突然二人に投げかけられた言葉。
アーチャー、シャルロット、ともに目を見開いて声の主を確認しようと振り返る。
前身の魔術回路は臨戦態勢のためにを逆立たつように急激に活性化する。
その様子がアーチャーにも伝わったのか彼は自身のマスターの方を見て口笛を得意げに吹いた。
「さすがの反応速度だ。俺のマスターとしちゃ及第点だが……まさかこんなに早く他のサーヴァントに出会えるとはな」
「やっぱりあれ、どう見てもサーヴァントよね?」
二人の目の前にはこの時代この場所に似つかわしくない格好をした人間が一人。
中世風の鎧兜で顔を覆っていたが、声は間違いなく男のものであった。
粗暴な立ち振る舞いではあるが、構えている二本の剣や鎧には年季が入っており、いかにも歴戦と思わせる風貌であった。
そして正面からはその全貌が見えないものの、背中に甲羅のように白く大きな盾が一枚。
――まさかこんなに早く他のサーヴァントに遭遇するなんて。
思わず警戒してしまったが、このサーヴァントはいつから私たちを見ていたのだろう。
油断していた。もう聖杯戦争は始まっているというのに。
「二刀流の……"セイバー"ときたか。フン、いきなり最優のクラスであるセイバーに会えるとは、面白くなって来たぜ!」
アーチャーは肩に担いでいた巨大な大砲の砲塔を構えると、砲口を鎧姿の男にしっかりと向けた。
「俺も本当に不本意なんだが、それは違うぜアーチャー」
セイバーと呼ばれた甲冑姿のサーヴァントは気だるそうに首を横にふるうと、堂々とした態度でこう答えた。
「俺は"ランサー"だ。まあ勘違いされるのも無理はねぇか」
「二本の剣で"ランサー"?」
――記憶を巡らせようとする。二本の剣でランサー……そんな英雄心当たりがあったかしら?
が、だめだ。突然の事態に頭が回らない。これから命を懸けた戦いになるっていうのに!
「こっちにも色々事情があんだよ……それより」
「お前たち、"表向きには"とか言ってたな。それって、どういうことだ?」
「もしかして、ホムンクルスを横取りしてやろうとか考えてるのか?」
シャルロットはそのままポーカーフェイスを維持したが、内心これについてどう説明したらよいかわからない。
今の会話は完全に誤解されるだろう。
いや、誤解はないのだが。
彼女は"自分たちがいずれこの考えにたどり着くのなら、当然他のマスターたちも"他のマスターが怪しいと考える"ことを失念していた。
現に目の前のランサーはこうして他のサーヴァントに偵察を行い、怪しげな会話をしているアーチャーとそのマスターを発見している。
――私たち、怪しまれている?
「あるいは……盗んだホムンクルスをもってロンドンからトンズラする目算とか、な?」
ランサーの後ろの茂みからもう一人人影が近づいてくるのが見えて来た。
近づくにつれて見えてくるのだが、シャルロットはその姿に少し動揺した。
茂みの中から現れたのはシャルロットよりもさらに若くて小さい少年だった。
***
ロンドン ハイドパーク
自分よりもさらに幼いマスターの顔を見てシャルロット・ロジェは目を丸くしていた。
自分のことを棚に上げるわけではないが、ランサーのマスターはそれこそ小学生ぐらいの見た目をしていて、三枚の羽のような模様をした令呪がその手の甲をほとんど覆いつくすほどの手の小ささである。
髪の毛や肌にほとんど色素が無く、顔つきがわずかにアジア系であるように見える。
「よう、シャルロット・ロジェ。それがお前のサーヴァントか? 弱そうだな」
「……あなたのサーヴァントこそ、言葉遣いが汚いわ。野蛮な人ね、あなたに似たのかしら」
「フン、どうだかね」
少年は尊大な態度で立ち振る舞って挑発した。
シャルロットもそれに対して皮肉で返す。
「あなた、どこの魔術師? 時計塔では見たことない顔ね?」
目の前のサーヴァントから目を離さないまま、シャルロットが尋ねる。
「僕はリャオ・ファン。ファン家の長男にして次期当主。時計塔からの正式な依頼により、ホムンクルスの奪還作戦に参加する」
リャオ・ファンと名乗る少年は得意げに挨拶する。
「この聖杯戦争のマスターの中に、ホムンクルスを盗んだ魔術師がいると僕は睨んでいる。フン、どうだ? お前たちがそうなのか?」
「……今のを見ていてそう思っているのなら、本当にあなたは頭の足りないおバカさんね」
「な、なんだと!?」
シャルロットが挑発すると、リャオという少年は顔を赤くしてこれに憤慨した。
――気取っているように見えても、やはり精神は年相応ね。
安い相手、こんなやつでも聖杯戦争に参加できるなんて少し拍子抜け。
「リャオ・ファンって言ったかしら? あなたたち、私がアーチャーを召喚していたところは見ていたかしら?」
「……いや、見ていない。僕たちがお前たちを見つけたのは地面に座って何かを話しているのをみたところからだ」
「マスター、口が軽すぎる」
ランサーに制止されてリャオ・ファンは慌てて口をつぐんだ。
「えっ、あ、ああ……そうだよな。こ、これ以上は何も言わないぞ!」
「見てたなら、教えてあげるけど」
少しあきれたような表情になって説明するシャルロット。
相手が自分より下と見えて、心なしか彼女にも余裕が戻って来たらしい。
「私がサーヴァント召喚したのはついさっき。ホムンクルスが盗まれたのは何日も前の事よ」
「つまり、俺のマスターがサーヴァントを召喚して、アトラス院から聖杯の器を奪取したって話は無理があるってことだな」
「えっ……」
シャルロットとアーチャーの話を受けて、ようやく理解したのかリャオ・ファンの顔があごの下から頭のてっぺんまで徐々に赤く染まっていくのが見えた。
早とちりしていたことに気が付き狼狽するが、待て、とそれでも食い下がる。
少年の矛先は次に彼のサーヴァントに向けられた。
「ら、ランサー! お前だって、僕に言ってたじゃないか、あの二人が怪しいって……」
「あー……いや、すまん。俺は単純に怪しいと思っていただけだ。こいつらが盗人じゃなくても、とりあえず脅せばゲロッてくれるかとも思ったんだが」
「……くそっ! お前も少しは頭を使えよ!」
――あなたに言われたくないわ、と思わずシャルロットは心の中でツッコミを入れる。
それにしても大丈夫なの、この少年。聖杯戦争に参加するにはあまりにも……いや、余計なお世話だろうか。
それに。
『マスターの方はともかく……あのランサー、かなりの手練れに見える』
――ランサーの方は異質だ。
強者である気配が十分に感じられる。
剣の構えといい、足取りといい手練れの騎士であることは間違いない。
それでいて"ランサー"ということはあの剣のほかに、さらなる切り札――宝具を隠し持っているということ。
魔力パスでつながっていたアーチャーからシャルロットの頭へ『念話』が送られる。
サーヴァントとマスターでのみ行えるテレパシー会話のようなものだ。傍受の心配も少ない。
『分かってる。ただならぬ気配を感じるわ。それにしてもサーヴァントのステータスがよくわからないわね。何かのスキルかしら?』
マスターであればサーヴァントを一目見て、だいたいのステータスが把握できる。
しかし目の前のランサーを見ても、シャルロットはほとんどのステータスを閲覧することができない。
何かしらの宝具かスキルで見えないようにしているのか、ステータスを見ようと思っても、彼女には数値にノイズが走っているだけの状態でしか見えないのだ。
――資料で読んだことがある。
たとえば円卓の騎士"ランスロット"がサーヴァントとして召喚される場合、友人のために顔を隠して試合に出たという武勲の逸話から相手に自分の真名を悟らせないようなスキルを所持していたとある。
『ほう……真名がばれるのを防ぐために情報を遮断するスキルか……ますます面白い』
『そ、それよりアーチャー……どうする? まさか戦いになったりしないわよね?』
『どうだかな……この手の輩はいろいろ面倒だぞ』
二人が念話を続けていると、業を煮やしたのか凄むようにしてランサーが問いかける。
「おい、念話してるんじゃねえよ。俺の質問に答えてもらおうか」
「時計塔の連中も浮足立ってたなぁ。聖杯を手にするのは自分だと。お前"も"その中の一人ってわけか?」
リャオファンが再び失言をしてしまったことに気付いて、ランサーは兜の中からでもわかるほど嘆息した。
「マスター、お前は喋らない方がいい」
「んな……ランサーお前、この僕に命令するな!」
声を荒げてリャオファンが指をさして抗議するが、ランサーは彼を無視した。
アーチャーが何かを思いついたかのように顔を上げるとランサーに提案を持ち掛けた。
「なぁ、ランサー。さっきの言葉に深い意味はねえよ。俺たちはホムンクルスの奪還作戦に参加する。それだけだ」
「さっきの表向きとかなんとかはどう説明するつもりだ?」
アーチャーは両手を広げて無抵抗の仕草をするが、ランサーはなおも構えた剣を下ろさない。
「私もあなたたちと同じ考えよ。他のマスターと協力してホムンクルスの強奪犯は探す、その一方で……」
「私たちの中に裏切り者がいるのならそいつを倒すわ」
ランサーは兜の向こうからじっとアーチャーのマスターを見据えて、しばらくした後剣をようやく下ろした。
「ふん……まあいいだろう。今はそういうことにしておいてやる」
「わかってくれたか……うん、それがいい」
「じゃあ命を奪い合いはなしだ。少々つまらないが……続きはホムンクルスを取り戻した後でいいよな?」
再び構えられるランサーの不格好な一対の剣。
月光を受けて鈍い銀の輝きを放つ。
「はははは! なるほどそういうことか。いやすまない、ウォーミングアップぐらいならいくらでも付き合ってやるさ」
先ほどまでの言葉の意味を理解して、アーチャーも笑いながら抱えていた砲塔にぐっと力を込める。
「そう来なくちゃな。なんのために死んだ後も英霊として座にいるのか、わからなくなっちまう!」
「俺たちはサーヴァント、殺しあってなんぼの生き物だろう?」
これにはさすがに予想外だったのかシャルロットも慌てたようすで制止しようとする。
だが、アーチャーもランサーも、そしてランサーのマスターでさえもすでに乗り気であったようで――
「そりゃあいい。僕のサーヴァントとお前のサーヴァント、どちらが強いか腕試しと行こうじゃないか」
「この作戦に足手まといはいらない。なんなら僕たちだけでもこなしてみせる! いけ、ランサー!」
武器を構えてしばらく佇むの二人の静寂。
雲が晴れて月が一層明るくなる。
最初の踏み込み、地面を抉るほどの蹴りでランサーが大きく前進した。
音速を超える跳躍で、聞いたこともないような風音が辺りに響いて周囲を威圧する。
二本の剣をまっすぐ構えると突き刺すような体制でアーチャーに切っ先を繰り出す。
アーチャーはこれに対して手にしていた砲塔の側面でしっかりと受け流す。
苛烈な剣戟が黒鉄の砲塔に当たると派手に火花が散っていったが、アーチャーに攻撃は届かない。
突撃にひるむことなく、受け流した後でアーチャーは手にしている大砲を盾のようにしてランサーの体にバッシュの要領で押し返した。
派手な金属音と共にシールドバッシュを受けると、鎧のランサーは再びアーチャーと距離を取った。
「おっとあぶねぇあぶねぇ。ペシャンコになるところだった」
「ぬかせ。自分から後ろへ飛んで衝撃を和らげただろうに」
「へへっ……」
次の踏み込み、もう一度アーチャーに突進するランサー。
今度は片方の剣を逆手に持ち替えて、十字に切りつけようとする。
アーチャーは再び剣戟を砲塔で受け流すが、二発目の斬撃が間に合わず体をそらした。
――うおっとっと……あぶないあぶない。
そうは言いながらもアーチャーの顔から笑みが失われることはなかった。
両腕の剣を払い無防備になったところでランサーの鎧に蹴りを入れようとする。
だがランサーの鎧は想像以上に堅く、重々しい金属音だけが響いてランサーにはビクともしていない様子である。
振り下ろしたもう一本の剣が再びアーチャーに舞い戻ってくる。
しかし三回目の斬撃が繰り出される前に、彼の持っていた剣はアーチャーの砲撃で起動をそらされる。
二人の間近でつんざく砲撃音。
発射された大砲はランサーの一本の剣を捉えて、それ以上の追撃を抑えることに成功した。
この空間にサーヴァント以外がつけ入る余地はない。
「器用な奴だな、生前はさぞ名のある砲兵と見たが?」
砲撃をもろに受けた剣は砕けこそしなかったが、あまりの衝撃に剣は手から吹き飛ばされ、後ろに立っていたリャオ・ファンの目の前に突き刺さった。
「ひぃ! ら、ランサー!」
不意打ちに怯えた様子でリャオファンが情けない声を上げる。
「悪いなマスター。ウォーミングアップのつもりだったが、そうもいかないらしい」
「いかにも! 楽しくなってきたじゃねーか、名も知らぬ騎士よ」
堂々と眼前で広げられたアーチャーの左手と右手。
何かの合図を行う指揮官のような振る舞いでひと声――
「折角だ、お披露目と行こうじゃないか」
「■・■■■■■■■!」
次の瞬間アーチャーの背後で空間が歪み、円形の狭間から大量の"大砲"が出現する。
「おいおい、そんなのアリか……?」
ランサーの眼前に大量に繰り出される威圧感のある黒鉄の砲塔。
その一つ一つが彼の方を向いていた。
これには思わずランサーも生唾を飲み込んだ。
――恐怖心からではなく、好敵手の予感に打ち震えた。
「撃てぇ!」
そして号令と共に森一帯に行われる大規模な砲撃。
轟轟とした爆発音と爆炎がランサーを取り囲んだ。
「ランサー!」
リャオ・ファンが顔を真っ青にして爆炎の中にいる自分のサーヴァントの様子をうかがった。
手の甲の令呪はまだ消えてはいない。
そして次第に晴れていく爆炎の中で彼はランサーの姿を捉えることができた。
鎧は煤だらけではあったが、この攻撃をなんとか防ぎ切ったようだ。
ランサーは盾を構えていた。
その盾がアーチャーの砲撃をすべて受け切ったのは明白である。
彼が盾を構えていた部分だけを残して周囲の地面は植物死に絶える焦土と化す。
盾の後ろからランサーが冗談交じりに話しかける。
「おいおい、もう少し加減してくれよアーチャー。さっそく"切り札"を一枚使っちまったじゃねぇか」
「悪いな、これでも加減しているんだが」
「ほざきやがれ……」
ランサーが構えていた盾を再び背中にしまう。
今度は彼の顔を覆っていた兜も一緒に消滅し、その姿があらわになった。
見た目はアーチャーよりもさらに年上のように見える。
顎に髭を生やしているし、、短い黒髪を後ろでまとめている。
その頬や額にはいくつもの傷が見られていて、堀の深いいかつい造形であった。
「かーっ! やっぱりまどろっこしいのは好かねぇ。俺もいかせてもらうぜ!」
剣を下ろすと、開いた両手を前に出して詠唱を始める。
「あ、あれ?」
「どうしたマスター」
ランサーが素顔を晒してからシャルロットは異変に気が付く。
「ランサーのステータスが急にわかるようになったの。どれもパラメータがかなり高いわ……それにこのスキルって」
「なるほど、そういうことか。あちらさんも本気になってくれるというわけだな」
「本気って……まさかそんな!」
「心配するな」
狼狽するシャルロットをよそにどこ吹く風でアーチャーは応えた。
「顔が見られてうれしいぞ"槍兵"のサーヴァントよ。本気を出したってことは、見せてくれるんだろう? お前のとっておきの"宝具"をな!」
「ああ、せっかく盛り上がって来たんだ、出し惜しみはしねぇさ!」
詠唱を始めるランサーの元に魔力が凝縮される。
やがて可視化できるほどの光が細長い槍の形にまとまりだしたかと思うと、白く輝く"塔"が現れた。
「ま、待て! ランサー、宝具はまだ温存しろと……」
リャオ・ファンの声も届かないまま、ランサーはいましがた顕現させた槍をじっと構える。
射殺すような視線をアーチャーに向けて、魔力を一斉放出すると時を待ち構えた。
「ロン……」
***
――不意にランサーが両手に込めていた槍から魔力が途絶える。
彼は突然宝具の真名を解除するのをやめてしまった。
不発に終わった宝具。練り上げられていた魔力は行き場を失って周囲に霧散してしまった。
「……あ、あれ? どうした、ランサー?」
「……誰だ!?」
ランサーが後ろを振り返り、再び剣を構えて気配を窺う。
「あ……まさか"見られた"のか!?」
「見られた……ってまさか、一般人に?」
――しまった。 人払いの結界を一度貼ってから時間が経過していて、効力が弱まっていたのかしら。
そんなことを考えているシャルロットだが、こちらも事の重大さをじわじわと理解して、焦りが自己を支配しかけている。
リャオ・ファンがランサー同様に周囲の気配を窺う。
目を閉じてレーダーのように周囲の気配を感知する魔術だ。
やがて気配を察知したのか、青ざめた様子でリャオ・ファンが喚いた。
「サーヴァント戦闘を見られた……ランサー、跡を追え! "秘匿の漏洩"はご法度だぞ!」
「……ちっ、仕方ねぇか。おい、勝負はお預けだ。また会おう、アーチャー!」
「あ、おい!」
止めようとするアーチャーをよそに、ランサーとリャオ・ファンは森の中へ消えていく。
アーチャーが指示を求めようとシャルロットの方を見ると、彼女の方もまた額に汗を浮かべて焦りの表情を浮かべていた。
「見られた……神秘の秘匿が……漏洩が……あああぁあぁー……」
先ほどまでの理知的な女魔術師の姿はそこには無く。
代わりに頭を抱えてうずくまる情けない少女の姿があった。