Fate/Apocrypha/Quantum   作:うおぬま

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Ⅲ - フェイカー

 魔術協会、時計塔。

 

 アトラス院の錬金術師がここを訪れてからというもの、時計塔はいまだこの騒動に落ち着きを取り戻すことができずにいる。

 魔術師たちは逸る気持ちを抑えきれず、この聖杯戦争に一枚かみたいという意気込みを持った野心家であふれていた。

 

 魔術師における神聖な儀式、聖杯戦争あるいは聖杯大戦。

 万能の願望器たる聖杯は誰もが求める栄光である。

 

 もはやこの状況を「ホムンクルスの奪還作戦」ととらえている魔術師は少数派であり、大半がどのようにアトラス院の錬金術師を出し抜くかという段階に差し掛かっていた。

 しかしこの状況は奇しくも、シャルロット・ロジェにとっては好都合であった。

 

 この日の朝、シャルロット・ロジェは、背後にナポレオンを(あえて実体化させた状態で)従えて、ロード・エルメロイ二世の部屋を目指していた。

 廊下を歩いているだけで彼女は魔術師たちの注目の的であった。

 

「それじゃあ、あの背後にいるのがサーヴァント?」

「大男だな……クラスはアーチャーらしいぞ」

「強そう……」

「聖杯を手に入れるのはやはりシャルロット・ロジェか?」

「いやいや、あのランサーのマスターも……」

 

 

 

「すっかり人気者だな、マスター。まあこの俺をサーヴァントとして引き当てたんだから当然だよな」

「その自信は本当にどこから来るの」

「いいじゃないの……それにしてもみんな若いな。これが現代の魔術師か」

 

 アーチャーはアーチャーで、時計塔を歩く魔術師たちを品定めするようにキョロキョロとしている。

 シャルロットはひそひそ話など気にも留めないといった様子で時計塔の廊下を進む。

 

 やがて懐かしい扉の前にたどり着く。

 一息深呼吸すると、シャルロットはドアをたたく。

 

 ドアを開けたのはフードを被った灰色の髪の気弱そうな少女だった。

 

「こんにちは……あなたは」

「こんにちは、私は師匠の……」

「来たか、シャルロット・ロジェ。はいりなさい」

 

 少女の後ろから聞きなれた声がする。ロード・エルメロイ二世が顔をのぞかせる。

 

「グレイ、フラットと共に少し出ていなさい。彼女と話がある、くれぐれもフラットにこの会話を盗聴させるなよ」

「かしこまりました。さあ行きますよ、フラットさん」

「えぇ~そんなぁ~!! あ、もしかしてあなたはサーヴァントさん!? いいなぁシャルロット! ねぇ、僕にも紹介してよ! とりあえず真名とか! 有名人なんですか?」

 

 涙目になりながら引きずられて外へ出ていくフラットを見送り、シャルロットとアーチャーは代わるように部屋に入る。

 

「よう、お前がロード・エルメロイか」

「お初にお目にかかる、皇帝ナポレオン。私のことは二世と呼んでもらえないか」

「二世? よくわからんが、わかった!」

 

 小さなテーブルをはさんで、シャルロットとエルメロイ二世が座り込む。

 

「それで、話というのは何かね?」

「……」

 

―覚悟はしていたけど、やっぱり緊張するわね。

 

 シャルロットが黙っていると、エルメロイの方から口を開いた。

 

「塔内の魔術師たちのうわさで聞いたことだが、すでにホムンクルスの居場所を突き止めているようだな。取り戻すのも時間の問題というわけだ」

「さすがは"南フランスの天才"シャルロット・ロジェだな。ミスター・ベルフェヴァンもさぞかし誇りに思うことだろう」

「君のような学生がうちの生徒であったのなら、思わずにはいられない」

 

「ああ、こいつは最高のマスターだぜ、エルメロイ二世さんよ」

「ライダーの討伐に成功したのも、俺たちの尽力によるところが大きいってもんだ」

「魔術協会からは、君と、ランサーのマスターであるリャオ・ファン両名が最もこの討伐作戦に貢献したとみなし、一族に褒賞を与えると申し出ている。後で手紙をご実家に送るつもりだが……」

「どうも浮かない顔をしているな……聞かせてはくれないか、その理由を」

 

 

 

「ロード・エルメロイ二世、先生にお願いがあります」

 

 両手を膝の上で握りしめて、意を決したようにシャルロットが説明する。

 

 

 

***

 

 

 

「……そうか、ホムンクルスが」

「はい、このままでは彼女は活動停止するでしょう。しかし製造者であるイザイ・エルトナムならどうにかできるはずです」

「私ではだめでした……エネルギーの消費を最小限にとどめるくらいしか」

「君の専門ではないからな。無理もないだろう」

 

 エルメロイはすべてを聞くと、葉巻を置いて一息つく。

 エルメロイは目を細めて、低い声で続ける。

 

「君も感じているだろう、この時計塔のいやな熱気を」

「魔術師たちは浮足立っている。少しでも隙を見せれば食らいつくという、ハイエナの群れに満ちている」

「そんなところに、ホムンクルスを連れてくるというんだ」

 

―どこかで何かがはじければ、この時計塔をも巻き込む戦争になる。

 エルメロイの心中は穏やかではない。

 

「私はこの時計塔のロードとして、この場所と生徒たちを守る義務がある」

「イザイ・エルトナムの特殊性については私も先のトゥリファスでの調査で把握している。私もロードとしてこの事態に対して責任を果たすつもりでいる」

「そ、それじゃあ…」

 

―しかしだ。

 エルメロイはこうも答えた。

 

「この件はもはや私一人の手におえる状況ではなくなっている。これは下手をすれば魔術協会全体に影響を及ぼす」

「私のような若輩のロードでは、できることなどせいぜい限られている」

「イザイ・エルトナム女史には私から連絡を入れることにするが、あまり期待はしないでほしい」

 

 しばらくの沈黙。シャルロット・ロジェは言い返せないでいた。

 

 

 

「失礼します、ミスター」

 

 突然部屋のドアが開く。

 

「あ、あなたは……」

 

 ドアが開いて入ってきた人物を見て、エルメロイ二世は驚愕する。

 つられてシャルロットが振り返ってドアのほうを見ると、紫色の制服を着た男性が立っていた。

 

「あなたは確か……」

「アンドレです。私もアトラス院の錬金術師」

「ああ、エルトナム女史の隣にいた」

「覚えていてくださったとは光栄ですロード」

 

 アンドレと名乗った男はそのまま二人のところへ近づいて語り始める。

 

「突然の来訪で失礼いたしました。主任……イザイ・エルトナム・アトラシアから、シャルロット・ロジェに伝言があって私が直接赴くことになったのです。ほら、時計塔は外部からの使い魔禁止だし」

「私に?」

 

(ちょっと待って、私がここへ来るのも筒抜けってこと? 尾行は……されていないはず。どうして)

 

 アンドレは不敵に笑うと、ポケットから手紙を取り出し、読み上げる。

 

「読みます……"アーチャーのマスター、セイバーのマスターもそこにいれば、両名に告げる"」

「"ホムンクルスの受け渡しに合意する。つきましては時計塔のロード・エルメロイ二世立会いの下、互いに安全を保障したうえで交渉に応じる"とのことです」

 

(時計塔との交渉は昨日決めた話よ! 監視されてる……!?)

 

 昨晩の行為を思い返す。アーチャーとの買い物中、怪しい影は見当たらなかった。

 

―落ち着いて、よく思い出して、シャルロット・ロジェ。

 

 映像を再生するかのように、精神を集中させて、彼女は昨日のアーチャーとの会話を思い出す。

 記憶の映像、その片隅にある物体に意識が向かう。

 

「……交通監視カメラ!」

「ロジェ?」

 

(どうして今まで気づかなかったのかしら。そうだ、ロンドンには交通監視カメラが数百万台もある)

(イザイもミランダも、監視カメラのシステムに干渉して私たちを監視できたんだわ!)

 

「やられた……!」

「……つきましては、ロードの立会いの下、時計塔の講堂をひとつ借りて交渉がしたいと」

「交渉は極秘に行われることを、主任は望んでいます」

「今主任が時計塔を訪れるのは極めて危険でしょうから」

 

「確かに、最新の注意を払う必要があるでしょう。それにしてもまさか本当に時計塔で行うつもりとは……」

 

 

 

 

―交渉はできる、それはいい……けど。

―何なの、この不気味な感じ。嫌な予感がする。

 

 シャルロットの魔術回路が危険信号を送っている。

 それと同調するように、アーチャーの体もまた緊張しているかのようだった。

 

『わかっているな、マスター。こいつは……』

『ええ、アーチャー。100パーセント罠』

 

 念話で二人の意見は合致する。

 シャルロットはロード・エルメロイの顔を見る。

 エルメロイもまた同じ空気を察知したのかシャルロットを見る。

 

 しばらくの沈黙のあと、エルメロイが肯く。

 

「イザイエルトナム女史に伝えてくれ、明後日、講堂をひとつ抑えておく。極力被害の及ばないよう、片隅の小さな講堂だが用意できる」

「快いお返事ありがとうございます。帰って主任に伝えます」

「ああ、ご苦労様」

 

 

 

 アンドレが部屋を出た後、エルメロイ二世は頭を抱えてつぶやく。

 

「まったく、我々の拠点で好き勝手を言うな、錬金術師め」

「先生、どうか無理はなさらないように」

「無理できないわけがない!」

 

 机をドンとたたいて、エルメロイは激昂する。

 

「やはり聖杯戦争は危険で最低な儀式だ。本当にロクなことがない!」

「こんなことのために私は若い魔術師たちを導いているのではないというのに! クソ! クソ!」

 

 両手で頭を覆うエルメロイ。

 

(ロードがこんなに取り乱しているの初めて見た)

 

「シャルロット・ロジェ……これでもまだ交渉するつもりか?」

「はい。交渉するのはセイバーのマスターですが」

「セイバーのマスター、あの非魔術師の子が?」

「はい」

「……交渉が成功する確率は、1パーセントというところだろう」

「それでもやります」

「何故?」

 

 うつむいたままエルメロイはシャルロットを問いただす。

 

「未来のために、です」

「未来だと?」

 

「エハッド・ティーレマンは言いました。これまでの亜種聖杯戦争、そして聖杯大戦はすべてが失敗に終わったと」

「もとよりこの戦いに未来などなかったのかもしれません。でも今……」

 

 震える声で、シャルロットは続ける。

 

「カナウ・アルバーンの存在は、これまでの亜種聖杯戦争にはなかったイレギュラーです」

「私は見たい、魔術師の歴史が変わるその瞬間を」

「ただの人間が化けるその瞬間を」

「人間が魔術に頼らなくても自分の願望をかなえるその世界を実現できるとしたら」

 

 

 

―その世界はきっと、今の魔術協会が敷く秩序よりもより美しいものになる気がして。

 

 

 

―ああ、やり方こそ違うけれど、かつてそのような大志を抱いて時計塔に宣戦布告した一族がいたっけ。

 

 

 

「私たち魔術師が生き残るため、私たちはもう一度この万能の願望器と向き合わなければならないんです」

「そうでなければ、この戦いで死んでいった多くの魔術師たちの無念を晴らすことはできない」

「資料で読みました、あなたが聖杯戦争に参加した時のことも」

「あなただって、その後悔をずっと抱えて生きてきたのでしょう?」

 

 

 

 エルメロイは目の前の少女の熱い答えに胸を打たれた。

 よみがえる聖杯戦争の記憶。

 戦友たち、ともに戦ったサーヴァント。そして敵。

 自らが原因となって、命を落とした自分の師。

 

 

 

「……シャルロット」

「すみません、先生。失礼なことを……」

「いや、君の言う通りだ……懐かしい、いろいろと思い出したよ」

 

 

 

 突然エルメロイは両手で顔をパチンとたたく。

 その様子にシャルロットが目を丸くしていると、エルメロイは力強く答える。

 

「交渉に立ち会おう。ロードとしての使命を果たす。何が起こっても私がすべての責任を取る」

「シャルロット・ロジェ、アーチャー。君たちは君たちの思うままに戦うがいい!」

「へっ、いい先生だなアンタ!」

 

 アーチャーが得意げに笑う。

 シャルロットは右手を握りしめて決意を固める。

 

 

 

「さあ、やるわよ!」

 

 

 

***

 

 

 

 アンドレが扉を開けて、部屋から出てくる。

 そこから数メートル離れたところで壁にもたれかかる、一人の少年。

 

「ふうん、時計塔でホムンクルスの引き渡しか……」

 

 ランサーのマスター、リャオ・ファンがアンドレの後姿を見ながら不敵に笑う。

 

「これはいよいよ、チャンスかもしれないな」

「なあランサー、この機会に裏切り者を一気に掃除してやろう、僕たちでな」

「……ああ、そうだな」

 

 リャオ・ファンの後ろでランサーが体を実体化させる。

 

「シャルロット・ロジェ、カナウ・アルバーン、時計塔に反旗を翻す危険分子どもが……」

「一族にケンカを売ったことを後悔させてやる」

「お前たちで一族の名は終わりだ。すべてぶっ壊して、ぶっ殺して、首をテムズの泥川で洗ってやる……!!」

 

 憎悪に満ちた表情で次第に声を震わせながら、リャオ・ファンはひとり強くこぶしを握り締めた。

 

 

 

***

 

 

 

『……というわけよ。罠の可能性は十分にあるから、用心してちょうだい』

「わかってる。ありがとう、シャルロット、この交渉必ず成功させて見せる」

『魔術師のことを甘く見てはだめよ。魔術師たちの妨害が入る前提で動くこと。いざとなったら令呪を使うのも一つの手よ』

「ああ、気を付ける」

『それから昨日も言ったけど、外に出ちゃだめよ。アバーラインの件もあるし』

「わかってるって」

『それじゃ、あとでホムンクルスの様子を見に来るから、あとでね』

「うん、またあとで」

 

 カナウはスマートフォンの通話を切る。

 そのままポケットに入れると、自分の部屋を出てセイバーと合流する。

 

「セイバー、明後日時計塔へ向かう」

「いよいよですね、カナウ」

 

 ホムンクルスが眠っているベッドの脇から立ち上がると、セイバーが振り返る。

 

「いざとなれば私の命に代えてもあなた方のことはお守りします。それが私に与えられた使命」

「セイバー……相変わらずだね、その自己犠牲の精神」

 

 カナウは苦笑いしながらも、続ける。

 

「自分が喜劇の英雄だなんて、そんなこと気にしなくたっていいのに」

「あなたのおかげで僕はこうして生きてる。騎士としての務めなんかもう立派に十分すぎるくらいに果たしている」

「自分をそこまで卑下しなくてもいいじゃないか」

 

「……いえ、私はそれでも、どこまでいっても"偽物"の英霊なのです」

「この体でさえ幻想が生み出したもの。この剣も力も」

 

 セイバーは苦しそうに答える。

 

「私は聖杯戦争に勝てない。勝てないとわかっていながら、それでも前を向いて進まなければならない」

「ふいに正気に戻ることがあるんです。そしてそのたびに生きているのがこんなに苦しいことであるものかと笑いたくなる……」

 

 劣等感にあふれ出すかすれた叫び。

 セイバーは自分の手で顔を覆い隠した。

 

 アロンソ・キハーノは狂気で自分を偽る。

 正気に戻れば、彼女は気狂いの老人である。

 いつ正体が現れるかともわからない恐怖を抱えながら、力を一つ一つ、戦いの中で使いつぶして生きている。

 この前は北欧神話の魔剣クラウ・ソラス、そしてこの前は円卓の魔剣アロンダイト。

 

―いつか私を取り巻くすべての騎士道を終わらせたとき、何が残るか。

―あるいは何も残ることはなく消えていくのだろうか?

 

 

 

「アロンソ・キハーノ、君が正気に返り故郷の村へ帰ったそのあとのことは知っているか?」

 

 カナウはセイバーの脇に座り込む。

 

「私は、病気にかかり、失意の中死んだのでしょう。一人で寂しく、むなしい、ありふれた人間の最後ですよ」

「"ドン・キホーテ"の中で、君の死を知った村の人は口々にこうも言ったんだ」

 

 まっすぐセイバーの目を見て、カナウは口を開く。

 

「ドン・キホーテの冒険譚をもう聞くことができないことを知り、村の人間たちは悲しんだそうだ」

「その勇気、騎士道が人々に夢が与えていたことを、後になって村の人たちは知ることになる」

 

―そうだ、ドン・キホーテは何も残せなかったわけではない。

 

「ドン・キホーテは、人々に夢を与える英雄なんだ。少なくとも僕はそう信じてる」

「だからセイバー。何も残せないなんて言うな」

 

 

 

「誰が何と言おうと、セイバー。あなたが僕のヒーローなんだ」

「きっとまだ、納得がいかないこともあるんだろうけど……あなたの生きざまが後世の誰かに影響を与えているんだ」

「喜劇の英雄としてでなく、その生き方は間違いなく高潔なものなんだ」

 

「カナウ……!」

 

―私が人々に夢を与える?

―私がこの世界に何かを残す?

 

「それに」

 

 カナウは意地悪っぽく笑うと、きっぱりと言い切った。

 

 

 

「偽物が本物に敵わないなんて道理はない。自分が偽物だと思うのなら、堂々と、その偽物の剣で本物の悉くを凌駕して、すべてを叩き落としてやれ」

 

 

 

 

 砂漠の荒野に一人立ちつくす気狂いの老人。

 手にしたおんぼろの馬上槍をふいに天に掲げる。

 なんの力もないはずの、そのなまくらが、強く握りしめた掌の中で再び脈動し始めた。

 

 

 

***

 

 

 

 明後日の朝、カナウの家の前に一台の車が止まった。

 玄関に立つカナウ、シャルロットそこへ車を運転してきたのはエハッド・ティーレマンだ。

 

「おはよう」

 

 車の窓を開けて、エハッドが顔をのぞかせる。

 

「準備はいいかい二人とも?」

「問題ないわ」

「大丈夫だ」

「よし、それじゃホムンクルスを車に運ぼう」

 

 車を降りて、エハッドは二人と合流する。

 

 

 

 エハッドがカナウの家に入ると、すでにパーカーを着込んでフードで顔を隠したホムンクルスの少女が玄関に座り込んでいた。

 エネルギーを温存していたことで活動時間が延び、多少は動くことはできるようだ。

 

「……」

「心配するなお嬢ちゃん、ちょっと医者に診てもらうだけさ。よくなったらすぐに帰れる」

 

 エハッドは優しい言葉をかける。

 

「……」

 

 ホムンクルスは何も答えず、シャルロットに連れられて車に乗り込んだ。

 

「緊張しているのか? まあいいさ」

 

 アーチャーが現れると、車の前に先行して立つ。

 

「アーチャー、バーサーカー、車の護衛お願いね」

 

 シャルロットが声をかけると、ふたりは霊体化する。

 アーチャーは車から離れ、高く飛び立つ。

 バーサーカーのほうは車の上部でとどまる。

 

「配置についたな。ここまでする必要はあったのか?」

「相手は時計塔の魔術師と、錬金術師よ。むしろこれでも足りないくらい」

「使えるカードは全部切った。まったく昨日は大変だったのよ。いろんなところへ行って私が頭を下げて、大金を使って工作したんだから」

 

―あなた達の方は?

 睨むようにシャルロットが尋ねる。

 

「交通監視システムに細工を加えておいた。通信魔術はうちの十八番だからな。今日は全てのカメラシステムがダウンしている。いくらカメラを盗み見ることができても、カメラそのものの不調を遠隔から魔術で修復させるのは不可能。俺たちのルートは目視以外にはつかめないはずだ。アサシンについても……ベートーヴェンの勘でなんとかなる」

 

「"勘"ですって?」

「いやすまん、言い方が悪かった。ええと…、"音楽神の加護"というやつさ」

 

 得意げにエハッドが説明する。

 

「ベートーヴェンには"死"という概念が見えるんだ、死とは運命であり、ベートーヴェンとは運命を乗り越えるもの、だからな」

「そ、それってもしかして直死の……」

「そんな大層なものじゃないよ。だから"勘"なのさ」

 

 エハッドはバーサーカーのこの特異性については実はかなり早い段階から気が付いていたと自負している。

 初めてライダーと相対した時のバーサーカーは器用にもライダーのふるう死神の権能をことごとくかわして見せたのだ。

 本人はそれを"運命"と表現しているが。

 

「だから、アサシンはなんとかなる。ほとんど情報がないのだけが痛手だが」

 

 車のエンジンをかける。レンタカーのようだ。

 シャルロットが納得いかないといった様子で助手席に座る。

 

「ベートーヴェンのくせに、とんでもなく強いじゃないそれ」

「俺のバーサーカーは最強なんだ。なんならナポレオンにだって俺たちの勝機は十分にある」

「それはどうかしらね」

「ふん、強がっちゃってまあ……」

 

「ふ、ふたりともケンカしないで」

 

 にらみ合う二人をカナウが制止する。

 

「そういうカナウも、昨日はいろいろ準備してたんだろ?」

「まさか"あんな提案"をされるとはね、かなりビックリしたけど」

「だが、いい作戦だ。"キャスター"が裏切者でなければ、の話だけどね」

「"キャスター"なら大丈夫だ。昨日会ってみて、そう感じたよ」

 

 カナウは安心したかのように口を開く。

 ホムンクルスの少女と共に後部座席に乗り込む。

 

「大した自信だ、その意気だ」

 

 エハッドはスマホを取り出して、ルートを確認する。

 

「ルートの最終チェックだ、問題ないよなシャルロット」

「ええ、問題は時計塔についた後、講堂でロード・エルメロイと合流するまでの間」

 

 シャルロットもまた、スマホを取り出して作戦の全貌を再確認する。

 

「時計塔の南側に駐車して、イザイの指定した講堂までは200メートル。そこまでアーチャーとバーサーカーを護衛につける」

「魔術師たち相手ならサーヴァントで楽勝……アサシンはバーサーカーが対処する……あとは」

「ランサーね。彼らの乱入だけが不安」

 

 ランサーのサーヴァント、ベイリン。

 アーサー王につかえ、円卓結成前の騎士たちの中で、ラモラックと並ぶ豪傑。

 加えて彼には"ロンギヌスの槍"がある。

 

「どうせこちらの行動は筒抜けでしょう。リャオ・ファンたちは必ず来るわ」

「もしそうなったら、セイバーとアーチャーが頼りだな。二人がかりでなら……」

「勝機はある……と思いたいわね」

 

 しばらくして、車は時計塔の下までたどり着く。

 いつも歩いているはずの通りなのに、シャルロットには空気が重く感じられた。

 

―いよいよね。

 

 車から降りる。

 目の前にある時計塔の門は、魔術師たち以外には見えないように魔術で、何の変哲もない石壁のテクスチャが張られている。

 

 その200メートルの回廊の先、ロード・エルメロイ二世はすでに講堂で3名を待っていた。

 

 

 

 ここから先は、魔術師たちの領域。

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