Fate/Apocrypha/Quantum   作:うおぬま

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※読み始める前に注意
・独自設定、独自解釈
・オリジナルサーヴァント
・フィクションであり、実在の地名、団体、思想とは無関係です。


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プロローグ
Quantum


 ――まっくら。

 

 目の前を満たす金色の気泡がかった景色を見つめながら、彼女は何千回ともわからぬその言葉を漏らした。

 気の遠くなるような時間をこの空間で過ごすことへの後悔の時期はとうに過ぎており、悟りを開いたような穏やかな表情を浮かべて、円筒形の調整槽の中から女はひたすらに、ここから見えるだけの闇を眺め続けた。

 

 女はこの特殊な液体の満たされた調整槽の中でしか生きられない。

 継ぎはぎだらけの、皺だらけの体や顔はもはやほとんどが動せずにいた。

 真っ白にうつり変わった長い髪は調整槽の底にまで到達し、ガラスの下部が見えなくなるほど覆いつくしている。

 彼女のあらゆる生命活動は最先端の医療技術と魔術が併用された機械類によって管理されている。

 万が一のバックアップも兼ね備えてはいるが、その姿はさながらホルマリン漬けの標本であった。

 誕生時に親から授かった体は、そのほとんどが既に失われようとしている。

 

 その代わりに意識のほとんどが量子化されている状態で、彼女には新たな特技が生まれた。

 自身の意識をコンピュータなどの電子機器に送り込み、インターネットを通じて様々な情報を閲覧することだ。

 過去の魔術師たちが見たら卒倒するかもしれないような事態だが、彼女はこれを受け入れた。

 慣れてしまえば不便ではない。

 それどころか過去にそれらは"魔法"として実現不可能であったとカテゴライズされていたものが、このような科学技術によって補えるという事実に彼女は始めの内は驚嘆さえしていた。

 

 この光景を見た彼女の親類の"魔術師"はショックを受け、また一言も口がきけずに踵を返していく。

 

「それでお前は"不老不死"になったつもりか」

 

 彼女はそう言い放った魔術師たちを逆に嘲笑した。狭い調整槽の中から。

 彼女は確かに不老不死だった。それと引き換えに彼女のほぼすべてを捨てることにはなったが。

 一族の繁栄、そのための永遠の命という課題はいつしか目的から手段へ成り代わっていた。 

 

 そうまでして、彼女はひたすらに待ち望つづけるべきものがあった。

 彼女の一族の念願をかなえるその瞬間を。

 100年以上も前からその瞬間を待ち望み、機会に乗ずるその一手を今か今かと待ち構えていた。

 

 ――その一手が、間もなく始まろうとしている。

 

 事の発端は1年前に起きた"聖杯大戦"である。

 『聖杯大戦』あるいは『聖杯戦争』

 お伽噺のような、現実味の無い単語をほとんど動かぬ口で呟いた後、皺だらけの彼女の顔に笑みとも悔しさともとれない微妙な表情がわずかに浮き出す。

 

 "聖杯"は、多くの魔術師たちにとっての悲願であり、目標のひとつである。

 過去極東の島国にある地方都市で、アインツベルンと呼ばれる高名な魔術師の一族により行われた儀式が始まりと言われている。

 それはあらゆる願いをかなえる"願望器"とも呼ばれており、魔術師たちはこの『聖杯』をかけ、『サーヴァント』と呼ばれる英霊同士の戦いに身を投じていく。

 この古今東西の英雄が夜の街を駆け巡り、誰にも知られることなく殺しあうというシステムは、勝者の聖杯という莫大な賞品の他にも、魔術師の儀式として高貴なものであるとして人気も高く、アインツベルンの聖杯戦争システムが流出するとこのシステムを模倣した"亜種聖杯戦争"が各地で起こり始めた。

 ここにいるひとりの魔術師もそんな高貴な儀式の熱に充てられたひとりである。 

 ――もっともそれらの亜種聖杯戦争のいくつが果たして本当に成功のうちに終わったのかは定かではないのだが。

 

 『サーヴァント』として召喚されるには条件がある。

 それは人類史に残るような偉業を成し遂げたものであるもの。

 この星の誕生から今日、果ては未来に至るまでの英雄、伝承上の人物、果ては創作の登場人物や虚構、呪いにいたるまで『座』に登録されている者であればどんなものでも召喚される。

 そうした英雄の魂を『サーヴァント』という器に当てはめ現世に召喚することが『聖杯戦争』で『聖杯』の力を顕現させるための第一ステップとなる。

 

 『聖杯戦争』に召喚される『サーヴァント』は合計で7騎。

―剣士(セイバー)

―弓兵(アーチャー)

―槍兵(ランサー)

―騎手(ライダー)

―魔術師(キャスター)

―暗殺者(アサシン)

―狂戦士(バーサーカー)

 

 過去には例外があるものの、基本的に英雄たちはそれぞれの逸話によってこれらの『クラス』に当てはめられ、それぞれの持ち味や能力を活かして互いに殺しあう。

 剣やその腕に逸話を持つ者であればセイバー、暗殺に逸話を持つ者であればアサシンなど。

 最後に生き残ったマスターひとりのみに『聖杯』を手にする権利を与えられる。

 この世界で最も苛烈な殺し合いに挑むまでしても、魔術師たちには共通したあるひとつの"野望"が存在するからだ。

 

『そうだというのに…おのれ、ダーニック。神聖な魔術師の一大儀式を私物化するとは!』

 激しい怒りに満ちた抗議は女の口から泡となって培養槽の下から上へ上昇していく。

 彼女の声は培養槽の脇のスピーカーが代弁するが、やがてその声もむなしく遠い闇に消えていく。

 

 1年前、このシステムを覆すとある"事件"が起きた。

 先の聖杯戦争の折に動乱の中で消息がつかめなくなっていた『大聖杯』の所在が明らかになり、聖杯大戦の開始が宣言されたのである。

 大聖杯を所持していたのはかつて自身も聖杯戦争に参戦し勝利したというルーマニアの魔術師、ユグドミレニアという一族の長であった。

 

 本来争うはずだった7騎のサーヴァントが同盟を結び、魔術協会に挑むという前代未聞の事例に、聖杯はその新たな側面を魔術師たちに見せることとなった。

 同盟である7騎のサーヴァントに対して、さらに7騎のサーヴァントが召喚され、聖杯大戦は14騎のサーヴァントによる激戦が繰り広げられた。

 

 そしてどうなったか? 

 どのようにしてこの戦いが終わったところで、勝敗など彼女にはさしたる興味もない話だった。

 肝心なのはこの"聖杯大戦"を最後に『大聖杯』が"彼方"へ姿を消したということだ。

 彼女はこの予想外の事態の連続になすすべもなく、指をくわえて見ていることしかできなかったのだ。

 

 ――もうあんな思いはごめんだ。調整槽の前で彼女と彼女の養子を嗤う魔術師たちが許せない。

 ――"根源到達"も諦めてしまった志の低い弱小魔術師たちと、同列にいるという恥辱を、今こそ捨て去る時。

 

 

 

***

 

 

 

「噂には聞いていたが、なるほどこれは大した技術力だ。現代の魔術師というのもバカにできないものだな」

 

 彼女が己の生きる目的を再確認して息巻いていると、暗闇から近づく足音が聞こえてきて、やがて調整槽の前に一人の女性が現れた。

 上品な紫色の制服の上から白衣を纏っている。メガネをかけていて、レンズの奥からは知性を感じさせる落ち着いた青色の瞳が見えた。

 身だしなみに気を配っていないせいか髪の毛は特に手入れはされておらず、目の下には若干のクマさえ見える。

 その年でその容姿とあれば男など引く手あまただろうというのに、彼女のその姿は明らかに一回の仕事人間で、またそのことを全く気にも留めていないような様子である。

 

「私を呼んだのは君だな、ミランダ・ウォルフォーク。君たちほどの技術力を持った魔術師一族が、"契約書"まで持ち出して錬金術師を呼び出すとは、いったいどういうことかね?」

 白衣の女はそう言いながら手にした一枚の古い羊皮紙を調整槽の前に持ってきた。

『イザイ・エルトナム…アトラス院で現在、最も力を持った錬金術師と聞いているが…女だったとはな』

 言葉とは裏腹にほとんど驚きを感じていないような口調でスピーカーから音が響いた。

 

 アトラス院。

 "彷徨海"、"時計塔"と同じく魔術協会に古くから名を連ねる三大部門のひとつでありながら、時計塔とは長らく親交の無い閉鎖社会のような機関。

 魔術よりも科学の進歩に重きを置き、様々な錬金術師たちが、兵器を製造しては放棄ししていく"巨人の穴倉"である。

 製造された兵器の規模や数は底知れず、その力は世界を7度滅ぼすこともたやすいと言われている。

 アトラス院がこのように外部に錬金術師を出すことは極めて異例である。

 それこそ、かつてアトラス院が作ったと言われる数枚の"契約書"が持ち出されるような事態でもなければの話であるが。 

 

 イザイと呼ばれた女流錬金術師は少し残念そうな表情をして返す。

「性別なんて大した問題じゃない、と君なら分かってくれると思ったんだがね、まあともかくだ」

 咳払いしたあとイザイと呼ばれた女は本題に入った。

「今一度、かの聖杯戦争を熱望する先行き不安な君たちのために、手を貸すこともできなくはない」

『ずいぶんと曖昧だな、錬金術師』

「なにせ事が事だ。アインツベルンとはそれほどまでに力を持った一族。並みの技術力では聖杯戦争のシステムの模倣をするので精一杯だ。仮にシステムを再現してもうまくいくかどうかの保証もない」

 じっと睨みつけるガラス越しの依頼人に、肩をすくめてイザイは困ったように答えた。

「だがホムンクルス研究については私もいくらか心得があってね。ちょうどそのような大掛かりな"実験"の舞台を探していたところに、こうして世界に散らばっていたはずの"契約書"が舞い戻って来たというわけさ」

『"聖杯戦争"を"実験"と言ったか?』

 

 調整槽の向こうから底知れぬ魔力が伝わり、錬金術師とはいえ体の各機関がしびれるような殺意を覚えたイザイは慌てて言葉を取り消した。

『崇高なる魔術師の儀式を"実験"と言ったか!?』

「おっと、すまない。言い方が悪かったね。もちろん聖杯戦争には私もできうる限りの力で挑む。初めから同盟を結んだ状態での戦いなら君にとっても勝機が高くなるはずだ」

『長かった。長い年月だった。わが念願を成就させるために多くのものを犠牲にした。勝機が高い、などとあいまいな答えでは済まされないぞ、イザイ・エルトナム』

 

 魔術回路を逆立てたまま、ミランダと呼ばれた調整槽の中の女はうっすらと目の前の錬金術師を見据えた。

 

『我々がアトラス院の者と秘密裏に接触しているということを、魔術協会の連中に察知される危険もある。この場所とて絶対安全ではない。もう後には引けないのだ』

「それは君次第だよ。それこそ、聖杯戦争は何が起きるか分からない。あのダーニックの最後のようにね。どれだけ強力なサーヴァントを召喚出来たとしても、勝率を上げることは出来ても、確実にはできないというものだ」

 

 ――まして、この"擬似"聖杯戦争ならなおさら、ね。

 そう言いかけて、イザイ・エルトナムは言葉を心にしまった。

 余計なことを言って、これ以上魔術師の量子化されたパラメータに波を立て、己の寿命を縮めたくなかったからだ。

 

「ところで、それに必要な道具は手に入っているかな?」

『……一族のほとんどの財と力をもってして、ようやく0.8ポンド回収できた。しかしこんなもので本当にできるというのか?』

「十分だとも。見せてくれ」

 

 ミランダが何かを呟くと、暗闇からスーツを着た男がこちらに厳重に補強されたなコンテナケースを運んできた。

 イザイは手袋をして、コンテナケースの前に立つと、合図をしてケースのふたが開いた。

 メガネのレンズ越しに中のものを穴が開くほど眺めた後、手に取って恍惚の表情をしてため息を漏らす。

 

「……素晴らしい。欠片とはいえ、十分に上質な力を感じるよ。これなら再現することも問題ではないな」

「しかし分からないな。その試験管から出るとは言わず、もっと野心を抱いていけばいいものを」

『マッドサイエンティストめ。そのような俗な願い、私にはふさわしくないわ』

「……もう結構だ。あとはこちらで"器"の準備を進めよう」

 

 欠片とよばれたそれをコンテナケースに戻した跡、男は再びそれを持って暗闇の中へ消えていった。

 

『"器"……アインツベルンも用意していたな、聖杯を顕現させるための"器"か』

「ある意味中身そのものよりもこれが重要だ。器より多くのものを内包することは出来ない。そして最後に、上質な龍脈を持った土地、つまり"戦場"だ」

『問題ない、上質な"戦場"を用意している』

「ほう? それはまた手際が良いな。どこだい? やっぱりルーマニアか? それとも人の手がまだ行き届いていないというアメリカの大地、オーストラリアの荒野なんかもいいな。もちろんアトラス院のおひざ元、エジプトでだって行うというのも一興だろう、ニトクリスやオジマンディアスのようなファラオたちの力を借りられれば……」

 

 舌が乗ってきたイザイの言葉をさえぎるようにして、スピーカーから聞きなれた都市の名前が高らかに響いた。

 

『ロンドンだ。此度の聖杯戦争はロンドンで行う』

 

 一瞬の静寂の後、緊張と歓喜に震えた声でイザイは尋ねた。

 

「……おいおい、正気かい? よりによって"時計塔"のおひざ元で?」

『こんな体になっても、魔術師としての矜持はある。神聖な儀式を行う土地としてはこれ以上に歴史が積み重ねられた、龍脈に欠かない土地はないと思うが?』

「……いや、君の言う通りだ。なるほど、"人間の体を捨てたも同然"の君なら、考えることも実に大胆なものだ。魔術協会の連中、さぞや慌てふためくことだろうな」

『では、決まりだな』

 

 ミランダの顔が逆さのまま微妙に歪んだような気がした。

 

『――いよいよ始まる』

 

 見事に交渉を成立させた喜びか、調整槽内に彼女の笑みとも取れる気泡がコポコポと沸き立った。

 そして再び目を閉じると彼女の意識が接続されている電子媒体を通して、ロンドン中の下見を始めるのであった。

 住宅街、公園、駐車場、大きな橋の上、駅、地下鉄構内にいたるまであらゆる場所を調整槽にいながら眺めることができる。

 彼女は現在ロンドン市内にある400万台の監視カメラのセキュリティシステムに忍び込んでいる。

 

 魔術協会の三大部門、時計塔のおひざ元たる歴史的な大都市、よく知るこの英国ロンドンの街並みを、彼女はその"地下深く"から眺めていた。

 

 この面会から数か月後、新たな聖杯戦争の幕が切って落とされることとなる。

 

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