V's If-Story:ScalePowder of WhiteMoth   作:よしおか

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 ようやくオリ機体の登場です。
 今回ちょっとグロイ描写を盛り込んだので注意。


第五話 選択の時

 ドルシア連邦軍軌道突撃大隊第三小隊。

 リヒャルト・グレーデンが率いるその部隊は特務隊と同様、歩兵から機動兵器のパイロットまでこなせるエリート兵士の集団でもあった(流石に特務隊のように、高い隠密性の求められる潜入任務などは難しかったが)。

 長年対立してきた某国と比べて国力で劣るドルシアは、それに比例して従軍している兵士の数も少ない。故に彼らは、文武両道を求められる。事務員であっても有事の際には歩兵隊に加われるように。歩兵であっても敵陣での諜報活動を行えるように。諜報員であっても敵地からの脱出に戦闘機を使えるように。戦闘機パイロットであっても愛機の故障は自分で修理が出来るように。兵士一人一人が、全ての兵科をこなす事が出来るオールラウンダーなのだ。

 その中でも、連邦宇宙軍の軌道突撃大隊といえば戦闘の花形だ。宇宙というまだまだ未知の部分が多い場所で活躍する、第一線級の兵士たち。現政権の肝入りである特務機関のエージェントが台頭して来てこそいるが、リヒャルトが指揮を執る第三小隊もまた、新任の兵士たちが一度は目指す高みでもあった。

 そんな彼らが何故、今回のジオール奇襲作戦に於いては後詰の部隊となったのか。それは単純に、彼らの乗る機体がまとめてオーバーホール中だったからである。

 反政府勢力……十年前の政変によって祖国を追われた、旧体制派との戦闘が起こったばかりだったのだ。不満は第三小隊のみならず多くの部隊から出たが、そもそも今回の作戦は現ドルシア元首である総統の、直属の佐官からの情報を基に急に決まったものであると聞く。恐らくは、軍部の一部でも勢力を伸ばしつつある旧体制派への牽制の意味も兼ねているのだろう。

(おおよそ、総統直属の特務隊のデモンストレーションにでも使われたか)

 目的地への入り口であるエレベーターに向かって歩を進めつつも、口元に手を当てて考えるリヒャルト。彼の眉間には皺が寄せられ、手で隠れた口元は不満げに口角を下げていた。

 リヒャルトは、自他共に認める戦闘嗜好家(バトルジャンキー)である。流石に上級尉官に昇格してからは慎むようにはなったが、本来であれば彼の本分は機動兵器で戦い、敵を討ち果たすことにある。政治の都合によって闘争の機会を奪われるなど、真っ平御免なのだ。

(私の『イデアール』さえ修理が間に合っていれば、もっと暴れることが出来たんだが)

 そうすれば、こんな退屈な任務に着くことも無かったのに―――と、おおよそ模範的な兵士とは言い難いことを考えながら、リヒャルトはエレベーターの操作パネル……実際には、そこからケーブルでつながったハッキング端末を操作する。

 特務隊のある青年が残しておいたそれにリヒャルトが触れると、一階から下の階層が明記されていなかったエレベーターのゴンドラが降下する。咲森学園に隠されていた地下エリアへの入口だ。

「……本当に地下があったんだな」

 身体が人工重力に従って“下に降りていく”感覚を味わいながら憮然とした表情で呟くのは、この場に於いてドルシア軍でもなく、そもそも軍人ですらない少年―――ミツルだった。

 自分が通っていた高校が真っ当な教育機関ではなかった―――それも、よりにもよって政府と国防軍が新兵器の開発をしていた、と聞かされた時は何を寝ぼけたことを、と内心馬鹿にした気持ちで聞き流していたミツルだが、自分たちを救った赤いロボットの存在や、エレベーターの操作パネルに表示されない地下階層の存在に、リヒャルトの話が決して世迷言ではないと察し始めていた。

「君はこの施設の事は本当に知らなかったのか?」

「入学してここに住み始めて二ヶ月かそこらですよ。そもそも無駄にだだっ広いんだ、学校のどこに何があるかだってまだ把握できてませんでしたよ」

「どうだかな……着いたぞ。地下八階、君達ジオール人に相応しい悪魔の領域だ」

 体育会系の学生であるミツルがその意味を解することは無かったが、リヒャルトが口にしたのはある有名な長編叙事詩の一説―――悪意を持って罪を犯した者が送られる場所のことを示していた。

「……気障なオッサン」

 開いた扉から歩き出すリヒャルトに小声でこっそりと悪態をつきながら、その後に続くミツル。ほどなくして一行はその扉の前に辿り着いた。

 

――――[ Three-V development laboratory ]

 

「スリーヴイ、デベロープメント、ラボラトリー……」

 黒と黄の縞模様が描かれた鉄扉に記された文字を、信じられない、という思いで読み上げるミツル。“development laboratory ”は『開発研究所』という意味であり、工業系の大学ならまだしも、普通科の高等学校にある物としてはおおよそ似つかわしくない単語である。

(何でこんなものが学校の地下に……本当に咲森学園は、軍の施設だったってのか? 俺達は毎日、軍人と一緒に生活してたって? 冗談だろ……)

 呆然とその扉を見つめるミツルに構わず、軍人たちは先ほどと同じハッキング端末で以てその扉の施錠を無理矢理にこじ開ける。

 やがて鉄扉が開くと、それを追う様にがしゃがしゃがしゃん、と立て続けに重厚な金属音が響く。最初の扉の向こうにあった数枚のゲートが一度に開いたのだ。

「わ……」

「おお……」

 七枚の鉄扉の先にあった光景に、図らずも同じタイミングで間の抜けた吐息を漏らすミツルとリヒャルト。開いた扉に足を踏み入れた彼らが目にしたのは、先程ミツルをはじめ学園の生徒が見たものと似通った形状のロボットだった。

 人のような四肢は白―――寒色がかったクールホワイトで彩られ、触覚のような緑のセンサーが増設された額と、虫の口元に似た尖った顎はやや前面に張り出した形。左腕には頭部よりも濃い緑色の、透明な素材で形成された小型の盾が装備されている。胸と額には、ジオールの古めかしい字体で描かれた「捌」の文字。

 そして何より、ハルトが先程搭乗したものとの最大の違いは、腰部の形だろう。ハルトの赤い機体は頭部と同じ緑色のセンサーユニットが羽のように伸びていたが、この純白の機体の腰部からは、蝶のような羽を生やした大きな推進器がぶら下がっている。

 幾つかの部分と全身を彩るカラーリングに違いこそあったが、それは紛れも無く『ヴァルヴレイヴ』の一機だった。

「これが、ヴァルヴレイヴ……」

「ヴァル……?」

 思わず、と言った風にリヒャルトの口から洩れた単語。ミツルが聞き慣れないその言葉の意味を問う視線を向けるも、応える事無くリヒャルトは機体に近付く。普段は理知的なその瞳は、少年のような好奇心と、老練な戦士の闘争欲にぎらぎらと光っていた。

「素晴らしい。バッフェとはまるで形が違う……全領域対応型で、どうして人型なんだ。この腰のパーツはブースターユニットか? ……ああ、早くドルシアでも量産してくれないのか」

 リヒャルト達、特務隊とは別の一般将校は今回の作戦の目的が、このロボット……ヴァルヴレイヴの強奪にあると聞かされている。リヒャルトは、作戦成功の暁にはこの機体が祖国でも量産され、いずれは自身の闘争の手段の一つとして自分にも手に入るのだろうと思っていた。

 先ほど、自軍を相手に見せた圧倒的な性能―――早く自分もその一端を手にして、思う存分戦場を駆け巡りたい。リヒャルトの脳内では、早くもそのことが大半を占め始めていた。

「大尉、一人で盛り上がらんで下さい」

「おっとすまん」

 部下に声を掛けられ、リヒャルトは名残惜しげに鉄柵から離れる。どうでも良いがミツルはそんなリヒャルトの姿にどん引いていた。

「とにかく、さっさと検分を済ませてしまおう。上に残してきた連中をもう五人ばかり、技師と一緒に呼べ。その位居ればすぐに終わるだろう」

「はっ」

 リヒャルトの指示のもと、ミツルの傍に居た兵士の一人が通信機でどこぞへと連絡を取る。

(仲間を呼んでるのか……くそっ、俺はどうすれば……)

 どんどん不利になっていく状況を打開しようと、ミツルは周囲に視線を巡らせる。

 黙って大人しくしていれば何もしない、とは言われたが、ミツルは生憎、その言葉を毛ほども信用していなかった。実際の所、リヒャルト達にミツルを害することで生じるメリットは殆どと言って良いほど無く、精々が民間人の不当拘束の揉み消し程度のこと。ミツルが彼らに抵抗でもしない限り、リヒャルト達がミツルを殺すことは無かった。

 しかし、自分が加えられた暴行に、目の前でリオンに銃を向けられた事実は、ミツルの中からドルシア軍への信用というものを綺麗さっぱり洗い流していた。ミツルとしては、これ以上“銃で武装した強盗”と一緒に居るなど腹の底から御免であった。

 リヒャルトは再び自分から視線を外しており、兵士の一人は通信機に意識が向いている。残る二人の兵士もリヒャルト同様、この広大な格納庫のあちこちに視線を巡らせている。最早抵抗の素振りも見せないミツルは、彼らの中ではお荷物程度のものになっていた。

 しかしながら銃を持っているであろう四人の軍人を前にして自分は丸腰、武器を探そうにも足元にはごみごみとした工具や書類が散らばるばかり。ネジが数個入っただけの工具箱が一番近くにあったが、こんなものを振り回して喧嘩をするスキルをミツルは持ち合わせていない。

(打つ手が何も無ぇ!? ちくしょう、スパナの一つぐらい置いといてくれたって良いじゃないか! こんな奴らと何時までも一緒に居られるか、なんとかして逃げて……ん?)

 ふと、ミツルは何かを忘れているような気がして思考を練り直し―――目の前に鎮座するロボットの『首元』に目を遣る。

 リヒャルト以下、ミツルも含めた五人がゲートを潜って研究所内に入った時、彼らを真っ先に出迎えたのは、この白いヴァルヴレイヴの目つきの悪い顔面だった。どうやらあの扉は、この巨大な室内のかなり上の方に取り付けられていたらしい。

 現在彼らが立っている位置からはヴァルヴレイヴの首元……開いたハッチの中にコックピットが見えており、ミツルは今ちょうど、両手両足の戒めから解放されている。

 そう、そのまま走ってジャンプでもすれば、そのままコックピットに飛び込める位置に居るのだ。

(……さっき、ハル先輩はこのロボットを動かして、ドルシアの戦闘ポッドと戦った。“あの”ハル先輩が、だ)

 争いごとを好まない知人があっさり動かすことの出来たロボットが目の前にあって、搭乗者を待っている。

 そして、その目の前に立っている自分の周囲には、何時自分を殺すとも知れない“敵”が居る。

 

―――ひょっとしたら、俺にだって出来るかもしれない。学校の皆を、先生を助けられるかもしれない。

 

「……っ!」

 それは、悪魔の囁きだったかもしれない。死の恐怖に晒されて追い詰められた……とまでは行かないものの、侵略者たちに捕えられている現状は、ミツルから正常な判断力を奪うには十分すぎた。

 この状況から抜け出したい。そして、それが出来るかもしれない手段が目の前にある。だから、実行する。

 そんな単純すぎる思考のもとに、ミツルは―――

(……一か八か、やってみるだけだ!)

 足元の工具箱を後方へと蹴っ飛ばし、全力で走り出した!!

「なっ……あ、このガキっ!!」

 背後の方で響いた金属がぶつかる音に、咄嗟にそちらに銃を向ける兵士たち。しかしそこに転がる工具箱を見てミツルのやったこととその狙いを瞬時に悟り、身体を反転させてミツルの足元に向かって発砲する。踏み出した右足のすぐ傍で飛び散った火花にミツルは息を呑むが、それでも足を止めることは無い。

(早く、早く、早く! あのコックピットに飛び込んだら、どうにかして―――)

 次にとるべき行動を思考しながらも全力で走るミツル。アドレナリンが大量に分泌され、わずか十数メートルを走る時間がとても長く感じる。それでも実際には一瞬の時間だ。陸上部で日頃から鍛えた健脚で以て、ミツルは生存の為に走る―――しかし、コックピットのちょうど真上に立ったその時だった。

―――パン、と軽い音。兵士たちのもつサブマシンガンよりも軽い発砲音がえらく耳に響いた次の瞬間、ミツルの身体はぐらりと揺らぐ。

(え、待っ……)

 急に力の抜けた腹部を見ようとして前のめりに倒れる瞬間。天地がさかさまになった視界の隅で、ミツルは確かに見た。リヒャルトが、小さな拳銃の銃口をまっすぐ自分に向けているのを。

 ミツルがヴァルヴレイヴに走って辿り付くまでの、一瞬の時間。その一瞬は、リヒャルトが腰のホルスターから拳銃を引き抜くには十分すぎる時間だった。

「っあ、ぐ、」

 痛みに悲鳴を上げる暇も無いまま、身体を捻るように倒れ込んだミツルは―――そのままヴァルヴレイヴのコックピットに背中から落下した。

 銃口をコックピットに向けたままで走り寄るリヒャルト達。しかし、彼らを遮るように白いヴァルヴレイヴはそのコックピットのハッチを閉ざした。ミツルの侵入を感知したシステムが、オートでコックピットを遮蔽したのであった。

「ちっ……しくじったな」

「すみません大尉っ、自分のミスです……」

「いや、目を離したのは私も一緒だ……それよりも、面倒なことになったな」

 頭を下げてくる部下を手で制しつつ、拳銃を下げたリヒャルトは閉じられたハッチを見つめる。

 殺した、という手応えがあった。拳銃を握っていた手に殺す感触も何もあったものではないが、直感があった。

 リヒャルトが放った弾丸は、ミツルの背中から腹部を貫き、確実に臓器の一部に風穴を開けた。ミツルがどうなったのかリヒャルトには見えなかったが、銃で撃たれる痛みになど慣れていない学生が、腹部を撃たれたショックの後に冷静に動けるとは思えない。

 放っておいても狭いコックピットの中で失血死するだろう。

「……馬鹿な奴だ。大人しくしていれば死ななかったものを」

 年若い少年の、無鉄砲さが招いた死。その死を運んだリヒャルト自身も流石に哀れに思えてしまう、少年の最期だった。

 

 

―――少なくともリヒャルトとその部下たちはこの時、そう思い込んでいたのであった。

 

 

 

 

 

 

「……ぁ……」

 暗闇の中で、ミツルは呻き声を漏らした。

(痛い、痛い、痛い痛い痛い……)

 焼けるように痛む腹部から、止め処なく溢れる液体。それが自分の血だと気付くのに、然して時間は要らなかった。スタンバイからアクティブへと自動で移行したコックピットの照明が、ミツルの手を赤く照らし出したからだった。

(撃たれた、のか……あ、痛い、痛いぃ……!)

 少し力を抜けば、気が狂いそうな痛みの感触。半ば無意識に動かした右手が、せり上がっていたコントロールパネルを叩く。

 そこにあった、カバーを取り外されたままのスイッチが、何を示すのかも知らぬまま。

「い、っつつつ……う、ん?」

 数分の間、そうしていただろうか。痛みに慣れた……と言うにはもう少し時間がかかるだろうが、ミツルはなんとか痛みに耐えながら、ぎゅっと閉じていた瞼を開く。するとそこに、カタカナで表示された文字が不気味に点灯していた。

 

     [搭乗者の生命維持に甚大な障害を確認。速やかな契約を推奨します]

         [ニンゲンヤメマスカ? ― Yes/No]

 

「なんっ、だ、これ……」

(せーめーいじに、じんだいな……いや、契約って……?)

 そこに示されていた言葉を要約すれば、『死にたくなければ契約しろ』だ。現在自分が死にかけているのは確かだが、それが何を以て『速やかな契約』につながるのか。ミツルにはさっぱり理解できない。

 しかし。

(これを押せば、痛くなくなるのか?)

 最新鋭の宇宙船には、艦内で伝染病が発生した時の治療・隔離を可能とするメディカルシステムが搭載されていると聞く。ひょっとしたらこのメッセージは、このロボットに搭載されているメディカルシステムか何かかもしれない―――ミツルがそこまで考えたわけでは無かったが、可能性は確かにあった。

(死にたく、ない。まだ、やりたいこともできてないのに。言いたいことも、言えてないのに。ニンゲンヤメルだか何だか知らないけど……)

 死ぬよりはましだ、と。あまりにも安易に、しかし強い意志のもとに。

 ミツルは、【Yes】のボタンに指を乗せた。

 

 

 

 

 

 

「駄目です、外部にそれらしきものは見当たりません」

 コックピットによじ登った部下の言葉に、リヒャルトは顎に手を当てて思案に暮れる。

 ミツルがコックピットに姿を消してからおおよそ十分弱。そろそろ失血死していてもおかしくは無いだろうと踏んだリヒャルトは、コックピットを開けるように部下に指示を飛ばした。

 普通、こういった有人兵器というものはパイロットが負傷やパニックで外に出て来れなくなった時の為に、コックピットの出入り口付近にハッチの強制解放スイッチが存在する。レバーだったりボタンだったり、或いはその両方だったりするが、その手の物は得てして万が一の時の為に簡単に操作できるようになっているものだ。

 しかし、ヴァルヴレイヴのコックピットにはそのスイッチがどこにも見受けられない。

(単なる設計ミスか、或いはパイロットの脱落を許さないような脳筋な代物か……ジオールの気風からして前者だろうな。つくづく戦争を知らない国だ)

 仮に後者だったとしても、気概は買うがそんなものに乗せられるパイロットは堪ったものではないだろう。自分は大歓迎だが。

「……しょうがない、爆破するか」

「大尉、投げやりにならんで下さい」

「冗談だ」

 部下の一人と軽口を叩き合いながら今後の行動を考えるリヒャルト。口では冗談だと言ったが、このまま強制解放スイッチが見つからずコックピットを開けてミツルの死体を引きずり出すことが出来なければ、あながち冗談では済まなくなりそうだ。

「さっきの連絡に追加だ。上の連中に特殊工具を持ってきてもらおう」

「こじ開けるんですか? 可能な限り状態を維持したまま鹵獲せよとの事でしたが……」

「この状況では致し方あるまい。それとも、手っ取り早く本当に爆破するか?」

 その問いに、部下は黙って通信機のスイッチを入れて、ミツルの暴走の前に連絡を取っていた上層の同僚に再度、発信する。

 リヒャルトは、大人しく仲間と技師が特殊工具を持ってくるのを待つか、とばかりにヴァルヴレイヴから離れ……その時、“それ”は起こった。

「あれ、なんだこれ……表面が―――大尉っ!」

「どうした……なっ!?」

 振り向いたリヒャルトは、部下たちが居るコックピット周辺を見て絶句した。

 純白のヴァルヴレイヴの機体の一部が、蜃気楼のように立ち上る光を放ちながら黒く変色している。カメレオンの変化のようにゆっくりと。

(さっきの映像の通り―――マズイ!!)

 ここに来る前に見た映像資料では、棒立ちのまま嬲られていた赤いヴァルヴレイヴが同じように変色した後、バッフェ六機の部隊を一瞬で打ち破った。即ちこれは、この機体が本格的に稼働する予兆なのだ。この後に起こるであろうことに一瞬で思い至り、リヒャルトは鋭く叫んだ。

「すぐに離れろ! そいつが動くぞ!!」

 しかし、その言葉はあまりにも遅かった。

 部下達がリヒャルトの言葉を理解し、急いでキャットウォークへと飛び移ろうとした次の瞬間、白と黒のツートーンに変貌したヴァルヴレイヴは屈み込むように上体を曲げる。

 当然、今まで踏んでいた足場がいきなり傾いたことで、コックピット上部に居た二人のドルシア兵は二十メートル近く下のヴァルヴレイヴの足元へと真っ逆さまに落下していく。

「うわぁあぁぁ!?」

「ひっ、ひぃいいい!」

「マクシム、ダニエル!……くそっ!」

 仄暗い格納庫の下層へと落ちていく二人の部下の名前を呼ぶリヒャルト。しかし、二人が助かる筈がないのは誰の目にも明らかだった。視線を正面へと戻したリヒャルトの正面では、頭まで完全にツートーンカラーに変色したヴァルヴレイヴが緑色のセンサーアイを光らせて自分たちを見据えている。

(尻尾を現したか、クサクラミツル!!)

 胸中で悪態をつきながら、リヒャルトは白いヴァルヴレイヴを睨みつける。一人だけ残った部下と共に自分がするべきことは、生き延びてこの危機を上層の部下や同僚、そして指揮を執っている上官に伝えることだ。

「下がるぞジモン! 『デュッセルドルフ』にこのことを伝えんと……!」

「は、はい大尉―――うぎゃっ!?」

「うぉおっ!?」

 足元を大きく揺らした振動に、リヒャルトは数歩、たたらを踏む。咄嗟に状況と部下の安否を確かめるべくリヒャルトは視線を巡らせるが……言いさした部下の姿は綺麗に掻き消えていた。そちらに視線を向けたリヒャルトは、思わずもう一度見返してしまう。つい今しがた、残る一人の部下―――ジモン曹長が立っていた場所には、ヴァルヴレイヴの巨大な拳があった。

「ひ、ぎ……」

 その巨大な拳の隙間から、ジモンのか細い声が漏れ聞こえてくる。年若い部下は、白黒の巨兵の手に捕まり、握りつぶされようとしているのだ。

「ジモン!?」

 リヒャルトが驚きの声を上げた次の瞬間、ぶち、と鈍い音が響く。

 金属の軋む音に混じった悲鳴が、巨兵の拳の隙間から赤い液体と共に漏れた。

「……っ!!」

 三人の部下を立て続けに殺されたことを理解したリヒャルトは悔しさに歯を食い縛りながらも、ヴァルヴレイヴに背を向けて格納庫の出入り口へと急ぐ。

 部下たちの仇を取る為には、いや、下手を打てば自分たちの仇を取って貰う為には、この情報を母艦に知らせなければいけない。ならばどうにかして、この機体の存在を上に知らせねば。

 己の手で部下たちの仇を討とうにも、相手は20メートル級の機動兵器である。自らの無力感に嘆きながらも、リヒャルトは行動を止めようとはしない。

(ともかく、こいつから離れなければ! 何か、何か……!)

 部屋の外に逃げ出しても、あの巨大な腕で壁ごと薙ぎ払われたらおしまいだ。何か別の方法で、自身とこの化け物との距離を開けなければ。

 走りながらも周囲を見たリヒャルトは咄嗟に壁際の照明操作盤の下にあった、『緊急上昇』の文字が記されたボタンを押す。

「ままよ―――!」

 拳を叩き付けるようにしてボタンを押すと、想像通りに白いヴァルヴレイヴの足元がせり上がり、見る見るうちに上方向へと上昇していく。

 リヒャルトが直感で押したそのボタンは、緊急時にヴァルヴレイヴを地上へと射出するためのスイッチだったのだ。リヒャルトは知らなかったが、赤いヴァルヴレイヴが先程地下から学校のプールへと出現した時にも、実は同じようなボタンが使用されていた。

 見る見るうちに遠ざかっていく白いヴァルヴレイヴを見送り、リヒャルトはその場にずるずると座り込み……そして、直視してしまった。

 握りつぶされたジモンを。落下して首や腕をあらぬ方向へと曲げたマクシムとダニエルを。

 

―――戦いの中で死ぬならともかく、こんなところであんな子供に……!

 

 部下たちの無念を想うと、あまりの遣る瀬無さに叫びたくなる。しかしながら、ここでそんなことをしたところで何も意味はない。三度、歯を食い縛ったリヒャルトは拳を床に叩き付けた。がん、と固い音が響く中、リヒャルトは低い声で言葉を発する。

 

「……仇は必ず取る」

 

 リヒャルトとミツル。長く続く二人の因縁の、その始まりであった。

 

 

 

 

 

 

 エレベーターによって地上へと撃ち出された白いヴァルヴレイヴ―――八号機『火集(ヒダカリ)』は、咲森学園の裏山から飛び出すと、一直線に学園の校舎に向けて進路を取った。

(待ってろリオン先生、みんな!)

 ハルト同様、情報の“侵蝕”によって操縦方法を一瞬で身に着けさせられたミツルは、もう何年も操縦しているかのようにヴァルヴレイヴ八号機を操る。青空を飛ぶ八号機の姿は、腰部に装着されたブースターユニット―――特能装備『インゼクト・アクセル』のフォルムと相まって巨大な蝶のようだった。

 わずか十数秒で学園の体育館上空まで飛翔した八号機はそのまま、眼下に展開する装甲車部隊を踏み付けるように着地した!

「な、なんだ!?」

「馬鹿な、どうしてあれがここに……!」

「応戦しろ!」

 俄かに混乱しかけたドルシア軍だが、彼らはすぐに八号機に銃を向けた。

 装甲車に搭載されていた重機関銃に、兵士の数人が構えた携帯型の対戦車ミサイル。それらが一斉に火を噴き、八号機の真っ白い装甲に襲い掛かる。銃弾を受けて装甲からいくつもの火花が散り、更にミサイルが着弾した個所に爆炎の花が咲く。間髪を入れずにその煙の向こうへ追加のミサイルが叩き込まれ、二度三度、轟音が地面を揺らす。

 相手は関節構造が脆いとされる、時代遅れの人型ロボットだ。これだけの一斉掃射を受ければ、堪らず擱座するだろう……そんな、甘い思考によって、彼らは銃撃と砲撃の手を緩めてしまった。

 しかし。

「なっ……」

「む、無傷だと!?」

 バッフェのビーム・ガトリング砲の弾すら防ぐVLCポリマーの装甲には傷一つ付いておらず、ミサイルが効いた様子も見られない。最初のミサイルが着弾してすぐ、ミツルは八号機の左腕を前面に突き出して、そこに装備されたクリア・フォッシル製の盾『クォーツ・バックラー』でそれより後のミサイルを防ぎ切ったのだ。

「うぉおああああああっ!!」

 そのままミツルは八号機の手足で、目に入ったドルシア軍の車両を片っ端から叩き潰す。戦車も装甲車もトラックも関係なく、まるで赤子の癇癪のように。

 そうこうしているうちに体育館から、銃を持った兵士たちが姿を見せる―――が、圧倒的な“暴虐”をまき散らす八号機の姿に、現れた兵士たちは石のように固まるばかり。

(ビビるくらいなら、始めっから攻めて来たりするんじゃねえよ!!)

 人を殴っておいて、いざ自分が殴られるとショックで呆然とする……性質の悪いいじめっ子のような兵士たちの姿にミツルは苛立つ。こんな奴らに、俺たちの学校はめちゃくちゃにされたのか、と。

「出て行けっ! 俺たちの学校から、今すぐ出て行けぇぇぇーーーーーーーーっ!!!」

 怒りのままに振るわれた巨兵の拳は、狙い過たずに兵士たちを叩き潰す。

 

 

―――反撃が、始まった。

 

 

 




八号機「死にたくないかい? じゃあ僕と契約してパイロットになってよ!」
ミツル「ここから、出て行けーーーーーっ!!」
兵士達「出て行く前に殺されたんですがそれは」



Q:『白くてブースター積んだヴァルヴレイヴ』←これカゲロウのパクリじゃね?

A:弁明させて頂きますと、私がこの機体を考えたのは今年の六月前後で、その頃はまだ外伝小説の企画は発表されていませんでした。私がよく閲覧している個人の模型サイトで、六月九日にその旨のコメントした記録が残っております。プロローグの前書き部分にも記載しておりますが決して意図的なパクリではありません。どうかこの点についてはご理解いただければ幸いです。
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