ヤンデルモンスト〜書いたら出るを添えて〜   作:千銀

23 / 48
幕末志士の実況見てたら遅れました。


最後のページ(モーツァルト)

 

 

 

もうすぐだね……。

 

 

もうすぐだなぁ…。

 

 

やった!ついにできるんだ!私と君だけの音楽が!

 

 

よし!じゃあ明日必ず完成させよう!

 

 

うん!じゃあ…また明日。

 

 

うん!また明日!

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤いレンガで建てられた大きな病院。その一番奥の病室に、私は大急ぎで向かった。

 

 

病室の扉を開けると、彼の両親とベッドで眠る彼がいた。

 

 

 

「あ…あの……彼は…。」

 

 

「……命に別状はありません。」

 

 

私は彼の両親のそばにいた医師に説明を受けた。命に別状はなく、私は一安心した。

 

 

 

「しかし……頭を強く打ったため脳に障害が残る可能性があります…。」

 

 

その言葉を聞いて私は凍りついた。

 

 

 

「そんな……。」

 

「なんとか……なんとかならないのでしょうか⁉︎」

 

 

彼の両親が医師に相談している。私は凍りついたままだった。

 

 

 

「今の時点では何も……。とにかく彼が眼を覚ますまで待ちましょう。」

 

 

私はその後、自分がどうやって帰ったか覚えていない。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、彼の両親から知らせが来た。彼が眼を覚ましたのだ。

 

 

私はすぐに病院へ駆け出した。

 

 

 

(やった…!彼が眼を覚ましてくれた!)

 

 

(これでようやく君と一緒に演奏ができる!)

 

 

(私と君だけの音楽を!)

 

 

病室の扉を開けると、彼の両親が座り込んでいた。

 

 

 

「あぁ…ようやく……ようやく眼を覚ましんだね……。」

 

 

「ずっとずっと心配だったんだ。これでようやく君と演奏が……」

 

 

「……………………?」

 

 

「……?どうしたんだ?」

 

 

 

 

 

 

「…………………………君は………………誰だ……?」

 

 

私は……その言葉が理解できなかった。

 

 

 

「な……何を言うんだ…。私よ。モーツァルトよ。」

 

 

「モーツァルト……君は……誰だ…?」

 

 

運命は…私を残酷な方へと導いた。

 

 

彼は記憶喪失になってしまった。自分の両親のことも、私のことも、彼は覚えていなかった。

 

 

彼は……何もかも変わってしまった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は彼の記憶を取り戻そうと、毎日毎日病院へ来ては彼に私との思い出を話した。

 

 

でも……彼は何も思い出せず、いつしか人格さえも変わっていってしまった。

 

 

 

「こんにちは……。今日は私とあなたが出会った頃の話を…」

 

 

「うるさい……。出て行け…。」

 

 

あんなに優しかった彼が、今では見る影もなかった。荒れ果て、短気になった。

 

 

 

「これ…覚えてる……?私と君が初めて一緒に演奏したときに使ったラッパ…」

 

 

「やめろ!」

 

 

彼は音楽を異様に嫌うようになった。彼に投げられたラッパが私の額に当たり、皮膚を切った。

 

 

 

「音楽なんて大嫌いだ。」

 

 

「……ごめんね…。」

 

 

額を切った傷よりも、彼があんなに大好きだった音楽を嫌っていたことが何よりも辛かった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんにちは…。」

 

 

「……………………。」

 

 

「今日はね……これ…。」

 

彼に差し出したのは、私と彼で創った曲だった。初めて会った時からずっと二人で創り続けてきた曲だ。

 

 

 

「また……音楽か…。」

 

 

「ねぇ…!何も思い出してくれないの…⁉︎」

 

 

「やめろ…!近づけるな……!」

 

 

彼が頭を抱えて苦しんでいる。私にとってはこれが最後の望みだった。

 

 

 

「お願い!思い出してよ!君と私でまた一緒に最後のページを……」

 

 

「うるさい‼︎」

 

 

「キャッ……!」

 

 

楽譜を奪われた。

 

 

 

(やめて……。やめて…やめて!)

 

 

「やめて‼︎」

 

 

「うるさい!音楽なんか大っ嫌いだ‼︎」

 

 

 

 

 

 

楽譜を……破かれた。私の中で…何かが砕けて消えた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

音楽の才能を持って生まれてきた私。幼い頃から多くの国を旅して演奏をした。

 

 

誰もが私の才能を欲しがったんだ。でも…私はどんなに演奏をしても自分の心が満たされなかった。

 

 

彼らが欲しいのは私じゃない。私の才能だけ。この才能がなければ、私は誰からも愛されないんだ。

 

 

私はいつもいつも自分の才能が消えないように努力した。

 

自分が…愛されるために……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつものように演奏を終わらせた後、沢山の人が私の才能を欲しがった。

 

 

演奏をした後、褒められなかったことなんてなかった。

 

 

 

「…………………………。」

 

 

だから、私は黙って去っていく彼に特別な印象を持った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は本物だった。私の才能を『かわいそう』と言ったのだ。

 

 

彼は違う。彼は私の才能を見てはいない。私自身を見てくれているんだ。

 

 

やっと見つけたんだ。私が『私』でいられる場所。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『一緒に作ろうよ。曲。』

 

 

彼が言った一言だった。私は次の演奏会のために曲を作っていたときに、彼はさりげなく言った。

 

 

思えば、私は人のために曲は作ったことは沢山あったが、自分自身のために曲を作ったことはなかった。

 

 

私は二つ返事でこれに賛成した。私と彼だけの作曲だ。

 

 

何回も試行錯誤を繰り返し、私と彼が出会った頃の気持ちや楽しかった日々を音に変えて楽譜に載せた。

 

 

楽しかった…。今まで描いてきたどんな曲よりも穏やかで優しかった。

 

 

でも……彼は変わってしまった。何も思い出せず、ただ音楽を嫌うだけになってしまった。

 

 

嫌だ……。お願いだから……大好きだった音楽を否定しないで…。あなたがあなたでなくなってしまうから……。

 

 

もう……彼のあんな姿を見たくない…。音楽を否定する彼を見たくない……。

 

 

だったら……もう…………。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ……また来たのか…。」

 

 

「……………………。」

 

 

「もう何をやっても無駄だ。もう記憶なんか戻らない。」

 

 

「…………ごめんね…。」

 

 

だったら私は……彼のことを止めてしまおう。

 

 

もう…彼でなくなってしまう前に……。

 

 

彼の胸に深々とナイフが突き刺さった。吐かれた血が、私の首筋を垂れた。

 

 

彼の鼓動が止まっていく。規則正しく動くメトロノームのような鼓動がゆっくりになっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………あれ…?……モーツァルト…?」

 

 

彼が私の名前を呼んでくれた。

 

 

 

「あぁ……今日も…来てくれたんだね…。」

 

 

「早く……早く…最後のページを完成させないと……。」

 

 

「でも……今日はもう暗いから……。」

 

 

「また……明日にね……。」

 

 

そう言って

 

 

彼の冷たい手が

 

 

私の頰を撫でて落ちた。

 

 

 

 

 

あぁ…そうか……思い出してくれたんだね…。

 

 

でも……君は遠いところへ行ってしまった…。

 

 

せっかく再会できたのに…君は遠くへ行ってしまったんだね……。

 

 

一人では寂しいでしょう……?大丈夫だよ…。

 

 

私もすぐ……そっちへ行くから…。

 

 

あぁ…そうか……。最後のページはこのためにあったんだね…。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝のこと、とある病院のベッドで二人の遺体が発見された。

 

 

片や天才と言われた音楽家。片や無名の演奏者

 

 

無名の演奏者は胸にナイフを刺され、音楽家は毒を飲んで死んでいた。

 

 

二人の手には名もない曲の楽譜が握られていた。

 

 

その曲の最後のページは白紙のままだった。

 

 

 

 

 




水の遊宴引いたらダルタニャンだった(二体目)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。