Fate/Apocrypha/Quantum   作:うおぬま

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Ⅴ - キャスター

 ロンドン北部 某所

 

 カナウと彼に引っ張られる形でホムンクルスは逃避行を続けている。

 

 この時間でなおも人気の多い群衆へと逃げ込み、かき分けるように先へ進む。

 はぐれることのないように、その手はしっかりと握られて。

 

 ロンドンの夜は寒い。

 一日に四季があると言われるほどだ。とすれば現在の時刻は間違いなく冬だろう。

 その上アウターを羽織る暇もなかったのだから、二人の姿は注目を集める。

 

――いや、これでいいはずだ。

 

 魔術師というのは秘匿の漏洩を嫌う。

 これほどの監修がいる中で、サーヴァントと魔術師が動こうものなら、きっと彼ら以上に注目を集めるに違いない。

 この状態の自分たちをどうにかできる存在がいるとも考えにくい。

 

 そしていざとなれば令呪がある。

 何かあったときにセイバーを呼び出せば、また戦える。

 

「……セイバー」

 

 息の上がった調子でカナウはつぶやいた。

 唯一の心残りはセイバーをおいてきてしまったことだ。

 

 セイバーは宝具が使用できない。

 シャルロットによれば宝具が使用できないのではサーヴァント戦闘において圧倒的に不利だという。

 

 恐る恐る彼は手の甲の令呪を確認する。令呪はまだ消えていない。

 

 次に自分の連れてきたホムンクルスを確かめる。

 思えばずっと走りっぱなしだったが、今になって急にこの病弱そうな存在の危機を感じ取った。

 

「……はぁ……はぁ」

 

 ホムンクルスの少女はカナウ以上に息が荒れていた。フラフラとした体を思わず抱きとめる。

 

「ごめ……大丈夫、じゃあないよな……?」

 

――あの場を脱出できたのはいいが。

 

 彼らは完全に行き場をなくしていた。

 

 アサシンやアーチャーの襲撃を考えるとうかつに友人を頼ることもできない。

 とりわけあのアサシンの性格からして、関係のない人間を手に掛けることは日を見るよりも明らかだ。

 

 汗を浮かべて次の手を考えていると、ふと、ホムンクルスの少女がカナウを注視してることに気づく。

 不安と恐怖の入り交じる表情がそこにはあった。

 

「どうする……どうする……考えろ……!」

 

 ときに人間が死の直前走馬灯を見るのは、これまでの人生で得た経験から、自分が生き残るための手段を探るためだと本で読んだことがある。

 彼はひとつの方法を思い出す。

 

「聖堂教会……!」

 

 再び少女の手を掴む。

 

 ――なにせ教会だ。まさか駆け込む人間を追い出すような真似はすまい。

 

「もう少しだけ、頑張ってくれないか」

 

 少女はただ黙ってうなずくのみ。

 言葉はないが、カナウにはその瞳が出会ったときよりもいくらかの光をともしているように見えた。

 

 思えば少女は保護されてからの間ほとんど眠っているか、本を読んでいるだけだった。

 眠ることで体力を回復しているのだろうか?

 

 そして、こころなしかその体は保護したときよりも成長している。

 

――成長が早いのか……?

 

「って……何をジロジロ見ているんだ俺は」

 

 頭を振って邪念を払う。

 息を整えて、再びカナウは走り出した。

 

 

 

***

 

 

 

 ロンドン 教会

 

「ここか……」

 

 二人が走り始めてさらに数分、闇夜の中に北東部の小さな教会を視認する。

 敷地内に続く門が閉じているが、うっすらと明かりがついている。

 

「後少しだ……」

 

 シャルロットの話では聖堂教会は魔術協会と水面下では対立しているらしい。

 であるならば、ホムンクルスを魔術協会から守ってくれるに違いない。

 

「聖堂教会の保護があれば魔術協会もうかつに手を出してこられないはず……」

 

 だが、教会の正門まで後少しというところで、最後の障害が立ちはだかる。

 

「……!!」

 

 門に手を伸ばそうとしたところで、カナウの腕を掴む。

 彼が驚いて振り返ると、ホムンクルスがカナウの腕を握りしめていた。

 首を横に振り、何かを訴えようとしたその時。

 

「よう、こんなところで何してるんだ?」

 

 カナウの前に二本の剣を腰に差したサーヴァントが現れる。

 あぐらをかいて、余裕の表情で正門の前にランサーがいた。

 

「う、うわ!」

 

 驚いて後ろに飛び退く。

 慌てて間に入り、背中に彼女を隠す。

 

「まさか、本当に聖堂教会に逃げ込むとはなぁ……アサシンのマスター、一体何を考えてやがる?」

「ま、お前が聖杯戦争を降りようと、本当は俺には関係ないが……」

「そのホムンクルスを聖堂教会に引き渡すってんなら話は別だ」

 

 ランサーが兜を脱ぐと、鬼のような形相でカナウを睨む。

 

「そこをどいてくれ、ランサー。あなたも人類史に名を残す英霊であるなら、こんなこと間違ってると思うでしょう?」

「狂ってる! 魔術師も、あなたのマスターも、魔術協会も、アトラス院も……」

「こんなことあっていはずがない……こんなことって……」

 

 カナウが怒鳴るように訴えるが、ランサーは表情ひとつ変えない。

 

「あいにくと俺は、そんな御大層な使命を持った英霊じゃなくてな」

「どちらかといえばバカなことばかりして生きてきた。 "蛮勇" と呼ばれることもあったな」

 

 ふとランサーは過去の記憶を懐かしむ。

 

「俺は考えない人間が嫌いだ。過去の自分がそうだったからな」

「だからこそ、大切なものの存在に気づけず兄弟を手に掛けちまった」

「なにっ……?」

 

 ランサーの言葉にカナウは驚愕する。

 

「なぁ、セイバーのマスターよ。俺は英雄に見えるか?」

「お前のサーヴァントは本当に英雄か?」

「お前が思い描く英雄は、本当に誰も殺さない、そんなやつばかりに見えたか?」

 

 空気が凍りつく。

 誰もこの場を動かない。

 

「英雄がいればかならず討たれる者がいる」

「獅子は獲物を狩るために駆け、蛇は食らいつこうと欺く」

「数々の犠牲の上に、英雄は立っている」

「誰もがそうだ。例外などない」

「だが、我が王は……俺を罰した」

 

 ランサーの脳裏に浮かぶ騎士王の影。

 贖罪を命じられ、ブリテンを旅した苦渋の記憶。

 流れ着いた地での、最後の決闘。

 

――忌々しい。

 

「俺の体は呪われている。蝕まれている」

「英霊の座によって今も、縛られている」

「俺はお前が嫌いだ。絵空事ばかりの、理想ばかり語るだけのお前がな」

「聖堂教会が本当にホムンクルスを保護すると思うか?」

「お前は彼らの何を知っている?」 

 

 二本の剣を構えたまま立ち上がるランサー。

 どこからともなく兜が現れると、それをかぶる。

 それでもなお、兜の隙間から殺意が漏れ出すように溢れている。

 

「お前を殺し、聖杯を手に入れる」

「神聖なる儀式を台無しにしようとしたその罪、死で贖え」

 

 カナウは動けなかった。

 目の前で圧倒的な威圧感を放つ騎士を前になすすべがない。

 ゆっくりと近づく甲冑の騎士。

 片腕に握られた剣が振り上げられる。

 

 

 

***

 

 

 

「そこまでだランサー」

「……あん?」

 

 ランサーの背後で声がした。

 

「剣を収めてくれないか、この私の顔に免じてね」

「……そりゃぜひとも拝んでみたいね」

 

 ランサーが振り返る。

 視線があわず顔を見下ろす。

 

 ランサーよりも数十センチは低いローブを纏った少女がぽつんと立っている。

 

「……誰だ」

「キャスターだ。君と同じサーヴァント」

「……お友達がいっぱいで良かったなぁ、セイバーのマスター」

 

 ランサーは嘲笑する。

 

「てめぇ一人じゃ何もできねぇくせに、ああ……全く虫酸が走るぜ!」

 

 次の瞬間振り上げていた腕はキャスターを名乗る少女に振り下ろされた。

 

「危ない!」

 

 石畳の小路は粉砕されて煙が舞う。

 

「チィ、すばしっこいやつだ……」

 

 先程までキャスターが立っていた場所には蜃気楼が浮かんでいる。

 

「さすがは "蛮勇ベイリン" だ。言葉が通じないらしい」

 

 声のする方を見る。

 ローブを翼のようにはためかせたキャスターが宙に浮いている。

 

「なぜこの男の味方をする、キャスター? お前も聖堂教会とグルってわけか?」

「いや、この世界の教会に興味はないよ。ただ私のマスターの命令でね、今彼を死なせるわけにはいかないんだ」

 

 羽ばたいた翼でもってキャスターはゆっくりとカナウとランサーの間に降り立つ。

 

「お前のマスター……?」

「こちらにも事情があってね。私からすれば君たちの方こそよっぽど賊っぽい動きをしているけれどね」

「なるほど。お前達はご丁寧にも、これがまだ仲良しこよしの奪還作戦だと思っているわけか?」

「ホムンクルスはアトラス院に帰す、それが私のマスターの望みだよ。問題ないだろ?」

 

 キャスターは不敵に笑う。

 

「だから君みたいのに勝手に行動されては困る」

「そもそも君たち、聖杯を利己的に利用する気満々じゃないか」

 

「魔術師なら、与えられた手札、あらゆる手段で目的を達成して当然のことだろう?」

 

 この場に現れるさらなる声。

 声の主はランサーのマスターだった。

 

 リャオ・ファンは悪びれる様子を全く見せずに言い放つ。

 

「俺たちは根源への到達を諦めては居ない。そこらの三流魔術師とは違うんだよ」

「目の前に転がってきた聖杯を、みすみす見逃すバカがどこに居るんだよ」

 

 勝ち誇ったように幼いマスターは続ける。

 

「甘ちゃんなんだよ、どいつもこいつも。協力関係なんて成り立つはずがない。なんで錬金術師なんかと」

「おや、仮にも時計塔の代表の一人としてこの作戦に参加している君が、そんな事言うとはね?」

 

 キャスターは挑発するかのように問いただす。

 リャオ・ファンはなおも勝ち誇ったように凄む。

 

「その手には乗らないぜ。この聖杯戦争の "真実" に僕が気づいていないと思ったのか?」

「真実だって?」

 

 カナウ、ランサー、キャスター、そして少女の注目がランサーのマスターに集まる。

 

 

 

***

 

 

 

「妙だとは思っていたんだ。アトラス院に侵入するならともかく、脱出できるはずがない。アトラス院はその構造上、外へ出るにはかなりの困難を極める迷宮らしいからな。だから、兵器を盗めるやつはこれまで居なかったんだ。それが突然、そんな弱っちいホムンクルスがアトラス院を抜け出したなんて、いくらなんでもおかしいだろ?」

 

「だから盗み出されたのではないか?」

 

「さっきも言ったが、盗めるはずがないのさ。そもそもあんなところから盗みを働いて、かつ生きて出てこられるような存在がいるなら、兵器なんか無くとも世界を滅ぼすのは容易いのさ」

 

「それはアーチャーのマスターも不思議に思っていたことだな」

「まあまて、ここからだよランサー」

 

 得意げにリャオ・ファンは続ける。

 

「ならば何故、そのホムンクルスがここにいるのか」

「簡単だ。手引したやつがいるんだ、アトラス院の中に」

「ほう……それは誰だ?」

 

 事情が変わったとばかりにキャスターが微笑む。

 リャオ・ファンはゆっくりと腕を上げると、その人物を指差した。

 指を刺されたのは、キャスターだった。

 

「僕が知る限り、ロンドンで召喚されたサーヴァントは4基。ランサー、アーチャー、バーサーカー、それからセイバー」

「この4基は僕が実際に召喚されているところを見た」

「そしてアバーラインという監督役の男の話ではライダーのマスターは召喚と同時に死亡している」

「アサシンのマスターはミランダ・ウォルフォーク。量子の魔術師とも呼ばれるが、彼女はアトラスの錬金術師ではない」

「つまり……」

 

 指差す腕に力を込めるリャオ・ファン。

 

「キャスターのマスター、お前がアトラス院の錬金術師なんだ。そして……」

 

 

 

「ホムンクルスを外へ持ち出し、この聖杯戦争を起こした張本人だ」

「……」

 

 

 

***

 

 

 

――沈黙。

 

 やがて吐息の音。

 次に……笑い声。

 

 キャスターが愉快そうに笑みを漏らした。

 

「素晴らしい。君を侮っていたよ、リャオ・ファン」

「さすがは名家の出だな。頭はキレるようだ」

「いや、情報収集を頑張ったというべきか? 聖杯戦争を勝ち抜くための下調べはばっちりということだな」

 

「この聖杯戦争のために僕は何度もシミュレートした。ランサーを召喚したことだけがぼくにとってイレギュラーだったが、それでもやることは変わらない」

「……」

「僕はこいつのようなポット出とは違う。出たとこ勝負などナンセンスだ。情報を制するものが勝負を制する、兵家の基本だ」

 

――それで?

 

 キャスターは尋ねる。

 

「私がアトラス院のサーヴァントと知って、これからどうする?」

「認めるんだな。アトラス院が時計塔のあるこのロンドンで聖杯戦争を起こすと、そう言っているんだな?」

 

――なるほど。ランサーのマスター、ずる賢く頭が回るらしい。

 

「これはアトラス院の『時計塔に対する挑戦』だ。歴史に残る大事件だ」

「時計塔はいかなる手段を持ってして、お前たちキャスターとそのマスターを追い詰める」

「覚悟するんだな。アトラス院の錬金術師!」

 

 そして勝ち誇ったようなリャオ・ファンの高笑いがこだまする。

 次の瞬間、空気は豹変する。

 

「……!」

 

 聖堂教会の周囲の森から一斉に輝く魔法陣。

 質量を持った光弾がキャスターを囲うように放たれる。

 

 

 

***

 

 

 

「ふせろ!」

 

 キャスターが叫ぶ。

 ランサーがリャオファンの首根っこを掴みむりやり地面に叩きつける。

 

 少し遅れて同様にカナウとホムンクルスの少女が伏せる。

 

「痛ッ! おい、ランサー!」

「すまん、だが、優しくする暇がなかった」

「時計塔の懲罰部隊、気が早すぎる! せめて僕らが戦線離脱したあとで……」

 

 キャスターに降り注ぐ光の矢。

 直撃していいればサーヴァントとはいえ無事ではすまないだろう。

 

 だが、魔術は一つとしてキャスターには当たらなかった。

 キャスターの周囲を取り巻くように球形の結界が広がりそれらを防いだ。

 

「退魔力!? キャスターがどうして……」

 

 驚愕した表情でリャオ・ファンが叫ぶ。

 

「自己紹介が遅れたが、私はこれでもイスタリ(魔法使い)でね」

「本当なら君たちで言うところの "冠位" を戴く資格を持つのだが、事情が事情でね……」

「冠位だと!? バカを言うな!」

「疑うのは勝手だがね……さて」

 

 キャスターが杖を一振りすると、球形の結界は範囲を広げていく。

 結界がすっぽりとカナウたちを包み込むと、キャスターは歩いて二人に近づく。

 

「怪我はないかい?」

「あなたは一体……?」

「その説明もしてやりたいんだが、あいにくと時間がない。君を追って猛スピードで近づいてくる鬼の形相をした少女がいるが、彼女は君の敵か?」

 

――シャルロットだ。ここまで追いかけてきたのか。

 

 少し悩んで、カナウは首を横に振った。

 

「ふっ……ハハハハハ! そうかそうか、いや君は本当に面白い男だな」

 

 業を煮やしたのか、茂みから飛び出す複数の影。

 時計塔の懲罰部隊がキャスターを囲う。

 

「サーヴァントといえど、これだけの魔術使いを相手にすれば……」

 

 スーツを着た懲罰部隊のひとり、魔術使いが叫ぶ。

 

「一斉攻撃だ!」

 

 魔術礼装と思しき剣を取り出して、キャスターに斬りかかる。

 キャスターはその攻撃を身軽な動作でかわす。

 

「アゾット剣か。いいものを拵えているな」

 

 キャスターが何かをつぶやくと、彼女の手にも一振りの小さな銀剣が現れる。

 再び襲いかかるアゾットの剣戟を受け止めるようにキャスターも銀剣を振るった。

 

 懲罰部隊の男が持つアゾット剣が銀剣にぶつかると、アゾット剣はまたたく間に粉々に砕かれた。

 

「何!?」

「悪くない硬さだが、この件の前では無意味だ」

 

 そのまま銀の剣を押し込み、男の頭部を柄で殴りつける。

 頬骨の折れる音がして男の輪郭は歪み、悶絶しながらその場に倒れた。

 

 ひとり、またひとりと懲罰部隊の応酬が迫る。

 鎌、斧、銃、はては宝石。

 キャスターはひとつひとつの武器をすべて銀の剣で打ち砕くと、全員を柄で殴り倒す。

 魔術を受かっている様子はまったく見えない。

 

 

 

***

 

 

 

「嘘だろ……キャスターが白兵戦だけで魔術師たちを……?」

 

 立ち上がるリャオ・ファンとランサー。

 蒼白した表情のリャオ・ファンとは対象的に、ランサーは興奮した様子でキャスターを見た。

 

「少しはやるみてぇだな……」

「ざっとこんなものさ……それより」

 

 

 

 キャスターが杖を下ろし、教会の方を見る。

 つられてその場に居た全員も教会を見る。

 

 

 

 聖堂教会の正門が開かれ、そこにコートを着た男の姿があった。

 

「神の御前である。争いをやめよ」

 

 低い声で、アバーラインが諌めた。

 

「全員揃ったようだな」

「歓迎しよう。聖杯戦争の参加者諸君」

「君たちに私から提案がある。中へ入り給え」

 

 そう言って、再び教会の方へと戻っていく。

 

「……あの神父、苦手だ」

 

 苦々しくリャオ・ファンは答える。

 

「同感だな、マスター」

 

 ランサーは霊体化する。

 

 

 

***

 

 

 

「君たちも行かないのか?」

「……どうして俺たちを助けてくれたんだ?」

 

 教会の前で一人残るキャスターに、カナウは尋ねた。

 

「さっきも言ったが、私のマスターの方針でね。君たちには生き残ってもらいたいんだ」

「……すくなくとも、ある瞬間まではね」

 

 先程の軽い口調とは一転してキャスターの言葉は重かった。

 

「本当は "グラムドリング" まで使う必要はなかったんだが、ランサーに私の力を誇示する必要があった」

「"グラムドリング"?」

 

 グラムドリングという言葉を聞いて、カナウは目を見開いた。

 

「それじゃあ、あなたは『灰色のガンダルフ』?」

「おっと……知っていてくれたとは嬉しいねぇ」

「いかにも、私の真名はガンダルフだ。どうだい、キャスターとしてこれ以上にふさわしい奴もそうはいないはずだ」

 

――それにしては姿形が妙なことになっているが。

 

「ガンダルフは髭の生えた老人だと……」

「ああ……それがなんだかおかしな事になっていてね」

 

 照れくさそうにキャスターはごまかした。

 

「まあ私の容姿のことは気にするな。よくある話さ」

「……?」

 

「話を戻すが、私のマスターは君に同盟を申し出たいと思っている」

「期間は聖杯戦争のサーヴァントが君のセイバーと私だけになった時まで、だ」

 

「このバトルロイヤルの中で、味方ができることは心強いと思うのだが、どうだろう?」

 

――キャスターと同盟。

 

 現状考えるに願ってもないことだろう。

 だが、素直にこのキャスターの言うことを聞い良いものか。

 

「……」

 

 考えあぐねているところへ、二人の元へ駆けつける影が現れる。

 

 

 

「セイバー!」

「カナウ、ご無事でしたか!」

 

 セイバーが現れる。

 セイバーは二人の顔を見て安堵したが、同時に一緒にいるキャスターを見て、再び警戒する。

 

「キャスターだ。俺たちを助けてくれたんだ」

「キャスター……?」

「やあはじめまして、セイバー。君、怪我してるのか?」

 

 キャスターがセイバーの肩を指差す。

 アサシンから受けた傷が侵食しているように見える。

 

「アサシンの毒だ……シャルロット……アーチャーのマスターは呪いのようだとも言っていたけど」

「ふむ、私に見せてくれないか?」

 

 セイバーははじめは警戒を解こうとしなかったが、やがてもうどうにもならないと悟り、傷を見せた。

 

――どうせこのまま死ぬのならキャスターに賭けてもいいか。

 

 キャスターは呪いの状態を見ると、ローブから黄金に輝く指輪を一つ取り出した。

 

「本当はこの時点で宝具を晒すつもりはなかったんだ。出血大サービスだよ」

「……ナルヤよ。頼んだぞ」

 

 指輪は魔力を開放する。

 

 優しい光が広がって、セイバーの体を包み込む。

 

「ナルヤ……3つの指輪のひとつだ。治癒力を高め、精神を癒やす」

「この呪いは特定の者にのみ効く "制約" を設けることで威力を増しているらしい」

「呪いを取り巻く負の感情をこの指輪で相殺する」

 

 セイバーの傷口から侵食していた呪いが光りに包まれて消えていく。

 

「すごい……」

 

――ガンダルフの持つ宝具、グラムドリングだけでなく、指輪まで。

――彼女が仲間に加われば、この少女を守れるかもしれないのか……?

 

「感謝します、キャスター。恩に報いたい」

「であるなら、私に協力してほしいキャスター。悪いようにはしないよ、君もそのマスターも、そこのホムンクルスもね」

 

 

 

「よし、交渉成立だね。よろしく、カナウ・アルバーン」

「ところで、あなたのマスターは……?」

「出不精ですまない、だが必ず君たちの前にいつか姿を表すと約束しよう」

 

 申し訳無さそうにキャスターは答える。

 セイバーの傷を癒やして立ち上がると、手を差し伸べる。

 

「カナウ・アルバーン。君にこの先も辛い現実が待ち受けるかもしれないが、私からとにかく『諦めるな』としか言いようがない」

「なにせ私はサーヴァントで、君たちの世界の道理などを教えといても仕方のない存在なのだからね」

「だが、それでも君がこの聖杯戦争に巻き込まれたことが、この世界にとって何か新しい意味を持つのではとも感じている」

「新しい意味?」

 

 カナウは確かめるように繰り返し問い返す。

 

「私のマスターはいつだってそういう人間の進化、世界の進化するさまを見たがっているんだ。何世紀も生き続けてね」

「この聖杯戦争は魔術師の世界を変えるって、今も信じているよ」

「その中心が君たちだ」

 

 キャスターはカナウとセイバー、そしてホムンクルスの少女を見る。

 

「どうしてそんなことがわかる、キャスター?」

 

 セイバーが不審そうな顔で尋ねる。

 

「君と他のマスターたちとのやり取りを見て、なんとなくそう思っただけさ。深い意味はないよ」

「でも、君がそのホムンクルスを保護してくれて良かったと思っているのは本当さ」

「セイバー……うんうん、やはり姫を守るのは騎士でなければね」

「キャスター、あなたはもしかして……」

 

 セイバーが何かを言いよどみ、押し黙る。

 

「セイバー?」

「いえ……」

「フフフフ…君も大いに悩むがいいさ、セイバー。だがいずれにしても――」

 

 

 

「――君も向き合わなければならない時が来る。自分の正体について、ね」

 

 そう言い残してキャスターもまた、教会へと足を運んでいった。

 

 

 

***

 

 

 

 ロンドン某所 聖堂教会

 

 礼拝堂を重苦しい空気が支配していた。

 カナウたちが扉を開くと礼拝堂に鈍い音が響き渡る。

 

 礼拝堂の一番奥、祭壇の前にアバーラインが立ち、その前の椅子にサーヴァントとマスターたちが集まっていた。

 月光がステンドグラスを通して入り込み、宝石のように乱反射した後光で、監督役の男は存在感を放っている。

 

――不思議な光景だった。

 

 先程まで争っていた者たちが、このアバーラインという男の前で姿勢を正して座っているというのはなんとも理解し難い光景だった。

 

 カナウは順番に聖杯戦争の参加者を見る。

 

 リャオ・ファンとランサー。

 キャスターが言うには、ランサーの真名はベイリン。

 

 アーサー王伝説の中でも黎明期、円卓の騎士が発足される前の騎士だ。

 蛮勇と恐れられ、ラモラックやランスロットに並ぶ屈指の実力者だったとされる。

 

 そしてアサシン。

 ドクロのお面をつけた黒衣のサーヴァントがひとり、マスターも見せずぽつんと座っている。

 

 そのとなりにキャスター。

 やはりキャスターのマスターも姿を見せない。

 

 そしてそこから少し離れたところに座っていたのは……

 

「君は……図書館で会った」

「まさか、あなたも魔術師だったなんて!?」

「ロンドンって狭い街なんだねぇ……」

 

 バーサーカーとそのマスターは穏やかに会釈する。

 

「エハッド・ティーレマンだ。よろしく……ってなんだか変な感じだ」

「こいつはバーサーカー。一応真名は秘密ってことで」

 

 ヨーロッパ風の装いに身を包んだ頑固そうな表情の壮年の男がふんぞり返っている。

 

「楽しみはあとにとっておくとしよう」

 

 

 

 カナウとセイバーも座る場所を適当に見繕っていると、再び礼拝堂の扉が開かれる。

 シャルロットとアーチャーが現れた。

 

「シャルロット……」

「遅くなりました。おまたせしてすみません」

 

 カナウの呼びかけをシャルロットはかき消すようにアバーラインに大声で話しかける。

 

「構わないよ。シャルロット・ロジェとアーチャーだな、君たちで最後か」

 

 シャルロットもまたアバーラインの前の椅子に座り込む。

 座り込む直前でようやくカナウと目が合う。

 

「……」

 

 許さないと言わんばかりの軽蔑の眼差しだった。

 

「最後ね。まあ、ライダーはあんな調子だしな……」

 

 エハッドが苦笑いする。

 

「今日はそのライダーの件で、我々監督役である聖堂教会から提言がある」

 

 両腕を背中に回し、直立したまま、アバーラインが堂々と宣言する。

 

 

 

「ライダーの討伐司令を下す。貢献したものには時計塔から報奨が与えられる。参加されたし」

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