ロンドン 墓地
墓所にて、打ち上がる獣の咆哮。
聞くものすべてを震え上がらせる魔の音響が響き、戦場を思わせる血の匂いがあたりに立ち込める。
ここより先は死神の領域である。
イギリスにおける亡霊の行進、ワイルドハントの先鋒を務める角笛の如き叫びがここを地獄と定義した。
古来より、十字路とは力の交わる場所と信じられていた。
それが小路であれ、都心の交差点であれ、力の大小はともかくとして、そこに流れが交わることに差異はなかった。
それは主流に交わる小さな川の流れが、あるいは何日も降り続くイギリスの陰鬱とした雨が、やがて大きな流れとなるように。
かつて人であり、冤罪によって人々から打ち捨てられ、人々によって早すぎた土葬を強いられたこの男。
魔術師と人間が水面下で髪の毛一本ほどまで肉薄された街であるからこそ起きた悲劇の犠牲者。
人々の"復讐者たれ"という身勝手な無意識の泥や土を被せられ、ついに復讐者たる死神犬へと変貌を遂げる。
―人が彼を恐怖するのなら、俺は喜んでそれに応じるとしよう。
―我が身は既に騎兵にあらず。我が身は既に復讐者なり。
ヒースと呼ばれる荒れ地に立ち上がる一匹の死神犬。
魔術師の心臓を刈り取り続けたその巨体はゆうに全長6メートルを越えようとしていた。
大きく立ちはだかり、またそれでいて素早く、突然吹き荒れる風のように、おぞましい瘴気を伴う疫病のように。
蔓延する衰弱の霧が広がるその外で、討伐作戦の集合時間を待つ一組の陣営がいた。
「……死神犬の魔力、ここまで増幅していたとは。マスターがいないとは思えない」
「魔術師をあれだけ食らったんだ。加えてここは奴さんの"城"みたいなものだからな」
荒れ地の隅、背の高い葦の中で、ランサーのマスター、リャオ・ファンは出方を伺っている。
「くそ……他の連中を出し抜いてやるつもりだったが、さすがにこれほどのサーヴァントを相手にするにはランサーだけじゃ困難……」
「悔しいが、それには同意だな。その後のことを考えると、深手を追うことは避けるべきだ」
リャオ・ファンが愚痴をこぼすと、ランサーも忌々しさを顔に出しながらも答える。
そんな様子のランサーを見て、リャオ・ファンは小さく舌打ちをした。
「おいおい……」
「だいたいお前が……」
―お前がセイバーだったのなら。
そう言いかけてリャオ・ファンは口をつぐんだ。
その先を言う前に、ランサーの雰囲気が刺すような強烈な視線で彼の喉元を抑えたからだ。
「その話はもういいだろ。マスターであっても、コレばかりは譲れない」
「……フン」
リャオ・ファンはランサーから距離を取る。
背中を向けて、不満そうに座り込み、時計を見る仕草をしたまま動かない。
「一つ聞いていいか? なぜお前はそこまでセイバーに執着する」
「……ただの願掛けさ。セイバーのサーヴァントは最優と言われている。現在世界の各地で行われているとされるアインツベルンの猿真似―つまり亜種聖杯戦争で剣士が勝利したという報告は圧倒的に多い」
「しかし、必ずしも勝てるというわけではないだろう。現にアーチャー……ナポレオンやあのキャスターのように、セイバーでなくてもインチキじみた戦闘能力を保有する連中はいくらでもいるし、そもそも過去の英霊という霊気に縛られている以上、サーヴァントには弱点が存在し、相性というものが存在する」
ランサー、ベイリン自身はその記憶を持っていないが、座によってその英霊の名を刻まれている以上、彼もまた数々の亜種聖杯戦争で召喚されどこかの世界で戦っているだろうということは彼も確信していた。
「俺だって、ランサーのクラスではあるが、そんじょそこらの奴らに遅れを取ることはないと思うが」
―このおチビは、あのランスロットやラモラックと並ぶ円卓最強の騎士を引き当ててなお、ご不満であるらしい。
「ジンクスに気を取られて、現実から目をそらすのでは、勝てる戦も取りこぼすぞ」
「……うるさい」
―お前に何がわかる。セイバーのカードを引けなかったこの僕の気持ちが。
リャオ・ファンは夢想する。
セイバーのサーヴァントを召喚する魔術師の偉業がどんなものであるかを。
リャオ・ファンがロンドンから遠く離れた東洋の辺境で誕生したとき、彼の一族は既にある種の"黄昏"を迎えようとしていた。
かつてロンドンの時計塔で名を馳せており、西洋出身の魔術師有利な環境にいながら一介の貴族とは一線を画していたはずのその家系は、一族の始まり史上はじめてのの苦境に立たされていた。
それでも貴族、生活に苦しむことはなかったが、だからこそ失われた栄華を取り戻そうと躍起になる彼の両親は幼い少年には目に余るような悍ましいものであった。
彼の両親が亜種聖杯戦争に目をつけたのもそのときだった。
アインツベルンの技術が世界各地に広がってからというもの、亜種聖杯戦争はその成否に関わらずあらゆる地域でその噂を耳にするようになっていた。
リャオ・ファンの父もまた、この戦いに介入するべく、貴族としてのあらゆるものを賭して参加券を他の魔術師と奪い合ったという。
亜種聖杯戦争における情報収集のなかで、両親はセイバーというクラスの優位性にいち早く気づいた。
彼らは血眼になって、その候補となりえる英霊召喚の触媒を求めて中国全土を東奔西走した。
彼らはついに、一振りの蕃刀を手に入れることに成功した。
だが彼らは結局亜種聖杯戦争に勝利することはなかった。
多額の資産と権威を失い、ファンの一族はついに没落の窮地に立たされる。
残された魔術回路のみを誇りに思う反面、今度は分家でさえ「魔術回路と宗家の座を譲れ」と疎まれる屈辱。
我々が優れているという誇りさえ、いつしか失われようとしていた。
「もっとも、その亜種聖杯戦争が最終的に機能したのかはもう誰にもわからない」
「願望器である聖杯、その存在も不確かなものにさえ、僕の一族はすべてを賭して挑もうとした」
「僕たちの聖杯に願う強さは他の貴族たちとは比べ物にならない。背負うものが違う」
立ち上がってリャオ・ファンはランサーと向き合う。
「なればこそ、ランサー」
「お前に証明できるのか? お前が槍でも最強である証を僕に見せてくれるのか?」
いつものそそっかしい様子とは打って変わって、リャオ・ファンの目は動かず据わった様子でランサーを見ていた。
「ふん、いいぜ」
―戦士の顔だ。ようやく仕えるべき主の顔になった。
ベイリン卿という存在はその実、王や権力者に仕えるという柄ではなかったかもしれないが。
彼の生き様、もたらした数々の歴史への爪痕が後の円卓の礎になることも彼は嫌いではなかった。
―こいつはこいつなりに考えがあるってことか。荒削りだが。
そしてこのマスターもまた、己の使命が後の一族の夢に続くと信じてここに立っていることを知ることができた。
何も考えていない、ただその神秘に惹かれて参加するようなマスターとは違う。
ふっと笑うとベイリンは片膝をついて頭をリャオ・ファンに下げた。
「お前に使われてやるぜ、生意気なマスター坊や」
「戦士というのは守るべきものがあってこそだ。お前の願い、しかと受け止めた」
再び立ち上がるベイリン。腰につけた番の剣を握り締め、瘴気漂う霧へ向き直す。
「そうと決まれば、早速いくとするか。お前の夢の第一歩だ」
「お、おいおい正気か?」
「このぐらいの相手、ひとりで御することもできなければどのみち、覇道を極めることは無理だ」
「話を聞いてたのかよ、僕は別に覇道だなんて……」
「リャオ・ファン」
ランサーはマスターの名前を呼ぶ。
「勝つぞ」
「……ああ!」
リャオ・ファンはポケットから札を取り出して、詠唱を始める。
年季の入った紙が黄金色に光ると、周囲の陰鬱な霧を半径数十メートルほどまで切り払う風が吹いた。
霧は完全には晴れないが、視界を確保するのに十分であった。
「ライダーを倒すのは僕たちだ。連中の鼻を明かしてやり、ランサーの最強の名を他のサーヴァントに見せつけてやれ」
金色がかった林の向こうからのっそりと歩く死神犬。
ついにその姿を目に捉えた。
「……サーヴァント、二本の剣……セイバーか?」
「生憎とランサーだ……まあランサーとはいっても」
腰の番の剣を抜く。
かつて「愛するものを殺す」と予言されたその剣がセルデン・オースティンだったソレに向けられている。
「ワンちゃん相手じゃ、この玩具で十分」
「ほらほら、おいで! 骨がほしいかよ?」
鋭い牙の軋む音が響き、死神犬の憎悪が剥き出し、顔を歪にする。
「ハッ! 犬小屋で随分と瘴気を蓄えてたようだな。相手にとって不足はないぜ!」
そしてベイリンは突撃する。
***
ハイゲート墓地 某所
「やれやれ、やっぱりこうなったか」
ベイリンとグリムドッグが戦闘を始めたその数百メートル離れた場所で、キャスターは空中にあぐらをかいて、ため息をつく。
「ブリテンの騎士ってのはどうにも血気盛んなやつが多いのかい?」
「アヴァロンの旧い友人を訪ねたときも……まあいいか」
夜風にはためくローブ掴んで抑えると、キャスターも地面に降り立ち、歩いて戦闘の現場に向かうことにした。
その後ろを大きなショットガンを構えた男が近づく。
月明かりにできた木陰からインバネスコートを着た男が現れた。
「アバーライン」
「今回もマスター不在か、ミランダといい、まったく怠惰な女たちだ」
「その言葉には全面的に同意するよ。並のキャスターなら怒り狂うし、そうでないやつは狂喜するだろうけど」
ふと、ガンダルフはアバーラインのソードオフ・ショットガンを見やる。
「そんなものがサーヴァントに通用するとは思えないけど?」
「……銃の方は、たしかにそうだな」
アバーラインがコートの前を開くと、弾薬ベルトからひとつ弾丸を取り出して、ガンダルフに見せる。
「『励振火薬』。魔力を込めることで発火する特別性の弾薬で、魔獣を狩るのに適している」
「へぇ、聖堂教会も便利なものを持ってるんだねぇ」
「……魔獣を狩る、か」
アバーラインの言葉を復唱し、ガンダルフは不敵な笑みを浮かべた。
「あれはもう、なんていうか。神の部類にも思えるけど」
「……なんだと?」
「アバーライン、君はどこまでいっても人間で、しかもマスターではないのだから、あのサーヴァントのもつもっと恐ろしいものに気が付かないのかもしれないが……」
ガンダルフは説明しながら、なにかに気づいたかのように声色を変えて、続ける。
「……憎悪だよ。死神犬に向けられた憎悪が、実によくあの男に馴染んでいるんだ」
「もはやその霊基はライダーにとどまらない。あれは"復讐者"の域に達している」
「復讐者?」
聞いたことがないと、アバーラインは動揺しながらその聞き慣れない言葉をオウム返しにするしかない。
「死神犬はその名の通り、他者の死を知らせる、告げるもの」
「であればそれは、死を司るもの、死神の権能と言ってもいいだろう」
「あれは歪んではいるが、紛れもない神性を持った存在になりかけている」
「ギリシャ神話でいうハデスのような、そんな存在にね」
アバーラインの顔がゆがむ。
「ばかな、神霊をサーヴァントとして呼び出すなど……」
「本当にね。イギリスの地脈との親和性か、何かがあの男をそこまでの存在にさせた。興味深いところではあるよ」
―ただし。
ガンダルフはさらに続ける。
「死の運命を乗り越える、そんな存在が偶然にもカウンターのように、ここに存在している」
「この戦い、キーとなるのは"バーサーカー"だろう……」
「それから……」
魔力の伝播を感じ取ったガンダルフは、この墓地に集結しつつあるサーヴァントとマスターたちの顔を思い浮かべる。
「あの記憶喪失の騎士様はどうでるかな」
「僕たちも行こう。アバーライン、死ぬなよ」
「……我々の庭で好き勝手できるとは思わないことだ、"魔獣"よ」
蔑むような言葉を吐き捨て、ガンダルフの後をアバーラインが続いた。
***
「ちょっと何あれ! もう始まってるじゃないの!」
「ランサーのやつ、張り切ってるな」
「出遅れたわ、私達も急ぐわよ」
墓地の小高い丘で、シャルロットとアーチャーが立っている。
「まずは軽く、砲撃支援といくか!」
そして片腕で軽々と砲塔を死神犬に差し向けた。
次の瞬間、爆音が響き、直径数十センチはあろうかという魔力の砲弾が発射された。
「!?」
ランサーとの交戦中に高濃度の魔力気配を察知したセルデンは即座に後ろ足をけると、器用にも砲撃をすり抜けた。
「あんなでかい図体しておいて、ずいぶんと身軽なもんだ」
ナポレオンは冷や汗を浮かべながら苦笑いする。
「骨が折れそうだな!」
しかしめげずに、もう一発、二発と砲弾を叩き込む。
「英霊共が揃いも揃って!」
順応した四足の体で起用に地面を踏み鳴らし、死神犬は舞踏するかのごとく攻撃をかわしていく。
怒りに満ちた表情に犬の顔を歪めさせるが、ステップを踏み込んだその直後にあら手の攻撃がさらに迫る。
「フォルティッシモ!」
タイミングを見計らったように、今度はバーサーカーの魔術が死神犬の足元で炸裂する。
小規模の爆発が地面で発生すると、死神犬はバランスを崩して横転した。
「弱拍が甘い。お前のステップは隙だらけだ。ライダーよ」
指揮棒を取り出したバーサーカーは得意げに語りながら、なおも音楽魔術を繰り出す。
「お前に味方はいないぞ! 今宵、汝という死を乗り越えて、歓喜のの音楽は完成するのだ!」
「ほざけ!」
放射状に広がる、輝く音楽の波状攻撃。
しかしながらグリムドッグもまた、その場で力強く咆哮を上げると、音楽はどす黒い雲のような咆哮にかき消されて聞こえなくなった。
「絶望の音楽! それもよいだろう!」
「感心してる場合かよ、バーサーカー!」
―なるほど音に対しては音か! なんて賢くて面倒くさい…。
バーサーカーのはるか後ろでマスターのエハッドは歯噛みする。
再度死神犬は咆哮を上げる。周囲の気配は黒い星雲が広がり、視界を悪くする上に、魔力の結界をまとうようであった。
たなびく豊かな漆黒の毛皮がより、死神犬の形を歪ませ、巨大化させ、際限なく広がるように思えるほどその威圧感を強めた。
次の瞬間、地面を大きく蹴る。音速に近い速度であっという間に距離を詰めると、目の前に立つナポレオンめがけて牙を向いた。
しかしながた紙付きの一撃は間一髪で冷たい鋼鉄の砲身に阻まれる。
「うおっ…速い!」
衝撃に後ずさりし、バランスを崩すナポレオンだが、四肢を地面にしっかりと付けるセルデンが追撃とばかりに今度は前足の爪を繰り出した。
前足の爪が赤黒い稲妻のように肥大化し、ナポレオンの肩を浅く切り裂いた。
「こんの…!」
反撃を試みるアーチャーだが、それよりも先に、妨害の一手が脇から迫る。
ランサーの投げた剣はそのままグリムドッグの脇腹を突き刺した。
突然の衝撃にバランスを崩すと、セルデンもうめき声を上げて、一度後退した。
雨に濡れた犬のように、体を大胆に振り絞ると、突き刺さった剣はすぐに抜け落ちた。
「武器を投げるとは…」
思わずセルデンが動揺する。
しかしながら、痛手というほどのダメージではないらしい。
「少しばかり面倒だな…ならば」
死神犬が再び強く吠える。声色が先程とは異なる。
「なんだ?」
「…さっきとは声色の違う魔力の咆哮だ…?」
墓地に降りる夜空の帳に変化が生じていく。
漆黒の空から星の光が失われ、ここでの光は死神犬のどす黒い稲妻のみとなる。
稲妻がなにかの形を形成していく。
それらはやがて、セルデンよりも一回り小さい犬のようにも見えた。
猟犬の軍団がセルデンの前に無数に現れると、隊列をもして前進し始める。
さながらワイルドハントのように。
「…ちぃ! 器用なことしやがる!」
ランサーも剣を拾い上げると、今度は二刀に構え直して迎撃する。
猟犬の軍団が波状に迫る。
ベイリンは一匹ずつ猟犬を切り捨てていくが、数匹を取り逃す。
取り逃した猟犬の向かう先は……
「マスター!」
「う、うわあああ!」
間一髪小さな斥候がリャオ・ファンに迫ろうとしたが、光の障壁がこれを防いだ。
「防御なら任せてよ」
キャスターが詠唱を行うと、即座にマスターたちに障壁に展開され、ワイルドハントの襲撃から保護し始める。
その一方でアバーラインは障壁の向こう側からショットガンを打ち鳴らし、猟犬の群れを撃退する。
「自分の身は自分で守る、構わずやれ」
「ふふふ、聖堂教会の人間は黒鍵と呼ばれる礼装を使うって聞いたけど?」
「あんなものは時代遅れだ。より効率的な武装があれば、私個人としてはこだわる理由は皆無」
引き金を引くと、ショットガンからは奇妙な形状の弾丸が飛び出す。
猟犬に直撃すると、小規模の爆発を起こし、猟犬の姿を年度のように歪めさせ、破裂させていく。
猟犬の群れは続いてシャルロットやエハッドにも迫りくる。
しかしながらこの襲撃も障壁に阻まれる。
が、向こう見ずなサーヴァントも中にはいるようで。
「はあああ!」
障壁に阻まれ立ち往生している群れに、大剣の一振り。
どこからともなく乱入したセイバーがマスターたちを襲う猟犬たちを強烈な斬撃で振り払った。
「セ、セイバー! あなた達もきたのね!」
「シャルロット、ご無事ですか……おや、この障壁は?」
「キャスターの結果があって助かった。ライダーは…倒せそうか?」
シャルロットの後ろからカナウ・アルバーンが息を切らせながら走ってくる。
一瞬だけシャルロットと目があい、少し気まずそうにしながらカナウはつぶやいた。
「なにか、力になれると思って……」
「私はまだ、許したつもりはないわ」
きっぱりと一言、それだけ言って、シャルロットは再びアーチャーの補佐に集中する。
「マドモアゼル……いやセイバー! マスターの防御はキャスターに任せておけ!」
セイバーに遠くから呼びかけるアーチャー。
死神犬と最前線で、ランサーとともに攻撃を続けている。
「アーチャー、ランサー!」
剣を構え直すと、セイバーもまた前線に走り出す。
「ようやくか! おせえんだよ!」
ランサーが歯を見せてニっと笑うと、セイバーもまた不敵な笑みを返す。
「三騎士集結ってところだな。お前、ちゃんと戦えるんだろうなセイバー?」
「来たってことは、勝算くらいあるんだろ? お前の力を見せてもらおうか?」
ランサーとアーチャーの脇からの野次にセイバーは応えない。
かわりに精神統一するかのように、なんの変哲もないその剣を顔の前に向けると目つきが騎士のそれに移り変わる。
「我が名はセイバー! この世の不正を正す騎士道の探求者である!」
***
セルデンの奥の手も、数ある英霊たちの総攻撃には不利も同然であった。
地脈を最大限に生かした戦術で、多数を相手によく戦っているが、相手は歴戦の英雄たちサーヴァント。
いくら墓場の死神犬であっても、押されるのは時間の問題であった。
―殺してやる
殺戮の欲求が血の巡りを加速させる。そしてセルデンは思いつく。
地面をしっかりと支える四股に力を振り絞り、グリムドッグは再度咆哮を上げた。
霧のように濃い瘴気の靄が周囲に広がり、周囲の景色を蝕もうとする。
「今度はなんだ…?」
「逃がすかよ!」
靄の中に隠れるように見えたランサーは、死神犬を逃すまいと靄の中に突撃した。
しかし靄の中でランサーは、死神犬もろとも姿が見えなくなってしまった。
「……あれって固有結界!?」
目を見開くシャルロット。
―サーヴァントの宝具等に代表される術者の心象風景を現実に具現化する結界。
―個と世界、空想と現実、内と外を入れ替え、現実世界を心の在り方で塗りつぶす魔術の最奥。
「死神犬の固有結界……まさか!」
「アーチャー! 待って!」
何かに気がついたアーチャーはランサーを追いかけるようにして靄へ突撃する。
そのままシャルロットの制止も気にせず、靄の中へと消えていった。
「むぅ……まずいな」
バーサーカーが余裕のない表情で靄を見てつぶやく。
「ランサーとアーチャーが固有結界の中へ……?」
「あの中は危険だ。ランサーとアーチャーは武闘派だが、それ故に、あの類の魔術への対抗手段に乏しい」
「どういうことだバーサーカー?」
エハッドがバーサーカーに迫る。
「マスター、令呪を! 我々も結界へ突入する」
「れ、令呪まで使うのか!」
「ここで無策にランサーとアーチャーを失うべきではないだろう! 誰にも死神犬を止められなくなる」
「……」
―バーサーカーには何が見えているんだ。
エハッドは召喚してからこのバーサーカーが見ている展望が理解できていない。
しかしながら、その表情は真剣そのもので。
「あとでちゃんと説明してもらうからな!」
そしてエハッドは手の甲を差し出して叫んだ。
「令呪を持って命じる! バーサーカー、あの固有結界へ突入し、死神犬を倒せ!」
手の甲から赤い光が燃え上がる。
魔力の帯が剥がれるようにエハッドの手の甲から離れるとバーサーカーの体を包み込む。
「今行くぞ!」
そして赤い光をまといながら、バーサーカーが高速で靄への侵入に成功した。
「アーチャー!」
セイバーもまた靄へと侵入しようとする。
しかしながら、魔力の障壁に阻まれてしまう。
「くそっ……」
―せめて "聖剣を開放" すればあるいは。
―いや、だめだ。 "この状況を打破できる聖剣は持ち合わせていない"……。
歯を食いしばるセイバー。
剣を構えたまま、黒霧の前でじっと立ち尽くすことしかできない。
「私が行っても足手まといなだけか」
―本当に?
「くそっ……」
***
バーサーカーの侵入を最後に黒い靄は完全に外部の侵入を遮断したようだった。
アバーラインがショットガンに再び励振火薬を込めて打ち出すが、靄は弾丸を飲み込んだまま一切の変化が見られない。
「アーチャー…!」
「ランサー…!」
シャルロットとリャオ・ファンは自身の手の甲を見つめる。
令呪は消えていない。つまりサーヴァントとのつながりを証明するもの。
「固有結界……死神犬のもたらす風景か……」
ひたいに汗を浮かべてアバーラインがひとりつぶやく。
「死神犬は古来より十字路に現れる。十字路は魔力の交わりを意味する。邂逅する運命……」
―であれば、死神犬がもたらす風景とは。
***
「…まさか、お前まで割り込んでくるとはな、バーサーカー」
「その光、令呪まで使って固有結界に割り込んでくるとは、大した度胸じゃねぇか」
遅れて侵入してきたバーサーカーにニヤリと笑いながら、ランサーがアーチャーと向き合う。
「それにしても……ずいぶん辛気臭い場所だな」
バーサーカーが周囲を見渡す。
青い月明かりに照らされた、薄暗い古い街道の中、十字路の三人はいた。
「こりゃああれか、死神犬の伝説、十字路―」
その瞬間、アーチャーの背後から殺気をまとった気配。
振り下ろされた大鎌は間一髪でアーチャーの砲塔に阻まれる。
派手な金属音が響き、火花が巻き起こると、殺気の持ち主を妖しく照らす。
先程までは見えなかった死神の大鎌を咥えた死神犬がまっすぐこちらを見据えていた。
毛皮を燃え上がる炎のようにたなびかせ、復讐に目を滾らす死神がそこにはいた。
「へっ……骨までくわえちゃってよ。遊ぼうぜ!」
ランサーの剣の一振り。
しかしながら斬撃は空を切り、再び死神犬は姿が見えなくなった。
「お前たちがどこまで死の運命に抗えるか、試してやろう」
「ここは俺の領域。 "酷死十字" 死神の権能。逃れられぬ運命の前触れ」
古い街道の結界。低い声だけが周囲に響き渡る。
「戦えるのか? 音楽家風情が」
「……お前たちの方こそ、この結界と解く器用さがあるとは思えんな」
「……行ってくれるぜ」
バーサーカーが中に手を伸ばすと、どこからともなく指揮棒が姿を表す。
「……運命よ。おお、死の運命よ! 私を飲み込もうとするならば飲み込めばいい!」
「そして私に出来ることは何か? 運命以上のものとなることである!」
掴んだ指揮棒は徐々に金色の光をまとい始める。宝具発動の機運が高まる。
「バーサーカーの宝具か……何をする気だ?」
ランサーが不思議そうにバーサーカーに尋ねる。
「……しばしの時間をいただこう。前座…いや、前奏曲くらいにはなるだろうか?」
「この俺を前奏曲扱いとはね……できるんだろうな、ベートーヴェン?」
「フッ……」
再び黒い影からの大鎌の一振り、今度はランサーが両手の剣で大鎌を防ぐ。
「ぐぅ……なんてパワーだ。さっきよりも重たくて強い!」
「ああ、それに……これはどういうことだ」
大鎌の一振りは次第に鋭く、次第に深く、えぐるようにしてサーヴァントへ迫っている。
徐々に防御が間に合わなくなっている。まるで斬撃に偏差が咥えられているかのように。
「攻撃を受ければ受けるほど、死に近づいているのが実感できる。これが固有結界の力か!」
攻撃を受け流すランサー。その表情は次第に苦しいものになっている。
死神犬にアーチャーの砲撃が炸裂する。しかしながら砲撃は再び空を切る。
「ここでは実態がないのかこいつ!」
「まるで呪いのようだ……手応えがない!」
苦労するランサーとアーチャーをよそに、バーサーカーは目を閉じて、じっと魔力を編み込んでいるようだった。
「ときに英雄(エロイカ)よ。メメント・モリという言葉はご存知だろうか?」
「あん? こんなときになんだよ急に!」
不意にバーサーカーがアーチャーに尋ねる。
「メメント・モリ……!! 死はいつでも訪れる。皇帝にそう言うことで、常に気を引き締めるよう諌めた人間のことか?」
「うむ、死はいつでも訪れる。お前の皇帝時代はどうだった?」
「こんなときに昔話かよ!」
「ふざけている場合かよバーサーカー! 俺たちが死んだら次はお前だぞ!」
ランサーが激高する。
「必要な処置だ!」
対してバーサーカーも怒号する。
「音楽の邪魔だ! 黙っていろ蛮勇風情が!」
「お、おう……」
バーサーカーが指揮棒を振り上げる。空間に金色の文字が浮かび上がり、やがてそれらは記号となり、数字となり…音符となる。
一つの楽譜が中に書き上げられていくかのようだった。
「イメージしろ、征服者の達成感を。皇帝の全能感を! ここに!」
「いざ開演のとき!」
金色の楽譜がくらい十字路の中で輝く。
まばゆい光が、空間を塗り替えるように広がる。
「我が宝具の題名は"
***
グリムドッグにはすぐには事態を飲み込むことができなかった。
自身の展開したはずの宝具、固有結界がバーサーカーを中心にした光によって上書きされつつあった。
闇の帳は徐々に狭まり、次第にその姿が顕になった。
優しくも雄々しい金色の光に照らされて、アーチャーは自然と魔力が高まるのを感じた。
彼の脳裏によぎるのはヨーロッパ征服の記憶。戦争に勝利し、名声を高め、栄華を手に入れた在りし日の記憶。
―これは皇帝時代の俺か。
すべてを奪い、全てを手に入れた俺の栄華。俺の凱旋。
そういうことかとアーチャーは納得する。
―粋な宝具じゃないか。バーサーカーのくせに。
アーチャーが砲塔を構える。
砲塔が突然異音を上げると、彼の砲塔からは虹色の光が漏れ出し、砲塔はより長く、大きく変貌した。
「力が集まってくる。バーサーカーの音楽魔術で、おれの大砲の威力がブーストされているのか」
「お前も英雄ならば、人々の願いに答えてみせろ! そして乗り越えてみせろ、死の運命を!」
「無茶言ってくれるぜ……だがまあ……」
「どこでいつ死ぬかは、俺が決める! 死神なんぞお呼びじゃないねぇ!」
「"
砲撃は虹色の光になって、まっすぐグリムドッグへ浴びせられた。
「グウウウウウウ!!」
おぞましい野獣の咆哮が響き渡り、グリムドッグは砲撃を浴びて爆発が起こり、大きく吹き飛んだ。
やがて古い街道の固有結界はテクスチャが剥がれ落ちるかのように、ひびが入る。
「ランサー!」
「任せろ!」
すかさず両手の剣を腰にさすランサー。そして両手を胸の前に持っていくと魔力を込めて詠唱を始める。
「聖槍、抜錨!」
ランサーの目の前で巨大な聖槍が現れる。
強く握りしめると、結界のヒビに向かって勢いよく突き出した。
「"聖槍ロンギヌス" ロンゴミニアドとも同一視される光の塔。であれば、世界を切り離し、崩すことも可能!」
「まさに穴を見つけた今、この固有結界を崩壊させることも容易いだろう!」
「崩壊の嘆きを知るがいい、"
ベイリンが宝具の真名を開放する。
輝く黄金の光が突き出され、固有結界は完全に崩落を始めた。
「世界をつなぎとめる柱、それを崩す"聖槍"の力か。お見事、ベイリン!」
崩落する固有結界の中、バーサーカーが大喜びで拍手を送る。
そして、光は完全に暗闇を払った。
かな~り遅くなってすみません!
大勢のキャラを動かすのって難しいね…三田先生は偉大。