Fate/Apocrypha/Quantum   作:うおぬま

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第一章 - 穴倉より出ずる
Ⅰ - 夢想


 子どものころから本に囲まれた生活をしてきたというわけではないが、自由な時間があればそれなりに小説は読んで育ってきたという自彼にもある。

 日本語、それから英語どちらの言語でも読んできた。

 様々な物語に触れ、そして子どもながらの想像力を発揮した。

 ――彼らの物語を、彼らの生きざまを、彼らの最期を。

 

 "夢"を見た。

 巨大な怪物に立ち向かうひとりの騎士が、精悍な馬にまたがって一人立ち向かう姿を見た。

 果敢に威嚇するように吠え声をあげて、立派な鎧兜を見に纏って突撃する英雄の姿を、どこか遠くから眺めているような視点だった。

 兜をかぶった騎士の素顔は見えなかったが、とても誇らしげで自信にあふれている様子だけはすぐにわかった。

 己の進む道に全く迷いはなく、それでいて正義を篤く重んじる精神。

 中世に流行した騎士道文学そのものの姿だ。

 

「…アーサー王?」

 

 不意に青年の目が覚める。

 

――うっかり寝言を言っていたようだ。

 

 起き上がってすぐに視界に入って来た女を見て、口を大きく開ける。

 これまでの記憶が、眠る前の最後の記憶が鮮明によみがえる。

 自分よりも幼い少年と少女の残酷な表情。

「魔術師」という言葉。

 

 あわてて青年は自分の方の辺りを見やる。

 黒ずんだ肌の代わりに包帯がまかれていて、その包帯からは生薬を思わせるきつい匂いが漂い、鼻腔を通して意識の覚醒を加速させる。

 恐る恐る方に神経を集中させてみる。

 

――大丈夫。動く。多少鈍くは感じるが。

 

 ホッと一息ついて、カナウ・アルバーンは改めて、ベッドの周囲を見渡す。

 見慣れない部屋だ。

 決して豪華な様式ではないが、独り暮らしぐらいなら十分なスペースと言える。

 清潔感も生活感もほどほどにあるが、床板や壁は古く変色し、どこか古めかしく感じる。

 

 鮮明になった視界でもう一度かれはベッドの脇に座る少女の姿を見た。

 何を考えているのかわからない目だと、彼はその少女のことを評価した。

 一切の変化がない。まるで機械のようだ。

 

「あ……君は」

「おはよう、ミスター・アルバーン。気分はどうかしら? 腕は動く?」

「君が治療してくれたのか、どうもありが……」

「そう、それじゃあ早速支度してもらえるかしら。会ってほしい人がいるのだけど、その前に色々知っておいてもらいたいことがあるわ。まず」

「え……」

 

 カナウが口が利けるほど回復したとわかるや否や、少女は矢継ぎ早に用件を話し始める。

 今しがた命の危機から脱出したばかりで思考回路もぐちゃぐちゃなまま、彼は彼女の口から事情を聴かされることになる。

 

「……ということなんだけど、ちょっと大丈夫? あなた大学生なんでしょう? このくらいすぐに理解してもらえると思ってたんだけど」

「……君、もしかして天才すぎて凡人の気持ちがわからないタイプの人?」

「まあ、あるかないかで言えば、才能はあるけど」

 

――言い切った! いや、それよりも……。

 

「どこから尋ねればいいのか……ここはどこで、君は誰なんだ?」

「シャルロット・ロジェ。ここは私の部屋、大丈夫。詳細な位置は機密事項だから教えてあげられない。まあ、外の景色を見れば一発だと思うけど」

 

 シャルロットは顎で窓の方を指す。

 つられてカナウが窓を見るとすぐ前方に見慣れた観覧車があることに気が付く。

 ロンドン・アイ。テムズ川沿いにあるロンドンの新しいランドマーク。

 

「君は……君たちは何者なんだ? あの男は? あの女騎士は?」

「まいったわね。非魔術師に魔術世界のことをなんて教えてあげればいいか……」

『厄介なことになって来たな、マスター』

 

 カナウの前に突然もう一人の人影が現れる。

 昨夜大砲を使っていた"アーチャー"の男だ。

 

「まさか聖杯戦争に民間人が巻き込まれるだなんて、想像してもいなかったわ」

 

 やれやれと言った調子でシャルロットはアーチャーに返答する。

 

「"セイバー"あなたも姿を見せて頂戴」

 

 シャルロットが虚空に声をかけると、突然ベッドの脇にもう一人。

 少しバツが悪そうな表情をして、"セイバー"と呼ばれた鎧の女騎士がどこからともなく姿を現す。

 

「マスター、お体の具合は?」

「マスター……って俺の事か?」

「そうよ、"セイバー"と"アーチャー"はそれぞれ私たちに仕えるサーヴァントなのよ」

 

 

 

***

 

 

 

 ロンドン 某所

 

「……それで、"魔法使い"か」

「"魔法使い"じゃなくて、"魔術師"ね。私たちの世界ではこの二つは厳格に区別されているの」

「夢を見ている気分だ」

「浮かれているのはいいけれど、あなたはもっと自分の心配をした方がいいわよ」

「浮かれてなんかいない。とにかくものすごくマズいものに巻き込まれた自覚はできた」

 

――マズいなんてものじゃないんだけど。まあいいか。

 

 のどまでせりあがって来た言葉を吐きだそうとして、シャルロットは口をつぐんだ。

 

 二人は今ロンドンの街を並んで歩いている。

 相変わらず昼間のこの街は観光客であふれかえっている。

 シャルロットは先ほどから「時計塔」「魔術師」と魔術世界について話を続けるが、通行人の誰も彼女たちの会話を怪訝に見つめることはなかった。

 カナウもファンタジーものの小説を読んだことはあるので、それらがいわゆる"盗聴防止"の魔術か何かなのだろうということは容易に想像がついた。

 

『マスター、ご心配なく。もしもの時は私が実体化して、外敵からあなたをお守りいたします故』

 

 キョロキョロしていたのを不安に感じ取ったのか、"念話"を通して女の声が聞こえてくる。

 

「ありがとう……ええと、セイバーさん」

『私のことはどうか"セイバー"とお呼びください、マスター』

 

 カナウは念話ができないので、宙に向かって話しかけているようにも見える。

 

「念話ができないのって、なんだかかわいそうね」

『そう言ってやるなよマスター。なんだったら、お前が教えてやればいいじゃないか』

 

 シャルロットがカナウの様子を横目に見ていると、シャルロットの方にもサーヴァントから念話が聞こえてくる。

 

「なぜできないのか私にはわからないから、教えるのは無理よ」

『……やれやれ』

 

――それにしてもセイバーのサーヴァントか。一体どうして急に?

 

 静かに幕が上がった聖杯戦争、そして昨晩はイレギュラーも起きた。

 聞けばカナウ・アルバーンは魔術となんの接点も無いただの青年である。

 親族に魔術師がいたという話もないし、魔術師に接触した経歴が一度もないとされる。

 そんな彼に、召喚陣も詠唱も無しでサーヴァントが召喚されたというのだから驚きだ。

 そのあたりのプライド高い魔術師の耳に入れば卒倒するか、あるいは羨ましさに発狂でもするかもしれない。

 ましてセイバーのサーヴァントと言えば、数々の亜種聖杯戦争でも勝者になるケースが多いともっぱらの噂である。

 "最優のサーヴァント"としての力量を持ち、間違いなく当たりといわれるほどの存在である。

 

――それだというのに

 

「"真名"がわからない?」

『……申し訳ありません。召喚の折になにか問題があったようで』

 

 カナウの召喚したサーヴァント"セイバー"は自分の"真名"がわからないと来た。

 

「"真名"がわからないというのは、正直かなり不味いわね」

「……そうだよな」

 

「"真名"がわからないということは、サーヴァントの切り札である"宝具"が扱えないということになるのだから」

「自分が何者かわからないなんてさぞかし辛いことだろうな。記憶が元にもどるといいな」

 

 一瞬の間、歩幅がずれる。

 思わず振り返るシャルロット、目を丸くした二人の顔が互いの瞳に写る。

 

「は?」

「え?」

 

――ちょっとこいつ……

 

『何も言うなマスター』

 

 何かを口にしようとしたシャルロットをアーチャーが念話で制した。

 

『でもアーチャー……』

『これはあいつらの問題だ。俺たちの出る幕じゃない』

『ずいぶん冷たいじゃない。でもどうしてセイバーは……』

『……ま、そのうちわかるだろ』

 

「どうしたんだ、急に黙って?」

「呑気なものね、あなた。殺されるかも、とか思わないわけ?」

「……」

 

 しばらくの沈黙のあとカナウは答えた。

「そうだな。何もわからなくて、この先どうなるかも……怖いよ」

 

――だからこそ。と彼はつづけた。

「色々教えてもらいたいこともあるし」

 

――こいつはこいつで底抜けのバカなのかもしれない。

 

「あなたみたいな人、すごく苦手だわ」

 視線をずらしてカナウに背を向けると、再びシャルロットは歩き出す。

「お、おい、待ってくれよ」

 

 カナウが後ろから歩幅を取り戻そうと近づいてくるのも無視して彼女はひたすら前を向いて歩いた。

 

――ああ、これは厄介なことになりそうね。

 

 

 

***

 

 

 

 時計塔 廊下

 

 時計塔でのエルメロイ二世のカナウに対する反応は、思いのほか冷静なものであった。

 もっと怒鳴り散らされるか、ネチネチクドクドと説教を食らうものだと思っていたが、事情を説明した後彼からかけられた言葉は意外なものであった。

 

「君が巻き込んだ民間人だ。責任をもってその処遇を決めること」

 

 つまるところの"保護ないしは監視"というところだろうと、彼女は解釈することにした。

 彼女は魔術師ではあったが年齢は若い。

 さしづめ成熟した魔術師になるほど割り切れることは出来ず、この何も知らない青年を一方的に蹂躙し、口封じに殺す気にはなれなかった。

 

――セイバーも無抵抗でカナウが殺されるのを見過ごしはしないでしょう。そうなった場合今セイバーと争うのは危険。

――それよりも、彼女のサーヴァントとしての力量に期待して、私たちの言うことを聞く駒になってもらいましょう。

 

 そう思うことで自分の冷酷になりきれないお人よしな気質をひとまずだますことにした。

 

 これだけの非日常を目の前にして、魔術師世界の中でも面会することすら栄誉であるはずのロードとの面会を経ても、このカナウ・アルバーンという青年は相変わらず呑気な表情を浮かべて時計塔の内部をしげしげと眺めていた。

 

「"時計塔"の中がこんなふうになっていたなんて驚きだよ。灯台下暗しってやつだな、魔術師ってのはこうも身近にいたとは驚きさ」

 

 貴族主義の魔術師たちがうろつくこの魔術師至高の学府でこんなことをぼんやりとつぶやく者だから、正直シャルロットも気が気でない腹でいた。

 事実貴族主義に名を連ねる、シャルロットも名前を聞いたことがある名門の魔術師たちがこの二人をながめてひそひそと何かを話しているのは彼女にも一目瞭然だった。

 

――あれが"そう"なの……?

――サーヴァントを召喚したって……

――目障りなんだよ。なんであんなやつが聖杯戦争に……

 

 ポーカーフェイスを貫こうとするシャルロットではあったが、それが決壊するのも時間の問題あった。

 額に若干の汗を浮かべながら、この青年がこれ以上時計塔の貴族主義の魔術師達を逆なでするような問題発言をしないよう祈るばかりであった。

 

――ああ、自分の不手際とはいえ、面倒なことになったわね。

――なんでわたしがこんな男の御守りなんか。

 

 そんな彼女の心労などつゆ知らず、彼は興味津々に自身の呼び出したサーヴァント、"セイバー"のサーヴァントと念話も行わず会話をしていた。

 

「何か思い出せそうか? 見た感じ、中世の騎士って見た目だけど……」

「すみません。自分が騎士であるということだけは確信が持って言えますが……」

「そうか……この後街を見て回ってから帰るつもりだし、観光がてらなにか手がかりになるものでも探しに行こう」

「かたじけない。ありがとうございます、マスター」

「俺のことはカナウでいいよ。これからよろしく、俺は魔術師じゃないから何かと不便かもしれないけれど」

 

 照れくさそうに手を差し出すと、セイバーは申し訳なさそうにこれに応じる。

 

「では、カナウ。私の方こそ何なりとお申し付けください」

「ありがとう、よろしく」

 

 シャルロットがじっと二人の方を見ていると、セイバーもこちらに気付いたのか彼女の方に振り返って会釈する。

 セイバーの顔は中性的で、いわゆる女性受けしそうなタイプの美人である。

 眉は薄く色白で、背は高くスラッとしている。

 さながら北欧神話における戦乙女のような端麗さもある。

 

 セイバーの姿を見てアーチャーも気に入ったのか、後ろで口笛を吹いた。

 

「それにしてもお嬢さんもお美しい。さぞや名のある英霊なのだろうが、名前を聞けないとは残念だねえ」

「……アーチャーも、これからよろしくお願いします」

 

 美しいと評されて若干照れたような顔をするも、また真顔に戻ってセイバーはアーチャーに会釈する。

 

「聖杯戦争と聞いていたのですが、どうもおかしな状況になっているようですね」

「こうして素敵なマドモアゼルと出くわしても争いにならずにすむというのはありがたい話だがな」

「アーチャー、真面目にやってよ」

「別にいいだろうこのぐらい!」

「あはは……そ、それでシャルロット。他のマスター?やサーヴァントたちについて何か知っているのか?」

 

 アーチャーのナンパに苦笑いしながらカナウは尋ねる。

 

「あなたを殺そうとしたあの少年、リャオ・ファンはランサーのマスターね」

 

 昨晩の出来事を振り返ってシャルロットは切り出す。

 

「ランサーのサーヴァント、あれはかなりのやり手ね。妙なスキルに、あの防御力……」

「一応聞くけどセイバー、あなたあの英霊に心当たりは?」

「それが私にも……せめて素顔を見られればあるいはと思ったのですが」

 

 昨晩セイバーが召喚されてからの出来事をセイバーも振り返る。

 

 

 

***

 

 

 

 ――突如として現れた"セイバー"の乱入に、その場にいたすべての人間が口を開けて驚いた。

 地面に倒れ伏すカナウを守るようにして堂々と立つセイバーには一瞬の隙も見えず、対峙していたランサーのマスターは開いた口がふさがらずただ立ち尽くしている。

 

「セイバーのサーヴァント!? いったいどうして……」

 

 狼狽するリャオ・ファンをよそに兜をつけたランサーは双剣の構えを崩さないまま。

 

「ガレス……ではないなお前。女騎士のサーヴァントとは珍しい」

「……」

 

 セイバーはランサーを一目見やると冷たく言い放つ。

 

「騎士ともあろうものが、剣も持たぬ弱者を一方的になぶるなど……恥を知りなさい、ランサー」

「開口一番説教かよ。面白くねぇ、うちの王様そっくりだな」

「王様?」

 

 ――おっと、口を滑らせるところだった。

 ランサーはニヤニヤしながら口をつぐんだ。

 

「こっちの話だ。それで、やるのかお前?」

「……」

 

 セイバーはしばらく立ち止まりランサーの方を睨んでいたが、やがて背中を向けて倒れている自分のマスターに歩み寄りかがんだ。

 

「マスター、もう大丈夫です。お気を確かに」

「……」

 

 セイバーは声をかけるが、カナウからの返事はひどく掠れたものだった。

 

「治療のできる者は?」

「ここに……いるわ!」

 

 セイバーが周囲を見渡すと、こちらに走ってくる二人の男女を見つける。

 先にアーチャーがセイバーの元に到着し、続いてその後ろを息を切らせながらシャルロットが追い付いてきた。

 

「驚いたわ……あなた、サーヴァントね?」

「あなたも聖杯戦争のマスターか? であれば……」

「違うのセイバー! とにかく今は事情を説明してる暇がなくて」

 

 ぜぇぜぇとしながら、シャルロットはセイバーの方をまっすぐ見た。

 話しながらもだんだんと彼女の息が整ってくる。

 

「とにかく、私たちに戦闘の意思はないわ、今のところ」

「……」

 

 そう聞いてしぶしぶセイバーは一度カナウから離れる。

 代わりにシャルロットが近づいていき、治療魔術の準備を始めるのであった。

 

 

 

***

 

 

 

 シャルロットとセイバーは今その一部始終のあったハイドパークを再び訪れていた。

 昨夜とは打って変わって人々の往来が激しい。

 おそらく野次馬たちの目的はハイドパークの片隅に突如として現れた巨大なクレーターだろう。

 スコットランド・ヤードの刑事と思しき男が警官に何かを支持し、現場がテープで封鎖されているのが遠目から見える。

 

「結局、応急処置が終わるころにはリャオ・ファンとランサーもいなくなっていて、あなたの家も知らなかったからこっちに運んできたってわけ」

「あの時は流石に死ぬかと思ったよ」

「死なせないわ。魔術師でない只の人間を死なせるなんて寝覚めが悪くなるじゃない」

「ははは、それもそうだね……」

 

 近くの屋台でコーヒーを二人分購入し、カナウはそれをシャルロットに手渡す。

 春先の陽気がロンドンを照らし、遠くからはナイチンゲールのさえずりも聞こえてくる。。

 ロンドンでは珍しい快晴だ。

 

「本当に助けてくれてありがとう。命の恩人だよ、君は」

「私からも礼を、シャルロット。私も召喚早々に目の前でマスターを死なせてしまうところだった」

「それは違うわ」

 

 セイバーともども彼女に礼を言おうとしたカナウだが、シャルロットは目が据わった様子で彼を見返した。

 

「あなた達はまだ厳密には崖っぷちよ。エルメロイ先生も言っていたでしょう。処遇は私が決めるって」

「ま、まさか……」

「勘違いしないでほしいのだけど、カナウ・アルバーンさん。私があなたを生かしているの、今のところはね」

 

 ――でも、とシャルロットは続けようとして、再び横槍が入る。

 

「そこから先は僕が説明してやろう」

 

 

 

 二人が振り返ると、リャオ・ファンが後ろに立っていた。

 苦虫をかみ潰したような表情を浮かべながらカナウ・アルバーンを睨み、小さな声でボソッと

 

「クソザコの下級平民が、いい気になりやがって……」

 

 と愚痴をこぼした。

 

 この少年の魔術師の姿を目にして、シャルロットは隣にいたカナウがピンと背筋を伸ばしたことにすぐ気が付いた。

 カナウは緊張で体をこわばらせながら、ランサーのマスターから目をそらさないようにして立ち尽くした。

 

 ――そりゃトラウマにもなるか。

 

「お、お前は……」

「……ふん」

 

 リャオ・ファンの視線はカナウから次にシャルロットとアーチャーの方へ向けられる。

 

「シャルロット、お前もどういうつもりだ。秘匿はどうした?」

 

 苦々しく顔をゆがめてリャオ・ファンはシャルロットに詰め寄る。

 

「セイバーのマスターとして、私の助手として参戦してもらうわ。ホムンクルスを盗んだ犯人がいるのだとしたら、セイバーの戦力も必要になるかもしれない」

 

 彼女もまた臆することなく堂々と答える。

 その様子が気に入らないのかリャオ・ファンはますます機嫌を損ねたように声色を震わせて威嚇する。

 

「ただの一般人にマスターなんて務まるわけないだろ。令呪の無駄だ。足手まといは……」

「あら、あなた自身が無いの?」

「なんだと?」

 

 無表情がちなシャルロットの顔がその時不敵な笑みに変わったのをリャオ・ファンもカナウも見ていた。

 アーチャーの方は「そういう表情もできるのか」と口笛を吹いて茶化し、セイバーの方は険しい顔のまま様子をうかがうだけ。

 

「最優のクラスであるセイバーにお株を奪われるかもしれないって不安になってるんでしょう? あなたの家、長年ロードも輩出できてないし。さすが"没落"寸前の貴族は見苦しいわね」

「この女……!」

 

 リャオ・ファンの握りこぶしに力が入るのを見て、楽しそうに見ていたアーチャーと、セイバー、そしてリャオ・ファンのランサーでさえ実体化して臨戦態勢に入る。

 それぞれ目が急に戦士の目になったのでカナウはギョッとして後ずさる。

 結局リャオファンが手を挙げることはなかったが、空気は急激に張り詰める。

 

――それで、こんな少年に聖杯戦争の重荷を。

 

 カナウは合点がいったようにしてこの少年を見る。

 その視線に同情の念を感じ取ったリャオ・ファンがさらに声を荒げる。

 

「お前こそ、何そんな目で僕を見ているんだ。雑魚のくせに、調子に乗るな!」

「マスターの言う通りだぜ、そこの人間」

 

 ランサーが会話に入る。

 

「それに、今頃セイバーがいなければアッサリ死んでいたのも事実だ。生きているのが不思議なくらいなものさ。自分の立場をわきまえた方がいい。さもなきゃ……」

 

 兜を脱いで、ランサーの素顔があらわになる。

 傷だらけの屈強な顔がカナウを見下ろすようにして目の前に立つ。

 

「あの時死んでおけばよかったとすら、後悔するほどの地獄を見る」

 

 

 

「そのような地獄を味合わせたりはしませんよ、ランサー」

 

 二人の間に今度はセイバーが割って入る。

 

「私がいる限り、カナウは安全です。カナウは実によいマスターですよ。私は彼に仕えて良かったと、心の底から感じています」

「セイバー……」

「ですから、もしあなた方がカナウにちょっかいをかけようというのであれば、私も相応の態度でもってあなた方と相対することになるでしょう」

 

 自分よりも背の高いランサーに対しても、彼女はそう言い放った。

 

「……そうかよ、じゃあせいぜい頑張んな」

 

 面白くないといった様子でランサーは再び霊体化して姿を消した。

 

「僕は認めないぞ……お前なんかがセイバーのマスターだなんて……」

 

 リャオ・ファンも最後にそう言い放って、二人に背を向けてまた歩き出した。

 角を曲がって姿が見えなくなったところでようやくカナウの姿勢はリラックスしたものになった。

 

「……苦手だ、あいつ」

「でもアイツの言うことはもっともよ、自分の立場をわきまえなさい」

「いやというほどわかったよ」

 

「それにしても、君たちの話を聞くにセイバーってそんなに強いのか?」

 

 カナウは目の前のセイバーを目にしながらシャルロットに尋ねる。

 

「最優のクラスだと、よく言われるわね。過去の聖杯戦争においてもセイバーが聖杯を手にしたという話は聞いたことがあるわ。リャオ・ファンはそのことであなたのことを根に持ってるみたい」

「セイバー、剣士のサーヴァントはいわゆる剣の扱いに長けた逸話や聖剣、魔剣を持つ者に与えられるクラスだからね。アーサー王と円卓の騎士、シャルルマーニュ十二勇士なんかはセイバーで召喚されるんじゃないかしら……」

「せ、聖剣や魔剣が実在したっていうのか?」

「魔術師たちを前にして、今更何言ってるのよ。あなただって、アーチャーとランサーの戦いを目の前で見ていたじゃない」

「そ、それはそうだけど……」

 

――そのような戦いに、何も知らない自分がまきこまれているなんて頭が痛い。いや、頭が痛いどころですめばいいのだが。

 

 彼はスケールの大きな話だと思わず苦笑した。

 ところが、その様子をシャルロットに睨まれて、笑みはすぐに引っ込んだ。

 

「なあ、シャルロット。セイバーの真名がわからなかったら、その"宝具"ってのも使えないんだよな」

「……」

 

 カナウが心配そうにシャルロットに問いただす。

 

「それが一番の問題ね。宝具が使えないサーヴァントは実力を発揮できない……」

「宝具を使えないのはサーヴァントにとっても死活問題よ」

 

 こうした断言にカナウも蒼白した表情で固まるしかなかった。

 セイバーもまた何か思うところがあるのか唇をかみしめてその言葉を受け入れた。

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