Fate/Apocrypha/Quantum   作:うおぬま

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Quantum - Ⅳ

―国とは体である。

 

―国とは魂である。

 

 かつての我が国は崩壊した。

 欲望にまみれた異教徒たちの手は、苦しむ赤子の叫びなど気にも留めない様子で、それらを四股からバラバラに引き裂いた。

 

 体を引き裂かれる苦しみ。

 言葉を弾圧される悲しみ。

 拷問に打たれる痛み。

 "持つ者"への僻み。

 

 かつてともに立ち上がった同胞たちは、ひとりずつ倒れていった。

 私の妻子も、すべて彼らに蹂躙された。

 

 薄暗く寒い冬の日のあばら屋。

 床にばらまかれる友の血液。

 

 拘束され、順番に処刑されていく私の同胞たち。

 寒さは痛覚を鋭敏にし、叫びは乾いた冬の空気によく響き渡る。

 

 

 

 辛くも生き延びた私は、復讐を誓った。

 西洋の異教徒たちを恨んだ。

 

 お前たちにも聞かせよう、国とは言葉である。

 ビリ、ビリと破く。

 

 お前たちにも見せよう、国とは体である。

 ザク、ザクと刻む。

 

 

 

 老人は、復讐のためだけに聖杯へと迎合する。

 かつて反乱分子として粛清された秘密結社の棟梁は、西欧列強のせん滅だけを目指して矛盾した魂を聖杯の中で燃やし続ける。

 

 殺意をくべよ、憎悪を煮沸せよ、怨恨を立ち昇らせ、猛毒を啜れ。

 我が名は毒の蠍、我が名は立ち上る龍。

 すべてを毒で犯す者。

 

 シ・ファンの頭領、ドクターと呼ばれるその老人は底知れぬ深淵から這い上がる。

 一切の秩序はなく、すべて終わらせるためだけに存在した男の名前は"フー・マンチュー"という。

 かつて清国の独立を目指し、欧米列強に粛清された、毒物のスペシャリスト、不老不死とうたわれた怪人。

 

 

 

 目の前でランサーが、シャルロット・ロジェの右腕を切り落とす光景にアサシンは仮面の中で言いようもない充足感に包まれていた。

 

―西洋の雄が、争い、勝手に自滅していく様は実に愉悦である。

 

 彼らは自らの信念こそが正しいと信じ込み、卑しくも衰え、滅んでいく。

 アサシンは直接手を下さない。しかしアサシンが周囲に振りまく憎悪は人々の心をいともたやすく盲目にする。

 本当に警戒すべき存在が誰なのかを、彼らはまだ理解できていなかった。

 

 

 

***

 

 

 

 時間が再び動き出す。

 

 シャルロットは腕の痛みに絶叫する。

 エハッドとカナウはその場を動けず、驚愕した様子でランサーを見ることしかできない。

 

 イザイ・エルトナムはその光景に目をそらした。

 ロード・エルメロイ二世はその光景に激高し、リャオ・ファンに詰め寄る。

 

 セイバーもまた激高し、今にも剣を構えてランサーに襲い掛かろうとするようであった。

 バーサーカーだけはただ黙って、アバーラインを見つめていた。

 

 収まりかけていた空気は再び混とんへと戻る。

 

 この場の張本人であるアバーラインは何の感想も抱かず、

 

「手間が省けたな」

 

 とだけつぶやいて、床に落ちたシャルロットの令呪のがついた腕を、サッカーボールでも扱うかのように靴で起用に蹴り上げ、つかみ上げる。

 

「……ああああ! ぐっあああああ!」

 

 ランサーは痛みに叫び続け、よろめくシャルロットのそばで、一切目をそらさず、その光景をひたすらに見ていた。

 彼女の腕からあふれ出る鮮血が、ベイリンの鎧兜を真っ赤に染め上げても、彼は一切その血を一切拭わなかった。

 

「……」

「ランサー、お前……見損なったぞ!」

「それでもアーサー王の……円卓の騎士か!」

 

 アーチャーが怒号する。

 しかし血みどろの騎士は何も答えない。

 

 ロード・エルメロイ二世がカナウがシャルロットのもとへ駆け寄る。

 なんとか彼女を落ち着かせると、床に座らせて、止血を試みる。

 

「シャルロット……落ち着くんだ。大丈夫だ!」

「しっかり! がんばれ、落ち着いて!」

 

 

 

 アーチャーがシャルロットに駆け寄ろうとするが、アサシンに制止される。

 

「……アサシン」

「ここでの目的は果たした。一緒に来てもらうぞ、アーチャー」

「クソッ!」

「美しい、主従だな。これ以上彼女を壊されたくないだろう?」

「……後悔させてやる」

 

 アバーライン、リャオ・ファン、アサシン、アーチャーが集まると、アバーラインはさっそく拾ったシャルロットの腕を使って偽臣の書に令呪を込める。

 

「離脱するぞ、リャオ・ファン」

「……ハハハ、やったぞ。よくやった!ランサー!」

「キャスターを殺し、アーチャーも俺たちのものになった。あとは偽物野郎と能のない音楽家風情だ……」

「勝てる、勝てるぞ……はははははははは……!」

 

 勝ち誇った様子で目を見開いて、狂ったかのようにリャオ・ファンの笑い声がこだまする。

 その隣でアバーラインが自身の体に埋め込まれた令呪に向かって唱える。

 

「令呪を持って命ずる。アサシン、ランサー、この場から離脱するぞ」

 

 ハート形の令呪から一画が消費されると赤い光が、5人を巻き込んで遠くへ飛び去って行った。

 

 ランサーが令呪の光に包まれる瞬間、ふいにホムンクルスの少女と目が合う。

 

「……」

 

 少女は何も言わず、悲しげな眼でランサーを見た。

 一方でランサーのほうは、兜を脱がず、だれにも姿を見せないで、そのまま消えていった。

 

 

 

***

 

 

 

 シャルロット・ロジェの腕の出血がようやく収まりつつあった。

 多量の血が講堂に流れ、彼女の顔色が青ざめたまま眠りについていた。

 

「くそっ……ランサーの野郎!」

 

 講堂の隅でエハッド・ティーレマンは頭を抱え、怒りに声を震わせながらつぶやく。

 居合わせた魔術師たちの知恵を振り絞り、なんとかシャルロット・ロジェは一命をとりとめた。

 しかしながら、英霊に腕を切り落とされるという衝撃的な痛みは、間違いなく彼女にトラウマを残すだろう。

 

 ロード・エルメロイ二世がすべての処置を施すと、学生たちに指示をして彼女を聖堂協会の管理する病院へと運ばせる。

 血痕が残る荒れ果てた講堂で、カナウとエハッド、セイバーとバーサーカーは立ち尽くすしかなかった。

 

「リャオ・ファン……アバーラインの野郎も……殺してやる!」

 

 エハッドは強くこぶしを握り締めた。

 カナウもまた、エハッドのその様子を心配そうに見つめ、そしてこの戦いでついぞ消滅したキャスターのことを思う。

 

「あの言葉はどういうことなのだろうか……?」

 

 言いようのない不安が頭のなかで渦巻いていた。

 カナウ・アルバーンはイザイ・エルトナムの方を見た。

 シャルロットの言う通りイザイがキャスターのマスターであるのなら、イザイは自分の母親であるはずだ。

 

 しかし、写真で見た女性とイザイの姿は明らかに異なる様子であった。

 別人のように。

 

 

 

***

 

 

 

 その日の事の顛末をロード・エルメロイ二世は、人生で二番目に忙しい日だったと振り返る。

 時計塔で起こった未曽有の大惨事について、これまで不介入だった法政科は待ち構えていたとばかりに調査に乗り出す。

 

 化野と呼ばれた和服姿の東洋人の女性がロードとイザイ立会いの下で、事情聴取が行われ、関係者は時間の経過とともにだんだんと解放されていく。

 その場にいた全員が、真実を話した。

 

「…とはいえあなたには"借り"もありますし、無罪放免……というわけにもいかないでしょうが、今回の件は聖堂教会監督役の暴走ということで。我々から先方に何かしらのアクションは取らざるを得ないでしょう」

「君にしては、やり方に若干の容赦すら感じるな。このまま講師をクビになるぐらいの覚悟でいたのだが」

「そんなことをすれば、あちらにいらっしゃるお弟子さんたちをコントロールできる方がいなくなってしまいますわ」

 

 悪びれた様子もなく、化野はエルメロイ教室の魔術師たちのほうを横目に見ながら答えた。

 

「あなたは、ご自分の価値をもう少し見積もり直したほうがよいかと」

「……それは自分の価値、とは言えないだろう」

 

 憎たらしい調子でロード・エルメロイ二世はぼやく。

 

「ところで」と化野は続ける。

 

「ランサーの宝具についてなのですが……こちらで回収しておきましたが、これはあちらにいらっしゃる聖杯戦争のマスターに戦利品としてお渡しすればよいのかしら?」

「私、聖杯戦争にはあまり興味もありませんから、こういう時どうしていいのか分からなくて」

「宝具?」

 

 化野が手をかざすと、白い蛇のような生き物がシュルシュルと音を立てながら二人の前に現れる。

 蛇が加えていたのは、燃やされて激しく損傷し、黒変したランサーの盾であった。

 

「これはランサーの……円卓の騎士ベイリンの盾だな。戦いの最中に使い物にならなくなったわけか……」

 

 ロード・エルメロイが盾に触れようとした途端、

 

「いっ……つっ!」

 

 激しい痛みがロードの指先に走る。

 サソリやハチに刺されたかのような刺すような痛みがじわじわと指先に残る。

 

「なるほど。やはり、西洋人に対する強い憎悪の呪いがかかるみたいね」

「知っているのなら、最初に説明してくれ!」

 

 悪戯っぽく化野は控えめに笑う。

 

「それにしても西洋人に対する強い憎悪とはどういうことだ?」

「西洋とそれ以外の世界。そのことこそが、アサシンの正体に迫るヒントになるかと。さあ、ロード、あなたはどうお考えですか?」

「フン、我々に恨みを抱く人間など、星の数ほどいるだろう」

「それもそうでしたね」

 

「何かの役に立つかもしれない。シャルロット・ロジェに渡すがよい。彼女とアーチャーはこの時計塔戦争の一番の功労者だ」

「では、そのように」

 

 化野の白い蛇はシュルシュルとその場から遠ざかった。

 

 

 

 こうして、時計塔の動乱は終了した。

 

 ホムンクルスの少女は結果としてイザイ・エルトナムの手によって修復され、彼女が求めていた情報は手に入った。

 しかしの代償として、彼らはアーチャーのサーヴァントと、右腕を失うこととなる。

 

 しかしながら、聖杯戦争はまだ終わらない。

 量子の魔術師たるミランダ・ウォルフォークはすでに次の手を打とうと動き出していた。

 そして残された魔術師たちも、マスターたちも、それぞれが自分たちの未来のために生き残るための方法を模索していた。

 

 

 

 星はまだ、そこからいなくなったわけではない。ただ光を失い、見分けがつかなくなっているだけなのだから。

 そしてそのような星の最後の輝きも、どこかはるか遠くで、長い旅路を経て、突然人々の前に姿を現すことさえあるのだ。

 




第三章「時計塔戦争」編は終了です。
時計塔が舞台になるということで、他Fate作品のキャラもゲスト参戦してもらいました。彼らの設定については全部「独自解釈したパラレルワールドの扱い」とでも思ってください。がっつりストーリーにかかわらせると収拾がつかなくなるので出番としてはこのくらいですがね!

第四章「量子の魔術師」も近いうちに公開予定となります。ストーリーは終盤へ。いよいよアサシン、ランサーたちとの決戦です。アサシン、めっちゃ強いです。その理由は彼の能力と、ミランダの策略にあります。そして、意外なアイツも登場します。

キャスターなんかあっけなく死んだが!?
あの意味深な発言の数々はなんだったの!?

その理由も……明らかになります。
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