英国 時計塔
イザイ・エルトナムのもたらした情報はこの時計塔内の上層部の間でもあっという間に話題になり、ある者はこれから起こりうる自分への重荷や責任に心労で倒れたり、ある者は聖堂教会の仕業だと狂言を振りまき、またある者はロンドンで行われるというその"聖杯戦争"に自分が参加してやると息巻いている。
この面会の後半日もしないうちに時計塔によるロンドンの龍脈の調査結果が出た。
報告者によれば、確かにこのロンドンで、かの冬木市やトゥリファスのような"聖杯戦争が行われる予兆ともとれる龍脈の変化"が観測されたことが明らかになった。
報告を受けて時計塔は薪をくべられた火のごとく騒がしくなる。
それほどこの"聖杯戦争"というものは魔術師たちにとっての念願、悲願であった。
アトラス院の錬金術師の言葉をいいように受け取り、またこれを機会に聖杯を手に入れようと思惑を巡らせる魔術師は少なくなった。
もともとアトラス院は時計塔とは長い間袂を分かっていた組織である。
彷徨海ほどでないにしろ、"ほとんど赤の他人"というのが大抵の魔術師の結論であり、この奪還作戦に義理を感じている者はほとんどいなかった。
――ならば、手に入れてしまえばいい。 もとより聖杯戦争というものは奪い合いだ。
これは多くの魔術師一族にとってあてはまる合理的な決断であった。
時計塔の報告を受けて次にざわめき始めたのは『聖堂教会』である。
聖堂教会は神秘の秘匿や保護という名目でこの聖杯戦争にも重要な役割を担っている。
マスターの保護、そしてサーヴァント戦闘で発生した被害の事後処理などがそれにあたる。
聖堂教会の監督役は戦場となる土地に派遣され、聖杯戦争の行方を見守りときには取り仕切ることもある。
ところが今回の急な聖杯戦争の開催、それもロンドンで行われるという事態には寝耳に水であったのか、珍しく初動が遅れてしまっている。
今回の聖杯戦争に果たして監督役が必要なのか、という疑問を持ち掛ける者もいた。
システムこそ聖杯戦争のようなものの形を呈しているが、景品である聖杯は見つからず大聖杯はすでに先の聖杯大戦で失われているはずだった。
加えて他には不明な点がいくつも存在した。
イザイの発言によれば、盗まれたのは聖杯の器となるホムンクルスであるということ。
彼女はそのホムンクルスにアインツベルンの技術を参考にかなりの改良を加えているしてはいると答えたが、研究は不完全であり願望器ほどの力は備えてはいないとも説明した。
"器"だけでは聖杯戦争は成り立たない。
もっとも聖杯そのもの自体未だ不明な点が多く存在していることは誰しも共感の内にとどめていることではあるが。
何より彼らが注目したのが強奪犯の"目的"であった。
「そもそもアトラス院に侵入するリスクまで背負って、手に入れたいものなんでしょうか?」
「君の言う通りだ。それほどの力を持っているのなら、兵器なんか使わずとも世界を簡単に滅ぼせるような魔術師とサーヴァントがいるということになるのだからな」
アトラス院の錬金術師との面会を終えた後、召喚科ロッコ・ベルフェバン教授とその弟子シャルロット・ロジェは一度自分たちの教室に戻り、状況を整理するために面会していた。
「聖堂教会もさぞや慌てふためくことだろうな。何しろロンドンは聖杯戦争の舞台にしては大がかりすぎる。サーヴァント戦闘によってどれほどの被害が起こるかもわからない上に、昨今は情勢不安でスクエマイルや郊外にも移民が増大。夜でさえ眠らない街は多い。魔術協会、聖堂教会たちにとっても"神秘の秘匿"と向き合わねばならない」
「かなり危険な状況と言えますね……」
「何かが間違えば破滅だ。一体犯人は何を考えている」
――頭を抱えてうつむくベルフェバン教授であったが次の瞬間、口元が緩むと不敵な笑みをこぼし目の前のシャルロット・ロジェを驚かせた。
「しかしまたしてもこのような事態に出くわすとは、思いもしなかったが……長生きはするものだな、シャルロット・ロジェ?」
「教授……?」
――あ、この表情は。
戸惑いの表情を見せる自分の弟子に対して、ベルフェバン教授は机の向こう側から身を盛りだして"提案"を持ち掛けた。
「折角の機会だ。"課外授業"に挑戦するつもりはないかね?」
***
「……先ほど聖堂教会からも返事が来た。ロンドンで聖杯戦争を行うことを承諾、監督役も熟練の者を用意するそうだ」
「課外授業……って、まさか教授」
「君も聖杯戦争がどういうものかはすでに知っているだろう」
「え、ええ。いくらか資料に目を通したことはあります。この時計塔にも第四次聖杯戦争の生き残りの魔術師がいらっしゃるとか」
ロード・エルメロイ2世の先ほどの胃痛に耐えるような酷い顔を思い出しながら、シャルロットはベルフェバンの問いに答えた。
「私が、ですか? 私が聖杯戦争に?」
恐る恐る教授に尋ねるシャルロット。
その覚悟を持った問いをあっさりと打ち返す目の前の老人に、彼女は一層激しく動揺した。
「"こういう時"のために、私は君を手塩にかけて保護してきたのだ、シャルロットよ」
椅子から立ち上がると机に両手をつき、ベルフェバン教授はまるで水を得た魚のようにシャルロットに早口になって話をつづけた。
「"聖杯戦争"だ。魔術師であればたとえ命を賭けても挑む価値のある、その戦い、魔術師世界でもっとも危険で神聖な儀式に君が参加するのだ。シャルロット・ロジェ」
「……っ!」
己に与えられた使命に対して体を震わせるシャルロット・ロジェ。
しかしそれと同時に目の前の恩師に対して一抹の不安を覚えていた。
「君の魔術の質なら問題なく聖杯に選ばれるだろう。いや、そうでなくては困る。そのために私は君を此処へ置いていたのだから」
「シャルロット・ロジェ。君にはマスターとなってこのホムンクルスの"争奪戦"に参加してもらおう」
――やはり、そうくるのね。内心がっかりする。
この教授はいつもそうだ。
策略家であり、隙あらば漁夫の利を狙い、自分の利益にしてしまおうとする。
シャルロット・ロジェはその"立場"故にこの教授にはさまざまな恩があったが、その恩を返すという時は決まって彼の策略を代わりに実行するというものであった。
聖杯大戦の折、彼女は友人に会うためフランスに一時的に帰国していたためので巻き込まれることは無かったが、彼女の代わりにセイバーのマスターとなって大戦に参加したマスターは死亡したという話を聞いていた。
聖杯戦争ではそのシステムの都合上、マスターが命を狙われることは珍しくない。
サーヴァントはマスターとパスでつながっていて、マスターから現界のための魔力を供給されている。
つまりサーヴァントを相手にしなくても、マスターを殺害してしまえばサーヴァントも現界を維持できず消滅してしまうのだ。
――それほどの危険な戦いに、この教授は私を参加させようとしている。
とてもじゃないが、気が乗らなかった。
まだ二十歳にも満たない若輩者であるし、次期当主というロジェ家の重要な役目もある。
それを置いて、この老人は私に「命がけの戦いに出場して賞品を奪い取れ」などと言ってきている。
だが、その一方で、本当に"聖杯"を手に入れられるチャンスがあるのだとしたら。
魔術師たちの中でも、目にすることもできずその一生を終えるというその"聖杯戦争"に。
――間違いなくロジェ家にとってこれは掛け替えのない財産となるだろう。
時計塔から"称号"を与えられることだって夢ではない。
命の危険があることは重々承知してはいたが、それだけのリスクを冒す価値は十分にあった。
それほどまでに話に聞いていた願望器というものは魔術師たちがのどから手が出るほど欲しいものなのだから。
「条件があります、ベルフェバン教授」
「何かね?」
「私の身に何かがあれば、ロジェ家にできうる限りの支援を行うと約束してください」
一族の保護を求めるロジェに対して、なおもベルフェバン教授は否定的に出た。
しかし、シャルロットはそのまま真剣な表情を崩さずにこう返す。
「……大きく出たな。君が私に何かを頼める立場にあると言うのか?」
「魔術師としてならともかく、人としてならあなたを破滅に追い込むくらいの証拠は揃えていますよ」
「なんだと?」
「あなたがた年配の魔術師たちというものは本当に現代の技術には疎いようですね……」
そう言って、スカートのポケットから小さな板状の機械を取り出した。
「これは単なる機械です。なんの魔術的な仕掛けもありません。だからこそ、簡単に"盗聴"できた」
「盗聴だと……?」
「若者の文化もきちんと取り入れるべきかと、先生。現代の科学力を甘く見ていると足元をすくわれますよ」
再生ボタンを押そうとすると、危険を察知したロッコ・ベルフェバンの顔が急に青ざめる。
「シャルロット、まさか!?」
「私が死ねばこの"データ"は時計塔にもばら撒かれる。人として終わりたくなければ、私が死なないように最大限のバックアップをしてもらわなければいけません」
「ぐっ……君はこの私を脅そうというのかね」
「悪いとは思っていますよ、先生。しかし聖杯戦争となれば話は別です。この瞬間を待ち望んでいたのは私だけじゃないはず」
ベルフェバン教授は彼女の持っているものが音声や映像を録音するものだということに気付いた。
――彼女がこのタイミングで交渉材料に持ってくるということはあの中に入っているのは……。
「シャルロット・ロジェ……!!」
「サーヴァントを召喚するための触媒が必要です。早急に手配してください。聖杯戦争への参戦権は自分で勝ち取ります」
――いいですね、教授?
最後にそう言い放ち、シャルロット・ロジェは研究室を後にした。
***
英国 ロンドン ハイドパーク
錬金術師たちが時計塔を訪れてから数日後のことである。
実際シャルロット・ロジェが今回の"聖杯戦争"においてマスターとして認められることは、それほど驚くべきことではなかった。
彼女の家系はロードに名を連ねるほどの貴族ではないものの、フランスの一地方で注目を集める由緒正しい魔術師の家系である。
その地域柄を利用してか、ハーブやブドウ等の植物を利用した黒魔術(ウィッチクラフト)にも理解のある魔術師であり、血のように紅いワインを使用した暗示、身体強化、治癒など独特の手法と魔術理論を展開する。
そんな彼女が、なぜ召喚科という場違いな場面にいるのかは時計塔の間でもちょっとした噂になっているとか。
中には彼女とベルフェバン教授との間に"下世話な妄想"を持つ者もいるらしいが、これは彼女の鋭い視線により一蹴されている。
ともあれ、彼女は召喚科のバックアップにより、英霊の召喚についてはレクチャーをしっかりと受け、英霊の召喚に必要となる"触媒"の入手に必要なコネクションと財力もあり、簡単にこれを手配することができた。
手の甲に浮かび上がった六角形が三つ並んだ赤い痣を眺め、門が閉じられた夜のハイドパークで、シャルロット・ロジェはその"瞬間"を今か今かと待ち構えていた。
このロンドンに最も龍脈、魔力の流れを観測したデータにより、この時間この土地での召喚が最も機運の高まるコンディションであるようだ。
ハイドパークはロンドン特別区の中でもおよそ中心に位置する主要な公園のひとつである。
かなりの広さを誇っており、昼間は観光客や休憩中の学生、会社員でにぎわっている。
自然豊かな場所であり、中央には池、イギリス式の庭園なども見られるのんびりとした場所だ。
当然夜にここをうろつくのはそれこそ浮浪者ぐらいのものだろう。
その彼らにも今夜だけは人払いのルーンで退去してもらった。
――大丈夫。詠唱は何度も練習している。
触媒はベルフェバン教授のお墨付き。
これで最強の英霊を引いてしまえば何も怖くはない。
心の中で繰り返しそう唱えながら、"触媒"を握りしめた赤髪の少女はハイドパークの隅、暗い森の中でじっと立ち尽くしている。
彼女の目の前には仰々しく描かれた召喚陣が敷かれ、英霊の誕生を今か今かと待ち構えているようだった。
「……よし、それでは始めましょう」
――礎に銀と鉄。礎には我が大師■■■■■。
教わった通りに詠唱を始める赤髪の女魔術師。
詠唱開始から早々に、召喚陣の周囲からマナが集まるのを彼女は掌から強かに感じていた。
――すごい。さすがはロンドン、マナの質も桁違いね。さぞや名のある英霊が召喚出来ることでしょう。
「……っとと、降り立つ風には壁を、四方の門は閉じ……」
詠唱を始めてしばらくして、召喚陣の前に置かれたその"触媒"を呼び水にさらに高質のマナの流れが集まってくるようであった。
マナの流れは次第に水たまりのように召喚陣を赤い光で見たし始める。
風が起こり、周囲の草木をざわざわと揺らしていく。
――いける。これならいける!
その光景に確かな確信を得たシャルロットが、さらに声を一段階高らかに張り上げて最後の一節を締めくくると。
「汝、三大の言霊を纏う七天、抑止の環より来たれ……天秤の守り手よ!」
そしてまばゆい光と一陣の風が彼女の視覚と聴覚を一瞬にして覆った。
***
徐々に光と風が収まっていく。
両腕で光源を隠していたシャルロットだが、徐々にその刺激も弱まっていていることに気が付くと、震えながら両腕をおろして召喚陣の方を注視した。
円形の中心に若い男がじっとしながら立っている。
中世ヨーロッパの装いを思わせる装飾のついた洋服を身にまとい、その肩には派手な紅の紐の装飾ようなものがかけられている。
何より彼女の目を引いたのはその男が湧きに持って支えていた巨大な"砲塔"である。
恐らく180センチは超えているであろう彼の身長をさらに上回っていたが、召喚されるやいなやその"砲塔"を軽々と右手で持ち上げ、派手な金属音を鳴らしながら、剣や荷物であるかのようにして肩にかけた。
目の前の少女を見やると少しだけ眉をひそめたが、すぐに口角をあげた勝気のある表情に戻ってこう尋ねた。
「サーヴァント、アーチャー。今回はそれが俺の"クラス"だ。それで……」
「あんたが俺の"マスター"ってことでいいのか、お嬢さん?」
男の態度は実に豪快で、大きく開いたコートの前から分厚い胸板の主張が激しい。
勝気な表情のまま白い歯をニィっと出すようにして、胸を張るよう背筋を伸ばして偉そうに目の前のマスターに問いかける。
視線を交わすこと数秒。ようやく事態を受け止めたシャルロットは、頭の電源が再びオンになり。
そそくさと震える手を"アーチャー"と名乗る男に見せた。
彼女の掌に浮かび上がった赤い痣。
これこそ"令呪"であり、"マスターの証"である。
「そうよ、貴方を呼んだのはこの私。そしてここはロンドン、聖杯戦争が行われる戦場」
「若いな。まあ、俺もお前の歳ぐらいには戦争に兵士として出ていたが……ロンドンっていうとイングランドか」
「そう、2018年。アーチャー、あなたのいた時代より数百年後ってことになるかしら」
「……」
「それにしても、肖像画で見ていたのとは少し雰囲気が違うわね……」
「……」
ロンドンという言葉が出たとたん、アーチャーの顔から勝気な表情が失われた。
突然シャルロットから背中を見せるととぼとぼとした足取りでうなだれるように召喚陣の方へ戻っていく。
「……え? なに、どうしたの?」
不審に思ったシャルロットがアーチャーに声をかけたが、次の瞬間アーチャーの男は信じられない言葉を口にする。
「帰る」
「帰るって……ええ? なんで、どうして? 一緒に戦ってくれるんじゃないのアーチャー!」
目の前の英霊が発した言葉の意味が一瞬理解できず、数秒の間を置いてシャルロットは動揺に上ずった声で抗議した。
召喚陣の内側まで戻ってであぐらをかくと、アーチャーはふてくされたように答えた。
「たわけが。この俺を忌々しい"イギリス"の土地に召喚するような阿呆がいたとはな」
ため息をついて背中を向けたままアーチャーはつづけた。
「英霊の強さは時に知名度に左右される。少しばかり勉強が足りなかったようだなマドモアゼル」
「知名度のことなら知ってるわ! あなたの名前を、このヨーロッパで知らない者はいない!」
「そうだ、この国じゃもっぱら"戦争に負けて捕虜になった男"としてだがな!」
ここでようやく魔力パスの繋がっていることに気が付いたシャルロットが、アーチャーのステータスを確認する。
「わ、悪かったわよ……"皇帝ナポレオン"」
「……まあいい、その触媒もお嬢ちゃんひとりで用意した訳ではなさそうだしな」
「そうだとも、俺は戦場を選ばない。戦の天才だからな」
――本当に召喚出来た。
ナポレオン・ボナパルト。彼はナポレオンの英霊をアーチャーという枠に当てはめて召喚されたサーヴァント。
初代フランス皇帝にしてヨーロッパで一時代を築き上げた戦の天才。
かつていち砲兵でもあった彼は当時最新の遠距離武装であった大砲を巧みに使いこなし、ヨーロッパのほとんどを征服した。
ベルフェバン教授がシャルロットに渡した触媒、それは大英博物館で保管されているロゼッタストーンであった。
ロゼッタストーンは生前のナポレオンが遠征の途中で発見し、解読をしたといわれる逸話がある。
このように英霊を狙って召喚するために、その英霊と深いかかわりのある所持品などを触媒にしてサーヴァントの召喚を行う事例がある。
だがこのアーチャーが言うようにサーヴァントの召喚とは常に安定して狙った英霊を呼び出せるものではない。
たとえお目当てのサーヴァントを召喚出来たとしても、サーヴァントというものは英霊の性格や側面、さらにはマスターとの相性にいたるまで様々な要因によって決められるくじ引きのようなものだ。
そして、このロンドンで召喚されたナポレオン"アーチャー"はここイギリスでは侵略者としてのイメージが根強い。
故にナポレオンの信念も、この国では『中立・悪』と定められたようだ。
彼はそれが気に入らないらしい。
このヨーロッパじゅうで彼の名前を知らない者はいないだろう。
サーヴァントとしてこれほど有名な存在も他にはなかなかいないだろう。
もっとも有名な英霊であるほど、その弱点も発覚しやすいというデメリットはある。
サーヴァントは元となっている英雄の逸話や愛用していた武器が"宝具"として昇華されている。
宝具は絶大な力を持つ強力な兵器であるが、発動をしてしまえばそこから真名や弱点が露見されてしまう可能性が高い。
そのためマスターたちもサーヴァントを呼ぶときは普通サーヴァントの事を「クラス名」で呼ぶ。
聖杯戦争で勝つために、より強い能力を持ったサーヴァントを狙って召喚する。
マスターたちの戦いはある意味サーヴァント召喚から始まっているともいえる。
「しかし懐かしいものを持ち出してきたな。てっきり愛用の大砲でも使ったのかと思ったが」
自分を呼ぶ縁となった黒い大きな石を興味津々に眺めながら、アーチャーは呟く。
「短期間で用意できたのはこのくらいよ。何せ今回の話は急だったから」
「何か事情が違ったりするのか?」
「それについても話す必要がありそうね……とにかく」
あぐらをかいて背中を向けていたアーチャーの正面に回り込んでシャルロットは男に手を差し出す。
「これからよろしくお願いします。アーチャー! 私と組んだことを公開はさせないわ」
「……いっちょまえに覚悟は決まってるというわけか、マスター?」
「まあ、うじうじしてても仕方ねぇ。そういうことなら、今日から俺はお前のサーヴァント、アーチャーだ。よろしく頼む」
「ええ、一緒に頑張りましょう」
「俺がアーチャーってことはネルソンの野郎がライダーで召喚される可能性も高いわけか。気を引き締めねぇとな」
「ネルソンって……あの提督ネルソン? 彼もサーヴァントとして召喚されるの?」
「おう、あいつだけは苦手だな……あとハンガリーの変な爺さんには気をつけろ。あの爺さんには勝てん」
――ハンガリーの爺さん?
そう問いかけようと思ったが、今は他にやるべきことがある。
「さて、まずはこの状況についてどこまで知ってるか確認しないとね」
シャルロットもまたアーチャーと向かい合うようにして召喚陣の上に座る。
「聖杯戦争なんだろ? だったらまずは監督役ってのに会いに行くんじゃないのか?」
「ううん、それが今回は聖堂教会も出遅れててね。先にエルメロイ先生のところに行くべきね」
「……どういうことだ?」
「今回私たちが手に入れるのはアトラス院の作った聖杯の器よ。ホムンクルスを盗んだ犯人がこのロンドンにいる」
「アトラス院か……名前は聞いたことがある。そのような組織がエジプトのどこかにあるとな」
「あら、知っていたの。確かにあなたの時代にはすでにアトラス院は存在しているけれど」
***
「となると、さしづめこれは"亜種聖杯戦争"といったところか」
一通りの説明を受けて、アーチャーはあごに手を当てて考え事にふける。
「理解が早くて助かるわ、アーチャー。さすがは天才ね」
――このあたりの理解の速さ、状況の判断力はさすがの戦上手といったところかしら。
「犯人の手がかりはつかめているか?」
「強奪犯がロンドンに潜伏し始めてから、その街で聖杯戦争の機運が高まっているという観測結果が出ている。私がここでマスターに選ばれ、あなたを召喚出来たのもそういうことよ」
「ということは……」
「聖杯戦争のマスターのひとりが、ホムンクルスを所持している……私はそう睨んでいるわ」
「なるほど、なかなか合理的で賢い魔術師のようだな」
――このくらい、誰でもすぐに思いつきそうなものだけど。
そう言いかけてシャルロットは口をつぐんだ。
相手は皇帝。不機嫌になるようなことをわざわざ言う必要もない。
「どうした?」
「い、いえ、なんでもありません」
「そうか? とりあえず、まずは他のマスターに探りを入れてみるのがよさそうだな。幸い俺もアーチャーで、偵察向きのクラスだ。キャスターやアサシンには敵わんが、顔を拝んでおくぐらいならいいだろう?」
「それもそうね。おそらく他にも令呪を発現させたマスターがサーヴァントを召喚していることでしょうし……いい、アーチャー? 表向きには私たちはホムンクルスをアトラス院に取り戻すということになっているけど……」
「本当の目的はそうじゃないってか。おいおい、いきなりアタリを引いたか?」
夜の公園で会話を続ける二人の前に、突然脇からかけられる声がした。