Fate/Apocrypha/Quantum   作:うおぬま

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Ⅶ - アサシン

 ロンドン ベイカー・ストリート地下鉄駅

 

 煉瓦造りの高架が残るベイカー・ストリートの地下鉄駅。

 歴史の古いロンドン地下鉄の中でも古くから存在する駅の一つだ。

 ミランダ・ウォルフォークがまだ自身の体で歩いていたころからずっと愛用している地下鉄駅でもある。

 もっとも幾度かの改装工事によってその姿は様変わりしているが。

 

 ミランダ・ウォルフォークはこの日、その精神だけが街を出歩いていた。

 

 ロンドンには交通監視カメラがいたるところに設置されている。

 その数は一日に観光客が100台以上のカメラに写ると言われるほどだ。

 

 聖堂教会はこの事態に対してロンドン警視庁で刑事をしている聖堂教会の者を監督役に任命した。

 警察関係者と聖堂教会というふたつの立場を利用した刑事が今回の聖杯戦争における事後処理を行うということで、聖堂教会の本気ぐあいというものが伺えることだろう。

 これにより、当面監視カメラに英霊が移りテレビが騒ぎになるというような事態は極力回避されるだろう。

 

 ミランダの精神を乗せた体はそのままベイカーストリートを北上し、ロンドン北東部の小さな教会へ向かう。

 セント・ポールやウェストミンスター寺院のように、歴史上その教会が何か特別な意味を持つものではなかったが、その建築物のあり方は他に比べても異質なものであり、人の出入りも、祈りに来る者も少ない。

 

 礼拝堂入り口の古い扉は既に開いていた。

 そのまま礼拝堂に入ると、中の様子をうかがう。

 

 内装は外見に似合わず荘厳な様相を醸し出し、祭壇から参列者のための長椅子に至るまで清掃の行き届いたものである。

 時刻は既に夕方で、西日がステンドグラス越しに教会内部を金色に照らしていた。

 

 礼拝堂の前から3番目の長椅子に座るコートを着た濃い茶髪の険しい表情の男が座っていた。

 彼女はそのまま回り込むように礼拝堂の前まで歩くと、男とは反対側の長椅子に座った。

 

「今回の聖杯戦争のマスターは、またずいぶんと時代錯誤な格好をしているな」

 コートの男は険しい表情のまま忍び込んだ白いドレスの女性に声をかけた。

 ヴィクトリア朝期の古い様式を思わせるドレスで、現代の街を歩くには悪目立ちする装いだ。

 椅子に座ったままコートの襟を正すと、まっすぐミランダの方を見据えた。

 

「このような姿で失礼いたしますわ。アバーライン刑事……いや、神父とお呼びするべきかしら」

 

 "人形"からは女性の声がした。

 アバーラインと呼ばれた男は彼女の方を見てこう返す。

 

「どちらでも構わないよ。こういう時のために私は聖堂教会の命を受けて刑事をしているのだからね」

「君が一番乗りというわけだな。ミランダ・ウォルフォーク。サーヴァントはどうした?」

 

 神父の男が問いただすと、意外な表情をしてミランダは問い返した。

 

「どうして私がマスターだとわかったんですの?」

「此処へ来たということはそういうことだ。ここは聖堂教会の息のかかったロンドンの教会の一つだから、普段は人払いの結界を敷いている。ここではマスターの保護という重要な責務もあるしな」

「……そう、私が聖杯戦争のマスターの一人。認めるわ、さすがはアバーライン神父」

 

 真っ白なドレスの裾を掴んで優雅に頭を下げるミランダ。

 アバーラインは特に会釈をすることも無く、会話を続ける。

 

「だがその様子だとまだサーヴァントを召喚していないようだな。何故だ?」

「何故、とはどういうことでしょう?」

「君のような切れ者が、まだサーヴァントも召喚せずこんなところでぼんやりしているのが不思議に思ってね」

 

 ミランダはただ黙ったまま微笑む、そしてひとこと。

 

「サーヴァントならここにいますわよ」

「……まさか」

 

 間一髪、アバーライン神父は体を翻して爪の一撃をかわした。

 そのまま鋼鉄の一閃は教会の長椅子を捉えるとバターでも切るかのように真っ二つにして、切断面をドロドロにしてしまった。

 体勢を立て直した神父がすぐに襲撃者の姿を見ようと首を振ると、彼女の前に黒衣の"暗殺者"が両腕に毒爪を構えていた。

 体を大きく振りかぶったその瞬間、黒いフードから白い髑髏の仮面が覗かれた。

 

「高ランクの"気配遮断"……アサシンか、道理で」

「しかもその髑髏の仮面は……」 

 

 コートのポケットからハンカチを取り出して額の汗を拭いたアバーライン。

 その間も警戒を緩めておらず、反対側の手は常にフラフラと舐めるように教会を歩くアサシンの体に向かって構えられている。

 

――よりによってこの女が"ハサン・サッバーハ"を……?

 

「"山の翁"と呼ばれるアサシンのサーヴァント、あなたも聞いたことあるでしょう。聖杯戦争におけるアサシンのサーヴァントについて」

「……」

 

 髑髏の仮面をかぶったアサシンのサーヴァントは一言も発さず、ただマスターの命令を待っているように立ち尽くしていた。

 

「心配しなくとも、ほんの小手調べですよ。まさか聖堂教会の武闘派たちが、こんな簡単にやられるわけありませんものね」

「る第八秘蹟会のメンバーに喧嘩を売るとは、ずいぶんと浮かれているようだね?」

 

 やれやれといった表情を浮かべるアバーラインだが、その額に光る汗が見えるのをミランダも見逃さなかったようで笑みを残したまま和やかに返す。

 

「浮かれているのかもしれません。何せ、待ちに待った崇高なる聖杯戦争の儀に参加できるというのですから」

「アサシンのサーヴァントも、挨拶にしてはずいぶんと手荒いな。私を殺してその後どうするつもりだったのか」

「……」

 

 アバーラインの問いに、アサシンは何も答えない。

 

「異教徒とは口を開きたくない、というわけか……まあ、いいだろう」

「私の召喚したサーヴァントはアサシン。どうかお見知りおきを、監督役さん」

「君たちがやりすぎない限りは、傍観するとしよう。我々をあまり怒らせないことだ。ただでさえロンドンでの聖杯戦争などと秘匿の漏洩に慎重になっているところだ」

 

 アバーラインはじっとアサシンのサーヴァントを見つめ、そのあと視線をミランダの手に移した。

 おそらく彼女の手袋の下にまがまがしい形の令呪が見られるのだろうとアバーライン神父は確信した。

 

 監督役であるアバーラインも令呪に関する知識は持っている。

 サーヴァントに対する命令権、これがある限りいかなるサーヴァントもマスターの指示に従うとされる。

 過去の聖杯戦争ではマスターとサーヴァントのそりが合わず、サーヴァントに自害を命じた者もいるとアバーラインは聞かされている。

 サーヴァントが必ずしも自分にとって利益をもたらす英霊ばかりではないということを彼は知っている。

 

――サーヴァントか。サーヴァントを従えるマスターというのはこれほどまでに傲慢になるものか。

 

「顔合わせはこんなところでよいでしょうか、アバーライン神父?」

「十分に顔は覚えたさ。聖堂教会は、仮にもし君が身柄の保護を求めた場合、それに応じることとしよう」

 

それが仕事だからなと、ぶっきらぼうに神父は最後に付け加えた。

 

「ありがとうございます」

 

 ミランダの方も顔に笑顔を貼り付けて一礼すると、踵を返して教会を後にした。

 アサシンのマスターが教会を出て行ったのを見届けた後、ようやくため込んだ息を吐いて呟く。

 

「さて、一体何をしでかしてくれるのか、ウォルフォークの一族め」

「あのアトラス院の女も要注意だな……場合によっては教会のため、始末することも考えねばならん」

 

 コートのポケットからスマートフォンを取り出す。

 電源ボタンを入れるとユニオンジャックのロック画面が浮かび上がり、日付と時刻、それからメールの通知を知らせた。

 

 彼のスマートフォンの通知にポップされたのは"死神犬"の件名であった。

 

「私も一度、ヤードに戻らなくては……既にルール違反を繰り返す不届きな魔術師もいることだしな」

 

 メールの内容を確認すると、ひとり呟いて、監督役の男もまた教会を出て行った。

 

「我々の庭で好き勝手出来るとは思わないことだ」

 

 

 

*** 

 

 

 

 意気揚々と教会を出ていくミランダの後ろを、静かについていくアサシンのサーヴァント。

 その仮面の奥で黒い瞳がじっと彼女の姿を捉えていた。

 

「監督役への挨拶も済ませたことですし、さっそく他のマスターさんにご挨拶に向かうのも悪くないですわね」

「・・・」

「アサシン、少しくらい口をきいてくれてもいいのでは? あなたの声が聞きたいわ」

「・・・」

「つれないわね。まあ、その方が暗殺者っぽくていいのかしら……」

 

 彼女は"山の翁"を召喚したとこの時はまだ確信していた。

 だが、これは冬木の聖杯戦争とは一線を画すもの。

 アサシンのクラスたるサーヴァントの性質は混とんとしていた。

 内に秘めたる復讐心によってのみ動く彼の真名は――

 

 あらゆる毒物のスペシャリストにして、不老不死と謳われた幻想からの暗器使い。

 このアサシンの召喚が彼女にとってどのような運命をもたらすかは、未だしれず。

 

 




雨がヤバい……。
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