函根鎮守府~提督と艦娘たちの戦いと日常~   作:柱島低督

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なんとか2019年中に投稿出来た……

はい、遅れて申し訳ありません。


前置きもほどほどにして、本編をどうぞ


第十八話 不穏な影 -2-

「海軍技術科科長、石田(いしだ) (やす)技術中将です。中将と付いてはいますが、階級としてはおおよそ大佐と少将の中間と捉えてもらって結構です」

 

函根鎮守府地下プラットホームで、調査団を待っていた寒川と時雨、伊勢の眼前に、直通車両が滑り込む。事前に通告があった通りの0800ちょうどだった。

空いた扉から先頭で身を乗り出してきた高身長の男が、敬礼をしながら一通りの自己紹介をする。

細身とはいえ185cmに届こうかという高身長の寒川と、ほぼ同じ背の石田が並ぶ様はちょっとした威圧感を周囲に巻き散らす。

 

「函根鎮守府を預かります、寒川雪成少将です」

 

対する寒川も、旧海上自衛隊のものを受け継ぐ肘を張らない形の答礼を行い、腕を下ろして話の続きを促す。

 

「本日は、大本営工廠の崩壊に関して、函根鎮守府建造ドックのデータ収集の為伺いました。本日4月24日の1日間ですが、石田中将以下計33名、お世話になります」

 

「歓迎します」

 

そう言葉少なに言った寒川の視線は、油断なく石田に注がれている。まるで相手を測っているかのような、そんな感覚を時雨は覚える。

 

「それで、そちらが……」

 

その石田の言葉と共に、時雨へと石田の視線が移る。その目の奥に何かヒヤリとしたものを垣間見た気がして、思わず後ずさる時雨。

 

(なるほど、提督はこの気配を……?)

 

時雨がそう思っている一瞬の間に、その冷たい光は消える。

 

(気のせいかな……ずっと深海棲艦と戦ってきた海軍軍人特有の目つき、なのかな)

 

「ええ、彼女が白露型駆逐艦2番艦、時雨です。それでその後ろにいるのが伊勢型戦艦1番艦の伊勢です。そちらにどれだけの情報が入っているのか分からないので、どこから話せばいいのか」

 

もみあげを人差し指で掻きながら苦笑する寒川。愛嬌があるというよりは、僅かに相手との間に一線を引いている。

第一印象が相手の印象の大部分を占める、という言葉があるが、今の寒川はそれに引きずられた状態とも言えた。

 

(提督、まだ警戒してる……)

 

戦いを贄としてきた者が孕む、ナイフの鋭さと、いぶし銀の光沢をもつ雰囲気。

自らの身体を戦いの中に置き、命のやり取りを繰り返してきたオーラに()てられた寒川は、過度に反応したのか、それとも相手に対して尊敬の念を持って一歩引いているのか。

 

「一定以上のことは知らされていますよ。そうでなくては検証のしようもない」

 

にこやかに答える石田。寒川はふっ、と気を抜いたようにプレッシャーを消す。

 

「なるほど、了解いたしました。荷物はウチの艦娘らに運ばせますので」

 

「せっかくのご厚意ですが、精密計測機器も載っているので、扱いに長けた我々で運ばせて貰っても構わないかな?」

 

「ええ、いいでしょう。運び込む倉庫は案内します」

 

そう言って踵を返し、寒川は歩き始める。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

「建造時設計との寸法差は横0.003×10^-3メートル、製造誤差並びに設置後の風化許容範囲内です」

 

石田が指揮を執りながら、部下の32名が黒い卵型の建造ドックに取り付き、手際よく寸法を測っていく。32名を8人ずつ4班に分けて、実際に測るのは7人で、各班に1人班長が付いている。

その様子を、脇に綾波と夕立を引き連れた寒川が遠くから見守る。時雨と大淀には、不審な行動が無いか遠くから徹底的にチェックさせている。

いくら海軍部内の()()とはいえ、迂闊な行動をされ機密が漏れれば、情報開示を怠った海軍は国会に糾弾されて崩壊するだろう。

 

「手早いですね」

 

「これが本職ですから」

 

「それもそうですね。で、何か問題は?」

 

「至って正常、と言える範囲内です」

 

そう言う石田の手元のタブレットには、大量の文字が流れる。時折赤字の列も見えるが、ほとんどが背景の青とのコントラストが際立つ白字で流れていく。

 

「全計測項目中の3.4%を消化しました。作業完了は本日1530前後になると思います」

 

「分かりました。昼は、お握りでよければ差し入れます」

 

「ありがたいです。お願いします」

 

その言葉を聞くや否や、踵を返して執務棟へ向かう寒川。その手には腰に下げた無線機のトランシーバーがある。

 

マイクのスイッチを入れてボソボソと呟き、何か返答があると、直後に小さく首を縦に振り、通信機を切る。

 

 

 

扉を開けて室内に入ると、すぐに扉を閉める寒川。建物のガラスはマジックミラーになっており、照明も落ちている今なら外から中の様子は見えない。

 

それでも念入りにあたりを見回した寒川は、徐にスマホを取り出すと、そこに表示された数字に無線機の周波数を合わせ、そのうえで防諜用の外付けノイズ生成器にも同様にして番号を入力していく。

 

通信相手となにやら会話をした寒川は、すぐに無線の周波数を元に戻す。そして、かけていたカギを開けて、その先の下り階段を降り、地下1階の廊下へと出る。

 

テロ対策に複雑な階段配置になっている迷路のような地下通路を抜けて、寮の地下から階段を上って一階へ出る。

 

「炊飯器に入れといたご飯は炊けてる……塩と沢庵と……」

 

「司令?」

 

と、2階から降りてきたのか、朝潮と満潮が階段のところに立っていた。

 

「ん、どうした?」

 

「司令官はそこで何を?」

 

「調査隊の人に差し入れの塩結びと沢庵を出そうと思ってな」

 

「お手伝いさせていただいてもよろしいでしょうか!」

 

「あぁ、頼む」

 

「ほら、満潮も手伝いましょう!」

 

「分かったわ」

 

「じゃぁ、そこに竹の皮を広げて、沢庵を2つずつ乗せといてくれ」

 

「承知しました!」

 

2人が机に竹の皮を広げていく傍ら、炊飯器のご飯に塩を振って混ぜていく。塩の量は、軍の入隊のときの訓練寮でみっちり仕込まれているので、体が覚えていて、目分量でできる。

ムラなく混ぜるのも手慣れたものだった。

 

「司令官!沢庵の配置まで完了しました!次は何をすればよろしいでしょうか!」

 

「自分が握っておくからしばらく休んでていいぞ。最後にトレイに乗せて運ぶのを手伝ってくれればそれでいいかな」

 

「はい!司令官が待てというのなら朝潮、いつまでもここで待つ覚悟です!」

 

「いや、司令が言ってるのはそういう次元の話じゃないわよ、朝潮姉ぇ」

 

放置ボイスの朝潮。それを横目に眺めながら制止する満潮。流石姉妹艦といったコンビネーションを発揮している。

 

その瞬間に、警報が鳴り響く。

 

「敵襲!?」

 

朝潮、満潮には混乱が走るが、寒川の手にはすぐさまトランシーバが握られていた。反射的に周波数を切り替えて、発令所で監視データのチェックを任せていた羽黒に繋ぐ。

 

《こちら発令所!沖合19浬より、重巡リ級2隻、駆逐イ級2隻が接近中!速度20knt、35分後に鎮守府が敵有効射程内に捕捉されます!どうぞ!》

 

無線機は、混信防止のために、発信と受信は同時に行えない。そのため、相手の応答を聞くにはマイクのスイッチを切っておかねばならないので、発信の終わりには相手に発信を促す言葉を入れるのが慣例となっている。

 

「こちら寒川!一水戦、出られるか!?どうぞ!」

 

《こちら発令所!》

 

言い切るや否や、トランシーバだけ引っ掴んで地下への階段へ飛び降りていく寒川。その間も羽黒の応答は続く。

 

《現在、最上、球磨、吹雪、白雪、暁、響の6名が即応で出れます!どうぞ!》

 

「結構だ!そのメンバーで速やかに抜錨準備!どうぞ!」

 

《こちら発令所!了解しました!通信終わります!》

 

ヒョロ助の寒川にとってはだいぶ長い距離を走り抜け、引き戸を開け放って発令所へと飛び込む。

 

「全部署に緊急警報発令!部内警報Dによる非戦闘員のシェルター区画への退避を開始!」

 

「了解!部内警報D発令!」

 

「総員、第一種戦闘配置!地上施設群の収容準備!技術部門の調査隊は直掩壕D3へ誘導しろ!」

 

《こちら綾波、了解しました!夕立と共に誘導します!》

 

綾波の応答と入れ違いに、内線で朝潮から連絡が入る。

 

《こちら朝潮!我々はどうすべきでしょうか!》

 

「朝潮並びに満潮は現状待機!もし今寮で休んでる熊野、龍田、暁、響が降りてきても状況を説明して引き止めろ」

 

《了解しました!》

 

会話が終わり、内線の受話器を元に戻す寒川。それと同時にけたたましい警報音を鳴らしながら、スクリーンに『警報』の文字が走る。

 

その警報音の中、電子合成音声が自動再生される。

 

《総員、第一種戦闘配置》

 

その声と同時に羽黒の声が発令所の空気を震わせる。システム面を残してほぼ完成の函根鎮守府には、海軍施設課から少数の人員が派遣されている。その面々が「非戦闘員」である。

完成後もメンテナンスには少々の人員を必要とするので、彼らに関して言えば防諜に不安が残る……いや、今はそんな話をしている場合ではない。

 

「地上区画、全要員の退避完了しました!」

 

「地上区画、収容開始!」

 

寒川の宣言と同時に、開けっ放しだった入り口から、大淀が入ってくる。

 

「変わります」

 

「お願いします」

 

羽黒からコンソールを引き継ぎ、格納作業開始のコマンドを打ち込む大淀。左側面の、地上を映す監視カメラの映像内では、いくつもの建物が地面からどんどん沈んでいき、屋根が完全に隠れるや否や、金属製のハッチが閉まり、ロックがかかる。

未だ未完成の函根鎮守府の現状を表すかの如く、左側面のモニター群の中にはブラックアウトしたままのものも存在する。

 

「一水戦、抜錨!大淀、戦術誘導開始。会敵予想地点へ誘導しろ!」

 

「はい!」

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

「いない!?敵が捕捉できないとはどういうことだ!?」

 

正面のメインモニターを睨み、一水戦旗艦の最上との直接回線のマイクに叫ぶ寒川。

 

大淀が電探の情報をモニターに回し、電探での敵影位置と一水戦の位置を海図に重ねて表示している。

そのメインモニターによれば、明らかに最上ら一水戦のグリッドは敵艦隊のグリッドと同じ位置にある。

 

《居ないものは居ない、って言ってんだよー!どこにも敵影は発見できないし、こんな近距離にいたらこっちが見つけるより先に砲弾が飛んでくるよ!》

 

「状況は了解した。電探の探知ミスの可能性もあるが、念のため当該海域から鎮守府へまっすぐの航路を取って帰投してく……っ!」

 

そう言った直後、敵艦隊のグリッドが一水戦のグリッドの脇を抜けて鎮守府へ少しずつ迫り始め、鎮守府を中心とする赤い円の範囲内に侵入する。

 

刹那、耳をつんざく電子音が鎮守府全てを包み込む。

 

《絶対防衛圏-リ級主砲射程-》と表示されたその円に敵艦隊が侵入すると、自動で警報が起動する。

 

突如として全身の感覚を奪い去った電子音が、その自動警報であると寒川の脳が認識した直後、足元から小刻みかつ不規則な振動がその場にいた全員に伝播する。

 

同時に、外部環境カメラの視界内に爆発の閃光と黒煙が上がる。

 

「大淀!状況報告!」

 

「不明です!幽霊艦隊に攻撃されたとしか……」

 

更なる爆発。

 

と、ここで突如として内線がけたたましい音を立てて鳴る。自動で中央の空中スクリーンに相手方が表示される。「B棟地下3階BA3-2廊下C子機/SOUND ONLY」と表示されている。

 

寒川は脳内に鎮守府の地下を思い浮かべ、その内線の発信元の位置を考える。普通の廊下の途中に置いてあった電話のはず。

 

だがなぜ?

 

何故そんな場所から内線がかかってくるというのだ?

 

非戦闘員は退避済みだし、艦娘は持ち場にいるはず。今区画の閑所に用がある人間はいない筈である。

 

「これが都市伝説のサトル君って奴か……」

 

鬼が出るか蛇が出るか、こればかりは確かめるしかない。




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