Fate/Apocrypha/Quantum   作:うおぬま

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Ⅳ - 時計塔動乱

 ロンドン 時計塔

 

 3人の魔術師と、サーヴァントたちが時計塔に現れる。

 門をくぐって建物内の回廊に入ると、人影はなく不気味に静かであった。

 

「誰もいない……」

 

 回廊の壁から先の様子をのぞき込むシャルロット。

 普段ならこの時間は生徒たちはそれぞれの授業に出席していて、もとより回廊を歩いている生徒数は少ない。

 そうであるにもかかわらず、この日回廊を歩いている魔術師は一人もいなかった。

 覗き込んだその先、会合の場所に指定している講堂の入り口がある。

 

「このまま突っ切るか?」

「それがよさそう。授業が終われば魔術師たちに見つかる。今のうちね」

 

 彼女が合図を送ると、まず霊体化したバーサーカーが飛び出し、先まで周囲の様子をうかがう。

 

「トラップの類は見られない。死の運命はここにはない」

「よし、先へ進もう」

 

 バーサーカーが答えると、エハッドも前に出る。

 

 

 

 回廊を進むエハッド、シャルロット、カナウ、少女のホムンクルス。

 そしてその背後から殿にアーチャーが進む。

 

 一行は特に誰に出くわすまでもなく、静かに講堂の前までたどり着いた。

 ドアを前にしてエハッドは緊張気味に尋ねる。

 

「さすがに静かすぎないか……生徒の気配がまったく感じられないが?」

「……バーサーカー、この先の気配はどう?」

 

「……部屋の空気が混とんとしている。誰かが部屋に魔術をかけてジャミングしているようだ」

 

 バーサーカーは冷静に答える。

 

「ロード・エルメロイがやったのか?」

「わからない……こういうのが得意そうな魔術師は一人知ってるけど」

 

―フラット・エスカルドス?

―まさか事の重大さも知らないで、首を突っ込んでいるとでもいうの、あのバカは。

 

「どちらにせよ、進まなくちゃことは進まないわ」

「開けるわよ」

 

 そして講堂のドアは開かれた。

 

 

 

***

 

 

 

「随分と遅かったじゃないか」

 

 講堂の中で三人を待ち受けていたのはロード・エルメロイと、イザイ・エルトナム。

 そしてランサーのサーヴァントであった。

 ランサーは兜をかぶり、手には剣を構えてイザイ・エルトナムの首に剣を突き付けていた。

 ロード・エルメロイは意識がなく、うつ伏せで床に倒れ伏している。

 

「き、君たちか……」

 

 苦しそうにイザイが口を開く。

 

「ランサー!?」

「こいつ、なんてことを……!!」

「水臭いじゃねぇか、お前ら。この俺を差し置いてみんなで密会とはな」

 

 兜の中から、ランサーの強気な声が行動に響く。

 剣を持つ手に力が入る。

 張り詰めた空気の中、シャルロットが尋ねる。

 

「あなた、まさかロードを……」

「心配するな、気絶しているだけだ。ちょっと邪魔になりそうだったんでな」

「もっとも、お前たちの態度次第では、ここから生きて出られる人間の数は減るだろうな」

 

 兜の奥から邪悪な笑みが垣間見えたようであった。

 

「ホムンクルスをこちらによこせ。お前がこの場でホムンクルスを修復しろ。この交渉は俺が仕切らせてもらう」

 

 エハッドは行動の隅から隅まで目をやる。マスターであるリャオ・ファンの姿は見えない。

 

「リャオ・ファンのやつ。こんな大胆な手に出るとは……」

 

 悔しそうにエハッドが悪態をつく。

 

「どうする、シャルロット……?」

 

 カナウ、シャルロット、エハッドは互いに顔を見やる。

 ホムンクルスの少女は何も言わないまま、前に出ようとする。

 

「……イザイを解放しないと、どのみちこの子は死ぬ」

「だが、ランサーに引き渡すのは……クソッ!」

 

 カナウは頭を抱える。

 

「それもあるけど……ロードの身の安全もかかっているわ」

「渡すしかないでしょう……」

 

 

 

「ランサー、ひとつあなたに尋ねたいことがある」

「質問なら早くしろ、俺は気が短いんだ」

 

 ランサーに問いかけるシャルロット。

 

「あなたのマスターはホムンクルスをアトラス院のために奪還することを目的として、この作戦に参加していたはずよ」

「でもこの行動ははっきりと当初のあなたたちの目的とは逆行している」

「それどころか時計塔でさえ冒涜するような悍ましい反逆行為よ」

「自分がどういうことをしているのか、あなたは……あなたのマスターはわかっているの?」

 

「その言葉、そっくりそのままお前たちに返す」

 

 ランサーは無慈悲に、一切の容赦もなく答える。

 

「お前たちはホムンクルスを手に入れたにもかかわらず、それをアトラス院に報告せず隠し持っていた。この聖杯戦争を私物化するためにな!」

「それは違うわ!」

「嘘をつくな」

 

 ランサーの剣を握る手が強くなる。

 

「逆はお前たちのほうだ。ホムンクルスを修復させてその次はどうする?」

「まさかまた、生きて帰れてよかったねと連れ帰るつもりか? ここは病院じゃねぇんだぞ」

 

「それともまさか本当に、その道具が人間に見えちまったのか? 魔術師が、ホムンクルスを人間扱いとはお笑い草だな!」

「惚れたのか? なあ、セイバーのマスター!」

「ただの人間のお前がこんな魔術師の世界にまで首を突っ込んで、正義のヒーロー気取りか?」

 

―虫唾が走る。ランサーはきつく言い放つ。

 

「てめぇみたいな何の力もないくせに、理想や自信だけを語る人間にこの場に立つ資格はない」

「せめて最後に、男を見せてみろ」

 

 

 

「守ってきたものを犠牲にする覚悟、切り捨てる覚悟。俺に証明してみせろ」

 

 ランサーがカウントを数え始める。

 

 

 カウントを数えて3のとき、カナウが口を開いた。

 

「わかった!」

「カナウ…!」

 

 エハッドが焦ったような表情で、カナウを止めようとする。

 

「いいのかよ、カナウ……最後までほかに方法がないか……!」

「向こうは人質二人だ。こうするしかない」

「でも……」

「僕だって悔しい。こんな汚い手に屈するしかないなんて……」

 

―円卓の騎士、ベイリン。蛮勇だとは知っていたがまさかここまでとは。

―そこに騎士としての誇りは微塵も感じられなかった。

 

 

 

 カナウは意を決して、講堂の前に出る。

 フードを深くかぶったホムンクルスの少女の手を引くと、そのままランサーの前まで歩いて進む。

 

「……」

「……」

 

 シャルロットとアーチャーは何も言わなかった。

 

「おい、シャルロットまで……」

 

 エハッドは怒ったような、諦めるような声で二人を咎めようとした。

 

「……ごめんなさい」

 

 シャルロットがつぶやく。

 

 カナウが前に歩いてきたのを見て、ランサーもまたイザイを抱えたまま前に出る。

 両者の距離はわずか数メートル。

 

 近くにサーヴァントを連れていないカナウの前に、歴戦の猛者が頑として立つ。

 プレッシャーと殺意に飲まれて、体は震えているようだった。

 

「ん? お前、サーヴァントはどうした?」

「……」

 

 ランサーが尋ねるが、カナウは何も答えなかった。

 

「……妙だな、なぜセイバーがいない」

「……」

 

―まだだ。もう少し。

 

 カナウは息をのむ。

 

「セイバーは……自分の無力さに耐えられず逃げ出したよ」

「……ハッ! そうかよ! あの腰抜け野郎!」

 

 ランサーは大笑いして天を仰いだ。

 

―ごめんセイバー、もう少しだけ耐えてくれ。

 額に汗を浮かべて、今か今かとカナウはそのタイミングを待った。

 

「お前もかわいそうな奴だよな。同情するぜ……だが、俺は手を抜いたりしない」

 

 ランサーの剣は、いまだイザイ・エルトナムから動かない。

 

「一切の譲歩はない。お前が先に、ホムンクルスをこちらに引き渡せ」

「そうしたら、この錬金術師は解放してやる。お前は俺たちの目の前で、こいつの再調整をするんだ。もともとそのためにここに資材を運び込んでいたようだからな」

 

 ランサーが行動の隅をみやると、確かに見たことのない魔術道具、礼装と思しき資材の箱が積み上げられている。

 

「……」

 

 カナウは連れてきたホムンクルスの腕を引っ張り、ランサーの前へと送り出す。

 フードを被ったホムンクルスの少女は何も言わなかった。

 とぼとぼと歩いて、ランサーの傍まで歩いた。

 

 それを確認したランサーはようやくイザイ・エルトナムから剣を下ろす。

 

「……くっ」

 

 解放されたイザイ・エルトナムはのどに手を当てて呼吸を確認する。

 長い間ランサーの殺意にあてられて気を参らせているようだった。

 

「もたもたするな。始めろ……」

「後悔するぞ、魔術協会、時計塔の連中も……」

 

 イザイが悪態をつくと、フラフラとしながらも、ホムンクルスの少女を抱えて、彼女を講堂のテーブルに乗せた。

 魔術で講堂の照明を落とすと、ろうそくの火だけがこの空間を照らした。

 

 

 

―ドカン。

―その瞬間。講堂の外から爆音が鳴り響いた。

 

 

 

「な、なんだ?」

 

 エハッドは驚愕して、講堂のドアの方へ目をやる。

 つられるように、全員が音の下方向へと視線を向けた。

 ただ一人、シャルロット・ロジェだけがランサーを見ていた。

 

 ランサーの意識がそれるその瞬間。

 

 

 

 

「セイバー!」

 

 

 

 

 シャルロットが力強く叫んだ。

 

 机の上に寝そべっていたはずのホムンクルスの少女は恐ろしいほどのスピードで立ち上がると、来ていたパーカーを大きく翻して、飛び上がった。

 

 蜃気楼のようなうつろな影が次第に実態を取り戻していく。

 剣を持ったセイバーがランサーに勢いよく斬りかかった。

 

 

 

 間一髪。

 ランサーはセイバーの斬撃を白い盾で防いだ。

 兜が解かれ、驚愕の表情でセイバーを見る。

 

「ば、バカな……ッ!」

「……!!!」

 

 セイバーが、ランサーと激しく鎬を削る。

 その迫力と、意外性に圧倒されて、ランサーは一歩も動けない。

 

「なぜだ! サーヴァントの気配を全く感じさせないなんて……!」

「あなたにだってできるでしょう、ベイリン。姿を隠し、素性を隠ぺいする」

「まさか……!?」

 

 

 

「"己が栄光のためでなく" ……誰の宝具だったか、あなたならもちろん知ってるわよね、円卓の騎士ベイリン!」

 

 シャルロットが勝ち誇った顔で叫ぶ。

 

「それはランスロットの……!!」

「ロードが参加した聖杯戦争の資料、読み込んでて正解だったわ……さすがは円卓の騎士、タレントぞろいの最強集団ってところかしら?」

 

 

 

 聖杯戦争開始前、いくどとなく読み込んだ過去の聖杯戦争の資料。

 バーサーカーとして召喚されたランスロット。

 その英霊が所持していたという宝具を見て、シャルロットは閃いた。

 

―交渉にイレギュラーが発生した場合、最後の保険をかける必要があった。

―この逸話をセイバーに再現させれば、ランサーたちを出し抜くことができるかもしれない。

 

 ランサーは激昂する。目の前に突如として現れたセイバーに対して、年端もいかぬ少女の魔術師に出し抜かれた自分に対して。

 

「貴様ァ……!!」

「まあ、セイバーだけの力じゃ、さすがに違和感がすごかったから、今回はもう一人に協力してもらったんだけどね」

 

 シャルロットがそこまでいうと、どこからともなくシャルロットのすぐ脇から突然サーヴァントが現れる。

 

「こういうことでよかったのかい、カナウ・アルバーン?」

 

 キャスターが突然この場に現れる。手には指をはめている。

 

「セイバーの"己が栄光のためでなく"を僕の指輪でさらに幻術を強化する。よりリアルに、より鮮明なイメージになるように」

「まったく信じられないな君は。本当に前まで一般人だったのか?」

 

 少女の姿をしたガンダルフが、感心した様子でつぶやく。

 

「まあそういうわけだ。ベイリン、立場は逆転しつつあるな」

「これから君はここで、アーチャー、バーサーカー、セイバー、そしてこの私キャスターを相手に立ち回ろうというんだ」

「それだけじゃない」

 

 ガンダルフは講堂のドアを指さして続ける。

 

「時計塔は今、ホムンクルスを血眼になって狙う魔術師たちと、君のマスターが招いた懲罰部隊の魔術使いで溢れかえり、乱闘騒ぎになっている。君のマスターは今どこにいるんだろうね?」

「……時計塔にやけに人が少ないと感じていたのは」

 

―ガンダルフの幻術か!

 

 ベイリンの表情に焦りが増していく。

 

 

 

「この借りは必ず返す……!!」

 

 ベイリンの体が赤く光る。

 次の瞬間光となって講堂から出ていきどこかへと矢のように去っていった。

 

「リャオ・ファンが令呪を使って呼び戻したのか。やったぞ、今頃大混乱の時計塔で慌てふためいてるに違いない!」

 

 エハッドが笑みをこぼす。

 

「それにしてもハラハラしたぞ。どうして俺には教えてくれなかったんだ、セイバーが宝具でずっとホムンクルスのふりをしていたなんて」

「ごめんなさい、エハッド。でもできる限り事情を知っている人は少ないほうがうまくいくと思ったの」

 

 シャルロットは走ってロード・エルメロイに駆け寄る。

 

「よかった……気絶しているだけみたい。ロードは無事よ!」

「なんとか……乗り切ったな」

 

 セイバーがホムンクルスのふりをして、ランサーの隙を突く。

 これは昨日になってカナウがキャスターに出会い、提案したものだ。

 

 キャスターのすぐわきに、本物のホムンクルスの少女が立ち尽くしている。

 外の世界に慣れておらず、体を震わせている。

 

「さて、それじゃ、みんなに暴れてもらっている間にマス……イザイ・エルトナム!」

 

 キャスターは錬金術師の名前を呼ぶ。

 

「交渉だ。彼女の再調整を頼むよ」

 

 ニッコリとウインクする。

 

「……すぐに始めよう」

 

 

 

***

 

 

 

 イザイ・エルトナム・アトラシアがホムンクルスに語りかける。

 少女は眠っていて目を覚まさない。

 

「ふむ、冬眠状態のようなものか。たしかにこれなら活動限界時間を延ばすこともできる。見事な判断力だ」

「このままここで彼女の再調整を行う。誰もこの部屋に入れないように、邪魔が入ればこの子の命も危ないだろう」

 

 彼女が資材の数々を広げると、それらを魔術で固定し、工作でもするかのように操作していく。

 その工程の何もかもが、シャルロットたちには到底理解のできない所作であった。

 

 ドアの向こうでは相変わらず、何者かの罵声と爆発音のようなものが絶えず聞こえてくる。

 

 

 

 そして、突然講堂のドアへ激しい打撃音が続く。

 何者かが外からドアを開けようとしていた。

 

「今日時計塔に来ているような連中は、聖杯を手に入れるためなら手段を択ばないような魔術師ばかりよ」

「気を抜かないで、来るわよ!」

 

 ドアが蹴破られる。

 黒いスーツやシャツに身を包んだ魔術協会の懲罰部隊の魔術使いだ。

 

 入るなり、短い詠唱を行うと、魔術使いたちのそれぞれの両手から青い炎が上がり、カナウ・アルバーンめがけて放出される。

 

「セイバー!」

「はあッ!」

 

 カナウの掛け声と共に、セイバーが前に立つ。

 

「我が騎士道の夢想にこたえよ……アトラント!」

 

 両腕を掲げてセイバーが叫ぶと、虹色に光る盾が浮かび上がり、マスターたち全員を守る盾となった。

 魔盾から閃光が放たれると、魔術使いたちの動きが鈍る。

 

「ぐあああ!」

「アトラントの魔盾だと!?」

 

「アーチャー!」

「おうよ!」

 

 セイバーの後ろから、アーチャーが飛び出る。

 構えた塔から勢いよく砲丸が発射され、ドアの前の魔術会たちを全員吹き飛ばす。

 

 彼らの断末魔は爆発音でほとんど聞こえない。

 しかし爆風の先からも次々と、時計塔の防衛用のゴーレムがスクラムを組んで迫る。

 

「彼らをここへ入れるな!」

 

 イザイが手を動かしながら叫ぶ。

 

「バーサーカー!」

「フォルテッシモ!」

 

 バーサーカーが講堂のドアの前に仁王立つ。

 一体、また一体と、思いこぶしの一撃を与え、次々とゴーレムを再起不能にする。

 両腕を構えて、叫ぶ。

 

「来るがよい、運命よ!」

 

 迫りくるゴーレムの腕を、つかみ上げると、そのまま相手の勢いを逆手にとって、放り投げる。

 放り投げられたゴーレムは衝撃に耐えきれず爆散した。

 

「こいつら、リャオ・ファンの雇った懲罰部隊か!」

「セイバー、バーサーカー! ランサーのマスターを探せ! ここは俺たちに任せろ!」

 

 この講堂は回廊の突き当りに位置している。直線に続く、障害物のない廊下はアーチャーにとって絶好の地の利であった。

 進軍する魔術使いたちに容赦のない砲撃を浴びせていく、アーチャー。

 時計塔の廊下ははやくも、見るも無残な姿になり替わろうとしている。

 

「ハッハッハ、気分がいいな! このままワーテルローまで吹き飛ばしてやりたいぜ!」

「キャスター! お前もサーヴァントなら、協力してくれ!」

 

「私の出番など必要ないだろう……だがそうだな……ふむ」

 

 キャスターが杖を一振りすると、アーチャーの砲塔が金色に輝きだす。

 

「魔力消費を抑えられるようエンチャントを加えた。これでどうかな?」

 

 ニヤニヤしながらそう返す。

 

 

 

***

 

 

 

「お前たち! この時計塔でこんなことをして、ただで済むと思うな!」

 

 階段を上って、次の廊下へ。

 セイバー、カナウ、エハッド、バーサーカーがリャオ・ファンを探して突き進む。

 

 道中に、時計塔の魔術師たちの一団が顔を青くして、二人を罵倒する。

 彼らを止めようと魔術を行使する魔術師が現れるも。

 

「邪魔するな!」

 

 ベートーヴェンが瞬く間に魔術使いたちをつかみ上げると、放り投げる。

 

「うわあああ!」

 

「リャオ・ファンはどこへ行った!?」

 

 走り続け、魔術師たちをなぎ倒し、次の階へ。

 また走り続け、魔術師とゴーレムをなぎ倒して次の階へ。

 

「待って!」

 

 エハッドがふと、一つの部屋の前に立ち止まる。

 静かに近づいて、ドアに聞き耳を立てて、ハッとする。

 

「バーサーカー!」

「おう!」

 

 バーサーカーの剛腕で教室のドアが破られる。

 教室の中の光景を見て驚愕する。

 

 

 

 

「君たち!」

 

 教団の下で男女が十数人、赤色に輝く鎖にまかれ拘束されていた。

 エハッドが助けようと駆け寄ると、天井から降り立つが影が迫っていた。

 

「エハッド!」

 

 間一髪のところで、爪の一撃はバーサーカーの剛腕でいなされる。

 アサシンが両腕に爪を構えて、エハッドの首を描き切ろうと待ち構えていた。

 

「アサシン!?」

 

 エハッドが驚愕する。

 

「……」

 

 アサシンは奇襲に失敗するや否や、煙のように再び姿を消してしまった。

 黒い煙は教室を出て、やがて行方が分からなくなった。

 

「び、びっくりした……アサシン、やはり時計塔に来ていたのか…!!」

「無事か、エハッド」

「あ、ああ。バーサーカーがいてよかった」

 

―それにしてもなんてやつだ、攻撃の直前まで俺には全然気配がわからなかった。

―それにあの爪。おそらく毒が仕込まれているだろうな。

 

 カナウとエハッドはそのまま学生たちのもとへ駆け寄る。

 セイバーが剣を構えると、器用に鎖だけを切り裂くことに成功した。

 愚者の鎖――古代から存在する魔術師専用の拘束具型礼装だ。

 

「ありがとうございます、ティーレマンさん!」

 

 捉えられていたうちの一人の少女が礼を言う。

 

「俺の名前をどうして?」

「シャルロットさんからお話は伺ってます。私たち、今日のために時計塔で準備をしてたんです!」

「ねぇ、もしかしてさっきのサーヴァントがアサシンなんですか! あっという間に僕たちを力でねじ伏せちゃった。これは本当にすごいことだよ、グレイ!」

「このわたくしにこのような仕打ち……たっぷりお返しをしてやりませんと!」

 

―ん、この金髪縦ロールのお嬢様。どこかで……。

 

 グレイと呼ばれた灰色の髪の少女の隣で青年がのんきな調子で声を上げる。

 

「お、おう……なるほど、シャルロットが言っていたのはこういうことだったのか」

「あ、あの……師匠は、ロード・エルメロイ二世は無事なんですか!?」

「無事だ、今のところはな。動けるか?」

「大丈夫です。自分の身は自分で守れます!」

「面白れぇことになってきたな、グレイ!」

 

 グレイのコートの中から、不思議な声が聞こえてくる。

 

「アッド! 笑い事じゃない!」

 

 コートから籠を取り出すと、かごの中から箱型の奇妙な生き物がしゃべっている。

 

「すみません、この子のことは気にしないでください」

「時計塔じゃよくあることだろ。気にしてないさ」

 

 エハッドがにこやかに答える。

 

「ロード・エルメロイとシャルロットは下の階の隅の講堂にいる。加勢に入ってやってくれ!」

「了解!」

 

 ぞろぞろとエルメロイ教室の学生たちが次々と教室を出ていく。

 

「よし、味方が増えた……それにしてもリャオ・ファンのやつはどこへ行った?」

「もう一つ上の階へ行ってみよう」

「……次の階は貴族主義の魔術師たちばかりのフロアだ」

 

 再びエハッドとカナウはリャオ・ファンを探しに走り出す。

 

 

 

***

 

 

 

「ロジェ!」

「"ル・シャスール(ハイエナ)"!」

「んん~! 素晴らしい響きですこと!」

 

 エーデルフェルトがシャルロット課したに時計塔戦争への加勢の条件。

 それは彼女のことをハイエナではなく、"狩人"と呼ぶこと。

 

 シャルロットが手を挙げてアーチャーに攻撃を制止させる。

 アーチャーが砲撃を止めると、エルメロイ教室のメンバーたちが講堂に入り込む。

 

「ロードの一世一代の立ち回りと聞きましては、支援しないわけにはいきませんもの」

 

 エーデルフェルトと呼ばれた金初の少女は得意げな表情でロジェにこたえる。

 

「この殿方があなたのサーヴァント?」

 

 アーチャーを見上げながらルヴィア・ゼリッタ・エーデルフェルトは尋ねる。

 

「そうよ」

「ごきげんよう、マドモアゼル。美しい女性はいるだけで兵の士気があがるってもんだ!」

「まあ、口がお上手ですこと」

「アーチャー! 口説いてる場合じゃないでしょ!」

 

―でもね。

 

 ルヴィアが手に宝石を手に取って言う。

 

「守られてばかりが淑女ではありませんのよ」

「ほう、ではお手並み拝見と行こうか!」

 

 

 

「師匠!」

「先生!」

 

 エルメロイ教室のメンバーがロード・エルメロイ二世に駆け寄る。

 ロードに息があることを確認して安堵すると、周囲を見渡して状況を確認する。

 

「おや、エルメロイ教室の学生諸君か」

「あなたはアトラス院の……」

 

 フラットが無礼にも指をさして口を開く。

 

「この方が錬金術師?」

 

 グレイが驚いたように声を上げる。

 

「ずいぶんにぎやかになってきたな……」

 

 イザイ・エルトナムは彼らのほうには目もくれず、ホムンクルスの調整に集中している。

 

「すまない、今は手が離せなくてね……君たちのロードは気を失っているだけだ」

「キャスター! アーチャーたちの様子はどうなってる?」

「エーデルフェルトのご令嬢が加勢に入った。この講堂は今のところ安全だ。懲罰部隊の攻撃も収まってきている!」

「こちらの調整も間もなく終わる。キャスター! セイバーのマスターたちをここへ」

「人使いが荒いなぁ! わかったよ」

 

 キャスターは指輪で姿を消すと、煙のように講堂を出て外のフロアへ向かう。

 

 

 

***

 

 

 

 時計塔 某所

 

「ハァ…ハァ…くそが!」

 

 とある教室の中、ランサーを従えたリャオ・ファンがイライラした様子で机を蹴り飛ばす。

 振り返って、今しがた呼び戻したランサーのほうを振り返って罵声を浴びせる。

 

「お前のせいだ! お前のせいだ。僕の完璧な作戦が台無しだ! どう責任取ってくれるんだランサー! 役立たず!」

「すまないマスター……ガンダルフの幻術、想像以上のものだった」

「敵に感心している場合か、馬鹿野郎が! あぁ~クソ!クソ!クソ!」

 

 息を荒げて、リャオ・ファンは自身のサーヴァントの無能さを並べていく。

 その言葉の一つ一つをランサーはただ黙って聞いていた。

 

「これだから、ランサーなんか……円卓の野蛮な騎士なんかアテにならねぇんだよ!」

「どうして僕は……セイバーを召喚できていれば……あいつらなんか……あいつらなんか!!」

「……」

 

 リャオ・ファンの言葉にランサーはただただ兜で顔を隠してうつむいていた。

 

「マスター、退却しよう。向こうはサーヴァント4体に、時計塔の魔術師たちまで加勢についている。懲罰部隊の魔術師もほとんどやられた」

「……!」

 

 ランサーの顔面にこぶしが振り上げられる。

 こぶしは兜に阻まれたが、鈍い金属音がしてランサーはよろめいた。

 こぶしの威力ではなく、思ってもいなかったマスターからの体罰にランサーは激しく動揺する。

 

 とうぜん人間のこぶしごときでサーヴァントが傷つくことはない。

 それどころか、強固な鎧にリャオ・ファンのこぶしは激しく傷つき、血が流れ、ひどく腫れだす。

 

「もとはといえばお前のせいだろ……!」

「……マスター」

 

 怒りに我を忘れようとしているリャオ・ファンにランサーは目を見開いて、ただ見ていることしかできない。

 

「お前も英霊なら、聖杯戦争での敗北が何を意味するか、分かっているだろう!」

「僕は一族の最後の希望なんだ! ここで負けたら何もかもが終わりだ!」

「もう手段を選んでいる場合じゃないぞ。わかってるな、ランサー!?」

 

 リャオ・ファンはきつい口調で、次の指示をランサーに与える。

 

 

 

「誰だ!」

 

 気配に気づいたランサーはとっさにリャオ・ファンの前に立ち、守ろうとする。

 その瞬間、何もないと思われていた空間からアサシンが巨大な鋼鉄の爪を抱えて浮かび上がった。

 

「こんなに近くにサーヴァントの気配……気配遮断か!」

「姿を見せろアサシン!」

 

 煙のように一転に黒い靄が集まると、それがだんだんと人の姿を形作る。

 二人の目の前にアサシンが現れる。マスターも見せずに。

 実体のない靄は瞬く間に素早く動き、リャオ・ファンに斬りかかろうと迫る。

 

「させるかよ!」

 

 ベイリンが白盾を構えると、周囲に対魔力のフィールドが形成される。

 高ランクの防御力にアサシンの気配遮断が阻まれるが、かまわず爪を振りかざして突進する。

 不快な金属音が響き、爪が深々とベイリンの盾に食い込む。

 

 食い込んだ爪先から黒い炎が燃え上がり、盾を包み込もうとする。

 

「この野郎……!」

 

 盾に食らいつくアサシンを蹴り飛ばして突き放す。

 アサシンは空中に飛ぶが、勢いを簡単に殺し、難なく距離をとって着地する。

 

 ランサーは盾の異変に気が付く。

 アサシンの攻撃を受けた部分から、炎が徐々に侵食していくようだった。

 

「なんだこれは……呪いか?」

 

 仕方なく、盾を床に置いて、今度は腰に差した二本の剣を構える。

 

―このアサシン、何か妙だ。

 

「……」

 

 アサシンは両腕の爪をランサーに向かって突き立てる。

 挑発するかのようにクイクイと動かす。

 

「もとより手加減するつもりはねぇ。全力で行かせてもらうぜ!」

「ら、ランサー!」

 

 ランサーは突撃する。そのまま十字にアサシンの体に斬りかかる。

 アサシンはランサーの剣を爪の間で器用にいなす。

 続く二度目三度目の斬撃、突きを独特の体術でいなしていくと、教室の外までアサシンはランサーを誘導していく。

 

 

 

 回廊で続く、アサシンとランサーの攻防。

 アサシンははじめこそ、ランサーの剣戟に対応するが、ランサーとはやはり練度の差は一目瞭然。

 足さばきのスキをついて、柔軟に切り口を変えるところはベイリンをはじめ、騎士の技巧である。

 

 一撃一撃、アサシンの布の服を切り裂き、浅いながらも次第に傷を増やしていく。

 アサシンは防戦一方へとなっていき、回廊の隅まで追いやられる。

 

 その工房を後ろから走ってリャオ・ファンが追いかける。

 

「ランサー、お前が無能でないことを、証明して見せろ! アサシンをころ……!」

「少し黙ってろ!」

「な、ランサー!?」

 

 リャオ・ファンに対して強い口調でランサーが制した。

 イライラした様子でランサーはきつく言い放つと、再びアサシンのほうを向き、憎悪した表情で剣を構えなおす。

 

「……」

 

 アサシンは何も言わなかった。

 呼吸一つ乱れた様子はなく、恐れているといった様子もなく、じっと仮面の向こうからランサーを見つめていた。

 

「西洋の将、浅ましき者、終わりを迎える者よ」

「お前たちの戦いはここまでだ」

 

 仮面の奥からアサシンの声がする。

 この世の終わりのような憎悪と、勝ち誇ったようなゆがんだ嬌声。

 

 

 

「ランサー!」

「うるさい、静かにしろと……」

「君の負けだ、ベイリン」

 

 ベイリンに降りかかるもう一つの声。

 彼は恐る恐る振り返る。

 

 リャオ・ファンの頭部に突き付けられていたのは大口径のショットガンだった。

 ロバート・アバーラインがショットガンをリャオ・ファンに突きつけ、こちらを見ていた。

 

 コートは血で汚れ、髪の毛は手入れがされておらず、ひげが生えている。

 長い間眠っていないように思える目の下のクマと、不健康な顔色が迫力を増していた。

 

「励振火薬って知ってるか? 魔術師の魔力に反応して発火する弾薬、たとえお前が高速で私の腕を切り落とそうが、首をはねようが、反応した魔力の弾丸は即座に起爆し、射出された金属のボールがリャオ・ファンの頭を蜂の巣にする」

「アサシンは人間の心理をよく知っている。アサシンの言葉は人をもてあそび、扇動し、姿を覆い隠す。焦りや怒りは周囲を簡単に見えなくするのだ。これを"気配遮断"という」

 

 リャオ・ファンは驚愕した表情で額に汗を浮かべて、何も言うことができないでいた。

 この人間からは彼は何も感じ取ることができなかった。

 

(殺意すら感じない。こいつ……化け物か?)

 

「お前、聖堂教会の人間だろ……? なぜアサシンの肩入れをする?」

 

 ランサーもまた緊張した面持ちで尋ねる。

 

「決まっているだろう。私がアサシンのマスターだからだ」

 

 当然といった様子で、何でもない様子でアバーラインは返した。

 彼がコートの前を開けると、その鎖骨の下に、トゲの生えたハートの形の令呪が浮かび上がっていた。

 

「ランサー、君にアサシンの手伝いをしてもらおう」

 

 静まり返る時計塔の廊下に張り詰めた空気だけが重くそこに停滞した。

 

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