複数人(ヤンデレ)は辛いもんな……。
会社の上司がくどくどと俺に小言を嫌味ったらしく言ってくる。それを見た周りが俺を笑った。
「というわけでこれはやり直し!いいかね⁉︎」
「はい……。」
「まったく…返事もしっかりできんのか……。」
去り際に捨てるように呟いた。周りの蔑みの視線を背中に浴びながらパソコンと向き合った。
こういうことは珍しくない。俺はどんなに努力してもダメなやつだった。『テスト前に勉強しても仕方がない。』と言うのはよくあるだろう。
俺の場合その逆だ。いくら勉強しても一向に伸びない。教師に伸ばすべきところを言われて、それを必死に勉強しても伸びなかった。
『いつかお前にしかできないことができる。』と生活指導の先生が言った。しかし俺は何をやってもうまくはいかなかった。
親にも白い目で見られ、逃げるように一人暮らしを始め、必死に仕事を探してここに入った。
「お茶飲みますか?」
「ありがとうございます…。」
彼女はラファエルさん。俺の後に入って来た後輩で会社の人気者。
この会社では優秀な人材、つまりラファエルさんのような人材が優遇され、使えない人材、つまり俺のような人材が酷い扱いを受ける。
「あ、私上がりますね。」
「お疲れ様です…。」
彼女は先に帰り、俺はクタクタになるまで働いた。
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家に帰ったのは深夜。窓を見ると、アパートの電気がついていた。
「ただいま……。」
「あ、お帰りなさい。」
玄関にいた俺にラファエルさんが駆け寄って来た。
彼女は俺のアパートの隣に住んでいた。最初は少し驚いたが、彼女に仕事の相談をよくされるようになった。
ある日彼女に俺が夕飯に大量のカップ麺を買っているのを見られて、バランスの悪い食事はダメだと彼女の料理の練習と言うことで食事を作ってもらうことになった。
「ご飯できてますよ。」
「いつもすみません…。」
「いえいえ。あ、あと仕事の相談に乗って欲しいんですけど……。」
「あ、はい。」
彼女は俺が教えたことをみるみるうちにできるようになった。俺は全てを教えたつもりだが、彼女はよく相談をして来た。
「ありがとうございました。」
「いえ、ではまた明日。」
「はい。おやすみなさい。」
彼女は俺に笑顔を見せて自分の部屋に戻った。
「ふぅ…さて、仕事の続きをしなきゃ。」
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「おはようございます…。」
「おはようございます。あれ?風邪気味ですか?」
「ええ…。」
朝から身体がだるく熱っぽい。しかし休むわけにはいかない。
「お大事に。」
「ありがとうございます……。」
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それはいつものように上司に小言を言われている時だった。
ふっと体から力が抜け、意識が遠くなった。身体がだるく動けない。彼女の心配する声が聞こえて俺は目を閉じた。
「………………。」
「あ、おはようございます…。」
かすかに匂う消毒の匂い。病院らしきところで目を覚ました。すぐ側には彼女がいた。
「医師がしばらくは安静にしていろと…。」
「そうですか……。」
じっとなんてしていられなかった。働かなければおそらく……
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「…………。」
風邪が治り、来て早々上司に呼び出された。そして目の前に解雇通知を差し出された。
「君、今日限りでこなくていいから。」
「はい………。」
最後の日でもちゃんと仕事はした。働いて来た分の給料だけもらって帰った。
「…………………………。」
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実家には帰れない。貯金もほとんどない。今日貰ったのは僅かなもの。
「はぁ…………。」
寒空の下、空を見上げるとたくさんの星が見えた。そう言えば昔は星をよく見た。
「あんな風に空に行けたらいいのにな…。」
それができればどんなに楽か。しかしそれは許されない。地べたに這いつくばって辛い思いをしながらくすんで錆びていくしかないのだ。
そう思いながら、俺は町の外れにある廃墟のビルに足を進めた。
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「結構高いな……。」
ついたのは廃墟のビルの屋上。ここからは町の灯りがないため星がよく見えた。
「もういいだろ……。」
俺は一歩を踏み出そうとした
「ダメっ‼︎」
直前で彼女の声が、ラファエルの声が聞こえた。腰に手を回され、動くことができなかった。
「ダメです…!お願いします……どうか!」
さらに強く抑えられ、彼女の方へ引き戻された。
「お願いします……。もう…生きていく希望が……。」
「ダメですっ……!お願いします!それだけは‼︎」
俺は彼女に嫉妬していた。何もかも俺の正反対だった彼女。なんでもできた彼女。そんな彼女の優しさが、暖かさが、いつも優しく、柔らかい刃となって突き刺さっていた。
「…………あなたに俺の何がわかるんですか…。なんでもできて、いろんな人に慕われて、もうすぐ俺の上司になるはずだったあなたに…正反対の俺の何がわかるんですか……!」
「……………ごめんなさい…。私には分かりません。」
「なら……「でもっ!」
「聞いてください……私は………あなたのことが好きなんです。」
「私だって完璧じゃないんです…。でも、あなたのそばにいると私の欠けているものが埋まっていくんです。」
「人気者だって…辛いんですよ……。いつも誰かに期待されて…それを完璧にこなさなきゃすぐに見放されるんです……。」
「私はそれが怖くて…でも、あなたはそんな私に関係なく接してくれた。」
「あなたがいたから…私は頑張れたんです。だから……私を一人にしないでください…。」
俺はその場で膝をついた。彼女はそんな俺を抱きしめて座り込んだ膝の上に俺の頭を乗せた。
「あなたはよく頑張りました。だから……次も二人で頑張りましょう……?」
慈愛のこもった優しい笑顔を見て、俺は子供のように泣いた。
彼女の言う通りだった。次が必ずあるはずだ。彼女とともになら頑張れる気がした。
何度だって挑戦してやる。絶対に諦めてたまるか……。
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ただいまですっ♪
良い子にしていましたか?……うんうん♪今日はお出かけしなかったんですね。偉いですよ♪
え?お仕事ですか?…うふふ。変なことを言うんですね。
私がいるんですから大丈夫でしょ?
あなたには私がいれば良いんです。ご飯もお仕事も怖い上司さんもお嫁さんもお母さんも
私がいればな〜んにも心配しなくて良いんですよ♪
あれ?どうして泣いているんですか?あっ、お腹が空いたんですね。ごめんなさい。
すぐにご飯にしますからね〜♪
ラファエル早く来て(切実)