第二章 Quantum - Ⅲ
??? 某所
乾ききった金色の風が流れる荒野。
涼しいが、砂も混じり快適とは言えない。どこかで見たヨーロッパの風景。
黄昏を告げる夕日が荒れ地を赫奕と照らす。この世の終わりとも思えるような赤の世界にそびえたつ影があった。
吹きすさぶ砂にびくともせず、悠々と立ちはだかる。それは白き巨人のようであった。
体中の脈が強く跳ねる。恋焦がれたかのような感覚に押され、アロンソ・キハーノは駿馬を走らせた。
手にした剣はらんらんと輝き、頭には輝かしい栄光の兜を構えて。
砂風を咲くようにまっすぐ突き進む騎士。
己を鼓舞せんと吠え声をあげる。握りしめた剣が金色に輝くと、それらは光の帯となって駿馬の目前の道を照らす。
周囲から音楽が聞こえてくる。英雄の詩。讃美歌。戦いを告げる高貴な金管楽器の歓声。
近づいてきて、ようやくその遠望がハッキリと見える。
塔のようにそびえたつ無機質な白亜の魔人、その表面を覆うのは、一つ一つが苦しみうめくような人間の体で構成されていた。
表面に均等に植え付けられた菱形の真っ赤な眼球、その一つ一つがアロンソ・キハーノを見ていた。
(見たことのない…これが "悪魔" というものなのか?)
しかしながら彼女の進軍が歩みを止めることはない。
どこからともなく、声が聞こえてきた。
―見果てぬ夢の終わりを知るがいい。
目の前の悪魔がそう囁きかけたようだった。
「騎士として私が歩みを止めることはない」
そう叫び、彼女は拒絶した。
ところが再び構えた剣を目の前にして、彼女は愕然とした。
彼女が持っていたのは聖剣などではなく、なんの神聖性も持ち合わせないただのおんぼろの槍。
彼女が乗っていたのは駿馬などではなく、年老いた駄馬。
彼女の体は衰えていき、もはや馬に乗るほどのバランスもとれず、彼女は無様に落馬した。
いつのまにか金管のファンファーレは調子はずれの音で彼女を嘲笑していた。
「こんな、はずでは…!」
悪態をつく彼女。恨めしく立ち上がろうとする。今にも真っ二つに折れそうな貧弱な槍を杖のようにふらふらと立ち上がる様を、白き巨人はそのすべての赤い眼で追っていた。興味と好奇心の目。見下すような嘲笑と、背けたくなるような憐みの視線がそこにはあった。
アロンソ・キハーノ、偽物の英雄、偽典の英雄。
彼女に才覚はなく、彼女に力はなく、彼女に功績はなく、彼女に未来はない。
頭の片隅で悪魔の言葉が離れない。
しかし夢から覚めるということは、おのれの矮小さを認めることでもあった。
"狂気"から解き放たれれば、それは彼女が普通の人間でしかない。
"狂気"だけが、彼女を彼女たらしめる力であった。
「私は…」
―私はどうしてここにいる?
私はなぜ、英霊としてここにいる?
喜劇の英雄にとって、この世界はあまりに過酷だった。
力がなく、それでもその力に頼って、私はこの戦いに参加せざるをえない。
誰が…私を召喚してと頼んだ。
恐る恐る現界し、目を開いて見えたものは、どこにでもいるようなただの青年だった。
気が付けば体が動いていた。
そして、自らに紐づけられた能力をすぐに理解した。
騎士道の体現者、何をばかばかしいと、彼女は自身を否定した。
そして、知られてなるまいと、己の力を隠した。
「見果てぬ夢か」
ふとアロンソ・キハーノはつぶやいた。
この体は一晩に見た夢のようにもろく、曖昧としたものだ。
私では聖杯戦争には勝てないだろう。
私は私のマスターを失望させることを望んではいなかった。
だがせめて、たとえこの身を盾にしても、マスターだけは守る。
であればせめては、英雄とは名乗れなくとも、騎士として名乗れなくとも。
ひとりの人間として、彼らに残せるものがあるだろう。
負けるとわかっていながら、自ら破滅に向かって、それでもこの巨人に挑み続ける。
これもまた一つの騎士道なのかもしれない。
「ああ、少し救われたような気分だ」
腰の曲がったぼろきれをまとった老人がふいに笑い出す。
しわがれた声でアロンソ・キハーノは笑い出した。
「クックックッ…カーカッカッ!!」
「どうか、どうか笑ってくれ! この老いぼれの恥ずかしい告白を聞いてくれ!」
大きく上げた口から金色の砂が入り込む。夕日に当てられ一粒一粒が輝いていく。
口が砂で満たされようとも、アロンソ・キハーノはいつまでも口を開いて狂うように笑い続けた。
いつの間にか、悪魔はいなくなり、そこに立っていたのは連なる風車の塔のみであった。
***
ロンドン警視庁 会議室
「事件が解決したというのはどういうことなんですか!」
「なんの説明にもなっていない。国民がそれで納得できると思っているのか!?」
飛び交う怒号と罵声の中心に、今宵もまたロバート・アバーラインは立ち尽くしていた。
聖堂教会の一員でありながら、ロンドン聖杯戦争の監督役であった彼は、必然的に、このところ市街地で頻発している様々な(表向きには)事故の原因究明を担当する刑事という認識が、この記者会見場にいる記者全員に共通していた。
だからこそ、この(表向きには)連続殺人事件について得られる情報源というのが、インターネットの眉唾な都市伝説を除いて彼にしかなく、事実として彼だけがこの場で、この事件の真相を語ることのできる人物であった。
普段から感情を表に出すことが少ないアバーラインではあるが、彼も人間であり、職場であるこのロンドン警視庁でも様々な人間関係の問題を持っている。
記者会見場でしゃべるということも、これまで彼は何度も経験があったが、この二つの相容れぬ立場からどのように、彼らの納得のいく説明を組み立てることができるのか、本心でかなり参っていた。
結果として記者会見場には異様な空気が漂っていた。
(一刻も早くこの無駄な時間を終わらせたい)
心の中にあるのはその言葉だけだった。
すべてが不合理、すべてが無意味、すべてが非効率。
チラッと会議室の時計に目をやる。まもなく今日という一日が終わろうというところだった。
(明日のニュースか)
―明日のニュースを楽しみにしておいてくださいね。
ふと、アバーラインは昨晩のミランダの言葉を思い出していた。
ミランダの言動には最新の注意を払っているアバーラインだが、この言葉の意味をいまだ推測できずにいた。
今朝はいつも通りの時間に起床し、いつも通りの時間に出勤した。しかしながら、「楽しい」と思えるようなニュースや報告はいまだにない。
事故があったとか、暴力事件があったとか、彼のイメージする通りの"ありふれた人間"の姿がそこにはあった。
さすがに昨日の今日ということもあってか、聖杯戦争参加者たちの間にも目立って大きな動きはないようだ。
グリムドッグが召喚されてからしばらくはなかった、恐ろしく静かな夜になろうとしていた。
自分で紡いだ言葉なのに、彼自身の耳には一ミリも届いていない薄っぺらい言葉。
当然記者たちが納得できるはずもなく、中には警察関係者が犯人であるがゆえに、事件の詳細を公表できないなどと陰謀論を問う声すら現れた。
しかし、アバーラインにとってみればこれはむしろ好都合であった。
―一番ありそうな展開だ。私にとってロンドン警視庁のメンツなどどうでもいいことだからな。
アバーラインはそこで珍しく表情を作ることにした。図星をつかれた、かのような焦りの表情、あきらかに動揺したかのような声の調子、そして汗。
すべてをコントロールして、彼はたやすく「ボロが出そうなスポークスマン」に変わり果てた。
「おい、あの表情」
「図星、ってかんじじゃあないか?」
一斉にカメラのフラッシュが炊かれていく。記者たちは納得のいくシナリオを導いたようだ。
(ようやく終われる…)
土曜日の夜ということもあってか、この日の記者団たちはいつもより追及が甘い。
さっさと切り上げて日曜日を目いっぱい楽しむことにすでに頭が動いているに違いない。
会見の終了を進行役の刑事が告げると、記者団たちは興奮冷めやらぬ様子で会議室を後にした。
「君たちは先に帰るといい、後片付けは私がやっておく」
「し、しかし先輩。かなり疲れているように見えますし…」
「この顔は生まれつきだよ」
「し、失礼しました!」
「冗談だ、気にするな」
部下を先に帰らせて、会議室にアバーラインひとりとなった。
この一人の時間が今はとても心地よい。建物内が禁煙でなかったらもっとよかったのだが。
「・・・」
アバーラインはふと会議室の何もない空間を見た。
なぜか目が離せない、言いようのない直観に従って、声を発する。
「アサシンか?」
何もなかったはずの空間に突然男が現れた。
壁に墨汁のような黒いしみが浮かび上がり、それらが影のように人の形を形成すると、次の瞬間にはアサシンが会議室の片隅で腕を組みながら壁にもたれかかっていた。無言で。
全身を黒い布でまとい、表情のないドクロの仮面をかぶった、声を出さなければ男とも女ともわからぬ姿のアサシンがこちらをじっと見ている。
「私の気配遮断スキルはそれほど高くはない…だが、それでもお前の直感というものは人間離れしていることはわかる」
アサシンが口を開いた。
―声の雰囲気は男…それも少し年を取っているような、壮年といった雰囲気だ。
「改めて、私はミランダのサーヴァント、クラスはアサシン」
「以後お見知りおきを」
「・・・」
アバーラインの内心は穏やかではない。
アサシンは聖杯戦争においてもっとも気を許してはならない相手なのだから。
ましてそのアサシンの姿に共通するドクロの仮面となれば、おのずとその危険度は跳ね上がる。
数々の亜種聖杯戦争にて、アサシンの姿はおおむね共通している場合が多い。
ドクロの面と、体を覆い隠す黒の外套。
彼らは聖杯戦争でしばしばアサシンのクラスとして召喚される暗殺教団の頭領"山の翁"の姿である。
常に死の気配を漂わせる危険な存在だ。
「ミランダの遣いか?」
「ああ、そうだ」
「殺しに来たのか?」
「いいや、殺さない。今は、そして私は」
「どういうことだ?」
「この後お前が身動きが取れなくなる前に、話がしたいと思ってな」
―話だと?いや、身動きが取れなくなるとはどういうことだ?
「・・・」
全身の魔術回路が警鐘を鳴らしている。
―何を企んでいるアサシン?
少しの沈黙の後、アサシンが口を開いた。
「私はこの異教徒の産物たる聖杯を疎んでいる、そして、その聖杯から呼び出されたという事実について、私は耐え難いほどの屈辱をもってここにいる」
「ああ、山の翁…暗殺教団にとってはそうかもしれんな、だが…」
アバーラインは慎重に言葉を選び続ける。
「それでもお前たちが聖杯に召喚されるというのは、少しばかり違和感もある。召喚されたからと言ってわざわざマスターのために聖杯を手に入れるために戦う必要はないのだからな」
「だから、山の翁たちは、この戦いを疎んではいながらも、同時に好機だととらえているんだ」
「己の持つ願望、それが破滅的なものであれ、私欲を満たすためのものであれ、機会をうかがっているんだ」
「お前たちアサシンはリアリスト…目的のためなら手段を択ばない……」
「そうだ、利用できるものはすべて利用する。少なくとも私はそういう風に考えている。」
「聖杯戦争においては、もっとも合理的な戦術を得意とするのがアサシンだ」
「おほめにあずかり光栄だよ、アバーライン」
アサシンが笑った。満足げな声の調子で提案する。
「私の見立て通りだ、アバーライン」
「いかがか? 私と契約して"アサシンのマスター"にならないか?」
「……は?」
***
「すまない、聞き間違いかもしれないからもう一度聞く」
「私の、アサシンのマスターになれと言っている」
ドクロの面をかぶったそのサーヴァントはもう一度同じ言葉を繰り返した。
「お前、どういうつもりだ? ミランダは?」
「むろん、わがマスターは了承済みである」
「私がミランダの手先になるということか? ますます意味が分からんぞ!」
額に汗を浮かべて、狼狽した様子でアバーラインが叫ぶ。
彼のこのような様子はおそらく同僚でも見たことがないだろう。
「わがマスターの考えは、おまえにも予測できないだろう。しかし、聖杯戦争において、マスターは勝つためならどんな手段もいとわない女だ。私はそこが気に入っている」
「マスターの"令呪"が今どうなっているか、お前にわかるかアバーライン?」
アサシンは試すようにアバーラインに問いかける。
令呪とはマスターが手の甲などに発現させるマスターの証であり、サーヴァントに命令を強制できるリソースである。
「当然、ミランダの手の甲にあるのだろう」
「では、そのミランダは今どうなっていると思う?」
「不老不死と引き換えに……彼女は外の世界に出ることができないと聞いているが」
―実際にこの目で見たことはないが、現在の彼女はさしずめホルマリン漬け標本のようないでたちなのだろう。
「考えてみれば不思議なものだ。そのような姿になっても聖杯戦争のマスターになれる資格があるというのか」
ふいにアサシンが街頭から真っ黒な袋を取り出した。
アバーラインに説明する。
「ここに彼女の令呪がある」
袋から取り出されたのはしわくちゃの、ミイラのような切り取られた人間の右手だった。
その右手の甲には確かに赤く輝く刺青のような文様が浮かび上がっていた。
令呪とは魔術師の魔術回路に影響されるもの。
そして彼女の令呪はとげとげしく、角の生えたハート形のような左右対称の文様を表していた。
なるほど左右対称ではあるが、生命の象徴、心臓ともいえるハートは歪み、異形の存在となっている。
美しいようでいびつ。彼女らしい令呪と言えなくもないだろう。
―いや、問題はそこではない。
「……そ、それはまさかミランダ・ウォルフォークの?」
「そうだ、彼女が私に託した、アサシンの令呪だ」
「彼女の覚悟はこれで分かっただろう。決して冗談などではない。マスターはお前が私のマスターになることが、この聖杯戦争において決定的な奇策となると確信している」
「……」
アバーラインは高速で思考をめぐらす。
聖杯戦争においてマスターとはサーヴァント以上にその存在を狙われやすい存在である。マスターを殺害してしまえばサーヴァントは消滅してしまうからだ。どんなに強いサーヴァントであっても、それは変わらない。いかにして他のサーヴァントからマスターを守るかもこの聖杯戦争において重要な要素である。
だからミランダの言うように、マスターを偽装するという手段も十分に有効な手であることはアバーラインにも容易に合点がいった。しかしだからと言って、令呪を明け渡してしまえば、それはもはやマスターの資格そのものを譲渡しているようなものである。
「……理解不能だ。やはりあの女は危険すぎる」
「ここで私が令呪を手に入れて、ミランダを暗殺させることだってできるではないのか?」
「命をなげうつような、危険な……いや、賭けにすらなっていない!」
―残念ながら。アサシンが遮る。
「それはできない」
「なぜだ!」
「この私にも、マスターが今どこにいるのかを分からないのだからな」
「……」
―おぞましい。あの女にはこの聖杯戦争の局面がどこまで見えているのか?
彼が趣味でやっているチェスの話を思い出す。チェスは駒も盤面も少ない。プロのチェスプレイヤーなら突き詰めていけば序盤のゲーム展開であればすべての駒の動き、何百万という序盤の展開をすべて覚え、まるでコンピュータの計算のように最適な手を導くことができる。彼女の言動には人間味が感じられない。
「わずかだが、彼女とのパスはこのロンドンの地下深くに向かって続いているのがわかる。しかし、ロンドンの地脈が入り乱れて流れている間にこのパスの行方は突き止めることができなくなっている」
「居場所がわからないというのか……アサシンにも」
「そうだ。だから、お前にマスターを殺すことはできない。たとえその腕をめった刺しにしようとも、酸で溶かしたとしても意味はない」
「わがマスターはすでにほぼすべての肉体を捨てているのだからな。その手は彼女にとってただの部品に過ぎない」
「彼女を殺すことはできない」
***
「……吐き気がする」
さきほどかたづけたパイプ椅子を再び取り出し、すがるようにアバーラインは会議室にひとり座り込んだ。
疲弊した様子のアバーラインを慰めるかのように、あるいはせかすようにアサシンは凄んだ。
「お疲れのところ申し訳ないが、考えている時間はもうないようだぞ、アバーライン」
「……断ったら殺すということか?」
「フッ……殺さないさ、だが」
疲れからか、表情の読めないアサシンのドクロの面がゆがんだように、アバーラインには見えた。
「死ぬよりも面倒くさいことにはなるだろうな」
会議室に突然鳴り響く激しいドアのノック音。
勢いよくドアが開かれると、間髪入れずに武装した警官が大量に会議室になだれ込む。
中にはアバーラインの見知った上司や、同僚の姿もある。
アバーラインは目を見開いて狼狽し、アサシンと警官の群団を交互に見た。
―一般人にサーヴァントの姿を見られている。
「あ、アサシン貴様!」
「ロバート・アバーライン! 両手を頭の後ろについてひざまずけ!」
一瞬彼には言葉の意味を理解できなかった。
アバーラインはわけもわからず叫んだが、アサシンは意に介さずといった様子でこの成り行きを見ていた。
「……こ、これはどういうことですか! なぜ私が!」
アバーラインが警官たちに口を開こうとした瞬間、乾いた発砲音が響き、背後の窓ガラスに穴が開いた。
発砲したのは彼がよく知るロンドン警視庁の後輩だった。
彼の頭から血の気が引いた。
もともと血の巡りの悪い不健康な相貌ではあったが、その姿は今にも死にそうな青色を呈していた。
同僚に銃を向けられるというのはある意味で現実的で、昨晩の死神犬よりも彼にとってダメージの大きい光景であったのだ。
聖堂教会、ロンドン警視庁、どちらの立場も崩れていくかのようであった。
「アバーライン、貴様を猟奇殺人事件の容疑で拘束する! さっさとひざまずけ、次は一斉射撃だ!」
「……」
ぐらぐらとした視界の中、アバーラインはそれ以上何もいうことも、何かを起こすこともできず成り行きに身を任せた。
膝をついて、愕然としながら、ふいにアサシンと目が合った。
意識を失う直前、アバーラインは何かをつぶやいた。
そして、アサシンがドクロの面を取ったかと思うと、細長い髭を蓄えたアジア風の男の相貌が一瞬うかがえた。
―ああそうか、これは確かにビッグニュースだ。
それからアバーラインは意識を失った。
時計が真夜中の0時を告げようとしていた。
***
ロンドン カナウの家
そこから数キロ離れた場所、カナウ・アルバーンの家。
つかの間の休息、ロンドンの裏通り、下町の静寂を破る来訪者の影。
カナウの家はそれほど大きなものではない。現在は一人暮らしだがかつては家族と暮らしていた。
使われてない部屋はいくつかあり、客人をもてなすくらいの設備はある。
そんなごく普通の、イギリス式の一軒家のダイニングテーブルで。
「おい、もうちょっと大きな椅子はないのか?」
「人の家に上がり込んできたかと思えば…その態度を小さくすれば椅子に収まるくらいにはなるのでは、アーチャー?」
「言ってくれるじゃないか、"英雄もどき"のセイバーが」
「ところでセイバーのマスター…ここに酒はないのか?」
「いや、お酒はほとんど飲めないから…ああそうだ、コーヒーでよかったら」
「カナウくん、バーサーカーのことは気にしなくていいから」
「というかあなたたち、狭いんだから霊体化しててくださらない?」
「セイバーはともかく、アーチャーもバーサーカーもデカすぎて暑苦しいのよ」
ダイニングテーブルに座り込むシャルロット。両側を厚い男の胸板に挟まれて、ウンザリといった様子で悪態をついた。
「別にいいじゃねぇか、俺としてはお前たちと今の気持ちについて問うてみたいことが山ほどあったんでな」
「今の気持ち?」と、これはカナウ。
彼はすっかりこの家のホストとしてこの好き放題な客たちに飲み物を入れて回っていた。
なこの小さな一軒家に、小さなダイニングテーブルを囲んで、セイバー、アーチャー、バーサーカー、シャルロット、エハッドが集っていた。
アーチャーとバーサーカーは体格が大きいので、このダイニングテーブルでは不釣り合いなほどだった。
古今東西の英雄がテーブルを囲んで、紅茶やコーヒーを片手に談笑しあうという奇妙な光景がそこにはあった。
各々が指をさし、様々な表情で語り、揶揄する様はルネサンスの宗教絵画のようにも見えた。
昨日までの緊迫とした空気はそこにはなく、好き放題に話したがる英霊と魔術師たちの光景だ。
「というかなんでこんなことに…」
ひとり呟くエハッド・ティーレマン。こうなった原因を探ろうと記憶をよみがえらせる。
ライダー討伐指令の翌日のことだ。
次回、聖杯問答。