ロンドン カナウの家
「活動停止って……死ぬってことか!?」
「でも……アンドロイドじゃないんだし、そんなバッテリー切れみたいことが起こるものなのか?」
「魔術回路の流れが著しく低下してるわ。このホムンクルス、おそらく成熟する前に調整層から叩き出されたせいで、出力が低すぎて自力で生命活動を行うことが困難なんだわ。この程度の強度でしかないのも無理ないわね……」
「ハァ…ハァ…!」
ダイニングで突如倒れたホムンクルスの少女。
異変に気付いたシャルロットはすぐに彼女の手を取ると、体に浮かび上がったその魔術回路をじっと見つめて分析を始める。
「―同調、開始」
シャルロットが自分の左腕を右手でつかみ、何かをつぶやくと魔術回路を通して指先から光が伸びていく。
物体の構造を把握するための簡易な魔術である。
「……」
彼女が目を閉じると、脳内にホムンクルスの構造が浮かび上がる。
魔術回路の一本一本のパスをたどる。
しばらくして光は収まり、シャルロットはため息をついた。
「ダメだわ。構成材質はおろか、基本骨子も何もかも理解できない」
がっくりとした様子で、額に汗を浮かべてつぶやいた。
―確かに人形遣いやホムンクルスは専門外だけど。
―こんなに何もわからないなんてことある!?
「アトラス院のホムンクルスだ。アインツベルンのそれとは違うってわけか……どうする?」
「エネルギーって要は魔力ってことか? なら俺の魔術回路から……」
エハッドが提案する。
「それはダメ」
「どうして!」
「構造が分からなさすぎる。自動車にもレギュラーとかハイオクとかあるでしょう? A型の血液型にB型の血液型が入ったらどうなると思ってるのよ」
シャルロットがきっぱりというと、エハッドもより慌てた様子で、シャルロットとバーサーカーとを交互に見詰めた。
「シャルロット、あなたのウィッチクラフトで、実際の人間と同じように治療を試みるのは……」
セイバーが思い出したかのように提案する。
「……やってみる。カナウ、エハッド、彼女をベッドまで運んで」
シャルロットは声を振りしぼって二人に指示を出したが、声の調子からしてその望みは明らかに薄いようであった。
「ああ、分かった!」
「よし、運ぶぞ!」
時計は12時を超えたところだ。
***
ベッドに寝かせたあとも、少女の容体はよくならなかった。
体を走る魔術回路は弱弱しく明滅を繰り返し、高熱を出した子どものように息を荒くして苦しそうにしていた。
「一体どうしたら……」
ベッドのすぐわきにカナウが座り、不安そうに少女を見つめている。
「せっかく生き残れるかもしれない希望ができてきたのに……」
少女の手を握り締めて、カナウはただただ祈り続ける。
シャルロットは自身の工房から持ってきたウィッチクラフトの材料を床に広げて、すでに調合を始めている。
ある程度の有機的な治療法は効果もあることがわかり、シャルロットはその方向からホムンクルスの延命措置を施す。
しかしながら根本的な問題の解決にはなっていないようだ。
その脇でエハッドとセイバーが様子を見ていた。
「姫……」
「セイバー、あの子のこと、姫と呼んでるのか?」
ふいにセイバーがつぶやいたので、エハッドが尋ねる。
「ドゥルシネア……私の敬愛すべき姫の名前です」
「そうか、ドン・キホーテの旅の目的。ドゥルシネアの高貴を世に伝える遍歴の旅、だったな……」
「本当に、私は無力ですね。こんな時に何をすることもできないなんて」
「そんなに自分を卑下するな、セイバー。ライダーに最後のとどめを刺したのは君じゃないか」
「……」
「イザイを探しましょう」
セイバーが提案する。
「イザイを……?」
「彼女を創ったのはイザイ・エルトナム・アトラシアでしょう? 彼女なら姫を治すことができるに違いありません」
「だが、それはつまり……」
―それはつまり、アトラス院の錬金術師にこのホムンクルスの少女を引き渡すということだぞ。
「ええ、でもこのままじゃ確実に活動停止するわよ」
シャルロットもセイバーに同意する。
冷静な目から冷たく言い放つ。
「……どうするカナウ?」
「……」
「命がかかってる、やるしかないだろ」
カナウはしぶしぶ了承した。
「けど、イザイに会うにはどうしたらいい?」
「私がロード・エルメロイに頼んで時計塔に呼び出す」
シャルロットが答える。
「と、時計塔に!?」
エハッドは驚いて上ずった声で反論する。
「それはマズいだろう! 俺たちが犯人と一緒にいると、時計塔の連中に知られたら……」
「ふふふ……本当に、おかしいわよね。私が何でこんなこと……」
自嘲気味にシャルロットが笑う。目だけが据わっていた。
「でも、一周回って安全だと思うわ。アトラス院と時計塔の監視の下で、安全に秩序だってイザイと交渉ができるかもしれない」
「交渉だって?」
「交渉するの。時計塔でアトラス院と。ホムンクルスの少女の再調整を、時計塔で、ロードたちの前でさせれば、ほかの魔術師たちは手を出せない」
「お前は時々……とんでもないことを言い出すな……」
シャルロットの提案に対して、エハッドもまたただ苦笑いする。
「……シャルロット、僕にイザイと交渉させてくれないか?」
カナウが力強く言う。
「カナウ、本気なの?」
シャルロットはじっとカナウを見て確認する。
「魔術師相手にあなたに何ができるっていうの?」
「僕は時計塔の魔術師でも何でもない。だからこそ、魔術師世界のしきたりなんて気にせず、なんとでも連中に言ってやるさ」
「あなたね……」
「錬金術師、魔術師たちに言わせてくれ。僕はもう何も怖くない。お前たちなんか怖くない。あいつらが僕を全力で殺そうというのなら、僕は全力で生きてやる」
「生きて生きて、全力で生き延びてやる!」
こぶしを強く握りしめて、叫ぶ。
「……いいわ、その提案に乗ってあげる」
―カナウ・アルバーン、ようやく聖杯戦争のマスターらしい顔つきになったわね。
魔術師相手に何ができる。そう言いながらもこの男とセイバーのサーヴァントは修羅場を潜り抜けてきた。
幸運程度では説明のつかないこの青年から湧き上がる覚悟や意志の硬さがそこにはあった。
「時計塔の魔術師として、民間人であるあなたの監視を務めるものとして、できる限りのバックアップはするわ」
「ははは……面白くなってきたな。そうでなくちゃな」
手をたたいて、エハッドは震えた声で叫ぶ。
「魔術師世界がひっくり返る大ニュースだ! ただの人間が、時計塔で、アトラス院の錬金術師相手に、交渉するだなんて!」
「やるぞベートーヴェン、時計塔に乗り込むんだ」
「運命が変わる時だ!」
ふいに部屋のドアが開いて、アーチャーとバーサーカーが現れる。
「話は聞かせてもらったぜ、お前たち!」
「見事な心意気だ、セイバーのマスター! 我々も全力でサポートする」
「やりましょう、カナウ。もしもの時は必ずやあなた方をお守りいたします」
「みんな……ありがとう」
カナウは律儀にサーヴァントたちに頭を下げる。
(その低姿勢な感じは、なんとかしてもらいたいわね)
―魔術協会、時計塔の魔術師たちに一歩も譲ってはダメ。
―さもなければあっという間にあの"魔物たち"に体を食いちぎられてしまうもの。
団結するサーヴァントたちを後ろから見ながら、シャルロットはひとり気を一層引き締めた。
シャルロットに促されて、カナウとセイバーは一度部屋を出て、自分の部屋に戻ることにした。
聖杯戦争が始まってから、彼を取り巻く景色は何もかもが違って見えた。
死の危険と隣り合わせの世界に置かれ、大学のレポート用紙や、趣味に読んでいた本の数々はそのまま、床に散乱していた。
ベッドに倒れこむと急に疲れが表出し始める。
ふとナイトテーブルわきに置かれた写真立てに目をやる。
カナウの家族の写真だ。
「……」
カナウ・アルバーンは四人家族の次男として生まれた。
彼の姉、両親は、カナウが小さいときに失踪したと彼は聞かされていた。
この家は彼の母の友人が、カナウのために援助してくれたものだ。
この恩に報いるために、カナウは特待生の資格を得るために勉学に励んでいた。
「レポート……提出しなきゃ」
「……あいつら、心配してるかな」
「セシリア……姉さ……」
「……おやすみなさい、カナウ」
セイバーはベッドで横たわるカナウの毛布を整える。
月明かりが寝室に差し込み、カナウの顔を照らした。
セイバーは立ち上がると部屋のカーテンを閉める。
「戦士の休息です。このあとはもっと忙しくなりますから……せめて今夜だけは」
そうしてじっとマスターの傍でその眠りを見守っていた。
***
「それにしても意外だったわ」
「何がだ?」
「アーチャーまで、時計塔での交渉に乗り気でいるなんて」
「そのことか」
最大限のウィッチクラフトは、ホムンクルスを一種の冬眠状態にした。
消費エネルギーを最小限にとどめることに成功した彼女は、そのままの状態でホムンクルスを眠りにつかせた。
ホムンクルスの容体が小康状態に入ったので、シャルロットとアーチャーは夜の街で外の空気にあたっていた。
シャルロットが買い与えた現代風の服装に身を包んだアーチャー。
一番大きなサイズのシャツがはち切れそうな胸板の主張が暑苦しい。
実のところ、すでになんどかボタンをはじき飛ばし、そのたびにシャルロットが縫い直している。
「今夜は泊りね」
コンビニエンスストアで日用品を購入して回りながら、シャルロットとアーチャーは今後の動向を話していた。
話はやがて、アーチャーの話題となる。
「あなたわかってる? イギリス魔術師世界の中枢に乗り込もうっていうのよ、フランス皇帝が」
「ああ、ワクワクするよな。連中の驚く顔が今から楽しみだ」
邪悪な笑みを浮かべて、アーチャーが答える。
「まさか、それだけの理由で?」
「……なあシャルロット、知ってるか?」
「何よ?」
アーチャーが不意に優しい口調になり、シャルロットもまたすこし身構えるように尋ねる。
「俺が負けたのは、実は魔術協会の仕業なんだ」
「な、なんですって!」
シャルロットが目を見開く。
「俺はあの時ワーテルローで敵の連合軍の中に魔術師たちが控えているのをこの目で見た」
「あの戦いで俺の覇道が終わるということは"奴らの言うところの歴史"で決まっていたことらしい」
「俺が天候を読み間違えるはずがない。俺は戦の天才だからな」
「奴らは天候でラ・グランダルメの行軍を惑わし、結果として自然な形で戦いに敗れたと思わされていたんだ」
「それがワーテルローの真実だったってこと……?」
震えた声でシャルロットがつぶやく。
「そもそも俺がヨーロッパを支配しようとしたのも、魔術師による支配に対抗するためだしな」
「そんなの初めて聞いたけど!?」
「そりゃ言ってないし、歴史にも残ってないからな。俺たちの時代の魔術師はもっと容赦なかったぞ」
「確かに、今の時計塔は昔より平和だって聞いたことがあるけど……」
「歴史ってのは所詮勝者のものだ。今更俺が暴れたところでもうどうにもならんだろう。そこは理解しているつもりだ。だが……」
アーチャーが立ち止まる。振り上げた腕を見つめて続ける。
「お返しをしてやらないと俺の気が済まないんだ。ほら、イギリスは紳士の国なんだろう?」
そしてまたニィと笑った。
「心配するな、今となってはそれほど連中を恨んでいるわけじゃあない。それでも連中がお前にちょっかいをかけてくるようなら俺も全力で応戦するが……」
「……いいわよ。別にぶっ壊しても」
「本気か?」
「ええ、本気」
―だって。
シャルロットは振り返り、アーチャーのほうを見て笑った。
「魔術師世界が崩壊しても、あなたが私たちを導いてくれるんでしょう、皇帝陛下?」
「……俺のことを否定したり、今度は皇帝陛下と呼んだり、都合のいい女だ」
―シャルロット・ロジェ。
―俺がヨーロッパの皇帝に就いた時には、お前を俺の……
ふいに聞きなれない電子音が鳴り響く。
その音源は彼女のポッケからだった。
取り出したのはスマートフォンだ。
エハッドが自作したもので、マスター同士で連絡が取れるものだ。
「エハッド? さっそく連絡が来るなんて……」
スマートフォンを取り出して、シャルロットが画面を確認する。
呼び出したのはエハッド・ティーレマンだった。
「もしもし?」
「エハッドだ、早速の連絡ですまない。今どこにいる? カナウは一緒か?」
「外にいるけど……」
「そうか、わかった」
スピーカーの向こうでエハッドが息を吸い込むのが聞こえた。
震えた声でエハッドは説明する。
「いいか、落ち着いて聞いてくれよ。アバーラインが指名手配されてる。ロンドン警視庁で警官数十名を殺害、猟奇殺人事件の容疑者として逮捕状が出たらしい」
***
ロンドン 採掘都市マギスフェア
暗闇の広大な空間に調整槽の中からひとり笑う女がいた。
金色の液体に満たされた逆さ吊りの量子の魔術師の笑い声はそばに付属したコンピュータの合成音声によって代弁されていた。
「うまくいった……聖堂教会の犬を手なずけたわ。素晴らしいわアサシン!」
「暗殺教団にこのような能を持った存在がいるとは。正直期待してなかったのだけど……」
ミランダの精神がコンピュータに接続されると、ひとりの連絡先を指定した。
「イザイ・エルトナム、聞いているか。計画の第一段階を遂行した」
『こちらも今、ニュースで見たよ。しかしあのアバーラインという男、なかなかの野心家のようだ』
ディスプレイに浮かび上がるイザイの顔。
『それにしてもまさか令呪の腕ごとくれてやるとは大胆な』
「アサシンはすっかり私の信頼を得たと浮かれていることでしょうね。利用されているとも知らずに」
『私がアサシンなら、性格がねじ曲がりそうだ。かわいそうに』
彼女の体の、唇がわずかに歪み、気泡がコポコポと浮き上がる。
イザイはそういいながらも、表情がたいして憐れんでいないようだった。
「計画を第二段階へ移行する。イザイ、セイバーとホムンクルスの様子はどうなっている」
『もうじきセシリアも活動限界時間に到達するはずだ。そうなれば向こうからやってきてくれるはずさ』
「セシリア?」
「ああ、言ってなかったかな。あの子の名前さ」
不審に思ったミランダが尋ねる。
照れたような表情でイザイは返した。
「ホムンクルスに名前だと?」
ミランダは鼻で笑う。
『あの子は私の大事な娘だからね』
イザイは大まじめに答える。
『君は出産をしたことがあるか、ミランダ? あれはとても神秘的で興味深い現象だよ』
「出産など、魔術師が跡取りを作るための儀式のことだろう。あんな非効率的な行為に興味はない」
「一族にとって何よりも大事なのは血ではなく、魔術回路だ。魔術回路さえ維持できれば跡取りだろうが、養子だろうが関係ない」
きっぱりと言い切る。
『さすがは量子の魔術師だ……まあいい、とにかく』
『私の計算ではそのセシリアがまもなく力尽きる。あの子はきっと助けたい一心で私を探すことだろう』
『そうすれば、再びアーチャーとバーサーカーのマスターも現れるだろう』
『どちらかのサーヴァントを奪うことに成功すれば、盤石だろう』
―サーヴァントの強奪。やはり型破りな思考だ、ミランダ・ウォルフォーク。
―マスターを殺すのではなく、サーヴァントを奪うこのやり方、過去に例を見ない作戦になる。
「大仕事だ。アサシンにはこのまま盛大に暴れてもらうとしよう。ただし私の引いた糸の下で」
スピーカーから相も変わらず合成音声が鳴り響く。
ディスプレイが閉じ、再び暗闇にひとり浮かぶミランダ・ウォルフォーク。
彼女の精神はコンピュータでネットワークにつながっている。
ロンドンじゅうの監視カメラを彼女は見ることができる。
ロンドンの地下世界に広がる大迷宮。
かつて星の内海を目指した巨大竜の亡骸、その地下都市の深奥から、彼女はロンドンの魔術世界をのぞいている。