ガリア王国軍の参戦によって、アルビオンのレコン・キスタは殲滅された。
しかし、戦後の治安維持は必要であり両用艦隊の付随陸軍戦力では足りなかった。
故に、アルビオンに残存する連合軍戦力であるリクセンブルク以下の国々がこれに当たる事となる。
主導国であったトリステインや有力国ゲルマニアがすでにアルビオンから撤収済み、根本的なトリステイン・ゲルマニアの不仲、決定打を与えたとはいえガリア王国は遅れて参戦したハイエナ、開戦初期から参戦し継戦したリヒテンブルクがそれを担当するのは流れであった。
アルビオン王国王都ロンディニウム、ハヴィランド宮殿。
現在アルビオンに存在する連合国はガリア王国、リヒテンブルク大公国、エアルラント王国、トランシルダキア辺境伯国、アナトルア帝国である。
エアルラント王国とトランシルダキア辺境伯国はリヒテンブルク大公国の影響下にある国で、アナトルア帝国は他国には存在を秘匿した国家でこういった場には出せない。
エアルラントやアナトルアの士官や大使は北部のエデンバランの要塞に控えている。
このハヴィランド宮殿に控えるのはリヒテンブルクの者達であった。本格的な戦闘が起きることがないと解ると、プディング軍務卿とモーンケ親衛隊中将と交代でヴァルター・ヘーヴェル親衛隊少将がアルビオン入りを果たす。
ヴァルター・ヘーヴェル。ナチス・ドイツ時代外務省の総統官邸駐在官としてヒトラーの身辺にあり、ヒトラーの個人的信頼を得ていた数少ない人物である。
吸血鬼と妖精の秘書官を大きめの仮執務室の自分の机の前の机に並べて黙々と、書類仕事をしていた。
妖精の秘書官から報告を受けるヘーヴェル。
「アナトルア派遣武官の方々は秘匿のため今月中に撤収。エルザ様もトランシルダキアへお戻りになるとのことで、後任はホリマ・シア男爵だそうです。また、エアルラントはサイアム・リンチ将軍率いる1500を新たに増派し北部の実効支配を強めるようです。」
「北部はエアリッシュ達に任せても良いだろう。トランシルダキアやアナトルアの事は大したことではない。ミーナ君、総統っごっほん!護国卿閣下からの密命に関してだ。」
ミーナと呼ばれた妖精の秘書官は、報告書のページをめくり確認してから伝える。
「護国卿閣下のお求めの品は恐らくサウスゴータ地方に潜伏していると思われます。あのあたりでは深手を負った兵士が女神もしくは天使と形容される存在に救われたなどと言う体験談含む噂がささやかれており、可能性は高いと思われます。」
「ならば、身柄を抑える必要がある。秘密裏にな・・・。」
「はい、表沙汰になっても問題なきようエルザ様より兵を預かっております。無論山賊に偽装しますが、万が一が起きても従属国の暴走とシラを切れます。」
ヘーヴェルはくっくと嗤い、ミーナを褒める。
「流石だミーナ君。」
「お褒めにあずかり光栄です。」
「仔細は君に任せる。私は諸国会議に大公様と閣下の代理として出席せねばならん。」
「っハイル!お任せください!」
そして、日は巡り終戦からほぼ1カ月。
王都ロンディニウム、ハヴィランド宮殿。石造りの整然とした町並みは白の国と呼ばれた強国の名残を感じさせるものであった。しかし、それは過去の話。いまや、皿の上で解体されるのを待つ鳥の丸焼きであった。
ホワイトホールの円卓には、多くの貴人たちが集っていた。
恋人との別れや、一連の戦争を導いた経験は蝶よ花よと育てられた世間知らずの姫君を凛々しい姫君へと変えた。そんな、彼女を好色そうに眺めまわす野心の塊のような四十男はアルブレヒトⅢ世。それらに対して全く敬意を払うことなく書面しか見ていないヘーヴェル少将、基本的には自国権益は大して絡まず同盟国のチキンの切り分けをしてやるのが仕事である彼は事務的にしか動く気は無かった。
そんな彼にとって、ガリア王の到着が遅れていることなど些細な事であった。
遅れてきたガリア王が他国の王たちに質の悪い言葉遊びを仕掛けつつ、宴会を始めたところでヘーヴェルは辟易し席を立った。
翌週にようやく割譲について話し合われ、2週間後に大枠で話は纏まった。リクセンブルクの要求通り北部はエアルラントへ割譲され、一部の鉱山の採掘権をリクセンブルクとトランシルダキアが手にし、残りを3国とアルビオン傀儡国で分け合った。
自身の側近ミーナを伴いつつ、宮殿のリクセンブルクに割り当てられた区画へと続く廊下を歩く。
「少将殿!早々に席を立つとは無粋ではないか!」
馴れ馴れしいの領域に至っている笑顔のガリア王ジョゼフはヘーヴェルに話しかける。
「我々吸血鬼にはあぁ言った場は好みませんので。」
「付き合いが悪いと損をしますぞ少将殿。せっかく余が貴国の護国卿殿のために提案をしに来たというのに・・・。」
「すでに協定があります。これ以上の利益を用意できるのですか?ガリア王陛下?」
ジョゼフは立ち止まり、顎に手を当て考えるそぶりをする。ヘーヴェルは付き合いとして立ち止まるが興味なさげな態度を続けていた。
ジョゼフの言葉を聞くまでは・・・。
「それが、アルビオンにいる虚無の事でもか?」
「いま・・・なんと?」
「虚無だ虚無だよ。ヘーヴェル少将。」
ジョゼフの言葉にヘーヴェルは口角を引きつらせた。
ミーナも目つきを鋭くジョゼフを威嚇する。
「ジョゼフ陛下、我々に何か御用でもおありですかな?」
「ヘーヴェル閣下!?」
「ミーナ君、これは外交だ。ジョゼフ陛下を貴賓室へご案内してくれ。」
「かしこまりました。」
ジョゼフの揺さぶりを受けたヘーヴェルらは、自身の区画にある貴賓室へジョゼフを招き入れた。
「先ほどは失礼しました。して、陛下の言う虚無の話とは?」
ヘーヴェルの問いにジョゼフは始めはジュリオ・チェザーレなどと言うふざけた名前の神官から聞いた話を小出しにした。
ヘーヴェルは眉間にしわを寄せ、ミーナもその横で黙って聞いている。
「まぁ、さすがに始祖の道具をくれてやるわけにはいかんが、4人の虚無の1人をくれてやるくらいは親密な友好国である貴国ならばと余は考えておる。ロマリアの腐れ坊主に好きにさせる等、俺はごめん被る。大公殿や護国卿の考えによってはと考えておるのだが?」
後半言葉が崩れていたのは本心か演戯か。
ヘーヴェルはその思いに応えを出すことは出来なかった。
ヘーヴェルは慎重に言葉を選んで答える。
「大公様と護国卿閣下にお伝えして、早急にお答えいただけるように取り図ります。」
ジョゼフは大声でひとしきり笑ってから、ヘーヴェルの背を叩いて部屋を出て言った。
ジョゼフが去り、部屋の周辺に誰もいないことを確認した二人は先ほどまで応接に使っていた席に向かい合って座り話し合う。
「少将、何としてもアルビオンの虚無はこちらの手中に収めなくては…。我々には情報も物もありません。」
「身柄の確保に関してはガリアの協力を得てもいいかもしれん。問題は身柄を抑えた後の話だ。ミーナ君、衛生医学総監部から人員を引っ張ってこい。物がダメならせめて情報は多く取りたい。脳みそ掻き回してでも情報を引きずり出してやる。ミーナ君、この際だ虚無が確保できるなら四肢が引きちぎれていようが、人の形をしてなかろうが死体でなければなんでもいい。最悪メレンゲに渡せば虚無を使う肉塊にはできる。何としても確保しろ。」
「ハイルッ!」
ヘーヴェルの言葉にミーナはナチス式敬礼で答えた。
こうして、虚無をめぐる争いにジョゼフ王はリクセンブルクを引きずり込んだのだ。