「フリード様は?」
「艦長室で不貞腐れてる。ステラ様でも閉め出された。取りつく島もない」
「こっ酷くやられたからなあ。雨龍相手では過去最悪の出来だろ」
「仲間の回収はどうだ?」
「一応集合予定地に部隊は割いたが、芳しくなさそうだ。雨龍軍に捕まったか堕とされたか。逃げ切ったフレスベルク隊がどの程度拾って帰れるか次第だよ」
「久々に大反省会と追悼式待ったなしかー」
「まずい酒になりそうだ」
略奪した成果はゼロではない。
しかし、空賊団フォボスでは敗戦ムードが蔓延していた。
雨龍空域離脱より半日が経過し、おおまかな戦報が上がってきている。
撃墜された小型機は119。これは無人機であり、消耗品とも言えるもの。これは逃走の際に雨龍軍に向けて自爆させたものも含まれる。
会計担当は頭を抱えるだろう数の損失ではあるが、戦闘部隊としてはあまり重要ではない。
重要なのはここから先。
中型有人戦闘艦で喪ったのは20隻。
これは大型戦闘艦の直掩機にあたるもの。うちおおよそ半数では乗員が脱出しており回収もできているが、残る半数は未回収もしくは機体と運命を共にした。現時点で44名行方不明。
さらに、大型戦闘艦でフォボスの主力戦闘艦であるギガントを5隻喪失。
新型の大型戦闘艦フレスベルクも1隻墜ちて1隻航行不能のち拿捕。
同じく大型支援機のペナルダンもやはり3隻が雲間に消えた。
それとは別に、ギガントが更に1隻雨龍軍に拿捕されたのを確認している。
これらから回収した人員を差し引いても、約240名が行方不明になった。
加えて、回収できたものの重傷で長くない者も少なくない。
これだけ消耗して、得たのは輸送船1隻に満たない量の古着である。
惨敗もいいところだろう。
雨龍が拘束した団員がどれほど解放されるかはわからない。
雨龍を攻めたのはこれで7度目になるが、今までに戦死者は出したことはあっても拘束された者が出たのはこれが初。
近接攻撃部隊を載せた突撃艇を寄せ付けない艦隊戦ばかりで、舷側を触れ合わせる接近戦に至ったことすら初めて。
雨龍がどう対応するかはわからないが、何度も攻め寄せた過去があるので、全員空の底への紐なしバンジーでも驚きはない。
ご老体では頭を抱えたくもなるだろう。
歴戦の古強者が率いる大所帯の空賊団としては、久しぶりの大失敗でもある。
この1敗で空賊団が崩壊することは今更ないが、後に引く負けだ。
「あんの小娘風情がああああ!」
なにかを叩き壊す音とともに、ドスの効いた怒声が艦内に響き渡る。
魔法でも行使したのか、雷のようなスパーク音すら聞こえ始めた。
「あー、いかんなこれは。女子供はしばらく団長から遠ざけないと」
「だな。艦内放送使わずにどうにかしないと」
「じゃ女子供は艦長室から一番遠い3番発艦口に集めてくれ。先行って輸送準備してくる」
「よろしく。急いで探して全員向かわせるわ」
艦長室の階下、幹部詰所で失意の団長フリードの様子を伺っていた2人の幹部は、いらぬ被害を増やさないよう、そそくさと行動を開始した。
+++
「よかったー! お姉ちゃんのあったー!」
日も完全に暮れ切った雨龍軍駐機ドックの片隅で、スプリンクラーを浴びてずぶ濡れになった洗濯物の山が仕分けされ続けていた。
その中に目当てのものを見つけたイロハは、喜色満面である。
「ない……ない……これは違う……」
「これ、じゃない、似てるけど違う、どこだ」
こちらはアゲハと和葉の師弟コンビ、洗濯物を請け負った洗濯屋とともに格闘中。
雨龍内で洗い、すすぎまで行ってからハンガー等にかけて、そのまま筒雲の外へ持ち出し、脱水をかけて干す。
そのため、どれが誰のという識別タグはついているのだが。
いかんせん量が多いので探し出すのも一苦労。
しかも一部は持ち去られているため、自分の洗濯物が残っている保証もないときた。
雨龍軍のドックでそんなことをやっている理由は、これがフォボスから拿捕した輸送艦に移動されていた分の洗濯物だからである。
襲撃され奪還した洗濯船用のインペリウムに残されていた分は既に確認済みであり、ユウヅキさん他何名かの女官の洗濯物はそちらから発見された。
アゲハさんたちが漁っているのは、インペリウムに残されていなかった分ということになる。
そんなことを、アセロラはエスメラルダの望遠機能を使って覗いていた。
アセロラは洗濯物盗難に遭ったわけではないのでこれには関係がない。
「で、いつまでそこに座って溶けてるんですか、ユウヅキさん」
「監視の目がないっていいですよねー」
「人の船でなにをおっしゃる……」
「人の船ですからねー。映像や音声が雨龍に残りませんから」
エスメラルダ上部艦橋の、戦闘中にユウヅキさんが陣取っていた席で、背もたれを大きく倒し、国民が見たら相当幻滅するだろうあられもない姿で、雨龍の高級巫女はぐんにゃりと腰を落ち着けていた。
これ、直接会ってまだ半日も経っていないのだけど。
「なんというか、距離近過ぎません?」
「あなたの本性はもう暴きました。警戒不要ですので」
「どういうことですか、それ」
「ひ・み・つ、です」
そんなことを言われてもどう反応すれば。
「反応に困っても口には出さないところがあなたの良いところですよ」
「いやいや……」
「数少ない1対1の時間ですよ。聞きたいことを聞けばいいのです。ここはあなたの船で、エスメラルダの上部艦橋を覗き込める高さの通路はこのドックにはありません。私の護衛も今は下で作業中です。恩義もありますし、気持ちはオフですし、口は軽くなるかもしれません」
たいそう自由な人だとアセロラは思う。
こちらが素の姿なのだろうか。
「それに、同じ火の系統の魔力を操る魔女ですから、お近づきになって、意見交換できればいいなと思いまして」
「業火の導きでしたっけ。私より強い魔法でしたよ?」
「あの魔法は別ですが、普段の私は、神術とか仙術とか妖力とか、そういう不思議な加護のようなものでなにか起こしてるってことになってるんですよ。魔力ではなく」
「はい?」
「小さいころから祈るフリしていろいろ変わったことを起こしてたらですね、どこでどう勘違いされたのか、神童だとか、神稚児だとか、太陽の巫女だとか、豊穣の申し子だとか、そういうものに祭り上げられまして」
「え?」
「全部自分の魔力を起点に事象を起こしてるんですが、持て囃されているうちに引くに引けなくなって、そういうことになってます」
さらっととんでもないことをカミングアウトしたぞ、この巫女。
「在り方としては魔女に近い人種なんですよ、ユウヅキという人間は」
「え、でも、イロハさんとかアゲハさんとか普通に魔力行使してましたよね? わからないものなんですか?」
「私が魔力を持っていることは皆知っていますよ。問題はそこではないのです。実演した方が早いですね。ちょっと浮遊魔法をかけますよ?」
ユウヅキさんは手を合わせ、なにかに祈るような仕草を見せた。
途端、アセロラの体がふわりと宙に浮き、ゆっくりと天井まで昇って、そのままゆっくり降りて椅子に戻った。
「魔力を使った様子、ありました?」
「いえ、綺麗サッパリ平穏そのもの。全くなにも」
アセロラとて魔女の端くれ。
人体に流れる魔力の流れを見るぐらい朝飯前。
そのはずなのに、ユウヅキさんからは魔力を行使したような揺らぎをなにも感知できなかった。
「つまりそういうことなんです。自分では魔力を使って事象を起こしているんですが、他の人から全く感知されないのですよ。理由はよくわかりませんが。業火の導きクラスの、艦隊丸ごと広範囲、みたいな魔法だとさすがに感知されますが、逆に言えば、あのぐらいのことをやらないと魔力でなにかしていると感知されないんですよ」
ユウヅキさんの業火の導きは、対峙していた空賊団フォボス全体を射程内に収めていた。
対象空間を相当広範囲に設定してようやく感知されるレベルということか。
暗殺者にでもなればいいのでは。
「特大規模の魔法だと感知はされますが、あそこまでとなると、なまじ魔力が感知できるぶん、不思議な事象ではなくなるんですよ」
「あー、それはわかるかも」
魔女であるアセロラが魔力を行使して火の玉を作って見せても、それは不思議ではないだろう。
アセロラが火の玉を出せるとわかっている状態で、アセロラがなにもしていないのに火の玉がそこにある、となればそれは不思議に見える。
「それで、祈りの力で不思議なことを起こす人、ってことになってます。魔力のことをどう打ち明ければいいのか」
「なにか問題があるんですか?」
「元が勘違いのようなものから始まったことなので、罪悪感が」
「私にばらしてしまってもいいことなんですか?」
「むしろアセロラさんぐらいにしか話できませんよ。雨龍の人に今更言ったところで信じてくれませんから。なぜ私の魔力が感知されないのかは不思議のままですし」
ユウヅキさんのそれは明らかに特殊な性質。
それを隠し通せるのも凄いことだと思う。
「変わったことって、どんなことをやったら祭り上げられるまでになったんですか?」
「滝を逆流させたり、花木を季節を無視して全部花咲かせたり、田畑に蒔いた種を一晩で実らせたり、雨龍の筒雲に大きな風穴空けたり、雨龍を3日続けて晴天にしたり、若気の至りでいろいろと……」
「祭り上げられて当然過ぎる!」
あれだね。
天才型とか器用万能型とかそういう方向なんだね、この人。
ユウヅキさんが挙げたことって、どれかひとつとっても、やろうと思って簡単にできることじゃないからね。
それほどの規模の事象を起こしても魔力感知されないってどういうことなんだ。
魔力感知云々以前に、素材の時点で桁が違う。
魔力で起こしていると教えてもらったアセロラでも信じがたい。
でも実際にやって(やらかして?)しまったんだと、疲れた肩が語っている。
「それだけのことをできるのに魔力を使う痕跡を感じさせないとなると、魔力じゃない神秘的な力の方が信じるでしょうね」
「だから困ってるんですよ」
「不才の魔女には解決できません。ごめんなさい」
「ご無体な」
「持つ者の代償だと思いますよ? 重職に昇った過程はどうあれ、実力からして一般人にしておいたら雨龍にとっての損失でしょうから。そんなに気に病むことはないんじゃないですかね」
民間の戦闘艦で出撃してるのに雨龍軍の指揮権を握れるという馬鹿げた越権行為を行えてしまうあたり、権力の守備範囲が広過ぎる。地位で済むレベルじゃないだろうに。
実務や政務でも頭角を顕していたから現在の地位に座っているはず。
ただ不思議な力を持っているというだけでは、そんな重職にまで出世することもないだろう。
能力だけの一発屋ならお飾り神官として祭事担当にでもすればいいのだから。
それに、過去しでかした事象に照らして考えると、たぶん、ユウヅキさんが魔力を全開で暴れたら静止できる人はそうそういないだろう。
ユウヅキさんの能力に裏はあるが、タネが割れて弱体化する類のものでもないし。
「私が言えることとしたら、バレた時のために、なるべく恨みを買わないようにしておくべき、というぐらいですかね?」
「やっぱりそのぐらいですよね」
落胆しているような口ぶりだが、どこかすっきりしたような印象がユウヅキさんにはある。
よくよく考えると、ユウヅキさんが一方的に隠しごとを喋りまくっているだけのような。
「喋りにくい愚痴を吐き出すために居座ってません?」
「バレました?」
ユウヅキさんはちょろっと舌を出してウインクして見せた。
「でも、お近づきになって話したかったのも事実ですよ? 魔女の来訪者なんて、記録にもほとんど無いはずですから」
「間の抜けた魔女ですいません……」
「そのおかげでフォボスに痛撃を与えて撃退できたんですから。良いことではありませんか」
ヤバいネタ告白されて心中かなり複雑だけれども!
「隠し事を共有できる人が1人でもいてくれれば、心軽くなりますから」
「共有させられたんですけどね」
隠してることを喋ってしまいたい欲求は理解できる。
なぜ私、というのも、雨龍に縁がなくて先入観を持たず、自身に似た属性の魔女、とまで要素があれば好物件か。
ひとつ大きな戦闘を肩を並べて戦ったことがあるにせよ、会って半日も経っていないのにそこまで信頼を寄せられた理由はよくわからないけれど。
「誰か雨龍関係の人に魔力のことを喋ったりしなかったんですか?」
「アゲハにはこのことを喋ったことはあります。全く信じてくれませんでした」
「あらら」
「なので、実質、アセロラさんしかこのことは知りません」
「うわぁ……」
暴露された秘密の重さがさらに重くなった。
何年来の悩みかはわからないけれど、もうちょっとほかに喋れる人はいなかったのかと。
なにより、ほぼ初対面の人に話すことではないだろうに。
私がこれを暴露したらどうするんだ。
「アセロラさんは暴露しませんよ。誰も信じないですし、メリットがありません。暴露したところで、雨龍に居辛くなるだけですし」
「心読むのやめてもらえません!?」
ユウヅキさんのこちらを見透かすような言動がどうも苦手だ。
こういうところが不思議な力扱いの補強をしてるんじゃないかなあ。
「話は変わりますが、アセロラさんは、膨大な魔力を蓄えた雲をお探しだと、調書に書きましたね?」
「書きました」
アセロラはラモンド中を旅して回っている。
その目的は大量の魔力を含んだ黒雲を発見し、自らの力とすることである。
「思い当たる節がありまして。というより、それかもしれないものを発生させることができるというか」
「嘘ぉ!?」
「ご期待に沿えるかはわかりませんし、雲と呼称して良いのか怪しいのですが」
「違ってもいいので教えてください! 是非!」
思わぬ形で、幻の黒雲が見つかるかもしれない。
iPad mini2を最新機種の2019版miniに買い換えたのと微妙に寝付きが悪くて筆が進んだ。
ついでに天クラの即の速度と待機精度も上がった。
あと天クラはiOS8.0が最低ラインになるそうな。
サブタイ元ネタ
リーブル(2016年ハロウィン)のサポスキル。
【無】攻撃力の上昇値が高い撃墜中を含む敵2体の攻撃力を極端に下げ、さらに敵船団のチェイン数を-5させる
TP40で2回使用開始。登場時点でもやや微妙性能。
拠点スキルどうなるんやろなー。