Fate/Apocrypha/Quantum   作:うおぬま

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Ⅳ - バーサーカー

 英国 ロンドン 大英図書館

 

 ロンドンの主要な国鉄、地下鉄駅を保有するセント・パンクラスの街。

 駅から数分歩いたところには大英博物館と並び立つロンドンの重要な施設、大英図書館が存在する。

 世界で最も重要な研究図書館であり、1億を超える資料がここに集結している。

 雑誌、新聞はもちろん、地図、録音、特許、切手や絵画、ゲーム、音楽に至るまで、ありとあらゆるコレクションが内蔵された場所であるというのが一般人にとっての認識だ。

 

 多くの魔術師たちにとってみればそれでもさして興味をもたらすものではないのだが、今しがた此処へやって来たエハッド・ティーレマンという男は根っからの本の"ギーク"であり、閲覧室に入るなりその膨大な本の羅列に目をメガネのレンズ越しに輝かせては手当たり次第に振るそうな本を手にとっては置き、手にとっては置くという作業を繰り返していた。

 "キープ"と称して読書用のテーブルに置かれた分厚い本がざっと数十冊というところだろうか、その後も司書の女性に窘められるまで本の選定は勧められた。

 

「すごい……この量はすごいって。『バーサーカー』はやっぱり"音楽"が聞きたい?」

「街で聞こえて来た、あの音楽は何だ。まったくとんでもない奴らだな現代人というのは!」

「あぁ……お気に召さなかったかな? やっぱり……」

「いや、最高だ。思いのままを吐露するあの姿勢、見事なものだな。ろっくんろーるか……」

「気に入ったんだ!?」

 

 エハッドのすぐそばに白髪で険しい表情の壮年の男性がお供についていた。

 現代のヨーロッパにしては少し古めかしいその黒いジャケットとワイシャツにいたひらひらのジャボは、周囲の視線を集めていた。

 そんなことはつゆ知らず、"バーサーカー"と呼ばれた男と、そのマスターと思しき青年はあるお目当てのものを探す途中にある。 

 ――そうはいっても、やはり折角来たのだから観光の一つでもしておこう。

 

 そのような軽い気持ちでエハッドはサーヴァントを霊体化もさせずに大英図書館を訪れていた。

 

「わ、わかってるって……まずは情報収集をしないと。できれば詳細なロンドンの地図が欲しい。工房を構えるのに最適な場所や、龍脈に富んだ戦場……リサーチするのはこんなところだな」

「しかしマスターよ。此度はバトルロワイヤルではなく、ホムンクルス強奪の犯人を追うだけなのではなかったのか」

「本当に、それだけで終わるならいいんだけどな」

 

 取り出した目録に目を通したままエハッドはそう答えた。

「だが、その後はどうだ? 俺は今回の事件がただの奪還で収束するとは思えない。聖杯戦争だぞ? 一生に一度魔術師が経験できるかどうかもわからない奇跡の儀式にくわえて、賞品はなんでも願いが叶う万能の願望器……人間の欲望を舐めてはいけないよバーサーカー」

「つまり、我々は既に"強奪犯からホムンクルスを取り戻した後"に向けて動いているというわけか」

「そういうことだ」

「我々に勝機はあるのか?」

「十分にある。バーサーカーの戦闘力は折り紙付きさ」

 

 『狂戦士』のサーヴァント。

 座に登録される者は当然ながら、その英雄が残した逸話や名声に大きくされることになる。人々にとってそれが有名なものであるほど、あるいは洗練されたものであるものほど、強大な力を得られる。

 一方で神秘の薄くなった近代の世のサーヴァント、あるいは詩人、芸術家といったサーヴァントは本来聖杯戦争には向かないとされている。

 そうした戦闘能力を持ち合わせないサーヴァントたちを補強させるために『狂化』とよばれる措置が英霊に施されることがある。狂化を施されたサーヴァントはマスターとの意思疎通が困難になる代わりにステータスが強化され、生前よりもサーヴァントとして戦うことが可能になるのである。

 狂戦士を呼ぶ方法はその実簡単。

 詠唱に少し文言を加えるだけだ。

 

 だが、エハッドの召喚したこのバーサーカーは到底バーサーカーとは思えぬ理知的な性格と紳士的な立ち振る舞いをしていた。

 すでに彼がこの壮年の男を召喚して数日が経過していたが、多少人の話を聞かない頑固な性格であるところ以外に意思疎通で困ることは何もなかった。

 

 ――もしかして詠唱に失敗したんだろうか。

 本人いわく「私の生きざまはまごうことなきバーサーカーだろう」としているし……ううむ。

 

 考え事をしていながらページをめくっていると、やがてお目当ての資料にいきついた。

 

「あったぞ……よし、ここまで詳細なら、候補地はいくつか見つかるだろう……バーサーカー?」

 

 ふと隣にいたバーサーカーの気配がなくなったことに気が付いて、本から顔を上げるエハッド。

 顔を挙げた先にいたのは壮年の男ではなく、エハッドと同じくらいの年齢で、本を何冊か抱えた黒髪の青年だった。

 

「あっ……えっとすみません」

「い、いえ。お気になさらず……」

 

バツが悪い表情を浮かべて青年はそそくさとその場を離れていく。

 

 ――なんで謝ったんだろう。くそ、それより変な人だと思われただろうか。

 今の顔、日本人ぽかったなぁ。日本ではこういう周囲から見て痛い奴のことをなんて言うんだったか……。

 いやそれより、バーサーカーは一体どこへ行った? 

 いくらその"割と溶け込める身なり"でも、さすがに行動如何では面倒なことになる。

 

 急いで探そうと席を立ったエハッドの前に、再びバーサーカーが訪れる。

 

「うわっ!」

「図書館ではお静かに、だそうだ、マスター」

「誰のせいだと思ってるんだよ!」

「んん? すまない聞こえなくなってきた」

「お前っ…さっきまで普通に聞こえて……!!」

 

 エハッドが戻って来たバーサーカーの方を見やると、彼は一冊の本を手に抱えていた。

「それは?」

「私の名前の記された本があったのでな。この私がバーサーカーで呼ばれるとは、後世の歴史家はいったい私をどのような目でいるのか、非常に興味が沸いた」

「あぁ……そう」

 

 エハッドの机の隣にバーサーカーが座ると自分の"真名"がタイトルに書かれたその本の頁をめくり始めた。

 何も珍しい本ではない、エハッド自身幼いころに読んだことあるような伝記だ。

 どうやらマスターの工房候補地さがしの手伝いをする気はないらしい。

 こうなったら彼は本を読み終わるまでここを離れるつもりはないだろう。

 

 ――確かにバーサーカーが欲しいとは思ったが……まさか、あなたが呼ばれてくるなんて。

 自分の伝記を読むこの英霊を見つめながら、エハッドは自身の境遇に奇妙な心持ちでこうつぶやいた。

 

「――"Thus fate knocks at the door(運命は斯く扉をたたく)"か……」

 

 

 

***

 

 

 

 エハッド・ティーレマンはコーンウォールの片田舎に構える魔術師一家の三男である。

 魔術師世界では非常に重要な位置を占めているアインツベルンやマキリなどにもひけをとらない歴史を持った魔術師の家系である。

 逆を言えば、"歴史"のみである。

 彼らの家系は魔術師世界の歴史において特別な偉業を成し遂げたわけではない。

 彼らの一族はいつだってその渦中の外にあり、その偉業を羨ましそうに記録し続けるだけの存在であった。

 どちらかと言えばいつもその周囲を漂うだけであり、おこぼれにあずかろうとしているような存在であった。

 彼らの一族を笑いものにする魔術師も多くいたが、それでも神秘の薄れていくこの新しい時代においても衰退することなく魔術刻印を継承していくことに彼らは誇りを持っていた。

 

 長年一族の中から"ロード"を輩出することもできずにいたティーレマンの一族だが、先日から魔術協会への報告に訪れていたエハッドティーレマンに文字通りの"運命"が訪れることになる。

 アトラス院から訪れていた錬金術師たちとの面会。

 ロンドンで行われるホムンクルスの奪還作戦というの名の聖杯戦争。

 

 時計塔での動乱にエハッドも心をざわつかせてその様子をしばらく見ていたが、次に時計塔の上層部からエハッドに対して提案が持ち掛けられることになる。

 

『ロンドンでの聖杯戦争に参加せよ』

 

 独立してこそいたが、ティーレマン家もそれなりに魔術協会に恩を感じてはいた。

 魔術協会に忠誠を誓うため、今後の立場のためにも"功績"を求めていたエハッドはこれを承諾。

 さいわい長い歴史を持つ魔術師の家系と、上質な魔術刻印を認められたのか、無事に聖杯にも聖杯戦争の参加者として認められたようだ。

 手の甲についたマスターの証、令呪は音叉とそこから響く音波のような美しい形をしていた。

 

 ――本当に、常に渦中の外。ド田舎にいても魔術刻印だけは自信があるんだよな。

 その代わりにこれと言った成果も出せていないのだが。

 

 過去に行われた冬木の聖杯戦争、そしてアインツベルンの流用から始まった亜種聖杯戦争、聖杯大戦においてもティーレマンはその外側にいた。

 だからこそ、時計塔上層部の人間は彼に話を持ち掛けたのかもしれない。

 エハッドはそのように彼らを分析していた。

 

 ――であるなら、舞い込んできたこのチャンスを逃さない手はないよな。

 どのみちこのままでは自分の生きている間に大した成果もあげられずに終わっていくのだろう。

 家督は自分よりもしっかり者の長女がしっかりと継いでくれたし。後に憂いはない。

 

 紳士的なふるまいを忘れない、意思疎通のできるバーサーカーは今エハッドの隣で黙って書物を読んでいる。

 聖杯戦争で召喚されるサーヴァントは、聖杯戦争に関する事柄やある程度の現代の言語機能を知識として与えられる。

 聖杯戦争にかかわるものであればより鮮明に、そうでないものは靄がかかったように曖昧な知識である。

 故にエハッドも、サーヴァントとの意識の齟齬が無いようにと図書館で情報収集を行うことにしたのだが、

 

「……大丈夫だろうか、このバーサーカー」

 

 いまいち覇気を感じないこのバーサーカーに一抹の不安を抱えていた。

 このサーヴァントの召喚は全くのイレギュラーである。

 それも彼に言わせれば、おそらくは"運命"というやつなのかもしれないが。

 

 ルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン。

 彼に大した神秘性はない。

 彼は武勲や武勇に優れた英霊ではない。

 しかしながら彼の紡ぐ音楽、それは紛れもなく後世にも残る傑作である。

 そうした業績は"座"によって音楽魔術に昇華されたと本人はいうが。

 果たして「狂化」というものをどれほど信用していいものか、エハッドには決めかねる問題でもあった。

 

 

 

***

 

 

 

 図書館も閉館の時間が近づいている。

 読書室の机も人がまばらになり、残っているのは試験勉強やレポートに追われる学生ぐらいである。 

 読み終えた本を返そうと本棚に戻るところで、エハッドはふと先ほどの青年とすれ違いになることを気づいた。

 かばんを肩にかけていて、メガネをかけている。

 年齢はエハッドより若いくらいで、カバンを肩にかけている。大学生だろうか。

 

「あ、さっきの……」

「あなたは……」

 

 互いに気づいて目が合うと若干気まずさにはにかんだが、青年の方からエハッドに尋ねる。

「さきほどもたくさん本を置いていましたね。好きなんですか?」

「そうですね。本は好きです。静かに読書出来る時間は至高の時ですよ」

「もしかしてあそこにいる白髪のおじさんはあなたの知り合いですか?」

「え、ええ。まあ、そんなものです」

 

 曖昧な返答に少し目を丸くする青年であったが、その前に今度はエハッドから尋ねる。

 

「あ、あなたはどんな本が好きなんです?」

「僕は詩や物語をもっぱら……それこそ世界中のありとあらゆる小説を」

「へぇ、それじゃあかなりの読書家じゃないですか」

「いやいや、この図書館の1パーセント分だって読めてはいませんし」

 

「実は今日は友人に本を勧めようと思って探しているんです。あなたなら何を勧めます?」

「俺が? い、いや。そういうのは苦手なんだけど……ううん、そうだなぁ」

 

 腕を組んでうんうん唸りながらふと青年の後ろの本棚に目をやると、目に飛び込んできたタイトルが一冊。

 

「……あ、じゃあこれとか?」

「これですか……ああ、なるほど。確かに気に入ってくれそうだ」

 

 タイトルに目を通してメガネの青年は納得した様子でその本を腕に抱えた。

 

「ありがとうございます。じゃあ、これにします」

「本当にこれでいいのか?」

「ははは、ただの気まぐれですよ。それに大抵の本は気に入ってくれましたから、今回も……」

「そうだと嬉しいな」

 

 そんな会話が続いていると、いよいよ追い出さんとばかりに館内にアナウンスが鳴り響く。

 

「おっといけない。もう本を返してこないと」

「ありがとうございました。またお会いできたら、何かお話ししましょう」

 

 ――またお会い出来たら、か。そうなるといいんだけど。

 先行きは未だ見えず、この聖杯戦争で自分がどのようにかかわっていくかも曖昧ではあるが。

 

 ――それでも挑戦してもいいんだろうか。

 かつて生前のバーサーカー、"ルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン"がそうしたように。

 

 アナウンスにようやく腰を上げる人々。

 日はすっかり落ちていて外は暗い。

 

 自分の勧めた本を抱えて青年が入り口の貸出受付に向かうのを見届けた後、エハッドもまたバーサーカーの元へ戻る。

 

「バーサーカー、それ借りていくか?」

「インスピレーションは既に得ている。この聖杯戦争で、私が何をなすべきかも自明のこと」

 

 あの肖像画のような険しい表情を浮かべながら、バーサーカーは答えた。

 

「へぇ……どんな使命を帯びているんだ?」

 

 現代に興味津々なバーサーカーを見て、エハッドも好奇心を掻き立てられる。

 バーサーカーからの返答はシンプルで意外なものであった。

 不敵な笑みを浮かべて。

 

 

 

「英雄たちが我々を待っている。この戦いの行く末を、私は音楽にしたためたい」

「サーヴァントになっても、作家症は治らないってわけか。もしかして作家たちってみんなバーサーカーで召喚されるのか? モーツァルトは? 君の師のサリエリは?」

「……フフフ」

「なんだよ、その不敵な笑みは」

 

 怪訝そうではあるが、エハッドの内心は高揚していた。

 ――なるほど英霊の座というものは、一応マスターの性格に合わせたサーヴァントを寄こしてくるらしい。

 

「それを語るのはもう少し先にしたい。今はまだ前奏曲、序曲、序幕」

「……もし、この聖杯戦争がひとつのオペラだとしてお前もその登場人物のひとりなんだろう? 結末はどうするつもりなんだ?」

 

 エハッドはバーサーカー流の言葉を使って問いただす。

 バーサーカーの答えは少しひねくれていて、それでも簡潔だった。

 

 

 

「"著者が主役になってはいけない"なんてくだらないルールだ、一体どこの誰が決めた?」




作家枠からはこのお方が参戦。えっバーサーカー?
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