「用事はつつがなく終わりましたか?」
「わざわざ外で待つこともないのに」
「目を離してもなにかすることはないでしょう? ならば外で待っていたほうが暇も潰せますから」
本日の外出、お目付け役は和葉さん1人。
ユウヅキ屋敷に移ってからしばらくの間、アセロラが外出する際には、わかる範囲で5人も監視役がいた。
それが次第に減っていき、現在は1人。
フォボス戦以前も以後も観光とエスメラルダの様子を見に行くことしかしてないもんね。フォボス戦を終えた段階で危険度皆無の評価をユウヅキさんが下していたぐらいなんだから、そりゃあ監視も減るよね。
「アセロラ様のこの後のご予定は?」
「どこかでお昼ご飯食べて、タンブラーを入れる箱を探しに行って、それから帰る予定です。おすすめの美味しいお店あります?」
「米粉のパンが美味しい店がありますよ」
「じゃあそこで」
和葉さんに先導されて訪れたパン屋で米粉パンのチキンチーズサンドランチを頂き一服。
箱屋はそもそも存在自体がなかったので、包装紙を扱っている店へ。
ラッピングはユウヅキ屋敷の人たちができるそうなので、散々悩んで濃い蜜柑色の包装紙と布袋と緩衝材を購入。
和葉さんいわく、贈り物の包装ぐらいできないと従者失格とのこと。タンブラーが完成したらラッピングしてもらうことにする。
ユウヅキ屋敷に戻り、取り出したのは事前に純チタンインゴットを板に変えタンブラー状にしたもの。練習用に一重構造で6個作った。
これを空気中で焼く。いわゆるチタンの青焼き。
普通の人ならバーナーでやることだが、そこは炎の魔女。もちろん自前の炎で焼く。美しい青焼きを追求したい。
やったことなんてないので要練習。タンブラーは1個しかないから失敗は許されない。
指先に炎を灯し、いざ。
1個目、炎の範囲狭すぎ温度上げすぎで変色帯を一瞬で素通り。
別の場所をゆっくり焼いて黄→赤→赤紫→紫→青→水色→銀と変化することを確認。
2個目、炎の温度を下げて焼くが、炎が小さすぎて均一に焼けない。
3個目、炎を手のひらサイズに。今度は急いで焼き過ぎて色ムラがひどい。
4個目、炎を手のひら2枚分にしてゆっくり均一に加熱。
いい感じに真っ青に焼けたが指紋の跡っぽい焼きムラ。
5個目、重曹入りのお湯で脂を徹底排除して、手で触らないようにして焼く。まあまあ満足。
6個目、グラデーションに挑戦。派手にミスってマダラ模様に。
コツは掴めた、たぶん。
焼くという気持ちは捨てよう。加温するという気持ちでいくべき。思ったよりも炎の温度は低くていい。
青で止めたいけど、チタン自体が熱を持ち続けるから青くなり始めたらほんのり遠火に。
まだ練習する必要がある。金属用研磨剤で6個全ての研磨、したところでユウヅキさんの帰宅が近くなったので本日タイムアップ。急いで片付ける。
++++
今日は逃げられなかったユウヅキさんとの晩酌。
晩酌時のユウヅキさんは冠も装飾品もなく髪も上げて帯も緩く、ゆったり長い着物は明らかに着心地重視のラフな格好。完全に非戦闘態勢。
対してこちらは、格好こそ内用の大人しい格好だが戦闘態勢。さてどう隠す。
「アセロラさん、最近魔法使ってますよね。なにか隠してますよね?」
「はい」
「そういうことをされるのは、監視されている側として賢明なことではありません」
全然隠せてなーい。
むしろ隠せてると思ってた私が馬鹿というかなんというか。
知られていないわけがないよね、あれだけ魔法使いまくって、あれだけ監視されてて。
「こちらを作っておりました。未完成ですが」
仕方がないので全面降伏の武装解除。
まだ焼き入れをしていないタンブラーを差し出す。
今日中に焼き入れを終えていたらギリギリ間に合ったんだけどなあ。
「コップですか。なにか作っているようだとはわかっていましたが、予想とは違いました。魔導具かと」
「これを焼いて、青くしてからユウヅキさんにプレゼントする予定だったんですよ。今日はうまく焼けるように練習してました」
「え」
「ん?」
「これ、頂けるんですか?」
「まだ完成してないのでダメですけど、ってユウヅキさん!?」
ユウヅキさん、突然とっくりに入っていたお酒に直接口をつけて一気飲み。追撃でもう1合一気に煽る。
待って行動原理が全くわからない。
「ふふ。うふふ。えへへ」
「ユウヅキさんユウヅキさん、顔が気持ち悪くなってます」
「えへへへ。な〜んだ。そっかあ」
一瞬でユウヅキさんの頭と頬が溶けている。酒だけの影響にしては早過ぎる。
もしやこれは照れ隠しなのか。嘘でしょう、効果覿面過ぎやしない?
ちょっと引くぐらいの効果が出ている。
「アセロラさん、今くださいよぉ」
「いや、まだ焼いてないですから完成してないんですって」
「じゃあ今焼いてくださぁい」
「え、いや、まだ練習完璧じゃないんで、変な焼きムラつくかもしれませんけど」
「いいんですよお。早くう」
タンブラーを見る目が据わっている。
お酒こんな弱い人じゃなかったでしょうに。
一気飲みしたせいか。それともよっぽど上機嫌になったのか。
どうも断る選択肢はない様子。
なれば。
「じゃあ焼きますので、お借りしますよ」
「はぁい」
「でも、作り手として引けないラインはあるので準備はさせてください」
「はぁい」
ぽやっぽやと夢見心地になりつつある、見たこともない気配のユウヅキさんからタンブラーを回収。
アセロラ自身にも多少酒が入っているが、やるしかない。
まずはタンブラーの念入りな洗浄。
付着した研磨剤や手の脂を一粒残さず洗浄する。
もちろんカラクリ右衛門でも洗いはしたが、次の工程のためにはタンブラー全体の汚れを落とし切る必要がある。
ひたひたに水で濡らしたクロスで丹念に磨いたあと、重曹入りの沸騰した湯でグラグラ煮てしばし。完全に脱脂されたと信じたい。
湯から上げて温風で乾燥させたら、残る工程はあとひとつ。
ユウヅキさんはこの一連の洗浄を楽しそうに眺めていた。
「では焼きますね」
「はーい」
魔力炎の最たる特筆性は形状の自由さ。
バーナーを特注しなくてもその場その場で好きなように好きな勢いで温度自在の炎を出せるし、直角に曲がる物理法則を無視した炎すら作れる。そこまでする意味なんてまずないけれど。
タンブラーを空中に固定。炎をドーナツ状に、外から内へ吹き出すように形成し少しづつ炙る。何度も何度も穴を潜らせ、少しづつ加温。
タンブラーの色が黄色っぽくなったら要警戒。ここからの変化が早い。
潜らせる速度を上げてタンブラーが炎と触れている時間を減らし、炎の筆で薄く塗り重ねていくように。
「ああ、綺麗な空色です」
「まだですよ」
焼けたのはまだ外側だけだ。
内側も焼かないといけない。T字を上下反転させたような形に炎を作り、内側をブラシ掃除するように焼く。
いくらチタンの熱伝導率が悪くて、二重構造になっているといっても、表側を焼いた熱は多少内側に移動するので焼くのは少し待ってから。
内側底は焼くことを前提にしたからワイングラス状の球形。何度も何度も炎を回して少しづつ。線香花火を落とさないようにするかのごとく。
「でっきたぁ!」
外はメタリカルな空色、内側はユウヅキさんの髪色に近い紫で。
ほぼほぼ思い通りの出来。焼きムラもほぼ無い。私よく頑張りました。
「あとは冷めれば完成で――――、もしかして寝てる?」
ソファの肘掛けにしなだれかかるようにして、ユウヅキさんは静かに寝息を立てていた。
顔の前で手を振ってみたが反応はない。
ふと時計を見ると、今焼いてくれ、と言われてから1時間強ほど時間が経っている。
全く意識をそちらに向けていなかったが、ユウヅキさんの前には中身のないとっくり更に2本。知らない間にかなり飲んでいる。酒の肴も結構減っている。
アセロラは残っていた酒の肴を手早く腹に収めると、部屋を出て従者を、今日の担当である和葉さんを呼んだ。
「和葉さんごめん、ユウヅキさん寝ちゃったから任せていい?」
「ユウヅキ様が客前で寝るなんて嘘ですよね?」
「いや、事実なんだけども」
「睡眠薬でも盛りました?」
「失敬な。そんな勇気はないって」
行先完全に把握されてるのに睡眠薬を入手する手段と隙があったとでも?
「うわ、本当に寝てる。アセロラ様、なにしたんですか」
「昼に磨いてもらったタンブラーのことバレて、この場で完成させろって言われて、こう、炎出してタンブラー焼いたんですよ。炎見て眠くなったんですかね?」
火が催眠術で使われることもあるように、焚き火を眺めると落ち着くように、暗い場所での小規模な火は心を落ち着ける作用がある。この部屋も明るくはないし、そのような作用が働いたとしても不思議ではないはず。お酒も飲んでたし。
「違うと思います。最近のユウヅキ様は、アセロラ様の隠し事が気になっておいででしたから。アセロラ様が危険なことや不穏なことをしていないか、もししていたら立場上でも心情面でも裏切り行為です。気が気じゃなかったんですよ」
「私が何してるかぐらい聞かれていたんじゃないの?」
「変わったことはしているが雨龍にとって危ないことはしていない、としか、皆答えていないはずです。なにをしているかは監視役にはわかっていますので」
「報告上げないでいてくれてありがとうございます」
「いえいえ。我々では心からユウヅキ様を喜ばせるのは難しいですから」
アセロラがユウヅキ宛のプレゼントを作っている。
言葉にすればそれだけだが、先にバラしてしまうと効力も落ちる。
反逆行為ともとれるが、別の見方をすれば、ユウヅキさんへのサプライズを守ったのだともとれる。
「よりにもよって自分宛のプレゼント造りとは思っていなくて、安心して気が抜けたということですか」
「おそらくはそういうことかと」
「難儀な性格してるなあ」
「アセロラさんの前だから寝ても許される、と考えただろうことは容易に想像がつきますが」
「そりゃあ評価が悪化することはないですけど、打算込みなのか天然なのかわかりかねるところですね……」
今までの言動に照らして考えると、無防備さアピールの可能性は捨て切れない。
しかし、眉根弛ませ口角下がりの実に気持ちよさそうな寝顔には、心から安心した様子が窺える。
あの一気飲み×2は、頭の処理能力を超えてどういう反応をしたら良いのかわからなくなったから酒に逃げたと考える方が自然に思えた。
作業中もほとんど口を挟んでこなかったことと飲食物の減りを加味すると、もしかしたら嬉しさのあまりゆるむ顔を取り繕う方に気合入れていたんじゃないだろうか。あんまりユウヅキさんの様子は見てなかったけど。
「アセロラ様はこの後どうします? 必要ならお酒と酒肴を追加で用意しますが」
「部屋戻って寝ますよ。集中して作業したので疲れました」
「本来ならお部屋までお送りすべきところですが、必要ですか?」
「今更ですし、足はしっかりしてますし大丈夫ですよ。ユウヅキさんをお願いします。あと、タンブラーは残していきます。枕元にでも置いてあげてください」
「かしこまりました。少々廊下暗くなっておりますので、足元お気をつけてお戻りください」
「おやすみなさい」
プレゼントも喜んでくれそうだし、肩の荷が降りてこっちも気分が少し楽になった。
今日はよく眠れそうだ。
ディア・ギフト
【無】撃墜中を含む味方全体の攻撃力を極端に大きく上昇させ、さらに敵が使用する次の攻撃スキルダメージを4回分大きく軽減する 自身が直前に「ディア・ギフト」を使用した場合、消費TPが0になる ※ストック可
2020年ホワイトデーガチャで新登場のバリバリ現役級スキル。真価は同様のスキルを集めてこそ。
個人的な天クラ放り出した理由の一角。
前回のホリエ製チタンタンブラーは化学処理による発色。
今回のような直火焼き発色のものはクラフトアルマジロ社を参考にしました。
https://www.craft-armadillo.com/html/titanium-cup.html
クラフトアルマジロ社のものは明らかに男性向けというのは置いといて。