前回のあらすじ
夜戦(マジ)。追撃部隊が異常というか執拗。
てなわけで逃げて、チョー逃げて第一艦隊。
「一体どこまで追ってくるのよ!」
主砲の交互撃方をしながら伊勢が叫ぶ。照準の微調整を終え、着弾観測・補正をする為に片側射撃の4番砲塔で一発目の試射をしたところだ。
混乱した艦隊の中にあって、冷静に狙いを定めた一撃は極至近に逸れるも、残していた5基10門が立て続けに火を噴き凶弾を降らせる。誤差を即座に修正した砲撃は完全にリ級を捉えたが、直撃して粉砕する代わりに、庇ったヘ級が遥か後方へ吹き飛んだ。
水面を跳ねて後方へ消えたヘ級は、暫く水面に浮いていたが、亡骸は水面から下へ沈んでいく。
「鎮守府方面はもう完全にこちらの制海権内だから、撤収中の第二艦隊に引き付けさせないで!ここで全部受け止めましょう!」
『了解!』
弾着の水柱の中でも、肉声が聞こえる範囲にいて遅延戦闘を繰り広げていた第一艦隊の3名から、応答が入る。速度を上げて離脱した第二艦隊を背に抱え、ラインを抜かれてはならないと必死に抵抗する。
「地味に魚雷が怖いわね……」
「こっちの残量はだいぶ減ってるから余計にね……熊野、砲撃で敵を誘い込める?」
「大丈夫でしてよ」
伊勢の呟きに反応した時雨が、僅かに残された魚雷を放ちながら熊野に支援を求める。それに応えた熊野の砲撃は、伊勢と羽黒の弾幕の中のリ級を焦らすように、順に迫っていく。
「嵌った……ッ!」
時雨が呟くと同時に、それまで横に動いていたリ級が、不意に動きを止めて立ち往生する。しかしリ級が気付いた時には、時雨の魚雷はほぼ必中距離まで迫っていた。
「残念だったね」
「これはまぁ、そうですね」
その魚雷を見届けた時雨が呟くと、羽黒が次の砲撃を仕掛けようとリ級を狙う。時雨の雷撃は、リ級3隻の内、1隻撃沈、2隻中破という戦果を上げていた。
次発装填を進める時雨を横に見ながら、熊野は最後の予備魚雷を発射管へ装填する。その間にも砲撃は続けるが、3番砲塔が被弾により大破使用不能、4番砲塔は腔発により使用不能。3基6門で弾幕を張る。
「きゃぁっ!」
「ここでッ!?」
そんな最中、チ級の雷撃が羽黒と伊勢を襲う。何時の間にか雷撃を許していたのだ。幸いにも魚雷を搭載していない伊勢と、魚雷を撃ち尽くした羽黒の被雷のみで済み、誘爆の心配はない。しかし強力な炸薬量で、爆風が直撃した羽黒の2番砲塔は装填作業中の砲弾が誘爆し、使用不能に陥ってしまう。
「中破!?」
「ギリギリまだ小破です!ごめんなさい!」
服の裾は僅かにほつれているが、艤装への被害は極限まで抑えられている。
対する伊勢は、不意討ちに対して耐衝撃姿勢が甘かったせいで、艤装がその衝撃をもろに受けていた。
「やられちゃったわね……でも、まだまだこれから!」
砲塔の旋回筒に歪みが生じた4番砲塔は完全に沈黙する。5番砲塔も懸架装置が破損して破棄。一瞬にして火力の1/3を失った伊勢は、それでも小破と、有り余る耐久性能を見せつけながら砲撃を再開する。
「……っ!…………くッ!」
「伊勢!?」
体勢を立て直して、最初の斉射を放った直後、凶弾が伊勢を襲う。
咄嗟の回避で何とか直撃は避けたものの、首のすぐ真横をリ級の8inch砲弾が掠めた。着弾の衝撃が艤装から躰に伝わり、激しく揺さぶられた伊勢はその場に崩れ落ちてしまう。
砲弾の破片が頭部を襲い、血が滴るほどのダメージを受ける。間違いなく大破相当の被害だ。下手をすれば一発で轟沈していたかもしれない。
あまりに呆気なく崩れ落ちた伊勢に、全員が唖然として固まる。陣形は完全に硬直し、敵艦隊に呑まれかける。
そのタイミングでリ級は、2隻共に伊勢を撃沈せんと集中砲火をかける。
「キャッ!」
直撃コースに乗っていた砲弾を、身を挺して弾いたのは羽黒だった。しかし中破した相手の火力とはいえ、リ級2隻は荷が重すぎた。被弾の衝撃でその躰は震えるが、伊勢を護ろうと必死に耐えている。
「伊勢さん!早く戻りましょう!」
「…え、えぇ……」
帰還するように羽黒が声をかけるも、脳震盪を起こした伊勢の意識は朦朧として、動くに動けない。それを庇う羽黒も避けることもできず、甘んじて砲撃を受けるしかない。
伊勢 大破
熊野 中破
羽黒 大破
時雨 小破
チ級の雷撃を契機に、それまで辛うじて艦隊の体を保っていた第一艦隊は、完全に瓦解。数で大きく優勢な相手に各個撃破される最悪のシナリオに向かいつつあった。
敵艦隊の動きの鈍りに気付いたリ級が、魚雷を放とうと前進して発射管の射角を合わせる。あと一瞬で発射されれば、必中距離から放たれた魚雷は悉く羽黒と伊勢を捉えて、今度こそ撃沈に追い込むだろう。
そしてその雷撃を未然に止める力も、事後に魚雷を防ぐ力も、
夜空に浮かぶ月が雲に隠れると同時に、勝利の喜びを全て消し飛ばした絶望。
艦隊にとどめが刺されようかという刹那、
黒い影が、今まさに魚雷を放とうとしていたリ級に吸い込まれる。頭部に直撃した2発の砲弾は、2隻とも一撃で大破に追い込む。直後、大きな水柱が立ち上がりリ級を包み込む。
水柱が消えた頃には、そこに残されていたのは艤装の僅かな破片のみ。
砲弾が放たれた後方を振り返った時雨は、2つの影を見つけた。
《こちら、第二艦隊古鷹。増援部隊として現場海域にただいま到着致しました!》
《綾波が、守ります!》
砲撃は古鷹、雷撃は綾波のものだった。思わぬ増援に熊野、時雨の士気は上がる。
「熊野、反撃するよ!」
「勿論でしてよ!これ以上やらせはしませんわ!」
熊野の魚雷は残り1斉射、時雨の魚雷は残り1.5斉射だが、増援の古鷹・綾波の砲撃の下、果敢に雷撃をかけようと肉薄を試みる。残りの敵はチ級1、ロ級1で、こちらは砲弾残量が共に1割を切ってもう数斉射分しか残されていない。それを使い切れば3斉射分の、非常用の予備弾薬のみ。合計で10斉射も残されていない。
そのなけなしの僅かな砲弾を主砲から発射しつつ、至近距離まで突っ込んでいく。伊勢と羽黒に攻撃させてはならぬと行う気迫の篭った砲撃は、僅かな砲弾の順次射撃ながら、弾幕は比較的厚い。古鷹と綾波の砲撃も助けとなり、懐へ入る頃にはほとんどの魚雷発射管を破壊するのに成功していた。
「君たちには、失望したよ」
「一捻りで黙らせてやりますわ」
月が雲に覆われ、闇夜の水面は完全な闇に覆われている。僅かな影の輪郭を頼りに時雨と熊野は砲撃を叩き込み、相手が怯んだタイミングで雷撃を加えてとどめを刺す。
魚雷の射界に誘い込むように、砲撃で壁を作り出す。距離を大まかに割り出しただけなので精度にはムラがあるが、すぐ脇に水柱が立つだけでも、見通しの利かない夜戦では大きな圧迫感を与える。
綾波・古鷹の砲撃で更に被害を重ねる敵艦隊が魚雷に気付いた時には、足元を掬われて海底へ沈み込んでいる。
「危なかったですね……」
「ボロボロだね……」
「残弾、もう0ですわ」
「あの2人を早く回収して引き上げないとですね」
そういう古鷹の視線の先には、艤装が大破していて動くに動けず、水面に突っ伏している伊勢と、守るようにその上に倒れこんでいる羽黒の影があった。
「大丈夫ですか!?」
「これで大丈夫だったら、何が危ないのか全くわからないわよ……」
意識は回復したらしく、軽口を叩く余裕さえ見せて、羽黒を抱えて立ち上がる。しかし、バランスを崩してよろける。
「うおっ!」
「きゃっ!」
伊勢を庇って大破になるまで耐えていた羽黒の方が重傷らしく、額を血が伝っている。今はこちらの方が意識は朦朧とし、足元も伊勢以上に覚束ない。
「ごめんね、羽黒ちゃん……」
「は…い…………」
時雨に支えられた伊勢が、熊野に支えられた羽黒に声をかける。髪は共にボサボサの散り散りで、煤こけている。疲労の色がありありと浮かび、羽黒の意識は途切れる寸前で、目に生気は無い。受け答えにも精彩を欠き、いつもの羽黒とは似ても似つかない。
ヨロヨロとした足取りで帰投する第一艦隊(-
何時の間にか月を覆い隠していた雲は風に流され、満月が各々の顔を照らす。疲労を滲ませた顔の頬は煤こけているが、お互いがお互いの姿を見て苦笑する。
「さぁ、帰投しましょう。提督が待ってます」
羽黒を抱える伊勢の袖を引っ張って、古鷹が艦隊の先頭へ躍り出る。
「第三警戒航行序列で帰投します。後方警戒を厳として!」
中央で複縦陣を組む第一艦隊は、前に伊勢・羽黒、中央に神通・最上、後ろに熊野・時雨が並び、輪形陣の先頭を行く古鷹の、おどおどとしている普段とは違う姿を頼もしく追いかけた。
脇を支えるのは右に満潮・夕立、左に朝潮・綾波で、黒い海面に白い三角波を描きながら歩調を合わせて進む。殿は龍田が務め、後方に睨みを利かせている。
◆◇◆◇◆◇◆
「艦隊、ただいま帰投しました!」
「よくやってくれた……ありがとう」
大損害を出しながらも、全員揃って帰還できた12名を前に、寒川はそれだけしか言わなかった。被害の回復には相当の資材を要するとなると、上から文句を言われるだろうと覚悟を固め、それでいて温かい声で出迎えた。
こころなしか目尻が赤いのは、恐らく辛さに顔を歪めたためだろう。しかし、自己否定一辺倒の謝罪をする気配が無いその姿を、だれも図々しいとは言わなかった。満潮の言葉を思い出していたから。
「古鷹、綾波、2人ともよくやってくれた。命がまた幾つか、繋がったよ」
寒川が横を見ると、古鷹・綾波もその視線の先を追いかける。そこには、綾波と古鷹が針の穴ほどの可能性に賭けて、地獄の底から助け出した2人の姿があった。
陸に上がると同時に、安心感から緊張の糸が切れたのか、伊勢の腕の中から抜け落ちて地べたへ崩れ落ちる羽黒。寝ているように安らかな顔で地面に倒れ込み、夜空に浮かぶ数しれない星を、焦点があっているのか分からない眼で見上げている。
帰投中に明瞭な意識を取り戻した羽黒の、意外な行動に全員の視線が釘付けにされる。その羽黒の姿を見てなにを思ったのか、艤装を解除した伊勢も隣に寝転ぶ。
「伊勢さん……一緒にしなくてもいいのに……」
「羽黒ちゃんが私を守ってくれたんだから、……暫く一緒にいさせてよ」
「はい……」
微かに瞬く星々は、地上の喧騒など知ったことでは無いと言わんばかりに、いつもの夜と同じく、その場所にあった*1。
いつしか寒川を含めた全員は屋内へ戻り、2人だけの時間が続いた。誰にも見られることなく、見守っていたのは空の星々だけだった。
戦艦の修理費と大破3の惨状に頭を抱えているのに、上から呼び出されてグチグチ言われるのはもう少し先のお話である。
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