あと1話で終わり予定。
アセロラという魔女は、炎と熱に強みを持つ魔女である。
同系統でよりスキルの高いユウヅキさんの力量を目の当たりにして軽く自信を喪失したが、引きずり続けてはいられない。
努力の才があってもどうにもならないことはどうにもならない。魔女という生物は才能素質に大きく左右される。
己が魔女という種族の中では非才の側であることは重々承知しているのだから。
だからというわけではないだろうが、意味もなく焚き火を熾し炎が揺らめくのをなんとなく眺め続けることが好きだった。何昼夜とぶっ続けでただ眺めていたことすらある。
自分との対話であり、あるいは不出来を直視したくない逃避でもあった。
内なる炎の呼び声を、形にする。
魔道具作りはいつものことだが、これから作るものは超高精度での魔力操作と火力調整を要求される。
1発で決めないと集中力は保つまい。
「成形中に話しかけないでください。冗談抜きで爆発するので」
「それはまた物騒だね」
「火事起こさないでくださいね?」
「善処はします」
獄炎の渦やフレイムテンペストのように、船をも炎上させるような巨大な炎をただ発生させるわけではない。
両手の中に1000度近い高熱を発生させて作業する予定なので、そんな熱量が生身に触れたら炭では済まない。
ユウヅキさんにプレゼントをあげたらどうだ、というアドバイスを受けて3日後。
考えた。大いに考えた。そして準備した。
用意したもの、純チタンのインゴット。
加工して飛行艇のパーツに使われるようなやつ。雨龍軍さん無理言ってすいません。
これを焼き鈍しをしながら粘土のように成形する所存。
借りてきた火鉢に、木っ端微塵になるまで燃やして作った藁灰をどっさり入れて準備完了。
「とんでもないこと考えてるね」
「似たようなことは何回かやったことありますから」
「頼むよ?」
お目付け役の蝶夜さんはしょうがないとして、アゲハさんまで見に来ることもないだろうに。
雨龍領域内で魔女がなにかやり始めるのは見過ごせないということもあろうが、たぶん暇なのだろう。
「ふぅ。じゃあ始めます」
チタンの溶融温度は1668度。そこまで上げると粘土状にして加工できないので加工温度はもっと低めに。
全身に防熱防炎の魔力コーティング、右手だけに高熱を、左手には耐熱のみ。
手と手を握った腕の輪の大きさで、アセロラだけの
内部条件は無酸素無窒素無水蒸気。炉内をアセロラの魔力で満たして外気を置換し、その上で魔力炎で内部温度を上げる。
加工に酸素窒素水分が在中すると変色するチタンであっても、これで好きに加工できる。
炎に長けるアセロラの特性は、同時に熱への耐性として現れる。
いかに猛火を扱えようとも、それで身を焦がす者は扱えるとは言えない。
心頭滅却せずとも火を涼しく扱えなければ未熟者。
そしてアセロラの炎熱操作技術は、大量生産に向かない代わりに金属加工の自由度で大きく秀でる。
……あくまで、手で作れるものに限る。微細な超精度を求められるものは無理という対応幅の狭さ。
手で作れるなら割となんでもできるとも。
道具は使えない。
真空空間1000度オーバー環境で手のひらサイズで使用され続けることを前提とした道具なんてものはない。そんな道具を必要とする人物なんて、アセロラを含めて世界に5人といるまい。
だから、平面が作りたいなら、都度都度で魔力で平面板を作って押し当てる。曲線を作りたければ曲げて覆う。
アセロラの金属加工は、手の中の
その鋳物を型ごと中身ごと好き勝手修正し試行錯誤し完成に近づける。
++++
暑くない。
むしろ涼しいぐらいのはずの気温。
それでもアゲハはうっすらと首筋と額に汗が生じるのを感じていた。
アセロラは加工で生じる熱を一切漏らしていないというのに。
鬼気迫るような緻密な魔力操作と熱管理にあてられてしまっている。
アゲハの腕には、手の甲から肘の辺りまで軽度の火傷の赤味がある。
猛火を纏わせた刀を長時間振るうと、日焼け程度のものだがいつもこうなる。
自分で防護できる耐性を超える熱量を扱っている証拠。水ぶくれを作ったことも少なくない。
一方でアセロラは、おそらくアゲハが出せるよりも高い熱量を完全に制御してプレゼントを作っている。
思えば彼女の肌は火傷跡もない綺麗なものだった。
「あれを見させられると、あたしの火の扱いは未熟だと思わされるね。見かけによらないというか、さすがに魔女と評価するべきか」
「見栄えはしませんが、相当な技術です」
戦闘向きの性格はしていないとは思っていたし、事実個人としての戦闘力は大したことはない。
おそらくこっちの厳格で精緻な炎熱操縦がアセロラという魔女の本領。
金属の溶解、鋳造、プレス、成型、その全てを個人の能力だけで司る。周りを全く汚さずに。
「いくつ魔法を同時に作用させてるのか、蝶夜ならわかる?」
「熱気を遮断する球形結界の作成、内部の熱維持の炎維持、手に高熱付与、体に耐熱付与、魔法板発生最低2枚、で6つを同時に維持しているのは確実です」
「系統違う魔法をよくそれだけ重ねるものだ」
6つと蝶夜は言ったが、時々アセロラは空中に作成物を固定している。
更に2、3の魔法は重ねて使っていそう。呆れるほどの集中力。
「コップ、ですよねおそらく」
「取っ手を付ける気はなさそうだからタンブラーじゃないか?」
「だとすればなぜわざわざあんな変な作り方を?」
「二重構造にしたいみたいだね」
空中に円柱状の魔力結界で型を作り、それに薄く延ばしたチタンを被せ、さらにタンブラー状の魔力結界で覆って折り返す、という方法でアセロラは成形しているのだが、どうしても納得できない様子。
「さすがに顔色悪くなってきてるねえ。そろそろ限界近いか?」
「軽く2時間は過ぎてますからね」
「もうそんなに経ってるか」
魔女の場合は知らないが、人間の集中力は90分が限界とされる。
しかしそれは概ね単一の事象に対しての集中力であり、複数同時に行動を起こしながら簡単にできることでもない。
魔導や魔法の同時発動自体は慣れればできることだが、それを維持し続けることはひとつふたつ難易度が上がる。
同時発動された数が増えれば増えるほど飛躍的に消耗が激しくなるし、その中の特定のひとつの出力だけを上げたり下げたりなんてことはより難しくなる。
アセロラがやっていることは、走りながら右手で絵を描き左手で文章を書き口は喋りっぱなし、そんな曲芸。しかも変にミスしたら爆発の恐れあり。
「ああああああああっっしゃああああ!」
突如アセロラが奇声と共にバッタリ仰向けに倒れた。
そして仰向けになったアセロラの腹の上に完成品らしきものが浮いている。
「おーい、生きてるー?」
「魔力が魔力が魔力が」
「うん、まだ余裕ありそうだね」
「いやいやいやいや」
「お疲れ様です。飲み物要りますか?」
「冷たいお茶あったらお願いできます?」
「もってきましょう」
相当疲れているのか、アセロラは起き上がる気配を見せない。
光沢のないほんのり暗めの銀色をしたタンブラーは、アンティークのような趣もある。
陶器が粘土を捏ねて形を作ってから窯で焼く、鋳物は型に溶けた金属を流し込む。
アセロラのそれは、焼きながら捏ねていた感じ。なんと呼ぶべきか。
「これで完成かい?」
「これからゆっくり冷まして、あとふた手間ぐらいかけますよ。このままでも使い物にはなるんですけど、女性に渡すにはまだ無骨過ぎるので」
「そうかい? 味があっていいと思うけど」
「素材の性質上、あの方法だとどうしても表面に細かい凹凸は残っちゃうんですよ。それも味ではありますけど、唇が触れる範囲は鏡面とまではいかないまでも研磨しないと」
「案外凝り性だったのか」
「プレゼントの出来に人生懸かってるんで、手は抜けないですよ」
アセロラは疲れた顔で笑いながら、火鉢の灰の中にタンブラーを沈める。
なかなかのくたびれぶりに、プレゼントを提案した本人として罪悪感が芽生える。
「いっそ雨龍で炭焼き職人にでもなればいいんじゃないか? その温度管理能力があれば炭がいくらでも作れそうだけど」
木材の豊富な雨龍にとって、炭は重要な特産物である。
料理や鍛治や土壌改良剤に使用されているし、ピンポイントなところでは除湿や消臭にも。
良質な炭焼きのための温度管理は容易ではないし、どうしても雨中の伐採が増える気候条件であり、林業共々人気がある職とも言い難い。
アセロラの才能は、高性能着火剤かつ温度管理の達人として重宝されるものだ。
「いやいや、そんな長時間は魔法使い続けられませんって」
「向いてると思うけどねえ」
「長時間同じところにい続けないのはちょっと。汚れるのも好きじゃないですし」
にべもしゃしゃりもありゃしない。
「花炭ぐらいは作れるだろう。焼く時間短いし」
「なんですか、それ」
「瓢箪とか、松笠とか、団栗とか、それこそ生花とか、形を残したまま炭にするんだよ。インテリア用かな」
「ほえー。今度調べてみます」
「アセロラなら相当面白いものも炭にできると思うよ」
窯を用意したり特別な道具を用意したりする必要すらないだろう。
燃える固形物なら如何様にもできるはず。
蝶夜が冷たいお茶と茶菓子を満載して戻ってくるまで、アセロラは寝転がったままだった。
++++
必死になってインゴットから変形させて作ったタンブラー。
それを火鉢に藁灰と一緒に放り込んで36時間ほど。アセロラが疲労から復帰するのにかけた時間も同じぐらい。
ユウヅキさんとは夕食こそ一緒に採ったが晩酌までは付き合わず。というか夕食の時点でハイペース飲酒に逃げた。疲れていたので酔いのまわりも早かった。
そして翌々日の午前、アセロラは再び「カラクリ右衛門」の戸を叩いていた。
「いらっしゃい」
「どうも右衛門さん、タケルさん、いつぞやぶりです」
「まあなんだ、着こなしもこなれて、ずいぶん馴染んだね」
「おかげさまで。相当な洗礼を受けていたもので、ニブいのが嫌になります」
「それを知ってなお笑って流せてるんだ、アセロラさんも大物だよ」
「もうそれどころじゃない、もう笑うしかないって感じでもありますけどね」
エスメラルダ買った結果がこの状態なんだからバタフライエフェクトもいいところ。
人生で3回あるというモテ期のうちの1回がたぶん来てる。
悲しいかな相手が女性でアプローチ重い人なんだから笑うっきゃない。
逃げるためにプレゼント作ってるんだからもう人生何があるんだか。
ハッハッハッハ。
「それで、何のご用件だね」
「前に来たときに大きなグラインダーがあったなーって思いまして。このタンブラーの口まわりを鏡面加工にしたいんです。いい感じに削ってもらえないかなって」
以前このカラクリ工房を訪れた際、右衛門さんたちはなにやら大きな金属加工をしていた。
エスメラルダに納入された二輪車の元となった見本機を試乗した際に工房奥へ行ったときにも何台かの工作機器があったのを目撃している。
「んー? チタン製か? こんなもん雨龍にあったか?」
「あ、いえ、自作です」
「自作だとぉ? これをぉ?」
「想像できない」
挨拶した際に軽く手を挙げただけで静観してたタケルさんにすら驚かれるとは思わなかったよ。
製造方法を聞かれたのでかくかくしかじか説明して、鉄片で軽く実演したら呆れられたけども。
「大したもんだ」
「鉄器の作り方にこんな方法があったとは」
鉄片を急いで熱して形作って水にドボンした、少々不格好なショットグラス。
なにか感じるところがあるのか、タケルさんはまだ灼熱のそれを火箸でつまんで観察し始めた。
完成度を全く求めていない品をそんなに大事そうに眺められてもむず痒い。
「魔女の鉄鍋や鉄瓶なんか作ったら売れるかもしれんな。その作り方はそうそう真似できんよ」
「神秘的でいいと思う」
「タケルさんがそっち方向で興味持つとは思いませんでした」
「理外の発想と使い方だった。羨ましくもある」
「羨ましいって感想は初めて貰いましたよ」
「タケルは熱系統の魔法には適性がないからな」
鍋であろうと鉄瓶であろうと、作ろうと思えば作れるだろう。
残念ながら興味が湧かないので、きっかけがないと作ることはないだろう。
細々した魔導具を作る方が性に合っている。そもそも鉄は重いし。
食器から調理器具まで全部自分で作りました!ってのはちょっと魅力的な話に聞こえたけど。
「思いっきり話も時間も逸れましたけど、結局、タンブラーの研磨できます? これ1個しかないので、自分でやってミスすると泣ける」
「鏡面仕上げはできるが、厚さ次第なところがある。中が空洞なんだろう?」
「上縁部から3cmぐらい下までは一重ですし、3〜4mmぐらいの厚さはあるはずなので、たぶん大丈夫です」
「信じるぞ? 中の様子なんて見れないからな」
「削ること前提で意識してちょっと厚めにしたので。やっちゃってください」
「じゃ、タケル、任せた」
「右衛門さんがやるんじゃないんですか」
「誠に残念だが、グラインダーの扱いはタケルの方が上手いんだ。本当に残念だが」
「あらま」
「性に合っていた」
技術教えたら追い抜かれたと。
「タケルさん、時間どれぐらいかかりますかね? あとお値段どれぐらいになります?」
「口周りだけなら鏡面になるまで2時間はかからない。どの程度の範囲、どの程度まで輝かせるかで時間が変わる」
「上から3cmぐらいの範囲で、完全な鏡レベルまではいかなくていいと思うんです」
「なら、段階ごとに聞くことにする。タンブラー借りるよ」
「よろしくお願いします」
タケルさんはひょいとタンブラーをつまみ上げると、作業台に持っていった。
ディスクグラインダーの刃を、なんだろう、ブラシのようなものに変えている。それで本当に磨けるのか?
「魔女さんよ、値段は置いといて、ちーと聞きたいんだが、さっきの鉄グラスを作る方法で、ガラスグラスってできたりしないか?」
「指先サイズのガラス細工自体はやったことありますけど、グラスサイズはちょっと無理ですね。徐冷に時間がかかり過ぎるので。体力持たないです」
手の中で炉が作れるわけだから、ガラスも溶かして固めて、ということは可能。
プレゼントを考える際、ガラス製品も考えなかったわけじゃない。
水没急冷か、常温放置で冷やしておくことができないためボツにした。
小さなものなら藁灰に突っ込んで放置しておけばいいが、大物作りで一定温度を維持して一晩以上継続展開なんて無理。
「残念だな。魔女お手製グラスなんてあったら貴重品だろうと思ったんだが」
「いくらでもガラス工房がある時代に、個人の力だけでガラス溶かしてグラスにしようなんて思う酔狂な人はいないでしょうからね……」
「無理ならしょうがない。研磨の値段だが、こんなもんでどうだ」
「あら存外お安い」
「量があるわけでも難しいわけでも時間がかかるわけでもないからな」
その後、タケルさんから加工度合いを2度確認され、タンブラーの研磨が終わった頃には昼。
空き腹を抱えてアセロラは帰路に就いた。
あともう一手間かけなければ。
炎の呼び声
20秒間、緑属性ターゲットを赤属性へ変化させる
低レア船員がよく持っているミッションスキル。
使い道は最序盤以外ほぼない。
この話を書くために無駄にチタンとガラスや炭や鉄器に詳しくなってしまった。
……昔の人らって、ガラスの徐冷はどうやってたんだろね。徐冷窯使ってたんかな。
調べてわからなかったのでアセロラにガラス製品は作らせていない。
タケルさんがやったのはバフ研磨だったりする。
タンブラーのイメージは株式会社HORIEより。
https://www.horie.co.jp/wn_nijuu.htm
お高くて食洗機使えないけど軽くて良いものです。贈り物にいかが?