ヤンデレが包丁を振り回すになったのは、一体いつからだ
ヤンデレの相手が監禁されながら、縛られている両の手に
血を流し、所有物になっていったのは?
「ただいま。」
「お帰りなさい。」
家の前で掃き掃除をしているこの人は、かの有名なアーサー王物語に登場するアーサー王その人。
僕の祖母は魔法使いだったと言われている。祖母の書斎には沢山の魔法陣のようなものが書かれた本が置いてあった。
その中で一枚だけ紙に描かれたものがあった。持ち出しやすく描きやすかったその絵は、僕が悪ふざけでよく描いていた。
そのうちの一つから輝かしい光を帯びて現れたのが彼女だった。
アーサー王は男じゃなかったのかと疑問に思うこともあったが、しばらくしたら気に留めなくなっていった。
「む…。マスター。」
「な…なに?」
「顔に痣が…。」
「ああ、これね。余所見してたら電柱に激突してさ。凄く笑われちゃったよ。」
「そうですか…。では食事にしましょう。今日はなにを作るのですか?」
「そうだなぁ……。」
彼女は僕に命令を求めてきた。たぶん使い魔のような状態なのだろう。
だから僕は彼女に何がしたいかを聞いた。そして得た答えが現代を学ぶということだった。
僕は彼女のために色々とやりたいと言ったことをやらせてあげた。主従の関係ではなく対等な存在として彼女に接した。
「マスター。今日私は自転車で街を走りました。」
ハキハキと威厳を持った声色で彼女は今日やった事を話した。しかし彼女の目から伝わってくる子供のような目の輝きが、僕を微笑ましくさせた。
「そうか。どうだった?」
「とても良かったです。馬よりは遅いが餌も水も必要ないし疲れて止まることもない。ばらんすを取るのはとても難しかったのですが、慣れてしまえばとても楽しいです。」
「良かったなぁ…。」
両親が仕事で遅く、一人で食べていたのが少し楽しくなった。
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田舎の高校だと、度々暴力沙汰が起きる。僕はその被害者になることが多い。
原因はこれといって特にない。ただのストレスのはけ口なのだ。
社会とはバランスをとって成り立っているもの。誰かが得をすれば誰かが損をする。
学校生活でも同じだ。みんながみんな真面目ではない。真面目になればなるほど、ストレスが溜まる。そのストレスを吐き出すためのものがいる。それが僕だ。
こういうことは定期的に行われる。代表が僕を殴り他がそれを嘲笑う。
人には見えない所を殴り、時折見える所を殴られ、バレるかバレないかのスリルを楽しむ。
ズキズキと痛む身体を引きずって帰路につく。先生は止めない。なぜならこの原理がわかっているから。
思えばいつも貧乏くじを引いてきた。でも仕方がない。誰かが泥を被らなければ誰かが輝くことは出来ない。それがたまたま僕だっただけだ。
「お帰りなさい。マスター。」
「ただいま……。」
両親にも彼女にもこのことはバレていない。それが一番いいことだと思っている。
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「マスター!」
彼女が倒れている僕を見つけた。きっかけは些細なものだった。
『学校とはどういう所ですか?』
『えっ……?』
『勉学に励む所と聞いていますが…私もいってみたいです。』
『無理だよ……。』
『しかし…。』
『いいから。学校へ来ちゃダメだって前から言ってるでしょ。』
『…………わかりました。』
あの時僕が声色を変えて言い過ぎなきゃ良かったんだ。だから彼女の好奇心を逆なでしたんだ。
「なぜ!学校とはこういう所だったのですか⁉︎」
「いや…。違うよ……。」
「しかし…!聞いていたことと違います!言ったではありませんか!皆が皆、苦労や達成感を共にするところだと!」
「落ち着いて。確かに学校は勉学に励む場所だ。それと同時に…社会を学ぶ場所でもあるんだ。」
「社会……?」
「そう…。社会はね…バランスを保たなきゃいけないんだ。どんなに幸せを願っても誰かが不幸にならなきゃいけない。それが僕だったんだよ。」
「しかしそれでは不公平だ!人は誰もが幸せになるべきものだ!」
「アーサー。君のいうことは正しい。しかし正しいことを述べるのはいつもごく僅かな人達だ。何故だかわかるか?」
「……………。」
「正しいかどうかは他人が決めるからだ。たとえ国の隅で沢山の人が死んでも平和だと周りが決めつければ平和になるんだ!正論を述べれば綺麗事だと笑われ、間違ったことをしても周りが擁護すれば間違っていない。」
歯止めが効かなかった。彼女は正しい事をしていて、僕は間違った事をしているのだろう。しかし止めることはできなかった。僕と同じ道は彼女には歩んで欲しくない。
話を聞き入れてもらえず、誰の気にも止まらない孤独感と虚しさ。彼女には味わって欲しくはない。
「………………。」
「大丈夫だよ。僕は大丈夫。もうやられなれてるさ。君は気にしなくていい。君のせいじゃないんだからさ…。」
そのあと僕はアーサーに肩を借りて帰った。治療をするときに、彼女は僕の青アザだらけの体を見たが、黙って治療をした。
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アーサーは今一度考えた。本来使い魔として呼び出された私が、自分の意思で行動し、現代を学んでいる。それは私を呼び出した彼の意思だ。
しかし彼は私の知らないところでけがを負っていた。傷を受けていた。
使い魔は主人を守るものではなかったのか?
そもそも正しいものとは何だ?周りが正しいと決めたものは正しいのか、誰にも流されず、本質を見抜いた発言は綺麗事なのか。
どうすれば彼は幸せになれる。どうすれば彼は報われる。正しい事を述べている彼を救うにはどうすればいい。
「…………そうか…。」
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昨日のダメージが残っていたせいか、だいぶ遅刻してしまった。両親もアーサーもいなかった。一分でも早く着くように自転車を漕ぐ。
「 …………?」
先生に話す言い訳を考えていると、校門のあたりで騒いでいる警察官達がいた。
「あの……。」
「ん?ああ。君はこの学校の生徒かい?」
「はい。……何かあったんですか?」
「あ〜すまんねぇ。ちょっと言えないんだ。」
警察官に誤魔化されていると、校内放送が入った。
《え〜本日は緊急につき休校とさせていただきます。生徒の皆さんは速やかに下校してください。》
ぞろぞろと学校の生徒達が慌ただしく出て来た。普通、休校になったと聞けば喜ぶものだが誰一人として喜んでいるものはいなかった。
僕は帰ろうとする男子生徒に訳を聞こうと思った。
「あの……。」
「うおっ⁉︎……な…なんだよ……。」
「何かあったんですか?みんな気分が悪そうですけど…。」
「ああ…。お前は今来たのか?」
「はい。そしたら校内放送があって休校って言われたんですけど……。」
「あのな…実はな……
人が殺されたんだよ。」
「えっ?」
「それも一人や二人じゃない。まるまる一クラスだ。俺やばかったよ…。間近で見ちまってさ。真っ二つに切れてたり壁に叩きつけられたりしててよ……。うぇ…気分悪くなってきた……。」
「………………。」
「お…おい。大丈夫か?」
「あ……はい。すいません嫌なこと聞いちゃって。」
「ああ…。あんま無理すんなよ。」
平常心を保てなくなり、頭が混乱していた。彼が立ち去ろうとした時、僕は彼を呼び止めた。
「あの…。」
「ん?まだなんかあんのか?」
「その…クラスってどこのクラスですか……?」
僕は全速力で自転車を漕いで家に戻った。単純に嫌な予感がした。
大量虐殺された生徒のクラスは僕のいたクラスだった。
「お帰りなさい!マスター!」
家に帰ると、上機嫌なアーサーが返り血を浴びた後のある鎧を身につけていた。
「アーサー……?なんだ…その血……。」
僕が彼女に返り血の正体を聞くと、彼女は笑った。
「マスター!お喜びください!これでマスターを馬鹿にするものは一人もおりません!」
僕は壁に寄りかかり、そのまま膝を崩した。
「なぜだ…何故こんな事をした!」
僕は彼女に初めて怒りの声をあげた。すると彼女は神妙な顔つきで僕を見た。
「マスター……。あなたは間違っている。」
「何がだ!」
「マスターは周りが正しいと認めれば正しいとおっしゃいました。しかし違う。
あなたが全て正しいんだ。マスター。」
「……え…。」
「マスター。あなたはいつも絶対に正しかった。しかし周りはそれを認めなかった。それは何故か、彼らは自分自身を間違っていると認められなかったからなのです。だから正しいあなたを間違った方向に引きずり込もうとした。」
「しかしご安心ください。私はようやく自分のやりたい事を見つけました。それはあなたをこの世の王にするためにあらゆる敵を排除する事です。」
(ごめん…アーサー……。)
彼女はずっと悩んでいた。使い魔として召喚され必死に僕の役に立とうとしていた。そして現代を学び、正しいことが言えなくなった世の中で、正しい事を言い続ける僕をどうすれば救うことができるか。
悩んで悩んで。そして答えを得た。
この現代を変えてしまおうと。
「さあ参りましょう!あなたが理想とする世界を私たちの手で切り開くのです!」
「あなただけがこの世で正しい人物だ。民があなたの言葉に従えば必ずこの世界は平和となるでしょう。」
(すまない…僕も間違っていたんだ。僕がもっと縛り付けておけば……。)
もっと使い魔らしい使い方をしていたら、対等に扱っていなければ、こんなことにはならなかったのに……。
「さあマスター……
ご命令を。」
そんなんじゃねェだろ!!オレが求めたヤンデレは
包丁を振り回さないからこそ、病んだ心に臨む事!!
感謝するぜ、ヤンデレ出会えたこれまでの全てに!!