「あっ!この服可愛い〜!」
デパートから帰る道中、彼女は服屋で見かけた服に目をつける。
「……………。」
「ねぇねぇ!この服、私に似合うと思わない?」
服を自分に重ねて、はしゃぎはじめた。
「…………そうだね。」
「ねぇ?この服買ってくれな〜い?」
上目遣いで購入をねだる彼女。それを聞いて、僕は自分の持っている服の入った紙袋の重さを確かめた。
「ほ…ほら…。今日はこんなにたくさん買ったんだし…。次の機会でも良いんじゃない?」
僕がそう言うと、彼女は上目遣いをやめて、目を細め顔を顰めて大きなため息をついた。
「あっそ。アンタの愛ってそんなモンだったんだ。じゃあいいよ。」
服を置き、彼女は僕を無視して帰ろうとする。
「ま…待って!」
「何?」
「か…買ってあげるよ…。買うから…。」
そう言うと彼女は顰めっ面から一転、ニコニコと笑顔を浮かべながら僕の腕に抱きついた。
「さっすが!私の彼氏くんだね〜!大好き!」
「う…うん…。」
服を買っている時の彼女は目を細めたまま口角を三日月のように上げて笑っていた。
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彼女は、サキュバスは僕らが通う学校で最大のカーストの筆頭だ。
昔から気が弱く、中学の頃に虐められていたところを助けられてから、ずっと彼女を目で追っていた。
そして高校に入って、僕は彼女に自分の気持ちを見晴らしの良い屋上で伝えた。
「あの…ずっと前から好きでした…!付き合っていただけませんか…⁉︎」
緊張する僕を前に、彼女は目を細めてニタニタと笑っていた。
「ふ〜ん。私のこと好きなんだ…?」
「う…うん…。ずっと前から…いつも助けて貰ってて…。憧れてたんだ…。」
彼女が僕の目の前で、ステップしたり、くるくる回ったりする。
「私さ〜結構モテるんだ〜。この前は学校一のイケメンの先輩にも告白されたし。その前はサッカー部のイケメンの先輩にも告白されたし。」
「うん…。」
「それに比べてさ〜、どう?気も弱いし、運動神経も無いし、顔は普通だし。それにアンタぼっちじゃん!釣り合うと思ってんの〜?」
「……………。」
言う事が全て正しいことに、何も言えなかった。かと言って肯定するのは嫌だったから、黙る事がせめてもの抵抗だった。
「ふぅ〜ん。…ま、いいよ。付き合ってあげる。」
「ほ…本当に!」
「じゃ、これから宜しく〜。」
そう言って彼女は屋上から出ていった。僕は少しでも彼女に振り向いてもらおうと、一層自分を磨こうと思った。
バイトの量も増やして、コツコツと貯めたお金で、彼女へのプレゼントを買った。
「嬉しい!ありがとう!」
買ったのはピンクを基調としたパーカーだったが、彼女はとても喜んでくれた。
しかし、その日から彼女は事あるごとに物をねだるようになっていった。
「この服可愛い〜!誰か買ってくれないかな〜?」
「ねぇねぇ!このブーツさ、私に似合うと思わない?」
彼女は高いものばかり選んでいた。それでも僕は『嫌われたくない』の一心で、彼女がねだるものを買い続けてきた。
時には、お金が足りなくなって、お父さんが稼いできたお金をこっそり取ったりもしていた。
お父さんは僕と同じく気弱な性格で、お母さんは、僕を産んですぐに他の男をつくってどこかへいってしまったらしい。
男手ひとつで育ててくれたことに隠れてそんな事をしていて、罪悪感で押し潰されそうだった。
(はぁ…今月も厳しいや…。)
軽くなった財布を鞄にしまって、教室を出ようとする。すると、廊下でばったり重そうな荷物を持った先生と鉢合わせになった。
手伝う趣旨を伝えると、廊下の奥の空き教室に持っていって欲しいとのことだった。
サキュバスは今日、別の友達と帰るらしく、先に帰っていて良いとメールがあったので、手伝っても構わないだろう。
荷物を置いた後、空き教室を見渡す。もうすぐ春に近づき、夕日の日差しがさして、室内は暖かかった。
「…………?」
日に当たっていると、隣のクラスから姦しい声が聞こえてきた。その中の1人は聞き覚えのある声だった。
(サキュバス…?今日は友達と一緒に帰るって…。)
彼女の他に、2、3人笑い合う声が聞こえる。彼女の友達の声なのだろう。
『な〜な〜!今度の彼氏からはいくら稼いだ?』
『結構長かったよね〜。』
『そうそう。ちょっと私が別れようとすると無理してんだもん!使いやすかったよ〜。』
『うわ〜!ひっど!で?あいつはいつ切るの?またどっかのイケメン1人や2人捕まえてんでしょ〜?』
『ん〜もうちょいかな。あいつはもっと引き出せそうだし!』
「…………。」
(…帰ろう…。)
最初から、分かりきってた事だ。それでも僕が彼女のことが好きだったのは、嬉しそうな顔をしてくれたからだ。
(…何で好きだったんだっけ…。)
仕返しの一つでもしてやりたいが、自分の嫌になる程臆病な性格が邪魔をした。何より、もう何もやる気が起きなかった。
「…引っ越さないか?」
帰って来た父に言われたのは、仕事の都合で遠いところへ引っ越すと言うことだった。
「明日は終業式だろ?父さんは仕事で行けないけど…友達に別れくらいは言っておきなさい。」
「…うん。」
『引っ越してどこか遠いところへ行く。』そのことにとても勇気を貰えた気がした。
そうだ…。逃げてしまおう。もう辛いと感じることもなくなる…。救われるんだ。
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ママはいろんな男の人と関係を持っていた。
私はママが嫌いだった。サキュバスと言うだけで、いろんな男の人と関係を持たないといけないって教えられてきたから。
だから私は、1人の男の人しか愛さないって決めた。白馬の王子様。誰もが憧れる理想の男性像。
でも、サキュバスは憧れを抱いてはいけなかったらしい。そんな考えは育っていくにつれてだんだん失せてきた。
サキュバスが持つ魅了の力は、男達を虜にし、それに伴い考えも変わっていく。
この魅了の力なら、誰もが私に貢いでくれる。そしてこの術は、私しか解けない。
積み上がっていくプレゼントを見ると、最早昔の事などどうでも良くなってしまった。
高校の同級生と付き合い始めた。中学の時、私が助けてからずっと気になっていたそうだ。
気が弱い男はつけ込みやすい。ママも昔、気の弱い男を捕まえて好き勝手していた時期があったと言う。コイツは魅了の力を使わなくても、勝手に惚れてくれたし、良い金ヅルだ。
「今日は街を歩こうか…。え?う…うん。歩くだけだよ。」
「何処か行きたいところ?う〜ん…。じゃあ公園に行きたい。2人でのんびり過ごしたいよ。」
案の定、手を繋ごうとすれば顔を赤らめるし、色々強要されることが無い。出かけると言っても、街をブラブラしたり公園にいたりするだけだった。
退屈でしょうがなかったが、アイツと過ごした時だけは懐かしく、穏やかで、煩わしい気持ちになっていった。
「アンタさ〜、こんなんで楽しいの?」
「え…うん。楽しいよ。好きな人と一緒にいられるんだから。」
「ふ〜ん、あっそ。」
何回目かのデートで、それとなく聞いてみた。今日もいつもと同じ、街を歩いているだけだったが。
(好きな人と一緒に…ね。)
綺麗事ばっかりよくもまぁこんなに並べられるものだ。結局、世の中は金だ。金さえ持ってれば、絶世の美女でさえブ男と結婚するんだから。
(…何でだろ…。何でこんな気持ちになるんだろ…?)
指先から痛痒い様な感触が体を駆け巡る.それはとても不快で、それはアイツと一緒にいる時ばかり起こった。
それは、アイツから金を巻き上げている時も治まることはなく、私はその鬱憤を晴らす様にアイツに高いものばかりを買わせた。
断わったら、別れを切り出そうとすれば簡単に折れる。情け無い、金で私を買おうとするアイツもクズだ。そう自分で言い聞かせながらこの気持ちを紛らわそうとした。
(…嫌だ…。何…?この気持ち…。)
それでも、湧いてくるのは罪悪感。幸福感。2つの感情が混じり合った痛痒い気持ち。他の男共には感じることのなかった気持ち。
(知らない…!知らないッ!もうとっくに諦めたのッ!)
(諦め…たのに…。)
『好き』が止まらない。『愛したい。』『愛されたい。』が身を悶えさせる。
(だから明日…。明日必ず…。)
いつまでも既読の付かないメールを、私は見続けていた。
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終業式が終わった後、私は一目散にアイツを探した。暖かい日で、桜はまばらに咲いていた。人はそんな日を出会いの季節というのだろう。
いつもつるんでくる奴らがいるけど、気にしない。溢れかえる人の中、かき分けながらアイツを探した。
そうしたらアイツは、よそよそしそうに校門を出ようとしていた。
「ちょっと!待ってよ!」
呼びかけに驚き、アイツは振り向いた。
「ねぇ…昨日メール送ったじゃん!見てないってどういう事⁉︎」
「……もう…ブロックしたから…。」
「はぁ?なんで?」
わざとブロックした事に怒りを抑えられず、伝えるべきことも忘れ腹を立てた。
「あっそ。そうやって私の事無下に扱って良いと思ってんだ。」
「友達もいない。コミュ障の陰キャで、私が助けなかったらずっと虐められてたくせにそんな事言うんだ。じゃあいいよ。」
「もう別れちゃおっかな〜?」
アイツが大きく目を見開いて、顔を伏せた。
「………………………別れるよ…。」
「は?」
「別れるよ‼︎別れるからもう関わってこないでよッ‼︎」
「…え?なんで…?」
狼狽えている私に背を向けて走り出した。そこでようやく我に返った。
(違う!こんなこと伝えたかったんじゃ無いのに!)
私はアイツを必死に追いかけ、手を捕まえた。運動神経も悪く、足が遅かったのが功を奏した。
「なっ!なんで急に!私の事、あんなに好きだったじゃん‼︎」
「……近いうち…引っ越すんだ。もう会うこともない。」
「引っ……越す…?何処に…?」
「…………………。」
アイツは何も答えない。私の不安を煽り、口を早く回らせた。
「ま…待ってよ!遠距離だっていいから!別れないでよ!」
「好きなの!ずっと前から!最初は他の奴らと同じ良い金ヅルとしか思ってなかった!でも今は違うから!本気でアンタの事好きだから!だからずっと…
それ以上は、続かなかった。頬に衝撃が走り、手は振り払われていた。目の前には尻餅をついたアイツが、怯えるような目で見ていた。
「も…もう…!騙されないぞ‼︎次はなんだ…!またそう言って金を搾り取ろうとするんだろ!」
情けなく震えるアイツを前に、私は動くことができなかった。
アイツの体は震えていて、
ずるずると後退りをして私から逃げる。
その目は、
まるで
家に帰っても、何もやる気が起きなかった。自業自得。そんなことは分かりきっている。
自分の気持ちを認めなかった。
アイツが嫌がっている事を知っていながら平気でやって、それを『自分の事が好きだから』なんて決めつけて、嘘をつく事が当たり前で、それでも自分の中で、『アイツが甘やかすから』なんて思っていて。
別れを告げられて、ようやく自分の気持ちを伝えられた。そんな言葉を信じる人なんていない。自分でその人をなくしてしまったのだから。
それでも、都合が良すぎると分かっていても、好きで好きで仕方ない。ようやく自分が本気で一生を捧げたいと思った相手に会えたのに、その人は私を誰よりも信用しなくなってしまった。それも自分の手で。
痛痒くて、苦しくて、どれだけ身を悶えても後悔ばかり。私は初めて恋をした。
(やだ…やだやだっ…!捨てないで…!愛してよぉっ…!もうなんにもいらないから死ぬほどきつく抱きしめてよぉ…。)
気づいた頃には、もう何処にもいない。私は一生この気持ちを抱えたままなのだろう。そしてアイツは、また新しい場所で恋をして、私のことなど忘れてしまうのだろう。
(…怖い…。忘れられちゃうのは…。怖いよぉ…。)
体がブルブルと震え出し、冷や汗でびしょびしょになり、歯がカチカチと音を立てる。
(忘れられるくらいなら…誰かのものになるのなら…いっそ…。)
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新幹線のプラットホームに、慌ただしく人が並ぶ。
次に来る新幹線に乗れば、夜には見知らぬ場所にいて、新しい生活が始まる。ここの事など、忘れてしまって。
新幹線が停車するアナウンスが、流れ出した。
気付けば、あの慌ただしい人の声は消えていた。向かい側のプラットホームにも、何処にも人がいなかった。
自分以外の人がみんな消えてしまった。
自分の一両隣から、誰かが歩いて来る音がした。
そこには、サキュバスがいた。あの時別れたはずの彼女が、下を向いたままホームに立っていた。
彼女はその顔を上げていき、僕の方を向いた。
微笑んでいた。とても自然に、柔らかな笑顔だった。
そのまま、彼女は一歩前に進んだ。
耳を劈くような新幹線のブレーキ音。何かがぶつかる鈍い音。その音に、思わず顔を顰めて耳を塞いだ。
身を開けたときには、彼女はいなかった。かわりに、悲鳴を上げるたくさんの声。いつの間にかプラットホームには、沢山の人が溢れていた。
我先にと逃げ惑う人々、真っ白な新幹線に、所々飛び散った血。その血は紛れもなく…
「ハァ……ハァ……。」
気が付けば、汗をかいて布団の上にいた。見知らぬ場所の見知らぬ家で。
(……そうだ…。引っ越してきたんだな…。)
(……まただ…また…。)
忘れるはずもない、あの日のこと。新幹線が止まろうとしてきたところに、人混みの隙間から見えた彼女の顔。
とても優しそうに微笑んでいた彼女は、そのまま一歩前に進んだ。
鈍い音、新幹線のブレーキ音、大きな重量感のあるものを引き摺る音、そこに彼女はいなかった。そして残っていたのは、所々赤く飛び散った血。
彼女は自殺した。僕の目の前で。その光景が、毎日のように夢になって出てきた。
(…やめてくれ…!もう…!)
何度も何度も繰り返される彼女の死ぬ瞬間。精神はもう限界だった。
死んでしまいたい…。そう思った。
「…ガッ!………あッ‼︎…。」
突然、頭が割れるような頭痛と耳鳴りがする。脳を内側から掻き回されるような痛みと、あの時、新幹線が止まろうとしてブレーキをかけた時の金属の擦れる音が耳の中から聞こえてくる。
その中に聞こえた鈍く割れる音、水音は恐らく…。
声が聞こえた。
忘れるはずもない、死んだ筈の彼女の声が。
頭痛の最中に響いた、彼女の声。
『ねぇ。』
『何で私を好きになったの?』
『アナタが私を好きにならなきゃ』
『こんな事もしないで済んだのに。』
『アナタは私の苦しみをちっとも分かってくれなかった。』
『サキュバスが、本気で恋をする事の愚かさを。』
『アナタはすっかり忘れて、ここで新たな恋を始めるんでしょ?』
『私の気持ちなんか忘れて。』
『こんなに苦しいのに、辛いのに、嬉しいのに、悲しいのに。』
『アナタは時間が経てば忘れてしまう。』
『だからね…一生忘れられないようにしたの。』
『私の最期を、アナタの目蓋の裏に焼き付けて。』
『絶対に忘れられないおまじないをしたの。』
『だって私は
『私はアナタの夢の中で、永遠に生き続ける。』
「…嘘だ…。じゃあ…一生…?」
『そう。アナタは一生、夢の中で私が死ぬ瞬間を見続ける。』
顔が青ざめていくのを感じる。これからずっと、10年後も、20年後も、彼女が死ぬ瞬間を見せられ続ける。
絶望した。もう何をやっても、どれだけ時間が経とうとも、彼女の死を忘れる事ができない。
『だめだよ。』
絶望など、させぬかのように頭の割れるような頭痛が始まる。その痛みは、一歩も動けない程に。
『自殺なんてさせない。絶望なんてさせない。だって私は、こんなに幸せなんだもん。だから、アナタも幸せでしょ?』
目蓋の裏で、彼女が笑う。血まみれの顔で。
目を背けられない。夢の中で、僕の自由はなくなった。
それでも、眠くなる。目をつぶれば心地よく、布団に体を預けると力が抜けていった。
『眠ったら、また夢を見せてあげるから。今度は沢山、私が死ぬところを見せてあげるから。だからね?』
『私を愛して?ね?』
シチュエーションは思いつくのに見合ったキャラが出ない。
バンドリのさよひなにオリ兄貴ぶっ込んでヤンデレ化させるお話思いついた。(唐突)誰か書いてくんねぇかな。