V's If-Story:ScalePowder of WhiteMoth   作:よしおか

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 作品タグに「性格改変」タグを追加しました。序盤の方はまだそうでもありませんが、中盤以降のプロットを練ったり会話部分をだらだら書いているうちに「これ、原作キャラのセリフじゃねえな」と判断したためです。お気に入り・しおり等からご覧になられる方はご留意ください。


第七話 紅白共闘戦

 モジュール77第三民間宙港ベイから、一機のロボットが宇宙空間へと飛び出す。すったもんだの末に本来の身体を取り戻した時縞ハルトと、何故か同行してきた流木野サキ。そして、混乱に目を白黒させるエルエルフの三人を乗せた赤い人型ロボット―――ヴァルヴレイヴ一号機だ。

「宇宙だ……」

「わぁ……!」

 入学のために地球から宇宙船でこのモジュールにやってきた時以来に目にする漆黒の空間と、そこに浮かぶ無数の星々の煌めき。とんでもない場所まで来てしまった、と半ば途方に暮れるハルトと対照的に、サキはといえば星の光と、その遥か向こうに見える青い星に目を奪われていた。

 そんな二人の姿を眺めながら、エルエルフは思案する。

(この男、何故生きている!? さっき、俺は確かにこいつを殺したはずだ。心臓を抉り、肺に穴を空けた……致命傷だ。生きていられる筈がない!)

 エルエルフが特務隊の指揮官に抜擢された理由の一つに、彼の優れた情報処理能力があった。身に付けた知識と周囲から集めた情報を組み合わせ、頭の中でコンピューター顔負けの統計処理を行う能力。彼の予測・見通しの力はもはや“予言”と呼んでも差し支えの無いレベルだ。

 しかしそんな彼をして、今の状況は到底理解の追い付かない代物だった。殺せと言われた対象人物を殺害したと思ったら、怪我も無くぴんぴんしているその人物に拘束されて揺れの激しい機動兵器のコックピットでもんどりうっていたのである。エルエルフからすれば時間が消し飛んだどころの話ではない。もしや、自分は幻覚でも見ていたのだろうかと思い至ったエルエルフは呼吸を整え、自身の脈拍、体温、周囲からの音の聞こえ方、五感で感じられるすべての情報に神経を集中させる。

 ズボンのポケットから拳銃の感触が消えているので、武器は取り上げられたとみて間違いない。が、幸いにもエルエルフの手首を縛るロープ―――サキが縛ったものだ―――は、がんじがらめに結ばれてはいたが、手触りから察するに素人が単調な結び方を幾重にも繰り返しただけのものだった。指まで拘束されたわけでは無いし、程なく解くことが出来るだろう。

 縄抜けの作業と並行して、エルエルフは二人と周囲の様子から、自身が今置かれている状況の把握を急ぐ。

 しかし、そんな暇など与えぬとばかりに、一号機のコックピットに大音量のロックオンアラートが響く。

「敵!?」

 しばし全天周モニターに映った宇宙の眺めに目を奪われていたハルトは、そのモニター上をあっという間に埋め尽くした敵性反応のシグナルに、慌ててフットペダルを踏み込む。

 だが先程までモジュールの中に居たハルトは一度動かした時と同じように、地面を踏み締める動作から実行してしまったのだ。当然、存在しない地面を踏み抜いた一号機はバランスを崩し、蜘蛛の巣に捕まった羽虫の如くばたばたともがく羽目になる。真空の海で溺れるヴァルヴレイヴに救いの手が差し伸べられることはなく、代わりとばかりにビーム・ガトリング砲のエネルギー弾が叩き込まれ、数発が命中する。

「だぁあっ!? とっ、うわ、ぁわわわわっ!?」

「ちょっ、なにやってるのよ!」

「じっ、地面が無いから……!」

「宇宙なんだから当たり前でしょう!?」

 ぐうの音も出ない正論である。

 阿呆な遣り取りをサキとしているうちに、さらに数発被弾する一号機。どう見ても素人同然のハルトの操縦に、このまま一緒に撃墜されてはたまったものではないとエルエルフが声を上げる。

「降伏しろ! たった一機で勝てる筈がない!」

「黙って!」

 捕虜である彼を黙らせようと、奪った拳銃をエルエルフに突き付けるサキ。しかしコンソール越しに身を乗り出してのその行動は、ハルトの視界を塞いでしまう。

「前に出ないでっ!……こ、のぉおっ!!」

 サキを押し退けてようやく視界が開けると、ハルトは両足のフットペダルを目一杯踏み込む。踵部の『クリア・フォッシル』から硬質残光が吹き出し、猛烈な勢いで加速したヴァルヴレイヴは光の帯を引きながら宇宙を駆け、バッフェ部隊による包囲網を強引に突破すると、急制動をかけてターンした勢いそのままに敵に向かって肉薄する。

「そこだっ!」

 一機目。脇下から引き抜いたフォルド・シックルを逆手に握り引っ掛けるようにして、無人機の赤いセンサーゴーグルを割り砕く。段違いの馬力を誇るアクチュエーターをフル回転させて、刃先を突き刺した個所から力任せに引き裂いた。

 二機目。先程の無人機の爆発に紛れて背後から接近していた有人機を、振り向きざまに下部バーニアから抉るように斬り上げる。この距離で対応できると思わなかったのだろう、両腕に構えたビーム・ガトリング砲を一射もせずに、白地に青ラインの有人機は四散した。

 三機目。真正面から急速に突撃して振るった一太刀目を防御されるとシールドの隙間から展開する砲身が見えて、残身を取らずにその場でくるりと宙返り。間一髪のところでデュケノワ・キャノンの砲撃をいなすと、その回転の勢いを殺さずに、有人機のコックピット目掛けて硬質残光を纏った踵落としを放つ。遠心力で威力を上乗せされたその一撃はコックピット内のパイロットを粉々に轢き潰し、燃料タンクを破砕して大爆発を引き起こした。

「すごいすごい! この調子なら……えっ」

 戦闘中だということを解っているのかいないのか……ハルトが魅せる怒涛の快進撃を無邪気に囃し立てていたサキであったが、新たな敵性反応のシグナルと共に現れたその敵影を見て、思わず絶句する。

「な……なんだアレ、目茶苦茶な大きさだぞ……!?」

「来たか……『イデアール』が」

 サキと同様、まるで“戦艦から戦艦が飛び出す”ように現れたその姿を見て言葉を失うハルトと、苦々しげな表情を浮かべるエルエルフ。

 三人の視線の先に現れた物体は、バッフェなどよりもはるかに巨大だった。

 

 

 モジュール77から出港した『デュッセルドルフ』の艦橋。

「まさか、イデアールを二機同時に出さねば勝てん相手とは……」

「カイン大佐の情報の通りです。ですがこれで、我らの勝ちは決まったも同然でしょう」

 艦長席に座るグスタフが呟いた一言に、手近な手摺に掴まっていたイクスアインは怜悧な言葉を被せる。彼らの視線の先には、縦横無尽に宇宙空間を疾駆しながら、驚くべき速度でバッフェの数を減らしていくヴァルヴレイヴの姿があった。

『こちら一番機、発進宜し』

『二番機もいつでもオッケー!』

 艦橋に表示された二枚の通信ウィンドウでは、アードライとクーフィアがそれぞれ自分の愛機のコックピットから、発進準備の完了を知らせてきた。

「アードライ、無理はするなよ。まだ傷は……」

『だから、私が行くのだ』

 イクスアインの言葉を一言で切って捨てるアードライ。傍目から見ても彼は冷静を失っていたが……彼とてドルシアで最高の軍事教育を受けたカルルスタインの兵士だ。感情の制御は出来るだろう。イクスアインは何も言わずに通信ウィンドウをオフにする。

『アードライ、イデアール、ボックスアウト!』

『クーフィア、ボックスアウトぉー!』

 出撃の合図と共に繋留索が外され、二人が乗り込んだ巨体が『デュッセルドルフ』からゆっくりと離れる。その悠然とした姿を見送るように、甲板にいた整備クルーたちが声を合わせた。

『ブリッツゥンデーゲン!』

『ブリッツゥンデーゲン』

『ブリーッツゥーンデーゲーン』

 律儀な声と間延びした声で整備クルー達に応え、戦闘宙域に向かって飛び立つ巨大な影。その背を見送るイクスアインが、艦橋で一人ごちた。

「我がドルシア連邦が誇る宇宙最強の機動兵器、『イデアール』……国力でARUSに劣る我々が、戦場でかの大国と同等に並び立つ理由を、存分に教えてやれ」

 自軍よりも人数の多い軍隊との戦闘に於いて、どうすれば戦略的な勝利ではなく誰が見ても頷ける“勝ち”を取れるか。その問いに、ドルシア連邦軍は幾つかの答えを示した。その一つを形にしたものが、全長100メートルを超える“単座型の独立戦艦型兵器”『イデアール級機動殲滅機』だ。ミサイル、拡散レーザー、粒子ビーム砲を搭載したウェポンベイから巨大な人型の上半身を生やした異形の兵器は、わずか一機で戦艦と互角に撃ち合いを繰り広げられる火力を持つ。

 『敵が多過ぎて勝てないのなら、多くの敵を打ち倒せる武器を兵士一人一人に持たせれば良い』。至極簡単な答えに基づいたその結果生まれたのがこの一騎当千の兵器、イデアールだった。

「君の言う通りイデアールを二機も出したのならば、如何に君らの裏切り者が優秀であったとしても何もできないだろう。最後に何か聞き出すようなことは無かったのかね?」

「お気遣いありがとうございます、少将閣下。ですが我らカルルスタインの兵士達にも、掟というものがあります……裏切り者には等しく死を、という、鉄の掟が」

 言って、イクスアインは戦闘宙域の様子を映し出すモニターを睨みつける。彼の傍らに立つハーノインも同様であった。

(ふむ……どうも脱走兵のエルエルフ大尉とは、ただ同じ隊の仲間だったというわけではなさそうだな。彼らも辛かろうが、これも戦争。割り切って貰わねば―――)

「……こっ、後方に新たな敵影を感知! ヴァルヴレイヴ型です!」

 索敵を担当していたブリッジクルーが悲鳴染みた声を上げたのは、その瞬間だった。

「二機目だと!」

「は、はい! 赤いヴァルヴレイヴの二倍……いえ、三倍の速度で現在本艦の……あれ?」

 言いさして、そのクルーは不意に言葉を止める。

「おい、どうした! 報告は最後までしっかりと―――」

 間の抜けたその態度に苛立ったグスタフが怒鳴ると、モニターから白い光が尾を引いて飛び去り……そのまま、何もしないで戦闘が始まった宙域へと飛び去って行った。

「……えっと、本艦艦底部を素通りしていきました……」

 狐に摘ままれたような表情のクルーの報告に、しばし『デュッセルドルフ』の艦橋には沈黙が下りた。

 

 

 

「あれかっ!」

 モニターの表示に『WINGMAN(友軍僚機)』の表示を認めたミツル―――ハルトとサキのことしか考えていない彼は、たった今自分がスルーした障害物が敵の艦船だとは毛ほども気付いていない―――は、その表示の示す方角へと全速力で向かう。視線の先では赤いヴァルヴレイヴ……ハルトの駆る一号機が宇宙船サイズの巨大な機動兵器と対峙していた。

(ドルシア軍は、あんな馬鹿みたいな兵器まで持ってるのかよ!)

 ユウスケ辺りが間近で見れば泣いて喜びそうな光景ではあるが、生憎ミツルにミリタリーの趣味は無い。

 一号機に殺到したミサイルの一部、その射線に割り込み、裏拳を振るう様に左手の盾でそれらを殴り飛ばした。

「ヴァルヴレイヴ!? もう一機あったのか!」

 突如現れた援軍、それも自分の物と色は違えども同じ人型のシルエットに、ハルトは瞠目する。しかしながら、彼を本当に驚かせたのは次にコンソールのスピーカーから聞こえてきた声だった。

「ハル先輩、何ともないッスか!」

「え……み、ミツルっ!?」

 あにはからんや、通信回線から聞こえてきた声はよく聞き慣れた後輩のものだった。二重の驚きに頭の回転が追い付かないハルトだが、再びモニターに現れたロックオンアラートにはっと息を呑むと、頭部のバルカンでそれらを撃ち落とし、現れた八号機と共に全速で後方へと飛び退る。

「ミツル、って……草蔵!? 三組の!?」

「あれ、流木野さんミツルのこと知って……いやそれより、なんでミツルがヴァルヴレイヴに!?」

「うぇ!? えーっと、話せば長くなるんですけど……」

 しばし肩を並べて飛んでいた二機であったが、いい加減聞き慣れてきたアラートに反射的にフットペダルを踏み込み、それぞれ左右へと大きく旋回。直後にそれまで彼らの居た場所を、アードライのイデアールが放った二条のビーム光が走り抜けた。

「聞いてるヒマは無さそうだね……」

「ですね……ハル先輩」

「うん?」

 声を掛けられたハルトはモニターの中で隣に並ぶ八号機を見遣る。その動きと連動して、一号機の頭部がパイロットの動きをトレースして傍らの僚機へと向けられる。緑のツインアイが、八号機のそれと交錯した。

「一緒に、あいつらをぶっ飛ばしましょう!」

「……ああ!」

 八号機が伸ばした右の拳に、ハルトもまた、一号機の左の拳をがしゃんと軽くぶつける。

「あの赤いやつは俺が相手します、ハル先輩は金色のを!」

「わかった、気を付けて!」

 通信を終えると、八号機は赤いラインの入ったクーフィアのイデアールに向かって猛突進を仕掛ける。これで1対1である。

(ミツルのおかげでなんとか1対1になった、後はこいつを倒せば……っ!?)

 コンソールに目を走らせたハルトは、今の今まで忘れていた情報を思い出して戦慄する。

 ヴァルヴレイヴの機体熱量が、いつの間にか『83/100』を示していた。

「しまったっ!? 熱量がもうこんなに……うぁっ!?」

 一瞬の隙。そこにすかさず、アードライ機が的確な射撃で以て一号機を追い立てる。

 咄嗟に手甲部から噴射した硬質残光で以て壁を作ると、まずはその場から距離を取る。

「この数字が上がるとどうなるの!?」

「オーバーヒートしてるんだっ!百を超えたら動けなくなる!」

「そんな……どうすればいいの!?」

「とにかく冷めるまで逃げる!」

 サキの問いにつっけんどんに答えると、宇宙空間を漂うデブリに身を隠そうと動き回る。

 何とか目に入ったデブリの陰に機体を隠し、機体の熱量が下がるまで待つことにしたハルトが深呼吸をした、その時だった。

「きゃあっ!?」

「なっ……流木野さん!?」

 隣に居たサキがぐい、と身体を引っ張られたかと思うと、ハルトの眼前に銃口が突き付けられる。

 縄を脱し、縛られていた腕の痺れが完全に消えるまで息を潜めていたエルエルフだった。

「お前っ……!」

「降伏しろ。武装解除信号を出すんだ」

 こんな時に、とハルトは奥歯を噛み締めて、身体を取り戻してすぐにこの少年をコックピットの外へ放り出さなかった自分を呪った。

 エルエルフは左腕でサキの首を絞めつけながら、右手に構えた拳銃の銃口をハルトに向けている。

「流木野さんを放せ!」

 しかし、ハルトがその銃口を恐れる素振りは無い。

 実際ここですぐにハルトを銃殺しても、特殊な素質を持つ者にしか動かせないヴァルヴレイヴをエルエルフが操縦することは出来ない。よって、エルエルフはハルトが降伏し、この機体をドルシアの戦艦に着艦させるまでハルトを殺すことは出来ないのだが……エルエルフは、それとは違う何かがハルトにはあるような気がしていた。 

(死ぬのが怖くないのか? だからあの時も、奇襲の危険を無視して、コックピットから降りて……っ!?)

 その瞬間までエルエルフが“それ”に気付かなかったのは……やはり彼もまた、普段の任務とは何もかもが違う今の状況に混乱していたのだろうか。

 捕縛されていた間、ハルトの胸には心電図や血圧計などに繋がれた電極パッドが張り付けられていた。エルエルフの身体に乗り移ったハルトが本来の身体を奪還した際に―――これは後でひりひりと痛むぞ、と余計な事を考えつつも―――それらを全て引っぺがしたのだが、その後改めて身形を整える間もなく、現在ハルトの胸元は大きくはだけていた。

 そして、エルエルフが目にしたのは、陸上部でそれなりに鍛えていたハルトの胸板……自分がナイフで刺した傷も銃弾を撃ち込んだ痕も綺麗に消えた、至って健康な人間の身体だったのだ。

(傷がない……!? そんな、確かにこの手で……!)

 彼の混乱は、それだけでは終わらない。

 そうして数秒間、拘束されたサキを間に挟んで睨み合っているうちに、再び大きな揺れが一号機のコックピットを揺らした。

 ハルト達がモニターに目を戻すと、至近距離まで迫ったアードライのイデアールが一号機の四肢を巨大なマニピュレーターで鷲掴んでいた。

 接触したことでオートで開いた通信回線から、アードライの悲痛な叫びが迸る。

『エルエルフ……何故私を撃った!』

「なに……!?」

 今度こそ、エルエルフの思考は停止させられた。

 

 一方、勇んで飛び出した八号機はといえば。

「あっはははは! ほらほらどーしたのさぁ!?」

「くっそぉおおおっ! あれに乗ってる奴、ぜっっってー性格最悪だっ!?」

 迫りくるミサイルとビーム光をいなし、撃ち落とし、防ぎつつ、赤いラインの入ったイデアールから距離を取って逃げ回っていた……奇しくもそれは、先程までハルトがやっていたこととほとんど変わらなかった。

(恰好付けて飛び出してきたのにこれかよっ……先輩に大見得切ったんだ、せめてこいつだけでも何とかしないと!)

 機動性では劣るが、大量のミサイルにいくつも装備された火器を持つイデアールに対し、驚異的な速度と機動性を誇る八号機は攻撃を避け続けることこそ出来ていたが、如何せん火力不足によって反撃に移ることが出来ずにいた。距離を取ってバリアブル・バルカンのエネルギー弾や鞭のように伸ばした硬質残光を撃ち込もうにも、戦いの素人であるミツルの挙動は予備動作だけで目的を看破されて分厚い弾幕に防がれ、かといって距離を詰めて至近距離から硬質残光を纏った拳打を見舞うには、これまた弾幕が厚過ぎて近付けない。

 遊ばれている、と言っても良いだろう。精神的な幼さはあっても、クーフィアはドルシアで最高の軍事教育を受けたエースパイロットの一人なのだ。

(このままじゃジリ貧だ、逃げ回ってるだけじゃいずれこっちがやられる!)

 もう何度目かもおぼろげになってきた攻防の最中、ミツルはフットペダルを放してその場に留まると相手の出方を待つ。急に動きを止めた八号機の隙をクーフィアが見逃すはずも無く、イデアールの左腕に装備されたミサイルランチャーから射出されたミサイルが八号機に向かって飛んで来る。

「―――今だっ!」

 その殺意の群れが自身に届くその寸前、八号機が急発進する。ミサイルの波を掻い潜った八号機は、そのままイデアールへと肉薄し―――

『見え見えだよ、ばーか!』

「っ、が……!?」

 巨大な右のマニピュレーターに足を捉えられ、加速の勢いを一瞬で殺されてしまう。激突の衝撃が凄まじいGとなってミツルに襲い掛かった。

 時速100キロオーバーの速度からの急停止に体が付いて行けずにミツルが咳き込んでいると、接触した機体からオートで音声が流れ込んでくる。

『んっだよ、つまんないなぁ……もう一機出て来たっていうから、少しは楽しめると思ったのに』

 もはや八号機への興味も失せかけているのか、心底気だるげな声を漏らすクーフィア。ミツルが不慣れなりに考えた作戦―――と呼べるものでもなかったが―――など、クーフィアには最初からお見通しだったのだ。

「ごほっ、けほ……こ、子ども!?」

『……そうだけど、お前らジオール人よりはよっぽどオトナだよ!』

「うわああっ!?」

 クーフィアの声の幼さに(ミツルも彼のことを言えたクチでは無いのだが)思わず口から飛び出したミツルの言葉が気に障ったのか、クーフィアは八号機を無造作に放り投げるとそこに向かって腕部のビーム砲を適当に連射する。不恰好な体勢のまま放り出された八号機には避けることなど出来ず、数発が八号機の白い装甲に着弾する。

「わ、わぁああっ!」

 コックピット越しに目にする爆発の光に、思わずミツルは操縦桿から放した両手で身体を庇うように覆ってしまう。ミツルがヴァルヴレイヴに乗り込んでから初めての被弾。新素材であるVLCポリマー製の装甲が砕かれることは無かったが、襲い掛かる爆音と衝撃は、ミツルに恐怖を与えるには充分だった。

(いやだ、嫌だ、死にたくない! あの眼鏡野郎からやっと逃げて来れたんだ、こんなところで死んで堪るか!)

 噛み締めたその言葉に呼応するように、八号機がオートで姿勢を制御し、クーフィアのイデアールから距離を取る。

(何だ? 機体が勝手に……って!?)

 その時ミツルの視界に入ったのは、先程の八号機の如くアードライの操るイデアールに捉えられた一号機の姿。

 マズイ、と思った瞬間にはミツルは全力で一号機のもとへと向かっていた。

「先輩っ!」

 突進の勢いを利用した飛び蹴りでマニピュレーターの拘束を緩めると、一号機を抱えてその場から飛び去る八号機。

「ミツル!? ごめん、助かった!」

「どうしたんスか、急に止まったりして……」

「今立て込んでて!」

「は?」

 なんだそりゃ、とミツルが声を上げる寸前、接触通信から聞き慣れない声が聞こえてきた。

「おい、どういうことだ! 貴様ら俺に何をした!?」

「今聞いた通りよ! あなたは仲間を撃った!」

「俺は撃ってない!」

 ハルトともサキとも違う、三人目の声。ミツルは今まで、エルエルフの存在を知らなかったのだ。他に二人も乗せた状態で一号機は戦っていたのか、と驚くミツルだが、そうしているうちに追いついて来た二機のイデアールから再びビーム光が放たれる。

 口を噤み、回避と防御に専念する赤と白のヴァルヴレイヴ。しかし、接触が離れた後も開いたままになっていた通信回線からは相変わらず喧々諤々と言い争う声が聞こえてくる。

「俺がアードライを撃った? 有り得ない!」

「黙ってて! 今やられたら君も死ぬんだぞ!」

「答えろ!」

「後にしろ、後に! 先輩、掴まって!」

 戦闘中だと言うのに途切れる事の無い言い争いにいい加減うんざりしてきたミツルはマイクに向かって怒鳴ると、ハルトの返事を待つことなく一号機の腕を掴み、一直線にイデアールから離れる。そのまま二機のヴァルヴレイヴは、宇宙を漂う隕石に姿を隠した。

「ミツル、そっちの熱量はどうなってる?」

「熱量……あ、これか。今は『37/100』ですけど……」

 ハルトに声を掛けられたミツルはコンソールの画面上に“HEAT CAPACITY”の文字を認めると、そこに表示された数字を読み上げる。

「こっちよりも大分低いな……僕の方はもう熱暴走ギリギリなんだ。冷めるまでじっとしてないと、次に攻撃を喰らったら動けなくなる」

「りょ、了解ッス……そっか、これって百を超えたらまずいのか」

 何故か一号機に比べて熱量の上がり方が緩やかな八号機は、これまでの戦闘で一度もオーバーヒートによる機能停止を起こしていない。ハルトの言葉で初めて知った事実にミツルは一人ごちた。

「……いつまで俺を無視するつもりだ! 答えろ! 俺が気を失っている間に俺の肉体に何があった、いや、お前は何故生きている!」

 二人の会話に割って入ってのは、相次ぐ不可解な事象に苛立ちがピークに達しつつあるエルエルフだ。しかし、答えろと言われて途方に暮れてしまったのは当のハルトだった。何せ彼自身、何が起こっているのかほとんど解っていなかったのだから。

「それはっ……」

 

『――――――♪』

 

 ハルトの声を遮るように。或いは、エルエルフの問いに応じるように……と言うには些か場違いではあるが、明るい調子の電子音が響く。

「これって……!」

 その音を聞いたハルトは、慌ててポケットに入れていたスマートフォンを引っ張り出す。色々と逼迫したこの状況で電話に出るという常識では考えられない行為にエルエルフが眉を顰めるが、ハルトからしてみればそれどころではない。

 何故なら、ハルトが一昔前に流行ったこのメロディを着信音に設定している相手は、この世に一人しかいないのだ。

 

 もういない筈の―――指南ショーコしか。

 

「ショーコっ!」

『あ、ハルト!? 良かったぁ……やっと連絡ついたよぉ』

 電話の向こうから聞こえてきたのは、ハルトにとって何よりも大切な人の声。

「ほんとに、ショーコだ……生きてたの!?怪我は!? どこかぶつけたりとかしてない!?」

『へ? あ、うん! ちょっとあちこち擦り剥いたりしちゃったけど、ぴんぴんしてるよ』

 先輩、心配の仕方が小学生レベルです―――そんな言葉を飲み込んだミツルであったが、なにもわざわざこんな時にかけて来なくても、とショーコのタイミングの悪さにエルエルフと同様に眉を顰める。

 だが、それはミツルが“爆発に巻き込まれるショーコ”というショッキングな映像を見ていなかったからこそ言えることでもある。

「ちょ、ハル先輩……呑気に話してる場合じゃな、」

「ミツル、うっさい! ちょっと黙ってて!」

「はいぃっ!?」

 呆れたように声を掛けるも滅多に声を荒げないハルトの怒鳴り声で一蹴され、解せぬ、といった面持ちでコンソールへと視線を戻すミツル。やはりこの少年にはどこか間の悪さがあった。

『ど、どうしたのハルト。っていうか、ミツル君も一緒なの?』

「ああ、うん……それよりショーコ、どこに居るの!?」

『土の中! 車ごと土砂に埋まっちゃったの! ひとりで閉じ込められた訳じゃないから何とかなると思うよ』

「そっか……そっか、ショーコ、生きてたんだ……!」

 奪われ、永遠に失ったと思っていた想い人の声。それを決して失ってなどいなかったことが、ハルトの瞳から涙を溢れさせる。

 また再び、生きてショーコに会える。会って、話をして、祠の続きを話すことが出来る。知らず、ハルトの心を抑え付けていた憎しみや怒りが晴れていく。

(そうだ……僕はまだ、戻ることが出来る。またショーコと会えるんだ!)

 こう言ってしまっては何だが、この時点でハルトは戦う理由を失ったと言っても良いだろう。ハルトにとって、ショーコが生きていることはそれだけの大きなこと……何を差し置いても優先すべき事柄なのだ。

……しかし、それを是とする者は、ここには居ない。そんな甘えを今更許すかと言わんばかりに……

「……やばっ、先輩! 避け―――どわぁあああっ!?」

 二機のヴァルヴレイヴを襲った爆発に、ミツルとハルトは悲鳴を上げた。

 

 

 

 

『わぁああっ!』

「わっ……は、ハルト!? ミツル君!?」

 スマートフォンのスピーカーから聞こえてきたハルトの叫びと耳障りなノイズに、指南ショーコはついついスマートフォンを耳から遠ざける。横倒しになったまま、爆風に巻き上げられた土砂に埋もれてしまった車に学園教師と一緒に閉じ込められてからおよそ一時間半。ようやく幼馴染と連絡が付いたと思ったらその幼馴染の電話口からは爆発音のようなものが聞こえてくる。

 一体どうなっているのか、もしや地上では未だ謎の軍隊との戦争が続いているのか―――とあまり考えたくない予想に思い至ったショーコ。

『くそっまだ熱量が……ごめんショーコ、一旦電話切るね』

「ハルト、大丈夫!? どうしたの、そっちで何が……」

『後で話す!』

 それは、普段のハルトからは想像もつかない強い口調。閉じ込められた不安と、何が起きているのか解らない混乱の中にあるショーコは、果たして電話口の相手が本当にハルトなのかとすら思えてしまう。

 しかし、そんなショーコの不安に気付いたかのように優しい言葉が聞こえる。

『生きてれば、また話せるから……ショーコ、帰ったら続きを話すよ』

「続き?」

『祠の前で』

「あ……」

 その言葉に、頬が赤く染まるのをショーコは感じていた。ハルトが言っているのは、あの伝説の祠での続きのことだ。

『約束する。必ずだ』

「うん……絶対、ぜったいだよ。怪我とかしないで帰って来てね! そしたら私―――」

 タイミングを見計らっていたかのように、ショーコのスマートフォンの電池が切れる。通話の切れてしまったスマートフォンを胸に抱いて、ショーコはハルトの無事を祈った。

(そしたら私、絶対にちゃんと、ハルトと向き合うから……!)

「連絡は付いたか?」

「あ、はい。なんかドタバタしてたみたいで場所を伝えたりは出来なかったんですけど……」

 一緒に閉じ込められていた教師……物理化学担当の教諭、貴生川タクミの声で我に返ったショーコは、スマートフォンをポケットにしまうと横倒しになってしまった車の中で身体の向きを入れ替える。

 ミサイルの爆発が起こった時、ハルトの声で危険を察したショーコは咄嗟にタクミの車の中に飛び込み、炎を伴う爆風から間一髪のところで逃れたのである。ただその後、車は横転した状態で埋まってしまい、更にその衝撃でタクミが足を負傷していた。追い打ちをかけるようにモジュール77の通信局がドルシア軍に押さえられてしまったせいで携帯電話が今まで通じず、救助を呼ぶことも出来なかったのだ。

「生きてるって知らせられたんならまずは上出来だ。よし、こっちもなんとかやってみるか」

「はい!」

 タクミの隣に寝転ぶように横になったショーコは、伸ばした手で運転席のブレーキペダルを押す。二人が乗っている自動車を何とかして動かし、タイヤの回転で少しずつ車を覆う土を掘れないか、と考えての行動だった。

「せーのっ……」

「よし、動いたぞ! しっかり掴まってろ!」

 タクミの声と共に、二人を閉じ込めていた車のモーターがかかる。これが一昔前のガソリンエンジン車ならば車内にガスが充満する危険があるが、幸いなことにモジュール77ではガソリン車の販売・持ち込みは制限されており、タクミのマイカーも例に漏れず電気自動車である。エアコンの電源をオフにしていれば窒息することは無いだろう。

 エンジンスタートの為に押し込んでいたブレーキから手を離してアクセルペダルを押し込んだショーコは、未だ再会できないハルトに心の中で誓う。

(ハルトが、ちゃんと帰って来るって言ってるんだ。だったら私が、お帰りなさいって言ってあげなきゃ!……頑張ってハルト、私も絶対に諦めないから。ハルトが帰って来た時に、ちゃんと迎えに行くから!)

 

 

 だが、ショーコはこの時気付いていなかった。いや、ドルシア軍を相手に戦うヴァルヴレイヴを、そのコックピットにハルトが居ることを未だ知らない彼女が気付くはずが無かった。

 最後に通話が切れるその瞬間、ビーム砲による攻撃を受けたヴァルヴレイヴ一号機がオーバーヒートによって機能を停止したことに。

 




サキ(私いつまで捕まってればいいんだろう……あ、酸素足りなくて意識が朦朧と……)
↑首元押さえて拘束タイム継続中

 今回の話を書くのに一番悩んだのが、「ショーコをさっさと退場させてしまうか否か」です。
 ハルトの性格を変える手段として有効的なものの一つは、“アニメ2話の時点でショーコを死亡させる”だと思います。ショーコを失うことによって純粋に復讐の為に戦うようになるハルトが、その後の戦いの中で仲間との交流やエルエルフとの契約を通して徐々に人間らしさを取り戻す、という展開もあったかもしれません。
 まあそれだけだと、おそらく『エルエルフすげー』で終わるでしょうからこうなりました。良し悪しはともかく、打算抜きで物語を引っ掻き回すキャラは必要だと思うんです。私にそんなキャラを書けるかどうかはさておき(オイ)。
 あと話の途中で八号機がドルシア戦艦を素通りするシーン。ミツル間抜け過ぎるだろと私も思いましたが、この段階でイクスアインとハーノインを退場させちゃうとそれはそれで話が成り立たなくなるので無理矢理ですが素通りしてもらいました。
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