トリステイン王国王都トリスタニア、その王城の前に止まるリクセンブルク大公国の外交団。
国家親衛隊の狼騎兵とワーゲンの車列。トリステインの儀仗兵と軍楽隊が歓迎の意を示す。
王城の跳ね橋が下りてきて、一行は王城の中へと入る。
「ようこそいらっしゃいました。リヒテンブルク大公爵閣下、大公国護国卿殿。」
トリステイン宰相マザリーニの出迎えを受けた。
「出迎え痛み入る。大公閣下もお喜びです。」
「えぇ、心を砕いていただいて嬉しく思います。アンリエッタ女王によろしくお伝えください。」
フィアリアとヒトラーは、マザリーニの案内を受けて応接室へと通される。
応接室へと通された2人はマザリーニとの会談を始める。
ちなみに護衛の親衛隊は別の場所に待機させている。
「アルビオンとの一件、大変でしたな。お悔やみ申し上げます。」
お悔やみ申し上げますの部分にマザリーニは、先日のアンリエッタ誘拐事件の事を指していることに気が付いた。お悔やみ申し上げますの部分はおそらくウェールズ王子の件の事を言っているのだろう。
かの国は、短期間で一気に大国へと上り詰めた。独立諸侯を吸収し、ゲルマニアを刈り取り旧王政を崩壊させた。
傾きかけたトリステイン王国を立て直したマザリーニから見ても、異常と言えた。
「いえ、御心配には及びませんよ。あの程度は雑多なことの一つでしょう。アルビオンへの反撃の準備は進んでおりますので・・・。」
二人は安心したと言わんばかりの安堵の表情を浮かべた。無論、外交用の建前の笑顔だ。
「大変結構なことです。さて、この度の参戦要請ですがお引き受けしようかと考えています。大公様よりの条件は、貴国とのこれまでの関係を鑑みていくつかの鉱山の採掘権で良いと仰られております。」
ヒトラーの言葉にフィアリアは頷いて応じる。
「それは、トリステインとしてもありがたいことです。」
ヒトラーとフィアリアは、出された紅茶を口にする。
戦争の前とは思えないほどの優雅な光景。
「ところで、参戦国は当事国である貴国は当然として、親密な同盟国であるクルデンホルフ大公国、オクセンシェルナ大公国ですな。我が国は、エアルラントの翼人達を参戦させる用意があります。」
アルビオン浮遊大陸、白の国と呼ばれるこの国とは違うもう一つの浮遊大陸エールラント。
かつて、ブリミルの末裔の一人がアルビオン王国を起こした。華々しい歴史の裏には犠牲あり。アルビオン浮遊大陸が、無人だったわけではない。
大昔、ハルケギニアをフェアリルが支配していた時代があったように、アルビオン浮遊大陸にも先住民がいた。それが、翼人達であった。彼らの先祖は、アルビオン王国建国戦争において大敗北を喫し、アルビオン浮遊大陸のさらに北のエアル浮遊大陸へと落ち延びていった。
そして、彼らの存在が知られたのは割と最近だった。アルビオン王国内での政変、いわゆるアルビオン王弟モードの処刑による、王室への信用低下を外的存在に向けると言う古典的な手法を採用。都合の良い時に現れた亜人の国家を攻めることで王家への不満を逸らした。
その結果エアルラントの北部がアルビオン領となった。
「エアルラントの翼人が、こちらに協力してくれると言うのは心強いですな。」
マザリーニの方も自分の紅茶を口に含み乾いた口内を潤す。
少し様子を見計らった形で、ヒトラーが口を開く。
「その通りだ。アルビオンの主力航空艦隊を倒したとは言え、アルビオンの各地には陸軍所属の竜騎士団が多く存在する。それにアルビオンの予備艦隊も、敵が防戦を前提とすれば苦戦は必至。我々はゲルマニアの航空艦隊を加えても、拮抗が関の山。エアリッシュ達の参戦は決定打足りえる。エアルラントの地理的にもアルビオンの背後を突ける。」
ヒトラーは一拍置いて、この条件を告げる。
「ただし、彼らもタダ働きはしたくない様だ。彼らにはエアルラント全島とアルビオンのストッコランドの北部の保有を認めてやってほしい。なに、クソ寒いアルビオンの北端部など大した価値はないだろう?」
アンリエッタとアルブレヒトⅢ世の婚約が破棄され、婚姻同盟から通常の同盟へと変わった為に、望むだけの援軍を得られなかったトリステイン。
エアルラントの翼人達の空戦能力、ゲルマニアを圧倒したリクセンブルクの陸軍力。
リヒテンブルク大公国の提案は、喉から手が出るほど好ましいものであった。
「えぇ、確かにその通りですが・・・。」
牽引国として亜人まで引き込んで、アルビオンを落とせませんでしたではロマリア含めブリミル教に対して恥をさらすようなものだ。
煮え切らない態度のマザリーニに対して、フィアリアが諭すように告げる。
「アルビオン賊軍の首魁クロムウェルは、アルビオン皇太子を傀儡とした痴れ者。始祖の血統を頂くロマリアの枢機卿が足踏みとは、少々不甲斐なく思いますわ。」
フィアリアは口元に指を置いて、もしかしてと尋ねる。
「マザリーニ枢機卿は、アルビオン陸戦が泥沼化した時を想定しているのでしょうか?それなら。もう一つ、アルビオンのオーク鬼は我が手中にありと言っておきますわ。」
通常、オーク鬼他低級な亜人を従えるには亜人語使いと言う専門職の助けが必要だ。そんな彼らを用いたとしても、先ほどの様な大言壮語を履くことは難しい。
だが、彼らの大言壮語に嘘は感じられなかった。
問題はないはずだ。神聖アルビオン王国に勝つためには、リクセンブルクの参戦は絶対だ。彼らを味方に引き込むと翼人やオーク鬼が味方になる。良い話ではないか。
最終的に話し合いはリクセンブルクの条件を飲み参戦してもらうことで纏まった。
だが、マザリーニの脳裏には何か見落として、何か引っかかるものがあった。
トリステイン銃士隊隊長、アニエス・シュヴァリエ・ド・ミランはダングルテールの虐殺の首謀者、高等法院院長リッシュモンが贈賄とレコン・キスタ内通の罪状で逃亡を図った際に、これを討ち取り復讐を果たしたはずだった。
「・・・・・・・・・・。」
個人としての復讐を果たし、公人としてリッシュモンの私邸に部下たちを向かわせた際の事であった。リッシュモン邸はすでに何者かによって襲撃されていた。水と風の魔法によって、体内に毒を送られリッシュモンの家族や使用人達は一人残らず死亡していた。そして、書類棚は破壊され、中身は全て暖炉に放り込まれた後であった。
リッシュモンから繋がる何かを抑えられることを恐れた何者かが、リッシュモン邸に押し入ったのは間違いなかった。
つまり、リッシュモンの裏にまだ誰かがいると言うことなのだ。
アニエスはリッシュモンを操っていた何者かと言う不気味な存在を感じ取っていた。
リヒテンブルク大公国外交団は、帰路へ着く。
特別仕様のワーゲンの後部座席はリムジン風。中にはフィアリアとヒトラー、そして随員の男が一人。3人でシャンパンを開け乾杯をする。
「どうだったかね?」
ヒトラーに尋ねられた随員の男は、背広を脱ぐ。するとその背には折りたたまれた羽が姿を現した。彼は、外交団の随員として紛れておりリクセンブルクとトリステインの会談を見守っていたのだ。
「エルラン・ジュダック大使。お約束通り、エアルラント全領とストッコランドの北部の割譲を引き出しましたよ。」
フィアリアにも言われた壮年の翼人男性、エルランはシャンパンの入ったグラスを手に持ったまま、礼を述べる。
「約束を守っていただき感謝しております。参戦はお約束させていただきます。ところで、オークとの伝手はいったい?」
エルランの問いにフィアリアは軽く笑って答える。
「ちょっとした。昔の伝手ですわ・・・大昔の・・・。」
それを聞いたエルランは納得と感心を混ぜたような表情で、
「さすがはハルケギニアの旧支配者と言ったところでしょうか。恐れ入りますな。」
と答えた。そして、旧支配者の異名から旧が取れる日も近いと感じていた。
数日後。
王宮の執務室。
宰相マザリーニと陸軍将校ポワチエは、アンリエッタにリクセンブルク大公国参戦の旨が記された書類と、開戦の証書を執務机に置き頭を下げる。
「閣僚全員の意見は即時開戦で一致しております。同盟国ゲルマニア、リクセンブルクの王室はすでに開戦を決め、ご決断を待っています。」
「陛下!アルビオン出撃の準備はすでに整っています。どうかご下命を!」
「貴方達はそんなに戦争がしたいのですか?私は開戦などしたくありません!」
開戦の意を告げる二人にアンリエッタは不快感を示す。
しかし、マザリーニも引くことなくアンリエッタを諭す。
「ですが、国民の大部分はアルビオンへの軍事制裁を望んでいます。それに陛下が決断しなくてもゲルマニアとリクセンブルクは勝手に開戦するでしょう。そうなれば、主導権は我が国から離れてしまい。後々不利になるのはこちらです。そうなってしまえば、軍部が遅れを取り戻そうと暴走する可能性が高いのです。そうなってしまえば、戦火は大きなものとなるでしょう。ですが、陛下が主導し指揮を取れば必要最低限の犠牲で済むのです。お辛いかとは思いますが、ご決断を。」
マザリーニは改めて頭を下げる。
アンリエッタは呼吸を整えて、羽ペンを握る。
「マザリーニ枢機卿、ポワチエ将軍。」
「「っは。」」
アンリエッタの呼びかけに頭を上げ姿勢を正して答える。
「我、アンリエッタはトリステイン国王としてアルビオンへの開戦を宣す!」
アンリエッタが開戦を宣言して、数日の内に同盟国や従属国は次々とアルビオンへ出兵して行く。
そして、リクセンブルクでも・・・。
ザッザッザッザッ
一糸乱れぬ軍靴の音。
新兵器の実践投入が間に合わなかったために、トリステインと似たり寄ったりの旧式のフネと補助艦艇としての飛行船が係留されていた。
兵士達はそれらに乗り込んでいく。妖精、吸血鬼、ゴブリンを主力に獣人もちらほらと見える。
「フィアリア嬢、ついに始まった。青毛の王様が演出した第一幕の始まりだ。」
ヒトラーはフィアリアの肩に手を置く、そしてフィアリアは恍惚の表情を浮かべる。
「あぁ、かつての栄光が戻ってきたようだわ。」