに戻るべく、ミツルがスマートフォンをポケットにしまったその時だ。

「おーいっ!皆、ワイヤードのトピックスに上がってるライブ映像見てみろっ! そ、それと外! 第一校舎の方!」

 体育館二階のギャラリー席から外の様子を窺っていたユウスケが身を乗り出し、体育館に居る生徒達に向かって叫ぶ。その声に怪訝そうな表情を浮かべながらも、数人の生徒が自身のスマートフォンの画面を覗き込む。

 スマートフォンをもう一度ポケットから引っ張り出しながら、ミツルはギャラリー席への階段を駆け上がる。

「霊屋先輩、ライブ映像って……」

「あ、ミツル! これだこれ! これ、うちの学校だよな!? な!?」

 混乱して……というか、興奮しているのか、額に汗を浮かべつつ視線をぐりぐりと躍らせるユウスケの姿に若干引きながらも、彼をそこまで惹き付ける映像とは何だろう、とミツルはその画面を覗き込み……

「……は?」

 目と口で綺麗な丸を三つ、顔の上に並べるのであった。

 

 

 

 

 

 時間は、少しばかり遡る。

 

「……ショー、コ?」

 砂煙の晴れた、第一校舎近辺の道路。爆風で飛んできた瓦礫にでも当たったのだろうか、ずきずきと痛む左腕を押さえながら、ハルトは呆然と呟いた。

 

―――居ない。

 ショーコが、居ない。

 

 爆発の起こった道路は、大きく陥没して穴が開いており、アスファルトは軒並み吹き飛んで茶色の土が露出している。

 クレーターの周囲を見回しても、ショーコがどこにもいない。のみならず、彼女が救助に向かった車の影すら見えない。

「おい、ショーコ?……かくれんぼなんてやってる場合じゃないだろ。ふざけてないで出て来いよ」

 爆風に煽られて倒れ込んでいたアイナ達もハルトに続いて身を起こすが、その場に居る四人には、ついぞショーコの姿を捉えることは出来ない。

「そんな……ショーコさん……?」

 呆然と、ショーコの名前を呼ぶアイナ。痛ましげに口元を押さえ、見る見るうちに目じりに涙が浮かび、溢れだす。

 ハルトとアイナの様子に事態を察した……察してしまったキューマは愕然と目を見開き、アイナに寄り添うようにして座り込んでいるサキもまた、気の毒そうに視線を逸らす。

「どこだ……どこに居るんだよショーコ……なあっ、隠れてないで出て来いよっ! ショーコっ!」

「……行こう、ハルト。ここに居たら俺達までやられちまう」

「行けませんよっ! ショーコを置いて―――」

「やめなさいっ!」

 駄々を捏ねるようなハルトの叫びを遮ったのは、サキの声だった。

「受け入れるしか無いでしょう!? 彼女は死んだの!」

 活動を休止して久しいとはいえ、演技と歌で人を惹きつける術を知るアイドルの力というものだろうか。凛としたその声は、不思議とハルトの耳にするりと入り込む。

 それは即ち、必死にピントをずらして、焦点を合わせるまいとしている現実が、動かしようのない物だとハルトに知らせる言葉。

「しん、だ? ショーコが……?」

 

 

 ショーコが。

 ハルトにとって、半身とも呼べる少女が。

 いつか自分だけのものにしたいと願っていた、大切な人が。

 

 

 容赦のない事実は、ハルトの心をぎりぎりと締め付ける。忘我の境で、ふと、ハルトは空を見上げた。

 空中では、唯一抵抗を続けていたスプライサーが、二機の無人機を引き連れた戦闘ポッド「バッフェ」によってついに撃墜された。邪魔な“蠅”を振り払ったバッフェは、一度地上を見回して、その毒々しい赤色のマシンカメラを学園に向ける。

 人の目のように一対の瞳を思わせるその『赤』を、直視した時。ハルトの心の中で、何かが焼き切れた。

 

「―――ぅうぁああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!」

 

 奪われた怒り。助けられなかった嘆き。不条理な現実への絶望と、何もできなかったやるせなさ。

 ぐちゃぐちゃにシェイクされた激情が、慟哭となって迸る。

「返せっ! ショーコを返せぇっ!! あああああああっ!!」

 骨折した左腕の痛みなど気にも留めず、ハルトは手近な石や瓦礫を掴むと、手当たり次第に空中のバッフェ目掛けて投げつける。

 当然ながら、上空数十メートルを飛行するバッフェにそんなものが届く訳も無く。そして、届いたところで何の意味も無い。

「馬鹿、やめろハルトっ! 殺されるぞ!」

「放せぇっ! あいつらがっ、あいつらがぁあっ!!」

 背後からキューマに羽交い絞めにされても、半狂乱になったハルトはじたばたと暴れて抵抗するだけだ。そもそも自分を押さえ付けているのがキューマだと認識できているのかどうかすら怪しかった。

 キューマの腕から抜け出し、手に持っていた石を投げつけたハルトは、次なる得物を探そうと地面に視線を向けるが、もう彼の右腕一本で投げることの出来そうなものは残っていない。

 上空では、未だバッフェが踊るように校舎の周囲を旋回している。

(駄目だ……こんなんじゃ、あいつらに全然届かない! 何か、あいつらに届く物……届く物は……!)

 その時。ハルトの視界に入ったのは、先ほど彼らの前に突如現れたロボットだった。

(……これなら、いける)

 咲森学園では、卒業後の進路の為に各種選択課外講義を開催している。その中に、航空機や船舶などの操縦、というカリキュラムがあった。

 ハルトは以前、キューマに誘われてミツルと三人でこの講座を受講したことがあった。結局本格的に免許を取得するには年齢も座学の経験も足りていなくて、ハルト達三人の中ではキューマが小型船舶の免許を取っただけだったが。

(船と飛行機の運転席は見たことがある。やり方も、一応知ってる)

 そして今。親しい人の死に正常な判断力を失い、その復讐をすること以外の何も考えられなかったハルトは、ひどく短絡的な思考に支配されたまま、ロボットに向かって足を進める。途中で石に躓いて転びそうになるが、ハルトは気にも留めずに歩くだけだ。

「お、おいハルト?」

「ちょっと、どこに行くのよ!……あ、ねえ! これ落としたわよ!?」

 転びそうになった時、ぼろぼろになったハルトの制服から生徒手帳が地面に落下する。それを拾ったサキが声を掛けても、ハルトが振り向くことは無い。常のハルトらしからぬその態度に違和感を持つキューマ達は、やがて彼がロボットの『胴体』から伸びるタラップに足をかけた時、何をしようとしているのかを悟り、再び愕然とした。

「ハルトさんっ!? 何を……」

「ハルトっ! やばいって、せめて大人が来るまで待とう!」

「許さないっ、よくも、ショーコを……絶対に許さない……!」

 うわごとのようにそれだけを繰り返しながら、ハルトはロボットのコックピットに体を滑り込ませる。

 

―――まともに動かせるかどうかなんてどうでも良い。これだけ大きなロボットなら、あいつらにだって手が届く。ショーコを奪ったあいつらを、まとめて叩き落としてやる……!

 

 コックピットに人間が侵入したことを感知して、コンソールパネルの各種センサーとモニターが自動でアクティブへと移行する。

 パイロットシートに腰かけたハルトの眼前にコンソールパネルがせり上がり、アームレストに配置されたレバーグリップがハルトの腕の長さに合う位置までスライドする。

「スイッチ……スイッチはどこだ……?」

 コンソールパネルのボタンを適当に触れていると、一つだけカバーに覆われたボタンがあった。そのカバーに「ENTER」の文字を認めると、ハルトはカバーを開き、スマートフォンのそれと同じ感覚で赤いボタンを押し込む。

 その瞬間、コックピットの壁に外の様子が映し出され、ゴォォ、という駆動音が響く。開いていたコックピットハッチは遮蔽され、ゆっくりとハルトの視点が持ち上がる。

「わっ、あ……」

 偶然にも、起動の為に必要な操作の手順を正しく終了したロボットが、ケージに固定された体を持ち上げようとしているのだ。

 背中から露出していたエンジン部からは、外部接続されていたケーブルが弾け飛び、腕を抑え付けていた固定具は正立の姿勢を取ろうとするアクチュエーターの出力に押し負けて甲高い音と共に捻じ切られる。

「やばい、離れるんだ!!」

 ハルトを呼び戻そうと声を掛けていたキューマ達は、巨大な人型ロボットが立ち上がろうとする度に破壊されるケージから慌てて距離を取る。

 崩れ落ち、ほとんど残骸しか残っていないケージに手をかけて、ロボットはゆっくりと立ち上がった。

 白と赤のツートンで塗装された、巨人。腰に懸架している細長い棒は、剣か何かだろうか。鎧武者のようなそのフォルムは、しかし鋭く、攻撃的だ。

「ハルトさんが……動かしてるんですか?」

 瞳に怯えの色を覗かせて、アイナが呟く。

 この、如何にもアニメや漫画に出て来そうなフォルムのロボットを、争いごとを好まないハルトが操作している。その異常な事態は、アイナを怯えさせるには充分であった。

「……こうなっちまったらこのロボットの近くに居る方が危険だ。俺達も離れよう……ハルトも、頭が冷えたら自分で逃げると思う」

 白と赤の巨人を見上げるアイナとサキに声を掛けて、キューマが避難を促す。正直なところを言えば、今すぐにでもあのロボットによじ登って、頭に血が上った後輩をぶん殴り、コックピットから引きずり出してやりたいところではあったが、それをする為に二人の女子生徒を危険に晒すわけには行かない。

 早まるなよ、と心の中で唱えて、キューマはその場を後にした。

 

 

 

 そして、立ち上がり、何をするでもなく屹立するロボットを見つめる『目』があった。

「…………」

 咲森学園の空き教室の一角。この非常時にあってその少女は、まるで自分の部屋でくつろぐかのような姿勢でスナック菓子をぱりぱりと齧っている。

 少女にとっては、外の喧騒も、自分が居る建物が襲われていることも、何もかもがどうでも良いのだ。

―――この自分以外に誰も居ない部屋で、自分だけがネットの海と繋がっていればいい。自分のことなど知りもしない学校の生徒達も、自分の体裁しか守ろうとしない兄も、いっそのこと皆死ねば良い。

 そんな事を考えながら、外部の状況を“ハッキングして自身の管理下に置いた”学校の監視カメラで眺めながら、少女は一つのカメラ画面に目を留めた。

「…………」

 そこに映っているのは、先程ハルトが乗り込んだロボットの姿。雄々しく立ち上がったその姿は、こんな時でなければ男子生徒達の微かに残った子供心を大いに刺激したであろう。

 しかし、ロボットは学校のプールの中央に立ったまま、ぴくりとも動かない。ロボットなら動けよ、と少女は心中でぼやくが、彼女の声なき声に画面の向こうの巨人が応える素振りは無い。

「…………、あ」

 そこで、少女は何を思ったか、スナック菓子を摘まんでいた右手をぺろりと舐めると、その手をキーボードに滑らせ、凄まじい勢いでキーをタイプする。

 やがて画面の別ウィンドウで、いくつもの網の目が光り、少女の操作するパソコンが「WIRED」の広大なネットワークにハッキングを仕掛けたことを示す。

「これで……拡散」

 少女の行動の動機を問うならば、面白半分、というのが一番正確だったのだろう。誰も彼もが死んでしまう前に、この動く事の無いロボットの映像を見たならば何を思うか。ツィッターの画面に吐き出されるそれを眺めてみたいと感じたのが、そもそものきっかけか。

 監視カメラからリアルタイムに映し出される映像は、広大なネットワークを通じて世界中のパソコン、スマートフォンの画面に、呼ばれても居ないのに登場する。

 普通の人間には到底不可能な、高度なハッキング操作。しかし、少女にとっては難しくも何とも無い。

 彼女のハッキングによって自身の端末に勝手に映像を配信された人々は、最初は戸惑い、訝しむが、それが現在臨時ニュースの画面を騒がせている「ある大国の軍隊によるジオール奇襲」の映像であることを知ると、神妙な顔で映像に見入る。

「……」

 これで、何が起こるか。自身の行動によって世界がどう反応するのか気になって仕方がない少女は、残ったスナック菓子を口に含み、ぱり、と軽快な音と共に噛み砕く。

 画面の中ではあのロボットが、校舎の上空を旋回していた戦闘ポッドに組み付かれていた。

 

 少女の名は、アキラ。後にこのロボットに深く関わる人間の一人であった。

 

 

 

「くそっ、なんで! なんで動かないんだよ!」

 ハルトはロボットのコックピットで、見える範囲のボタン、レバー、フットペダルを手当たり次第にがちゃがちゃと動かし、どうすればこのロボットが動くのかを必死に探っていた。

 先ほど彼が乗り込んだロボットはオートで立ち上がった後、一切の操作を受け付けなかった。コンソールパネルに表示された画面では、場違い極まりない3Dモデルの美少女キャラクターが能天気に笑うのみ。操作方法のガイドなどは影も形も見受けられない。

 代わりに表示されたのは、何とも不気味なテキスト表示。

 

『ニンゲンヤメマスカ? ― Yes/No』

 

 おそらくこれは、何かしらの暗号なのだろう。しかし、Yesを押すにはどうにも躊躇われるその画面に触れる勇気は、ハルトには無かった。

 そうこうしているうちに、バッフェの一機がロボットに組み付き、ハルトをコックピットから引きずり出そうと攻撃を開始する。

「なん……っが、ぁあっ!!」

 近付かれた次の瞬間、コックピットを襲った衝撃に、ハルトは眉を顰める。バッフェがクレーンゲームのアームのような右腕のマニピュレーターで、ロボットの頭部を殴打したのだ。

 振動がロボットの人型の身体を揺らし、骨折していたハルトの左腕に激しい痛みとなって走り抜ける。

「くそっ……動け、動けよ、動けっ!」

 万力で潰されるような痛みに涙を流しながら、ハルトは残った右腕で必死に、デタラメにレバーを操作する。しかしそんなハルトの叫びを嘲笑う様に、バッフェは次なる一手を打つ。

 先程頭部を殴打した右のマニピュレーターで頭部を鷲掴みにして身動きを(そもそも動きようが無かったのだが)封じてから、腹部に向けてビーム砲をゼロ距離で連射し始めたのだ。

「っぎ、あぁぁぁっ!!」

 再び襲い掛かる振動に、左腕をアームレストに強打するハルト。ががががが、と強烈な打撃音に混じって、耳障りなアラート音が鳴り始める。

 『装甲損傷値危険域突入』―――嬲られるがままのロボットの耐久力が、限界に達しようとしているのだ。

 そしてついに、マニピュレーターで掴まれた頭部に罅が入った。

「やられる……嘘だろ? こんなところで……」

 もはや指先の感覚すら失った左腕を押さえたまま、ハルトは項垂れる。このまま嬲り殺しにされる未来を、容易に想像してしまった故のことだった。

 情けなくて、涙が出て来る。

 勇気を出してショーコに手を伸ばせば、そのショーコは得体の知れない者達によって奪われ。

 怒りのままに瓦礫を投げつけたところで、それが何か意味を持つ訳でもなく。

 傍らにあったロボットは、自分の怒りにはついぞ応えようともしない。

「っはは、とことん勝負ごとには向いてないんだなぁ、僕は」

 こんな自分だから、大切な人を失ってしまったのだろうか。自嘲の笑みを浮かべたハルトの頬を、涙が一筋伝った。

「ごめん、ショーコ……僕はまた」

 勝てなかった、と。全てを諦める直前。

 

 

『本気で勝とうって、思ってなかったでしょ』

 

 

 何故か脳裏を過ったのは、穏やかに微笑む顔でも、頬を赤らめる顔でもなく。眉を吊り上げて自分を叱咤する、愛しい少女の声だった。

「あ……」

 そうだ。自分はこのロボットに乗り込んだ時、何を考えた。まともに動かせるかどうかなんてどうでも良い、ショーコを奪った者達を叩き落としてやる、と誓ったはずだ。

 ここで何も出来ずに死んだところで、到底死にきれない!

「そう、だ……っ、せめて……ショーコの仇、だけは……!」

 一度諦めた目的。けれど、思い出してしまえば、また諦めるなどという事は出来ない。

(何をすればいい。考えろ、どうすればあいつらをやっつけられる。どうやって仇を討てばいい!!)

 激情はそのままに。しかし、冷静に。皮肉にも、一度テンションが下がったことでハルトの頭は靄がはれたように、クリアな思考を取り戻していた。

(このロボットは何をやっても動かない。やっぱり、この変なガイドメッセージに答えないと動かないんだ)

 視線をコンソールパネルのモニターに向ける。そこに、相変わらず表示されている『ニンゲンヤメマスカ?』の問い。

 暗号にしても不気味過ぎるそれは、やはりハルトに恐れと、躊躇いを抱かせる……まるで、一度気を緩めたが最後、ハマってしまえば二度と這い上がることの出来ない違法ドラッグのようなものを感じるのだ。

(けど、これを選ばないと何もできない)

 その時。ひときわ大きな音に続いて、ぎぎぎ、と金属が軋む音が響く。

 メインモニターに目を向ければ、バッフェのクローアームがモニター越しに自分に襲い掛かるような形で止まっている。おそらく外部から、コックピットをこじ開けようとしているのだ。

 明らかな『死』に追われるハルトの前には今、二つの道がある。選べば、どうなるかわからない。けれど、選ばなければ、死あるのみ。

 

『譲れなければ……戦うしかない』

 

 事実を前に、次いで思い出したのは、いけ好かない銀髪の男。冷たい瞳の男が吐き出した、何よりも熱い言葉。

(そうだ……君の言う通りだ)

 既に自分は大切なものを傷つけられ、奪われた。話し合いは無意味。こっちに理由が無くても、あっちが先に殴ってきた。

「譲れない」

 そして、へらへらと殴られっぱなしで大事なものを差し出すほど、自分は大人しくなんかない!

「だからっ!」

 

 

 意を決したハルトは、眼前の悪魔の問いに『YES』と答えた。

 

 

 次に起こった変化は、ハルトにとっては不意打ちも同然だった。

 パイロットシートのヘッドレスト部分からアームが伸び、ハルトの首元に当てられる。何が起きた、と疑問に感じる間もなく、そこから飛び出した針が、ちくり、と鋭い痛みと共に左右から挟み込むように首筋に打ち込まれる。

「か、はっ……!?」

 瞬間。膨大な情報が、ハルトの脳内に直接流し込まれる。

「う、ぁ、がぁ……!」

 

―――当機はスリーヴイ計画の根幹を成す試作一号機である以下これを火人(ヒト)と呼称する火人のパイロットは『契約』完了後速やかにルーンの補給を行いレイヴエンジンへのエネルギー供給を行うことまた火人のパイロットは機関の選定した人員から指定されたカリキュラムを修了したものを選定することを原則として如何なる場合もこれ以外の人員が契約した際の補償ないし保障は行われない火人の武装はスリーヴイ機体の共通規格として腋下部フォルド・シックルと頭部バリアブル・バルカン及び手甲部ハンド・レイを基本としここにミッションに応じて兵装の選択を行うこれらは可及的速やかな決定が必要な場合及び指令の伝達が不可能な場合を除き機関の指令通達によって決定されるものとし―――

 

 長ったらしい文章を、読める筈も無いスピードで瞼の裏に無理矢理焼き付けられるような、ただただ暴力的な情報の“侵食”。その奔流に晒されたハルトは脳内を乱雑に飛び交う信号に刺激されて、自らの意思に関係なくがくがくと身体を揺らす。コックピット内の全周モニターには注意事項やチェック項目が次々にクリアになることを示すメッセージが表示されていくが、そんなものに目を向ける余裕は無い。

 やがて全てのチェック項目がクリアになった時、ショックに反り返っていたハルトの背がくたりと再び前のめりに丸くなる。

 荒い息を吐き出したハルトは、両手を―――何とも無かった右手も、骨折して動かなかった筈の左手も―――アームレストに載せると、一度手を離したレバーをもう一度しっかりと握り直し、無数の情報の中から辛うじて読み取ることの出来た、この巨大なロボットの名を呼ぶ。

 

「―――行こう、『ヴァルヴレイヴ』」

 

 言葉と共に目を見開いたハルトは、眼前に映るバッフェの『顔』を睨みつける。

 ここに、契約は成った。

 

 

 

 

 

 ミツルは一瞬、自分は間違えてゲームソフトのPVでも開いてしまったのかと錯覚した。

 咲森学園のプールから突如、鎧武者のようなロボットが現れ、謎の軍隊―――ユウスケの話では、世界を二分する大国の片割れ、ドルシア軍事盟約連邦の物らしいが―――の戦闘ポッドに攻撃されているのだ。

「アップしてるユーザーは……“Rainbow”? なんだこれ、いったい何が……」

 言いさしたミツルの見る画面で、変化が起こる。

「あ、色が……」

「変身した!?」

 ミツルの言葉を喰い気味に、ユウスケが叫ぶ。

 ロボットの足元から、蜃気楼が揺らぐように光の波が立ち上り、その波がロボットの白い装甲を黒く変色させていく。ほどなくして白と赤の巨人は、その体躯を黒と赤に変える。

 そして、人間で言うところの目に当たる部分を緑色に光らせた、次の瞬間。

 

 自分に攻撃を加えていたバッフェの頭部コックピットをがっちりと握り、そのまま押し潰した!

 

「っ……」

 居ても立っても居られず、ミツルは走り出していた。

 スマートフォンの画面なんかでは駄目だ。“あれ”は学校のすぐ近くで暴れている。校舎から、この目で見なければ!

 ミツルと同じ考えに至ったのだろう。気が付けば、いくつもの足音が、自分の後ろを追って来ている。その中にクラスの友人の名前を認めたミツルは、無我夢中で叫ぶ。

「あのロボット、なんだ!?」

「知るか! ミツルはなんか知ってるか!?」

「な訳ねーだろ! 知らないよ!……知らないけど……」

 そこで一度言葉を区切ったミツルは、階段を二段飛ばして駆け上がる。二階廊下の窓からは、仲間を撃墜されて混乱しているのか、地上に向かってビーム砲を乱射しながらも無人機を引き連れて未だ宙を旋回しているバッフェの姿が見えていた。

 

―――そこに、ごぉ、と大きな音。炯々と光るグリーンの腰部センサーユニットを羽のように広げたロボットが、赤い光を撒き散らしながらモジュール77の夜空へと躍り出たのだ。

 

「きっと、すげえことになる」

 その姿に、ミツルは半ば確信めいた予感を感じる。

 廊下にずらりと並んで窓から身を乗り出すミツル達の視線の先では、無人機を含めて3機のバッフェが赤いロボットに向かって銃撃を仕掛けている。

 しかし赤いロボットは防御するように両の手を交差させると、そこから深紅の光を放つ。

 ぶわ、と煙のように広がったそれはなんと、バッフェの吐き出すビームを弾き、ロボットの盾となっているではないか。

「すっげ……」

「かっこいー……!」

「あの光、武器になってるのか!?」

 赤いロボットが両腕を振るう度、空中に奔る赤い光。“硬質残光”の名を持つそれは生み出される傍から結晶化し、バッフェがばらまくビーム弾を防ぐ。無人機の動きが一瞬止まった次の瞬間、赤いロボットは左腕を大きく振るって放った硬質残光を、伸びた拳のようにバッフェに打ち付ける!

 気が付けば、生徒達は揃って子供のような感想を口にしていた。それほどまでに、赤いロボットの魅せる戦いは非現実的だったのだ。

 鎧武者のような赤いロボット―――ヴァルヴレイヴに乗っているのが、自分たちと同じ学園に通う、陸上部所属の気弱な男子生徒だと思う者など、ここには居ない。廊下に居並ぶ学生たちはただただ、ヒーローの登場に歓声を上げていた。

「頑張れぇ! そこだ、やっちゃえーっ!」

「行けぇええ! そんな奴らに負けるなぁああ!!」

 その歓声に応えるように。ヴァルヴレイヴは右肩の付け根から、棒状の武器を引き抜く。一見すると大振りのナイフに見えるそれは一瞬で展開し、鋭い片手鎌になる。

 フォルド・シックル。ヴァルヴレイヴの基本となる装備の一つで、最も使い勝手の良い鎌。透き通った刃は、超硬質のクリスタル『クリア・フォッシル』で形成され、見た目の美しさに比例した凶悪な切れ味を持っている。

 目にも留まらぬ速さで空を駆けるヴァルヴレイヴは一息で無人型バッフェとの距離を詰め、頭を持たない無機質なその機体を真っ向から叩き斬る!

 爆散する無人機。学生たちが歓声を上げる間もなく、ヴァルヴレイヴは続けてもう一機の無人機に向かって躍り掛かる。

 近づいて来る敵に、咄嗟にバッフェは両肩の大型盾『アイゼン・ガイスト』を構えて防御態勢を取る。

 しかしヴァルヴレイヴにとって、そんなものは何の意味も無い。曲芸のようにその頭上を飛び越えると、すれ違いざまに無防備なその背中に向けてフォルド・シックルを一閃。先ほどよりも切り口は浅かったが、推進剤が詰まった背部のタンクを傷つけられた無人型バッフェは、先程の僚機と同じ末路を辿った。

「残り一つだ、行っけぇえーーーっ!!」

 学生の一人が、興奮のままに叫ぶ。使役していた二機の無人型バッフェを撃墜されて、残った一機の有人型バッフェは猛然と反撃を加える。両腕のビーム砲を連射してヴァルヴレイヴの姿を追い、距離を詰められる前にバーニアを小刻みに吹かして一定の距離を保つ。

 充分に距離を取ったところで、バッフェの腹部ハッチが開き、四角形の砲口が露出する。バッフェの虎の子の装備、戦術レーザー砲『デュケノワ・キャノン』。戦艦すら一撃で轟沈せしめるその威力を以てすれば、如何にヴァルヴレイヴと言えどただでは済まない。

「あぁっ……」

 甲高い銃撃警告音と共に照射されるオレンジの熱光。

 学生達の中から、誰の物とも知らぬ、悲鳴のような声が漏れる。

 だが、それすらも赤い武者は意に留めない。

 これまた軽業のような身のこなしで空中に宙返り。その踵から尾を引いて打ち出された硬質残光の鞭を、バッフェは間一髪のところで両肩の盾で防ぐ。しかし、その時にはもうすべてが遅い。

 バッフェの周囲を飛ぶヴァルヴレイヴが放つ硬質残光は、繭のようにバッフェを包み込んでいく。気が付いたバッフェがその場から逃げようとしても、湧き出す傍から結晶化する光に機動を封じられて身動き一つとれなくなっている。

 赤い光の中でもがくバッフェ。空中でその機体を閉じ込めた光の繭に向かって、ヴァルヴレイヴはその腰に帯びていた『刀』……クリア・フォッシルで形成された直刀、『ジー・エッジ』を抜いて急速に迫る。

 哀れ、自由を奪われ狂乱の中でビーム・ガトリング砲を出鱈目に撃ちまくっていたバッフェは、左肩を、右腕を切り落とされ、止めとばかりに胴体を断ち割られて爆炎の中に消えた。

 

 

「…………」

 電気の消えた廊下を、沈黙が支配する。遠くに見える爆発の光が、何を意味しているのか解らなかったからだ。

 いち早く我に返ったのは、意外にも、ミツルであった。

「助かったん、だよ、な?」

 そうだ。学校を襲っていた謎の戦闘ポッドは、あの赤いロボットに成敗された。

 あのロボットが、学校を守ってくれたのだ!

「ぃやったぁあーーーーーーーーーっ!!」

「私達、助かったのよね!? 良かったぁ……!」

「生きてる、僕達ちゃんと生きてるよぉ!」

「おーい! ありがとー!」

 死の恐怖から解放されて、安堵の涙を流す者。自分たちを救ってくれたヴァルヴレイヴに喝采を送り、感謝の声を投げかける生徒。

 ミツルが握りしめていたスマートフォンの画面では、映像を見ていた世界中の人々のツィッターへの書き込みが一秒と時を置かずに更新され続けていた。

『すげえ、サムライだ!』

『いや、ニンジャだろ』

『撮影とかじゃないの?』

『ブラボー!』

『どこのロボットだ!?』

『ロボットと言う呼び方は正確ではない』

『写真アップしといたぞ』

『キタ来たきたキターーーーーーーーーー!!!』

 あっという間にサーバーの過負荷直前まで書き込みが行われる、『WIRED』のネット。

 そこに、更なる燃料が投下されることになる。

 戦闘を終えたヴァルヴレイヴが学校から少し離れた海岸に降り立ち、その胸部から一人の少年がひょっこりと姿を見せたのだ。

「あれ、パイロット……」

「え、あれって……」

 その姿を見た学生たちは、一瞬言葉を失う。そこに居たのは屈強な軍人でも、歴戦の有名パイロットでもなく―――

「……ハル、先輩?」

 

 咲森学園に通う二年生の男子生徒、時縞ハルトであったのだから。

 

「あ、あれって! ハルトだよな!?」

「え!? 誰? 誰なの?」

「二年の時縞ハルトだよ! ほら、今日の昼休みに大食い勝負やってた!」

 学園を救った謎のロボット。そのパイロットは、学園に通う気弱な学生であった。そのことに学生たちは沸き、三度、歓声の嵐が巻き起こる。

「おぉい、時縞ぁーっ!」

「ハルトくん、ありがとーっ!」

「かっけぇぞハルトーっ!」

 彼らの頭は、学園を襲撃した者達よりもモジュールの現状よりも、突如現れたヒーローのことで一杯になっていた。

 

 

 

「ハルト……」

「良かった、無事だったんですね……」

 二人で一つのスマートフォンを覗き込みながら、櫻井アイナと犬塚キューマは安堵の溜息を漏らした。アイナなど、緊張の糸が途切れてくりくりとした大きな目に、いっぱいの涙を浮かべている。

 ハルトがあのロボットに乗り込んだ時などはどうしたものかと思っていたが、なんと彼はそのロボットであの戦闘ポッドを倒してしまった。まさか、と思いつつも、学園を救った友人の活躍に、二人は知らず、笑顔を取り戻していた。

「でも、なんでハルトさんがあのロボットを動かせたんですか……?」

「さあなぁ……とりあえずは、あいつのこと迎えに行ってやろうぜ。さっきは怪我してたみたいだし」

「あ、そうですっ! ハルトさん、さっき腕を押さえてましたよね!?」

「しっかし、今から校舎に戻ってもそれどころじゃないだろうしな……そうだ、ミツルに連絡取ってみるよ。今から呼べば救急箱持ってきてくれるかも」

 キューマは、ようやっと電波状況が落ち着いたスマートフォンから後輩のナンバーを呼び出し、通話ボタンを押した。

 

 

 

『ウソだろ』

『乗ってんの子供じゃん』

『軍人じゃないの?』

『誰だコイツ』

 目の前を流れるツィッターのコメント欄を目で追いながら、流木野サキは何事かを考える。

 やがて、何かを企むような“悪い”笑みを浮かべた彼女は、先ほど拾ったあるもの……ハルトの生徒手帳をスマートフォンのカメラで読み込み、その情報を『WIRED』にアップロードする。彼女の目論み通り、その画像を添付した書き込みはあっという間にリツィートが数百件を突破する。

『高校生!?』

『なんでロボット乗ってるんだ?』

『顔は結構かわいいかも』

『これなんて読むんだ』

『“トキシマ”っていうらしいぞ』

 一分と経たずに増える書き込みの数々。その様子を見て、サキは笑みを深める。

 彼女が何を考え、そこからどんな未来を想像したのか―――それを知る者は、今はまだ、どこにも居なかった。

 

 

 

 熱限界突破/活動停止。そう書かれたコンソールパネルを見たハルトが我に返ったのは、『火人(ヒト)』と銘打たれた赤い鎧武者が勝手に砂浜に着地した時だった。

「止まった……?」

 バッフェを全機撃墜してから空中を飛んでいたヴァルヴレイヴであったが、やがて機体の熱量が『100/100』と表示され、機能を停止して自動で砂浜に着地したのだ。

 放熱で海水の一部が蒸発し、舞い上がった水蒸気が陽炎のように機体のシルエットを揺らす。

 完全に動きが止まったヴァルヴレイヴの中で、ハルトはコックピットシートにもたれかかり、大きく息を吐いた。

(夢じゃ……ないんだよな)

 不気味なメッセージに『YES』と答えた時のこと。

 首元に注入された妙な薬液の感触が―――そこから身体じゅうを“蝕む”ように広がった情報の残滓が、今も残っている。

 このロボットの動かし方を。敵の倒し方を。『ヴァルヴレイヴ』という、赤い巨人の名を。

 先程まで体を震わせていた、轟音と震動。それら全てが無くなり、夜の静けさを取り戻したコックピットから半ば無意識に這い出したハルトが見たのは、遠くに見える学園の廊下に居並ぶ生徒達が、皆一様に自分を讃える光景だった。

 戦闘の衝撃でポケットから飛び出していたスマートフォンに次々と表示される、ハルトへのフレンド登録メッセージ。世界では今、じつに三億人もの人々がハルトを称賛していた。

 勝利の栄誉。学校中からの歓声。世界中に知れ渡った名声。

 けれど、そのどれもが、ハルトの心には何の感慨も抱かせなかった。

 

―――僕が欲しかったものは、こんなものじゃない。

 

 ただ一人、あの少女が「頑張ったね」と褒めてくれれば、他のものは要らなかった。

 ただ一人、あの少女が笑顔を見せてくれれば後はどうでも良かった。

 けれど、本当に欲しかったものは……彼女の心は、永遠に失われてしまった。

 

「……っ、ひっく、えっ、ぅ……ショーコっ、ショーコぉ……う、ぁぁっ、ああああああ……!」

 

 月明かりの下。

 人々の喝采を一身に浴びる少年の静かな嗚咽が、歓声の止まない夜の闇に溶けて行った。

 

 

 

 

 

「ったくもー、犬塚先輩はホンット人使いが荒いんだからなぁ……」

 キューマから電話で連絡を受けて、十分ほど。

 興奮冷めやらぬ学園から一人抜け出したミツルは、救急箱を手に学校近くの海岸まで走っていた。

 応急手当を放り出してロボット見物に行っていたことで三年生の保健委員にたっぷりと嫌味を言われたが、体育館に居たリオンやマリエもその映像をスマートフォンから見ていたことで矛先がそっちに逸れたために強い叱りは受けなかったのは不幸中の幸いか。

 あのロボットのパイロットが怪我をしているかもしれないから救急箱を持っていく、と言えば保健委員たちも文句は言わず、さらに道中で「さっきのあれ見たかー!?」と絡んでくる友人達を華麗にスルーしつつ校舎の玄関を出たが、キューマの電話からしばらく時間が経ってしまった。

(櫻井の話だと、ハル先輩、腕に怪我してたらしいから早く行かないと)

 そんなことを考えつつ学園のある浮地の外縁部、市街地と学園を結ぶ橋の近くまで来たミツルは、不意にそれを耳にした。

 

「……エル……ル――ゥアアアアアアア!!」

 

 不覚にもその声を聴いたミツルは、びくり、と身体を震わせてしまった。

 臓腑の底から絞り出すような、というか、なんというか。何を叫んだのかはよく聞こえなかったが、何かすっごい感情の込められた絶叫である。

 声からすると若いが、ハルトやキューマがこんな声を出せるとは思わない。そもそも声が全然別人だ。

「おーい、誰か居るのかー?」

 警戒させないように、大声を出しながら近づく。

 建物の角を曲がると、暗がりで良く見えないが、大きなロボットが見える。恐らくこれが、先程ハルトが乗っていたロボットなのだろうと判断したミツルは、次いで、その周囲の人影を探す。するとロボットの足元に、四人の男子生徒が固まっていた。

「あれ? えーっと、学園の人達だよな」

 何をしているんだ、と訝しみながらも、救急箱を持って近づくミツル。

 声を掛けられた四人のうち、赤い髪をバンダナで巻いた小柄な少年が不機嫌そうに言う。

「はぁ? お前何言って―――」

「待て……ああ、そうだ。君は?」

 赤毛の少年のセリフを遮ったのは、その傍らに立っていた、眼鏡をかけた長身の男子生徒。

 誰何の声を向けられたミツルは、手に持った救急箱を見せながら答えた。

「保健委員だよ、保健委員。ほら、さっきのロボットに乗ってた先輩が怪我してるかもしれなかったから、救急箱持ってきてくれって三年の先輩に頼まれて……って、あれ。そっちの人、もしかして怪我してる?」

 言いながら四人の姿を見ていたミツルは、砂浜に座り込んだボブカットの男子生徒が左目を押さえて歯を食いしばっているのに気付く。

「っ、これは……」

「あーはいはい喋んなくて良いから。良かったらこれ使っ……あ、あれ!? ハル先輩!?」

 ボブカットの男子生徒に近付いたミツルだったが、その途中で彼らの後ろに倒れていた人物の顔を見て顔色を変える。血相を変えたミツルに、先程の眼鏡の男子生徒が声を掛ける。

「知り合いか?」

「ああ、部活の先輩で……っていうか、あんた達も見てたんじゃないのか?」

「見てた、というのは……?」

「このロボットだよ……あ、ごめん、こっちの手当、先にして良いかな」

 怪我人を前にしてこういうのは憚られるが、意識のある怪我人よりも意識の無い怪我人の方が怖い、と聞いたことのあるミツルは、呻きながらも意識を保っているボブカットの男子よりもハルトの方が気にかかっていた。

 幸い、眼鏡の男子が、治療はこちらでするから大丈夫だ、と言ったので、救急箱を預けてハルトの様子を見る。

「で、そのヴァ……ロボットがどうしたんだ」

 砂浜で仰向けに倒れるハルトの傍に座り込み、軽く腕に手を当てて脈を取るミツル。その手首から鼓動を感じ取り、大した怪我も無く、ただ気絶しているだけだと断じたミツルは、後ろから飛んできた問いに促されて口を開く。

「どうもこうも、この先輩が動かしてたんだってば。ドルシア……だかどこだかの戦闘ポッド相手に大立ち回り。まさかハル先輩があんなことできるなんて……がっ!?」

 そこまで喋ったミツルは、突如後頭部を襲った衝撃に短く悲鳴を上げる。

 四人の男子生徒に背を向けて、興奮のまま喋っていたミツルは気が付かなかった。眼鏡の男子生徒が音も無く自分の背後に近付き、手にした拳銃を振りかぶったことに。

「こちら特務隊。ヴァルヴレイヴとパイロット、およびパイロットの関係者を確保しました。すぐにそちらへ……」

(な、にが……)

 大きく揺らされ、急速に暗くなっていく視界。そして、眼鏡の男が携帯端末に向かって放った言葉。

 混乱の中で、ミツルは意識を失った。




イクスアイン「かかったなアホが!」

[捏造点①:ハルトが謎のロボットに乗れると思った理由]
 アニメではロクに描写されず、小説でもただ「ロボットだったらロボットに対抗できる、だから動かそう」としか表現されず、「何で自分がロボットを動かせると思ったのか」の説明がされなかった場面ですが、本作では後に明らかになる学園の実態や、キューマがレクチャーを受けただけで戦闘ヘリを操縦できたことなどから鑑みて「ジオールの飛行機や船の操作は授業で習った、だからジオール製のロボットだったら乗れる→これを動かせばショーコの仇が取れる→よし、やろう」とハルトが(正常な思考を失った状態で)判断したことにしました。
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