Fate / battle of Berserker 作:JALBAS
士郎はイリヤにお持ち帰られてしまったので、その後は士郎の居ない聖杯戦争が展開されていきます。
死んだわけでは無いですが、体の無い士郎には何もできませんので。
本来同盟を組む筈だった士郎を失い、アーチャーも戦闘不能の凛。
そのまま単独で戦い続けるのは困難な状況ですが……
自宅に戻って来ても、凛はずっと塞ぎ込んでいた。
そんな凛に、霊体化したままのアーチャーは慰めの言葉を掛ける。
『君が気に病む事では無い。マスターの権利を放棄して、教会の保護も拒んだのはあいつ自身だ。ああなったのは、自業自得だ。』
アーチャーの言う通りなのだが、それでも自分が何も出来なかった事で、凛の心は深く沈んでいた。それに加え、もうひとつ懸念事項があるからだ。
“明日から、どんな顔してあの娘に会えばいいのよ?”
アーチャーが何を言っても、凛は黙り込んで口を開かなかった。
そんな凛を気遣って、アーチャーは以後何も言わなかった。
彼も、ひとつの目的を失ってしまったのだから……
冬木市郊外にある樹海。その奥地に、人を寄せ付けない結界に包まれ西欧の城が建っている。そこが、イリヤスフィールとバーサーカーの拠点であった。
そこには、イリヤとバーサーカーの他に、イリヤに仕える二名のメイドが居た。
セラとリーゼリット。共に、アインツベルンにより生み出されたホムンクルスである。
イリヤは、その城に見る影も無くなった士郎を持って帰って来た。
感情が薄くイリヤの考えに直ぐ同調するリーゼリットは何も言わなかったが、感情豊かで城の管理を任されているセラは、イリヤの持ち込んだ汚物同然の士郎に不快感を示した。
「お嬢様、そのような物をずっとこの城に置くおつもりですか?」
「何よ?文句があるのセラ?」
「はっきり申し上げて、そのような汚らわしい物はこの城の景観を損ねます。早々に始末なさって頂かないと困ります。」
イリヤは、ムッとして黙り込んでしまう。
そこに、リーゼリットが提案を持ちかける。
「イリヤ。その子の魂を、これに移し替えたら?」
リーゼリットは、イリヤが大事にしている熊のぬいぐるみを差し出して言う。
これには、セラも理解を示す。
「……そうですね。それならば、城の景観は損ねません。」
仕方なく、イリヤはその提案を受け入れる。
「はいはい、判りました。じゃあ直ぐに魂を移し替えるから、準備して。」
「畏まりました。」
お辞儀をして、セラは部屋を出て行く。イリヤも、士郎をそのままにして一旦部屋を出て行く。
部屋に残された士郎に、リーゼリットが語り掛ける。
「良かったね、君。これで、異常な痛みからは解放されるよ……でも、残念だけど、もう二度と元の体には戻れなくなるから……」
潰れた体のまま残されたら、永遠に激しい痛みに苛まれ続ける。だが、もし体を修復して貰えるような事があったなら、また元に戻れる可能性も僅かに残されていた。
しかし、魂をぬいぐるみに移し替えられたら、残った抜け殻の体は処分されて無くなってしまう。もう二度と、元に戻る事はできないのだ。
ただ、今の士郎はもうそんな事で悩む事はなかった。自分では何も出来ず、ただされるままになっているしかない。既に、思考も殆ど停止していた。
一夜明け、気の進まないまま穂群原学園に登校した凛は、朝練を行っている弓道場に顔を出す。
「ああ、おはよう遠坂。」
「お……おはよう綾子……」
主将の美綴綾子に挨拶され、挨拶を返す凛。ゆっくりと中に入り、射場を覗き込む。しかし、探す人物が見当たらず綾子に問いかける。
「あれ……今日は、桜は来てないの?」
「ああ、そうなんだ。あいつが無断で朝練を休むのは珍しいんだけどな……」
「そう……」
少し気が抜けたが、内心は少しほっとしながら、凛は弓道場を後にした。
校舎内に入って来ると、血相を変えて廊下を走って行く一人の教師を見掛ける。
藤村大河、士郎の姉替わりでもある存在だ。何を慌てているのかは予想はついたが、説明などできる筈も無いので何も言わなかった。
昼休み、今度は廊下を歩いていると、生徒会室の前で話をしている生活指導の葛木教諭と生徒会長の柳洞一成の会話が耳に入って来る。
「な……何ですと?衛宮が?」
「うむ……どうにも、昨夜から家に戻っていないらしい……」
その内、失踪事件として騒がれる事になるのだろう。そうなれば、嫌でも桜の耳にも届いてしまうと、凛の表情は一層険しくなっていく。
放課後、凛は再び弓道場を訪れたが、やはり桜は居なかった。どうやら、その日は学校にすら来ていなかったらしい。弓道場を出て帰ろうとすると、後ろから声を掛けられた。
「あれ?もう帰っちゃうのかい?遠坂。」
振り向くと、そこには弓道部の副主将、桜の兄でもある間桐慎二が立っていた。
「ええ……さようなら間桐くん。」
はっきり言って彼が好きでは無い凛は、そっけない返事を返して立ち去ろうとするが……
「衛宮は気の毒だったね。」
「?!」
慎二のひと言で、凛は足を止める。ゆっくりと振り返ると、慎二は嫌らしい笑みを浮かべながら言う。
「所詮、あいつはマスターの器じゃなかったって事さ。」
「あ……あんた?何でそれを知ってるの?」
「決まってるじゃないか……僕も、マスターだからさ。」
凛は完全に慎二に向き直って、彼を厳しく睨み付けて言う。
「まさか……学校に結界を張ってるのは貴方なの?」
「いや、それは僕じゃない。」
「何?それじゃあ、この学校にはもう一人マスターが居るって言うの?」
「そういう事になるね。」
「本当なの?」
凛は、相変わらず厳しく慎二を睨み続ける。
「本当さ。信じてくれよ。そうじゃなきゃ、自分から正体をばらしたりしないさ。」
「そう……判ったわ。で、あなたのサーヴァントのクラスは?」
「ライダーさ。」
「私のサーヴァントは……」
「知ってるさ。アーチャーだろ?」
慎二は、得意げな顔になって答える。
「……それで……わざわざ正体をばらして、私に何の用なの?」
「僕と組まないか?遠坂。」
「何ですって?」
「さっき言ったように、この学校にはもう一人マスターが居る。バーサーカーも強敵だ。なら、手を組んで先に奴らを倒さないか?僕達の決着は、その後で正々堂々とつければいい。」
その申し出に、凛は考え込む。
今、アーチャーは治療中で満足な戦闘は出来ない。そんな状態で敵マスターに襲われれば、勝ち目は無いに等しい。この学校にもう一人マスターが潜んでいるのなら、尚更単独行動は危険だ。
慎二の言うように、バーサーカーは一対一で戦っても勝てる見込みは低く、誰かと組むのは良い考えではある。
だが、凛は慎二を嫌っていた。どうにも、気に入らない相手と馴れ合うのにはひどく抵抗があった。相手が士郎であったのなら、何も問題は無いのだが……
「お……おい……遠坂?」
凛が黙り込んで返答しないので、痺れを切らした慎二が声を掛ける。
「わ……悪いけど、少し考えさせて。」
少し俯いて、凛はそう答えた。
「な……何を考える必要があるっていうんだ?君には、願ってもない話じゃないのか?」
凛は、できるだけ慎二を刺激しないように、柔らかな口調で答える。
「ごめんなさい……でも、いきなりそんな事を言われて、直ぐに鵜呑みにはできないわ。」
慎二は、一瞬顔を顰めるが、直ぐにまた笑みを浮かべて言う。
「わ……判ったよ。いい返事を、期待しているよ。」
「……それじゃ……失礼するわ。」
凛はそそくさと慎二に背を向け、一度も振り返る事無く去って行った。
それを見送る慎二の表情は、どんどん険しく変わっていった。
帰り道、凛は自宅には直行せず、間桐家の前に来ていた。
当然、慎二に用があるのでは無い。今日学校を休んだ、桜が気になったからだ。
しばらく門の前に佇んでいたが、結局中には入らずそのまま帰ってしまった。
自宅に着くと、私服に着替え、直ぐに夜の新都に繰り出した。
最近新都で多発する、ガス漏れ事故や昏睡事件に疑念を抱いていたからだ。
新都では、その夜も昏睡事件が起こっていた。凛はその現場を調べ、吸い取られた生気の流れを確認していた。
調査を終えた凛は、新都の高層ビルの屋上に出て円蔵山の方角を見詰めている。
『やはり、流れは柳洞寺か?』
霊体化したままの、アーチャーが凛に語り掛ける。
「そうね、奪われた生気は、みんな山に行ってる。昏睡事件の犯人は、おそらくキャスターね。」
『柳洞寺に巣食う魔女か?』
「アーチャー、体の回復状況はどうなの?」
『大分マシになったが、戦闘するにはまだ万全ではないな。』
「そう……じゃあ、キャスターを叩くのはもう少し先になりそうね。」
『いっそ、キャスターと手を組んだらどうだ?』
「はあ?」
アーチャーの提案に、凛は素っ頓狂な声を上げる。
「何を言い出すのよ!そんな事できる訳無いでしょ!」
『何故だ?バーサーカーは強敵だ。一対一では分が悪い。この聖杯戦争で勝ち残るには、有効な作戦だと思うがな?』
「それはそうでしょうけど、私には私の信念があるわ!負ける気はないけど、勝つためなら手段を選ばない奴と共闘なんてできないわ!」
『なら、昼間の小僧なら良いのか?』
「慎二の事?あんなのは論外よ!」
『少し考えるのではなかったのか?』
「あの場はああでも言わなきゃ、いきなり襲われてたかもしれないでしょ?貴方はまだ戦えないんだから。」
『ふっ……』
「な……何よ?」
『いや……結局、君が手を組むとしたら、衛宮士郎しか居なかったのだなと思っただけだ。』
「……っ!」
凛は、言葉に詰まる。
「……衛宮くんの事は……もう言わないで……」
凛は、また俯いてしまう。
『ああ……すまんな……』
士郎を死なせてしまった(凛はそう思っている)後悔から、彼女はまだ立ち直れていない。
アーチャーは、自分の軽率な発言を悔いるのだった。
冬木市郊外の樹海の奥にあるアインツベルンの城。
その中のイリヤの部屋のベッドの上に、熊のぬいぐるみが飾られている。そう、士郎の魂が移された、イリヤの一番のお気に入りのぬいぐるみだ。
潰された士郎の体は、セラの手によって既に焼却されてしまっていた。
ただ、士郎はまだ完全に死んではいない。
その魂は、ぬいぐるみの中でまだ生きている。
しかし、それはもはや生きているとは言えなかった。
血も神経も通わないぬいぐるみの中では、動く事も話す事も叶わない。本来なら見聞きする事もできないのだが、イリヤの魔力によってそれだけは可能となっている。自分の肉体を失った士郎の魂が現世に留まれるのも、イリヤの魔力によるものだ。
そのぬいぐるみの前に、イリヤも座り込んでいる。
「ふふふ……やっと一緒になれたね。お兄ちゃん。」
時に抱き締め、時に話掛け、イリヤはぬいぐるみとなった士郎と無邪気に戯れていた。
最初の夜に行ったような、残酷な行為はもうしなかった。
いや……ある意味では、全ての自由を封じて所有物扱いされるこの行為も残酷かもしれないが……
「もう、絶対に離さない……私は、十年も待ったんだから。キリツグはもう居なくなっちゃったから仕方ないけど、お兄ちゃんは私だけの物なんだから!」
イリヤの言葉は、士郎の魂に届いている。だが、今の士郎の精神は崩壊仕掛けたままだった。その内容は記憶として残ってはいったが、それによって士郎が思考を巡らせる事は無かった……
その翌日、日が暮れた後イリヤは行動を開始する。
「さあ、狩りに出掛けましょうか。」
イリヤは、士郎の魂の入ったぬいぐるみを抱き上げて言う。
「お兄ちゃんも連れてってあげる。私のバーサーカーの、無敵なところをたっぷり見せてあげる!」
ぬいぐるみを抱え、バーサーカーを従え、イリヤは夜の冬木市に繰り出して行った。
ここまでは自分の思い通りに事が進んで、上機嫌のイリヤ。
しかし、そのまますんなり行くほど聖杯戦争は甘くありません。
気丈に振る舞って、冷静にするべき事を進めていく凛。
でも、士郎を失った心の傷は簡単に癒える事はありません。