15話 ザビエラ村の吸血鬼
ガリア王国ザビエラ村。
アドルフ・ヒトラーの特命を受けたアインザッツグルッペは、所有していた異端審問官の権限を持ってザビエラ村へ、調査に入った。
立ち入りに関しては、外交上揉めに揉めたが1時間程の立ち入り許可が出た。
アインザッツグルッペの兵士達は、ガリア側の目付の監視をしつつ、旧ナチスドイツの医官や学者たちが、アインザッツグルッペの兵士の案内を受け速足でその場所に向かう。
焼け焦げた民家の中に入っていく。
衛生医学総監ロベルト・グラヴィッツ親衛隊大将。
旧ナチス親衛隊隊員の吸血鬼化計画の責任者だった男であった。
「どうだった?」
グラヴィッツ大将の問いに学者たちは首を振ってこたえる。
「この死体はアレキサンドル、この村の人間だったようです。ご覧のように状態は悪くほぼ灰になっています。もう一体はその母マゼンタ、こちらは人間でした。」
「今回も当てが外れたか。」
かつて、吸血鬼の死体を用いて行われたナチス吸血鬼化で、一定の成果を出したものの、以後リクセンブルク衛生医学総監部では吸血鬼研究が行われていたが進展は無かった。
ナチスにおける亜人学は、一歩進んだところにあり亜人研究全体において未熟なハルケギニアにおいて、かなりリードしている自負を持ってた。
衛生医学総監部では、オークやオーガなどの比較的個体数が多く知能が低い亜人に対して、薬物動態試験、薬効・薬理試験、毒性試験が頻繁に行われていた。ここだけの話、サリンやVXガスのような致死性のある物質、身体能力を奪う物質のかなり非人道的な亜人体実験も行われた。科学の発展・・・今は魔法と科学か。それらの発展には必要なことである。いつの時代も、どこの世界もそこは変わらない。表向き非人道的なことは「やっていませんよ」と言ってはいるが、必要であれば隠蔽してでもやるのは普通の事だ。
だが、今はそれはどうでもいい。吸血鬼の話である。
「グラヴィッツ衛生医学総監。森の方にもうもう一体いるそうです。発見した兵士の話では比較的状態がいいそうです。ギュンター・シェンク大佐が先に行ってサンプルを回収させています。」
「そうか。では、我々も様子を見に行ってみよう。」
グラヴィッツ大将は焼け焦げた民家を後に、森の方へ進んでいく。
我が国の亜人学、それも吸血鬼分野においての研究は急務ともいえた。なにせ、自分たちの事だ。医薬品・医療機器、飼料添加物、農薬、化学物質等の効果や毒性を明らかにするための前臨床試験などは身内を使ったりもした。その過程でナチスの人造吸血鬼と、素体となったハルケギニア固有の吸血鬼はと一定の違いがあることが判明したのだ。
人造吸血鬼は構造や能力的に屍人鬼(以後グール)に近いと言うことだ。ハルケギニア固有の吸血鬼は、ある種のネクロマンスであるグールの使役が可能なのだそうだ。人造吸血鬼にはこれが不可能である。また人造吸血鬼、グールは共に怪力を発揮すると言う共通の特徴がある。また、初歩的なものなら精霊魔法の行使も可能と言う特徴も重なっている。と言っても、人造吸血鬼はおそらくハルキゲニア吸血鬼以下の行使能力である。程度で言うのなら、航空魔導士が使う魔導銃器が罷りなりにも使用可能であり、術式分け出来ない程度の魔力を込めた銃弾なら個人差はあるが十数発連射可能と言う程度だ。解りやすい表現をするなら補助輪付きの自転車(魔導銃器)を使えば走ることが(魔法行使)できるよと言うことだ。
人造吸血鬼は学術的には吸血鬼とグールの中間に位置する存在と考えられている。
だが、実際グールや吸血鬼の死体では真相はわからないのだ。どうせなら・・・。
たどり着いた森の奥にある開けた土地、ムラサキヨモギと呼ばれる野草の群生地の一角が焼け焦げている。
「ジークッ!ハイル!」
「ジーク、ハイル。」
ギュンター・シェンク大佐が出迎え、グラヴィッツ大将はそれに応じる。
「で、シェンク君どうだった?」
グラヴィッツ大将の問いにシェンク大佐は堰を切った勢いで話し始めた。表情の端々から興奮しているのが見て取れる。
「素晴らしいです。遂に我々の努力が報われました!ご覧くださいグラヴィッツ閣下。」
シェンク大佐が手で示した先には、丸焦げの死体。大きさから言えば子供だろう。それも、まだ幼い・・・。
「閣下、これを見てください。」
シェンク大佐はピンセットを取り出して焼け爛れたと言うよりも炭化した皮膚を剥がしていく。
「熱深度はⅢくらいはあるのではないかね。」
「真皮や皮下組織まで到達している部位も見られます。」
ペリペリと剥がしていくと皮膚組織が姿をあらわし、血が流れ出てくる。
「実は、つい先ごろまではここも炭化しておりました。」
シェンク大佐の言葉にグラヴィッツ大将は目を丸くして驚いた。
ハルケギニア吸血鬼の回復力なのか。人造吸血鬼では、こうはいかない。グール以上の回復力を持つと言っても、ここまで焼かれては生きていられる道理はない。
グラヴィッツ大将は内ポケットからペンデュラムを取り出す。
彼は人造吸血鬼の中では比較的魔法が使える方であり、探知系統の魔法を行使した。
「やはりな、水の精霊の流れを感じる。意図してか、本能的にかはわからんが焼かれながら重要な部位を守った様だな。シェンク大佐、診て見ろ。」
控えの兵士から聴診器を受け取り、それをシェンク大佐に渡す。
シェンク大佐は、吸血鬼の胸元に当てて確認する。皮膚は炭化したままなので、炭の崩れる音がしたがシェンク大佐は構わず聴診器を当てる。
「・・・・・・なんと。・・・・・・この状態で生きているのか。」
シェンク大佐は驚愕のあまり言葉を失っていた。周りの医官や学者たちも似たような反応を示す。グラヴィッツ大将はこの吸血鬼の回収を指示した。
「ケイユ少佐!!この吸血鬼を回収する!!この場所には用意した焼死体を置いておく!!」
「了解しました。グラヴィッツ閣下。」
死体袋に吸血鬼の死体を詰めてオペルブリッツの荷台に乗せる。
調査の終わるのを待っていたガリア兵は、特に気が付いた様子はない。
興味もないのだろう。別段気にした素振りもない。迷惑料の駄賃に銀貨数枚を渡してやれば満足そうにして、確認もおざなりに道を開けてくれた。
先頭の騎兵が前進する。
グラヴィッツ達の乗り込んだワーゲンも発進する。
吸血鬼を乗せたオペルブリッツもそれに追従し、後続も後に続いた。
リクセンブルク公国公都、衛生医学総監部。
吸血鬼の体は、病室のベットの上に横たえられた。
村を出るころには全身が炭化した焼死体であったはずなのだが、かなり爛れてはいるが僅かに表皮が再生し始めていた。
グラヴィッツは総監部の医官達に指示を出す。
「水の秘薬や薬品はいくら使っても構わん、バイタルから目を離すな。おそらく、数日中には意識を取り戻す。」
指示を受けた医官や妖精の看護婦達が機材の設置を始め、薬品投与などの治療を開始した。
「閣下。凄まじい回復力です。」
「吸血鬼学発展の力となるだろう。シェンク君、護国卿閣下と公主様に連絡だ。」
「っは!」
この吸血鬼の、処遇はどうなるのだろうか。
公国最初の純粋な吸血鬼、徹底的に研究したいところだが護国卿閣下は許可しないだろう。
この吸血鬼、女性体であることが分かった。少女、幼女に近い少女。子供は未来である我が国は同胞に非道なことはしないだろう。血液サンプルや皮膚サンプルは回収させてもらったが・・・。
数日後。
あの、雪のような白い肌をした青髪の少女。
私を焼き殺した憎い魔法使いのお姉ちゃん。
吸血鬼が人間の血を吸うのは当然の流れ、自然の摂理。
人間だって家畜を殺して食べる。何が違う?なにも違わない。
なんで私が、こんな目に!!私、悪くない!!悪くないのに!!
許さない!!絶対に、許さない!!
一瞬の寒気と苦しさを感じて目を覚ます。
「・・・・・・・・・。」
「目を覚ましたぞ!グラヴィッツ大将とシェンク大佐に報告!」
白衣を着た妖精と人間が右往左往している。
否、人間だと思ったのはグールみたいね。同族に助けられたのかな?
窓の外が見える。ザビエラの村とは全く違う荘厳な景色が広がった。
黒い制服を着た男が近づいてくる。
「シェンク大佐、危険です。」
「問題ない。」
制服の男が私に話しかけてくる。
「君、何か体におかしいところはないかね?」
私は頷いて答える。彼もグールみたい、同族に助けられたのは間違いないみたい。
「君、名前は?」
「・・・・・・エルザ。」
ライヒス・シュロム。
曇り空、雨が降り窓の外には傘をさす姿が見える。
人通りは多くない。
先ほどから、アドルフは衛生医学総監部からの電話を受けている。
この電話、アドルフの世界の道具を再現したそうだ。
公都の地下を張り巡らせた魔力線でつながった、この通信機器は受話器を通して有線圏内ならどこにでも会話ができるすごい道具だ。彼の世界には、それを無線で出来る道具もあるらしい。無線の奴は少数だが旧ナチス親衛隊が所有しているのを見たことがある。
「あぁ、わかった。近々、席を設けよう。公主様にも伝えておく。
それはそうと、アドルフの用事が終わった様だ。
雨の日は、ティータイムもなんだかしっとりとした雰囲気になってしまう。
「アドルフ?衛生医学総監部はなんて?」
「例の吸血鬼が目を覚ましたそうだ。」
吸血鬼は、ハルケギニア全体を通して希少だ。個体数は非常に少ない。
リクセンブルク公国の人造吸血鬼は例外なのです。
「フィアリア嬢、例の吸血鬼と接見しようと思うのだが・・・。君はどうするかね?」
「そうね・・・会ってみるわ。」