今回は、最初はほのぼので始まりますが、後半〜終盤にかけシリアスパートがあります。ご注意ください。
時雨の朝は早い。
0450 提督より先に起きた時雨は調理室で朝食の準備を始める。
「えっと……煮干しで出汁を取って、ワカメを切って……」
鍋に水と煮干しを入れて火にかけ、ワカメを取り出す。キッチンペーパーに豆腐を挟み、水を抜く。部屋に包丁の音が響く。周りは完全に静かで、包丁の音でさえ世界に響き渡っているのではないかと思えるほどよく響く。
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0600
「あっ……」
執務室に現れた寒川を見た時雨は座敷コーナーのちゃぶ台に食器を並べる。
「ああ。おはよう」
時雨の顔を見た寒川は時雨がお櫃を運ぶのを手伝う。
「ありがとう」
朗らかな笑顔で礼を言う時雨に「この位……」と返しながら軽々と運ぶ。
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『いただきます』
2人の声が重なり、箸と食器の当たるカチャカチャという音が響く。窓の向こうの空には太陽が雲の向こう側へ追いやられていたが、雲が晴れ光の柱が地上へ降り注ぐ。その一部は執務室の窓に突き刺さり、室内を照らす。
「晴れたなぁ……」
横を向いて目を細め、光の向こうの空、そのさらに向こうの太陽を見つめる。
「本当だね。今日は出撃にしようか」
「そうだなぁ……今日も旗艦で、よろしく頼むよ」
「うん!」
あどけない、それでも整った端正な顔が崩れ、満面の笑顔で応える。
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「今日は、少し足を延ばして、南西諸島の警備に当たってもらう。過去の偵察情報を解析した結果、敵部隊はより強力な水雷戦隊複数で構成されていることが判明している。より注意して戦ってもらいたい」
過去の偵察情報ーそれは嘗て、沖縄周辺に進出してきた深海棲艦水雷戦隊に対して行われた反抗作戦の下準備として行われた、多数の偵察機による同時多方面作戦で、偵察機の高高度性能と速力を活かして、敵の対空砲撃の届かない超航空から高画質のカメラを用いて確認した敵の配置の情報である。
これを元に行われた作戦は、敗北。攻撃本隊は敵のより後続の空母から飛来したと思われる航空部隊に翻弄され撤退。本隊の支援を得ることができなかった支隊は敵軽巡の弾幕に押され全滅した。
この海戦における被害は、最盛期の海軍が太刀打ちできなかったことを再確認させるかのように、支隊は全滅、撤退した本隊も一方的な戦いで数多くの艦艇を失い、最終的には第二次マリアナ沖海戦に次ぐ規模にまで膨らんだ。
時雨は以前に一度寒川に聞いた話を思い出しながら聞き、心の中で数知れない戦没者の方々に合掌した。
◆◇◆◇◆◇◆
過去の偵察情報があると言っても、遥か昔、5年以上も前の情報。詳細な情報は今なお存在しない。その状況で未知の海域に進出するに際して、寒川が選んだ選択肢は、会敵する危険性が低いと算出された島の西側を南へ進出、敵と一戦した場合すぐさま離脱し、包囲されるのを防ぐというものだった。また、島という天然の防壁を利用するように、島に沿って進出することで、警戒を片舷に集中させることができ、撤退時も相手の視界を複数の小島で遮ることで敵の追撃も躱しやすくなる。そんなことを考えている最中、時雨から通信が入る。
《提督、
「了解した。回収作業中も周囲の警戒を怠るな。敵巡回部隊との遭遇戦にも備えよ」
《了解!》
屋那覇島ー時雨には伝えていなかったが、この小さな無人島にはもう一つの秘密がある。嘗て、支隊はこの島の近海において敵の軽巡と戦闘した。そういう意味では忘れることは出来ない土地である。
面積0.74㎢、周囲約5.3km、標高12mの平坦な島で、島の北側にはソテツ、西側にはガジュマルなどの低木、中央には過去に使用されていた井戸と貯水池も残存している。また、戦前には主に家屋の石材として使用されていた琉球石灰岩の石切り場跡が存在している。
《提督!こちらの艦隊に接近する敵水雷戦隊を補足。艦級は詳細不明だけれど、軽巡級1、駆逐級2だよ》
緊迫の声が上がり、意識を戦闘へと切り替える。既に向こうは此方を発見しているらしく、一直線に迫ってくる。先に見つけられなかったのは残念だが、悔いている場合ではない。
「時雨、牽制魚雷発射。先手を取られている状況では離脱が最優先だ」
《了解!各艦、牽制魚雷発射用意!敵艦隊の左右18°ずつに扇型に発射……撃て!》
微かに白い雷跡が米粒よりも小さい黒点に向かって伸びてゆく。
「時雨、発砲はせず、離脱を最優先。敵の砲撃を受けた場合に限り反撃せよ。非発見性低減のため、通信管制を実施。幸運を祈る」
《了解!》
◆◇◆◇◆◇◆
「戦闘情報収集用のブラックボックスは……よし」
通信管制を敷いた状態で全速力で離脱する。しかし、普段以上に弾薬を積んだ艤装はその重さ故に中々速度が上がらない。それでもようやく最高速度へ達した時、距離と速度からそろそろ牽制魚雷が敵に届く頃合いだが、水柱は見えない。じりじりと加速している間も敵は迫り、今では目標がくっきり見える距離まで詰められている。軽巡ヘ級1、駆逐ロ級2という編成。はっきり見える。するとその視界の一部を切り取るかのように黒い
「敵艦発砲!全艦、乙字回避運動!」
艤装に備え付けられた砲に榴弾を装填して敵弾が今も尚迫ってくる方向を睨む。
水面を見れば各艦の航跡がバラバラに当たり、重なり、交わる。無秩序に、全艦バラバラに左右に舵を切る。僚艦の白波に掬われ、今にも暴れ出そうとする足下を目一杯の力で押さえつけ、行き先を操る。
敵を振り切れるように速度は落とさず、缶の出力は一杯に、後ろの敵を見据えて照準をつけ、目標の未来位置を予想して回避運動も考慮、思いつく限りのあらゆる誤差を修正して、詰めきれない部分は勘で補う。それぞれがそれぞれの動きで砲撃の準備に入り、そして各々自由なタイミングで主砲から弾を撃ち出す。
全ては当たらず、一部は弾かれ、残りの一部も装甲に阻まれる。しかし複数の砲弾が突き刺さり、駆逐ロ級は1隻撃沈、1隻中破。軽巡ヘ級へは小破のダメージを与える。
しかし敵の軽巡も精密な狙いをつけ次々と砲から弾を吐き出し、此方の回避を遮る。目の前に落とされた砲弾にほんの僅か動きが留められた涼風に、砲撃が突き刺さり、大きな火柱が上がる。そして中から
「な……なんでぇ!?」
余りにも突然のことに涼風のみならず、全員の思考が停止してしまう。へ級はこれを好機とばかりに次から次へと砲弾を撃ち出す。瞬く間に夕立、満潮に砲撃が命中し爆炎が上がり、爆発した爆風に乗って、砲弾とも艤装とも判断つかない物の欠片が飛んでくる。時雨、神通、綾波は咄嗟に躱すが、飛び交う欠片がそれぞれ左頬、左太腿、右腕に切り傷を付け、傷から
「神通、綾波、過積載している弾薬を投棄。神通、僕らで引きつけながら一気にカタをつけるよ。綾波は大破している涼風、中破している夕立、満潮を護衛して退避。いい?」
明らかに怒気の篭った時雨の言葉に、神通も何か思うところがあったのだろう。無言で指示に従い、先程拾った弾薬を投棄し、時雨に続く。何時の間にか
「時雨ちゃん……神通さん……御武運を……」
まっすぐと深海棲艦を、そして綾波を見据えた強い意志が宿っているその目に射抜かれた綾波は、そう答えるのが精一杯だった。
深海棲艦と、時雨と、そして神通に、背を向けた綾波は速度を上げてダメージを負っている
◆◇◆◇◆◇◆
艤装の上に積んでいた弾薬に引火して、轟沈寸前の大ダメージを受けた涼風の艤装は、今にも主機が推力を失い、艤装本体が浮力を失って沈みそうな程にボロボロに綻んでいる。その涼風を支えるように綾波が自身の肩に涼風の腕を掛ける。
「涼風ちゃん……大丈夫ですか……?」
「うぅ……悪りぃねぇ……」
「綾波のことはいいですから、早く帰りましょう」
いつになく弱々しい声で、いつになく覇気のないグッタリとした様子の涼風は、自身の脚の震えを力一杯抑え込み、目には先程の時雨と同じくらい強い意志を宿らせ、その場に立っていた。
そして綾波に支えてもらいながら少しずつ速度を上げて夕立、満潮を引き連れながらゆっくり海域を離れて行った。
◆◇◆◇◆◇◆
時雨は、綾波が3人の元へ辿り着き、ゆっくりと離れ始めたのを確認すると、速度を上げて敵の懐へ飛び込んでゆく。神通も缶の出力を全力にしてそれに続く。時雨と神通の一斉射でロ級はいとも簡単に撃沈される。
残るヘ級は魚雷、砲撃と、自身のスペックをフルに使って抵抗するが、神通に主砲弾が2発命中したに過ぎなかった。
そのうちに時雨と神通は距離を詰め、至近距離から砲雷同時攻撃を仕掛ける。いくら軽巡といえど、至近距離からの砲撃と、複数の魚雷の直撃には耐えられず、装甲が砕かれ、形を残さず沈んでゆく。
時雨と神通の渾身の一撃が発生させた水柱の中から人影が現れる。
「深雪だよ。よろしくな!」
◆◇◆◇◆◇◆
戦闘の結果判定は、戦術的勝利。それは即ち、戦略的敗北である。戦いの趨勢を決したのはやはり、涼風を襲った
これによって浮き彫りになったのは、寒川の作戦の不完全さだった。
帰投した艦隊は、涼風 大破、夕立・満潮 中破、時雨・神通・綾波 小破、帰投中に新たな敵に遭遇した場合、涼風の轟沈は免れなかっただろう。
艦隊が帰投したとき、出迎えたのは、寒川の
「自分の作戦が間違っていた。危険な目に遭わせて、本当に申し訳無かった」
と、零した。
「提督……」
パァン!と音を立てて、視界の左から右に影が飛んでゆく。
「バカじゃないの!私たちは"艦娘"よ!前に出て戦う為に此処に立っているの!後ろで椅子に踏ん反り返っているようなアンタには判らないでしょうけど、"本当に"アンタの指揮が間違ってたなら此処には立っていられないのッ……アンタが"間違い"だ、というのならここまで遠路はるばる戻ってきた私たちがバカみたいじゃないの……判ってよ……ねぇ…………」
燃え盛るような怒りを抱えたその
ーアンタが"間違い"だ、というのならここまでボロボロになって帰ってきた私たちを侮辱することになる。それだけは避けてー
こうしてやや浮き気味だった満潮は函根鎮守府の面々と馴染み、本当の意味での着任を果たすこととなる。
・注意は払っておりますが、誤字脱字等発見された方は報告いただければ幸いです。
・2018/09/12 終末部の大幅な書き換えを行いました。
……サブタイトルは「時雨」なのに結局満潮が主役になったでござる……