V's If-Story:ScalePowder of WhiteMoth   作:よしおか

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 お久しぶりです。期末試験とその後の課題提出がひと段落しましたので再び更新開始です。
 といっても筆が遅いので今まで通り不定期になりますが。
 今回で第一章は終わりです。


第八話 失われる日常

「っ……」

「……そんな」

 学園に架かる大橋のすぐ手前で戦闘ヘリから降り立ったキューマとアイナは、そのままヘリを使って学園に戻らなかったことをひどく後悔した。大橋の中央付近で二人の目に飛び込んできた光景は、あまりと言えばあまりにもショッキングなものだったのだ。

 最初に血の匂いに気付いたのは、キューマだった。もしや怪我人が居るのかと思った彼はアイナを伴って匂いのもとへ足を向けたのだが、その数分後にはアイナを同行させた自分を呪うことになる。

 近付けばその分濃厚になる血の匂いは、一人二人のものではなかったのだ。

「なんだよこれ……っ!」

 鼻先を殴打されるような……というのは大袈裟であるが、強烈な血の匂いに口元を押さえながら、キューマはその場に立ち尽くす。隣りに立っていたアイナは座り込んでしまい、今にも泣き出してしまいそうだ。

「先生方……なんで、こんなことに……」

 アイナがか細く洩らした声の通り、その場には咲森学園の教師たちが物言わぬ骸となって打ち棄てられていたのだ。

 その中には、数時間前にアイナとミツルが居る一年三組で授業をしていた、老齢の歴史教師の姿もある。キューマの進路指導を受け持っていた若手の教師も居たし、ハルトとショーコの担任である女性教師も居た。

 遺体は皆一様にズタズタに穴を開けられており、サブマシンガンやアサルトライフルで執拗に鉛玉を撃ち込まれた痕跡があった。間近でそれを見てしまったアイナは、喉元まで込み上げて来た酸っぱい感触を必死に飲み下そうとする。

「う、っぷ……す、すいませ……」

「いや無理すんな、その辺で吐いて来い……正直俺もキツイ」

「だ、大丈夫です」

 胸のあたりをとんとんと叩き、必死に吐き気を堪えるアイナ。無理に我慢しない方がとも思ったが、女性に嘔吐を勧めるのも何だかな、とキューマは敢えてそのことには触れず、改めて周囲を見回した。

 すると学園の方角から、彼らに声が掛けられる。

「誰だ!?」

 まさかまだドルシア兵が残っていたのか、と一瞬身構えるキューマとアイナ。しかし振り向いた彼らが見たのは、キューマと同じ学年の男子生徒だった。

「あれ……犬塚!? 無事だったか!」

「番匠! ああ、そっちもな」

「番匠先輩!」

 二人に声を掛けた体格の良い少年は、ラグビー部の主将を務める三年生、番匠ジュートだった。

「そっちは放送部の……えーっと、櫻井だったか? 行方が知れなくてみんなが心配してたぞ、何があったんだ」

「ああ、まあいろいろあってな。ところで番匠、これは一体……」

 キューマが視線を向けた先に広がる光景に、ジュートは糸のように細い目元から眉間にかけて、深い皺を寄せる。

「俺達にも理由は分からんが……学校が襲われてすぐ、先生方が外に出て行ったみたいでな。ドルシア軍の連中がさっき出て行ったから先生方を探そうとして皆で橋に向かったんだが……俺達が見つけた時にはもう、こんな状態だったんだ。で、いきなり見ちゃったもんだからリタイアする奴が多くてな」

「体調崩した奴らをいったん引き上げさせたって所か……サトミはどこにいるんだ? 色々と報告があるんだ」

 ジュートの説明から大体の現状を察したキューマは、一人の男子生徒の名を挙げる。サトミ、というのは、彼らが通う咲森学園で生徒会長を務める少年の名だった。

 だが、ジュートはサトミの名を聞いて、どうしたもんかと頬を掻く。

「あー……それがその、ここに来た時に真っ先に倒れてな。今は橋のたもとで生徒会の女子メンバー共々伸びてると思う」

「……あのお坊ちゃんには刺激が強すぎたか」

 良くも悪くも“純粋培養”という言葉がぴったり似合う生徒会長の為人を思い出して、キューマはそれもそうかと頷いた。

「どっちにしても、ここじゃ落ち着いて話も出来んだろ。学校が解放されて校舎を片付けてる奴らも居るし、そっちで話そう」

 ジュートに促され、二人は学園の校舎へと向かう。

 道すがら、ふとアイナが口を開いた。

「……先輩、後でスコップ借りましょう」

「スコップ?」

「せめて遺体だけでも見つけないと、ショーコさんが……」

「……ああ、そうだな。なあ番匠、体育倉庫にスコップとか、地面掘れる物ってあったか?」

 アイナが言っているのは、炎の中に消えたショーコのことだ。その意味を察したキューマは言葉少なに頷き、傍らのジュートに問いかける。

「スコップなら倉庫にあると思うが……二人ともどうしたんだ?」

「……ちょっと、な。遺体だけでも見つけてやりたい奴が居るんだ」

「っ……そう、か……よし、俺も手伝おう。二人だけじゃ大変だろう」

「ありがとうございます、番匠先輩……」

 結局三人の話題がショーコのことに移ったこともあって、彼らはここを離れた後にこの場所で見た教師たちの死をあまり考えないようにしてしまった。

 故に、誰も思いつくことが無かったのだ。

 

 何故、民間人である筈の学園の教師たちがドルシア軍と“戦闘”をしていたのかを。

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩っ!? 」

 八号機のコントロールパネルに表示された『僚機機能停止』の文字は、ミツルを戦慄させるには充分すぎる効果があった。

 しかし、一号機に近付こうにも先程から赤いラインの“デカブツ”―――クーフィアのイデアールは八号機を標的にしており、ミツルはそのビームの砲撃から必死に逃げ回るので手一杯である。ミサイルは尽きたらしく、攻撃が幾らか単調になってきたのが救いと言えば救いか。だがそれは、それだけの話だ。硬質残光の弾丸を幾ら放とうとも、頭部のバルカンを乱射しようとも、ミツルの拙い攻撃がクーフィアを捉えることは無い。

『雑魚のクセに、いつまでもうろちょろと……!』

「んなろ、舐めんなクソガキっ!!」

 既にクーフィアは八号機に飽きており、本気でミツルを殺しにかかってきている。それで未だ生き残っている辺り、ミツルも大分戦いに慣れてきた証拠であったが。

 そして、救援の見込めない状況で宇宙に浮かぶ一号機に、金色のラインが入ったアードライのイデアールがゆっくりと近づこうとしていた。

「っ、何でだよっ! 今止まったら意味ないだろ!? くそぉっ、動け、動けぇっ!!」

 アードライの攻撃によって機能を停止したヴァルヴレイヴ一号機。熱量の限界表示が『666』に変わってから、アラート音をけたたましく発する以外に何の反応も見せなくなったコンソールを睨みつけるハルト。がちゃがちゃとレバーやフットペダルを操作しても一号機が動き出す気配は無く、コックピットに同乗しているサキとエルエルフもまた、事態の深刻さに顔色を変える。

「絶対に帰るって約束したのに……おいっ、動けよ! 頼むよ! 折角ショーコが生きてたんだ、ちゃんと帰るって言ったんだよっ!」

(……こいつ)

 そんなハルトの様子を見て、エルエルフは普段の癖で思考を巡らせる。或いはそれは、ハルトの言葉に込められた意味を察した故の気まぐれだったかもしれない。

(先程までは否応なく戦っている様子だったが……あの電話の後は、回避運動の精度が見違えるように上昇した。何かしらの戦闘後の目的を得たと思って良いだろう。そして電話の相手に「生きてて良かった」と言っている……導き出される結論は)

 

―――この男は、大切な誰かの為に戦っていると言うのか。平和ボケしたジオール人が。戦いを嫌うこの腑抜けた男が、“自分と同じ理由で”戦おうとしているのか?

 

「41ヘルツ、30マイクロパスカル」

「え?」

「エンジン音は継続している」

 エルエルフの放った言葉の意味が咄嗟に理解できず、ハルトは素っ頓狂な声を上げる。しかし、固まるハルトに構わずにエルエルフは五感を総動員して集めた情報から考察した状況を、正確に披露していく。

「熱量の目盛りが100を超えた瞬間、上限値が666に切り替わった。統一されたフォントや左右対称のコックピットのデザインを見る限り、この機体の設計者はとことん几帳面な性格だろう。そんな設計者が作ったシステムの数値が666などという半端な数値になっていることに意味が無いとは考え難い」

「つ、つまりどういう事……?」

「熱量が666に達した時、おそらくこの機体の隠された機能が解放されるはずだ」

 ハルトがコンソールに目を遣ると、確かに熱量を表す数値は現在『231/666』を示しており、新たに表示された熱量限界のおおよそ三分の一程になっていることが分かる。だがそれでも、現在コックピットには大音量のアラートが鳴り響いていた。

「こんなに警告音が鳴ってるのに? 666に達したら、爆発でもするんじゃないのか!?」

「熱暴走による自壊・誘爆なら、その前にこのコックピットがまず影響を受ける。俺なら温度と気圧の変化を生身で感じ取ることが出来るが、今のところその予兆は無い」

「でも、隠された機能って……666の先に何があるって言うんだ」

「可能性だ。俺にだって判らん」

 暫し黙り込む二人。しかし突如コックピットに襲い掛かる振動に、揃って同じ方向に目を向ける。

『捕まえたぞ……まずは手足をもぎ取る』

 アードライのイデアールが巨大なビーム砲内臓クローで、ヴァルヴレイヴの上半身を鷲掴みにしていた。

「くっ……ど、どうすればいい! 熱量そのものがまだ全然足りてないぞ!?」

「あの白いヴァルヴレイヴを使え! 奴の背後に居れば熱量はさらに上がる筈だ!」

 エルエルフが示したのは、ハルト達から離れたところで赤ラインのイデアール相手に立ち回る八号機だった。

「白いヴァルヴレイヴの熱量が上がっていないことを考えると、あの機体には何かしらの排熱機構が備わっている筈だ! 自身の熱を周囲に放っている以上、奴の周囲は温度が高いと見るべき。なら奴を近くに来させろ!」

 エルエルフが最後まで言い終わるや否や、バキン、と金属が軋み、弾け飛ぶ音がコックピットに響いた。巨大なイデアールの腕に掴まれて負荷がかかっていた一号機の肩部装甲板が、とうとう圧壊したのだ。

『降伏してくれ、エルエルフ! 私は、君を……』

 接触回線から流れ込むアードライの声に、ハルトはふと思案を巡らせる。

(このパイロットは、こいつと親しいのか? じゃあなんでこいつは、理由を話そうとしない……こいつにも、戦う理由や目的があるってことなのか?)

 自分で言うのも複雑だが、エルエルフの裏切り者呼ばわりは、元を正せばハルトの仕業である。もしも自分が親しい人にあらぬ疑いを掛けられ糾弾されたなら、決して冷静ではいられないだろう。何が何でも親しい人にだけは身の潔白を信じてもらおうと、可能な限りの釈明をすると思う。

 しかし、エルエルフはそれをしない。接触箇所から空気の振動を伝わって流れてくる音声を聞き流し、ハルトの挙動とモニターの表示に注意を向けたままだ。

(親しい人に疑いを向けられて……それでもやることがこいつにはあって。その為に、僕を利用して生き延びようとしているのか―――)

 未だに、彼の言う事の全てが信用できるわけでは無い。けれどこの状況で一号機がやられれば、エルエルフだって命を落とす。

 ハルトは大いに悩んだが、この状況でエルエルフがハルト達を欺こうとしているとは考え辛く、結局ここは彼の指示に従うことにした。

(こいつの言う通りにするのは気が進まないけど、それ以外の方法は無い。そうだ、僕だってこいつと同じだ。何があっても生き延びるって決めたんだ!)

 栓無き思考の全てを切り捨てて通信機のチャンネルから白い僚機の回線を呼び出し、ハルトは怒鳴るような勢いで言葉を発する。

「ミツルっ!」

「先輩! よかった、無事だったんスね!?」

 ハルトの無事を確認できたミツルは一瞬だけ安堵の表情を浮かべるが、そんな暇など与えるかとばかりにイデアールの猛攻が始まる。

「これ、どうするんスか! このままじゃ嬲り殺しだっ!」

 二機のヴァルヴレイヴの周囲に居るのは、既にイデアールだけではない。アードライとクーフィアが暴れている間に態勢を立て直し、再び隊列を組み直したバッフェ隊までもが大挙して押し寄せて来たのだ。

「試したいことがあるんだ! 悪いけど、暫く一号機を守ってくれ!」

「はあっ!? ちょ、こっちもいっぱいいっぱいで……ええーいっ、解りましたよ! やってみますっ!」

 何やら文句を言いかけたミツルだったが、文句を途中で飲み込むと急加速でイデアールを振り切り、一号機へと向かう。

「お前ら、そこを退けぇぇぇーーーーっ!!」

 純白の硬質残光を踵とブースターから吹き出し、漆黒の宇宙を駆ける八号機。その両手に握られたフォルド・シックルが二度、三度と閃く度に、すれ違いざまに切り付けられたバッフェ達が次々と爆発する。

『アードライっ、そっち行ったよ!』

『何っ!?』

「先輩を放せ、このデカブツっ!」

 時速三百キロに達するか否かの突撃の勢いを進行方向へと突き出した両足に乗せて、金色のイデアールの腕部に蹴りを喰らわせる八号機。

 アードライ機の右腕部をひしゃげさせるついでに懐に潜り込んだ形になった八号機はそのまま至近距離でバルカンを乱射、更に両手のクリア・フォッシルから硬質残光を放つ。

『く、おのれ!』

『なーにやってんの、王子様!』

 咄嗟に距離を取るアードライのイデアール。そのまま距離を取った二機のイデアールは、ビーム砲の火線を八号機に集中させる。

「っ、ぐうっ!!」

 左腕の『クォーツ・バックラー』でその砲撃を防ぐ八号機。高熱のエネルギーである粒子ビームを受け止め続けることで機体の温度が上昇するが、そこで作動するのが八号機の腰のブースター・ユニット……冷却機構を組み込んだ特能装備『インゼクト・アクセル』だった。

 ヴァルヴレイヴ本体の熱を吸収し、外部へと放出する機能を兼ね備えた加速ユニット。その効果があって、今まで八号機は熱暴走を起こさずに戦ってこれていたのだ。

 そして、放出された熱は周囲にある物へと伝播する。戦闘による加熱で摂氏300度を超える機体熱量は八号機の後部から噴き出す冷却ガスを伝い、吹きかけられるガスをモロに食らう位置に浮かぶ一号機へと逃げ込む。

「機体温度473……この調子なら……!」

「先輩っ、あとどのぐらいッスか!?」

「もう少し! もう少しだ!」

「その『もう少し』がどのぐらいなのか聞いて……うぉお危ねえっ!?」

 危うく大型のミサイルによって盾を弾かれかけた八号機がその場で姿勢を整える。イデアールだけでなく、段々と距離を詰めてきたバッフェ達までもがビームやレーザーをヴァルヴレイヴに放って来たのだ。

「盾がっ……くそっ、もうちょっとなんだよっ! 負けねえっ、お前らなんかに負けねえぞっ!」

(ミツルっ……!)

 襲い来る光を一手に引き受ける八号機の姿に、ハルトは焦りを募らせる。

「熱量559……早く……早くっ……!」

 

―――エルエルフが何を考えているのかはわからない。だけど今、戦う力を持たないサキが同乗していて、ミツルが一号機を守ってくれている。そして、何よりもショーコと再び会うことが出来る。

 守るために。共に戦う為に。生きて再び言葉を交わすために……大切な人に、想いを告げるために。

 

「僕は……僕達は、生きるんだ!」

 思わず叫んだその言葉が最後の後押しになったかのように、熱量が一気に限界まで跳ね上がる。その瞬間、ハルトの視界が眩く輝く。

「これって……!」

「な、なんなの!?」

「来たか……!」

「先輩っ!」

 一号機の全身から噴き出した黄金の光に驚く四人の声と同時に、コンソールに表示された文字。それは正しくエルエルフが予見した通りの、“ヴァルヴレイヴ一号機の真の力”だった。

 

 

『HEAT CAPACITY 666% LIMIT OVER / RUNEBLADE STANDBY』

 

 

 予め脳裏に直接焼き付けられていた一号機の“情報”と、その一文が示す意味を一致させたハルトは、瞬時に“思い出した”ことを実行に移す。

「ミツル、下がって!」

「了解っ!」

 ハルトの指示で後ろに飛び退る八号機。

 ドルシア軍の前に露わになったその異変を最初に観測したのは、バァールキート級戦艦『デュッセルドルフ』のブリッジだった。

目標VR(一号機)、機体温度急速に上昇! 華氏3000度(1649℃)オーバーですっ!!」

 索敵の為に各種ソナー・レーダーに目を光らせていたクルーが急激に変化を示した温度探知機を見て叫ぶ。それは本来であれば有り得ない事象であった。

 そもそも宇宙とは、絶対零度より2℃か3℃ほど気温が高い、という程度の……要はほぼ温度というものが無いに等しい空間である。しかし現在、そんな宇宙空間の温度をサーモグラフィーで可視化してみれば、一号機の人型のシルエットがくっきりと赤く浮かぶであろう。

 華氏3000度。それは、鋼鉄すら溶かす温度だ。そんな温度で、熱の逃げ場が存在しない宇宙空間に浮かぶ機動兵器。そんなものはこれまで存在しなかった。その温度に達した時点で、機動兵器自体が溶けて崩れてしまうからだ。

 しかし彼らドルシアの将兵の前で、ヴァルヴレイヴ一号機は輝きを放ちながら、腰に携えていた刀を引き抜き、高々と掲げる。『デュッセルドルフ』のブリッジは、そして彼らよりも間近にそれを見るアードライとクーフィアは有り得ない存在を前にして硬直する。

「なんだ……なんなのだあれは……!」

 艦長席に腰かけていたグスタフが唖然としていると、通信士からマイクを奪ったハーノインが同僚達に向けて叫ぶ。

「何かヤバい! 二人とも、離れろ!」

 その声にはっと我に返ったグスタフは一拍遅れて、二機のヴァルヴレイヴを取り囲む軌道突撃大隊の隊員たちに退避命令を下す。

「総員退避!」

 しかし、それはあまりにも遅かった。

 二機のイデアールが、そしてバッフェ部隊が十分な距離を取る前に、ヴァルヴレイヴ一号機は高々と掲げたジー・エッジを逆手に持ち替えると、一息にそれを腹部に突き刺す!

『ハラキリ、だと……!?』

 アードライは、その行為がジオールの基になった旧い国家に伝わる、武人の自決に用いられる作法だという事を知っていた。

 唖然とする彼の前で、ヴァルヴレイヴの腹部……その超性能の源である原動機レイヴに刺し込まれた刀身を、うねり逆巻く黄金のエネルギーが包み込む。

 宇宙の闇を明々と照らす膨大な熱と光、その全てを宿した刀を、一号機は大上段に振りかぶり―――

 

 

「―――行っ……けぇぇぇぇえええええええええええええ!!」

 渦巻く熱の奔流を、敵陣目掛けて振り下ろした!!

 

 

「な……うぁああああああっ!?」

 不幸にも、振り下ろされた光の柱が最初に捉えたのはアードライのイデアールだった。

 直撃こそしなかったものの、イデアールの左腕部は肩から先を消し飛ばされバランスを大きく崩す。

 光を伴う熱波はイデアールの左腕を噛み千切り、その後ろに居たバッフェ隊を飲み込み、ついには『デュッセルドルフ』の船体までその牙を伸ばしたのだ!

 襲い掛かる熱波に機体を激しく揺らされながら、アードライは混乱のままに思考を散らす。

 

―――エルエルフは、やはり裏切った。そして自分に、同胞に二度も刃を向けた!

 

「エルエルフっ……貴様はぁああああああああっ!!」

 親友だと信じていた男からの、訣別の一撃。

 自身に振り下ろされた熱剣をそう解釈したアードライは、ただひたすらに、裏切り者の名を叫んだ。

 一方、直前の回避によって轟沈を免れた『デュッセルドルフ』の艦内でも慌ただしく報告と指示が飛んでいた。

「第五小隊壊滅!」

「第七小隊、通信繋がりませんっ!」

「先程の攻撃で計器類がやられましたっ、進路取れません!」

「艦のダメコンを急げっ!」

「カタパルトが熱で融解してっ……」

「全機動兵力を集結! 隊列を組み直して……っ!?」

 更に事態はそれだけに留まらない。残存兵力の結集を命じようとしたグスタフの視界をビームの光が掠め、『デュッセルドルフ』の船体を再び大きく揺らす。

「なんだ!?」

「ARUS艦隊ですっ!」

 イクスアインの問いに応じたクルーの視線の先には、この場にいない筈の戦艦が隊列を組み、一斉に砲口を『デュッセルドルフ』に向けていた。

 環大西洋合衆国、通称ARUS。ドルシアと並ぶ大国の宇宙艦隊が、同盟国であるジオールの危機に駆け付けたのであった。

「馬鹿な、もう来たのか!?」

「艦長、これ以上は!」

「解っとるわ! 全機後退、『デュッセルドルフ』を先頭に順次退却せよ!」

「クーフィアっ、アードライの機体を!」

『はいはい、っと!』

 倒せる敵が増えた、と喜ぶのも束の間、釘と水を同時に()されたクーフィアは大人しくイクスアインの指示に従い、アードライの救助に向かう。

 だがクーフィアよりも早く、ミツルの駆る八号機が擱座したイデアールに襲い掛かる!

「逃がすかよっ!!」

 一号機が放った攻撃の規模に暫し呆然としていたが、二機のイデアールをハルトの一撃で仕留めきれなかったと見るや再び両手にフォルド・シックルを構え、急加速でアードライのイデアールに迫る!

「しまっ……」

 身動きの取れないイデアールの中で、アードライは白いヴァルヴレイヴの狙いが自分であることを悟る。だが機体は碌に動かず、この図体では避けることすらできない。

 万策尽きたか、と諦念を抱いた時―――

 

「頭ぁ下げろ若造ーーーーーーっっっ!!」

 

 後方からエンジンの臨界ギリギリの速度で突っ込んできたバッフェの一機がイデアールの頭部脇を通り抜けると、そのまま八号機に体当たりを喰らわせた!

「がぁあっ!?」

「ミツルっ!?」

 衝突の勢いを殺さずに八号機に組み付いたバッフェが、そのまま炎を噴き出して破裂する。熱暴走でいつ誘爆してもおかしくは無かったエンジンは、衝突の衝撃であっさりと弾け飛んだのだ。寸でのところでバッフェの頭部コックピットブロックが分離・離脱するが、残った弾薬と燃料と引き換えにした超至近距離での爆発は八号機の足を止めるには充分だった。

「っとと、何とか間に合ったか……こちら第三小隊、リヒャルト・グレーデンだ。応答せよ」

「グレーデン大尉っ!?」

 アードライを救ったのは、八号機の起動後、何とか学園の地下から脱出し、別部隊からバッフェを借りてモジュール77から飛び出してきたリヒャルトだった。

「アードライ大尉、無事か!」

「は、はいっ! 助かりました!」

「ならば良し、尻捲ってさっさと引き上げるぞ! クーフィア大尉、回収してくれ!」

「ぶー、アードライばっかり楽しんでぇ……」

 八号機が爆発の衝撃で硬直している間に、不満げにぶーたれるクーフィア機がアードライとリヒャルトの乗ったコックピットブロックをそれぞれ掴み、そのまま最大速度で戦域を離脱する。

 後には、爆発で生じた煤に装甲を焦がした八号機が残った。

「ミツルっ、大丈夫!?」

「あいっててて……畜生、逃げられたぁっ!!」

「無茶はダメだよ、こっちだってもうボロボロだ」

 ARUS艦隊の艦砲射撃に追い立てられつつも素早く撤退するドルシア軍の背中を見送りながら、ミツルとハルトはお互いの状況を確かめる。

 一号機は左肩の装甲板が一部破損し、大熱量の放出によって再び強制冷却モードに入ってしまった。

 八号機は目立った損傷こそ無いものの、先程まで全て引き付けていた攻撃の爆風で機体全体が煤けていた。

「たはは、お互いズタボロですね」

「ああ……けど生きてるよ、僕達。これでみんなの所に帰れるんだ」

 通信ウィンドウ越しに笑うミツルの声に、失ったと思った日常がもう一度自身のもとに帰ってきたような気がして、ハルトは感慨深げに呟いた。

「ですね……あぁー疲れた。さっきから戦いっぱなしでもうへとへとですよ、俺」

「僕もだ……ああっ、そうだ、流木野さん大丈、ぶふっ!?」

 先程までエルエルフに捕えられていたサキのことを思い出し―――失礼な話だが、今の今まで本当に忘れていた―――ハルトは彼女の方へ視線を巡らせる。だがその瞬間、ハルトはサキに頭を掻き抱かれて驚きの声を上げる。

「あははっ、凄い凄い! 勝ったんだ!」

「うぶぶっ、うわ、わぁああっ!!」

 物語の怪物を見事撃退せしめた勇者を讃えるかの如く、サキは無邪気にはしゃぎながらハルトを抱き締める。まるで物語のヒロインが自分であるかのようなその振る舞いは残念ながらハルトの心に響くことは無く、彼は至って迷惑そうにその細い両腕を押し退けた。ショーコが生きていたと知った今、自分を待ってくれているであろう彼女と再会する前にそれ以外の女性に触れるのは、ひどく不誠実であるような気がしたのだ。尤も拒まれたサキはといえば、元芸能人故かある程度自分に自信を持っているので、鼻の下一つ伸ばさずに自分を押し退けたハルトに少々不満げな視線を向けていたが。

「流木野も無事、か。ハル先輩のこともだけど、櫻井と犬塚先輩が心配してたぞ」

「あ……そう。櫻井さんが……」

 ミツルの言葉に、はっとした表情の後考え込むような素振りを見せるサキ。何かあったのか、と疑問に思うミツルであったが―――それを口にする前に、ぐらり、と視界が揺れた。

「あ―――やべ、ねむ……」

「ミツル?……おい、ミツルっ!?」

 ミツルの様子がおかしいことに気付いたハルトが声をかけるが、その声すらもミツルには遠くに感じ始めていた。

(あ……そ、だ。リオンせんせい、だいじょーぶかな……)

 こうして。学園の地下での“契約”から連戦を重ね、精神的に張り詰め続けていたミツルは、戦いの緊張感から解放されるや否や、急速に眠りに落ちていった。

 

 

 

 

「ミツルっ! しっかりしろ、ミツルっ! おい、起きろってば!」

「気絶しただけだろう。特に外傷は見受けられない」

 モニターの向こうでがっくりとうなだれたまま返事をしなくなった後輩を案じてハルトは声をかけ続けるが、それを押し留めたのは意外にも、戦闘終了から沈黙し続けていたエルエルフだった。

「なんでそんなこと判るんだよ! もしかしたら通信じゃ見えないだけで、怪我してるかもしれないだろ!?」

 まるっきり他人事のようなエルエルフの物言いに憤るハルトだが、しかし返ってきたのは鋭い指摘。

「あのパイロットがお前と“同じ”であるのなら、少なくとも死ぬ心配はない」

「―――あ」

 それは、今の今までハルト自身、思考の外に追いやっていた事実だった。

「俺からも、お前に聞きたいことがある」

 生き延びるために一度共闘したはずのエルエルフの瞳に、ハルトへの気安さのようなものは一欠片も無い。彼はあくまで、後回しにしていただけだったのだ。目先の問題を解決するための手段として、ひとまずハルトを利用してその場を凌いだ、ただそれだけのこと。よって当面の窮地を脱した彼は、後回しにしていた問題に再び目を向けたのだ。

「お前は一度、俺が殺したはずだ。なのに何故お前は生きていて、俺が覚えのない傷を負い、仲間から裏切り者として追われている。俺にその記憶が無いのは何故だ……!」

「あ……うぁ……」

 エルエルフの詰問に、今更ながらハルトは自身の行動を顧みる。ヴァルヴレイヴとの“契約”によって得た力。そしてそれを用いて自身が行ったこと。エルエルフの右腕に傷をつけた特務隊との銃撃戦に、その後に仕掛けたヴァルヴレイヴ奪還のための奇襲。

 怒りに身を任せたハルトは、エルエルフの身体を用いて何人ものドルシア人を殺害した。彼の能力を以てすれば拳銃の一撃で脳天を射抜くことなど造作も無かったし、抵抗しない研究者など動かぬ的でしかなかった。

「……全部、お前がやったんだな」

 そして、それを成したのは、正しくハルトの意思だった。

「ぼ、僕は……!」

 違う、と叫ぶことは出来ない。我を忘れていたとはいえ、復讐の為に相手を殺したのは間違いなくハルト自身。それも、面識もない誰かの身体を用いてその人物に罪を擦り付けるという、外道極まる方法で。噛み付いた相手の意識を乗っ取るという、おおよそ人間には出来る筈の無い手段で。

 事ここに来てハルトは、己の所業に恐怖した。ショーコを失ったことで平衡を欠いていた精神が、ショーコが生きていたと知ったことで平衡を取り戻し―――その間の自分の行為に対する嫌悪感や罪悪感すらも、取り戻してしまったのだ。

(僕は……自分の我侭で人を殺した……しかも、彼の身体を乗っ取って。そんなの、人間のやることじゃない。僕は、僕は……!?)

 震える手で自身の頭を抱えるハルト。そんな彼の心中を知ってか知らずか、侮蔑と嫌悪の視線を向けるエルエルフは―――

 

 

「……化け物め」

 静かに、しかし確かに。言葉の刃でハルトの心を割り砕いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕暮れに照らされる咲森学園の校舎。その校庭の一角で、櫻井アイナと犬塚キューマ、そして番匠ジュートの三人は黙々と土を掘り返していた。

「……この辺りの筈ですよね」

「ああ……なあアイナ、本当に無茶する必要はないぞ? 俺と番匠だけでも……」

「大丈夫ですっ! 私もやります、やらせて下さい……」

 キューマの言葉を遮り、アイナは手にしたスコップを地面に突き立てる。彼女とて学園襲撃からロクな休息を取っておらず、身体的にも精神的にも疲れている筈なのだが、それでも彼女は作業の手を止めようとはしなかった。

 儚げに見えて実は強い芯を持つアイナ。その為人をあまり知らないジュートは、死体を掘り出すなどという酷な作業を彼女が投げ出さないことに内心で驚いていた。

「女子同士の繋がりは解らんが……指南と櫻井って、そんなに親しかったのか」

「まあ、な。アイナが殊更に、こういうの放っておかない性格だからってのもあるが」

 小声で問いかけたジュートの声に、キューマは痛ましげに答える。

「そうか……しかし、指南がこんな事になっちまうなんて、な」

 ジュートもまた、運動部での付き合いでショーコと面識があった。決してキューマやアイナほど親しかったわけでは無いが、ショーコの快活な性格はジュートにとっても親しみを感じる類の物であった。

「俺も未だに信じられねえよ。今でもこうしているうちに、あいつがひょっこり帰って来るんじゃないかって―――」

 遣る瀬無さを腕に込めて、スコップを振り下ろすキューマ。自分でもそんなことはありえないと解りきった願望をついつい口にした、その瞬間。

 

 

「ぶっはーーーーーーっ!! 出られたーーーーーーーーー!!」

 三人の立っていた位置から少しばかり離れた地面から、見知った少女が元気に飛び出してきた。

 

 

『…………え?』

 思わずぽかん、と目と口を大きく開き、暫し固まる三人。そうしている間にも少女……指南ショーコは車のドアで土を掻き分けると、横倒しになったまま埋まっていた車から脱出し、大きく背伸びをした。

「っはぁー、疲れたぁ……あれ? アイナちゃん、犬塚先輩! 番匠先輩も……よかった、やっと会えたー!」

 ひょっこり生還を果たしたショーコはアイナ達三人の姿を見つけると、破顔しながら駆け寄ってくる。

「ショーコ、さん?」

「おまっ、生きて……」

「あ、先輩酷い!? ちゃんと生きてましたよ! まったくもう……うわっ、と」

 出会い頭に幽霊でも見るような視線を向けてきたキューマに抗議するべく頬を膨らませたショーコだったが、文句を口にする前に数歩、たたらを踏む。混乱しつつもショーコが生きていたことを理解したアイナに、一も二も無く抱き付かれたからだった。

「ひっく……ショーコさんっ、ショーコさ……ぐす、ふぇえええええええん!! よかった、良かったよぉ……」

「馬っ鹿お前なぁ、心配させんじゃねーよ!……ホントに無事で何よりだ……!」

 制服の襟元に広がるアイナの涙の温かさと、ずず、と涙を堪えるように鼻を啜ったキューマの震え気味な声に、ショーコもまた、自身が生還したのだと改めて思う。

「うん……心配させちゃってごめんね、アイナちゃん……」

 ぎゅう、とアイナの背を抱き締めてその感触を確かめるショーコ。そのまま三人はしばし、再会の喜びをただ噛み締めていた。

 

 

 

 

 因みに、三人のすぐ後ろでは。

「……なあ番匠よ、感動の再会は結構なことだと思うけど、怪我人放置してこれとか酷いと思わないか」

「諦めましょう貴生川先生。奴らと然程親しく無い俺達は今、完全に空気です」

 ショーコと一緒に閉じ込められていた某物理教諭が折れた足を引き摺って自力で脱出した後、感動のシーンに混ざるタイミングを逸したラグビー部主将に救助されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パイロットであるミツルが眠りに落ちたままではあったが、自動操縦で一号機に追従するヴァルヴレイヴ八号機『火集(ヒダカリ)』はモジュール77に帰還した。流石に港湾部の海面から一度浮上して再び着陸する際にはパイロットの操作が必要なので、サキが通信越しに呼び掛けることでミツルを叩き起こしたのだが。

 エルエルフはその後、先程までの態度が嘘のように大人しくなった。ドルシア兵であることからARUSの兵士に拘束された際にも慌てることも無く諾々と従い、手錠を掛けられていた。

 ハルトとサキ、そしてまだ眠気の晴れないミツルの三人は何の抵抗もせずに連行されるその背中を複雑な気持ちで見送っていたが、見知った声で名前を呼ばれて意識をそちらへと向けたのだった。

「ハルトーっ!」

「流木野さんっ!草蔵くんもっ!」

「三人とも無事かっ!」

 ハルト達がそちらに目を向けると、ショーコ、アイナ、キューマの三人が港に向かって走って来ていた。三人はタクミの手当てをジュートに任せた(押し付けた)後、ショーコに事情を説明しながらハルトとミツル、それと何故か一号機に同乗したサキを迎えに来たのだった。

 ハルトとミツルが謎のロボットに乗り込んで軍隊相手に戦闘を繰り広げた、と聞かされたショーコは仰天していたが、幼馴染と見知った後輩が協力して学校の仲間たちを守ったのだと知ると、自分のことのように誇らしく感じていた。

「ショーコ……」

「あ、指南先輩っ! そうだ、埋まってたって聞きましたよ!? 怪我とか大丈夫ですか!? 足は? 足はちゃんとある!?」

 何か気まずそうな態度のハルトをそっちのけで、先程ハルトからショーコがどうなっていたのかを初めて聞いたミツルは気遣わしげにショーコを見遣る。この男、とことん空気と間合いを読むことが出来ていなかった。

「はいはい良いからお前はこっちな」

「草蔵くん、ちょっと私たちは引っ込んでましょうね」

 空気の読めないミツルを横合いから押しのけて、ついでにハルトとショーコが二人で話せるように距離を取ったアイナとキューマ。サキもまた、ハルトとショーコの邪魔をするつもりはないのか三人の後ろに続いた。

 生き埋めになっていたという先輩を気遣っただけで何やら非難されるような視線に晒されたミツルは釈然としなかったが、ともかく他の三人と互いの無事を喜んだ。

「流木野さんっ! よかった、怪我とかしてない?」

「大袈裟よ、時縞先輩と一緒に居たから大丈夫」

 真っ赤になった目の端に涙を浮かべるアイナと、素っ気なさそうにしつつも笑みを浮かべるサキ。ミツルからすればサキの態度は多少冷ややかなのではないかと感じるのだが、それでもアイナがサキの態度に気分を害するような様子は無い。少女たちの友情を彼が理解するには、まだまだ時間がかかりそうであった。

「ミツル、お前の方は怪我とか無いか」

「ピンピンしてますよ。何回か戦ってて頭揺らされたけど、少し寝て起きたらスッキリしましたし」

 キューマに体調を尋ねられたミツルは至って軽い調子で、常の如く言葉を返す。物怖じしない小生意気な後輩の極めて“いつも通り”な声を聴いて、ハルトとミツルを案じ続けていたキューマもまた、自分の肩が幾らか軽くなったような気分を覚えた。

「寝て起きたら、って……帰って来る間にロボット乗ったまま寝てたのか? 肝が太いんだか馬鹿なんだか……いやうん、お前は馬鹿の方だな」

「ひっでえ!? 少しぐらい労ってくれても良いじゃないッスかー!」

 笑い合うミツルとキューマだったが、ふとキューマはミツルの姿に目を遣り……その視線を何気なく腹部の辺りに走らせて、ひゅ、と息を呑んだ。

「ミツルっ……その腹、どうした!?」

「へ?……あー」

 キューマが指差したのは、ミツルが着込んだワイシャツにべっとりと広がった赤黒い染み。暗がりの中に居たので近寄るまで気付かなかった―――先程まで共闘していたハルトも、通信画面では胸から上しか見えていなかった為に気付かなかった―――が、それは明らかに血液を吸った布が乾いた跡だった。キューマの素っ頓狂な声に気付いたアイナとサキも、ミツルの制服の染みに気付いてはっとする。

「草蔵くん、怪我して……!」

「ああ櫻井違う違う、いや俺も最初そう思ったんだけどさ」

 それはもう数時間も前にリヒャルトに拳銃で撃たれた際に飛び散った、ミツル自身の血液だった。

「いやそれが、このロボット……えっと、“ヴァルヴレイヴ”に乗る前に俺、ドルシア軍の奴らに捕まってたんですけどね。隙を突いて逃げようとしたんだけど、その時になんか、こう、『撃たれた!』って勘違いしたらしくて」

 だがその後、八号機に乗り込んだミツルが忘我の境でヴァルヴレイヴのガイドメッセージに応じた後、その痛みは綺麗さっぱり消えていた。それらの結果から……

「こいつのメディカルシステム、凄いっスよ。俺絶対撃たれたと思って痛い痛いーってなってたのに、なんか何時の間にか治ってたんです」

 ミツルは自身の痛みの原因であった傷を塞いだのが、ヴァルヴレイヴのメディカルシステムの効果だと思っていたのだ。しかも、さすがに銃で撃たれた傷がこの短時間で治る訳が無いから『銃で撃たれた』というのは自身の勘違いで、出血の割に浅い傷だったのだろう、というすっとぼけた解釈付きで。

 いやぁ恥ずかしい話だ、と朗らかに笑うミツルであったが、対してキューマ達の表情は暗い。

 ミツルを除いた全員が、実際に目にしたことで知っていたからだ―――ヴァルヴレイヴにメディカルシステムなどというものは搭載されていない。凄いことになってしまったのはハルトと同じく、ミツル自身の身体の方だ、と。

「あ、あのね草蔵くん、実は―――」

 アイナがおずおずと口を開きかけた、その時。

 

 

「―――馬鹿っ、最っ低!!」

 泣き出しそうな声と共に、皮膚に平手を打ちつける乾いた音が響いた。

 

 

 ぎょっと目を見開いた一同が声の出元に目を向けると、怒り心頭、といった表情のショーコが平手を振りぬいた姿勢のまま、頬を赤く腫らしたハルトの顔を睨み付けていた。

「いっててて……い、いきなり殴ること無いだろ! ったく、ちょっとした冗談じゃないかよ……」

「冗、談……? あれが!? あ、あんな場所であんな風に言ったことが、冗談!? 信じらんない! ハルトの……!」

 打たれた頬を押さえながらハルトが放った言葉に、火に油を注がれたかのようにショーコは激昂する。そのままもう一発ビンタを見舞ってやろうかと手を振り上げたショーコの姿に、ハルトはびくっと肩を震わせて一歩後退り―――

「っ……ハルト、のっ……ばかっ、ばかぁああっ!!」

 その手を振り下ろすことなく握り締めて、ショーコは踵を返して港から走り去ってしまった。

「あ、ショーコさん待ってっ!!」

 ショーコの背が震えていたことに気付いたアイナがその後を追い、サキもまたアイナを追って港を出る。

 後には、事態が飲み込めずに走り去った女性陣の背とハルトのむくれた顔を見比べるキューマとミツルが残った。

「えっ……な、何々、一体どうしたんスか?」

「ハルト、お前……」

 奇跡の生還を果たしたショーコと、戦場から帰還したハルト。一世一代の告白を邪魔されて互いに窮地を乗り越えた二人が再会すれば、自然と話題は告白の続きになるのだろう、とキューマは思っていた。それが一体全体、なにがどうなればこんなみっともない喧嘩をするような事態に話が転がるのか。

「……どうもこうも、いつも通りヘラヘラ笑ってみせただけですよ」

 そんな言葉を放つハルトは、誰がどう見ても涙をこらえているようにしか見えなくて、堪らず二人は問いかける。

「おいハルトっ、そんなんで良いのか!? お前、ショーコに告白しようとしてたんだろ!?」

「こ、告白って……ハル先輩、幾らなんでもダメでしょ!? あれ、指南先輩絶対泣いてましたよ!」

 

 

「―――仕方ないだろっ!」

 

 

 腹の底から絞り出されるようなハルトの叫びに、二人は思わず押し黙ってしまう。

 そのまま俯いたハルトは、頬に当てていた手をだらりと下ろす。女子の力とはいえ、運動部員であるショーコの渾身の力で打たれたハルトの頬は、腫れるどころか青白いままだった。

「自分の我侭で、勘違いで戦争に首突っ込んで、何人も人を殺して……その上こんな化け物になった僕に、誰かを好きになる資格なんて……!」

 俯いたハルトの言葉は、そのまま嗚咽に掻き消されてしまう。

 肩を震わせて立ち尽くすその姿にどう声を掛けて良いのか解らずにキューマは視線を逸らしてしまい。

(そ、っか。俺は……俺達は、人を殺したんだ……)

 ミツルもまた、己が成した『敵をやっつける』という行為の意味を今更ながらに正しく認識し、その言葉の重さに途方に暮れていた。

 

 

 

 

 ハルトは、そしてミツルは、ずっと考え方を間違えていた。

 一度手を離してしまったいつも通りの日常は、決して戻ってくることは無い。指の隙間から零れ落ちたそれを再び拾ったと思っていても、落下のはずみで潰れて歪んで、全く違う形になっていて。気付いた時には、強く握り締めることで自身の掌を傷つけていたのだ。

 こうして、咲森学園のもっとも長い一日は終わりを告げた。日常を失った少年少女の心に、大きな傷跡を残して。

 

 




エルエルフ「お前ら人間じゃねえ!」


 はい、という訳で第一章の最終話でした。
[原作からの変更点②:一号機の必殺技の名前]
 正式名称がハラキリブレードって酷過ぎるだろうと思っての『ルーンブレード』に変更です。
 友人からは『普通過ぎて逆にヴヴヴの必殺技っぽくなくなったな』とか言われました。解せぬ。

 どうでも良いですがここまで書いてからやっと気付いたことがあります。



 タカヒ以外の生徒会メンバー、影も形も出ちゃいねぇ……!


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